薄暗い森の中。動物が歩いたからできた様な整備されていない道を黒いポニーテールの女性が一人で歩いている。その女性は辺りをキョロキョロと見回しているところを見ると、きっと迷ってしまったのであろう。そしてその女性とは私の事だ。
私は小さい時から疑問を持っていた。なぜ街の外は危険と言われているのか?大きくなるに連れて、妖怪と言う人間を襲う危険な存在が生息しているからだと私は知る。そしていつからか、私の夢は外の世界の生態を調べ図鑑を作り外の世界を解明したい、と言う物になっていた。
街に妖怪が入ってこないか見張りをしている人たちと2年かけて仲良くなり、遂に私は街の外へ内緒で行くことを許可してもらえた。しかし街の外へ出てつい興奮してしまった私は気がついた時にはもう迷っていた。
後先考えずに行動する性格は危険であるから気をつけなければいけないなーなんて反省しながらも、私は草むらをかき分け前に進む。しばらく進むと太陽の光が一筋、薄暗い森中に差し込んできている事に気がついた。もしかして整備されている道に出るかも!と若干興奮しながら私はそこを目指し、太陽の光が差し込む場所に飛び出した。
「……あれ?」
私はついそんな事を呟いていた。そこには整備された道じゃなくて4メートル程の高さがある大きな岩しかなかった。私はその岩の前に立ち、何と無く表面を触ってみる。
「暖かい……」
太陽の光に常に晒されているせいか、優しい温もりをこの岩から感じる。私は岩から手を離し周りを一周してみたけれどもどうやら他には何も無さそうだ。私は少し残念と思いながら空を見上げてみると、岩の上で九本の尻尾を揺らしながら気持ち良さそうに寝ている青年がいることに気がついた。髪の毛と尻尾の色が黄色のせいか、太陽の光でそれが輝いている風に見える。なんて神秘的な光景なのだろうと私はその存在に魅入ってしまい、しばらくじーっと見続けているとそれは目を覚ました。まだほわわんとした表情で自分の尻尾の毛並みを舌で舐めて整えている光景はとても愛らしかった。しばらく尻尾の毛並みを整えていたそれは、私の存在に気がついた為か私の顔をじっと見つめ始めた。負けじとそれの顔を見続けているとそれは突然ぴょんと岩の上からジャンプして私の横に着地する。
「……人間?」
それは私の様な人間と同じ言葉を使って質問をするのと同時に私の上着に顔を近づけて匂いを鼻で嗅いだり舐めたりしていた。
「かと言うあなたは妖怪?」
「うん。この尻尾と耳が証拠だよ」
「この尻尾は……狐の妖怪?」
それは後ろを向いて九本の尻尾を私に見せてくれたので、尻尾を触りながら質問するとそれはくすぐったそうにしていたから、その事に気がついた私はすぐに手を引っ込めた。
「そう!俺は美音って狐の一族の妖怪なんだ!」
それ……美音は誇らしげに腰に両手を当てて胸を張る。妖怪にも一族があるんだ、何て事に私は驚きを隠せないでいたのと同時に感動すら覚えていた。
「それにしても人間なんて初めて見た」
美音は私の事をまじまじと見つめるのでなんだか恥ずかしい。しかし私は道に迷っている事をふと思い出した。思い切って道案内を頼んでみる事にした私が声をかけると美音は不思議そうに首を横に傾げる。
「迷ってしまったから街の方まで案内してくれない……かな?」
「うーん……良いよ!それじゃあついて来て!」
美音は顎に手を当てながら考え始めたけれど直ぐに首を縦に振ってから尻尾を楽しそうに振って歩き始めた。私は姿を見失わない様に少し早歩きでその後を追う。しばらく歩くと私たちは見知った道に出た。
