実地演習とは、学園の所有している魔巣窟、通称管理窟に潜り学園側で安全性を確保した上で魔物と戦うと言うものだ。
私達は、今まさにその実地演習の最中だった。
オリエンテーションである一限目は、魔巣窟の成り立ちと性質についての説明に注意点の解説と言った内容だった。そして二限目からは実際に
ちなみに、私は当然ながら聖装に目覚めていない。聖装に目覚めるのは非常に少なくほんの一握り。5000人に1人の割合でしか覚醒することはなく、冒険家となりたい人間が集まるこの学校でも一学年に20人も聖装が目覚めれば良い方だ。
そのため、ほとんどの生徒はその学生生活を自分の実力に見合った魔具を使用して終えることも少なくはない。柴宮希海のように入学前から聖装に目覚めている者は希少であり、この実地演習で新たに聖装に目覚めるなんて者もいる事だろう*1。
「藤咲さん! 右側に二体来ている!」
「了解っ!!」
私は、風森さんの言う通り右側から迫って来る魔物に向かって拳を振るう。魔物は、私の攻撃によって吹き飛ばされた。私は、そのまま振り返ると背後に迫っていたもう一体の魔物に回し蹴りをお見舞いしてやる。
硬っ! 足痛い!
「痛っ……! 硬いし速いとか反則……」
私が愚痴っている間にも、魔物はこちらに攻撃を仕掛けてくる。私は、それをバックステップで回避すると距離を詰めて来た魔物に対して掌底打ちを放った。
ドンッ!! 衝撃音と共に魔物が後方に弾き飛び、光となって消え去ってしまう。それと同時に物凄い倦怠感が私を襲う。
「う゛……。もうダメ……」
「何言ってるんです、まだ入口から2割の距離も踏破できてませんよ」
平常時では絶対に出せないような威力の攻撃だったのだが、これが魔具の力だ。
魔具とは装備するだけでもその人が持っているエネルギー、俗に
とは言え魔具には欠点がある。装備者が魔力切れを起こしてしまえばそこでお終いになってしまう。そのため、聖装を持たない一般人が魔具を使用する際は使用後に魔力を回復させる効果のある薬を飲んだり、もしくは休息を取る必要がある。
しかし、例外というものはある。
そう、それは聖装を発現させている人物のことだ。
「それにしても、柴宮さんは別の場所で研修だなんて難儀ですね……」
「まあ、妥当だと思う」
「藤咲さんは残念じゃないんですか?」
「のんちゃんのことは信頼してるし……」
「信頼、ですか……」
既に聖装を発現させている人間は聖装の使用に魔力を消費しないことに加え、魔具を使用しても魔力の消費を著しく減少させることが出来るというのだ。これは一般には聖装の加護と言われている。
ちなみに、これによって実地演習が簡単になりすぎてしまうという理由で希海は一人だけ2年生の授業に混ざることになってしまった。私と同じチームを組めないことを泣きながら悔しがっていたが、これはこれで希海と主人公の繋がりが生まれる可能性があるものとして期待している。
希海には悪いと思っているが、希海の生存が最優先だ。
それにしても泣く程私から離れたくないということには驚いた。そんなに友人から離れることが寂しかったのだろうか。後でうんと甘やかしてあげようとか考えてしまう。
「顔が緩んでますけど……」
「は、はぇっ!? な、何でも無いからね?!」
私は慌てて表情を引き締めて真面目な顔を心掛ける。
このままでは風森さんから頼りがいがない判定が下されてしまうかもしれない。流石に女の子からそのように思われるのは心外だ。できる限り気をつけたいものである。
「よし、意外と余裕あったから、頑張って進もう!」
「はい、魔物自体は先生方の方で生み出したダミーとのことなので命まで取られることはありませんが、万が一と言うこともあり得ますから油断しないでください」
「分かってるよ~」
「……説明を受けている時、眠りこけてたのは誰でしたっけ?」
