先で会うも
召喚者『シュンスイ キョウラク』
《瀞霊廷》
「いや〜今日はのどかだね〜」
そう言って隊舎から出てきたのは、笠を被り、隊長羽織の上に女物の着物を身につけた、風変わりな男。
「この分だと、良い月夜になりそうだ。酒盛りでもしないともったいない」
風も弱く、雲ひとつない快晴。
笠で日差しを隠しながら、空を見上げて独りごちる。
「七緒ちゃんもそう思わないかい?」
「...隊長?お仕事は終わったんですか?」
溜息を吐きながら、眼鏡の似合う女性隊士が歩いてくる。
彼女は『伊勢七緒』。
この何とも気が抜けた男の直属の部下でありながら、性格は全くの対極に位置する女性だ。
「もちろん。ほらあそこ」
彼は満足気に、数分前まで座していた場所を指さす。
確かに、そこには少しばかりの書類が積まれている。
「あれは昨日の分です。本日の分は今朝お渡ししたはずですよ?」
七緒の眼鏡が光り、その奥から見える瞳が京楽を捉える。
その眼光から逃げるように、京楽は目をそらした。
「...そんなのあったかな?」
「とぼけてないでください!昨日も、その前日も、毎日毎日同じことを言って...今日は逃がしませんからね...」
鋼の精神で繋ぎとめていた堪忍袋の緒が、ついにぷつりと切れた。
七緒は懐に手を伸ばし、何かを取り出す。
「な、七緒ちゃん...?なぁにそれ?」
その手には、いかにも頑丈そうな麻縄が握られていた。
持ち前の洞察力で全てを理解した京楽は、顔を青く染める。
さすがに冗談であってほしい。彼の想像したそれは、もはや拷問にも等しいことだ。
しかし現実は時に非情なもの。
「縛ります」
この女、本気である。
「ちょ、ちょっと待った!」
「待ちません!」
「勘弁してよぉ!」
部下の圧力に耐えかねた京楽は、瞬歩で逃げ出す。
「逃がさないと言ったはずです!!」
それを追って七緒も瞬歩を使う。
...無人となった隊舎に、雀の鳴き声が響く。
嘘のようだが、これがいつも通りの瀞霊廷である。
―――――――――――――――――――――――――――――
「さーて、酒盛りにはこれくらいで充分でしょう」
七緒からうまく逃げおおせた京楽は、ちゃっかりその足で酒を買い込んでいた。
大人数での晩酌を想定しているのか、その手には、一人分をはるかに超えた量の酒が抱えられている。
「ありがとねー、店長。また来るよ」
「毎度~またお願いします~」
貴族には似つかわしくない庶民的な酒屋。
しかしながら質が良く、わざわざ足を運ぶほどにはお気に入りだったりする。
「時間もあるし、浮竹に玉露でも買っていこうか」
「ええ、そうしましょうか」
「よぉし、そうと決まれば...ん?」
「どうかしましたか?」
その声で、京楽はブリキ人形と化す。
今、京楽はだれに話しかけたわけでもない。ただ独り言をこぼしただけだ。
では、誰が返事をしているのか。
「見つけましたよ、隊長?」
無論、
「ず、ずいぶん早かったじゃない、七緒ちゃん...」
京楽は浮かれ調子から一変、再び顔を青くする。
こうなってしまっては、文字通りお縄にかかる一歩手前。逃げてもよいが、それではイタチごっこ。
最悪の場合、ヒートアップした彼女によって、夜が更けてから縛りつけられてしまうかもしれない。
あくまで最悪の想定だが、それすらし得る雰囲気を周囲に漂わせている。
「さぁ、おとなしく捕まってください」
「まぁまぁ、落ち着いてよ...ちゃんと帰ったらやるからさ、ね?」
とは言っているが、この男に仕事をする気などさらさらない。
仕事をせぬためなら、息をするように嘘100%の言葉を吐くのだ。
「はぁ...まったく、酒器を片手にした人の言葉とは思えませんね」
京楽の態度に怒りを忘れ、果てにため息をついた。
彼女は理解している。彼はそういう男なのだ。
こうしてまた彼を許し、自分の重荷を増やしてしまう。
