お 守 り く れ る 怪 し い 老 人 作:老人というだけで怪しい(偏見
かつてこの地には神がいた。
魔界。日の昇らぬ暗夜の世界。二つの赤月が照らす大地は血のように染まり、そこへ根を張る草木もまた錆びた血のように黒い。
蔓延るのは餌に飢えた獣たち。いびつな形、いびつな生態をして、いびつな存在として他を食らう。
けれど、それでも世界が廻るようにと──神は、魔神は魔界を管理していた。
英雄と呼ばれる存在が出現してからだ。
彼の神が、姿を消したのは。
☆
蔦によって拘束された女性を前に、とりあえずの一部始終を説明した。
「イステア……」
「安心せい、とは言い難いがの。あ奴が炎魔窟のボス、ヴォルケインであり、主に呪いをかけ続けていた張本人であることは間違いなさそうじゃ」
「事実、今アンタの体から呪いは消えていってる。状態異常回復ポーションを使わずにソレってことは、アンタ自体に耐性があると見た」
「ああ、そういえば剣豪は途中で各種耐性を25%程取るんじゃったか」
説明をしても、女性の敵意は消えない。
俺に、そしてコボルドの姿のまおうにまで、最大限の警戒を向けている。まぁ自分の連撃全部いなして拘束までしてきたコボルドだ。そりゃ警戒する。
「アンタ、知ってただろ。誰が自分に呪いをかけているのか、あのチビがなんなのか」
「……そうだとしたら、なんだ」
「脅迫だな? ヴォルケインをチビにして、呪いを使わせる、なんて所業をした誰かに、何か弱みを握られていると見た。なんだ、言ってみろ。自慢じゃないが、俺達は結構強いぜ」
「ほほ、コボルド一匹が何をイキっておるのか」
「お前の方が頼りねえっての」
まおうはアホだが馬鹿じゃない。
頭の回転はすさまじく速いし、何より直感だけで真相に辿り着く力が強い。ゲーム時代、各地を調査して一つ一つ情報を得なければたどり着けない系のクエストで、「いや……多分あそこだと思う」で正解に辿り着く、なんて馬鹿げた所業を何度やってのけたか。
本人曰く「外すことも多いから予知なんかじゃない」らしいけど、的中率が70%くらいある時点で十二分にヤバいんだよなぁってわかってくれないかね。
「……」
「言えないか。言えない呪いがかかっている……ってわけでもなさそうだが。……セギ、」
「わかっておる。『
「やりすぎだろ要塞かよ。つかお前そんな魔力あったんならもっと早くやれよ」
「馬鹿言え道中に作っとったんじゃ。儂、途中から大分上の空で対応しとったじゃろ。ありゃエンチャント頑張ってた証じゃ」
「……俺はそうでもないけど、お前にとっては結構な命の危険だったと思うんだが」
「信頼があるからのぅお前さんには」
「そりゃどーも」
さて、この家はもう外界から隔離されたに等しい。
理不尽スキルのオンパレードだ。ただ魔法的な部分の対処は甘いので、サーチマジックに引っかかったらまおうに対処してもらう、くらいしかできない。
魔法無効をかけるとまおうの魔法も無効化しちゃいかねないからな。スキルはそんだけ理不尽なんだ。見境がない。いやグリッチ使えばもう少し範囲狭められるんだけど。
「セギ、そもそもこの人はなんて名前なんだ? 名前がわからんと会話が円滑に進まない。本人が話す気ないのに知るのはあまり良くないと思うけど、この際仕方がないだろう」
「知らん」
「……」
「イステア少年の姉御、と呼んでいたからのぅ。なんなら儂も特に名乗っとらんし、イステアという名もこの女性が呼び掛けていたから知った名じゃ」
はぁ~、とまおうコボルドが額に手を当てる。
いや、自己紹介する時間なかっただけだって。確かに俺は基本相手の名前聞かないけどさ。
「俺はま……ウコボだ。マウコボ。この枯れ木の友人兼護衛で、イステア君とはさっき会ったばかりの部外者。俺が見たときにはイステア君はこの枯れ木を炎魔窟へ連れて行こうとしていた。これがどういうことなのかわかるか?」
「……下手な嘘はやめろ、魔王。気配でわかる」
「へえ」
女性の指摘に、まおうは少しばかり楽しそうな色の声を出す。
出して、俺が『変装』を刻んだ木片に火をつけ、燃やし尽くした。