「へ、へへへ……」
私は、頭を掻きながら誤魔化す。この子怖いわぁ……。
本当に眠かったんだよ?? 昨日は
「はぁ……、やべ、ため息止まんねぇ……」
「演習の結果は来年に響くんですから、頑張りましょう?」
「うん、わかってる……」
私は、風森さんの言葉に生返事をする。
正直に言って魔巣窟攻略はきつく感じてしまう。もしかすると体力不足とかそんなんじゃないのだろうか。
私は借り物の槍型の魔具を支えにしながら一歩ずつ歩を進めていた。
「大丈夫ですか、藤咲さん?」
「だ、だいじょぶ、だよ……」
「無理は禁物です。一旦休憩を挟みましょう。藤咲さんは体力と言うより魔力が枯渇してます」
「ご、ごめんなさい……」
私は肩で息をしながら風森さんに謝罪する。いやはや、情けない話である。
「魔力に余裕のある私が魔物を警戒します。藤咲さんはもう少し魔力を消費しないような動き方を考えておいてください」
「魔力を……?」
「……」
ひぃっ、そんな非難するような目で見るのはやめておくんなまし! 仕方ないじゃん。疲れちゃって着い居眠りしちゃったのはさぁ!
「藤咲さん。魔巣窟内での魔力は、魔具を使用する我々のスタミナにも直結するんです。だから、魔力の温存は必須ですよ。もし、魔具の魔力が切れてしまったらどうなると思いますか?」
私は少し考える。
魔具の魔力が切れたら? そりゃあ、セイクレッドヘイブンでは魔具や聖装の力を使用するための
行動不能は文字通り動くことが出来ないということである。そして、今の私のように動きが緩慢になって無抵抗になってしまうことと同意義。
「……動けなくなる」
「その通りです。そうなるともう魔物と戦うことはできません。逃げることもままならないでしょう。つまり、死ぬということです。だから、魔力の消費を抑えないといけないんですよ。わかりましたね?」
こっくりと首を縦に振る。
この世界はゲームでは無い。
今の私の状態は体力が無くなったという訳ではなく、魔力切れによって併発された倦怠感なのだ。これが疲労なのか、魔力切れによる症状なのか分からないが、少なくとも今の状態で魔巣窟を探索するのは危険だということだけは理解できた。
しかし、そうは言われても、魔巣窟探索はまだまだ序盤。ここでへばっていてはこの先やっていけないだろう。
風森さんの言うとおりにここで一旦休憩をして、回復した状態で目的地を目指すべきなのだろう。
ここは、風森さんの提案に従って魔具の魔力を節約しながら戦う方法を練習しておいた方がいいのかもしれない。原作に存在しない私が聖装を手に入れることが出来るという見込みは何処にも存在しない。
悲しいけど、希望は持ちたくないものである……。
とはいえどもこれから先、希海の隣に立ちたいと考えるのならば、聖装持ちの背中を追いかけたいと考えるならば。
先程までのようなゲーム通りのEPを気にしない派手な戦い方は使えない。もう少し理性的に戦う必要があるだろう。
つかの間の休憩は終わり、再び歩き始める。
あの後、風森さんも休憩した方が良いのではないのかと提案してみたのだが時間が惜しいと返されてしまった。
実際のところ、風森さんは本当に聖装の力を持っていないのかと疑問になる程に魔力の消費でバテていないし、初めての魔巣窟とは思えないほどに場慣れているようにも感じられる。一体何者なんだろうか。
って、ヒロインの妹か。そりゃあ強いわ。
確か風森家って冒険家の家系だったよな……。
そんなことを考えているうちに、私と風守さんのチームはクラスの中でも比較的早い段階で指定されたチェックポイントを踏破することが出来た。
道中、ダミーの魔物に遭遇することも何度かあったが、その度に風森さんが的確に対処してくれたおかげで戦闘時間は非常に短く済んだ。もう全部あいつ一人でいいんじゃないかな?
