【完結】僕のデザイアグランプリ   作:鮫田鎮元斎

31 / 66
気が付けば逆境編も6話目です。
……え、もうそんなに……?
キャラ数が多いとどうしても分量が増えてしまいますね……












31 逆境Ⅵ/怒りを制する

――――

――

 

 ――十一年前。

 

 狐――エースが狐火に拾われてから一年が経とうとしていた。

 

「ねえ、この人って、だれ……?」

 

 部屋の片隅に置かれた仏壇。そこには位牌と写真――狐のような容姿の少女が映ったものだ――が収められていた。

 狐火は毎朝欠かさずに線香をあげており、彼にとって大事な人であることは確かだった。

 

「……娘さ」

 

 エースの問いに狐火は悲しそうに答える。

 

「へっ……もっと早く聞かれるかと思ってたんだけどな」

 

 狐火は悲しさを紛らわすように鼻で笑う。しかし彼の表情は引きつっていた。

 

「娘、さん?」

「ああ……4年、いやもう5年前になるのか。ヴ(・)ィ(・)ラ(・)ン(・)に(・)殺(・)さ(・)れ(・)ち(・)ま(・)っ(・)た(・)んだ」

「ッ!」

 

 エースは申し訳なさそうに顔を伏せる。

 聞いてはいけないことを聞いてしまったようだった。

 

「なんて顔してんだ! ……おめぇとあった日が、娘の命日だったのさ」

 

 狐火は遠い目になる。

 

「……デザイナーになるのが夢でな、ノートの隅っこによく落書きてたもんだ」

 

 狐火の娘――名前は魂(こん)と言った。

 個性は狐――エースよりも狐に近い容姿の異形型個性だった。

 

「……いつか、世界一有名なデザイナーになって、その仕事で稼いだ金でよっ……じぶんみてぇな、“異形”のこせいを、もっている奴を……たすけてやりてぇって」

 

 超常社会、個性と呼ばれる力が一般に浸透してから時を経てなお解決しない問題があった。

 ――異形差別。

 個性の中でも特に人(・)か(・)ら(・)大(・)き(・)く(・)か(・)け(・)離(・)れ(・)た(・)容姿となる個性を“異形型”の個性と呼ぶ。

 動物が人間の姿を借りているように見える個性、腕や足がいくつも生えている個性、恐怖心を掻き立てるような歪な容姿となる個性――そういった個性は総じて異形型の個性と呼ばれる。

 異形型個性を発現させた者の人生は過酷と言わざるを得ない。

 そういった“人ならざる姿”に不寛容な地方では大々的に異形排斥が行われ、そうでない都心部でも大なり小なりの差別が横行しているのが現実である。

 

「……そんな、いい子だったのによォ……なんで殺されなきゃならなかった……ッ!」

 

 狐火は歯を食いしばりながら、両の瞳から大粒の涙をこぼす。

 彼の娘、魂(こん)はヴィランによって殺害されてしまう。

 異(・)形(・)型(・)個(・)性(・)の(・)者(・)の(・)み(・)を(・)狙(・)う(・)連(・)続(・)殺(・)人(・)犯(・)。

 犯人は異形型個性に対し並々ならぬ差別意識を抱いており、ヘイトスピーチ行為で複数回の逮捕歴があった。

 “異形型個性は人間ではない”、をスローガンに抱え差別行為に勤しみ、ある時を境にその差別意識が暴走。人を殺めるに至ったのである。

 時に亡骸を残酷なまでに痛めつけ、時に自らの劣情を叩きつけて辱めてから殺害した。

 

「……仇討ち、しようと思ってる?」

「できたら、してたかもな……」

 

 だが犯人の動機は定かにならないまま事件は終結する。

 魂が殺害されたその日、犯人はとある男と遭遇する。その男の名は出水 聖拳――かつてヴィジランテ行為をしていた男だ。

 辱められた末に殺され、あまつさえ亡骸を痛めつけて喜ぶ犯人に聖拳は激昂し、その拳を振るった。

 殴られてもなお自分の犯行を自慢するかのようだった犯人に聖拳は歯止めが効かなくなり、やがて死に至らしめてしまった。

 

「通りすがりの爺さんに殺されちまったらしい。ま、自業自得、ってやつだな……!」

 

 狐火はとめどなくあふれる涙を押さえる。

 なぜ娘が殺された後なのか、殺される前に犯人を懲らしめてくれなかったのか、今でも彼は思い続けていた。

 エースはそんな彼を慰めてあげようとぎゅっ、と抱きしめてあげる。

 

