魔巣窟とは。
魔力のたまり場に出現する割れ目のようなモノであり、その中には別の空間が広がっているとされている。
簡単に言うなら空間の割れ目。あるいは空間の裂け目とも言い換えられる。
その中へ入れば現実とは異なる法則が支配する異次元の空間が拡がっている。
ゲーム内において大量の魔力が集まった結果、そのような現象が起こると説明されているのだが、この空間が裂け目が発生するメカニズムなどは分かっておらず、国や大学の研究チームによって今も研究が続けられている。
しかし、それでも明確な答えが得られていないというのがこの世界の現状だ。
それはさておき、魔巣窟には魔物と呼ばれる化け物が生息している。それらを倒すことで魔物の核である魔核や撃破した魔物由来の素材といった物品を入手することが出来、それらの入手アイテムは冒険家たちにとっては貴重な収入源となり得るものだ。
同時に人々の繁栄を支えるひとつの柱としても役立っている。つまり、冒険家たちの活動がこの世界の経済の一角を支えているということだ。
また、知っての通り魔巣窟の内部で採れる物品の中には魔具と呼ばれるものが存在し、それらは基本的に魔巣窟を探索する冒険家たちにとっても非常に重要なファクターとなる。
魔具というのものは理屈は分からないが魔巣窟の中で自然に生成された武具のことを指し、これらは人の手で生産される通常の武器や防具と比べても遥かに高性能なものが大半を占めている。
それも、当然だろう。魔巣窟内で生成される魔具というのはそもそもが魔素が生み出した特殊な力を持ったものなのであり、持つだけで使用者の力が大幅に増幅されるようなモノが殆どだ。
そういった魔具を手に入れるために冒険家たちは魔巣窟探索を繰り返す。
そして、その過程で冒険家は魔巣窟内で得られる魔具*1や
もちろん、こうした事情が絡んでいるからこそ冒険家たちが生み出す富は莫大なものになっており、魔巣窟内部に存在する資源は世界中の人々が喉から手が出るほどに欲している。
それ故に冒険家たちは命懸けで魔巣窟内部の資源を探索し、そして持ち帰る。そうして手に入れた魔具を人々は高く買い取るのだ。そのようにして人類と魔巣窟の歴史は密接に関わり合ってきたと言える。
「あふぅっ……」
「暇だからなにか話をしようって言ったのは香苗さんですよ?」
「だからって魔巣窟と冒険家について今解説する必要ないと思うんだけれども……」
私が欠伸を漏らしてしまったことに不服なのか、紀々がむっとした表情を浮かべた。そんな彼女に向けて私は頬杖を突きながら溜息混じりに言葉を返す。
現在、周囲には変わり映えのしない青色の岩肌がそこらじゅうに広がっている。私たちの居る場所は、魔巣窟の内部に存在する空間。そこには洞窟の壁のように天井と地面が一体化しており、壁や床を構成している岩石は青く澄んだ色をしていたものの、どこまでも似たような景色がどこまでも続いていた。
「ほらほら、紀々ちゃんも香苗ちゃんも喧嘩しない」
そんな私と紀々の間へと希海が割って入り、宥めるように声を上げた。
彼女は腰に手を当てて胸を張ると私の方を向いて悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「希海おねーさんが魔巣窟のこと、もっと教えてあげるよ!」
「別にいいです。そういうのは勉強とかで間に合ってますし……」
「香苗ちゃん……。勉強、ホントにしてるの?」
「つい先日ゴールデンウィークの課題が分からないと泣きついてきた人は誰ですか」
前世でも散々追われた勉強という二文字は是非とも遠慮したいものなのだが、紀々と希海の二人から同時にツッコミを受けてしまう。
「おい、一年生。役割がメイングループのバックアップだからって自由にしてていいわけじゃないぞ。……まぁ、そこに聖装持ちの護衛がいるし大丈夫だとは思うけど」
そして、後方からそんな言葉が飛んでくる。それは二年生の男子生徒の言葉であった。後方組で唯一の男子だということもあってか居心地も悪そうにしているが、それでか最小限の忠告を行うとすぐに黙り込んでしまう。
彼の名前は確か
聖装こそ発現させては居ないものの支援を行う魔具の扱いに関してはピカイチだと引率の先生が誇らしげに語っていた。
現在、私たちは四人一組で聖装持ち4名の別グループに追従する形で魔巣窟の中を探索している。この魔巣窟の中には階層が存在しており、現在は二層目に差し掛かっている。
海馬先輩の言うバックアップという役割についてだが、簡単に言えば戦闘におけるメインパーティーの後ろで支援魔法や回復魔法の援護を行いつつ、彼らの邪魔にならない位置で魔巣窟の構造を確認しておくと言ったものだ。
