「……」
「あら、今日は眠そうな顔をしていますね」
「アッハイ。おはよう、ございます」
「ふふ、面白いご冗談を。もうお昼でしてよ」
面白い光景である。入学早々から東條グループのご令嬢に目をつけられて、挙句の果てに呼び出しを受けている少女は何を隠そう私こと藤咲香苗だ。
私は現在、東條タリアに呼び出されている。場所は校舎裏のちょっと開けた場所にある隠れ家的なテラス。
私としては人気のない場所に呼び出された警戒心よりも、こんな場所があったのかという好奇心の方が強く、東條女史が話しかけてくるのを聞き流しながら辺りを見回してしまうほどだ。
「聞いていますの?」
「え? え、えぇ! もちろんですとも。それで、何か御用でしょうか」
「その様子だと全く聞いちゃいないように見えますけど……、まあいいでしょう。あなたに一つお聞きしたいことがありまして」
「あ、はい。どうぞ何でも質問してください!」
私がもみ手をしながらそう言うと東條タリアは小さく咳払いをしてこちらを睨んできた。彼女の目つきはとても鋭く、私は思わずたじろいだ。まるで蛇に睨まれた蛙の気分である。
彼方を飛んでいる雁もイチコロの眼光。とても迫力のある視線だった。
そもそも、どうしてこんなことになっているのかと記憶を廻らせれば、話は朝に遡る。
私は起床後に妹をベッドから追い出し、いつものように家を出て高校へと向かったまでは良かったのだ。
しかし、教室に入った瞬間、クラス中の注目を浴びてしまう事態になった。皆が私に奇異の視線を向ける中、私は平静を装い自分の席へと向かおうと足を進めた。だが、私の歩みは途中で止められることとなる。
私の足を止めたのは金髪の美少女、東條タリアであった。
彼女はこちらに向かって歩いてきたと思うと、私の顔を見て
「お、おおぉお!? ちょ、いきなり何するんですかっ!?」
突然の出来事に抵抗する暇もなかった私は、彼女にされるがまま廊下まで連れ出された。そこでようやく拘束を解かれ、私は彼女に抗議しようと顔を上げる。するとそこにはこちらを射抜くような鋭い視線を向けてくる東條タリアの姿が見えた。
「……な、なんですか?」
私は無意識のうちに後ずさりながら彼女を見つめる。すると彼女は上品な笑みを浮かべて、こう言った。
「カナエ。本日のお昼、私と一緒にお茶をしませんこと?」
「え、嫌です」
私は反射的にそう答えていた。
「…………」
「…………」
私達は互いに見つめ合い、無言の時間が流れる。先に口を開いたのは東條タリアの方だった。
「今の返事、どういう意味、でしょう?」
彼女の瞳孔が大きく開かれる。錯覚かもしれないがまるで獲物を見つけた鷲のような雰囲気だった。私は慌てて弁明を試みる。
「あ、あー? いや別に深い意味はないんですよ? ただただ、お断りしただけです。ほ、ほら! よく言うじゃないですか! 『美人は三日で飽きる』って! 私はそう思わないので、お誘いには乗れな、あ、痛ッ!? なんでデコピンなんてしてくるんですか!」
私は額を押さえて抗議するが、東條タリアはそれを気にも留めずに言葉を続ける。
「『美人』? あら、ありがとう。それでカナエに聞いておきたいのですけれど、『三日で飽きる』とは一体どういう意味でしょうか? 詳しくお聞かせ願えませんか? 今の私は冷静さが欠けております……!」
「へ、あ、あぁ。そういうことじゃなくてですね……」
私は頬を掻いて苦笑いを零すが、東條タリアは有無を言わさない笑顔を崩さなかった。私のしどろもどろとした様子に、東條タリアはため息を零すと言葉を続ける。
「……なんて、少しイジワルをし過ぎましたわね。カナエの反応があまりにも面白くてつい、からかいたくなってしまいました」
東條タリアはそう言って、悪戯っぽい笑みを見せた。私はそんな彼女の表情に目を白黒させるばかりである。
「え、っと。その。つまり、そのぅ」
「
拒否したり来なかったりしたときはどうしましょうか……」
東條タリアは得意げで不敵そうな笑みを浮かべた。私は額から汗を流しながら思考を巡らせる。この少女が何を考えているのか全く読めないが、下手に逆らうと何が起きるかわかったものではない。
「お、お供させていただきます」
「……フフ*1、それは良かったです。では、お昼に校舎裏のテラスにいらして下さい」
私が答えると、彼女は満足そうな顔をすると踵を返して去っていく。その後ろ姿を見ながら、私はこれから待ち受けているであろう修羅場を想像し、大きなため息を吐いた。
教室に戻ると、クラスメイトの皆の視線が一斉にこちらに集まる。
だが、それも一瞬のことで、すぐに興味を失ったように視線は元の位置へと戻っていった。
ほら、散った散った!