ゆえに伊勢七緒は、どこまでいっても苦労人なのだ。
「...もう結構です。もしその言葉を違えたら、その時は総隊長に...」
報告しますから。
と、口を開いたそのとき――。
――突如。
「「っ!?」」
巨大な圧力が二人を襲った。
「......こりゃあ一体...?」
まるで周囲の空間全体が歪んでいるような、霊圧とも違う物理的な圧力。
百を優に超える歳月を生きた京楽ですら、初めて感じる類の力であった。
「...七緒ちゃん、大丈夫かい?」
「ええ...なんとか。しかしこれは...」
「僕にもわからない」
周囲を見渡すと、自分たち以外の者は立っていることすらままならない様子だ。
しかし、何かおかしい場所が見当るわけでもない。
その矛盾が、事態の深刻さを引き立てていた。
「七緒ちゃん、これ以上ここに残るのはまずいかもしれない」
「ええ...そうですね。ひとまず、ここを離れましょう。」
返事を待たないまま連れ帰ろうと京楽に向き直り、凍り付いた。
裂け目。
京楽のすぐ背後で、無機質な空間が裂けたのだ。
「っ!隊長ぉ!!」
七緒は得もいわれぬ恐怖を感じ、状況を理解しないままに叫ぶ。
その叫びに呼応するかのように、京楽の足元が浮いた。
「しまった!」
京楽は瞬歩で逃れようとするが、足場すら作ることができない。
信じがたいことだが、霊子ごと吸い込んでいるのだろう。足場があってこその歩法。足場がなければ、いくら極めようと意味はない。
いつもの飄々とした様子がなくなり、京楽の顔が強張る。
「難儀だねぇ、どうも!」
「隊長っ!手を!」
彼の表情を見て七緒は、せめてとばかりに手を伸ばす。脳内がパニックで、正常な判断などまるでできていない。ただ自分までもが吸い込まれそうな中で、彼女のとれる行動がそれだった。
決死の呼びかけに応えて京楽も手を前に出す。
「...くっ!」
どちらから出たのかもわからない声。
――あともう少し...!
七緒は必至に手を伸ばした。京楽を助けられるのは自分だけだと、目を瞑ってなりふり構わず手を伸ばし続けた。
ゴゥッ!と空気の吸われる音だけが響く。まるで周囲の音も一緒に吸い込んでいるかのように。
その中で、はっきりと聞こえた――。
ごめんね。七緒ちゃん。
――彼の声が。
目を開くと、彼はなぜか穏やかな表情で。不思議とその瞬間だけ、時が止まったように思えた。
彼はそのまま伸ばしていた手の形を変え、唱える。
『破道の一 衝』
京楽の指先に霊圧が集まり、七緒にめがけて放たれた。
彼のまさかの行動に血の気が引いた。
「そんなっ... 隊長!」
その衝撃は、線の細い体を突き飛ばすには十分で、
「っ...!かはっ!!」
受け身の姿勢をとってなお、何度も体を打ち付けるほどに力がこもっていた。
「...隊長!」
彼女は理解している。彼はそういう男なのだ。
あんな適当な上司でも、いざというときは自分を助けて、守ってくれる。
どんな時でも頭の中は思慮深く、窮地でも冷静な判断を下すことができる。
たとえそれが、ひどく残酷な決断だったとしても。
このままでは二人とも吸い込まれてしまう。ならばいっそと、京楽は七緒を逆に突き放した。
正義感でも自己犠牲でもない。彼の思考が、これが最良の選択だと判断したのだ。
冷静になれば、まだ死ぬと決まったわけではない。これでお別れとは限らない。それでもなお、この異質なモノの前では、死を予感せざるを得なかった。
「なんて顔してんのよ」
突き飛ばした今となっては届くのかすらわからない。
ただ、らしくない泣き顔を浮かべている愛しい
「達者でね、七緒ちゃん」
小さく手を振るように。
「――ぉ!――――っっ!!」
その叫びは黒にかき消され、視界が一色に染まった。
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《国家コルネリア》
