推しをラスボスにしないひとつの冴えた方法   作:ねこぶるふ

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表裏一体なものたち

 

 希海は左手に持っていた盾型の魔具(ガントレッド)で魔物の牙を弾いて隙を作る。希海は僅かな時間を逃すことはなく、膝を魔物の顎へと叩き込んで見せる。

 その後に魔物の攻撃を凌いだ後、大きく私の元まで跳躍し後退。そしてこちらに視線を向けることなく告げた。

 

 

「香苗ちゃんは私が必ず守るから」

「……うん」

 

 

 力強い宣言と共に、彼女は再び前へと向き直り、そのまま魔物に向かって駆け出していく。その後ろ姿を見ていると、不思議と力が湧いてくる。

 推しからの言葉だからなのだろうか? それもあるのかもしれないが、それだけではない気がした。今の私は、彼女に守られている。だから、安心できる。それが理由なのだと思う。私はゆっくりと立ち上がろうと試みたが、腰が抜けてしまっていたようで上手く立ち上がることが出来なかった。情けない話だが仕方ない。あんなものを見せられてしまえば大抵の人はそうなってしまうはずだ。

 

 そんな私を他所に、希海と魔物の戦いは早くも決着を迎えようとしている。希海が利き手に持っている剣型の魔具を振るうと、その一撃を受けた魔物の身体に大きな亀裂が入り、粉々になって崩れ落ちていく。

 

 

「凄い……」

 

 

 思わず感嘆の声が漏れる。

 これが本当の戦闘。ARPGとして簡略化されていたゲームでは見ることの出来なかった光景*1。それを今、実際に目にしているのだ。

 やがて、魔物が完全に消滅したのを確認した希海が戻ってくる。

 

 

「……本当に、間に合ってよかった」

 

 

 そう呟いた彼女の表情も安堵に満ちていた。よく見ると希海には傷こそないが、全身が汗でぐっしょりと濡れている事が分かる。

 それほどまでに急いで駆けつけてくれたのだろう。そう思うと、嬉しさが込み上げてきて自然と笑みがこぼれる。それが不謹慎なことぐらい分かっているが、それだけ嬉しかった。

 

 しかし、私の笑みは直ぐに凍りつく。

 まだ終わっていない。

 

 ()()()が助かっても意味は無い。

 

 

「その、……のんちゃん。む、向こうで風森さんが。私を逃がして、囮になって……。早く、早く助けに行かないと!」

 

 

 つい希海に詰め寄りながら捲くし立てるように言う。今は悠長にしている暇は無い。すぐにでも助けにいかなければ、取り返しのつかないことになってしまうのではないか。焦燥感に襲われ、思考がまとまらない。

 しかし、取り乱す私を目の前にしても希海は冷静さを失っていなかった。彼女は私の肩を掴み力強く言い聞かせるように言葉を紡いでいく。

 

 

「落ち着いて、香苗ちゃん。まずは、この場から離れないと」

「でも、そうしたら風森さんは……!?」

 

 

 このままでは間違いなく風森紀々は死ぬ。あのようにして人の手で量産できるようなレベルの低い魔具でやれる事などたかが知れている。いくら彼女が冒険家を輩出する家系だと言っても限度があると言うもの。

 無事である保証はどこにもない。保証なんて言葉はとうの昔に破り捨てられているのだ。

 

 だが、熱くなる私とは対照的に希海は真剣な眼差しでこちらを見つめる。両頬に添えられたひんやりとした希海の手の平は私の熱を奪い去っていく。

 

 

「大丈夫」

 

 

 そう言って微笑む希海。

 それは根拠のない励ましだった。しかし、彼女なら何とかしてくれる。そう思わせるだけの何かが、柴宮希海と言う少女にはあった。

 

 希海の魅惑的な言葉に耳を傾けていると、唐突に知らない声が響く。

 

 

「柴宮さん……、は、速すぎる……! もう少しこっちのことを考えてくれ……」

 

「思っていたより遅かったですね、先輩方。歩調を合わせていれば救助が間に合いませんでしたから、ご容赦を」

 

 

 希海の視線の先を辿ると、そこには男子二名、女子二名の合計で四人の程の上級生が居た。彼らは制服の襟に2年生であることを示す赤い記章を身につけており、私よりも一年は長くこの学園に所属しているということが分かる。

