セレヘブのメインヒロインの一人にして、千々ルート以外のメインストーリーにおける最大の脅威であると言える。
ラスボスになってしまう希海が可愛らしく見えるほどの難敵なのだ。
風森千々が主人公に対して抱いている想いは友情や親愛と言ったものではない。恋慕の情を抱いているわけでもない。もっと歪んだもの。執着と言っても良いかもしれない。彼女は気に入ったモノのことを占有したいと思っている。
それは恋愛対象として見ているのではなく、自分だけのものにしてしまいたい。そしてそれを誰にも渡したくない。
そういう独占欲とでも言うべきものが彼女の中で常に渦巻いていて、その気持ちが行き過ぎてしまっているのだ。
風森千々ルートでは主人公に執着するあまりに監禁されてしまうバッドエンドが存在する。
その理由は単純であり、彼女が主人公のことを好きになってしまったから。そして、主人公が自分に持つ興味が薄く感じたから。そのふたつが組み合わさり、主人公に離れて欲しくないと思ったからだ。
そして風森千々はグッドエンド以外で自分の気持ちに気が付くことはない。だからトゥルーエンドを迎える場合、彼女は自分が狂っていることにも気が付けない。
千々は狂っていて、それでいて一途で純真なのだ。それが千々の魅力でもあるのだが、同時に彼女の欠点にもなっている。
ちなみに千々ルートに入っていない状態で風森千々の好感度が一定値以上かつ特定条件を満たすことで、ヤンデレ化した風森千々が主人公の前に現れるイベントが発生する。その時の風森千々が発するセリフが実にホラーなことで有名だ。
「ねぇ…………私だけを見てよ。他の女の子のことなんて見ちゃダメだよ?ずっと私の傍から離れないでね。約束できるよね?
ほら、これは総君と話していた(好感度最高値のヒロインの名前)の髪の毛。ちゃんと大切に保管しておかないと。だって総君が大好きなんだもん。*1
でもね、総君のこと一番大好きな人は私でなきゃダメだし、あなたは私のことを愛してくれなくちゃいけないんだよ。だって私たちは結ばれる運命にあるんだもの。
そうでしょう?
えへへ、これで私は総君のものだし総君は私が絶対に逃がさない。
ずーっと一緒だよ。大好き、あいしてる。もう絶対離さない。永遠に―――」
声優による迫真の演技に加え、身の毛もよだつような雰囲気を加速させるBGM。これらの相乗効果によってどれだけのプレイヤーがトラウマを植え付けられたことだろうか。
このシーンはシナリオライターの渾身の一作だと評価されている。それほどまでに凄まじく鬼畜な演出なのだが、これが一部のヤンデレスキーには非常にウケた。
これらとは別に
前者は特にRTAで使用されることが多く、天城総司がネットでクズ男呼ばわりされるミームの遠因になっていたりすることもあった。
しかし、その個別ルート外にも飛び出てくる狂気に満ちたシーンのおかげで全体としての千々の人気は低めの部類に入る。とにかくグッドエンド以外の個別エンドまでもが尽く酷いもので、掲示板はセイクレッドヘイブン発売直後から連日大荒れが続いたという。
セレヘブのプレイヤー達からはラスボス化した希海が本編中に『破壊神』と呼ばれるのになぞらえて、『
それが風森千々というキャラクターだ。
「おーい、親友ちゃ〜ん。希海ちゃんが心配してるぞ?」
風森千々が私の目を覗き込むようにしてじっと見つめていた。私が見惚れるようにぼんやりしていたせいだろう。しかし、メインヒロインレベルの顔面は生きていてもなかなか拝めない代物だ。
希海が拗ねそうではあるが、見惚れてしまうのも仕方の無い話なのかもしれない。しかし、危険物であることに違いは無い。
天城総司が目の前の彼女をどのように魔改造しているかは分からないが、東條タリアのような例もある。気を抜くことは決してできないだろう。
「あ、すみません。初めまして、ですよね、風森先輩? 私、藤咲香苗と言います」
「ふふ、お人形さんみたいだったから私もついびっくりしちゃった。ごめんなさいね。私は2年E1の風森千々。紀々ちゃんのお友達だから千々ちゃん呼びでもいいよ?」