そして、そのサポートに回る人員には大抵が聖装を持たない人間が選ばれる。その理由としては、大抵の聖装は攻撃的な性質を持っていることが多く、魔具には多い他者を補助する性能を持つような聖装が少ないことが理由の一つだ。
また、戦闘能力の低い聖装非所有者のことも考えればそういった役回りが求められるのも当然のことであると言えるだろう。
聖装持ちの希海がこちらにいるのは一年生であり、単純に魔巣窟になれていないからなのであろう。先日の活躍を見ればここに置いておくのは惜しいと私は思う。
魔巣窟の中での戦闘は基本的に聖装持ちを中心としたメインとなるグループが行い、戦闘後に支援や回復の能力を持った魔具でサポートするのがバックアップの役割になる。
ゲームでは学園内の依頼を達成することで魔巣窟内でセットアップできる有利な効果が獲得できたのだが、現実となった今となってはこのような形になっているのだろう。
「はーい、すみませんっ」
私の隣を歩く希海は上機嫌なのか、海馬先輩に対して気の抜けた返事を返している。それを見ていた私は思わず苦笑してしまった。
彼女のこういった態度はいつも通りで見慣れていると言えば見慣れているが、これから潜る魔巣窟の前で見せるものとしては少し緊張感に欠ける。しかし、これが希海の自然体なのだから仕方がないと言うべきか。
希海が上機嫌な理由は私と一緒の班になったことが嬉しいということなのだろう。
先ほどから私の方へと何度も視線を寄越してくるのが分かる。そして、そんな風にされるたびに私もまた微笑ましい気持ちになってくる。
さて、今回の魔巣窟探索での目的は魔巣窟内で発生する特定の魔物を撃破しその魔物がドロップする素材の回収をすること、それに加えて魔巣窟内の構造の確認を行うこととなっている。
また、魔巣窟は攻略済みのものであっても不思議のダンジョンよろしく定期的に内部の構造が変わってしまうらしく、そのためにもしっかりと内部構造を把握する必要があるらしい。私たちのいる魔巣窟は何度も攻略が済まされている魔巣窟であるため、構造変化の傾向はかなり調査が進んでいるそうだ。それでも、念のためと言ったところだろうか。
「メインの連中、もう
ふいに後ろを歩いていた海馬先輩が声を上げる。私もそちらへと顔を向けると確かに戦闘をしているメイングループの生徒たちの姿が見えた。
前方で戦闘中の生徒は風森千々、來素水波、東條タリア、そして天城総司の四名。見事にメインヒロインズと主人公達のチームと組まされているわけなのだが、これがゲームと違って中々に凄まじい。
まず目を惹かれるのはこの四人の連携だ。4人の内、天城総司と來素水波の2人が前衛として前に出て全ての敵の攻撃を引き受けているのだ。そして、風森千々が後方から弓による射撃によって遊撃を行い、その隙に東條タリアが火力の高い魔法を放つ。そうやって4人はお互いの得意分野を補完し合っている。4人全員が聖装に目覚めているということもあるのだろうが、単純にそれだけではないような気がする。
「さあ、
「は、はい!」
「護衛役二人はそこで警戒しながら待機」
「了解しました」「はーい」
そう言って歩き出した先輩の背中を追って私は慌てて後を追う。
魔巣窟は危険な場所なので、慣れた冒険家でも油断をすれば命を落としかねないほどだ。特に魔力を扱う能力も低く、聖装を発現していない私のような冒険家は魔巣窟では無力であり、戦闘になれば足手まといになってしまうのは目に見えている。
だからこうして探索の際は戦闘は護衛に任せてサポート役に徹する。それが同じバックアップグループに入った先輩の指示だった。
「あ、待ってたよぉ!」
「お、お疲れ様です」
メイングループの元にたどり着くとニコニコ顔の風森千々が出迎えてくれた。戦闘外でも何度も視線が後ろに向いていたので気にはなっていたのだが、どうやらずっとこっちの様子を窺っていたらしい。
そんな風森千々に天城総司はジト目を向ける。
「千々ちゃん。損害報告を終える前にそっちに行かないでくれないか?」
「えぇー、だって香苗ちゃんがこんなに可愛いんだし、気にならない方が難しいでしょ?」
「全く……」
そう言いながら天城総司は溜息を吐く。そんな様子に風森千々はチロリと舌を見せて笑った。そんな二人の間に割って入るように東條先輩が口を挟む。
「先程の戦闘カナエの方には魔物が流れたりはしてしませんでしたか?」
「はい、大丈夫です。問題ありません」
