お 守 り く れ る 怪 し い 老 人 作:老人というだけで怪しい(偏見
風の柔らかな昼下がりのことであった。
公園に設置されたブランコ。そこに座って俯く、前髪の長い少女が一人。キィキィと音を立てながら、前後に微動する彼女は──誰がどう見ても、落ち込んでいた。
「ちと、そこなお嬢さん」
「……!?」
だから驚いた。自他共に認める程「今は近づかないでほしいオーラ」を出していたものだから、声がかけられた事実に少女は驚いて、そして声をかけてきた相手を認めてさらに驚くことになる。
長い白髭を蓄えた、枯れ木のような老人。
この村で「英雄」を除いて一番の長寿である長老をしても、こうはならないだろうというほどに年老いたソレは、ほほほ、なんて笑いながら少女の目の前に立っていた。
少女は。
少女は、酷く警戒する。見覚えのない老人だったからだ。
この村は小規模な村であり、外部との交流も無いに等しい。だから、見たことの無い人間は警戒に値するのだ。
少女とて。彼女とて、幼いながらに戦闘者である。
英雄アイネ・シズェンズヴァーンのいるこの村では、基本的に誰もが戦いの心得を有している。少女も多分に漏れずそうで、けれどそのことで少し思い詰めていたからこのブランコにいた。
他人が見ればこう称するだろう。「そこまで自然な動きで戦闘姿勢に入れるのだから、何を思い悩んでいるのかわからない」と。それは彼女にとって無自覚な動きであるから悩みは一向に解決しないのだけど──とにかく、少女は最大限に警戒していた。
「そう警戒せんでおくれ。儂はお守りをお主にあげたいだけなんじゃ」
「っ!?」
していたのに、懐に入られて──少女は思いっきり飛びのく。"ブランコに乗っていた"なんて事実は少女の妨げにはならない。
戦闘姿勢を崩さず、けれどすぐに自警団を呼ばんと「鳴弾」と呼ばれているものを空に投げようとして──。
「こら! 初対面の相手を怖がらせるのやめなさい!」
「のぅ!?」
件の英雄が老人をチョップしたのを見て、その「鳴弾」をひっこめたのだった。
アイネに連れてこられたのは名もなき村……というと村民に失礼過ぎるけど、実際にこの村には名前がないそうだ。
元々はアイネが隠居用にと一人で住んでいた森で、そこに流れ者たちが集まって村規模にまで発展したのだとか。だから強いて名前をつけるなら「アイネ村」になるらしい。アイネが恥ずかしいから、という理由で拒否しているみたいだけど。
で、アイネは一旦村の重鎮たちに「帰って来たこと」を伝えなきゃだから、と言って解散になった。まぁ俺がつべこべ言わずに急ぎで、を注文したから、どこどこへ行ってくる、みたいな報連相ができていなかったらしいのだ。
アイネがちょっといなくなった程度で大混乱に陥る程弱い村じゃないとのことだけど、それでも無言でいなくなるのはよくない。
身に染みる。
それで、暇になったので村をふらふらしていたら、これまた丁度良く「お守りくれる怪しい老人ムーブ」のできそうな落ち込んでいる少女を発見したものだから、ちょっと工夫していきなり相手の間合いに入り、タリスマンを押し付けようとしたところ──こうなった。
アイネのチョップ。彼女なりに手加減しているつもりなんだろうけど、俺の紙装甲だとHP七割くらい持っていかれるので、万一に備えてつけていた『物理耐性+++』があって本当に良かったと思う。
「ほほほ、日々の習慣くらい許してくれないものかのぅ」
「言っておくけど、これはセギちゃんのためでもあるんだからね? そういう悪戯をする相手はちゃんと見極めること!」
「……もしかしなくとも、激しく強かったりするのかの?」