「へへっ……いっちょ前に心配か? このやろっ!」

「わわっ!」

 

 狐火は涙をこぼしつつも、エースの頭をわしゃわしゃと撫でる。

 

「去年、墓の前でおめぇと会ったとき……娘が――コンが蘇ったと思った」

 

 エースもまた、狐のような容姿をしている。

 彼の娘ほど狐らしさは少ないが、兄妹と言えば誰もが信じそうなほど似通っていた。

 

「……正直、生きてる意味が分かんなくなってた。自分で死ぬ度胸もねぇし、何より後を追ったらコンが悲しむ。なんの生きがいもなくだらだらと生きていたよ」

 

 今度はエースが抱きしめ返された。

 

「ありがとな、エース。おめぇのおかげで、生きる意味を見つけられた。おめぇは、俺の娘も同然だ!」

 

 エースの瞳に涙がにじむ。

 いままで生まれてきた理由が分からなかった。

 いろんな人から罵声を浴びせられ、化け狐だと忌み嫌われてきた半生。

 挙句の果てに封印され、本当に自分は生まれてきてよかったのかと思った。

 

「わたし、こそ……拾ってくれて、ありがとう」

 

 でもきっと、今日この日のために生まれてきたのかもしれない。

 

「なんだ、救われたのはお互いさまってことだ……!」

 

 狐火はエースの頭を撫で微笑む。

 そしてふと思い出したように立ち上がると台所の方へ消える。

 エースが不思議に思い待っていると、彼はケーキを片手に戻ってくる。

 

「おめぇと出会って今日で丁度一年。誕生日が分からねぇから、出会った日が誕生日だ!」

 

 イチゴの乗ったホールケーキ。

 真っ白なクリームが塗りたくられ、ぐるりと囲むようにイチゴが配置されている。

 ケーキのど真ん中には一本、大き目な蝋燭が挿してある。

 

「……これ、仏壇のろうそく?」

「うっ……もらうの忘れちまったんだよ。ま、こまけぇことは気にすんなって!」

 

 狐火は蝋燭に火をつけるとオンチ丸出しで誕生日の歌を歌い始める。

 下手くそだが心のこもった歌声に、エースは思わず頬を緩ませる。

 

「――誕生日おめでとう、エース!」

「……ふふっ! ありがとう……」

 

 エースは満面の笑みで、蝋燭の火を吹き消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――

――

 

 デザイアグランプリ第一回戦、ヒーロー狩り。

 悪辣なゲームを5人のライダーが勝ち抜ける。

 勝ち抜けた者達は各々、次のゲームに備えて英気を養っていた。

 

「――す、すごい……!」

 

 八百万家の庭では緑谷が近未来的なボディスーツを身にまとっていた。

 彼の着用しているスーツは周が開発した“戦闘支援服”――周を体育祭の優勝へと導いたスーツだった。

 

「……あとはこれをかけろ」

 

 緑谷は胸の高鳴りを押さえつつ受け取ったグラスをかける。

 サングラスの様に視界が曇っていたが、やがてクリアになりレンズには様々な情報が表示され始める。

 

「……ん、じゃあたしと。言っとくけど、そんなスーツ着たところで勝てると思わないことね」

 

 相対するは牛込。セミロングの髪を後ろで縛りつつ緑谷と対峙する。

 

「っこれでも、ヒーロー科なので!」

「……そ。じゃ、あたしを鍛えてよ――ヒーローの卵さん?」

 

 牛込は掌を差し出し、指先を曲げて挑発する。

 その行動を敵対の証と捉えたのか、緑谷のかけるグラスに行動指示が表示される。

 

(わっ体が勝手に――)

 

 その指示に従ってスーツが緑谷の体を勝手に動かし始める。一直線に牛込の方へ駆けていく。

 彼女は腰を落としつつ迎撃の体勢となる。

 

「ウグッ!?」

 

 グラスに表示される指示が急に変更され、緑谷の動きとスーツの動きが食い違い、彼は潰された蛙のような情けない声を上げる。

 牛込はそれを好機ととらえ突進する。

 緑谷はそれを右に跳んでよけようとするも、グラスのAIは左に避けろと指示を出し左への回避行動を強制する。

 

「いったたたた!?」

「は……?」

 