「こっから先はわからないんだ……」
「いえいえ!ここから先は分かりますし本当に助かりました!」
美音は申し訳なさそうに俯くので、両手で顔を上げさせた後に私は頭を深く下げてお礼をした。
「……なんで頭を下げているの?」
どうやら私が頭を下げた理由が分からないのか美音は不思議そうに首を傾げていた。私はその姿を見て奇妙な事を思いついた。
「ねえ明日も会えないかな?」
辺り一面に涼しい風が吹き、それは草木と一緒に私のポニーテールと美音の尻尾を靡かせた。
私は先ほどの美音が放った言葉で、さらに妖怪と言うものに興味を得た。人と妖怪の文化の違いを知りたい、何より美音ともっと話したいと私は強く思っていた。
「いいよ!俺はいつでもさっきのところで寝ているからさ!それに人間の事ももっと知りたいし!」
どうやら美音も私と同じように人間と言うものに興味を得ていたみたいだ。もしも彼に人間への興味が無かったら妖怪の事を知るなんて不可能だったから好都合だ、なんて思ったりする。
「ところで君の名前は?」
「私の名前は菊花!あなたの名前は?」
「俺は美音 慶!よろしくね!」
私は自己紹介をしたので、握手をする為に右手を差し出した。けれども慶はやはり意味が分からないようで私の右手を凝視していた。
「俺はどうすればいいのかな?」
「とりあえず私の手を右手で握っておけばいいのよ」
「ふーん」
慶は私の右手をぎゅっと握った。妖怪も人間と同じで暖かい、なんてロマンチックな事を考えていたけれど、慶は握る強さをどんどん強くしていくので私は瞳に涙が溜まるのを感じた。
「痛いからちょっと離してくれないかな?」
「あっ!ご、ごめんね」
「いいって!分からなかったんでしょ?」
慶は慌てて手を離してくれたので私は手を摩りながらも笑顔を作り、しょんぼりしている彼の頭を犬を撫でる様に左手で撫でた。
「じゃあ……明日会った時にいろいろ教えてくれないかな?」
耳をピコピコ動かしながら上目遣いで私を見てくる慶を抱きしめたいと思う衝動を必死に押さえて私は一歩二歩と距離を取る。
「もちろんよ!また明日!」
「また明日!」
私はこれ以上一緒にいると離れられなくなると考えた。また明日会えるから今日は街に帰る。私は慶に手を振りながら街に向かって歩いていく。
「明日からの今までとは違う生活を少し妄想してみようかしら。さっきまでいた大きな岩の前で慶と二人っきりであんなこんな事を……」
私が頭の中でピンク色の妄想を繰り広げていると周りの背景が突然鏡のように音を立てて割れる。
「何!?一体なんなの!?」
私は突然の事態に訳が分からなくなって自分の身体ははっきりと見えるけれど周りの背景は全く見えないと言う真っ暗な空間の中をあたふたする。しばらくすると私は何かに躓き転んでしまった。
「いたた……一体何なのよ……」
私は立ち上がらずに何に躓いたのか確認する為に振り向く。そこには先ほどまで一緒に会話をしていた慶が倒れていた。私は這いつくばるように慶に近づいて身体を揺さぶる。何か生暖かい感じがすると思い震える自分の手を見ると、手は血で真っ赤に染まっていた。
◇
「いやぁぁぁ!!」
とある病院の一室で菊花は叫びながら目を覚ました。同じ病室にいて仕事の調子などを話していた私と夫は突然の事に身体がビクッとしてしまった。
「どうしたの菊花?」
私は隣のベッドの上で呼吸が乱れている菊花に声をかける。幸い、この病室には3人しかいないので周りの目線などは気にしなくても良かった。
「はぁはぁ……夢?」
