「その、天城先輩は一年生にして聖装を目覚めさせているということでコツなんかを聞こうかなと考えてまして……」
「ふぅん、そうでしたの? 私、てっきりソージのことが好きなのかと思っていました。これまでもそういった方、よくいらっしゃいましたし」
ここは学校併設のカフェテリアの一角。放課から一時間が過ぎようとするこの場所には生徒の姿はひとりとして見えることはなく実質貸切状態であると言える。
東條タリアはティーカップを傾けながら興味なさげに呟き、そして口元に笑みを浮かべた。あたかも私を信用する気がないと言わんばかりの言い方だ。
え、なに? これまでもこうやって総司に見つかえる前に先んじて敵を排除していたと?? さすがはメインヒロイン様と申し上げるべきなのか。
それにしても何かがおかしい。
私の
いや、詰められ方としては尋問のような気もする。しかして、何かを勘違いしているとは思うのだがどのように誤解を解くべきか全く見当もつかないのが現状だ。下手な切り口ではカウンターを受けて後戻り不可能な場所まで追い込まれてしまいそうで恐ろしい。
「……本当に違うなら良いのですけれど。もしかすると、私はフジサキさんを許せなくなっていたかも知れません」
ゆ、許せないとはどのことを?
その、東條女史? 口角が上がっていても、め、目が笑っていませんですわ……???
「あ、あは……、はは……。その節は本当にご迷惑をおかけしましテ……」
「あら、気にしないで下さいな。もう済んだことですし、こうして仲良くさせて頂こうと思っていますもの」
「そ、それはよかった……デス」
私は引き攣った笑顔のまま、手元にある口をつけていないココアに視線を落とす。触れるマグカップからはじんわりとした温かさがつたわり、私に唯一の安らぎを与えてくれる。
しかして、彼女は天城総司に近寄る
ゲーム上では天城総司のライバル的な立場も持ったヒロインというポジションだった彼女だが、幼い頃には天城総司と一緒に遊んでいたりと実は主人公にとって幼馴染の一人だったりする。
東條タリアは幼い頃に両親を亡くした後、親戚中から厄介者扱いされていた時期があり、その時に天城総司と出会うことになったというベタな展開を経て、彼に対して並々ならぬ思いを抱くこととなる。いやでも、ゲームではそんな病んでなかったはずでしょう、君。
幻覚なのかタリアの傍に爆弾が見える気がする……。セレヘブってこんなゲームだったっけ?
「それにしてもソージは相も変わらず人気でして……。昔からそうですわ。彼はいつも誰かしらに慕われていますの」
「……はい、ソウデスね」
「ふふ、カナエさん? 落ち着いて? そんなに緊張しなくても宜しくってよ?」
ティーカップの取手を親指と人差し指で砕きながら75757という変速短歌のビートを刻まないでくださいまし……!!
私は乾いた笑い声を上げながら、ちらと向かい側に座る東條タリアを見やる。
めっちゃ目を見開いている。何となく目が血走っている気がする……!!
「それで、本題に入りますけど。カナエさんはソージのことをどう思っているんですの?」
何が始まっているんだ? 主人公のことを好きすぎて周囲の人間に面談かけるとか正気なのかこのヒロイン??
「……えーと、とても優秀で素晴らしい人だと」
私はそう言って目を逸らす。
「へぇ、そうなのですか」
「……ほへ?」
東條タリアの像がブレた。
否、ブレたと考えた一瞬の隙を突き私の背後に回った。
「それでは、彼のどこに惹かれましたの? 容姿でしょうか? それとも性格? あるいはその両方? もしくはその全て? 教えてくださいまし、ねぇ、カナエさん??」
耳元で囁くように問いかけてくる東條タリア。くすぐったい吐息が私の首筋を撫でるように吹きかかる。
東條タリアから主人公への好感度が限界突破し過ぎておる! これ、完全にヤンデレルート(※存在しない)まっしぐらじゃないですかヤダー!? こんな東條タリアの姿とか見たことないんですけどォ!?
「えっと、その、ですね……」
「はい、なんでしょう? ゆっくりで構いませんのよ?」
「あ、はい。ゆっくりでもいいんですけど……、首をその長い棒みたいなもので締めあげようとするのやめて貰えませんか……!!」
私は真後ろでニコニコとした笑みを張りつけた東條女史。私は彼女が首を締めあげるのに使っている棒を抗議の意味で弱くペシペシと叩く。
この棒ってもしかしなくても東條タリアが使ってる聖装だと思うんですけれど、使い方が違う気がしますよ?
