お 守 り く れ る 怪 し い 老 人 作:老人というだけで怪しい(偏見
地獄だったと、十分に言えるだろう。
何も間に合わなかった。いや、そもそもそんな広範囲を一瞬でどうにかするエンチャントなんか持っていない。
崩落は一瞬のようで、酷く長かったようで。
だけど、確実に落ちたのがわかった。
「……何故じゃ」
「あ……ん? 何がだ、爺さん……ヒール」
この部屋とて、被害から免れたわけではない。
俺は色々仕込んでいたからどうにかなったものの、その他は無理だった。ドーヴァも、周囲の護衛たちも、ミンファもそうだろう。ゼッケンも、ゼッケンの息子らしき子も。
誰もが落ちた。対応できた者はいたのだろうか。少しでもいてくれたのだろうか。
プレイヤーの子孫が多く住むこの地で、生き残りは。
「何故、こんなことをした」
「ゲホッ、う、ぐ……ヒールじゃこの程度しか治せねっか」
「何故こんなことをしたのかと聞いておる」
「はぁ? アンタがやれって言ったんだろうがよ、爺さん」
──……。
そう、だ。
ゼッケンを解放しろと言ったのは俺だ。……だけど。
「もう少し、」
「アンタ知ってただろ? あの楔の女を解放したら、国がこうなるって。知ってて俺にそれを要求した。げ、ぐ……うぇ。とと、こりゃ内臓逝ってるか、クソ、だりぃな。で、あ、そうそう。だから、そんで、要求に対して俺が何か提示して、それを解決してるうちに崩落に関してもなんとかしようとした……とかそんなんだろ?」
「……」
「甘ぇよ、爺さん。アンタが相手にしてんのは魔神だぜ? この世界の神に勝るとも劣らねぇ存在だ。俺達なんざ指先一つで書き換えちまえる存在だ」
ドーヴァは、口から何度も何度も血を吐き出しながら、朗々としゃべる。
こいつ、やっぱり。
「全部罠だと思えよ。行動は迅速にしろ。様子見なんて甘っちょろいことするな。──オーバーエデンで、誰かを信じる馬鹿がどこにいるって話だよ」
それだけ言って。
彼は──事切れた。
あまりにもあっけなく。
あまりにもなんでもなく。
ヒールはただ、最期の最期まで喋るためのもので。
その命はもうとっくに──。
☆
崩落したオーバーエデンを歩く。
元々耐久性能の低かった家屋はぐしゃぐしゃに崩れ落ち、その下から血液が滲み出てきている。すすり泣く声、うめき声を耳にして近寄れど、瓦礫を持ち上げる前にそれは止み、なんとか退かした頃には死んでいる。
無理だ。
たとえばここで『エリアヒール』のエンチャントを使っても、俺のINTが低すぎて効果は薄く、そして仮に効果の高い者が使ったとしても──もう、助からない者ばかり。
腹に、肺に、足に、胸に。
刺さっているもの。穿たれているもの。
どうしようもない者、ばかり。
「おーい、セギ、セギ! どこだい? 生きているんだろう!?」
ふと、上空から声が聞こえた。
空を見上げてみれば。
「セギ……いた! 良かった、やっぱり君は死んでいなかったね」
魔法の絨毯よろしく、肩に下げていた大きな本からはみ出たページの一枚に乗って下降してくるミンファの姿が。
確実に『飛行』や『浮遊』ではない。魔法だ。
「っと……うわ。酷い有様ってこういう時に使う言葉だろうね」
「そうじゃのぅ。ああ、ちなみにお前さんの私兵は」
「勿論、巻き込まれたよ。むしろオーバーエデンの民で生きている奴の方が珍しいんじゃないかな、こんなんじゃ」
こんなん。
まぁ、こんなんだ。
……こんな地獄だ。
「あ──もう! 人がせっかく我慢に我慢を重ねて守ってきたものを、どうしてこう……ドーヴァは何がしたいの!?」
と、俺が向かっていた先、つまりゼッケンの奴がいた場所の建物がどかぁんと弾け飛ぶ。
中から出てきたのは勿論ゼッケン。痩せ細り、死に損なったゾンビみたいな見た目の少女は、キョロキョロと周囲を見渡して、はぁ、とため息を吐いて。
「『縮地』」
「あっぶないのぅ!」
半歩下がってそれを躱す。
「余計な事したで……しましたね?」
本来のゼッケンの喋り方を途中でやめる。
それは勿論、ちょっと上の方にミンファがいたからだ。こんな時でもロールプレイを欠かさないとは、俺もゼッケンもくるってんなぁ。
「ガシ……ではなく、セギ。とりあえず食料をください。空腹で死にそうです」
「ああ、そうか。HP回復フィールドも消えたか。……携帯食料で良いかの?」
「なんでもいいので。味も気にしませんから」
らしいので、適当にインベントリから料理を出していく。
これも一応回復アイテムで、料理人というジョブのスキルで作られたものだ。見た目はいいけど味はしょぼい。VRMMOの課題の一つではあったな、デスゲームになるまで。
その後味覚が現実通りになって、料理人ジョブの奴らはスキルを使わずに自分で料理することにしてたのも懐かしい。
「……彼女は?」
「此奴はゼッケン。儂が今回救わんとしていた人物じゃ」
「ふぅん。……おっと、怖いな。悪戯しようとしたのは謝るから、その殺気ひっこめてくれないかい?」
「他人の食事中に悪意を向ける方が悪い」
達人の会話かな?