菊花は頭に手を当てながら周りを見渡している。この様子を見るとどうやらとても怖い夢を見てしまったのだろう。
「ねえあなた。菊花にタオルを渡してあげてちょうだい」
「ん、分かった」
「えっと……何に使えばいいのこれ?」
私の夫はタオルを一枚棚から取り出して菊花に渡すと、それを受け取った彼女は不思議そうにタオルを見ている。どうやら自分の状態がよく分かっていないらしい。
「自分の身体をよく見てみなさい。汗だくだから」
「あっ……」
夫は菊花の肌を見ない為か病室から一度離れた後に菊花は着ている服を脱いで自分の汗をタオルで拭き始めた。
「どんな夢を見ていたの?」
「うーん……覚えてない」
「え?」
きっと話したくないと言うだろうと想像しながら身体の汗を拭く菊花に質問してみたが、彼女は想像していた物の斜め上な答えをしたので私は一瞬戸惑ってしまう。
「ついさっきまでは覚えていたんだけど……うーん……」
「そんなに無理して思い出そうとしなくてもいいと思うわよ?」
悲鳴をあげてしまう程の夢はむしろ忘れてしまった方が幸せなのかもしれない。菊花も同じことを考えたのか思い出すのをやめたようだ。
「変にストレスを溜め込んじゃうとお腹の中の子に悪影響を与えちゃうわよね」
菊花は自分の大きくなったお腹を優しく撫でながら笑っていた。そもそもなぜ私達は入院生活をしているのか?答えは簡単である。私と菊花の出産予定日が近づいてきたからだ。そして、菊花の子供の為に私は夫に頼んでまるまるこの病室を買うという芸当をやってのけた。
半妖である菊花の子供がもしも一般人の目に触れてしまったら?もしもそれが酷く妖怪を毛嫌いしている人だったら?運が悪ければ殺されてしまうだろう。それを考えた私はここまで大掛かりな事をやろうと思ったのだ。
「菊花さん、替えの服を持ってきましたよ」
汗で先ほどまで着ていた服が濡れてしまったと考えたのか私の夫は一枚の服を手に持った状態で病室に入ってきて菊花に服を渡した。菊花は渡された服の袖に腕を通す。
「ありがとうございます八意さん」
「柚希も八意なんですから私の事は×××と呼んでくださいよ」
菊花は夫にお礼をすると夫は菊花を見ないように明後日の方向を見ながら手をひらひらと振っていたが、突然何かを思い出したのか指を鳴らして私の方を見る。
「そうだ柚希。娘の名前は××にしない?」
私はそれを聞いた瞬間に今まで夫に見せた事もない程の嫌な顔をしていただろう。菊花ですら私の顔を見て苦笑いをしている。
「な、なんでそんな顔をしているのかな?」
「逆に聞くけどなんでそんな科学者みたいな名前を娘につけようと思ったの?」
「うっ……」
「男の子なら良いと思うわよ?でもなんで女の子って分かっているにも関わらずそんな名前にしようと考えたの?」
「ごめんなさい……」
私の豹変に戸惑っている夫に次々と追い打ちをかけていく。菊花は私をもうやめてあげたら?と言いたげな目で見ているがまだやめる訳にはいかない。
「だから名前は永琳にしましょう。そっちの方が女の子らしいでしょ?」
「はい……とっても素晴らしいお名前です」
勝った!と私は心の中で叫んだ。何故執拗に夫を責めたかと言うと、この名前を娘につけてあげたかったからだ。本当は夫が付ける名前なら何でもよかったと考えていたが先ほどの名前だけはあんまりだ。
「じゃあ私達の娘の名前は八意永琳で決定よ」
それを聞いた菊花はパチパチと手を叩き始めた。夫は今にも体育座りをしそうな程しょんぼりしている。後で目一杯甘えてあげれば機嫌は良くなるのかしら?