 下半身は右に、上半身は左へ、まるで音楽記号のf(フォルテ)を思わせる体になっている緑谷を前に牛込は困惑し急ブレーキをかけるも、人間の体はそう簡単に止まれない。

 

「わっ」

「きゃっ!」

 

 二人はもつれあうように転がり合い、牛込が緑谷を押し倒したような形となってしまう。

 AIはその行動も戦闘の一環と判断し、緑谷の腕を動かし牛込をつき飛ばそうと動く。

 

 ――むにゅ。

 

 その手が、慎ましいながらも確かにある牛込の胸にめり込む。

 まさしくラッキースケベである。あくまで緑谷はAIの指示した動きをなぞらされただけで、彼にそういったやましい気持ちは一切ない。

 

「~~~~ッッ!!」

 

 だが急に胸を触られ平静でいられる女性は少数派だろう。

 牛込は顔を急速に真っ赤に染め上げると、思い切り緑谷に平手を振り下ろした。

 銃声のような、強烈な破裂音が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――

 

「……あの、周さんのサポートアイテムを試してらした……んですのよね?」

 

 紅茶をいれていた八百万は、左ほおを真っ赤に腫れ上がらせた緑谷を見て困惑していた。

 

「ひ(い)、ひほひほほあっへ(いろいろとあって)」

 

 緑谷ははたかれた頬を氷嚢で冷やしながらソファへ腰を下ろす。

 行為の張本人である牛込は拗ねたように寝室へ戻っていた。

 

「……ま、こうなるとは思っていたが」

「な、なら先に言ってくださいよ……」

 

 周はカップを受け取ると中身を一息で飲み干す。

 

「……そもそもあれはAIに同調し、出された指示に従えなければ真価を発揮できない。当然、オファーしてくれたサポート会社はなかったさ」

 

 緑谷は身に染みて実感していた。

 AIの指示と自分の思考が一致している分には問題がなかった。

 だがひとたび噛み合わなくなるとドミノ倒しのように行動の齟齬が連鎖していき、やがて動きが破綻してしまう。

 牛込の平手打ちでグラスが外れたことで組手は有耶無耶となったが、もしあのまま戦闘が続行していれば、緑谷の肉体はボロボロになってしまっていたに違いない。

 

「……ま、一人いたんだがな。こんな俺の発明を見て、支援をしたいってやつが、な」

 

 周は懐かしむようにつぶやくと、カップを静かに置く。

 

「……買い出しに行ってくる。こんな状況だが、やっている店もあるはずだ」

 

 緑谷が問いかけようとするも、周はそれを察知したのか先んじて部屋を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――

――

 

『……よし、一人脱落』

 

 タ(・)イ(・)ク(・)ー(・)ン(・)はスパイダーフォンを片手に愉快そうにつぶやく。

 かつて、その仮面にあった正義の心は失われ、この先如何に勝ち抜くかにしか頭になかった。

 

『やめてよっ……! なんで、なんでこんなこと……!』

 

 そんなタイクーンをナ(・)ー(・)ゴ(・)が止める。

 勝利に取りつかれた彼の周りには数多のバックルが散乱しており、多くのライダーを退場させてきたことがうかがえる。

 

『うるさいな……僕が、理想の世界を叶えるための犠牲だよ!』

『こんなの間違ってるよ! 誰かを傷つけてまで……』

『何言ってるんだよ……僕は――僕は君を生き返らせたいのに』

 

 タイクーンの思考が怒りで支配される。

 “デザイアグランプリが原因で命を落とした人間が生きている世界”を叶えたい彼にとって、それを邪魔するものは“悪”でしかなかった。

 

『あ、そっか……ナーゴは、葉隠さんは退場してるはずだよ――だったら、お前は偽物だッ!』

 

 ――NINJA STRIKE!

 

『偽物が――葉隠さんの姿を使うなよッ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――

 

「――ッ!」

 

 爆発音のようなもので緑谷は目を覚ます。

 

「ゆ、夢……?」

 

 右腕がずきずきと痛んでいる。個性(ワン・フォー・オール)が暴発してしまったのかもしれない。

 あるいは――

 

「なんて夢、見てんだ……」

 

 彼は夢を思い出して嫌悪感に襲われる。

 デザグラでの優勝に固執するあまり、自分を諫めてくれたナ(・)ー(・)ゴ(・)を怒りに任せて攻撃してしまった。

 そんな悪(・)の道に進んでしまいそうな自分を、個性の中に宿る正(・)義(・)の意志のようなものが諫めてくれたのかもしれない。

 