護身術程度のアサシン系ジョブを持っているミンファと、アサシン系且つメイジ系ジョブの極致にあるゼッケン。当然ゼッケンの方が格上だ。
だからミンファ、できれば下手なことをしないでほしい。俺じゃ守れない。ゼッケンのAGIは俺を優に超え、俺の反応速度もさっきの『縮地』みたいなの以外対応できないから。
「母!」
と、そんなところに。
今ものっそい勢いで回復アイテムを食べているゼッケンに瓜二つな犬耳少年がやってきた。
彼女の……偽物の息子。
「ご無事でなによりです、母! ですが、此度のこれは……」
「ほほほ、ゼッケンは今食事中じゃ。──この意味が分かるな?」
「──失礼しました! ですから母、お願いします、どうか折檻だけは……!」
ふむ。
どうやら偽物のゼッケンとやらもかなり正確に作られているらしい。
こっちはゲーム時代の話だけど、アイツ食事中に話しかけたりすると無言で苦無とか飛ばしてきてたんだよな。食事を邪魔するな、らしいけど、それを偽物まで……。
「……ゼッケンはおいといて、じゃ。お主、結局名を聞いておらんかったな」
「む……私はゼットウと言う。なんだ、母から聞かなかったのか?」
「儂別にゼッケンと子供について語り合う趣味は無いからのぅ」
ゼットウ。
絶刀だったりする? 親子揃って似たネーミングセンス、と。
「で、お主。どうじゃ? 周辺に生き残りは……」
「……ダメだ。私もそう思ってオーバーエデン全土を走り回ったが……生き残ったのは数人。その数人は私の仲間が簡易テントを立て、そこへ収容している。治療は満足に行っているとは言えないが、命は取り留めた。だが、それ以外は……」
「む、怪我人がいるのか。それなら使えるものがある。私をそこに連れて行ってくれるかい?」
「……魔負いの一族か」
「流石に知っているか。でも、そんなことを気にしている場合かな?」
「──こっちだ。ついてこい」
ゼットウとミンファが離れていく。
どちらもオーバーエデンの民。だけどまぁ、流石にこの緊急事態は協力するだろう……と、思いたい。
「あの二人。私の偽物の息子と、魔負いの一族の末裔か。また、変なのに好かれてるねガシラ」
「ん、食べ終わったのか。……お前の偽物に関しちゃよくわからんから一旦置いとくけどさ。魔負いの一族ってなんだ」
「……ガシラってさ、下調べしないよね。いつも行き当たりばったりというか。弱いくせに自分の力過信してるっていうか」
「うっせぇ、正論パンチやめろ」
ようやく回復アイテム全部を食べ終わったらしいゼッケン。
その声は妙にシリアスというか神妙というか、なに? 魔負いの一族……まおうとなんか関係あったりする?
