お 守 り く れ る 怪 し い 老 人   作:老人というだけで怪しい(偏見

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6.ロールプレイ含有率-10%

 それが壮絶な戦いであったことは事実だが、誰かが怪我をすることも、誰か死ぬこともない結果を掴み得た。

 英雄。かつてはプレイヤーとしてゲームを、そしてデスゲームを駆け抜け、その後の現実をも走りぬいた七人。あるいは最前線の攻略プレイヤーではなかったかもしれない。それでも常戦い、常生きてきたことは紛う方なき事実であり、その経験値は意思持たぬオブシディアンドラゴンを軽く凌駕するものだった。

 もし彼に思慮深さが──彼の棲まう山で謳われているような賢智があれば、戦いはもっと激しく、そして凄惨なものとなっていたことだろう。どちらもが目まぐるしく動く戦場を読み続け、一度失敗した攻撃は二度とせず、戦いながらの成長を双方がする──終わりのない戦いに。

 あるいは戦いにさえなっていなかったかもしれない。彼に意思があれば、英雄七人を一目見た時点で逃げたはずだ。高い高い上空に、自らの棲み処である魔界に。

 ……結局それは叶わなかった。

 彼にはテイムモンスターとしての単純なAIしか残されておらず、故に戦い、挑み、負けた。

 

 ズシン、とその巨躯が倒れ、倒され──その心臓に槍が突き立てられる。

 アルターガングニール。ゲームにおいては神の持つ槍(ガングニール)の写しとされ、その穂先に込められた滅殺の呪いは竜の身を容易く蝕んでいく。

 翼は破けた。鱗は剥げ落ちた。大きな顎を噛み締める力も、四肢や尾を振り回す力ももう残ってはいない。

 

「ふぃー……いやあぶねぇあぶねぇ。マジあぶねぇ。久しぶりのレイドボスはマジでやべーな、身体鈍りまくってら」

「昔はこれを十分で周回してたクランがあったってんだから、信じられないよね……」

「ああいうのは戦闘員だけじゃないのよ。後ろの安全地帯でただ戦場を俯瞰してるだけのメンバーがいて、ソイツが全員にスキル発動タイミングとか詠唱タイミングとか全部伝えてるの。今の私らには無理無理」

 

 健在だった。

 倒れ行くドラゴンに反し、英雄たちは──疲労こそあれど、既に日常に戻っているかのように。

 その命に陰りはなく。

 

「で、イベント聖霊が出たってことは、報酬出るんかね」

「出なきゃおかしいだろ……正直金だけでもいいから出てくれー」

 

 だから、それはちゃんとした油断だった。

 

 光る。

 完全に沈黙したドラゴンの体が光る。輝く。

 

「ッ!」

「ち、やっぱりテイムモンスター……!」

「術者を探せ! さすがに近くにいるはずだ!」

「え、じゃああのイベント聖霊は何だよ!」

 

 一気にあわただしくなる英雄たち。その誰もが思ったはずだ。

 これは、この光なるは『体力譲渡』。術者のHPを割合換算でテイムモンスターに分け与える汎用スキル。人間のHPの一割なら一瞬で削り切れるけれど、オブシディアンドラゴンのHP一割となるとそうもいかない。

 まだ戦える。だが疲労困憊だ。そして、この汎用スキルには制限がない。

 最悪術者がポーションがぶ飲みしてテイムモンスターにだけ戦わせる、なんて戦法も可能なのだ。ゲーム時代にはそれをしているプレイヤーもいたくらいには。

 

 だから術者を。

 スキルには使用する際、距離制限が付きまとう。だから近くに。どこかにいるはずだと。

 

 一瞬、オブシディアンドラゴンから目を離した。

 

「……──」

 

 そうして目を戻した頃には、消えていた。

 

「……は?」

「消え……え?」

「ッ、転移!? でもそんなの、」

 

 無い。消えた。消失した。

 ゲーム時代であれば、テイムモンスターを転移させる、なんてスキルは存在しなかった。テイムモンスターであれど死んだら終わり。同じモンスターを使い続けるためには死ぬ前に下がらせてHP回復をする必要があった。だからテイムモンスターだけを戦わせる戦法はイロモノなのだ。基本安定しないから。

 

 強制転移なんてスキルを目にするのは──たとえば、それこそイベントフィールドとか、人間界と魔界をつなぐワープポータルとか。

 そういう、運営が設置するものだけ。

 

