推しが目の前にいる!
私は
どこにでもいる15歳の女子高校生であったはずなのだが、その実28歳会社員、それも男の記憶を宿している転生者でもある。
前世では営業職だと言うのに出来ると言う理由だけでITエンジニアの真似事をやらされたりしていたことをうっすらと覚えている。しかし、記憶を取り戻した混乱からかまだ全てを思い出せたと言えるような状態ではなかった。
どうしてこのような特殊な存在になってしまったのかは分からない。
私の物心がついた時には記憶の残滓が残っていたような気はするので、おそらくは事故などで死んでしまった後にこの世界に生まれ変わったのだと思われる。
というのも、ここは私の知る
なので、曖昧ながらも記憶の残滓を保持していた幼少期の私はワクワクしてばかりだったことを憶えている。
ほぼ完全に記憶を思い出したのは最近の出来事だった。
それまではそれなりのことがそれなりにできる普通の女子高生として生活してきたのだが、なんとなく自分の境遇に夢見心地のような違和感を覚えていた。
だが、最近のある出来事を境にして急にその正体が分かった。
突然頭に情報が流れ込んできたような感じで前世の自分について完全に理解するところとなった。それからというもの、自分の中にあった不思議な気持ちの正体を知ってスッキリすることができ、それと同時に自分のこれからに対して不安になった。
このまま自分が自分じゃなくなってしまうのでは?
実際、前世と性格がまるっきり違うわけではないのだが、なんだか自分が自分でないような、それでいて自分はちゃんと存在しているような、そんな妙な気分になっていた。
そんな鬱蒼とした日々を送っていた時、ふとテレビを観ている時に見たニュースで、魔巣窟と呼ばれる危険地帯に潜った冒険者が行方不明になったという報道が流れた。
その時、頭の中である映像が浮かんできた。その光景は、どこか見覚えのある場所。
(これは……もしかして……)
その時、頭の中に流れてきたのはかつて
『私立聖稜学園高等学校』
それは私が進学したばかりの高校の名前で、しかもその学校は主人公の通う学校でもあった。
そこで私は確信する。ここは前世にやったことがある男性向け恋愛シミュレーションARPG「セイクレッドヘイブン」、略して「セレヘブ」という問題作の舞台となる異世界なのだということを。
そう、ギャルゲーだ。このゲームは主人公を操作し、様々なヒロインを攻略していくという内容のもので、主人公は攻略対象の女の子たちと仲良くなりながら彼女たちとの絆を深めていき、やがて訪れる運命の日に向けて戦いに身を投じていくことになる。
そのシナリオの中で主人公とヒロインたちは「
ギャルゲーというジャンルなのだが、オマケのARPG部分が非常に作り込まれており、トレハンやらハクスラやらタワーディフェンスの要素まで盛り込まれていてかなりやり応えがある内容となっていた。
前世の私はそのゲームを非常に面白く思い、また世界観が好きだったので何度も繰り返して遊んでいた。
そして、そのゲームには隠しルートがあり、そこに登場するキャラを攻略することで真のラスボスと戦うことができるようになるのだが、そのラスボスというのが……。
「つまり、ラスボスは、柴宮希海……?」
私の親友である、柴宮希海。
そして前世で私が最も推していたキャラクターである。
彼女がセレヘブに於けるラスボスポジションのキャラクターだったことを覚えている。
彼女だけは何故か最後まで顔を見せない謎のキャラクターであり、公式サイトでも「謎の存在X」だとしか書かれていなかった。しかし、戦闘中に発するセリフの闇の深さがゲーム中でピカイチであり、プレイ後の私の琴線を狂わせてしまった罪深きキャラクターだ。
しかし、攻略サイトの方もある一点において問題作たるセレヘブのプレイ人数が少ないのか、情報という情報が集まっておらず己で道を切り開く他なかった悲しみを背負い、彼女の情報を集めたがそれは徒労に終わることになったことを思い出すと、とても辛くなる。
とにかく、彼女は一周目に最後の最後でようやく姿を見せることになる。しかし、希海はゲームの中ではかなりの強敵だった。希海を倒すためにはかなりレベルを上げなければならないし、それ相応の装備やアイテムも必要になる。正直、今の私はまともに戦う力も持っていないし、勝てるかどうかの騒ぎではない。
しかし、希海は私にとっての