「僕も……ああなっちゃうのか……?」

 

 前回のゲームでダパーンと対峙した時、怒りを抑えられずダパーンを自分の手で退場させようとしてしまっていた。

 葉隠の個性を利用していたクイーンジャマトに激昂し、怒りのままに暴れまわってしまった。

 “笑顔でみんなを助けるヒーロー”――師匠(オールマイト)のようなヒーローになりたい、そう思って努力を続けてきた。

 そんな自分が感情に任せて誰かを傷つけようとしている、その事実が彼を追い詰めていた。

 

「――どうかなさいましたの……?」

 

 爆発音を聞きつけたのか、八百万が眠そうな目で部屋の扉をノックしてくる。

 

「あっ、ごめん……えっと、その、個性が暴発しちゃったみたいで……」

 

 夢の内容を打ち明けるわけにもいかず、緑谷は誤魔化すように頭を掻く。

 困ったように辺りを見回し、部屋の調度品を破壊してしまっていることに気づく。

 

「わっ! 壺割れちゃってる……! ごめん、必ず弁償するよ」

「構いませんわよ。ウン十万の安物ですもの」

 

 八百万は呆れたようにため息をつきつつとんでもない金額をぶちまける。

 サラリーマンの月収並みの金額に、緑谷の顔から血の気が引いていく。

 

「そ、そういうわけには……」

「でしたら、少しだけお話に付き合ってくださるかしら? もうすっかり目が覚めてしまいましたわ」

 

 優しげな彼女の微笑みの意図を邪推してしまった緑谷は、顔面蒼白のまま頷くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――

 

「――ふふ。こうしているとお泊り会みたいでワクワクしますわね」

 

 八百万はハーブティーを入れながら楽しそうに微笑んでいる。こんな状況だというのに楽しさが抑えきれないのだろう。

 

「あはは……そ、そうだね」

 

 対する緑谷はさっき見た夢のせいで憂鬱な気分だった。

 

「……緑谷さんはいつからデザイアグランプリに参加されてるんですの?」

「えっと……中3の時、前々回から、かな」

 

 思い出されるのは辛くも充実していた記憶。

 デザイアグランプリに参加したことできっかけが得られ、そこからはただがむしゃらに努力をしてきた日々。

 努力が実を結び、憧れの人(オールマイト)に見初めてもらったこと。

 

「きっと、その時は今の様に悪辣なゲームではなかったんですのよね」

 

 八百万はカップを緑谷の前に差し出す。

 彼女の表情は暗かった。父親が関わっているデザイアグランプリが、世界を滅ぼそうとするような悪辣なゲームだった――そうでないことを祈るような口ぶりだった。

 

「うん。ジャマトから世界を守るゲーム……って説明された」

「そうですわよね……あんなゲームだったら、お父様が関わろうとするはず、ないですもの」

 

 彼女はほっと息をついている。

 少なくとも、父親が悪に染まっていたわけではないとわかり安心していた。

 

「でも、考えたことなかったな。そもそもジャマトって何なんだろう。ヒーローでも太刀打ちできない未知の生命体って話だったけど個性を譲渡できる以上僕ら人間に近い種族だろうし。それによく考えると世界を守るのにゲーム形式である必要は無いはずだから世界を守る以上の理由でもあったりするのかな」ブツブツブツ

「……ふふっ」

 

 普段の様に考察モードに入ってしまった緑谷を見て八百万は微笑んでいる。

 

「あっ……! ご、ごめん!」

「ふふっ! 構いませんわよ……お変わりがないようで安心しましたわ。緑谷さん、ゲームが終わってから元気がなさそうでしたから」

「っ……そ、そう、かな」

 

 図星を突かれ緑谷はうなだれる。

 夢の内容がフラッシュバックし、嫌悪感で胸がいっぱいになる。

 

「……僕、前のデザグラでさ、勝つためには手段を選ばない人を見てきた。僕は絶対にそうなるもんか、って思って戦ってきた」

 

 かつて出くわした身勝手な参加者。勝つためには平気で人を陥れ、傷つけることもいとわない――緑谷はそんな者達を反面教師の様にして戦ってきた。

 勝利には執着する。叶えたい理想の世界があるからそれは当然だ。

 でもそれは正々堂々と勝負した結果、手に入れるものであって誰かを陥れて手にするものではない。

 あくまで自分は世界を救って、理想の世界を叶える――退場した人々を生き返らせるのだ、と思ってきていた。

 