「コロネちゃん、ジョブはどこまで行ったんだっけ?」
少女──コロネと呼ばれた彼女は、一瞬、少しだけ難しい顔をして、ぼそりと「
「ほ? ……三次ジョブとは。……失礼じゃが、人間じゃよな? しかも、まだ幼い……」
「そういうこと。この村の子は大体が多かれ少なかれ戦えるから、セギちゃんなんかプチだよプチ」
「魔界より恐ろしいかもしれん」
魔闘士はメイジ系の二次ジョブである
当然それまでに得た魔詠師、格闘家のスキルも使えるし、魔闘士になってから得たスキルも使い勝手のいいものばかりなので、ゲーム時代は人気近接職の一つだった。ただ悪く言えば器用貧乏なので、どっちかというとソロ用のジョブではあったが。
見た所人間で、見たところ齢十三か十四くらいなその少女が三次ジョブ。
うーん、やっぱりNPCも進化してるんだなぁ。
「もう、いいですか?」
「あ、うん。ごめんね引き留めちゃって」
「はい」
言って、とぼとぼと帰っていく少女。
確かに怪しい老人ムーブを仕掛けたのは俺なんだけど、何か悩みがありそうなのは本当だったから、話を聞いてみたかったなー、とか。
「んじゃセギちゃんはこっち。例の場所に案内するから」
「ほいほい」
──所詮NPCだ。どうでもいいか。
そんな感じで、村の中を抜けて……荒野に来た。
来た。そして見た。その時点で「あっ」となった。
「なんじゃこりゃ」
「村の人に言ってもね、最初からこうでしたよ、って言うんだよね」
手前は荒野。
けれど、あるラインを境に草原になっていて、さらにその奥ではまた荒野……渓谷地帯のようになっているのが見える。
明らかに自然形成された地形じゃない。というか境界線が人為的すぎる。まるで、テクスチャをペタっと貼り付けたかのような異質さだ。
「ここがこうなったのは、いつから?」
「つい最近だよ。でも、村の人……一番のお爺ちゃんに話を聞いても、生まれた時からそうだった、って言ってきかなくてさ」
「……パッチ、か」
今まではいけなかった、風景だった場所が実装された時、それまで見えていた光景とガラッと変わって実装される、なんてのはよくあることだ。
まさにそれが起きている。NPCにとってはなんでもないことで、プレイヤーだけが違和感を覚える。
「降りて、境界線部分を調査したい」
「むしろこっちからお願いしようと思ってたかな。ガシラちゃん、こういうのの分析得意でしょ」
「得意かどうかはわからんが、他人より知識はある方だろうな」
よ、なんて言ってまた姫抱きにされて、村の端から荒野へと飛び出るアイネ。
彼女が地に足を付けたその瞬間、ズズズ、という地響きが鳴り渡った。
それに対して「なんだ」とか言う暇もなく──地面から超巨大な口が現れ、俺とアイネを食わんとする。
も、俺達に到達する前に真ん中で割断されて、絶命した。
「……見間違えでなければ……今のはアヤタルか?」
「うん。まーこの辺、一面の荒野だったころはレベル120帯がゴロゴロしてたからね。魔物的にどうなのかは知らないけど、いきなり棲み処が半減したことで縄張り争いが激しくなって、今残ってるのはその競争に勝った超強い個体ばっかり、って感じかなー」
「ほー、そりゃまた」
「あっちの草原にいる魔物は高くて30レベルとかなんだけどね」
「うわ」
レベルデザインやら難度調整やらを知らない運営が、適当に塗りたくった結果、みたいになってんのな。
……いや、つまりマップで見るとこの荒野部分は所謂余白のようなもので、アイネ村が120帯に囲まれていると可哀想だから、周囲を30帯になるように塗り直した、とか?