 そして彼らの手にはそれぞれが学園からの配給品とは思えない魔具を携えている。もしかすると彼らは希海と同じ班に割り当てられた生徒なのだろう。

 息も絶え絶えといった様子の彼らに向かって希海が続けて言う。

 

 

「そちらの彼女をキャンプの方までお願いします。私はこれから格好つけて逃げ遅れた同級生の救助に向かいますので」

「ちょっと、待って……!?」

 

 

 そう告げると希海は風森紀々の倒れている方向へと駆けていく。私を助けた時と同様に希海の姿はすぐに見えなくなった。

 私を含めて残された五人は希海の姿を唖然とした表情で見送る。

 

 

「よ、ようやく追いついたのに……」

「聖装持ちは違うね~……」

 

 

 リーダーと思しき男子生徒の呆れたような言葉に続いて、手元の弓を抱き抱えながら二年生の女子生徒が呆然とした様子で呟く。その言葉からは疲労困憊といった様子が見て取れた。

 

 

「えっと……、無事かい?」

 

 

 希海を見送ってしばしの間を空けてリーダーっぽい男子生徒の一人が話しかけてくる。

 どう答えたらいいのか分からず、少しぎこちない返答しか出来なかったのだが、そんな私の様子を察してか気さくそうな雰囲気を持ったもう一人の男子生徒が口を挟んだ。

 

 

「君、一年生だよな。いきなりこんなことに巻き込まれちゃったけど、もう安心しなよ。俺らもついこの間は似たようなものだったんだから」

「昨年をついこの間と申すか」

「細かいことはいいだろ。一年も一週間も変わんねえよ」

「そんなわけないじゃん……」

 

 同じ班の女子生徒のツッコミに気さくな男子生徒の顔は笑ってはいたものの、緊張のせいなのか額にうっすらと汗を浮かべていた。彼はそれをハンカチで拭いながら話を続ける。

 昨年と言えば主人公達が巻き込まれた事故のことなのだろう。

 

 

「まあ、今はこうして無事に帰れる目処がついたんだ。喜んでもいいはずだろ? これも皆が昨年のことを糧に必死に救助活動をしているおかげさ」

「……前回は助けられる側だったけど、今回は僕達の番だ。君は責任を持って安全な場所まで連れて行くよ」

「あ、ありがとうございます」

 

 

 私が素直に頭を下げると、先輩達は優しく微笑んでくれた。

 

 

「良いんだよ。さっきは後輩が全部持っていっちゃったから今度は俺達が守るぜ、なんて格好つけるわけじゃないんだけどさ。それでも、これくらいはしないとな」

 

 

 そう言って先頭に立って歩き始める男子生徒。彼らの先導の元、私たちは学園への帰路についていくこととなる。ふと、希海が去って行った方向を眺めていると、隣を歩く女子生徒が話しかけてきた。

 

 

「柴宮さんのこと、心配?」

「……ぇ、いや、そんなんじゃ」

 

 

 私は一瞬何を言われたのか分からなかったのだが、彼女の言葉で何を指しているのかを理解する。確かに、彼女が言葉少なく去っていったことを考えると心がざわついて仕方がなかった。

 だが、それと同時に胸の中に湧き上がってくる感情がある。それは、彼女に頼りきりになる自分の不甲斐なさに対する怒りでもあった。

 

 己は名も無いキャラクターであり、主人公ではないということを改めて突きつけられたかのようで無性に腹が立つ。だが同時に心のどこかではそれが当たり前だと当然のように理解している自分がいるのだ。

 今もこうして災難から逃れられた事を喜ぶ自分がいるし、彼女に対しての劣等感のようなものも拭えずにいる。

 

 今は親友であり、推しであるはずの希海を思う度に心がチクチクとするような痛みを。自分は一体どうしてしまったのだろうか。

 

 どうすればこの気持ちが収まるのだろうか。

 分からない。分かるはずもない。ただ、そんな自分に対して苛立ちを覚えてしまう。

 

 

「柴宮さんならきっと大丈夫だよ」

 

 

 わかっている、そんなこと。希海は強い。私の知っている誰よりも。でも、もしも万が一と言うことがあったら……。

 そう考えると心臓が締め付けられるような感覚が襲ってくる。

 

 希海のことは大事なことには変わりは無い。だったら、この痛みは何なのか。

 

 分からない。

 

 