「でも、今回のデザグラで、僕は怒りで我を忘れたんだ。どうしてこんな奴が生き残って、葉隠さんが退場しなくちゃいけなかったんだ、って。こんな奴、退場させたっていいだろ、って」

 

 ダパーン――伴野に対して抱いた怒り。

 こんな身勝手な奴がのうのうと生き延びているのに、葉隠は退場してしまったという事実に耐え切れなかった。

 

「クイーンジャマトのことだって……葉隠さんの個性が使われてるってわかって、どうしようもなくムカついた」

 

 クイーンジャマトは退場者たちの個性が与えられた特別なジャマトだった。

 牛込の幼馴染の個性が与えられたということは、葉隠の個性が与えられた可能性だって否定はできなかった。

 それでも、そ(・)れ(・)だ(・)け(・)は(・)絶対にないと勝手に思い、それが事実だと判明するや否や逆上して暴れまわってしまった。

 最後の最後で理性は取り戻したが、あのまま感情が暴走していたかもしれない。

 

「なんか、僕も“身勝手な側”になったみたいで、すごく嫌だった。もしかしたら――僕も彼らみたいな、身勝手な人間になっちゃうんじゃないかって」

「……“6秒”」

 

 八百万はぽつり、とつぶやく。

 

「6……?」

「アンガーマネジメントですわ。怒りに反射せず、まずは6秒数える」

 

 怒りに反射的に応じてしまうのはよくないと言われている。

 重要なのは怒りをコントロールし、理性的に対応すること。そのためにまずは湧き上がる怒りをこらえるのである。

 

「そして6秒経ってもなお怒りが収まらなければ、その時は殴ってヨシ!」

「……殴っちゃうんじゃ結局ダメなんじゃない……?」

「……確かにそうですわね」

 

 八百万は愉快そうに微笑んでいる。

 

「わたくしたちはヒーローの卵ですが――それ以前に一人の人間です。怒りの一つや二つ、抱くことだってあることでしょう。ですから、その怒りを“制する”ことが肝要なのです」

 

 ヒーローとて人間。喜怒哀楽を持ち合わせた普通の人間なのだ。

 時に笑い、時に怒り、時に悲しむ、あらゆる感情を持ち合わせながらも、清廉潔白にふるまい人々を救っているのである。

 

「怒りのまま、感情のまま力を振るうのはヴィランと同じですわ。怒りを制し、心を制する。そうすれば自ずと正しい行いができるはずですわ」

「心を制する、か」

 

 緑谷は個性の暴発で痺れている右手をみつめる。

 この体には平和の象徴(オールマイト)から授かった力が宿っている。代々の継承者が平和を願い、蓄えてきた正義の力だ。

 その力を怒りのままに振るってはいけない。

 それはきっと、ライダーの力にだって同じことが言えるはずだ。

 理想の世界を――自分の望みのために戦っているからこそ、理想を願った原点を忘れてはならない。

 きっとそれを忘れてしまえば、私利私欲のためにしか戦えないライダーになってしまうだろう。

 

「緑谷さんなら、それができると信じておりますわ」

「……うん、ありがと。八百万さんのおかげで、気が楽になったよ」

 

 緑谷は静かに微笑んだ。

 心を蝕んでいた嫌悪感は、気が付けば消え失せていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――

――

 

 時を待たずして、デザイアグランプリの第2回戦が開催される。

 

「――デザイアグランプリ、第2回戦――“学校ゲーム”を開催いたします」

 

 ツムリの合図でどこかの学校の見取り図が表示される。

 

「っ学校って……」

 

 緑谷と八百万は思わず息を呑む。

 それは雄英高校の見取り図だった。

 

「皆さまには学校を舞台に様々な“ミッション”に挑んでもらいます――」

 

 ルールはこうだ。

 ゲーム開始とともに、各プレイヤーごとの“パーソナルミッション”が解放され各々のミッションに挑むこととなる。

 ミッションはクリアすることでポイントを獲得でき、クリアするごとに新規のミッションが解放されていく。そしてミッションを一定数クリアすると報酬としてバックルが獲得できる。

 そして残り時間が半分を切ると全員共通の“グランドミッション”が解放され、一番最初にクリアしたプレイヤーには強力なアイテムが与えられる。

 制限時間は2時間。最終的にポイント最下位となったプレイヤーが脱落となる。

 

「――そして、皆さんが現在所持しているバックルはあらかじめ回収させていただきます」

 

 ツムリが指を弾くと彼女の前にテーブルが出現し、そこへ各々が所持していたバックルが現れる。

 

「っ! いつの間に……!」

 

 その中には緑谷が何者かから受け取ったコマンドツインバックルもあり、完全にゼロからのスタートとなる。

 

「それでは学校ゲームを開始いたします」

 

 

 ――ENTRY...