「魔負いの一族。オーバーエデンでのタブーみたいな扱いされてる一族でさ、なんていうか、昔やっちゃいけないことをやったんだよね」
「やっちゃいけないことって?」
「なんだっけな。魔法を作った? とか」
「……そんなん現代の魔法使い全員やってるだろ」
まおうもそうだけど、みんな魔法をあーしたりこーしたりしてあーだーこーだしている。
俺は習っていないからわからないけど、それと何が違うんだ。
「あーっと、だから、今の魔法使いがやってるのってアレンジの領域なの。で、魔負いの一族がやったのはクリエイトな領域。四属性魔法を組み合わせて新しい魔法を作る、じゃなくて、四属性以外の魔法を作る、をやっちゃったのよね」
「……それは」
「これの何が禁忌になるかは私もわかんない。けど、当時の魔法勢力がその一族を非難に非難して、罰としてその魔法の封印と、封印してある本を代々受け継がせるようにした。それが魔負いの一族」
ゲーム時代には無かった設定。
デスゲームが終わり、神が討滅された後の歴史で、NPC達が作り上げたルール。その歴史におけるタブー。
正直意味わからん。魔法作ったらアウトな理由も全く分からん。
「つか、オーバーエデンでよくそんなのが起きたな。罪の意識なんかないだろここ」
「魔負いの一族のルーツはよくわかってないからねー。オーバーエデン出身かどうかもわかんないし、あの頃のオーバーエデンってどっちかというと疑わしきは全部悪! 全部悪なら切ってよし! みたいな場所だったから」
「殺伐としすぎだろ」
「だから忍者は活躍できてたところはある」
……ああ、だからか。
ゼットウが悪を斬る、とか言ってたの。なんだ、忍者連中はまだその道を行っている感じか。
「で、なんだったんだよ楔って。お前があそこにいた理由、聞かせろよ」
「話すのは勿論良いんだけど──とりあえずヤバいの倒さない?」
「あ、やっぱアレヤバいのか」
「ヤバいでしょ。まぁこれだけの人数が一気に死んだんだから当たり前だけどさ」
そこに、それは集約しつつあった。
黒い影。
前も述べたけれど、生前の精神と霊体に直接の関わりはない。
ただ霊体エネルギーとでもいえばいいか、それが発生して、アンデッドが生まれる。それだけの話。
「ブランクありまくりだろ、お前。戦えんのか?」
「さぁ? 戦えなかったら死ぬだけでしょ」
「じゃあお前が死なないように援護するよ。何が欲しい?」
「霊体に有効な刀と、呪毒耐性!」
インベントリから取り出す。
ベンカストの依頼の時にそういうのも必要になるかと思って追加依頼用に作っといた奴だ。そいつをポイポイゼッケンに投げ渡す。
トレ窓とか開いてる余裕無さそうだからな。アイテムが空中にある内に、俺が所有権を放棄すれば問題ない。
「『ガストクラッシュ』!」
刀自体は特に何でもない刀だけど、エンチャントされた『霊体特攻+++』と『ガストクラッシュ』の霊体特攻が合わさって、一時的に『霊体特攻+++++』くらいの威力は出ているはずだ。
そしてそれは直撃……した、が。
「──最悪だな。スライムレイスキング……何もこんなところで発生しなくとも」
「ん? ……ほほほ、そうじゃの」
突然ロールプレイに切り替えたゼッケン。
何事かと周囲を見れば、駆けつけてくる二人が見えた。よく見てんなぁとか思ったけどそうか、ミニマップか。
ずりぃ、ずりぃよミニマップ。
「母!」
「セギ! これは……まさかスライムレイスキングかい!?」
ま、流石に裏切り闇討ちは無かったらしい。この危機的状況でそれをやったとしたら、やった奴が黒幕確定だからな。その発覚を避けたって可能性もあるが。なんだそりゃ、人狼ゲームかよ。
んで、えーと。
そうそう、スライムレイスキングね。最悪のアンデッドが出てきたなーという印象は俺も同じ。
この魔物は文字通りだ。スライムでレイスでキング。
物理攻撃は勿論効かないし、魔法や物理じゃないスキルも威力が半減する。というか半分吸収される。吸収された非物理攻撃のダメージはスライムレイスキングのHP回復に使用され、その上でコイツ自身の攻撃は状態異常系のオンパレード。めんどい。
面倒くさいのはその攻撃が一撃ごとにランダムに変わる、という点。めんどい。
そしてそして、こいつはHPを削り切ると──増える。
確か最大十六匹まで増えるんだっけな。めんどい。
めんどい役満。
「母! 私も共に戦います!」
「いいでしょう。対霊体装備はありますか?」
「少ないですが……ないことはありません」
