お 守 り く れ る 怪 し い 老 人 作:老人というだけで怪しい(偏見
アウリヌス・レクスの現リーダーと面識はないが、前任者は知っている。というかプレイヤーだ。だからまず、そこを問い詰めることにした。
宰相へは仔細を詰めたメールを投げて、人集めを丸投げ。実際国の危機だからな、そんな場所にドラゴンいるとか。
……ゲームシステムが死んでなくて良かったことの一つにこのメールがある。正直前時代的な機能だと思わなくもないが、フレンドとの個チャが死んでてクランチャットやウィスパーチャット、遠隔VCなどのすべての会話機能が失われていた中で、メールだけは生きていたことに何度感謝したことか。
投げても各地の行政機構の近くに設置されたポストに取りに行かないと見ることができない上、ゲーム時代からある国じゃないとポスト自体が無いものだから、現代ではもうあんまり使われていない機能ではある……が。
こういう時、つまり書くだけ書いて丸投げしておく時にはとても重宝する。
「さて──」
大手クランにはクランハウスが存在する。いやまぁ弱小クランだって持てなくはないが、維持費の都合上滅多に持っているところはない。
クランハウスには様々な機能があり、中でも強力な機能といえるのは「クランメンバー以外の侵入拒絶」だろう。クランメンバーと認識した者以外、入り口だろうが窓だろうが、どこからもどのような手段を以てしても侵入が不可能になる。
入るなら入り口の呼び鈴を鳴らし、クランメンバーの一人以上に付き添ってもらう必要がある、なんて徹底ぶり。
まぁ、VRMMOなのでね。
ゲーム時代から結構あったんだ、ストーカー被害。デスゲームになってからも最初の方はあった。どうせ死ぬんだからと色々な犯罪に手を染めようとする奴らがさ。
そういうの対策にとても役立ってくれたこの「クランメンバー以外の侵入拒絶」機能も、昨今ではあまり使われなくなっている。何故って、戸口はオープンにしておいた方が色々便利だからだ。新規メンバーも入りやすいし、総合クランとかからの通達もスムーズに通る。
……はずだったのだが。
「さては、あの四人娘が儂に突撃したことを聞いて、いっそいで起動したかの……ほほ」
面倒である。
正直とても面倒である。呼び鈴鳴らしての付き添いは、俺が怪しい老人ロールプレイしてなけりゃ全然行けたんだけど、とてもとても、今の俺のカッコ見て中に入れてくれる冒険者は限りなく少ないだろう。
となれば侵入……はできないと先ほど述べたばかり。
まぁ、あの放任主義の馬鹿がこれで事態を知って、自浄作用よろしく当代のクランリーダーを詰めてくれたらそれで良しではある。わざわざ俺が突撃するまでもない。
問題はあのコミュ障が言いたいことも言えずに引きこもるだけ引きこもって何にも変わらないパターンだ。その場合このクランの体制は変わらない──強くなるためには突撃しろ、帰って来れたらお前は最強だ、なんて昔っから言い続けて、運の悪いことに本当に我が国最強クランになってしまったアウリヌス・レクスのままになる。
それではいずれ新人が死ぬだろうに。
「仕方がないのぅ。この手段はあまり使いたくなかったんじゃが……」
さて──懐から取り出すは、昔懐かしのフィルムケースのようなもの。まぁポーションなんだけど、現在のポーションとは全く別口で作られたブツである。中身は真っ黒で、時々ポコポコと気泡が爆ぜている。
これに『
プラスして、『浮遊++』と『水流耐性++』、さらにさらに『
で、これをアウリヌス・レクスのクランハウス、その側溝に入れる。
フ──誰が黎明期の上下水道を整備したと思っている。設計したのは俺じゃあないが、どこにどんなエンチャントが使われているかは把握済み。今回はその"流れ"を使って、侵入拒絶の穴をつく。近隣住民には迷惑をかけないさ。
知らないだろう。
侵入拒絶は、しかし下水道の行き来を許可していることなど!