 

 プレイヤーたちはエントリーフォームに変身すると、舞台となる雄英高校の敷地内へ転送されるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――

 

 雄英高校は現在、街に出現したジャマトからの避難所として機能している。

 

「――ど、どうなってんだ!? 安全だっていうから避難してきたのにッ!」

 

 そんな雄英は今やデザイアグランプリの舞台へと変貌し、敷地内には無数のジャマトが出現していた。

 避難民の一人はジャマトに追い立てられながら校門までたどり着く。

 

「っな、なんで出れないんだよッ! 出してくれよッ!!」

 

 彼は門の手前に展開された“見えない壁”に阻まれてしまう。必死に壁を叩くも、有刺鉄線のような模様を浮かび上がらせるだけでうんともすんとも言わない。

 

「ジャッ!」

「――っ!」

 

 ジャマトの剣が振り下ろされようとした瞬間、タイクーンが割って入り攻撃から避難民を守る。

 

「ひ、ひぃっ……!」

 

 避難民は別の出口を探して逃げていく。

 タイクーンはエントリーフォームのままジャマトと対峙する。

 

 ――SECRET MISSION CLEAR!!

 

 懐かしいアナウンスが響き渡る。

 彼の足元にはタヌキのアイコンが刻まれたボックスが出現する。

 

「シークレット……!」

 

 蓋を開けると中にはニンジャバックルが収められている。

 丸腰の彼にとってまたとない報酬である。

 

「よしっ!」

 

 ――NINJA

 

 早速ニンジャフォームに変身したタイクーンはジャマトへと立ち向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――

 

『……だからシークレットミッションを設定できないようにしていたのになァ』

 

 タイクーンの様子を見ていたオール・フォー・ワンは深いため息をつく。

 と(・)あ(・)る(・)サ(・)ポ(・)ー(・)タ(・)ー(・)からの猛抗議を受けて仕方なしに復活させた“シークレットミッション”の設定。

 1ゲームごとに1つだけシークレットミッションを追加できる権利の販売。決して安い金額ではないが、“推しのため”ならばいくらで支払ってやる、と言うのがオタク心なのだろう。

 

「ですが、シークレットミッション復活により“視聴数”も上昇傾向にあります」

『成程、それを言われると辛いな』

 

 ツムリの示したデータを見た彼は途端に不機嫌になる。

 暗に“お前の運営は下手くそだ”、と言われているようで不愉快な気分だった。

 

『ようやく僕にもクレーム対応の辛さが分かったよ! あの甲高い声をずっと聞かされちゃぁ僕の耳がイカレるよ』

 

 クレームのため鬼電してきた観客(オーディエンス)の声を思い出し、オール・フォー・ワンはげんなりとしていた。

 目を閉じればタイクーンの良さをアピールする声が再生されるように感じてしまう。

 

「あら。その時は“超再生”の個性でも使って治せばいいのではないですか?」

『……言ってくれるね』

 

 ツムリの嫌味っぽい言葉に彼はため息をつくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――

 

「……ん。これでバックルゲットね」

 

 バッファは足元に出現したボックスを開く。中身はゾンビバックルだった。

 

「……次のミッションは――」

「――ここにいたのか」

 

 新たに解放されたミッションを確認していたバッファの下へナッジスパロウが姿を現す。

 彼は既にモンスターフォームとなっており、ある程度のミッションをこなしているようだった。

 

「……何よ。このゲームは個人戦、つるんでたってあんま意味はないでしょ?」

「……まあ、それもそうだが」

 

 そっけなく対応するバッファだったが、どことなく嬉しそうな声色だった。

 

「……で、何の用? あんま時間取りたくないんだけど」

「……」

 

 ナッジスパロウはどこか躊躇うように沈黙を貫いている。

 

「……やるしか、ないよな」

「っ!?」

 

 ――ZOMBIE...