 ドロップアイテムは無い。

 報酬も入ってこない。けれど目の前からオブシディアンドラゴンは忽然と消え、ワンバの湖にはまた、静寂が訪れる。

 

 過るだろう。

 まさか、と。

 

「……いるのか? GMが……運営が」

 

 勿論答えは、返ってこない。

 ただ自分たちを囲んでいた光の輪が、緩やかに収束していくのを眺めるばかりだった。

 

 

 ☆

 

 

 

「ウィル! ──うぐぇっ」

 

 安全確認もせず駆け寄るユティの首根を掴む。ム、気を抜いているとフツーに抜けられるな。案外体幹がいい。さすが探索者(シーカー)

 

 ここは国の端。法国に隣接する平原のさらに端っこ。一応両国から死角になるような場所を選んだけど、見つかるのは時間の問題だろう。めっちゃ光ったし。

 

「ほほ……意識はあるかの、オブシディアンドラゴン」

「ウィル、ウィル! 聞こえる!?」

 

 あまり叫ばないでほしい。見つかったら今度こそ討伐されるぞ。

 ……外傷は、無いとは言わないがある程度治っているな。さすがエルダーリッチの秘奥。次に受ける攻撃によってHPを全損する場合、HPを1残して耐え、さらに状態異常をすべて回復したのち、HPを半分回復する……なんていう、死霊系のボスモンスターらしい理不尽スキルの一つ。

 エンチャントすること自体は普通の能力付与(スキルエンチャント)と同じだけど、使用するとなれば現在魔力の七割を消費するとかいう諸刃の剣。もう魔力が薬にもしたくない程で、他の魔法が使えないって状況くらいでしかエルダーリッチも使ってこないスキルだ。

 俺はそれをコイツ……オブシディアンドラゴン改めウィルに使()()()()

 

 さっきのユティがやったこともそうだ。ユティにドッペルゲンガーのスキルを植え付け、強制的に発動させる。

 消費する魔力は使用者……つまりユティやウィルのもので、俺のものじゃない。だからユティも使用後すぐにぶっ倒れたし、ウィルもまだ息も絶え絶えなんだと思う。自分のものじゃないスキルを二個も使ったんだ、脳のキャパもフルに使っただろうし、魔力もごっそり減っただろうし、何よりあいつらと戦った後だし。

 

 ……が、そこまでした甲斐はあっただろう。

 

「テイムは、ちゃんと振り解けているようじゃな」

 

 これはプレイヤーとしての記憶。

 昔、まだデスゲームじゃないただのゲームだった時代の話だ。

 あるプレイヤーがエルダーリッチをテイムしてきて、最初の街の中央でそれをキルしたことがあった。

 ──そこから始まったのは大惨事。復活したエルダーリッチはテイムの軛をも状態異常と見做して振り解き、当然のように周囲のプレイヤーを襲った。

 これは事故ではなく、MPK……街中ではPKができないことに不満を抱いたあるプレイヤーの故意による所業であり、運営はすぐにこれに対処。初めはエルダーリッチの状態回復にテイムを含めない、という調整をしていたのだけど、それがどうにも上手くいかなかったようで、エルダーリッチのテイム自体ができなくなる、なんて結果に落ち着いた。

 それをしたプレイヤーには厳重注意が言い渡された……が、できることをやってみただけなので、罰則らしい罰則は無し。

 当然批判の声が殺到した……が、MPKを企てたプレイヤーがゲームを引退したことを期に鬱憤も収まり、ゲームの歴史の一つと消えた。

 

 というワケで。

 エルダーリッチの『帰還』にはテイムを振り解く力があるのだ、ということがわかってくれたら良い。

 

 ウィルにそれをエンチャントで植え付けて強制発動させたってそんだけの話。

 んで、二個目。ここまでが一個目のエンチャントね。

 

「……ぅ」

「ウィル!? よかった、意識が……」

 

 もう一つは、イベント聖霊のスキルだ。

 俺がエンチャントとして扱うことができないのはプレイヤーの汎用スキルだけ。何故使えないかって、IDがわからないから。スキルのエンチャントではそもそも扱えないんだけど、例のグリッチを使えば行けるんじゃないかと思ったソレは、けれどやっぱりだめだった。

 IDは『使用種族_使用スキル』という表記をするのだけど、使用種族のところにPlayerを入れても全く反応してくれないのだ。俺たちはPlayerじゃないのか、あるいは汎用スキルは使えないという縛りがグリッチをも貫通してきているのか。

