同盟上院議事録外伝~“準”交戦星域の経済復興記〜 作:ぱらさいと
――コリントス民主主義人民共和国首相ソニア・サラザール、第二次サラザール内閣発足時の所信表明演説より抜粋
※この小説はらいとすたっふルール2015年改訂版に従って作成しております。
※この小説は、兵部省の小役人氏による「同盟上院議事録~あるいは自由惑星同盟構成国民達の戦争~」の三次創作となります。
ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムが銀河連邦の腐乱死体――当時はそのように認定されたが、もしかするとまだ辛うじて生きながらえていたかも知れない――から創造した銀河帝国は“神聖不可侵なる至尊の御座”におわす皇帝の絶対統治によって成り立っているが、実際には“陛下の忠実なる臣下”たち貴族階級の飽くなき宮廷闘争と、これに巻き込まれた帝国軍の現実的な妥協によって運営されていることは言うに及ばない。
他方、『
この呪縛に対する決死の抵抗が同盟上院――同盟弁務官総会で繰り広げられてきた。
上院法秩序委員会は過去に類を見ないほどの荒れ模様となった。
交戦星域の各共和国弁務官から【帝国軍捕虜に対する強制労働】への非難が飛び出し、【フェザーン系企業に対する資産没収法案】について説明を求め、【無制限ミサイル艦作戦】なる海賊行為の即時停止を叫び、大規模建艦計画【ビザンツ・プロジェクト】への懸念を表明し、【民間商船を標的にした略奪行為】に対する謝罪と賠償を訴え、【亡命申請者への深刻な人権蹂躙】に対する調査団の派遣提案がなされ、【平和的反戦デモに対する武力鎮圧】の告発が行なわれる。
おそるべきことに
中継モニター越しに見守るヨブ・トリューヒニトは端正な顔に微笑とも冷笑ともとれる曖昧な表情を浮かべた。
――
アスターテ連邦共和国の後方、ドーリア星系の第三惑星コリントスに首都を置く交戦星域国家の一つである。
はじまりは宇宙歴570年代、“同盟軍”創設計画に基づく徹底的な情報統制下でドーリア星系に設置された閉鎖都市【サラミス79】にまで遡る。
銀河帝国との来たるべき
だが国家を維持するにあたって安定した市民経済を無視できず、この問題に対する解決策として軍需工場の完全無人化が求められた。『サラミス99』はいってしまえば実験都市であり、宇宙歴640年の『ダゴン星域会戦』で同盟軍が約25,000隻の艦艇を投入できたのもこの閉鎖都市で培われた造船技術によるところが大である。
以後も『民主主義の兵器廠』として同盟軍の屋台骨を支えてきたが、コルネリアスⅠ世の『大親征』で秘密のヴェールを暴かれるや容赦ない攻撃を受け工場機能の9割を喪失。戦災復興を経てなお、往年の巨大工場群は見る影もない。
同盟上院という戦場に交戦規定はない。弁務官たちは党派党略よりも自治共和国の利益を最優先に行動し、一見すれば複雑怪奇で曖昧模糊な戦いが繰り広げられている。
ただし――例外的に法秩序委員会では一つの
アルレスハイム王冠共和国が帝国系亡命者や捕虜の劣悪な待遇を非難し、デルメル平和共和国やフェザーン航路星域の国々がフェザーン資本への迫害に反発し、ヴァンフリート人民共和国やパランティア連合が国力にそぐわない軍備増強政策の見直しを求め、エル・ファシルやエルゴンは国内での人権侵害全般の真相究明と関係者の処罰を訴える。
上院外交委員会で矢面に立たされるコリントス共和国弁務官は決まって政治の素人である。
同盟上院で本国政府の声明を表明する能力さえあればよし。そういうスタンスなのだ。
それゆえに交戦星域の弁務官たちで形成された院内会派【民主主義の縦深】に属さず、どころか安全保障委員会に弁務官を送り込まないこともままある。そしてコリントス政府は伝統的にバーラト・エリートたちの嘯く『距離の防壁』理論を支持していた。ともすればバーラト首都圏の構成邦で形成された【自由の同志たち】に協調しているかというと、徹底した親軍路線や“大きな政府”としての共同体的ハイネセン主義はむしろ【縦深】に近い。