ビーッ! ビーッ! とビープ音が鳴る。
「……すまん」
「まったくじゃ」
せっかく作った魔法検知がもう発動してしまったじゃないか。
別に叩き折るとかでも良かっただろうに、わざわざ火魔法使うからそーなる。
で、些かばかり申し訳なさそうなコボルドは──その姿を変えていく。
キャラメイクバリバリ。
腰上まである銀髪には時折青いメッシュが混じり、頭を振ればそれが流れるように動く。ぱっちりとした目。瞳孔の色は派手でない黒めの茶色なれど、その中に星だの四方剣だのが混じり、本人曰く「まるで無限に広がる宇宙のような」様相を呈している。
人好きのする笑みを浮かべたその顔は童顔気味。ただし等身が高いのと最終ジョブ&レベルカンストらしいオーラも相俟ってか酷く甚く強そうに見える。実際強い。
全身を青っぽい魔法使い用の鎧で固めていて、さらに真っ黒なマントと手甲が目立つ。右腰に佩いた二本の長剣と左腰に備えた一本の大剣からは、それが尋常な代物ではないことを指し示す魔力があふれ出している。
「──魔王」
「如何にも。我が魔王だ」
あ、ロールプレイ入った。
「お前の弟が我を酷く嫌っていたのでな。この姿ではない方が良いと判断した。騙すつもりはなかったことをわかってほしい」
「嘘など、貴様が吐けるはずがない。騙すつもりなど持ちようがないことくらいわかっている」
「そ、そうか」
うんうん、と頷く俺。どうやらこの女性はまおうのことを熟知しているらしい。
「そっちの老人が貴様の……魔王の友人というのも、真なのだろう。貴様以上に得体のしれない奴だが」
「ああ、奴のことは気にしなくていい。ただの枯れ木ゆえな」
反論する気はない。
魔族相手だ、魔王が対応したほうがスムーズなトコもあるんだろう。最初からそうすればよかったってそれはそう。
何にせよ俺が挟まると余計なコントやっちゃうからな。黙ってた方が良い。
「……ルクリーシャ」
「それがお前の名か。良い響きの名だ」
「──あるいは、血のルクレツィア」
金属音が鳴った。
瞬きの後、いつの間にか女性が剣を抜いていて、蔦の拘束を解いていて……突きの姿勢になっていて。
その突きをまおうが長剣で止めていて。
いや。
まーったく見えなかった。
これ、本気で蚊帳の外っていうか、俺じゃわからん世界だ。このサブキャラAGIが低すぎる。あ、動体視力も反射神経もAGI依存ね。
で……血のルクレツィアとな。
「血のルクレツィアだと? ……セギ!」
「名前は覚えとるけど何だったか思い出せない、という様子と見た。ほほ、良い良い。お主はINT関連のクエストにしか興味なかったからのぅ」
金属音。まただ。
もうどうせ反応できないので、一々驚いたりせずにそれをBGMにして語り始める。
「あれは遥か昔、儂らが現役であった時代のことじゃのぅ。
ゲーム時代の話だ。
デスゲームになる前の、誰もが楽しくゲームをやっていたころの話。
期間限定のイベントとして実装されたそれは、「ある特定の魔物からドロップする赤の結晶を集めろ」という簡易なもの。イベント名は「雨のルクレツィア」。その魔物がいるフィールドは必ず天候が雨になり、視界が悪くなる……なんてちょっとしたデバフのかかるイベントだった。
赤の結晶は集めた数だけイベント限定装備と交換できて、中にはそこそこ性能の良い装備だったり見た目がよろしいものだったり、あるいはあんまりにも尖った性能をしていたりと、簡単なイベントの割には良い報酬が喜ばれていたことを覚えている。
そんな赤の結晶を交換してくれるNPCが「雨のルクレツィア」。
男物のコートとハットを身に着けたNPCで、口元だけで美人だとわかるものの、目元なんかはわからない仕様。
で、彼女に話しかけると交換品のリストがズラっと並ぶのだけど、一番上……つまり最も多量の赤の結晶を集めて交換してもらえるのが、「謎のメモ」なのだ。当然攻略組とかゲーム考察大好き組はそれを狙った。個人じゃ集めきれない量だからクランがこぞって集めたりもした。
結果交換可能なまでに赤の結晶を集め、晴れて謎のメモを交換した……ら。