 

 殺気を感じ取ったバッファは素早くゾンビバックルを装填し起動する。

 装甲が装着された瞬間、ナッジスパロウの拳を受け止める。

 

「なんでっ!? あんた……裏切るつもりっ!?」

「……裏切ってないさ――ッ!」

 

 彼は体格差を生かし、バッファを弾き飛ばす。

 バッファはゾンビブレーカーを地面に突き刺し威力を殺す。

 

「だったら何だってのよ――っ!」

 

 ――POISON CHARGE

 

 そのままゾンビブレーカーのスライドを操作し必殺技を放つ。

 

 ――TACTICAL BREAK!

 

 振り上げられたそれをナッジスパロウは上体を反らすことで躱す。巨体故小回りが利かない分、体勢を大きく崩してしまう。

 

「――ッ!」

 

 バッファは倒れ込んだナッジスパロウへ飛びつき、再びゾンビブレーカーを振り上げるも、直前で躊躇ってしまう。

 かつての彼女なら、躊躇うことなどなかっただろう。怒りに任せ、そのままナッジスパロウを退場させてしまっていたかもしれない。

 

 ――『怒りを制し、心を制する。そうすれば自ずと正しい行いができるはずですわ』

 

 盗み聞きしてしまった緑谷と八百万の会話がフラッシュバックする。

 あの夜、爆音で目を覚ましたのは八百万だけではなかったのだ。

 

「……なんでよっ……なんで、あたしを襲うワケ?」

 

 往来の気性の荒さで苦労していた彼女は、付け焼刃ながらも怒りを抑えようと心の中で数を数える。

 湧き上がる怒りを抑え、感情に任せて力を振るわない。

 

「……これが、俺の目的を果たすために最(・)速(・)だからだ」

 

 ――MONSTER STRIKE!

 

 しかしその理性が致命的な隙を生んでしまう。

 ナッジスパロウは素早くバックルを起動し必殺技を放つ。

 

「がっ……」

 

 バッファの手からゾンビブレーカーがすべり落ちる。

 腹に突き刺さった拳に触れると、力なく崩れ落ちた。

 変身が解除され、牛込は苦しそうにベルトに触れる。IDコアにはヒビが入ってしまっていた。

 

「……すまない。これしか方法がないんだ」

 

 ナッジスパロウ――周は変身を解除すると牛込の手に何かを握らせる。

 

「……ッざけんじゃ、ないわよ……っ! どうして、こんな……っ!」

 

 瀕死の状態となってなお、牛込の目から闘志は失われていなかった。彼女は周の胸倉を掴んで引き寄せる。

 

「……俺を許す必要はない。だが忘れるな――俺はお(・)前(・)ら(・)に(・)嘘(・)は(・)つ(・)い(・)て(・)い(・)な(・)い(・)」

「ッなによ、それ――」

 

 ――MISSION FAILED...

 

 彼女の体が消滅し、ゾンビバックルが地面に落ちる。

 

「――牛込さんッ!?」

 

 間の悪いことに、牛込が消滅する瞬間にタイクーンが姿を現す。

 彼は事態が飲み込めずに呆然としている。

 

「……遅かったな。ちょうど今、こ(・)の(・)女(・)が退場したところだ」

「どうして……周さんが、これを……?」

 

 周は何かを決意するように瞳を閉じ、大きなため息をつく。

 

「……忘れたのか? 俺は“お前に協力する”とは言ったが、味方だとは一言も言っていない」

「ッ!」

 

 ――SET

 

 彼は精一杯悪ぶって笑みを浮かべると、バックルを装填し起動する。

 

「……変、身!」

 

 ――MONSTER!!

 

 周――ナッジスパロウは挑発するかのように拳を突き出す。

 

「さあ、かかってこい。俺はお前の仲間を退場させた――敵だ」

 

 ――READY FIGHT!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 















逆境編で少しずつ見せていたエースの過去もひと段落つきました。幸せに過ごしているエースがここからどうデザグラに関わってくるのか、と言うよりなぜ恩人の英寿さんが現在時空で出てこないのか、答え合わせは近いうちにされると思います。
補足的な話ですが、同じ狐人間でもエースと今回登場した狐火 魂は容姿が違います。
エース→ FGOの玉藻の前風
狐火 魂→ ゾロリ風
てな感じです。読む際の参考になればと思います。

次回、オリキャラ周さんのオリジン回です(予定)。あんなことやらかしましたが、彼にはどんな過去があるのか、こうご期待です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。