推しをラスボスにしないひとつの冴えた方法   作:ねこぶるふ

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閑話・ちっぽけな嫉みと弱虫

(ちょっとだけ、調子に乗りすぎたかな……)

 

 

 風森紀々はこれからどうするべきなのかと考えを巡らせている。香苗の逃亡を助力したのはいいものの、あそこまで派手に動く必要はなかったのかもしれない。よく考えてみれば香苗が逃げ切れるようサポートしながらの随伴だけでも良かったはずだった。

 だが、あのまま紀々が囮となって魔物を引き離さなければ、香苗は数分も耐えきれずに魔力切れで魔物の餌にされていたことだろう。

 守り切れるような技量もない紀々にはベターな選択だった。……はずだ。

 

 もっといい方法はあったかもしれない。だがよりよい方法を考えようにも既に後の祭りである。今の紀々には自分を正当化するしか道は残されていなかった。

 

 

(道中、他の魔物と会わなかったの良かったけれど……。香苗さんは無事、かな)

 

 

 自分の行動は正しかったはず。他に道はなかった。

 同じ状況になったなら、きっと彼も同じように動いたはず。

 

 

(……このまま、魔物が追跡をやめてくれればいいんですが)

 

 

 香苗を逃がしてからすでに10分程度が経過しようとしている。正面を切ってまともに戦っていれば多少魔力消費を抑えていたところで結果は見えていたはずだが、まさか幸いなことに草原の一角に林を見つけることが出来たのだ。

 今は紀々を探し続ける追跡者を何とか引き剥がすために木々が生い茂った奥へ入り込み、身を潜めている。もちろん、魔物の視界からも隠れるようにだ。

 しかし、相手は短時間でこちらの位置を突き止めて追い掛けてきているため、ここで上手く隠れたところで時間稼ぎにもならない。いずれここを突き止められるであろうことは目に見えていた。

 

 

(あの人みたいに、聖装(セイクレッド)に目覚められていられれば……!)

 

 

 窮地に追い込まれ、つい考えてしまったことが自分に見え隠れしていた感情の正体だと気付くまでに数秒ほど掛かった。

 紀々には香苗を助けたいという気持ちがあった。しかし、その裏には危機的状況に陥れば姉がそうなったように聖装を目覚めさせることが出来るのでは? という期待。いや、打算もあったのだろう。

 それが先ほどの一瞬だけ浮かんだ感情だったのだろうと今更ながらに自覚した。

 

 香苗の弱さを盾にして自分を犠牲にすることを正当化しようとしている。香苗を逃がした? たった一人で逃がしたところでどうなってしまう? 魔物に見つかってしまえば戦闘能力の低い香苗はまともな抵抗も出来ずに死んでしまうのが関の山だ。

 なぜ、そんな事にも気が付かなかったのか。

 なんて醜いのか。

 なんて汚らわしいのか。

 考えれば考えるほどに紀々は自分自身が許せなくなる。

 

 危機的状況というものはいつでも視野を狭くする。物事の善し悪しでもない、追いかけて来る魔物でもない。

 

 自分のエゴのために香苗を利用したという事実だけが紀々を追い詰めていた。

 

 

 ズシン、ズシン、と。

 

 

「ッ……!」

 

 

 重い音が響いたことで紀々は自分の思考が途切れたことを知る。同時に心臓が大きく跳ねたような錯覚を覚えた。音は徐々に近付いてくる。

 足音からして1体だろうか。

 

 追跡者(ケモノ)のものでは無い。これは、明らかに二足歩行するナニカによる足音だ。

 近づいてきたその音は一瞬止まる。

 

 

「ヴャゥッ……!」

 

 

 次の瞬間、狼に似た声が聞こえたかと思うと何かが木々にぶつかり、グシャリと潰されてしまう音がした。反射的に身構えてしまう。

 何が起きたのか。それは確認するまでもない。強い魔物がより強力な魔物に襲われた。それだけだ。

 

 冒険家として活躍していた両親から教えられたことのあるように、人の命が容易に奪われることなど魔巣窟ではよくある話。

 家族に冒険家への憧れを語る度にどれだけ聞かされたことだろうか。紀々は数えたことなど一度もなかった。

 

 

「……!」

 

 

 恐怖で喉の奥が引き攣りそうになる。身体も震えていた。手持ちの訓練用の魔具では太刀打ちできるだろうか。そもそも、おもちゃにも等しいもので、抵抗などできるものだろうか。

 

 不安が掻き立てられる間にも魔物の足音は止まらない。

 

 心臓が打ち鳴らす音も周囲の音を打ち消していまいそうな程にやけに煩い。

 ゆっくりとだが、音は確実に。着実に迫ってきている。

 

 紀々は息を殺すが、あらゆるものが煩く思える。

 そんな中でも必死に音を漏らさないようにする。

 

 少しでも気を抜いてしまえば、呼吸を荒くしてしまえば今にでも気付かれてしまいそう。そして、背後にはすぐ傍まで迫っている死の気配。

 それなのに、とても静かになってしまう。あれ程うるさかったのに、何も聞こえなくなる。

 まるで時間が止まったかのように。

 

 否、時が流れている感覚そのものが感じられない。

 紀々にとっての唯一の救いはこの場に誰もいないということだけだった。だから紀々がこの場でできることはただ一つ。

 風森紀々の後ろにいる存在が、通り過ぎて行くことを祈るだけ。

 

 そして。音は――――。

 

 

(離れて、行く……?)