交換したプレイヤーはメモを読む暇もなく、イベントフィールドに飛ばされるのである。
それが生産ジョブであれ初心者であれ、だ。
真っ暗な空間。上も下も右も左もわからないような真っ黒な空間に、一人の女性がいる。
少し遠い。だから近づく。他に行く場所がないからとそこへ近づいて行くと──今まで倒してきた魔物が、赤の結晶をドロップした魔物が
それでもなんとか魔物を押しのけて女性に辿り着く頃には──女性は、死んでいるのだ。
神に祈るような姿勢で膝を折り、喉から自らの剣を飲んで、その剣の柄を祈るように持って。
「まだ──足りないか」
呟くのだ。
喉に剣が刺さったままに、だくだくと血を流すままに、涙を流すままに。
気付けばプレイヤーの周囲は黒ではなく赤に染まっている。血だ。赤の結晶はそのまま血の結晶であり、それが溶けだしたのだろうイベントフィールドは血の海となっていて。
女性は、ルクレツィアは自らの喉から剣を引き抜き、突然プレイヤーに対して敵対行動を取ってくる。
イベントボスモンスター「血のルクレツィア」。AGIとSTRが突出して高いヒトガタの魔物で、非常に効果の高い体力継続回復能力を持っているのが特徴でもあった。
前衛ジョブのプレイヤーはその速度に翻弄されながらも苦戦、後衛ジョブのプレイヤーは基本瞬殺で、生産ジョブなんかは言わずもがな。
唯一対抗できるのが同じくAGIを上げているだろう遊撃系ジョブで、それにしたって苦戦は免れない。
ちなみに俺はメインジョブでもクリアできなかった。攻略組にはクリアした者もいくらかいたようだったけど。
「まだ、足りないか。イステア」
「……ぐ、セギ、AGI上昇系も寄越せ! 金は後で払う!」
「ほほほ、承知じゃ」
負けたらそこで終わり。赤の結晶は返却されるけどメモは読めない。イベントフィールドに移動した直後も真っ暗でメモは読めないから、クリアしないと絶対読めない仕様で。
無理だと判断したプレイヤーは他の装備品とかアイテムを交換して終わり。
立ち向かったプレイヤーはその九割以上がイベント終了まで勝てなくて、勝った一割が上げてくれたメモを見るしかその内容を知る術はない。まぁ上げてくれるだろうって前提で最初からメモなんか興味なかった奴らも多かったけど。
で、メモには……これまた狂気的な文章が書かれている。
──"捧げます。捧げます。命を。命を。集めて、束ねて、捧げます。だから、どうか、どうか──返してください"、と。
血の滲んだメモ。
倒されたルクレツィアが最後に吐くセリフが、「すまない……お前を、取り返せなかった」であること、その他指定された魔物の共通点なんかを加味して、考察班が出した結論は簡素なもの。
"恐らく何か超常的存在(神? 魔神?)に肉親を奪われたルクレツィアが、自分では集めきれなかった捧げものをプレイヤーに依頼して集めてもらっていたのが今回のイベント。ただし、このイベントではルクレツィアの願いが叶うルートは存在しない。どうあってもプレイヤーを悪者にしたいヤーなイベント"。
イベント期間が終わってもアフターストーリーの類は無かったし、「謎のメモ」も消えて莫大なゲーム内マネーに変換されて、終わり。
もしかしたらその後に何かあったのかもしれないけど、その少し後くらいにゲームがデスゲーム化しちゃったから真相は闇の中。デスゲーム化した後はそんなゲーム時代のイベントの話なんか考えてる暇ないから、どんどん忘れられていった……という次第。
「すると、なんじゃ。お主はあの頃から生きておるのかの?」
「……否だ。私が目を覚ましたのはごく最近のこと」
打ち合いながら、閃光を瞬かせながら、ルクリーシャは話す。
AGIの上がる指輪はまおうに譲渡済みだけど、それでもなおルクリーシャの方が早いらしい。参ったな、あれ+++だからあれ以上はないぞ。
というかそうか、まおうは別にAGI高くないから、イベント通りの性能だったら絶対追いつけないんだ。
「私からイステアを奪った魔神。だが奴は、ある時を境にいなくなった。……貴様ら英雄が世界に溢れかえってからだ」