このまま順調に行けば予定していた時刻よりも早く目的地に到着することが出来るかもしれない。順調なのは良いことだ。
余裕過ぎたのか主人公達が二年生の時には一年の様子など描画すらされていないので早く終わって欲しいな、などと呑気なことを考え始めてしまう始末。そんな時だ。
視界に何かが映り込んだような気がしたので立ち止まってみる。
「どうかしましたか?」
「いや、なんか、いま……」
「いま?」
私が見たままのことを伝えようとしたのだが、変なことを口走ってしまうのでは無いのかと思い口を噤んでしまう。しかし、風森さんの真剣な瞳は言外に続きを促しているようで、少し自分の中で出来事を整理し、言葉を続ける。
「来た道の奥の方に人影みたいなものが見えたんだけど」
「人影ですか?」
「うん」
「……何も見えません」
そう言って、目を細める彼女。
「ダミーの魔物以外はこの階層には出没しないはずですが……?」
風森さんが不思議そうな顔をしている。
確かに今の今まで何もいなかったはずの場所に何かが突然現れるなんてことはあるはずがない。
きっと、私の勘違いだろう。
「ごめん。私の勘違いだと思うから気にしなくて大丈夫だよ」
「いえ、一応警戒しておきましょう。万が一と言うこともあります。これまで通り私が先行、藤咲さんが後方の警戒を続けていてください」
そう言いながら彼女は腰に下げていた剣型の魔具に手をかける。私もそれに合わせて自分の魔具を構えて移動を再開する。しかし、結局その後には何も起こらずに私たちは無事に目的地へと到着することが出来た。
道中、ダミーの魔物とは接触すれども人影の類は見かけなかった。やはり私の思い違いだったのだろう。
到着した場所は広いホールとなっており、中央に祭壇のようなものが設置してある。どうやら此処が最終地点らしい。
「引率の先生、居ないね。他の班の人達も見当たらないし……」
「おかしいですね。いくつかの班は先に到着しているはずなのですが。念のため、周囲を確認してきます。少し待っていて下さい」
「分かった」
そう言うと、風森さんは小走りで周囲を確認しに行った。彼女の姿が見えない間に、私は魔力の回復に専念しておくことにした。正直に言ってあまりいい予感はしない。
「……結構、疲れた」
聖装の魔力消費を節約しながら戦っていたとは言え、それでも身体に掛かる負担は少なくはない。
それに、戦闘中に余計な考え事をしてしまう癖も治さなければ。戦闘中なのに意識が散漫になってしまえば命取りになってしまう。今度からはもっと集中して戦うことにしよう。
「風森さん、遅い……」
周囲を確認してくると言っていたのだが、それっきり戻ってこないので心配になってきた。何かあったんじゃないだろうか。
「…………」
ふと、周囲に目を向けると何やら違和感を覚えた。
それはまるで、空間そのものが歪んでいるかのような感覚。
「何、これ……」
目の前に広がっている光景は間違いなく現実のものであるはずだ。しかし、何処か現実離れしたように感じてしまった。
そして、意識が弾けるような錯覚に陥る。次の瞬間、周囲の景色が一変した。
ついさっきまでは薄暗い洞窟のような場所だったはずなのだが、突然視界が開かれる。
「──―さん、藤咲さん!」
急な環境の変化に目を白黒とさせていると、背後から風森さんの声が聞こえてきたので振り返る。するとそこには焦った表情を浮かべている彼女が立っていた。
「……ぁ、風森さん? 一体、これは……?」
「今はそれどころじゃありません! 早く逃げてください!」
「え? どういうこと?」
「いいから! 早くっ!!」
切羽詰まった様子の彼女に腕を引かれるがままその場を移動する。一体、何が起こっていると言うのだろうか。私は先程まで目的地の空間にいたはずなのではないのか。
そして、その疑問の答えはすぐに判明することになる。
「──―ッ!?」
風森さんに押されるようにして姿勢を低くすると、突如として現れた巨大な魔物の姿に絶句する。
先程まで私の頭があった場所を鋭い爪が通過していた。もしあのまま呆けていたままだったなら、と考えるだけでゾっとする。
しかしなぜ、ダミーでは無い魔物が……?
