今日は4月29日。記憶が戻ってから今日で八日目だ。
恐るべきことに、気がつけば月曜日を迎えていた。そう
休日を挟んだからと言って何かが変わったわけでもない。あの魔巣窟での事件も一旦の落ち着きを見せて、ただの日常に戻っただけだ。
朝起きてから歯磨きをして顔を洗い、寝癖を直す。朝食の準備をしているうちに結衣が起きてきて、二人揃って食卓を囲む。それから身支度を整え、結衣と一緒に玄関へと向かう。
朝、それも月曜日だと言うのに苦もなく準備ができる。習慣というものはとても便利なものだ。
「お姉ちゃん、ごめんね。いつもより早いのに付き合わせちゃって」
「大丈夫だよ〜。練習試合近いんでしょ?」
「うん、なんかみんな気合い入っちゃってて」
「頑張ってね!」
「ありがとう。行ってきます」
「いってらっしゃい〜」
玄関先で手を振る結衣を見送る。
結衣は最近、中学校で部活動に精を出しているようだ。
テニス部*1に所属している結衣は週に2回のペースで部活がある。そのため、最近は一人で登校することが多い。
一人になったところでやることも無いので、いつもよりも早めに家を出て学校に向かうことにした。
外に出ると、春の陽気はどこへやら太陽の光が燦々さんさんと降り注いでくる。
今日は一日を通して暖かくなりそうだ。
学校に到着し、教室に入る。既に何人かの生徒達が席についていた。私は希海の姿が見えないことに一抹の寂しさを憶える。
「おはよう、香苗さん。珍しく早めの登校ね」
「うん、おはよう。風森さんも早いんだね」
後ろから声をかけられたので振り返ってみると、そこには風森さんが立っていた。彼女の言う通り、私が普段よりも早く学校に来ているのは珍しいことだった。
「まあ、妹の部活が朝早いからね。暇だから思い切って早く来てみたってとこと」
「そう。妹想いの良いお姉さんなのね」
風森さんの表情は穏やかだった。きっと彼女の家族仲も良好なのであろう。そうでなければこんなにも優しい笑顔を浮かべられるはずがない。
私達は朝のホームルームが始まるまで他愛のない話を続ける。
私は話をしながら風森紀々を改めて観察してみる。艶のある長い黒髪に整った顔立ち。美人というよりは可愛い系の美少女といった感じだ。そりゃあ人気も出るわけだと納得してしまう。
「か、香苗さん? 私の顔に何かついている?」
じっと見つめすぎたせいだろうか。風森さんは少し恥ずかしげに視線を逸らす。
「ご、ごめんなさい! じろじろ見ちゃって……」
「べ、別に構わない。でも、あまり人に見られることは慣れていないから」
風森紀々の頬には朱色が差している。流石サブヒロインだと言うべきなのか、照れている姿はなんと言うか小動物感があって可愛らしいものだった。
そんな風に風森さんと話していると予鈴が鳴った。どうやらもうすぐホームルームの時間となるようだ。
「そ、それじゃあ、また後で」
風森さんは自分の席へと戻っていく。彼女ともう少し話をしていたかったのだが、仕方が無いだろう。やがて担任の教師が教室に入ってきて、ホームルームが始まった。
それから授業を受け、あっという間に昼休みになる。
希海がいないので今日もまた一人で昼食を食べることになるのかと憂鬱になりながら弁当箱を取り出していると、不意に声をかけられた。
「香苗さん、良かったら一緒に食べない? その、チームメンバーとして仲を深めたいし」
風森さんはそう言って、私の机の上に自分の弁当箱を置いた。実地演習のチームメンバーでなくとも別に断る理由はない。私は「もちろん」と快く承諾した。
「ありがとう、助かるわ。私、こんな堅い性格だから、友達が少なくて」
風森さんは自嘲気味に笑う。確かに彼女は真面目な性格をしており、近寄り難い雰囲気を出しているのも事実であった。
私は教室を見渡して改めて風森さんを見て理解する。この世界では顔面の良さは大したアドバンテージでは無さそうだ。
かくいう私も希海がいなければ話す相手が居ないことは事実だ。話し相手がいることは寂しくなくて助かる。
「気にしないで。私だって似たようなものだから。いつもなら希海ちゃんが気迫だけでだいたい追い払っちゃうし」
「……それはそれでどうかと思うけど。それにしても、香苗さんって意外とフレンドリーなのね。もっとこう、内向的なのかと思っていたけれど」
風森さんの言う通り、前世の記憶が戻る以前の私はどちらかと言えば臆病で引っ込み思案な性格だった。それが今では、こうして風森さんと臆せず会話をしている。
唐突に生えてきた28年間の人生経験とは偉大なものだと思う。高校デビューには少し遅いタイミングのようにも思えるが、不自然に感じる人は少ないだろう。
「まぁ、いろいろあって。それより、早くお昼ご飯を食べようよ。時間がなくなっちゃうよ」
「それもそうだ。いただきます」
「いただきます」
私達は手を合わせてから食事を始める。風森さんのお弁当は彩り豊かでありとても美味しそうなものであった。