「これになったことで困ったこととかは」
「単純に高レベルモンスターの被害が増えたねー。あたしがいる時はあたしが対処すればいいからいいんだけどさ、たまにいない時とかだとそれはもう大惨事。三次ジョブ四次ジョブの子がいたとしても、被害の全てを免れるわけじゃないからどーしたものかなーってなってたの」
「巣とかはあるのか?」
「ない。ゲームの時と同じく自然湧きだよ、多分」
うーん。
そうなると、まぁ最終手段は一個あるが。
……とりあえず調査するか。
さっきのアヤタル含め、ワーム系、パイソン系の魔物に襲われながら、件の境界線にまで辿り着く。
うん、明らかに地質が違う。
というか、季節が違う? いや気温までも違うような。
「これ、あれだな。どっかからか持ってきた可能性もあるな」
「持ってきた?」
「ああ。だから、どこぞの30帯の草原の一部が荒野になってて、そこで120帯の魔物が暴れまわってる可能性があるってこと」
「……それ、かなーりマズくない?」
「マズいが、俺達じゃどうしようもないのがな。……いややり様はあるんだけど、どうなるかわからないのがちょいと怖い」
「できるならやってほしいかなー。なんかアクシデントあったらお姉ちゃんが対処するからさ。それともあたしでもどうにもならさそうなこと?」
「できれば、あっち側……入れ替わった側の状況も見ておきたいんだよ。もし戻せるとして、たとえばこの境界線上に人間がいて、戻した瞬間に両断された、なんてことになった日にゃ」
「うわ、怖い。それは怖い」
「だろ? まぁ人間じゃなくても建造物とかあったらアレだし。で、その点どうなんだ? 攻略組としての頭脳に、各地のレベル帯くらい入ってるんじゃないのか?」
「いやぁ、流石に千年前のことだから、低レベル帯のことは何にも覚えてないかなぁ。高レベル帯とかレベリングしやすい所とかは覚えてるんだけど」
うーん。それは俺も、なんだよな。
俺の場合は危機管理からだけど、30レベルの土地なんて自分の住んでる場所周辺以外じゃ覚えんて。流石のこのサブキャラでもどうとでもなるからなぁ。
しかもこの……なんとも特徴のない草原。いる魔物も特に珍しくない雑魚ばかり。
こっち側からの特定はかなり厳しい。どこかにいきなり高レベルモンスターが現れた、って情報を探った方が早い気がする。
無論、それすらも徒労になるかもしれない。持ってきた可能性、ってのは俺の憶測だしな。
「とりあえず今は保留かな」
「わかった。あたしも知り合いにそういう事例がないか聞いてみとくね」
「頼む。……そうだ、話ぶった切るんだけどさ。あの村、魔法使える奴いるか? スキルじゃない方の魔法」
「それなりにはいると思うよ? あたしはからっきしだけど」
「ちょいと教えて欲しいことがあってさ。紹介してくれね?」
「無駄に怖がらせたりしない、って約束できるなら」
「しないしない。つーかあの村の住民にそれやったら殺されるかもしれないんだろ、もうやらんよ」
「なら、わかった。一番魔法使える子に会わせてあげる」
ずっと興味ないもの、として扱って来たけど……そろそろ知るべきだと思った。
ミンファの魔負いの一族の意味も含めて、この世界で発展してきた魔法という学問について。
それが魔神に対する抵抗手段になるとは思っていないけど、何らかのヒントにはなるんじゃないかな、って。
というわけで。
「お初にお目にかかります。私はアイネ様の村でまとめ役を仰せつかっております、コテージローフという者です」
「これはこれはご丁寧に。儂はセギ。アイネの旧友じゃ」
「旧友じゃなくて、弟ね」
「……話がややこしくなるからやめい。まぁ義弟じゃ義弟。血は繋がっとらんよ」
コテージローフと名乗ったのは、恐らくスノーエルフだろう女性。スノーエルフというのはまぁ雪国出身のエルフで、体色が青なエルフだ……と言われているけど、実際はゲーム時代にいたクラン「すのーえるふ」のメンバーの体色が真っ青で統一されていたことに起因する。はず。