杖ですよね、これ。ですよね?
こ、後衛型魔法クラスの方ですよね?
「……あら、これは失礼しましたわ。私、あまりの嬉しさに我を忘れてしまいまして」
う、嬉しい? もしかして、邪魔な虫が排除できて嬉しい……ってコト!?
「やっべ、怖……」
「ソージは小さい頃から誰よりも優しくて、困った人がいればすぐに助けに行ってしまうような人でして……」
勝手に惚気出したが、全く一向に逃げ出せるような隙が生まれない。むしろどんどんこちらへの拘束が強まっているようにも感じられる。
なんだ? これが恋バナというものか?? 私の知ってるものと比べても爛れて過ぎているが?!
しかし、私が知っている東條タリアという少女はもっと大人しくて清楚なお嬢様然とした少女だったはずなのだが……。
「あの、ちょっと聞いてもらっていいでしょうか……?」
「……ええ? なんでしょう?」
あ、やっばい。会話のリズム崩してご機嫌ナナメだよ。あ、やめて睨まないで東條女史ィ……。
私は内心で冷や汗を流しながらも、目の前の狂気と会話を続ける。
「あの、本当に全然ですね。自分、
私は前世の会社員時代に培った
「まぁ、そういうことですのね。ふふ、わかりました。では、そうですわね……。まず、カナエさんはどうしてソウジの聖装が発現したと思いますの?」
私の必死さが伝わったのか、東條タリアは口元に手を当てながら先程までの絶対零度の恐怖が嘘のように上品に微笑む。
た、助かった……の、だろうか……?
私は彼女の質問に答えるために思考する。セレヘブの主人公である天城総司はゲーム開始時点では聖装を発現させておらず、ゲームの序盤に潜り込むことになった管理窟にてヒロイン三名と事故に巻き込まれることになる。
そしてその三名に危機が迫ったその時に聖装『マルグラース』を目覚めさせるのだ。
「ええと、窮地に追い込まれること、でしょうか」
「……なるほど、もし伝聞を聞いていれば確かに出てきそうな
東條タリアは顎に手を当てると納得するように数度、首肯する。
その、そろそろ席に戻られては如何ですかね……。なんで私の後ろに控えておいでなのでしょうか。
いつ発狂するか怖くて集中できないんですけど……?
「でも、残念ながらハズレですわ」
「え?」
「ソージが覚醒したのは、確かに窮地に追い込まれたからです。でも、それなら当時はまだ聖装を所有していなかった私達が同時に聖装を獲得してもおかしく無いでしょう? そうではなく、ソージだけが聖装を発現させた。
……本当の理由? 東條タリアの言葉に思わず黙り込んでしまう。
なんだかんだ導こうとしてくださってる訳ですし、恐らくこの人は天城総司が関わらなければとんでもなくいいひとなんだろうな!!!
「……それは、分かりません。すいません……」
「いえ、謝る必要は無いのです。ただ、それを自分で考えて欲しいだけですので。……それで、他に聞きたいことはありますかしら?」
彼女は慈愛に満ちた聖母のような表情で私を見つめる。
おかしいぞ……。
さっきまではこんなキャラじゃなかった気がするのに。私は困惑しながらも、彼女に問いかける。
「えっと、それじゃあ一つだけいいですか?」
「ええ、どうぞ?」
「なんで、そんな密着して座ってるんですか?」
私は自分のいつの間にか首に回されている東條タリアの右腕をペシペシと叩く。危うくヘッドロックを決められてしまうところだった。命拾いしたと言えるだろう。
「……いけませんか?」
「いや、ダメですけど……」
「あら、そうですの……」
悲しそうに目を伏せられるとなんだかこっちが悪いことをしている気分になってくる。危うく意識を持っていかれるところだったので10:0で相手が悪いことに変わりは無いが!
まさかここまでメインヒロインが天城総司に陶酔しているとは思わなんだな……。
聖装の話は建前なので頭の片隅に追いやって東條女史の絶対零度の接待を通して冷えきったココアを手に取り、口に持っていく。
「……ん?」
だが、その甘い液体はいつまでも私の喉を通ることは無かった。
「あら、
東條タリアがそう言い、いつの間にか持っていたダガー型の魔具を懐に仕舞う。憐れ、気がついた時にはマグカップの取手は本体とおさらばしていた。
しかし、中身を私がひっ被ることなく机の上にこぼれ落ちてしまう。まさかだが、これって計算されてるのか?
いや、まさかね……?