ここは、辺境。
世界中の大国からはじき出された兵力を集めに集めた結果生まれた小国。コルネリア。
「...王、王!成功しましたぞ!」
「誠か!!」
そんな誰も注視しない国で、誰もが注目すべき儀式が行われていた。
『召喚』
30を超える魔術師たちが、3日もかけて行う大規模な儀式である。
それによって呼び出されたものは『召喚者』と呼ばれ、大量の魔素とともに『ユニークスキル』という無二の力を持つ。
彼らはその力を喉から手が出るほど欲しているのだが、その成功率はわずか0.03%未満。しかも失敗すれば、次のチャンスは早くて30年後。
分の悪い賭けだと承知の上でやっているからこそ、誰もが固唾を飲んで見守っていた。
儀式のために作られた、無機質な地下の一室。
その部屋に成功の知らせがこだました。
傍で見ていた王は威厳を損なわぬよう、ゆっくりと術者たちのもとに近づく。内心は早く確認したくて気が気ではなかった。
足音を聞いた術者たちが、道を開ける。その道を数歩進むと、王の眼前に奇妙な装いの男が倒れていた。
「この者が...召喚者か」
「左様でございます」
奇跡に近い確率のギャンブルを勝ち取った興奮と感動で、もはや国王としての言葉は出てこなかった。
しかし彼の側近や術者たちも似通った様子で、そこから数秒間誰も言葉を発しなかった。
荒い呼吸を整え、王が口を開く。
「...呪いは」
「問題ありません」
術者が答える。
「ならばよい。...皆、大儀であった!これで我がコルネリアは更なる武力を手に入れたのだ!!」
「「「うおおおおぉぉぉ!!」」」
まるで戦場のような勝どきが、城内に響き渡った。
―――――――――――――――――――――――――――――
――冷たい。
その感覚で京楽は目を覚ました。
長い夢を見ていたような感覚だが、意識ははっきりしている。
京楽は、その妙にクリアな思考で状況を整理した。なぜ気を失っていたのか、そして今自分はどこにいるのか。
どうやら、どこかの一室で寝かされているようだ。服も笠いつものまま、斬魄刀も携えている。体を動かさずに眼だけを動かすと、周囲は石組みで作られた、明かりのない場所だった。
「目が覚めたか」
後ろから、凛とした声が聞こえた。音が反響している。
そしてこちらに向けられた声は、ひどく冷たく、無機質なものだった。
京楽は狸寝入りをやめ、起き上がる。
「もっと若いと思っていたが、まぁ問題あるまい」
見下した状態で、一人考え込むように話している。
その人物は赤毛の長髪を後ろで一つに纏めた凛々しい女であったが、その細い体には使い古された鎧と真新しい剣が装備されていた。
彼女から少し目を離して周囲を見渡すと、ここは日の当たらない牢屋のような場所だった。しかし、手錠も枷もなく、別室へ向かうであろう階段も近い。かなり簡素なつくりになっている。
「混乱しているのだろうが、ひとまず貴様は囚われの身だと理解しろ。抵抗は無駄だ」
刺々しい口調の彼女を見て、京楽は残してきた部下の姿を重ねた。
(七緒ちゃん...大丈夫かな)
きっと彼女なら問題ないだろうと、そう思いたい反面、自分無しで大丈夫だろうかという親心もある。
身を案じて目を伏せると、彼女の泣き顔が浮かんでくる。
(大丈夫、生きて帰るよ)
心の中にそう呼びかけた。
「…ふむ、存外冷静だな。ならば都合が良い」
ガチャリと。
重たい扉を開き、こちらに背を向ける。
「ついてこい。知りたいことがあるだろう?」
冷たい顔でそう言い残し、階段を登っていった。
「…」
京楽は何かを口に出そうとしたが、そのまま口を閉じた。そして諦めたような表情で立ち上がり、彼女の後を追った。
初めまして、あるいはお久しぶりです。
紅花 芽久です。アニメで意欲湧いて書き始めました。
よろしくお願いします!