「下がっていてください。私が囮になります」
そう言うや否や、風森さんが手に持っていた剣を振るう。振るわれた剣から放たれたのは風の刃。それは巨大狼の首元に直撃したように見えたが、魔物の体毛によって威力が減衰してしまったようだ。
しかし、牽制としては十分だったようで、魔物はその一撃を受けて警戒するような視線を向けた。
「グルルルル……」
「くっ、ダメですか……」
悔しそうな声を上げる風森さんだったが、彼女はすぐに気を取り直したかのように顔を上げた。
「藤咲さん、貴方だけでもこの場から離れてください」
「でも、風森さんは……」
「大丈夫です。私は負けません」
力強く宣言する彼女であったが、私は素直に首を縦に振れなかった。しかし、だからと言って魔力の運用すらまともに出来ない私が残ったとしても足手まといになるのは明白だった。
「……分かった。だけど、危なくなったら絶対に逃げるんだよ」
「はい。心配してくれてありがとうございます。これでも冒険家の端くれですから」
礼を言うべきなのは私だと言うのに。彼女は笑顔でそう言った後、私に背を向けるとそのまま駆け出した。その後ろ姿を見つめながら私は拳を強く握りしめる。情けない。こんな時ですら私は何もできないなんて。
しかし、今は逃がしてくれた彼女の言葉を信じて行動するしかない。
「……よし」
私は小さく息を吐くと、周囲を確認する。周囲には誰もいない。どうやら上手く逃げられたみたいだ。
しかし、このまま此処にいるのはまずい。風森さんがあの魔物を引き付けてくれているうちに、少しでも遠くへ逃げないと。
逃げる、何処に?
そもそも、ここはどこなのか。先程も現れたのは学園側が用意していたダミーの魔物ではなく本物の魔物。あれは明らかにダンジョン内の環境に適応した魔物だったと思う。
それに、周囲の風景だっておかしい。ダンジョンの中だというのに、目の前には広大な草原が広がっているのだ。明らかに普通ではない。
もしかすると、これは夢なのかもしれない。そうだとしたら随分とリアルな夢だと言わざるを得ないが……。そんなことを考えていると、突然、背後から何かが近づいてくる気配を感じた。慌てて振り返ると、そこにいたのは大きな猪のような魔物。いや、よく見ると少し違う。その魔物からは、今までに感じたことのないような威圧感を感じる。
おそらく、これが本来のダンジョンに生息する魔物なんだろう。
──逃げられない。
直感的に理解した。
目の前の魔物は私を逃がすつもりなど無いらしい。完全にロックオンされているのが分かる。
恐怖に体が震える。それでも、必死に思考を回転させる。
然し、相手は考える隙を与えるつもりは無いらしく、即座に突進を仕掛けてきた。
咄嵯の判断として魔具で受け止めようとするも魔物の牙によって、それは容易に弾き飛ばされる。体勢が崩れたことで回避行動に移ることも出来ず、ただ呆然と立ち尽くす。
次の瞬間、視界一杯に広がったのは鋭く長い牙であった。迫り来る死を前にして、私の脳裏に浮かんだのは驚異に立ち向かう一人の少女の後ろ姿だった。
──助けて欲しい。
心の底から願ったとしても、その願いが叶うことは無く、無慈悲にもその牙が振り下ろされる。
──はずだった。
しかし、いつまで経ってもその痛みが訪れることは無かった。恐る恐る目を開くと、そこには魔物の姿は無かった。
そして、その代わりに立っていたのは一人の少女。風に靡くアッシュグレーの髪が太陽の光を反射して輝いている。
その姿に見惚れてしまった私は、無意識のうちに愛称を口にする。
「……のんちゃん」
柴宮希海。私の推しであり親友の少女がそこに居た。