「ほぁ……」
私は突然の出来事に思わず呆けた声を出してしまう。
「ふふ、驚かせてしまいましたか? 申し訳ありません。こちらの方は私が責任をもって片付けますので、お気になさらず」
「は、はい……。ですが……」
「私が責任をもって片付けますので、お気になさらず」
「あ、はい」
東條女史が笑顔で告げたので、私は大人しく引き下がることにする。
いや、うん。申し訳ないんだけどね? 薮をつつけば間違いなく何か碌でもないことに発展しそうなので私はそっと立ち上がり、手早く荷物を回収する。
「あの、本当に申し訳ありませんでした」
「ふふ、構いませんわ。また、機会があればまたこうしてお話致しましょう?」
「え、それはい……や、なぁんて言うわけないですかぁ〜。も、もも、もちろんですよぉ〜〜っ!」
思わず否定しかけたが
そこから私は東條女史に頭を下げ、逃げるようにしてカフェテリアを後にする。
まさかメインヒロインである東條タリアがあんなにも天城総司に入れ込んでいる事は想定外も想定外、すっぽんが月を飲み込むくらいには考えつかない話だった。いや、すっぽんが月を飲み込むなんてありえないけどね? とにかく、私が月とすっぽんの例え話を持ってくるくらいにはヤバい事になっている。
メインヒロインのヤンデレ化など原作崩壊もいいところだ。
正直に言うと、これ以上彼女と関わりたくはないというのが本音なのだが、希海の聖装である忌まわしき『グラトニアル』の存在がそれを許さないだろう。いずれにせよ天城総司とは何らかの接点を作らなければならないことは確かだ。
前途多難ながら、なにかスマートに推しを守る方法が見つかれば良いのだが……。
それにしても、なんだかんだで色々と時間を食ってしまった。私は早足で校舎を出て、正門へと急ぐ。
帰りが遅くなれば妹になにか詰められるような気がしたので。こういった時の天啓的に降ってきた勘は信じるべきだと私は信じている。絶対にろくな事にならない!
天啓と言えば、衝動買いで積み上げたプラモのことをふと思い出す。前世の私はどうして時間を作ってでもプラモを組まなかったのかと問い詰めたい。記憶が戻ってしまった私としては今からでも作りたいくらいだ。
そんなことを考えながら、私は正門を通り抜ける。すると、目の前に見知った顔があった。
「あれ、希海?」
「あ、やっと来た。もう、すごく遅いよ、かなえちゃんっ」
希海が少し不機嫌そうな顔をして立っていた。これはまずい。主に私の精神面で。
「……ぽへ? な、なんでまだのんちゃんが? 放課からもう2時間くらい経ってるよ?」
「えへへぇ〜」
私の疑問に対して彼女は頬を緩ませ、嬉しそうに笑う。その笑みはいま
うぅ……。推しが可愛い……。
いや、正気になれ、今はそんな事を気にしている場合じゃないだろう。
「ごめん、ちょっと用事が長引いて……。って、そんなことより! ど、どうしてこんな場所で待ってたの?」
「香苗ちゃんと一緒に帰ろうと思って。迷惑だった?」
推しのしょぼんとした表情を見てしまった私は首がネジ切れる勢いで振り回して否定する。
「じ、じゃあ……。ずっとここにいたの?」
「うん。そうだけど?」
え? なに? 推しをこんな寒空に放り出して、私は何をやっていたんだ??
きょとんとした表情を浮かべる希海に、私は思わず頭も胸を撃ち抜かれそうになるのだが、崖から1歩踏み外したところで踏みとどまる(?)。
「れ、連絡してくれれば? よかったのに??」
「あはは、ごめんね。なんかタイミング逃しちゃった」
希海は申し訳なさそうに笑い、両手を合わせる。
いや、待たせたのは私の方だぞ! なぜそんな謝罪を私に向けるんだァ! ざ、罪悪感が!
私の心がジュクジュク*2痛むぅ……!
私は今にも飛び出して来そうな心の叫びを賽が投げられた直後(手遅れ)くらいで抑え込み、なんとか平静を保つ。
「ヴァッ……ァッ!」
「香苗ちゃん、すごい顔してるよ……?大丈夫? 具合悪いの??」
女神、希海が心配そうに尋ねてくる。
「へァ……!? いや、なんでもないよ? それよりィ? 一緒に帰るんでしょぉ?」
「あ、うん。そうだね。帰ろっか」
希海は挙動不審な私に対しても平等な微笑みを下賜してくださり、無事に†昇天†することになりました。
推しは、いいぞ。だが、そのキラキラを向けてくれるのはやめてください。