風森千々の自己紹介を受けて、私は希海の方に視線を向けた。希海もこちらに顔を向けると、「千々先輩のこと、知らないの?」と小さな声で尋ねてくる。なので私はそれに首を縦に振って答えることにした。
そんなやりとりをしている間に風森千々が隣に座ってきた。
「……香苗ちゃんって、よく見たら可愛いよね〜」
風森千々がそう言いながら、まじまじと私の顔を眺めている。まるで値踏みするような感じだ。いや、実際にしているのかもしれない。
この人、なんと言うか、ちょっと怖い……。
風森千々が顔を近づけてきてまじまじと私のことを眺め始める。その瞳がまるで何かを探っているようで少しばかり恐怖を感じ取ってしまった。だからだろうか、私が思わず一歩後ずさりしてしまうと、彼女はクスリと微笑んでからこう言ったのだ。
「希海ちゃんがいつも言ってる通りだなぁ。香苗ちゃんはとっても可愛くて、それでいてどこか儚くて不思議な感じがする子って」
「えっと、あの……ありがとうございます……?」
風森千々の言葉を聞いて希海がピクリと反応した。
褒められているのに、あまり嬉しくなかった。風森千々の目つきが少し鋭いからなのだろうか。
すると千々がわざとらしく頬に手を当てながらため息をつく。
「え〜? でもぉ、希海ちゃんってば香苗ちゃんのことをあんまり褒めちぎってるんだもの。よく聞かされているこちらの身にもなって欲しいわ。当然気になる、でしょう?」
「ほへっ」
不意に頬を撫でられて変な声が出てしまった。自分の手で慌てて口を塞ぐがもう遅い。
「ふふ。香苗ちゃんの反応はとても新鮮ね〜?」
風森千々が嬉しそうに笑みを浮かべている。そして私の隣では紀々が頭を抱えているのが見えた。
助けを求めようとこの場で唯一の男子である天城総司に視線を送るのだが、私たちの様子を興味深げに見ている彼の姿があるだけだった。私はどうしたら良いのか分からずに困ったように笑うことしか出来ない。
「希海ちゃんが気に入るのも分かる気がするなぁ。ねえ、今度、二人で遊びに行ってみようよ!」
「えぇ……? それはさすがに……」
「いいじゃん! どうせ一年は暇なんだしさっ。ほら、行こうぜー?」
風森千々がぐいぐいと迫ってくる。これは断りづらい雰囲気だ。
でも、何で急にこんな風に話しかけて来るのかが分からない。今まで接点なんて無かったはずだ。少なくとも誰かから話を伝え聞いていたのだとしても興味をここまで持つのはおかしな話だ。
「……千々先輩!」「……ゆ、千姉!」
私が困惑していると、希海と紀々が声を合わせて言った。
二人はお互いに見つめ合うと、何かを確認し合ったようにこくりと一度うなずいた。
「今日はもう時間がありません」
「またの機会にしてください、千姉」
二人して私を守るようにして言う。すると風森千々は意外そうな表情を浮かべて口を開いた。
「……へ〜、そっか。じゃあ仕方ないかなぁ。ま、それならそれで別に良いんだけどね。これから仲良くしましょう、香苗ちゃん」
そう言って風森千々が微笑む。
私はそれに対してぎこちなく笑い返すことしかできない。圧がすごいのだ。
「千々、そろそろいいか?」
長きの沈黙を破って口を開いたのは天城総司だった。彼は風森千々の隣まで歩いてくると、腕組みをしながら彼女のことを見下ろしている。
「あ、総君。ごめんね、すぐ行く。じゃね、香苗ちゃん」
「希海、少しくらいは遅れてもいいが、あまり遅くなるなよ」
「はい、天城先輩」
風森千々は立ち上がると、すぐに私達のそばから離れていった。そして、天城総司と共に訓練場の奥へと消えていく。
……主人公様々だ。
「……大丈夫、香苗ちゃん?」
希海が心配そうに声をかけてくれる。
「うん、なんとか。ありがとね」
「……本当に無理しないでね、香苗ちゃん」
希海はそう呟くと、私の頭を優しく撫でてくれた。私は彼女に甘えるようにして体を預けると、その温もりに身を浸す。
希海はいつだって優しい。私には勿体無いくらいの親友だ。
どさくさに紛れて私を嗅いでいなければこのまま手放しに褒められるのだけれど……。猫吸いみたく私を吸わないで欲しいんですが?
