お 守 り く れ る 怪 し い 老 人 作:老人というだけで怪しい(偏見
見送る。
ワンバの湖は国の西方にあり、距離にして凡そ二十kmくらいの場所。
そこへ向かって馬も使わずに突っ込んでいった七人。それは奴らが猪突猛進だからとかではなく、馬や御者にヘイトが向くことを恐れたためだ。
作戦は綿密な計算のもと立てられた。ゲーム時代の攻略用計算式のスクショまで持ち出してきて、当時と現代の誤差も考えつつ、最速且つ安全に、そして逃がさないようにする作戦。そのための追加発注も受けた。
また、ベンカストから齎された情報も伝えてある。テイムモンスターの可能性あり、って奴をな。
時刻は深夜三時。この国は夜も明るい国だけど、どこから出回ったのか、"ワンバの湖にオブシディアンドラゴンがいて、それを伝説の英雄たちが倒しに行く"なんて噂が広まってしまったらしく──。
「……大丈夫、だよな」
「大丈夫に決まってんだろ。七人だぜ七人。一人でも一騎当千の力を持ってる英雄が七人だ。負けるはずがねぇ!」
「だがよ、ドラゴン退治なんて……それこそおとぎ話の世界じゃねえか」
なんぞか、盛大な見送りになりました、と。
総出とは行かないがそれなりの数の国民がアイツらを見送った。明るさはここに集中し、逆にしんと静まり返る変な空気に。
アウリヌス・レクスのやつらまでしーんとしているから、余計にこう……なんか葬儀みたいで嫌だ。
「──」
まぁ、俺もこれ以上ここにいる必要はない。
やれることはやった。これで心配になって見に行く、とかしたら本末転倒だ。だって俺最終ジョブでレベルカンストしてるから、馬とか御者より確実にヘイト引く。生産ジョブはおとなしく安全地帯で無事を祈っているのが吉なのだ。
……なのだが。
「……ほほ」
まぁ、わかるよ。気持ちはわかる。
あんだけ偉そうに言っておいてお前は行かないのか、だろ。お前も英雄に数えられる存在なのだろう、だろ。何故一人、残るのか。行かないのか。何を笑っているんだ。
そういう──己が何もできないからこその、自責が変質した俺への敵意。嫉妬でもあるのだろう。
チカラを持っているクセに、と。
「ほほほ……」
集団を抜け、いつもより暗い国に戻る。町へ、路地裏へ。
俺の衣服には『
だから生半可な相手じゃ俺を追うことなんてできない。往来にいる場合は別だけどな。
「ほ……成程、
聞こえる声で言う。
相当使いこんでいる。使い込んでいるし、使い慣れてもいる。これじゃあどこへ逃げても同じ。状態異常回復系のアイテムを使うという手もあるが、そうして来ることは予想しているはず。
なら少しばかり特異な手段で撒いてみるか。
「
小さな声で呟きながら、右手で街灯に触る。
その瞬間に状態異常回復ポーションで
「!?」
数秒としない内に同じ場所へ辿り着いた少女が驚きの顔で街灯を見つめる。
彼女の目には赤く強調されて映っているのだろう。目の前の街灯が、強く、静かに。
……アレは対象の形まではわからない。
なんでわからないって、わかられると困るギミックボスがいっぱいいたからだ。わからないようナーフされた、が正しい。遠くからギミックボスに対して標的強調かければ、初見でもどこがどう変形するかわかっちゃう、みたいなことがゲーム時代にあったからな。
なに? アレだ、年の功っつーかプレイヤー有利って話で。
「ま──待ってください!」
結構な近さにいるとも知らず、完全に撒かれたと思ったのだろう。
それなりの大声で少女は声をかけてきた。
「お願いします……私に、戦う力をください! 新人だからって、何もできないからって……私が、弱いからって……そんな理由で置いていかれるのは、嫌なんです!」
……うん?
え、今十分な理由を自分で吐いたよな。
新人で初心者で、まだ弱いから、今回は強い奴に任せる。何か嫌なトコあるか?