「おいおい、初対面で嫌われてるんじゃねえよ」

「え!? 私何か変なことした? 悪かったら謝るから!」

「あ、いや、ちが、違うんです! ちょっと考え事してて……」

 

 

 考え事に没頭しすぎて、先輩方の呼び掛けにも応答できていなかったらしい。もしかすると私のせいで空気が悪くなってしまったのかもしれない。

 慌てて謝罪すると目の前の女子生徒は安堵した表情を見せた。それから彼女は、少し照れくさそうな様子で語り出す。

 

 

「そうだったんだ。それじゃあ私のこと嫌いになったとかじゃ……」

「ないですないです! そんな些細なことで嫌いになったりはしないです!」

「ってことは、なんかあったってことか?」

「え、ウソ!?」

「だから、ないですって!」

 

「おいお前ら、魔物が寄ってくるかもしれないだろ!」

「お願いだから時と場合を弁えて!」

 

 

 先行して移動する先輩二名のお叱りを受けて私達は揃いも揃って縮こまってしまう。

 しかしそれからは、先程までの緊張が解けたのか二人は私に気さくに話しかけてくるようになっていた。

 私も私で、あのままでは思考のドツボにハマって抜け出せなくなっていたのかもしれない。正直な話、先輩方には感謝しかない。

 

 

「それにしても、入学早々大変な目に遭っちゃったね」

「はは……、本当ですよ。まさか、いきなり本物の魔物が現れる魔巣窟に飛ばされるなんて思ってもみませんでした」

「でも、こうして無事に保護できた。本当に良かったわ。あ、そうだ。自己紹介がまだだったよね。私は桐葉っていうの」

「俺は早坂だ。困ったときは遠慮なく頼ってくれよ」

「わ、私は藤咲香苗です」

「短い間だけれども宜しくね、藤咲さん」

「はい、こちらこそよろしくお願いします」

 

 

 お互いに挨拶を交わしてからは、学園の事だったり冒険家の事だったりと雑談をおりまぜつつ、魔巣窟から無事に脱出を目指した。

 やがてたどり着いた臨時で組まれている仮設のキャンプでは阿鼻叫喚といった様相を呈しており、五体満足に魔巣窟から出ることのできなかった生徒も少なくなかったことが窺える。教師の指示に従って治療を受ける者や、怪我を負っていなくても精神的なショックでその場で座り込んでしまう者の姿も多く見受けられた。

 私は腕への小さな擦過傷や腰部への打撲程度で済んでいたので、比較的早くに解放され、今は他の無傷あるいは軽傷の生徒達と共にテント内で待機する事になっていた。

 一つ屋根の下に長く居れば他の生徒達の抱える不安や恐怖と言った感情か伝わってくるのは必然であり、私自身、未だに心のどこかに拭いきれないモヤつきのようなものを抱えていたのが再び顔を覗かせる。しかし、その度に私を助けてくれた希海の笑顔を思い浮かべて心を落ち着かせ、どうにか平静を保つ。

 そうして過ごしていると、いつの間にか時間は過ぎ去っていき、ようやく先生らしき大人がテントに入ってくることとなる。

 

 

「只今、全員の救助が確認された。幸い、死亡者はいなかったが、重傷者は十数名に及ぶ。

 現在、教員と上級生が手分けをして救護にあたっている。だが、まだ安心はできない。引き続き、君達はここで待機するように。

 

 それと、この後のことについて学園側から指示があると思うが、しばらくこのテント内で待っていてくれ」

 

 

 それだけを言い残し、見知らぬ顔の先生は足早にその場を後にしてしまう。残された生徒達は何とも言えない空気に包まれる。それは、安堵半分、これからの未来に対する不安が半分といったところだろう。

 原作知識を持つ私とて似たようなものだ。一年生の実地演習がこのようにして二年生である天城総司の参加する授業に関わるなど思いもしていなかった。本来であればこのような大事件は起こることはなく、通常のダンジョンアタックとして、日常パートのARPG要素の一つで流されるはず。

 

 だが、そうはならなかった。

 

 果たしてこの世界はどこまで私の知る『セイクレッドヘイブン』の世界と同じなのか。そして、今後どういった展開になるのか。

 その未来に対して出来ることがあればと、私は祈る――――。

*1
平面的な俯瞰視点に派手なエフェクトのものが比較対象となる。どちらが迫力あるかと聞かれるならば、結果は言わずもがな。




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