「の、のんちゃん……」
「ん゛ん゛っ……。香苗さん、希海さん?」
紀々が咳払いをして、こちらに呼びかけると慌てて希海が返事をする。
「あっ、ごめん。紀々ちゃん、どうかした?」
「いえ、なんでもありません。ただ、
紀々はどこか呆れたような声でそう言った。
「ふふふ、そうだよねぇ。わたし達って仲良しだもんね〜」
希海が何事も無かったかのようにニコニコしながら私の手を握ってくる。私は何も言わずに苦笑を返した。希海はいつもこうだ。スキンシップが激しいというか、距離感が近い。
彼女にとってはこれが普通なのだろうけど、変に前世の記憶を取り戻してしまった私としてはどうしても戸惑ってしまう。でも、なんだかんだ言って嫌ではない。
むしろ嬉しいと思えてしまうのだから不思議なものだ。希海の手を握り返しながらそんなことを考えていた。
そして希海はと私のことをジッと見つめてきている。まだ何か用事があるのだろうかと思い、首を傾げる。
「……ええと、どうしたの?」
「香苗ちゃん。くれぐれも千々先輩に拐かされないようにね?」
「そ、そんな心配しなくても大丈夫だよ。希海ちゃん」
「……希海さんの心配もわかる気がしますね。私も似たようなことを考えていますし」
私が苦笑いをしながら答えると希海が少しだけ不安そうな表情を見せる。
隣にいる紀々が同意するようにうんうんと何度も相槌を打つ。
「それじゃあ、先輩達に怒られるから行くね。またね香苗ちゃん!」
希海が元気良く手を振りながらその場を離れていった。残されたのは私と紀々の二人だけである。彼女は先程までの真面目な雰囲気とは打って変わって柔らかな微笑みを浮かべている。
私は思わず見惚れてしまいそうになる自分を律して口を開く。
「紀々ちゃん、さっきはありがとうね」
「いいんですよ。お礼なんて。それに、私は何もできなかったですし……」
紀々は申し訳なさそうに目を伏せて言う。
「香苗さん。姉には本当に気をつけて下さい」
紀々が真剣な顔つきで私を見上げてくる。
彼女がここまで言ってくれるのには、理由がある事を私はもちろん理解していた。
「千姉は自分の気に入った相手を見つけると欲しがりますから。あの人は欲しいと思ったものは何としても手に入れないと気が済まないんです。それが例えどんなものであれ」
「……」
紀々の言葉を聞いて、私は思わずゴクリと唾を飲み込んだ。確かに風森千々の興味の対象になるということはそれだけ危険に晒されるという事でもある。
私の事はさておき、原作において特殊な立ち位置である希海は風森千々の毒牙に掛かることはなかったのだが、この世界には既に
もし万が一にも風森千々が希海を害す可能性があるなら、力を持たない私はどうやって彼女を護るべきなのだろうか。
「うん、分かった。気をつける」
私は紀々の忠告には素直に従うことにする。
希海が危険な目に遭わないようにするためには、どうすれば良いのか。この場で考えるには、とてもでは無いが問題が大きすぎる。
いや、そもそもこの問題に対して正解なんてものがあるのかどうかすら分からない。
それに、これは飽くまでもなく私の自己満足に過ぎない。それでも、少しでも希海の助けになれるのであれば、そうするべきだと思っている。
私が出来ることと言えば、精々希海の側にいるくらいしかないだろう。それで彼女の助けになっているかどうかは正直わからない。でも、少なくとも希海に寂しい思いをさせるようなことは絶対にしたくない。
護られているばかりではいけない。私は心の中でそう呟く。
「それでは、少し早いですが訓練はお開きにしましょうか。凡そですが、香苗さんの使用する魔具は目星はつきましたし」