「ほほ、情報量情報量、もとい、なんじゃって? 魔神? それが弟御を……イステア少年を奪ったと?」
話しながらエンチャントを作る。
別に相手に聞こえない声で言ったって発動するからな。作る
木片だと装備が難しそうなので、ネックレスにこれをエンチャント。
こっちの意図を察してトレ窓を開いたまおうに譲渡。ホントどういう処理能力してるんだその頭。
「イステアは普通の子供だった。だが、ある時魔神にその身を奪われた。あの日貴様らを利用して供物を集め、そして貴様らをも最後の供物とできていれば……あの子は帰ってくるはずだった」
「セギ、なんだこれは! INTコンバートなんてスキル聞いたことがないぞ!」
「企業秘密ぢゃ」
「昔からだな秘密主義者め、少しは身内を信頼しろ!」
一段。いや、二段ほどスピードのギアが上がる。
今まで聞こえていた金属音は断続的なものに変わり、鳴っているのか鳴っていないのかわからないほどに。
ただ目の前で散り続ける火花がその攻防の存在を教えてくれる。
「じゃがの、ルクリーシャ嬢、お主を看病していた、そして儂と少しの間共にいたあの少年は弟御ではないのか?」
「……そうだ。だが、混ざっている。私が今の時代に目を覚ました時、イステアの中にはヴォルケインという魔物が混ざっていて──そして」
「お主に呪いをかけ続けていなければ、イステア少年はヴォルケインへと変貌する。そんな状態にあった。そんなところかの」
「そうだ」
いやー。
誰が何のためにどうしてそんなことをやったんだ。
魔神? いやいや、神ってのはもっとヤバいヤツだよ。攻略組が命を賭して倒したあの神はこんな回りくどいことをするやつじゃなかった。もしこの件をやったのが本当に魔神を名乗る奴なのだとしたら、そいつは神を詐称しているだけの陰湿ヤローだろうな。
ただ……ちょっと気になっていることもある。
雨のルクレツィア、あるいは血のルクレツィアはイベントモンスターだ。なんなら俺は彼女のIDまでわかる。それはグリッチとかでなく、データとして知っている。
それを引っ張り出してくることができる存在。グリッチを使う魔法使い……サモナーとかか? サモナーの召喚グリッチに自由自在に魔物呼び出すのがあるとか……いやいや、そうだったらとっくのとうに落ちてるだろ、全世界。悪意ある奴ならとっくにあの神でも呼び出して使役してるよ。
他に、そんな過去のイベントモンスターを呼び出せる奴は。
……GMとか?
はは。
「昔話はわかった。だが、今ここで我らと敵対する理由はなんだ、ルクリーシャ!」
「私と魔神の契約は切れていない。貴様ら英雄は捧げものとして最高の価値がある。今なら殺したはずの貴様らが不可解な力で消えてなくなることもないだろう──故」
「交渉の余地なしか! いいだろう、ならば我が魔王の力、とくと味わうが良い!」
ここで。
ルクリーシャを殺したら、どうなる。
ヴォルケインが怒り狂って襲ってくる? それは別にまおうが対処可能だ。
後味は悪いけど、プレイヤーの子孫でもない、イベントモンスターの成れの果てが二人死ぬ。それだけだ。
本当に?
そんなあっさりとした結果を用意するか?
今の今までこんな回りくどいことしてきてたダレカが?
「まおう!」
「なんだ、手短に話せよセギ!」
「一旦退きたい! 考える時間が欲しい!」
一瞬。
一瞬だ。まおうはこちらを見て。
にやりと笑う。
その笑みは、ゲーム時代に見せていた「新しいINT上昇系のクエストを見つけた」時とそっくりで。
「よかろう──ならばくらえ、血のルクレツィア! 我が最強魔法!!」
轟音。
耳をつんざく破裂音。それとともに現れるは光。
まさかトールスマッシャーか? そんなのこんな閉所で撃ったらヤバいって。
なんて言葉が間に合うはずもなく。
「
果てしない量の光が室内を埋め尽くした──。
「ただの閃光弾かよ」
「馬鹿お前、火属性魔法から熱だけ消して光だけ残すのがどんだけ難しいかわかってねぇなぁ」
「……まぁなんにせよ助かった。一旦魔王城に向かってくれ。ベンカストいるだろ? 情報交換がしたい」
「りょーかい」