「全部メイングループで処理できてたぞ」
私と海馬先輩の言葉に対して満足げに天城総司は笑みを浮かべる。
その表情を見ただけで、彼がリーダーを務めるパーティの安定感が窺えるような気がする。
「回復完了です」
引率の教員が魔具の扱いはピカイチだと褒めていたこともあってか、海馬先輩は手際がよく、気がついた時にはメイングループの面々の傷を癒し終えていた。
「一年、支援魔法の貼り直しだ。できるな?」
「はい!」
私が返事をすると、海馬先輩は小さく頷いてこちらの様子を窺っている。私は右手に持った杖型の魔具を掲げると、魔力を放出した。
放出した魔力が天城総司らの身体に纏わりつき、強化魔法を展開する。私の放った補助の魔法は効果を発揮すると、彼らの動きを活性化させる。
「……ん、十分」
來素水波が呟くようにそう言う。來素水波の使う『ラグニルツワイシア』は彼女の声に反応して、周囲の空気中の水分が凍り付き、氷の結晶のような形をした武器へと姿を変えていく。
來素水波は『ラグニルツワイシア』を手にして何も無い空間に一振り
する。すると、そこには無数の鋭い刃のような突起が突き出された巨大な壁が出来上がった。
「海馬の支援と遜色ない」
「さすがね、水波ちゃん。カッコいいわ」
風森千々は嬉しそうな声で來素水波さんのことを誉める。そんな彼女に來素水波さんは淡々と言葉を返す。
「ん、当然のこと。この程度……できて当たり前」
來素水波はそう言って、自信満々に胸を張る。確かに、彼女は自分の力に絶対的な信頼を置いているようで、その言動に揺らぎはない。
しかし、そうはいっても、彼女が作り出した氷の壁は相当に凄いと思う。真似をしてみたら分かるが、あんなものを作るには相当な集中力と繊細な魔力操作が必要だというのに。
「それじゃあ、探索を再開しようか。海馬君と藤咲さんは引き続きバックアップとしての支援をお願いするよ。護衛の二人にもよろしくね」
天城総司が私達に向かって指示を出す。私達はそれに対して首肯することで応える。
「分かりました」
「もちろんだ」
天城総司の言葉に私と海馬先輩はそう返答する。それから希海と紀々が待っている場所まで移動してメイングループとは距離をとる。
去り際に風森千々が意味ありげにこちらのことを見ていた気がするが特に気にしないことにした。
風森千々の視線を振り切って、私と海馬先輩は希海と紀々の元に向かう。そこでは、希海と紀々が私達のことを待ってくれていた。
「お疲れ様、香苗ちゃん、先輩」
希海が嬉しそうに迎えてくれる。それにつられて、紀々も口を開く。
「香苗さん、千姉になにか言われたりしませんでしたか?」
「ううん、大丈夫。紀々ちゃんが心配するようなことは言われてないよ」
私は苦笑いしながら答える。希海も少しだけほっとしたような表情を見せた。
先日、訓練場で風森千々が私のことをいたく気に入ったらしく、その日以降、紀々はずっとこんな感じで声をかけてくる。
希海は東條先輩の忠告もあって風森千々が私を狙っていることを察しているのだろうし、紀々は紀々で自分の姉がどのような人となりをしているのかを分かっているのだろう。とにかく二人とも、私が風森千々に絡まれることに対してあまり良い顔をしない。
少なくとも私のようなモブより、希海や紀々の方がずっと可愛いし魅力的だと言うのに、風森千々は全く理解できない感性を持っている。
「……そうですか。よかったです。香苗さんの身に何かあったらって思うと心配になるんです」
「そんな大袈裟だよー。大丈夫だって」
「大袈裟じゃないよ! 香苗ちゃんは可愛いんだから自覚して!」
私が笑みを浮かべながら返すと、希海が強く抗議してくる。……えっと、どう反応すればいいのだろうか。
希海が真剣な顔でそう言うものだから、私は困惑してしまう。
「もう、私語を慎んでください! ここ、魔巣窟! 早く行きますよ!」
紀々が少し怒ったような表情で言う。あ、そうだ。魔巣窟に来ているんだった。危なかった。
希海はというと、まだ顔を赤くしたままボーッと私のことを見つめている。
「おい、一年生。仲が良いのは分かったが気を引き締めろ。魔物が居るかもしれないんだぞ?」
しびれを切らしたのか海馬先輩のお叱りが飛んできた。
仰る通りですね……。ここは魔巣窟なんだから、気を抜いていたら怪我じゃ済まないかもしれない。
本当にこの調子で大丈夫なんだろうか。
私は内心そんな不安を抱きながらも、魔巣窟の奥へと足を踏み入れていく。
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