「ガ、ガシラ! い──今すぐどうにかしてくれ、た、頼むよ! このままじゃ僕が娘に殺される!」
効果は覿面だった。
フィルムケースを流してから数十分後、バタバタと慌てた様子でアウリヌス・レクスのクランハウスから出てきたのはちんまい男。種族がハーフリングなので背が小さいわけではないのだが、とにかく動きが小物過ぎて余計に小さく見えるとは当時のクラメン談。
「ほほ──何が、ですかの?」
「何がも何も、怒ってるのはわかったから、な、な!?」
「ほほ──何が、ですかの?」
「同じことばっか喋るNPCRPやめろお前上手いんだから!」
きゃいきゃいきゃんきゃん。
ハーフリングはみんな声が高くなるのが特徴なのだが、コイツは特にうるさい。はっはっは、そんなあなたにこれ、『音圧耐性+++』の耳栓。これで何も聞こえない。
あ、奪われた。
「今すぐどうにかしろ!」
「まずお前さんのクランをどうにかしろ」
「わかったから、わかったから! あの
そう。
今回俺が放ったのは、スライムである。ただし本来は益スライムと呼ばれるもので、ゲームではポーション扱いだったもの。
効果はテイムモンスターの状態異常回復。テイムモンスターに振りかけておくことで、それらが状態異常となった時にエフェクトを食べてくれる益スライムである。
ので、それを下水に流し、下水道の汚染源……状態異常と見做したそれをパクパクと食べながら『
常であれば楽々だっただろう。アウリヌス・レクスのクランメンバーである、スライムの対処くらい初歩の初歩だ。
──が、ソイツは益スライム。
敵じゃないのだ。それを攻撃することは、ポーションに対して攻撃スキルを発動しているようなもの。彼らは奇妙な感覚に襲われたことだろう。この世界には妙にまだゲームシステムが生き残っていて、だから無力感というか、脱力感のようなものを。
アレが益スライムだと気付けるのはプレイヤーだけ。で、気づいた奴が出てきたってわけ。
「Buffろう。お主、いつから初心者を死地に送るような行為を許すような──外道に堕ちたのだ」
「いやホントに、反省してるから! ちゃんと話し合うから! だから早くアレ消してくれ!!」
PN『Buffろう』。ハーフリングであり、アサシン系最終ジョブのファントムマーダーでありながら、超ビビりの超小物。
ハーフリングと人間が生殖可能であることに気付いてすぐに嫁さんを取り、コイツのキャラメイクをふんだんに引き継いだ可愛い可愛い娘を儲けたとか。
「……しっかたないのぅ」
側溝、クランハウスの下水の出口に、石を一つ投げ込む。
勿論エンチャント済み。付与したのは『
その辺はすでに検証済みだ。やったことないことを博打でやったりはしないさ。
さて、この石により益スライムは治療を終了したと判断し、急速に消えていく。
無理に分断とかしていなければ、クラン内部のスライムのすべてが光となって消え行くだろう。
じゃ。
☆
「久しぶりに集められたかと思えばドラゴン退治ってまた……っとにイベントに事欠かない国だなぁここは」
「ほんとにね。久しぶり、みんな。元気してた?」
「私は元気でした。ただ今、目に余るほどに元気じゃなさそうなのが一名いるんですけど」
「生まれて初めての親子喧嘩だ、その勲章さ。大目に見てやってくれ」
夕方。
アウリヌス・レクスについての一件は、俺が口出すまでもなく片付いた。Buffろうが現リーダーたる自身の娘に喝を入れ──そのまま親子喧嘩に発展したそうだ。
Buffろうの娘は戦士系ジョブの中でも大人気だった
それをアバター……見た目だけの装備に適用させて、
で、そんな
とはいえ卑怯な手を使わずに真正面からのぶつかり合いだったためにお互い納得もできたようで、なんかあったらしい確執とか嫉妬とか不満とか全部ぶちまけて、最終的に家族仲は良くなったらしい。
そんな感じで言いたいこと言い合って、今回のヤバい討伐の話が話題に上がり、すべてを見直すということで決着。
晴れてBuffろうをドラゴン討伐隊に組み込めるようになった、と。
顔面ボッコボコだが。
「はぁ、ウチだってひっさびさにメール届いたから何かと思えばクッソ面倒なこと書いてあって忙しくて忙しくてダルかったんだから、失敗許されない系のアレだから、とっとと行ってきてマジで」
「口調バラバラやんけ」
「元からバラバラだよコイツ。『太りに太ったヒキガエル宰相ロールプレイただし口調はギャル』とかやってるんだから」
わいわいがやがや。
この場に集まったプレイヤーは八人。内、俺だけ非戦闘員で、宰相含む七人が戦闘員だ。
「で? このイベント、報酬はどうなんだ?」
「あるわけないじゃん。つかイベントじゃないし、普通に国の危機だし」
「だがよ、報酬出せる奴がいるよなぁ?」
チラり。
溜め息。
「あんま変なのじゃなけりゃエンチャントしてやるよ。そうでなくとも、ドラゴン退治にはちゃんとした装備用意してやるから、壊さなけりゃ持って帰ってくれて構わねえ」
「そう来なくちゃなぁ!」
ま、こっちとしてもやる気出してもらわなきゃ困る。
やる気ない状態で挑んで──負けるだけならまだ良いが、死んだりしたら……ああ、それは考えたくもない。