 わからないが、使えないものは使えない。使えてたらホームポイント帰還で山に返してやったんだけどな。

 

 というわけで、今回ウィルに使わせたのはホームポイント帰還ではなくイベント聖霊がイベントモンスターをイベントフィールドに召喚するスキル、である。

 

 他に長距離転移を使えるスキルは存在しない。アイテムはあるけどな。

 で、さしもの俺もアイテム効果を能力付与(スキルエンチャント)するってことはできない。アイテムIDは使用種族IDとして認識されないので、HP回復ポーション_体力回復、みたいな構文入れても何も起きない。できてたら最強だったんだけどね。

 俺が使えるのはあくまでスキルの範疇にあるものってワケ。

 

「ほほ、目が覚めたようじゃの。ああ、良い、良い。魔力不足で意識も朦朧としておろう。故、手短に話す。覚えておられなんだったら娘子、お主が記憶せい」

 

 で、だ。

 ここまでやっといて見つかったらお陀仏、なんてのは流石の俺も思うところがある。いやプレイヤーの子孫かどうかわからないからユティは気に掛けるにしてもウィルはなー、とか思ってたんだけど、まぁまぁ、乗り掛かった舟という言葉もありますんで。

 せめてコイツらを安全な場所まで連れて行く必要はある、と思うんだ。

 ただしもう転移は使えない。アレめちゃくちゃ魔力使うっぽいからな。俺の魔力じゃ足りないんだわ。なんでイベント聖霊用の魔法にそんな莫大魔力設定してんだか。

 

「お主らにこれをやる。これを肌身離さず持っておれ。良いか? 肌身離さずじゃ。どちらかが落としそうになったら、必ず拾ってやれ。今すぐにこの場から動けないのであればここを動くな。動かず、じっと耐え、回復するまでずっとずっと、これを持ち続けろ」

「……これは?」

「お守りじゃ」

 

 渡すのは、初心者マークみたいな形をしたタリスマン。

 いつもの木片とか石ころじゃない、エンチャントアイテム……つまり、真っ当なタリスマンだ。特別な木から切り出し、しっかり意味のある形に彫って、ロストテクノロジーも良いところなエンチャントを仕込んだタリスマン。

 エンチャント強度の関係上一週間しか保たないが、それだけあれば流石に回復するだろう。

 

「良いか、動くでないぞ。身動ぎ程度は良いが、その場を動くな。何が起きてもじゃ」

「は……はい」

「食料は……大丈夫じゃろ。ドラゴンと妖精、人間が欲するようなものは必須じゃあるまい」

「あ、そ、それは、はい。大丈夫です」

 

 よし。

 じゃあ後は、俺の演技力だな。

 

 タリスマンを──渡す。

 

「──そこで何をしている!」

 

 Wow,ギリギリ。

 

 

 

 

 天を覆う真白。夜明けが近いとはいえ、まだ夜……だというのに、仕事熱心なことだ。

 バッサバッサと翼をはためかせるのは無数の白馬。白銀の鎧を付けた天馬たち。

 

 ペガスス。

 天界フィールドにいる非敵対モンスターであり、法国のペガスス部隊が愛馬として扱っている魔物。

 その記憶通り、天を駆ける馬のすべてに僧兵が騎乗している。数は三十くらいだけど、多分もう少ししたらもっと集まってくるだろう。

 

「何者だ」

「ほほ、儂はどこにでもいる老人ですじゃ」

「どこにでもいる老人はこんな時間にこんな場所にはいない。──後ろの痕跡はなんだ。貴様、ここで何をしていた?」

 

 ウチの国より法国の方が先に来るとは思っていた。特に機動力に長けるペガスス部隊が、真っ先に。

 今ベンカストが魔界行ってるからな。より一層警戒していたところだったことだろう。法国とはそういうところだ。実質トップなNo.2がいなくなったからってサボろうとするやつはいないのである。

 

「ほほほ……本当に何もしていないんじゃがのぅ」

「ならば何故ここにいた」

「深夜徘徊じゃよ。珍しいことではあるまい」

「平原の端、奇妙な爆心地の前に徘徊している老人などそうそういるものではない。貴様、喋れば喋るほどに怪しいぞ。……素直に何をしていたか言えば、手荒なことはしない」

 

 ──さて。

 まぁ、今のやり取りを経てわかるように、後ろのユティとウィルは完全に隠れられているな。まぁこれでもかってくらいの隠蔽エンチャント仕込んだんだ、プレイヤーだって早々見抜くことはできないだろう。

 だから問題は、俺がここをどう切り抜けるかだけで。

 

「わかった。では、話そう」

 

 フ。

 一体俺がどれほどの年月ロールプレイをしてきたと思っているんだ。

 これくらいの窮地、簡単に乗り越えて見せるぜ!