理性のタガがぶっ壊れでもしてなけりゃ、そんな言葉は吐かないはずなんだが。
いやまぁゲーム時代ならわかるよ? レベル低いからってクラメン全員が出向くようなイベントにおいてかれるの、ちょっとだけモヤっとするよな。
でもここは現実で、ミスりゃ死ぬ。
自分が死ぬだけじゃなく、仲間も死ぬんだ。そんだけヘイト管理って大事でさ。
できるだけ少数精鋭の方が良い。魔物が誰を狙っているのかが明確であった方が良い。大勢でかかってどこにタゲが向いてるのかわからん状態で大技とかが来ようものなら大パニックだ。
敵の攻撃パターン、攻撃範囲、攻撃威力。それらがちゃんとわかっているから前衛が安心して受け止められるし、回復も適量ができる。無駄な魔力を使う余裕なんかないから、計算されつくした動きが。勿論予定外も多分にあるけれど、だからこそ遊撃や後衛が戦場を俯瞰し、緻密な調整を行っていく。
それがMMOの高難度帯ってやつだ。MMOの、というかレイドボスの、って言った方がいいか。
んな場所に何もできない奴いたら邪魔だろ。
「ならん」
「っ、上……!?」
そう、上だ。屋根にいた。
建物の屋根から、少女を見下ろす。今夜は晴れているから、月が綺麗だ。それをバックに置けば、少しは威圧感も出るだろう。
今宵、怪しい老人は、妖しい老人へと少しばかりの変貌を遂げる。
「何をそうも生き急ぐ。何をそうも焦がれる」
「……私は、強くないから」
「なれば強くなれ。
「それじゃ、遅いんです。私は今すぐ強くなって、戦場に行かないと……」
うーん?
なんだろう。凄く話がかみ合わない。この子何をそんな焦ってるんだ?
アイツらだけじゃ心配ってことか? いやまぁアイツらのことをプレイヤーだと知らない奴らからすりゃそういう心配も出てくる、のか?
でも、なんだったらBuffろうとか一応アウリヌス・レクスの前リーダーだぞ? 信頼できるだろ。
「もう一度問う。何を急く。主は、何を守らんとしている?」
「……なんです」
「聞こえぬ。はっきりと喋れ、
「友達なんです!」
こう……もっとさ、明瞭にしゃべることはできないのか。
主語がねーのよ主語が。誰が友達なんだよ。で、何をしようとしてんのか聞いたのに「友達なんです」はもう会話成り立ってねーだろ。
「ホホ……誰が、」
「あのオブシディアンドラゴンは、私の友達で、だから守りたいんです!」
──流石にイミフなんだけど。
「ほ……成程のぅ。お主、魔界出身じゃったか」
「はい。こんな見た目ですけど、一応魔族です」
少女はユティと名乗った。
あの日、俺の出現に超絶ビビってた子だな。よくそれで
で、ユティは魔族らしい。種族はフィルギャ。ゲーム時代にはいなかった種族……というかなんなら魔物扱いだった奴だけど、長い年月を経て魔族とは和解したっぽいな。
しかし……となると、この少女の結膜の色はキャラメイクではなく魔族故か?
……いや決めつけるには早計か。もしフィルギャ全員がそうであると確認してからだな、NPCの子孫かどうかを判断するのは。
「で、あのドラゴンと旧知、と」
「……はい。でも」
「何の声をかけることもなく、さらには即死級の攻撃をしてきた、と」
うーん。
まぁ、オブシディアンドラゴンがテイムされてるって話だから、当人意思とは関係なく暴れさせられている可能性大だが……。
だからと言って、何ができるって話なんだよな。
アイツらにトドメ刺さないで術者探してテイム解除させる、なんて余裕があるとは思えない。作戦は立てたし準備もしたから心配はしていないとはいえ、決して余裕で倒せる相手ではないのだ。ちゃんと高難度ボスの一角だから。
「あの夜……ウィルは、私の頭に手を当てて、言いました。"残念だけど、君は弱い。あの者は僕に任せて、君は逃げるんだ。いいね?"と」
「ウィルとは?」
「オブシディアンドラゴンの名です。彼はウィルといって、彼の棲む山の妖精たちからとても慕われていました。いつも穏やかで、時折視察に来ていた魔王様とも仲が良くて」