というのも希海の行く末はほとんどの場合、バッドエンドで確定してしまう。
希海は最終的には己の力によって身を焦がし、闇落ちして暴走してしまう。そうなると、その身は邪悪なる存在、破壊神へと変貌してしまい、その肉体を破壊しなくては世界は破滅へと向かってしまう。
故に、それだけは避けなければならない。
私にとって唯一無二の親友である希海を救わなくてはならないと。
私は決意を固める。必ず希海を救い出すと。
そのためにはまずは強くならなくてはならないだろうが、幸いにして私は前世の知識を持っていた。それを上手く活用すれば多少なりとも強くなることは不可能では無いはずだ。
現在は桜華王国歴神威161年4月21日の日曜日であり、実は既にゲーム本編の開始より1年が経過している。しかし、まだこの段階において希海に異変は起きていないはずなので、今のうちに何とか対策を立てておかねばならない。と言っても、まずは情報を集めることが先決だ。とりあえず、手始めにゲームで得た知識を元に情報収集を開始することにした。
私の持つ前世の記憶が確かなら、ゲームでは主人公の入学式から物語が始まる。そして、ゲームでは主人公である『天城総司』が神威160年に聖稜学園に入学するところからスタートしていた。
そして、ラスボスである柴宮希海が入学するのは総司が2年に上がったタイミングであり、本格的に絡むことになるのはさらに一年後の物語の終盤。つまり、現時点ではまだ希海は本編に登場していないはずだ。
ならば、今はその前にできることをやっていかなければならないのだろう。
とはいえ、藤咲香苗というキャラクターは原作には登場すらしていなかったモブキャラ。そもそも柴宮希海に親友が存在していたことすら知らなかった。まぁ、考えてみれば当たり前の話で、原作では主人公とヒロインたち以外の登場人物なんてほとんど出てこない。
それにしても、どうしてこんな重要っぽいけど重要か分からないポジションに私が転生してしまったのだろうか? 普通こういうのって主人公とかメインヒロインとかに転生するものでは? と、そんなことを考えつつ、私はゲームで得た情報を頼りにこれからすべきことを整理し終えると、丁度よく私の部屋の扉が叩かれた。
「お姉ちゃん、ちょっといいかな?」
「あ、うん。どうぞー」
私が返事をすると、ドアが開かれて一人の少女が現れた。
「お邪魔しま~す」
「いらっしゃい、結衣。どうかしたの?」
やって来たのは妹の藤咲結衣。歳は私の二つ下で中学二年生。
腰まで伸ばした綺麗な黒髪が特徴で、顔立ちはとても整っている。スタイルも中学二年とは考えられないほどに抜群だ。胸の大きさが玉に瑕だが伸びしろありと評価できる。性格も明るく活発的で人当たりも良いため友人も多く、男子生徒からも人気が高く、よく告白されているらしいが本人は恋愛に興味が無いらしく全て断っているという属性てんこ盛りな、本当にモブの妹か? というような設定を持っている。ただ、一つだけ問題があるとすれば……。
「ねぇ、お姉ちゃん。今日は一緒に寝てもいい?」
「……」
そう、重度のシスコンであること。
一緒に寝ると言うだけでは断定できないだろうが、私の下着を盗んだり匂いを嗅いだりと、その行動は変態そのもの。しかも、そのことを隠そうともしないので両親からは問題児扱いされており、私としても将来が心配だ。
「……あのね、結衣。何度も言っていると思うんだけど、私と一緒に寝るのは止めなさい」
「えぇ!? なんでよ! 私たち姉妹なんだし別に良いじゃん!」
いや、姉妹で寝るのはおかしいと思う。兄弟とか、そういったものに置き換えてみれば……。
兄弟と姉妹で大きく違うのだろうか……? まずい、このままの流れだと絆されるに違いない。
「そ、そういうのはもう卒業するべきだと思うの」
「うぅ……。だって、一人じゃ寂しいし怖いし眠れないんだよぉ」
「し、しょうがない。ちょうど寝ようとしてたし……」
涙目になりながら上目遣いで訴えかけてくる。可愛いのだが、あざとすぎる。しかし、
記憶が戻ったのだとしても私は私だということなのだろうか、結局は結衣の要求に折れてしまう。
私はベッドの上で壁際に寄り、スペースを空けた。それを見た結衣は嬉しそうな表情を浮かべると、すぐに布団の中に潜り込んできて、私の隣に来ると抱きついてきた。
もしかすると爛れた習慣だったとしても、やはり顔が良ければ全て許されるというのか……?