「えー、数々の質疑につきまして過去の答弁を繰り返す形になります点、まずは詫び申し上げます」
年齢も比較的どころでなく明らかに“若い”。
どう見積もっても四〇半ば、五十路ということはあり得ないように思われた。
後退した生え際と荒涼たるヴァンフリートの地表さながらな額に浮かぶ脂汗と冷や汗の混合物がいかにもさびれた地方役場の中間管理職という風情で、他の議員たちと比べても【密度】の軽さが著しいのは否めなかった。
おそらくこのような政争の場にも不慣れであろう。本国から高速通信で送りつけられた原稿をおそるおそる読み上げていく。
「あー、我が国は【コルネリアスの大侵攻】で経済基盤である当時として最新鋭の生産設備を失いまして、自国民すら食うや食わずの総貧困社会に陥っております。ええー、まことに残念ながら我が国には帝国系亡命者や捕虜を養うだけの経済的余力はございませんので、近隣友邦の皆様にはご協力をお願い申し上げる次第であります。
また、あー、失礼……帰化した帝国系市民たちは、アテナイ資源開発公社と雇用契約を結び無人衛星でのレアメタル採掘事業に従事しております。過酷な労働環境と高い負傷・死亡リスクについて事前に告知しておりぃ、賃金は法令を遵守した額で支払われておりますので、ご指摘の【強制労働】には当たらないものでございます……。
帝国軍情報部はフェザーン自治領を影響下に置き、ど……同盟経済への工作活動を展開してい……失礼、展開しておりまして、安全保障上の観点からもフェザーン系企業の国内活動に制限を設けることは、絶対的に必要不可欠であると721年度の乗員安全保障委員会で確認された通りですから、撤回の予定は当面ございませんことをご了承願います。
ほっ本法案は財務当局の厳正な調査によって判明したフェザーン系企業の天文学的額の脱税及びこれを成立せしめた租税回避スキームに対処するためのものでありまして、諸賢の懸念されております違法な資産没収を可能たらしめるものではございません。
第九次建艦計画『ビザンツ・プロジェクト』は国土回復計画に基づく『ペルセポリス工業地区』の再興と並行して進められておりまして、この予算につきましては財政委員会にてご説明申し上げました通りフェザーン企業から徴収いたしました課徴金をもって計上しております。
無制限ミサイル艦作戦につきましては宇宙海賊撲滅を主目的としておりますが、同時にサイオキシン麻薬密売ルートの遮断も兼ねておりましてですね、司法当局と軍部の合同作戦により麻薬シンジケートに協力する民間輸送会社の摘発に至った次第であります。
平和的デモは自由民主主義社会における全市民の基本的権利であり、我が国において市民に対し不当な弾圧が行なわれた事実は一度もなく、昨年11月の国立中央大学敷地内における機動隊投入及び大規模摘発は一部過激派セクトの暴力行為を鎮圧する目的により実行されたのであり、ついては『人権蹂躙には該当しない』と回答させていただきます」
ひとしきり答弁を終えたコリントスの弁務官は着席する。
はたして第26委員会室をいっときの沈黙が支配した。それは嵐の前の静けさであり『コルネリアスの大侵攻』もかくやという猛抗議が恒星フレアのごとく吹き荒れると、間もなくトリューニヒトは中継モニターの電源を切った。
今度こそ冷笑を隠さずにすらりと伸びたしなやかな脚を組み直す。
一挙手一投足に芝居がかった印象を与えるが、そんなあからさまに計算された演出さえ彼の巧みな弁舌と組み合わさればいともたやすく聴衆を熱狂させる。同時に凡愚ならざる輩には一層の嫌悪感と不信感とをひとしく植えつけるのだが、世の多数派に類する善良な人々はいつだって愚かしいのである。