「香苗さん。東條の令嬢に呼び出しを受けたって聞いたのだけれど、大丈夫?」
そう声を掛けてきたのは、風森さんだ。彼女は心配そうに私を見つめているが、私はそれに軽く手を振って応える。
「うん、まぁ、なんとか。ちょっとだけ怖かったけど」
私は自席に座って背伸びをすると、小さく溜息を漏らした。毎朝飛び付いてくる何かが足りないなと思っていれば希海はケガをして休んでいることを思い出す。
「怖い……?」
私の席まで着いてきていた風森さんは不思議そうに首を傾げた。
「強引にお昼に誘われちゃったというか、なんと言うか」
「東條さんは確か天城さんにゾッコンだったはずだけれど……」
風森さんの言う通り東條タリアは相変わらず天城総司にゾッコンなのは間違いないのだが、彼女に対して天城総司が特別視しているかというと決してそうではないのである。
この世界でどうなっているかは分からないが、ゲーム通りであるならば天城総司にとって東條タリアとは飽くまでも
しかし、私の知っている東條タリアの
一体この世界の主人公殿は何をやっているのかは分からないが、この
「香苗さん? 顔色が悪いわよ」
風森さんの言葉に私は我に返ると慌てて取り繕うような笑みを浮かべた。
「い、いや、まあ目をつけられたのが運の尽きだと諦めて腹を括ろうかな、なんて考えてただけで、あはははは……」
私は乾いた笑い声を上げながらそっぽを向く。その後は希海ちゃんとのその後とかを聞いたりして、HRが始まる20秒前くらいに解散するのだった。さて、放課後である。約束通りに校舎裏のテラスにやって来た私だったが、そこには既に東條タリアの姿があった。彼女は優雅な所作で紅茶を飲んでいる。
「あら、思ったよりも早かったですね」
彼女はカップを置くと、口許に手を当てた。そして、話は冒頭まで戻ることになる。
「それで話というのは何でしょうか?」
「えぇ、少しあなたにお聞きしたいことがありまして」
東條タリアはこちらをじっと見つめてくる。私は思わず身構えてしまった。彼女の視線から感じられるプレッシャーは尋常じゃないほどに強いからだ。まるで肉食獣に睨まれている小動物のような気分だった。
その眼光はさながら鷹か梟か、猛禽類のそれだ。だとすれば私は呑気に木の上で立ち寝するリスか何かだろうか。
「先日、ソージとミズハが会話している場面を盗み見ていましたね。二人とは面識もないのになぜあのような事を?」
「それは……」
「それに、ソージのことも随分と熱心に観察していたようですが、どういうつもりですか? 最初は許そうかと考えていましたが、思い出すだけでも胸の奥がドス黒い気持ちで満たされてしまって許す気が失せてしまいました」
東條タリアの視線が突き刺さる。
私は咄嵯に言い訳を口にしようとしたが、そんなもの通用するはずがないのは火を見るより明らかだった。東條タリアは私が天城総司のことを好きだということを疑っていない様子だ。
特に好きでは無いのだが、どうやってこの誤解を解くべきだろうか。下手なことを言えば東條タリアの怒りを買ってしまう可能性がある。しかし、このまま黙っていても怒らせてしまうことは避けられないだろう。
「その、前にも話した通り天城先輩はとても素敵な人だとは思うんですが、私の恋愛対象ではないと言いますか……だから、安心して欲しいと言うか……東條先輩が考えているようなことは何も無いんですよ。本当ですよ?」
「へぇ、そうなのですか。では、あの時に言っていたことは嘘偽りの無い本心ということなのですね。それを聞いて私は少しだけ心が軽くなったように感じています」
言葉を選んで言い訳したというのに少しだけしか響かなかったかぁ〜……。どうしよう。どうしたら良いんだろう。
私は内心で頭を抱えた。東條タリアの機嫌は多少良くなっているようだが、それは表面上だけのことだ。本当の意味で彼女が満足している訳ではない。
私は天城総司のことが好きなわけでは決して無いのだ。ただ、彼のことを見てみたいと思っただけで他意は無いのだ。あの時に焦って発した言い訳が酷かっただけで!