意思ある系かぁ。いやまぁどの魔物にもあるんだろうけどさ。ゲーム時代だって喋る魔物フツーにいたし。
ただなー。
だからといって、それらがこっちの安全を脅かしてくることには変わりないんだよな。
「それからウィルを追って、人間界に来て」
「どうしてオブシディアンドラゴンが人間界に行ったとわかったんじゃ?」
「襲撃者が人間だったからです」
「ほう? その者の特徴は覚えておるかの?」
おっと思わぬところで手掛かりが。
オブシディアンドラゴンをどうするかはともかく、ソイツの特徴は抑えておきたい。それがゆくゆくはベンカストや俺の安全に繋がる。まおうの、もな。
「……緑の髪の男性でした。尖った耳は、けれどエルフのものというには鋭く立っていて。あと、強力な魔法を詠唱もせずに使いました」
──……ほぼ確、プレイヤー。
ああ、ヤだヤだ。まぁそんなことできるのは絶対プレイヤーだろうとは思ってたけど、できれば違ってほしかったなぁ。
いなかったはずなんだよな。デスゲーム時代、最初こそ変なのはいたけどさ、最後の方にはみんな一致団結して、全員で全力を賭してゲームをクリアしたんだ。
結局現実には帰れなかったとはいえ、そこで生まれた信頼は本物で。
裏切りとか、画策とか、そういうの無かったはずなんだよ。
……今更さ、なんだよ。
もうみんな老後みたいなもんだぜ? 見た目若くたってみんながみんな相当な年月を過ごしている。
そこにさぁ。
同郷を疑って……殺し殺され、みたいな話はさ。
やめにしようぜ、ホント。
「お願いします、セギさん。私は、彼を守りたいんです」
「無理じゃ」
「……っ」
「此度の戦い、あの戦力がぶつかり合えば、必ずどちらかが死ぬ。儂は此方の七人が死なぬよう全力を込めた。ゆえ、そちらの想い人が死なぬようにする力は残しておらぬ」
中途半端な介入をすれば、誰かに被害が出る。
もしここでオブシディアンドラゴンを逃せば、また別の誰かに襲い掛かるかもしれない。その前に術者をどうにかする、なんて言葉は簡単には吐けない。ほぼ確プレイヤーなら逃げに徹すれば捕獲は年単位を要するだろうし、テイムモンスターがオブシディアンドラゴンのみとは考え難い。
下手をしたらオブシディアンドラゴンを使ってもっと強力な魔物をテイムするかもしれない。
どう考えても、どうやっても。
今この場で討滅したほうが、絶対に良い。
「どうしても……ダメですか」
「ならん」
「わかりました。──では、失礼します」
そんな物分かり良いワケないじゃん。
あっさり諦めた風の少女に対して内心でツッコむ。スキルまで使って尾行してきて、なんぞか凄い執着を見せておいてあっさり、とか。
ありえねーって。
コレ絶対単身特攻する奴だぞ。あるいは友情とか言ってパーティメンバー全員合流まである。
……天秤だな。
俺は戦闘員じゃない。二次ジョブとはいえ生粋の戦士である四人を相手取ることはできない。難しいとかじゃなくて無理だ。準備に一か月くらいかけりゃいけるけど、今すぐにはどーあっても無理。
あるいはこのユティという少女単身であっても止めることができないかもしれない。それくらい俺は弱い。
天秤だ。
命を賭してこの子たちをなんとか止め、留め、オブシディアンドラゴン討滅を確実なものとするか。
オブシディアンドラゴン討滅に不確定要素を入れ、プレイヤーたる仲間の命を危険に晒してまで、少女の頼みを聞くか。
……やーなこった。
「ほほほ……じゃが、手はある」
呟けば、少女も止まる。
振り向く顔には──期待。ま、無償であんな強力なタリスマン配ってる老人だ。優しい人だと思われていることくらいは予想してたさ。
俺は優しいってより選民思想が強いだけだけど。
さぁてはて、俺の命と仲間の命、どちらを選ぶか、なんて決まっている。
どっちもだ。どっちかしか選べないのにどっちも選ぶんなら、当然──グリッチを使うしかねぇわな。
「お主──度胸はあるかの?」
まぁ、
☆
飛ぶ。
飛ぶ。
背より生えた光翼は、魔族である自分と終ぞ縁遠きものと思っていたもの。羽ばたけば羽ばたく程に羽根が落ち、それが光となって夜闇を照らす。