 

「──迷ったんじゃ。ここ、どこかの?」

 

 連行された。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「"ペガスス部隊が奇妙な爆発痕を発見。その場にいた男を取り押さえたと報告してきたが、ソイツはガシラだった。指示を求む"……ね」

 

 どんよりとした青紫色の空。赤い土。

 木々は真っ黒で、太陽は無い。代わりに赤い月が二つ浮かぶ──そんな世界。

 

 ここは魔界。魔なる者の住まう世界。

 

 その中心、「如何にも」な雰囲気の城の最上階で、送られてきたメールを読むベンカストの姿があった。

 城の主たるまおう……もとい魔王の姿は無い。彼女は"現地を自分の目で確かめないと居ても立っても居られないタイプ"の人間なので、オブシディアンドラゴンが姿を消したという山で現地調査をしまくっている。だからいない。

 そんな城の各機能を勝手知ったる顔で使いこなしながら、ベンカストは思案する。コーヒーが自動で淹れられた。

 

「こう……限りなく怪しくない人が限りなく怪しいポジションにいる時、どんな顔をしたらいいのかわからなくなりますよね」

「……いやあの、それ独り言?」

「はい。だから返事は結構です」

「そ、そう……」

 

 ベンカストはメールを書いていく。

 宛先は法国に残したプレイヤーだ。法国にいるプレイヤーは何もベンカストだけ、ということはない。他国に比べたら少ない方だが、こうしてベンカストの不在時にも連絡を取り合えるような仕組みにはしてある。

 

「"適当な理由つけて釈放してあげてください。ただし監視付きで"……なんて、()()()()()をくれた人に対する態度じゃないですけど」

 

 首に付けたペンダントを触る。

 否、ペンダントというには余りに武骨なソレは、以前稼ぎ頭3より貰ったお守りである。

 

「普通に考えたら、ただの偶然。ただの偶然にしては出来過ぎている、なんて言葉がありますけど、出来過ぎているから偶然なのです。出来過ぎていなかったら八割くらい必然で、二割くらい作為性のあるものでしょう」

「……」

「違いますか?」

「へぁっ!? え、え、話しかけられてた!?」

「あはは、今のはからかっただけです」

 

 それでもベンカストは思案する。思考を止められない。 

 もし、そうだったら。

 この平和を崩すのが彼だったら──。

 

「……ま、最もありえませんけどね。頭の片隅に可能性は置いておきますが、そんな疑念はチラつきませんよ」

「だ、だよな!」

「はい? 何がですか?」

「──……ゴメンナサイ。うぅ、コミュニケーションって難しい……」

 

 メールを投げる。

 空気に溶けるようにして消えたその便箋。そうしてようやく対面にいる者の表情を見た。

 

 見て。

 

「おや、アニータさん。どうして涙目なんですか?」

「うぅ……ううう、早く帰ってきておかあちゃん~~!」

 

 魔王の娘、アニータ。稼ぎ頭3が言うところのキャラメイクをふんだんに引き継いだ容姿をしている彼女は、しかし長年他人を避けて生きてきたがために人付き合いが苦手である。

 第一子……長男たる放蕩王子はコミュ力の塊ゆえにコンプレックスも多く、それを克服せんと母の友人だという人間界の大主教に声をかけ──。

 

 まぁ、撃沈と。

 稼ぎ頭3なら言っただろう。というかベンカストを知る者なら全員言うだろう。口を揃えて、嫌そうな顔をして。

 

 ──"人付き合い学ぶならソイツだけはやめとけ。それ最悪手だぞ"、と。

 

「うぅん、美味しい。やっぱりコーヒーですよねぇ」

 

 ベンカストは久しぶりのコーヒーを啜る。

 法国は節制と規範の国。No.2であっても嗜好品など簡単に手に入るものではないのである。

 

 ……それ以外の規範破りはさんざん犯しているのだが。

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