「そうですか。では、この刀を使いなさい」
「そんな! では母は」
「セギ! 追加発注です」
「ほいほい」
さっきと同じ装備を投げる。
物理攻撃効かないつったって『霊体特攻』はちゃんと刺さるからな。
ただ、『霊体特攻』くらいしかコイツに刺さるスキルが無いのも事実。『不定形特攻』は四分の一くらいしか特攻にならない。あくまで霊体よりの魔物ってわけね。
「ミンファ、ビショップ系のスキルは取っておるかの?」
「残念だけど、私は見ての通りでね。ただ──霊体を殺す魔法ならいくつか持っているよ」
「ほう。魔負いの一族の魔法、とやらか」
「……あの人から聞いたのか。いいかい、セギ。君は無知っぽいから教えておくけれど、それ結構な差別用語だから、あんまり本人に言わないでくれると嬉しいかな」
「ほ。……それは、スマン」
「あはは! そんな素直に謝られてもね。悪意がないのはわかっているから、これからは気を付けてくれ」
ゼッケンめ。
先に教えておけよ、とか思ったけど、そうか。タブー扱いの一族であることを誇ってる奴なんかいないわな。俺の思慮不足だったわ。
「その魔法、準備にどれだけかかるかの」
「結構かかるかな」
「ふむ。まぁ、どの道緊急事態か。
履いているサンダルの片方を蹴り捨てて、俺とミンファの中央に置く。
瞬間、俺達の周囲に展開されるは聖騎士のスキル『聖域』。様々な効果のあるスキルだけど、まぁプレイヤーに良い効果を齎すスキルだと思ってくれたらいい。
そんでもってこの『聖域』、使用者ではなく『聖域』内部にいる者のINTの合算値が持続時間になる。俺は限りなく少ないのでミンファのINT任せになるが──うん、大丈夫そうだな。
ちゃんとメイジらしくINT爆盛りと見た。プレイヤー以外のステータスの上昇量ってよくわからないからちょっと賭けだったけど。
「何を、これは、『聖域』!? セギ、君
「なワケないじゃろ。こんな枯れ木みたいな聖騎士、どこの国行ってもお払い箱じゃ」
「確かに……君、どちらかというと祓われる側だもんね……」
うっせぇ。
「加えて、
インベントリから取り出したデカめの盾に、目の前のスライムレイスキングのパッシブスキルをエンチャントする。
……ただ例によってこれは気休めだ。
盾を持っているのは俺なので、当然盾に来る衝撃を受け止めるのも俺。俺のSTRは雀の涙ほど。薬にもしたくない。
聖域と半減吸収で流れ弾を防ぐ作戦だけど、運が悪ければ二人まとめてプチ、だな。
「……それは。まさか、セギ。君が
「真実を知りたかったらまず敵に集中してくれんかのぅ。アレ倒せなかったら儂ら全滅じゃぞ」
「う、そ……そうだ。その通りだね。わかった。だけど、事が終わったら」
「ああ、わかっとる。あとで話す」
事ってどれのコトかのぅ~。
「セギ、呪毒だけじゃなく、各種耐性の指輪! それと後でお金払うから状態異常回復ポーション!」
「ほほ、息子の前じゃのに、口調が崩れとるぞ。もしかして焦っておるのかゼッケン」
「敵のレベル見ろ枯れ木妖怪!」
「ほ?」
見る。
スライムレイスキングのHPバー。その横にある数字は。
「ひゃ……197Lv……?」
「何があったらこんなの自然発生するんだ──、っ! ゼットウ、その攻撃は受けちゃダメだ、避けろ!」
「──っ、ありがとうございます! 助かりました母!」
うせやん。
ゲーム時代にいたスライムレイスキングの最大レベルは60とかそんなんだぞ。だから面倒くさい程度に収まってたんだ。それを197って……しかも生まれたばっかでそれって。
やばすぎる。今ゼットウの方に放たれた『怨嗟の濁流』とか、本当に一撃必殺レベルだ。プレイヤーでも一部の奴しか生き残れないぞ、あんなん。
──これは、撤退だな。
無理だ。このメンバーじゃ倒し切れない。
「ミンファ、生存者は何人おった?」
「6人。だけど正直生きてはいる、程度だったよ。君からもらった『エリアヒール』をかけて、ようやく呼吸が正常になるくらい」
「お主のその飛ぶ魔法、6人乗せて上まで行けるか?」
「無理だね。乗せられて3人が限界だ」
……『飛行』、『浮遊』。
エンチャントするにしても……ちょいと高度がありすぎるな。俺自身は『透過』でもなんでもしてりゃいいんだけど、6人を運ぶのはキツい。
「お主の用意している魔法で、アレは倒し切れるかの?」
「動きを止めるので精いっぱいかな。今聞いた感じ、格上も格上なんだろ?」
「ま、じゃろうな」
さて。
絶望的だ。
どうするかね、この状況。