あまりにも不相応だ。弱小魔族、その中でも特に弱い妖精についていていいものではない。
だけど今は、その身体でさえ妖精のものではない。
「……見えた!」
馬よりも速い。鳥よりも速い。
初めて扱う翼は手足よりも使いやすく、まるで元からあったかのように思うままに動いてくれた。それはありえないことだけど、あの老人の、セギの言った言葉を思い出して
──"信じることじゃ。己を疑うな。さすればそれら奇跡は、決して消えぬ真実となる。ほほ、一日限りじゃがの"。
「信じる……私を、ウィルを」
見えた。見えた。
忘れるはずもない巨躯。黒く、黒く、黒い肢体は、冷ややかであるのに温もりがあって、とても硬いはずなのに柔らかく己を包んでくれるもの。
ユティ。その名を授けてくれた山の王。
だから、ユティは叫ぶ。
死闘を繰り広げている七つと一つに声をかける。
「──告げる」
叫んだはずなのに、静かな声だった。
静謐で厳正で重苦しい声。己のそれとは似ても似つかぬ声。
それが、波紋のように響く。
英雄にも、ウィルにも、そして森の、湖の動物たちにまで。
「な……イベント聖霊!?」
「嘘でしょ!?」
セギは言った。
この姿を見せれば、英雄は必ず動揺する。動けなくなる。
だが、あるいはその隙をウィルがつくかもしれない。だからそれをさせる前に、宣言しろ。
「告げる。告げる。告げる。──クエスト:オブシディアンドラゴンの討滅を発効する。失敗条件はただ一つ──オブシディアンドラゴンの逃亡」
言葉を発した瞬間、光の壁が立ち昇る。
森を円状に囲う緑の光。それは夜を切り裂く極光を放ち、誰もが目を眩ませる。
だから、ユティは確認する。確認した。
こうなるとわかっていたから光を直視せず、代わりに森の中から飛び出した小さな影が、ウィルの尾に一瞬だけ触れたことを、しっかりと見た。
「──それじゃあみなさ~ん、死なない程度に頑張ってくださいねホシミ!」
与えられた
全力で、全速力でその空域から離脱する。ウィルの安否は気になれど、今はセギに従うしかない。余計な手出しをすればウィルが死ぬと釘を刺されていたから。
「おい
「というか、今のを言うってことは、ホントにイベント聖霊? じゃあ運営がいるってこと?」
「ッ、みんな考察してる暇はないよ……オブシディアンドラゴンが動く!」
だから、背後で聞こえた文句とか色々も無視してユティは帰還したのだった。
「ほほ……よくやってきたの」
いた。
道中……国と森を挟むところから、少しだけ逸れた場所に彼が。真白の髭が月明かりに照らされて、それだけがぼんやりと光っているから妖しく見える──老人、セギ。
ユティはそこへ、セギのもとへと降り立つ。
瞬間物凄い風圧……追いついてきた風が周囲の自然物を吹き飛ばし、局所的な竜巻が起きたのではないかと思うほど地面がめくれ上がった。
口が動く。パクパクと、ユティは今すぐにでも言いたいことがあったのに、けれどパクパク動くばかりで口は音を発してくれない。
「
けれどそれは、セギが何事かを呟いたことで解消された。
彼がどこからか取り出した人形。それに対し、
それも、本来であれば相手の姿を自身に写し取るものであるそれを、自身の姿を相手に写すという反転をさせた行使。
ごっそりと減った魔力にユティがへたり込んだ頃には、彼女の姿は元の少女のものに戻り、そして人形は先ほどまでユティがしていた姿になっていた。
「体調は……まぁ、それだけ魔力を使えば悪いじゃろうが、怪我はなさそうじゃの」
「はっ……はっ……はぁっ、……だい、じょうぶ、です」
老人は、ほほ、と笑う。
ユティもなんとか取り繕って笑みを浮かべようとして──落ちた。
意識が。
緊張と、何よりも魔力疲れ。そして本来は使えないスキルを使う、というキャパシティオーバーに、彼女の脳が休眠を選んだのである。
最後に聞こえた声は──。
「……儂もどちゃくそ走って疲れとるんじゃがのぅ。仕方ない、負ぶってくとするか……」
などという、ぼやきだった。