「…えっと、マスター。は、入りますよ…」
「どうぞ。そんなに気にする事ないよ」
「…目は見えなくても、恥ずかしいものは恥ずかしいんですよ…?」
「そうかそうか。そこ、椅子置いてあるから危ないよ。気をつけてね」
「…ま、マスター…どこですか…?声が反響して場所がわかんないですマスター…」
「はいよ、手掴んで」
「ありがとうございます…」
結局、一緒にお風呂に入ってしまった。緊張する。
マスターの声も、いつもより優しく聞こえる気がする。気のせいかな…。
「きりたん。そこにイスとかあるから…。場所わかる?」
「えっと…これですか?」
「そうそれ。シャンプーとかは、きりたんから見て左前に置いてあるよ」
「ここですね。ありがとうございます」
マスターは分かりやすく説明してくれる。最初は恥ずかしかったけど、今はもう大丈夫だ。緊張や恥ずかしさよりも、心地良さが大きい。今までこんな事、経験したこと無かったから。
「マスター、お背中流しますよ」
「ほんとか?ありがとう。頼むよ」
「任せてください」
マスターの背中はとても大きかった。鍛えていると言ったけど、それ以上に、大きく感じた。声だけでは、そこそこの歳を迎えた感じの大人の男性に感じたけど、いざ触れてみると、思ったよりも若いかもしれない。
目が見えない分、変なことに目が映らなくて良い…。この目が見えない体にも、少しだけ、いい所はあるのかもしれない。
いや、目が見えなかったら、そもそもこのマスターと出会うこともなかっただろうか…。
でも、もし叶うのなら…。いつか、マスターのお顔を見てみたい…。そう思ってしまう。
「きりたん、ありがとう。体が冷えるだろ。お湯に浸かっておきな」
「ありがとうございます」
マスターはどんな顔をしているのか。もし、目が見えるようになったのなら、一緒に色んな場所にお出かけもできるのだろうか。
想像するだけで、少し、にやけてしまう。
「…ふふっ」
「どうしたの?」
「あっいや…なんでもないです」
「そうか…。僕は先に出ているよ。お風呂上がったら、正面にかけてあるタオル使ってね」
「ありがとうございます、マスター。もうちょっと浸かってからでもいいですか?」
「いいよ。ゆっくりしておいで」
足音が離れていく。急に耳が聞こえるようになる。
水滴の落ちる音、湯船からお湯が溢れる音、お風呂特有の、空気が揺れる様な音…。マスターが居ないだけで、とても静かに感じる。
「…あ〜…」
声もとても反響する。さっきまでも同じように喋っていたはずなのに、さっきよりよく響き、すぐに消えてしまう気がする。
ある程度暖まったら、上がろう。そう思った。
「お、きりたん上がったんだね。そうそう。プレゼントだ。そこの椅子に座って待ってて」
「…はい、分かりました」
「ふふ。きりたん喜んでくれるかな」
「マスターに貰ったものなら、なんでも嬉しいですよ」
実際、私に何かをプレゼントしよう。その気持ちだけで十分なくらいに嬉しかった。
「きりたん、ちょっと痛いかもしれないけど、我慢してね」
「痛いのは慣れてますから」
「良しって言ったら、目を開けてみて」
「…?分かりました」
「…よし、良いよ」
「……っ!!」
「どうかな?部品が売っていたからもしかしたらと思って繋いでみたんだけど…」
「マスター…!!」
「良かった。その反応から見るに、成功したみたいだね」
「マスターの顔が…見える……!ありがとう…ございます…!!」
「ちゃんと繋がってよかったよ。とりあえずでの部品だけど…ちゃんと見える?」
「はい…!とても良く見えます…!本当にありがとうございます!マスター!」
「よかったよ。きりたんが嬉しそうで何よりだ」
マスターが私にくれたもの。それは他のVOICEROIDの部品だった。
マスターはそこそこ機械系には強いらしく、部品販売されているお店を見つけ、わざわざ私の為に買ってきてくれたのだ。
「ただ、ごめんよ。僕の技術不足のせいで、まだ色は無いはずだ」
「色なんて…そんなのいりません…!私はこうしてマスターのお顔を見ることができただけでも…それだけでも幸せです!!」
「いつか、いつかきっと。しっかりと見えるようにしてあげるからね」
「…!ありがとうございます!!」
マスターは優しい。この部品も、きっと高かっただろう。VOICEROIDは機体はもちろん。部品すらかなり高額の品ばかりだ。
それを気にかけさせないために私に言わず、ただ私が感動しているのを見て笑っている…。マスターの優しさが強く伝わってくる。
「マスター…これからは、なんでも言ってくださいね。視界を貰ったからには、しっかりとマスターの為に働きますから!」
「ありがとう。でも、きりたんには僕の傍にずっと居てくれるだけで十分だよ」
「でも…」
「いいんだよきりたん。その目だって、僕が勝手な判断でつけた、ただのお節介とでも思っていてくれ」
「…そうですか…」
「そんな残念そうな顔をしないでくれよ。僕はきりたんが嬉しいのなら、それで十分なんだよ」
「分かりました…!」
マスターの傍に、ずっといる。
それがマスターの望むことなら…私はいつでも、マスターの傍にいる。
この目を貰った事に誓って。