「……うん。そうだね、紀々ちゃん。今日はありがとう」
「いえ、こちらこそ付き合って頂いて感謝していますよ」
深くお辞儀をする紀々に合わせて彼女の長い黒髪がピコリと小さく揺れた。私も彼女に習って頭を下げる。
「それじゃあ、帰りましょうか。香苗さん」
「うん。紀々ちゃん。帰ろうか」
こうして紀々ちゃんと二人で並んで歩き始める。
時刻はまだ17時前といったところで、日が落ちるにはまだまだ時間がある。
こうして紀々と一緒に帰ることは初めてなのだが、彼女は背丈がかなり高いので私と並んで歩くとどうしても見上げる形になってしまうことに気がつく。
たしか、公式プロフィールでは"166.4cm"だったか。
「……」
「どうかしました? 香苗さん」
私がじっと見つめていることに気づいたのだろう。紀々ちゃんが不思議そうな表情を浮かべていた。
「こうしてみると、紀々ちゃんは身長、高いなって思って」
「そうですか? 平均くらいだとは思いますけど」
紀々ちゃんが首を傾げながら答えてくれた。その仕草が可愛らしくて思わずドキリとしてしまう。
「で、でも! 私よりすっごく高いよね?」
「それは単純に香苗さんが小さいだけでは……?」
「……うぐっ!」
紀々ちゃんの容赦のない一言が私の胸に突き刺さった。事実なので反論のしようもない。
まぁ、実際のところ私は女子の中でも小さい方に分類されるし、何よりもこの基準からすると私は明らかに発育不良だと言える。紀々ちゃんに指摘された通り私は背が低い。だから必然的に顔を上げる必要が出てくるのだが、それでも20センチ差もある彼女と比べると随分と差があった。
「大丈夫ですよ。香苗さん。きっといつか大きくなります。責任は取れませんが、多分」
「そんな哀れみに満ちた眼差しで慰められるとは思わなかったかな!?」
「最後の方につい本音が漏れてしまいました」
「これが、格差社会か……」
紀々に身長のみならず胸でも負けている私は項垂れる。
いや、別に気にしてなんかいない。だがしかし、やっぱり女の子としては大きい方が良いのは間違いないはずだ。かく言う紀々はと言うと、どこか得意気な顔をして勝ち誇っているように見える。本当にそうなのかどうかはさておき、それがまた悔しさを助長させている。
「香苗さん。私の胸を見ても何も大きくなりませんよ」
私の視線に気づいた紀々が口を開く。彼女の言葉にハッとした私は慌てて目を逸らした。
確かに彼女の胸部装甲は厚かった。おそらくDはあるだろう。私だって、決して無いわけではないのだが……。
やがて私たちは駅前へと辿り着く。駅には帰宅途中のサラリーマンやOLの姿がちらほらと見える。
「それでは、私はここで失礼しますね」
「うん、それじゃあ、また」
紀々が一礼する。彼女の家はここから電車で数駅のところにあるらしい。私も彼女に別れを告げると自宅へ向かって歩き始めた。
時刻はまだ18時前。日が暮れるにはもう少し時間がありそうだ。
私はいつもの帰り道をゆっくりと歩く。ふと見上げた空はどんよりとしており、先ほどまでの快晴はどこに消えたのかと思うほどの曇天だった。
雨が降りそうで降らない。見ているだけででもなんだかもどかしい気持ちになった。まるで今の自分の心を表しているかのような天気模様に思わず苦笑してしまう。
このタイミングでの風森千々との出会いは、きっと私達に大きな波紋を起こす。
そんな予感がする。
私は一人、確信めいた不安を抱きつつ帰路を進んだ。
「香苗さんは危機感が無さすぎるのでは?」紀々は訝しんだ。
ここで懺悔します。10万字で第一章を区切れませんでした……!