「んじゃ、ブリーフィングといくか。JJJ、適当なマップくれマップ。書き込んでいい奴」
「簡単に言ってくれる……あるけど」
大きいテーブルに広げられる地図。
まぁここでこのブリーフィングを聞くのもいいんだけど、俺は俺でやることがある。
「対象はオブシディアンドラゴン。ワンバの湖に居座ったらしい、こんなとこにいちゃいけない代表の魔物だ。注意するべきは──」
「ああ待て待て、お前らメイン武器と防具俺に一旦渡せ。最上級エンチャしてくるから」
「ん、そうか。まぁ時間もったいないもんな」
言って、みんな素直に装備を渡してくれる。トレ窓が視界を覆いつくす。
まったく、これで俺が悪人なら全部パクって逃走、とかもできるんだぞ。
「ほいじゃ、続けるが」
……ま、この場にいる誰もがそんなことしねぇって知ってるから、ここに集まった……集まってくれたんだけどな。
一人、別室に来る。
さてはて、何をエンチャントするべきか。
本来。
本来の能力付与では、エンチャントする対象の素材によってエンチャントできるスキルの数、強度に制限がある。俺が木片や石ころに三つも四つもエンチャントできているのは最終ジョブの特権だが、それにしたってそれくらいが限界だ。
が、今回はそんな制限取っ払って色々つけるつもりである。でないとちょっとヤバそうだから。
「まず
ガンガンにグリッチを使い、ポジションごとのエンチャントを振り分けて行く。
前衛、後衛、遊撃、回復。基本はこの四種なれど、此度集まったのは皆が皆最終ジョブ。ゆえに一癖も二癖もある動きをするものだから、しっかり考えないとこんがらがる。
特にヘイト高める系とかは絶対に間違えちゃいけないし、前衛のやつに魔法詠唱速度+++とか付けたって意味はない。ちゃんと整理して、ちゃんと順番につけて。
魔力増強の指輪はもうつけている。あんまり好きな味じゃないけど、魔力回復ポーションも飲んでいる。
制限時間はみんながブリーフィングを終えるまで。
すでにこちらで用意してあった状態異常無効系のアクセサリにつけてあるものは除外して、装備品についている効果も除外して、えーとえーと、だからこれがいらなくてあれでそれで。
焦るな焦るな。
これら作業は、そのままアイツらの命に直結する。俺のエンチャントを信じてアイツらは戦うんだ、ミスは許されないが、雑になってもいけない。
特に俺は戦地に赴かないんだから……慎重に、迅速に、且つ、完璧に。
仕事をこなす。
エンチャントをしては魔力を回復し、エンチャントをしては魔力を回復し。
ああ、もっと効果の高いポーションが欲しい。が、流石に今から『増加効果』をポーション一つ一つに付与していくのは手間が過ぎる。過ぎるし余計な時間を使う。ああ、Buffろうと戯れている暇があったら用意しておくんだった。
後悔先に立たず。まったく、デスゲームになってから本当に後悔ばかりだ。そのくせ学びがない。
「よいしょ、っと」
「……あん? なんだ、ベンカスト……ベンカスト?」
「あはは、何やら一大事らしいので、来ちゃいました」
完全な不法侵入のやり方で、窓から白い法衣が入ってくる。
前の時も思ったけど、一応他国だぞ、ここ。
「ああご安心を。前も今も密入国です。バレたらそこそこ怒られますね、両国に」
「俺今集中してんだよ。用件だけ話せ」
「今回の件。残念ながら僕は参加できませんが、助言を一つまみ」
「なんだよ」
オバンシーさんの続報なら、ホントは今はやめてほしかった。動揺するから。
でも、告げられた言葉は少しだけ違うもので。
「魔界の知り合いがですね、大急ぎでメール送ってきたんですよ」
──"オブシディアンドラゴンがいなくなった。目撃証言的に多分テイムされてる。でもテイム許可出してないからつまり密漁。あんなの個人に扱われたらヤバい。至急討伐or封印したいからプレイヤー集めて欲しい"。
「ってね」
「ちなみにそれもしかしなくてもまおうだろ言ってきたの」
「あはは、正解です。魔王ロールプレイしてたら本当に魔王になっちゃったまおうさんです」
まぁ。
なんか雑に繋がったなぁ、っていう。じゃあアレか、ウォールベアもテイムモンスターか?
……ワンチャン、オバンシーさんが死んだ理由は……ああいや、今はやめておこう。
「こっちでドラゴン退治したら、それも解決するよな」
「だといいんですけどね。別個体の可能性もありますから、僕は魔界へ向かいます。なのでガシラさん、こちらの件が片付いたら、その」
「珍しく言い淀むじゃねえか。いいよ、勿論行くさ。それにまだ魔界じゃ怪しい老人ロールプレイしてねぇしな。魔族相手にやったらどうなるか楽しみだ」
「あー、物理無効は常に持っててください。最悪話しかけた時点で殺されます」
「行くのやーめぴ」
悔しいが。
なんだ。集中したい集中したい言っておいてなんだか、なんだ、アレだが。
ベンカストと軽口をたたいたことで緊張がほぐれて、いつも通りの作業ができている。
「お……っと、そろそろ僕はお暇します。ここにいるってバレたらそれなりに怒られるので」
「ああ。……またな」
「はい、また」
なんつーか。
俺も、心置きなく殴り合えてたあの頃のクラメンのやつらにまた会いたいなぁ、とか。
──叶わぬ夢だ。