「子供の名前か……」
菊花が私達を見ながらボソッと何かを言ったのが聞こえた。
「私はふみやってつける」
「ふみやってこう書くやつ?」
私はメモ帳に「郁哉」と書いて菊花に投げて渡した。菊花はキャッチしてそれに書いてある字を見ると首を横に振る。
「違う違う。こう書くの」
菊花はそのメモ帳に二文字書いてそれを私に投げた。私はそれをキャッチしてメモ帳を見ると、そこには「文夜」と書いてあった。
「文……つまり手紙の事。それもただの手紙じゃない。あなたが好きって内容の素敵なもの」
菊花はうっとりした顔で語り始めたので私はそれを夫と一緒に聞く。
「そしてそれは夜の月明かりに照らされた場所で渡される……そんな描写が頭の中を横切ったから文夜ってつけたいと思ったの」
私も夫もおそらく同じ事を考えているだろう。なんてロマンチストであろうかと。そしてそれが頭の中を横切ったのは一度体験したからではないか?と私は考えた。しかし、それは口には出さない。何故なら私は菊花の口から子供の父親の事を一度も聞いたことが無ければ会った事もない。ただ忙しいだけなのかもしれないが、既にこの世には存在しない可能性もある。どちらにせよ菊花を傷つけてしまう可能性があるから私は何も言わない。
「素敵な由来ね。きっとあなたの子供はロマンチストになるわよ」
「私もロマンチストだからきっとなるわよ!」
「おっと!そろそろ会議の時間だから今日は失礼させてもらうよ」
ロマンチストだと自覚があったようで菊花は最高の笑顔で答えてくれた。すると時計を見た夫は床に置いていた自分のバッグを持って携帯電話を片手に持つ。
「明日も来てよね?」
「もちろんだよ」
「いってらっしゃーい」
菊花は手を振ると、夫も手を振りかえして病室から出て行った。足音から小走りをしているのが分かる。会議の時間ギリギリまで一緒に居てくれたのかと思うと彼の愛が伝わってくるように思えた。
「夕食まで少し時間があるし……何をしましょうか?」
「そうね、自分の子供の将来像を想像してみない?」
「良いわね!それじゃまず私から……」
私と菊花は食事の時間までたわいもない会話を楽しんだ。一週間後、私の娘は無事に産まれた。夫だけではなく、菊花も自分の事のように喜び泣いてくれた。
その二日後に菊花の息子は産まれたが立ち会った人には半妖である事が暴露てしまったと言う問題があった。そこで私は口止め料として立ち会った人にある程度の金を積むと皆、喜んで金を受け取った。所詮金さえあれば人すらもコントロールできてしまうのかと人間と言うものに失望してしまった感じがしたけれどもそんな事は自分と親友の子供の可愛らしい寝顔を見るだけでどうでも良いとすら思えた。親友がいて、愛する夫と娘がいる。それだけで私はとっても幸せなのだから。
〜とある大学の研究室〜
蓮「ねえメリー。なんでこの部屋暑いの?」
メ「さっき事務所のおじさんがここのエアコンだけ壊れてるって言ってたわよ」
蓮「なんでここだけなのよ!もっと他の部屋のエアコンが壊れなさいよ!」
メ「私に言われても困るわよ……」
蓮「全く……そういえば×××と××ってなんなの?」
メ「それ?ただの名前よ」
蓮「どうやって発音するのよ」
メ「今の人間じゃ確実に発音できないみたいよ」
蓮「当時の人にしかわからない言葉……何か魅力的ね。私達もそう言うのを作ってみましょう!」
メ「例えば?」
蓮「そうね……〜〜〜!!」
メ「え?今なんて言ったの?」
蓮「ふっふーん!人間が聞き取れない周波数の声で蓮子って言ってみたのよ!」
メ「人間が聞き取れないんじゃダメじゃない」
蓮「し、しまったー!!」
メ「そんな特技があるならもっと別の事に有効活用しなさいよ」
蓮「有効活用って言っても犬が何故か寄ってくる位しかねー」
メ「犬が寄ってきたから何よって話になるわね」
蓮「そうそれ!それなのよ!私って犬があまり好きじゃないのよ!」
メ「あら?それは初耳ね」
蓮「だって誰にも言った事なかったんだもん!」
メ「……すごくどうでも良い」
蓮「はぁはぁ……興奮しすぎて余計暑くなってきた……」
メ「なら今日は早めに帰りましょうか」
蓮「そうね……帰ったら水を頭から被りましょう」
メ「心臓発作を起こさないでね?」
蓮「さすがにそこまでマヌケじゃないわよ私!」