「んふっ♪ 希海さんには悪いですけど、やっぱりこうしてお姉ちゃんとくっついている方が落ち着きます。安心します。幸せです。大好きなお姉ちゃんの温もりを感じられます。これに勝る幸福はありません。おやすみなさい、お姉ちゃん」
「なんで希海の名前が出てくるの」
「さあね?」
私の名前を呼びながら私の胸に顔を押し付けた上に脚を絡める。そして、そのまま眠りにつく。これもいつものことなので、私は諦めの境地に達していた。私は前世では妹がいたが、残念なことにそちらとは疎遠だった。だから、こうも懐かれると可愛くて仕方が無いということが刷り込まれているのかもしれない。
私は結衣の頭を撫でながら優しく抱きしめると、しばらくして穏やかな寝息が聞こえ始めた。
私は静かに目を閉じて、心地よい体温に身を委ねて眠ることにした。
翌朝、私は朝食を食べ終えると身支度を整えて家を出た。向かう先は聖稜学園高校。私の通う学校だ。家から徒歩で16分程の距離にある。校門を通り抜け、下駄箱で靴を履き替えてから廊下に出る。
この聖稜学園は小中高一貫の私立学校であり、私と結衣は一緒に登校することが日常となっている。
ちなみに、聖稜学園の制服はブレザータイプのセーラー服であり、学年によってリボンの色が違う。1年は赤、2年は青、3年は緑である。また、女子はスカートの丈を膝より少し上の長さにすることが決められている。とはいえこの規則を守っている生徒は少ないというオチ*3もあったりする。
私は自分の教室に入ると、窓際の一番後ろの席に座った。そして、机に突っ伏して腕を枕にしてから顔を上げて外を眺める。窓から見えるのは綺麗に整備された広い校庭と綺麗に手入れされた木々の数々。実にのどかな光景が広がっている。
ゲームでは主人公はここでヒロインたちと仲良くなるきっかけとなるイベントが起こる。まぁ、要するに自己紹介みたいなものだ。とはいえ既に終わった出来事である。これから何かが起きるということはないだろう。
私は小さくため息をはきすると、不意に声をかけられた。
「おはようございます。藤咲さん」
「あ、うん。おはよ」
声の主は隣のクラスの学級委員長をしている子だ。名前は確か……
「どうしたんですか? 元気がないみたいです」
「……ちょっと、悩み事?」
「不肖、
「大丈夫。大したことじゃ」
「そうですか。ならいいのですが。でも、困っていることがあったら遠慮なく言ってください」
「うん、ありがとう」
「はい!」
笑顔で返事をする彼女の名は風森紀々。艶のある長い黒髪が特徴の少女であり、セレヘブに登場する一人のヒロインの妹であり、個別攻略が可能なサブヒロインの一人でもある。
メインヒロインとは違い、複数のエンデングを持つキャラクターでこそ無い。だがそれなりの人気を誇っており、非公式人気投票では
そんな彼女は誰に対しても敬語で且つ柔和に接するという性格の持ち主。
しかし異性に対してはかなり厳しく、そのせいか男子からは『クールビューティーノリちゃん』*4なんて呼ばれており、密かに人気があるらしい。
しかし、本人は恋愛に興味が無く、告白してきた男子数百人をバッサリと切り捨てたという逸話をも持っていたりと話題に事欠かない。
ちなみに、本来の彼女は姉と仲違いしており、あまり良い関係ではなかった。だが、その関係性の悪さを周りに当たり散らしていない事を鑑みるに主人公側で和解フラグを立てたのだろう。その証拠に彼女も姉のことが大好きだと公言するほどになっている。既視感。
それにしてもこのフラグを立てることが出来るのはもう少し後になってからのはずなのだが……?
となるとこの世界の主人公は一人のメインヒロインの好感度をかなりかせいでいることになるが……、ゲームのイベントを前倒しにするとはなかなかにやり手だな?