「凄いなあ……、冷食っぽく見えないけど、これ全部自分で作っているの?」
「ううん、お姉ちゃんがほとんどやってくれてる。私も料理、好きだけどあまりやらないかな」
風森さんは苦笑しながら答える。「どうぞ、食べたいなら遠慮なく食べて」と言ってくれたので、お言葉に甘えて箸を伸ばしたのだが、お弁当は見た目だけでなく味の方も絶品であった。
意識しなければ手が止まらなくなりそうになるくらいには美味しい。
さすがは風森姉。作中最強のメシウマヒロインと言われているだけはある。あのご令嬢、東條タリアの舌をうならせていたその腕は間違いないものらしい。
「朝からこんなクオリティ維持して作れるんだ……」
「うん、私も凄いと思う。だから、お姉ちゃんのことは尊敬してる」
私が感嘆の声を上げると、風森さんはそれに合わせて照れ臭そうに微笑んだ。
お互いにお弁当を食べ終わった辺りで風森さんが話を切り出してくる。
「そういえば、来週からまた実地演習が場所を変えて再開するみたい。チームの変更は無いから、今週中に改めて戦術を詰めたいのだけれど、今週の放課後にどこかで集まりたい。香苗さんは都合の良い日はある? なければ、こちらで勝手に決めてしまうけれど」
「部活にも入ってないし特に予定はないから大丈夫だよ。場所はどこにしようか?」
「学園から最寄りの市立青城図書館なんてどうかしら? あそこなら二人で落ち着いて話し合いができると思う」
「いいね。じゃあ、それで決まりだね」
私達が空箱を片付けながら会話をしていると、チャイムの音が鳴り響いた。教室の中が慌ただしくなり始める中、教師が入ってくる。
「予鈴がなってるぞ、席につけー」
教師の言葉に従い、クラスメイトたちは自分の席へと戻って行く。風森さんも「放課後にまた」と言い残して自席へ戻っていった。そして、いつものように授業が始まり――――
うっかり寝ていたら、瞬く間に放課後になった。
ホームルームが終わると同時に、風森さんは私の方へ向かってきた。
「香苗さん。今週の予定を詰めていきたいので、一緒に帰りましょう」
「うん、分かった」
私は鞄を持って立ち上がると、風森さんの後に続いた。そのまま廊下に出て靴に履き替えると校舎の外に出る。
正門を抜けて道路に出たところで、風森さんが立ち止まった。
「それでは、香苗さん、早速ですが本題に入ります」
「はい」
「次回の実地演習について、私たちの役割分担を決めておきたいのです」
「役割分担……?」
私はセレヘブでのゲームプレイを思い出すが、俯瞰型のARPGが役立つとは思えず、首を傾げるしかなかった。
「えぇ、例えば学園より生徒に貸与される魔具は揃いも揃って性能の低いものばかりですが種別には事欠きません。なので、私たちはそれらを上手く組み合わせて学園の用意した擬似魔巣窟を攻略しなければなりません。しかし学園より貸与される魔具は一人につき3種類をそれぞれ一つだけ。なので役割分担がより重要となります」
風森さんが言うように、個人所有の魔具を持たず聖装を発現させていない私達一年生に学園から貸与される魔具の種類は多岐に渡っている。学園が用意した魔具で擬似魔巣窟に挑む上で、私たちのチームは二人と人数が少ないのだが、どうしてこうなったのかと言うと希海を当てにしていたためである。彼女は聖装を所持している希海ではオーバーパワーと判断されて授業から外されてしまった。
しかし、チームの変更は出来ないと言われ、人員の補充などはなく、最終的に教師からは「他チームに協力を求めるのはどうだ?」と言われてしまう始末。しかし私も風森さんも、他のチームに頼めるような知り合いはいなかった。
そんなわけで、私たちはこの二人でどうにかして擬似魔巣窟を踏破しなければならないのだ。
なぜこんな訳の分からないルールがまかり通っているのかって? この世界の原型を作ったシナリオライターに聞いてくれ……。ゲーム本編での矛盾がそのまま具現化しているものだから、本当に酷い。
……あーあ、希海ちゃんと一緒に参加出来たら楽だったのに。
「あの、香苗さん……大丈夫ですか?」
私が考え事をしていたせいだろうか、風森さんが心配そうに声をかけてくる。
「うん。ちょっとね」
私は誤魔化すようにして苦笑いを浮かべる。そして、気を取り直してから風森さんのほうに向きなおった。
「それで、話し合うのはいつにしようか。私は何時でも大丈夫だよ?」
「はい。議題については役割分担と、当日に選択する魔具についてなのですが、早めに決めたいということもありますし、明日の火曜日。そして復習を兼ねて金曜日にもう一回というのはどうでしょう?」
.「うん。私の方も特に異議はないからそれで決まりかな」
こうして、私と風森さんは明日に行う予定を取り決めたところで、今日は解散となった。
果たして、どんな結末を迎えることになるのか。私は、不安と期待が入り混じる不思議な感覚を覚えながら家路につく。