 

 

 遠ざかっていく。

 紀々にはそれが分かった。

 

 振り返ることなど出来ない。振り向いて姿を確認する勇気もなかった。

 音を立てないように、紀々の体はただただ震えるのみ

 

 ホッとすると同時に、まだ生きていることへの安堵と、両親のような格好いい冒険家に憧れを抱いていたはずなのに、自分は何も出来なかった不甲斐なさがこみ上げてきた。

 

 

「ぁ、ぅあ……」

 

 

 涙が溢れ出てくる。

 まだ安全が確保出来た訳では無い。だが、助かったことで気が緩んでしまったのかもしれない。

 それに、紀々は今こうして泣いている場合ではないのだ。この事態を招いたのは紛れもなく自分であり、責任を取らなければならないと自覚している。

 

 

「ふぐっ、うぇ、ひっく」

 

 

 嗚咽が漏れ出てしまう。

 情けない。紀々はすぐにでも泣き止むべきだというのにそれがなかなか上手くいかない。

 

 

「……紀々ちゃん、だよね?」

「あな、たは……」

 

 

 草を掻き分ける音、そして声が聞こえる。

 それは優しそうな女性の声。少なくともあの場から逃げ出した香苗では無い。

 

 見覚えのあるような明るい灰のような髪の色をしたその女子生徒が覗き込むように紀々のことを見ていた。

 視界が霞んでいてはっきりと見えなかったが、その表情は紀々を心配しているように思えた。

 

 

「ほら、立てる? 手、貸すよ?」

 

 

 紀々は涙を拭って手を差し出した少女の顔を見る。

 助けに来てくれたのは同じクラスの少女、そして第一学年では唯一聖装を発現させていることで有名な人物。柴宮希海だった。

 紀々と同じチームを組んでいた香苗とかなり仲がいいようではあったものの、紀々とはそこまで接点はなかった。少なくとも紀々自身も希海とは積極的に仲を深めようなどと思ったこともなかった。

 

 そもそも、香苗とチームを組んだことだってあわよくば希海が聖装を発現させた状況を聞いてヒントを盗むことが出来れば良かった。

 

 

「もう大丈夫だよ、紀々ちゃん。後は私に任せて」

 

 

 紀々の手を取りながら希海がそう言った。目の前の人物が聖装を持っている事を知っているからか、力強く思える言葉だった。

 紀々は希海が触れた手を振り払うと一人で立ち上がって気休め程度に制服に付いた泥を払う。そして、すぐに自己嫌悪に苛まれる。

 

 

(何を今更、嫉妬なんか……)

 

 

 紀々はそう思いながらも目の前に立つクラスメイトを見る。希海は優しく微笑みかけてくれた。

 その笑顔を見ているだけで紀々の胸の奥底に沈んでいた不安感とか恐怖心が和らいでいくのが分かる。

 

 きっとそういった人柄というか、雰囲気が香苗とどこか似ているせいなのだろうかと紀々は思う。だからこそ希海は香苗と仲が良いんだろうなとも思った。

 

 

「……藤咲さんは?」

「香苗ちゃんなら私が助けたから、安心していいからね」

 

 

 香苗が助かっている。その報告は紀々を安心させるのに十分な要素だった。それだけでも自分が囮になった価値はあるし、危険な目に遭った事を気にしなくても良くなる。それに、一人で投げ出したなどという罪悪感から開放されたのだ。

 

 

「……ありがとう、ございます」

「ううん、気にしないで。私の方だって香苗ちゃんを守ってくれてありがとう、なんだよ?」

「そんなこと……」

 

 

 ない。と言いかけて紀々はその言葉を呑み込んだ。"ない"と言う返答は決して謙遜ではなかった。

 こうして自分も香苗も助かっている事は結果論に過ぎない。

 

 だが、その二文字を口にしてしまえば何かが終わってしまうような気がしたのだ。

 

 

「だから、ありがとう。紀々ちゃん」

「……」

 

 

 紀々は大人しく希海からの謝意を受け取ることにした。小さな反抗心か、声には出すことは無かったが小さく頷いて返事とした。それを見た希海は嬉しそうな顔をしていた。それは香苗を助けることが出来たからなのか、それとも直接紀々にお礼を言うことが出来たからなのか。それは分からないがとにかく嬉しそうだ。

 

 

(私って、弱いな)

 

 

 イレギュラーな状況に立ち向かっても尚笑顔をこぼす希海の姿を見て紀々は自分の弱さを痛感する。

 自分の身を守ることは出来てもチームメイトを救うことが出来なかった。

 だから、切り捨てた。その事が私の後ろ髪を引く。

 

 

「どうしたの? ほら、安全な場所まで送るんだから。もっと笑顔になって」

「……うん」

 

 

 紀々は無理矢理に笑みを浮かべる。ぎこちなさは否めない。

 

 それでも柴宮希海は満足してくれたのならば紀々はそれでよいと思った。

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