「それであなたは本当にソージのことが好きではないのですね?」
「はい、違いますし誓います。好きではないです」
私は即答した。即答せざるをえなかった。逆にどう答えればいいのか。
私の返答に東條タリアは眉根を寄せた。まだ納得がいっていないようだ。うん、誓約書とか書く? 接近禁止とかが含まれているのはちょっと困るけど。
「私、噂とかで天城先輩が優しいのは聞いたことはありますが、それ以上に格好いいとは思いません。なので、そういうのではないと思います」
私は自分が女になってしまった事を自覚しているが、別にイケメンな男子を見ると胸が高鳴ったりはしない。もちろん、ドキドキすることはあるが、恋心というものではないと思う。
私は東條タリアに視線を向ける。彼女はどこか疑っているかのような視線をこちらに向けていた。だが、これ以上問い詰めても答えは変わらないと判断したのか「わかりました」としぶしぶ呟いた。
「とりあえずは信用しておきましょう」
「あ、ありがとうございます」
私は心の底から安堵の息を吐いた。良かった。本当に助かった。これでひとまずは危機を乗り越えたと言える。
今からでも家に帰って昨日であったぬいぐるみを抱きたい。抱きしめに行きたい。癒しが足りぬ、ぐぬぬ……。
「でも、それならどうしてソージのことを?」
「それは、その……なんて言うか。えっと……」
まさか、実は親友が聖装に取り込まれて暴走してしまうから力を借りようとしていた等と言ったところで信じて貰えないどころか、またあらぬ疑念を抱かれかねない。しかし、どう誤魔化せば良いだろうか。私は考え込む。
しばらくの間、私が言葉を詰まらせていると、東條タリアが何かを察したのか口を開いた。
「いえ、無理に話そうとしなくても大丈夫ですよ。言いたくないこともあるでしょうし。ですが、一つ聞かせてください。ソージの何に惹かれたのでしょう? 教えていただけますか?」
「スケコマシなところですかね。正直恋愛対象にはなりません」
「ボロは出しませんでしたね」
東條タリアが微笑を浮かべて言った。そんなとこだろうとは思ったが、やはり東條タリアは私の言葉に真実味を感じてはいなかったようだ。
恋する乙女は複雑で警戒心が強く、面倒なものであるらしい。この感情を向けられている天城総司のことが少しばかり気の毒に思えた。
「でも、あの時の様子だと、あなたはソージに気があるように見えましたよ。なのに何故あんなに必死に否定をしたのでしょう。不思議ですね」
東條タリアは探るような目をしていた。
もしかするとゲームのCGシーンを思い起こして感傷に浸っていた様子が勘違いされたのかもしれない。私は思わず頬を掻く。
そして、目を逸らしながら言った。
「ええと、東條先輩程じゃありませんが、來素先輩と天城先輩が並ぶと絵になるなと思ってまして……」
我ながら苦しい言い訳だと思った。
東條先輩の部分はお世辞だが、確かにそう思って眺めていた。
ああ、胃が痛くなってしまいそうなプレッシャーだ……。
「なるほど、そういうことでしたか」
東條タリアは納得した様子でうなずいていた。
私は心の中でガッツポーズをする。なんとか切り抜けられたようだ。
「あなたもなかなかに可愛らしい趣味をお持ちのようですね。確かにあの二人はよく絵になるとは言われていますね。
「いや、まあ、はい」
私は曖昧に返事をしておいた。
「さて、そろそろ本題に移りましょうか」
「ふえぇ……?」
唐突に話題を変えられて、変な声が出てしまった。というかこれまでの話は前座だったとでも言うのか!?
私は心の中で悪態にも近い突っ込みを入れるが、当然それが彼女に聞こえるはずはないし、聞かれたら困る。
それにしても、急に話題を変えたということは、今度こそ真面目に話すということだろう。一体何を言われるのだろうか。私は緊張にごくりと唾を飲み込んで東條タリアの言葉を待つ。
「もう時間もありませんし、ここ辺りでお昼にしましょうか。このままだとお互い、午後に差し支えがでてしまいますからね」
「へ? は、はい」
私は拍子抜けした気分になった。てっきり、もっとこう重々しい雰囲気で話をされると思っていたからだ。
とはいえ、昼食というのは良い案だと思う。私も腹ペコで集中力が切れる寸前だったのだ。
その後、校舎裏のテラスで東條タリアと二人きりのランチが始まった。残り時間が残り少ないこともあって彼女はサンドイッチを用意させようとしていたけれど、私には持参したお弁当があるので遠慮させてもらった。
先日カフェテリアで話した時とは打って変わって、東條タリアはとても朗らかで裏のなさそうな優しい笑顔を浮かべている。なんだかんだ言って彼女も根は悪い人ではないのかも知れないなと思う。
私のお弁当に入っているシソ入りの卵焼きを羨ましそうに見ていたので少しだけおすそ分けしたところ、とても喜ばれた。
自分の作った料理で美味しそうに舌鼓を打つ女の子は、見ているだけでも幸せな気持ちになれることがわかった。
それが今日の収穫だということにする。
すっかり庶民料理にハマってしまい、お昼が終わるギリギリまで東條タリアを餌付けして過ごすことになった。それでいいのか、メインヒロイン。
評価とお気に入りにしおり、そしてここまで閲覧してくださっている方々、本当にありがとうございます。拙筆な文章ながらも執筆の励みになっております、これからもお付き合いくださると嬉しい限りです。