やはり、現実とゲームの世界では差異があるということだろうか? 私が考え事をしていた時、抱きつくようにして誰かが覆い被さってきた。見なくても分かる。
これは我が親友、希海だ。私は思わず苦笑を浮かべた。
だが、そのような余裕をかましていられるのもこの時までだった。
「のんちゃん? 重いんだけど……」
「えへへ〜、だってぇ、香苗ちゃん成分が不足してるんだもんっ! 補充させて〜!」
「ちょっ!? あははっ、やめっ! くすぐったいっ!!」
「んふふー、可愛いなぁ〜、もうっ」
「やめてってば!! のんっ、ちゃっ!!!」
「やめないわ♪ やめるつもりは無いもの」
「やっ、やめっ、ひゃうっ!!」
私は身を捩らせて希海の拘束から逃れようとするのだが、彼女はそれを許さない。私は笑いながら逃げ回るのだが、希海に背後を取られてそのまま押し倒されてしまう。
え、女の子、やわっ、やわっこい!
推しが、推しが目の前に!!
おちつけおちつけおちつけつっ。
つ、つけ……。
目の前に存在しているのは推しだ。だが、私にとっては腐るほど見つめてきた腐れ縁の親友!! ……の筈!
如何に親友であることを理解していても、理性が死んでしまう。このままではまずいと私は直感する。
しかし、何考えて私を押し倒しているのか、一切合切理解ができない。故に、対策は構築できない!
「捕まえたぞぉ?」
「あ、……つ、捕まったぁ?」
「……」
私は希海のご尊顔を目の前にし、捕まえられたことに対してそのままの状況を呟く。そして、希海が無言で私のことを見つめて言うのだ。
「香苗ちゃん。ここ、教室だよ?」
「……わ、分かっとるわ!」
先日までの藤咲香苗なら、「あははー、このーこおバカさん~」なんて流すのだろう。いや、多分怒っていただろう。たぶん。
恥ずかしさはあるが、記憶が戻る前とはそこまで性格は変わっていないらしい。
とにかく、理性がトぶ前に解放してもらえて良かったことだけは確かだ。
「ふふ、からかった私も意地悪だったね。ごめんなさい。はい、これあげるから許してちょうだい」
「ご機嫌取り?」
どこから取り出したのか希海は袋入りのクッキーを私の頭の上にちょこんと載せる。拗ねた私へのご機嫌取りだろうか?
いや、こんな焼き菓子ごときで許すとでも……?
「……いらないの?」
「い、いや、別に。そんなことは無い、けど」
「えへへ、それじゃあ、はいどうぞ〜」
クッキーの袋が頭から落ちそうになったので、それをどうにかキャッチすると早速開封し、甘い香りを堪能してみる。
かほり立つとはこの事か。とにかく美味しそうだ……。
「……あ、ありがたく貰うけど、どうしてこれを?」
「実は昨日家で作ったの。それで余っちゃったものだからおすそ分けにって」
「へぇー、……今度お返し考えないと」
「気にしなくてもいいよ?」
「そういうわけにはいかないよ」
希海とは親友だとお互いに認めある仲なだけあって、そこまで対価を要求し合うような関係では無いが、恩には報酬があるべきだと私は思っている。
いずれ、何か考えておかなければいかないだろう。
「えへへ……。なら、楽しみにしてるからっ」
「うん、任せておいて」
しかし、推しと直接話せるという恐るべき多幸感によって、脳内がバグってしまったらしい。完全に硬直するどころか、むしろ普段通りの態度で接することが出来ている。
恐らく今の私の口では笑っていても眼の感情は無に違いない。
ひとまず私は微笑みながら答えた(当社比)。そして、チャイムが鳴ると同時に担任の先生が教室に入って来る。私は希海と一緒に席に戻り、朝のホームルームが始まった。
あれ、そういえばゲーム内の希海には親友とか、いただろうか……? 公式設定資料集第一巻*5にも書いてなかったような気がするのだが……?
私は先生に隠れて袋の中から小ぶりのクッキーを取り出すと、小さく割って口に放り込んだ。
砕けて小さくなったハズのクッキーはやけに甘く、美味しく感じた。