同盟上院議事録外伝~“準”交戦星域の経済復興記〜 作:ぱらさいと
画一的で無味乾燥としたデザインのビルディングが建ち並ぶ。
コリントス民主主義人民共和国はどこに行ってもこのような風景が続く。ハイネセンポリスの高級住宅街では様々な建築様式の豪邸が建ち並ぶものだが、かつて閉鎖都市として建設された共和国首都アクロポリスのチェス盤を元にした格子状の都市区画に、まったく同じ外観の建築物が整然として収められている。
博物学的な“歴史”や“文化”といったものを徹底して削ぎ落とした景観は、かつて閉鎖都市であった時代を色濃く反映している。機能性のみが追求され、あらゆる市民生活が効率化された近未来的な景観は首都圏星域にも引けをとらない。
マツノセ・タツミ捜査官はドローン運搬用コンテナに腰掛け、秋の微風に吹かれながら時代遅れの紙巻き煙草をふかしいる。掌中の携帯端末で報道番組をながす様子はまったく落ち着き払っていた。殺人現場のまっただなかにあってこの振る舞いは冷淡を通りこして無神経にすぎた。それを白眼視する部下たちのことなど意に介さないので、なかなか現場を任されないでいる。組織が要求する効率的な業務を遂行するにあたってタツミは人間関係のもたらす影響を軽視しているのだ。
ダークグレイのトレンチコートにくるんだ背中を丸める頭上では報道用ドローンがせわしなく飛び交う。警察の規制用ドローンがしきりに警告を発しながら規制エリアを形成していく。おそらくフリーランスのカメラマンたちが飛ばしているのだろう。多少手荒なマネをしたところで、大手メディアの放り投げたエサに群がって生き延びているような輩だ。大挙して押しかけてこないだけでもわきまえている。もしもこちらの温情を無視して食い意地を張るなら即座に捜査妨害で検挙、ドローンを証拠物件として押収することだって出来る。
ああいう連中には彼らなりの情報網があって、警察関係者の中には一種の共生関係を形成することで独自の操作スタイルを確立している輩も少なくない。いかに都市機能や警察機構がハイテク化されたところで最終的には人間が動かねばならないのである。それは銀河連邦時代よりも昔から変わっておらず、自他ともに認めるアナログな人種であるタツミにとって煩雑な電子機器よりも利便性で優れてすらいる。けれども妙な潔癖性のために半ばアングラな社会に存在する人々を毛嫌いしているから、同僚や部下との協調も望めなければ独自の情報収集も困難という、極めて致命的な欠陥を抱える羽目に陥っている。
にも関わらず上層部がタツミに本案件を任せたのは彼なりの人脈に期待してのことである。
そもそも被害者というのが極めつけに厄介な存在であり今ごろは政府首脳さえ頭痛薬を欲しているに違いないのだ。遺体が発見されたのは都市清掃用ドローンの管理を委託されている民間業者のドローン整備用ステーションで、シグナルロストした機体を回収、ダストボックスを取り外したところ、無数に解体された人体の一部が遺棄されていたというのである。遺伝子鑑定の結果、遺体は首都星域を中心に躍進著しい急進左派政党『反戦市民連合』を熱烈に支持する著名なジャーナリストであった。
ほとんど党公認の報道官のような人物であったようにタツミも記憶している。
これがハイネセンポリスで発生していたのならいざしらず。コリントス民主主義人民共和国は超強硬な反帝国・親軍右派の主義が根強い。そうでなくとも近隣の所謂『交戦星域』に属する同盟構成邦とも捕虜の扱いや国防方針を巡って散々に火花を散らしている。自由惑星同盟内にほとんど味方のいない共和国にあって反戦・反軍を標榜する左翼アジテーターが惨殺されたという事実は、もはや治安上の懸念のみならず政治的動乱の可能性さえ予想せざるを得ないのだ。
ならばこそタツミのコネはこのような状況下で有用と判断されたのだった。
背後から「ゴホン」とわざとらしい咳払いが聞こえた。振り返る動作すら疎んで、タツミは「またアンタかい」とわざとらしく辟易した風に吐き捨てた。送り込まれてきた相手が誰であるかなど声を聞けばすぐに分かる。自分とさほど変わらぬ歳だろうに随分と若々しく、しかも大層な長身なのでかなり上から届くのだ。
先方は「おかわりないようで安心しました。煙草の趣味もお可愛らしいままですね」と笑っている。それも面白くない。口元が寂しくなるとガム代わりに買ってしまう。そのくせ味覚は十代半ばのままだからフィルターに甘ったるい人工甘味料を染み込ませたものばかり嗜んでいる。おかげで喫煙所でも嫌われている。断りもなく隣に腰掛けた女性捜査官はジャケットの裡からこれまた古風な紙巻き煙草のパッケージを取り出した。一本目をくわえたところで「あ」と何かに気づいてタツミの方を向く。
「ごめんなさい、ライター貸してくれませんか?」
「んなもん現場来る前に買ってこいよ。あんだろ店くらい」
「ああ、今回もまたやっちゃいました。どうしていつも忘れるんでしょう」
「別にいいけどな。そう言うと思って予備持ち歩いてるから。ホレ」
いかにも安価な使い捨てライターは女性捜査官の髪と同じ眩いほどのスノーホワイトであった。押しつけるように手渡されるとひどく慣れた動作で煙草に火を点ける。煙をめいいっぱいに肺まで吸い込みゆっくりと吐き出す。昨今の
「中央警察も興味津々なんだな。そりゃそうに決まってるか」
「もちろんですとも。おかげで私は休日返上、飲み会も辞退したのです」
「禁酒しなさいよ禁酒。そのうち肝臓やられて死ぬよアンタ」
「アルコールは健康の敵かもしれませんが、神は敵を愛せと仰いました」
「頼むから節制してくれ。ゾイデルさんよ、オレはアンタと末永く友人でいたいんだ」
ようやく吸い終えたトロピカルフレーバーの煙草を女性捜査官の携帯灰皿へ落とす。これもお互いにいつもの挨拶になっている。ひとしきりの儀式を済ませると、タツミはいかにも億劫だと言わんばかりに重々しく、女性捜査官はパンツスーツ姿には不釣り合いなほど上品な所作で、同時にゆっくりと立ち上がる。
弛緩した空気は大気圏外へと追いやられた。
いい加減に締められたネクタイを白くなめらかな指で整え、柔らかなホワイトブロンドの枝毛を深爪気味の手でそっと撫でる。いよいよ敬礼とともに気乗りしない組織人としての挨拶を手早く済ませてしまう。
「マツノセ・タツミ捜査官であります。前回に引き続き、本件でも多大な尽力を賜れますこと、心から感謝します」
「シャルロット・ゾイデル捜査官、現刻をもって捜査本部に合流いたします。ご指導ご領導のほどよろしくお願いいたします」
今まで公私ともに幾度となく交流を重ねていながらこのような挨拶をせねばならない。
国家組織に属し、国民の僕たる誓いを立て、滅私奉公の精神を以て職務に精励する我が身の不幸と幸運とで二人の胸中は複雑怪奇にさざめくのである。