目が見える。
朝起きて、外の景色が見られる。自分に同期しているパーツでは無いから、私自身が部品を起動しなければいけないけど、そんなことは手間じゃない。
部品さえつければ、なんだって見える。まだ色は無いけれど、気にならない。家が、景色が、マスターの顔が見える。
「…ふふっ」
それだけで、幸せだった。その日々が続くと思ってしまっていた。
だけどそれは、間違いだったのかもしれない。
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「…あぁ、もうそろそろ行けるだろう。欠損箇所?目が見えないが、お前のとこの技術なら何とかなるだろ?じゃ、そういう事で。よろしくな」
誰かとの電話でのマスターの会話。似たような会話を、何度も聞いたことがある。
そう、私を売る時、別の人に譲る時。似たような会話を何回も聞いた。忘れたくても、忘れられない。
「あの…マスター……?」
「おやきりたん、まだ起きてたの。あれ?目は付けてないのかい?」
「えっと…やっぱり暗い方がまだ慣れてて…」
「そうだったか。大丈夫だよ。ゆっくり慣れていけばいい」
「そうですね…。ありがとうございます…」
あの言葉はどういう意味だろうか。今までのマスターの優しさは嘘だったのだろうか。
そんなことは無い。あの優しさは本物のはず。電話だってきっと自分の聞き間違いだろう。そうに…違いない…。
…全てを忘れよう。今までの幸せも、やっぱり自分の思い違いだった。前の生活に戻るだけ。何もおかしい事じゃない。
私のような欠落品が、普通の幸せな生活を送れるわけがなかったのだ。
『何?欠損があるなら買うことは出来ない!?ったく…ふざけやがって…』
『型が古いから修理も出来ねぇのか…?じゃあ売れねぇじゃねぇか。とんだゴミ拾っちまったな』
昔のマスターの声が脳裏に響く。自分が足りない事、欠けている事を再認識させるかのように。
「どうして最初から、私は廃棄にならなかったんだろう…」
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あれから、私へのマスターの対応は変わらない。あの電話はやはり聞き間違いだったんじゃないかと、くだらない希望を持たせてくる程、前と変わらずとても優しい。
今は、その優しさが恐ろしい。
「そうだきりたん。僕は今日からしばらく仕事で帰れなくなるけど…大丈夫かい?」
「はい…。大丈夫ですよ。マスターから貰った目もありますし…」
「何かあったら、そこにある電話から僕の所へ掛けてくるんだよ」
「はい、ありがとうございます…」
「じゃあ、行ってくるね」
マスターがなんの仕事をしているか知らないが、時々こういう長期の出張がある。相変わらず静かだが、以前のような不安は無い。マスターが居ないという事は、その間、私の平穏は約束されているから…。
マスターは私を売らない。まだ心のどこかでそんなことを願っている。だけども、あんなに信用していたマスターの事が、どんどん恐ろしくなっていく…。そんな自分が、何故か嫌だった。
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《以前から問題になっていた、VOICEROIDに暴力や、不当な売買を行っていたグループのリーダーが、今朝逮捕されました》
マスターが出かけてから、数日がたった日。何気なくつけていたテレビから、興味深いニュースが報道された。
不当な売買を行っていたグループのリーダーが、逮捕された…。つまり、世間一般では、VOICEROIDは良く扱われている。良いかどうかはまだ判断しにくいが、VOICEROID達を守る法律がある事は、確実となった。過去に私に酷い扱いをしていたのも、そのグループだったのだろうか。そう思うと、少しだけ気が晴れたような気がした。
「…きっとまだ、全員は捕まってないんでしょうね…」
《今回は、逮捕に至るまでの手がかりとなった、活動家の方に話を伺いました》
活動家…。そんな人もいるのか。流石に10年も月日が経てば、色んな人が出てくるわけか。
「…あれ…?この人って…」
テレビに映ったその人は、私の知ってる人だった。その人は、私のマスターだった。
「…マスターが…活動家…?」
マスターがくれた目のおかげで、その事実を知ることが出来た。マスターは、知って欲しかったのか…?
私がマスターに対して不信感を抱き始めたことに気づいて…?
「…でも、活動家ってことは…マスターは私の味方…?」
マスターの考えがますます分からなくなる…。