偶然この世界の雪国にも真っ青エルフがいた可能性はあるから絶対に、とは言えないけど、多分スノーエルフはその全員がプレイヤーの子孫だと思う。水属性の魔法が得意とされているのも、すのーえるふのメンバーが水魔法水スキル特化だったせいだ。
プレイヤーの子孫というだけで好感度爆上がりな状態で対面についた。
「魔法を教えて欲しい、とのことであっていましたか?」
「そうじゃ。……その前に、魔負いの一族、というのは聞いたことあるかの?」
「……無論です。どこでその名を?」
「オーバーエデンでちょいとの。その名を持つ一族と関わりあったんじゃが、曰く魔負いの一族は魔法を作り出したから禁忌とされていると聞いた。それが何故ダメなのか、魔法を知らん儂にはわからんのじゃ」
「ふむ。……そうですね。まず、魔法には地水火風の四属性が存在することは知っていますか?」
「うむ。それを組み合わせることで、雷や氷を作り得る、というのも知っておるぞ」
「つまり魔法とは、それら四属性の上に成り立つ学問であり、この世界を形作る元素の力を使わせて頂いている力なのです。よって、四属性以外の魔法を作る、編みだすという行為は、そのまま神、あるいは世界への冒涜に外なりません」
「なるほど」
使わせていただいている。
NPCの宗教観は微妙に分からないところが多いけど、つまり神からの賜り物、みたいな感覚なのか。
それを外道、外部の力を使って独自に組み上げたら、確かに禁忌だわな。
「ただ、それだけなら普通に試してしまう者が現れるのも事実でしょう。私達は研究者であるが故に、知識の探求をやめることはできませんから」
「それは認めるんじゃな」
「勿論です。それでも私達のような正当な魔法使いがそれらを行わないのは、割に合わないリスクが存在するから、です」
「リスクとな」
「はい。四属性以外の魔法を使うと世界に食い破られる――と言われています。魔負いの一族も例に漏れずですが、実際に四属性以外の魔法を編み出そうとして、失踪したり、原因不明の死を遂げたりした魔法使いは数多く存在するのです。そしてその大抵が、身体の内側から傷をつけられたような、つまり普段は体から漏れ出でている魔力が持ち主にその牙を向けたかのような傷を負っています。まるで、世界の元素が怒り狂ったかのように」
ミンファの傷を思い出す。
……リスクデカすぎだろ。
「セギ様もどうか、自身で魔法を編み出す、というようなことはお控えください。その……個人で完結する問題ならまだしも、魔負いの一族のように周囲へ甚大な被害を齎す可能性もありますので」
「ほ? 魔負いの一族はまだ何か咎を背負っておるのか?」
「ああ、なるほど。そちらの話を聞いていないのですね。はい、そうです。魔負いの一族はかつて四属性以外の魔法を一族単位で編み出し──その結果、一族の住んでいた村と、周囲四方三里を"暗闇"に飲み込まれ、壊滅しました。残ったのは極少数の村の外に出ていた者達だけ。暗闇は魔負いの一族だけでなく一族の村周辺にあった村をも飲み込んでしまったので、それを咎として、彼らは末代まで咎を背負い続ける運命にあります」
なんじゃそりゃ。
暗闇って。……ラクサスなら闇属性魔法とか使えそうだけど、そんな感じか?
「ほほほ、あいわかった。四属性以外の魔法は絶対に使わんようにするし、思いつくこともやめよう」
「お願いします。──それでは魔法の手ほどきの方から始めて行きたいと思いますが、よろしいですか?」
「頼む」
では、と。
コテージローフは前置きをして――なぜかメガネをかけた。
……?
「これが気になりますか?」
「う、うむ。別にお主、目、悪くないじゃろ」
「そうですね。しかしこれは他人に物を教える時の正装です。アイネ様は昔からこれをやってきていますので、この村の村民の全員がこれを有しています」
なんつー馬鹿な慣習だ。アイネらしくはあるけど。
そしてさらに、コテージローフは黒板らしきものを持ってくる。チョークも。
絶対にアイネの入れ知恵だなぁ、これ。
「では──」
ツッコミを入れるのも面倒なので放置して、とりあえず真面目に講義を受ける。
目標は、魔法に関するグリッチを成功させて、色々な幅を広げること、である。