「【聖人】様!」
「お戻りになられたのですね。ハサイ様!」
「いつもお疲れ様です!」
「ハサイさまー!おかえりなさーい!」
「どうもどうも。皆さんも変らないようで良い事です」
門が開かれた先には聖都の住人らしき人々が出待ちしていた。
誰も彼も、ハサイの帰還を喜んでいる。
当の本人は慣れた様子で返事を返していく。
「…人多いな」
「パレードでもするのかってくらいの人数っすね。門が開くのだって十数分だったのに」
「私たちの前に開門したばかりでしたからね。人が残ってたんでしょう」
「だとしてもこの数は異常だがな…」
軽く話しながらハサイの後をついていく。
舗装された道だからか、足取りは軽やかだ。
「転移魔法で飛ぶって言ってなかった?」
「飛びますよ? でも少し用事があるんです。すいませんが付き合ってもらえます?」
「まぁいいけどよ…。その用事とは?」
「大したことじゃ無いですよ」
そう言ったハサイは近くの建物に入っていく。
建物の前には看板が鎮座していた。
「えっと…孤児院だ。ここ」
『こじいんってなに?』
「親が居ない子供が住む場所だよ」
『ぼくのおうち?』
「…ううん。私たちの家じゃ、無い」
『そっか』
ハルと軽く話していると孤児院の方から子供のはしゃぐような声が聞こえる。
「わぁ!きれい…ハサイさま、わたしにくれるの?」
「ええ。誕生日おめでとうございます。貴方がこの世に生まれてくれて、私はとても嬉しいです」
「ありがとう!たいせつにするね!」
ハサイが少女にプレゼントをしていた。どうやらネックレスのようだ。
シンプルなデザインながら、決して安くは無いと思えるくらいにはしっかりした作りだった。
少女と別れたハサイが戻ってくる。
「いやぁ待たせてごめんなさい。それじゃ行きましょうか」
この時のハサイの顔は、文字通り聖人のような微笑みだった。
◇
「警備の方はどうなってる?」
「3部隊合同で当たることになっています」
「以前連絡があった道路の修繕はいつになりそう?」
「結構な数があるせいで3日ほどかかりそうです」
「魔物の様子はどうだ?」
「変わんないですね。強い魔物が点々とって感じです」
「貧困者への炊き出しって今日だっけ」
「そうだよ。確かメニューはシチュー」
ハサイの転移魔法で移動した先では、様々な年齢層の人々が慌ただしく動き回っていた。どうやら仕事中のようだ。
すると1人が先頭のハサイに気が付いた。
「ハサイ様!帰還なされたのですね!」
「ハサイ様がお帰りに!?」
「え、ハサイ様来た!?」
釣られるように講堂全体がこちらに意識を傾ける。
「はいはい。今戻りました。何か問題はありましたか?」
「今の所は発生していません。火急の仕事も無いので…」
「ふむ、何もなかったみたいでよかったです。急ぎの仕事が無いなら少し話したいことがあります。外に出ている教団員以外全員集めてくれませんか?」
「承知しました。すぐに。」
ハサイに話しかけられた男性はそう言うと講堂を出て行った。
他の人はやっていた仕事を中断してハサイの前に整列していく。
「すぐに集まりますから、その間適当に寛いでいいですよ」
「…中々難しい事言うな」
「無理っすよ。だって他の人達クッソ真剣な顔ですもん。こっちまで背筋伸びるっす」
ハサイの言葉は正しく、少し会話をしていたらすぐに講堂に何人もの人が入ってくる。時間にして2分程。
「ハサイ様。これで全員です」
「はい。ありがとうございます」
軽く礼を言った後にハサイは講堂全体に声を張る。
「まずは私がいない間、特に異常も無く業務をこなしてくださり、ありがとうございます」
「それで挨拶はこれくらいにして…ちょっと皆さんに紹介したい人が居ます」
そう言って私たちの方に視線を向けてくる。
「知ってると思いますが…私と同じ英雄の1人、【銀狼】シルさんです。それともう1人…ハルさん、出てきてもらえますか?」
ハサイの声に答えて、私の影からハルが現れる。
だか教団の面々は全く動じていない。
「これでいいの?」
「はい。大丈夫です。彼はシャドービーストのハル…シルさんの大切な人です。ああ、安心してください。彼は間違いなく善良な存在です。決して他のシャドービーストと同じではありません」
「暫くの間、2人を聖都に置くことになりました。教団本部の外にも普通に出歩けるようにします。誰か意見はありますか?」
誰一人、意見を出すことはなかった。
「理解が得られたようですね。よかったです。不慣れな所もあるでしょうので手を貸してあげてくださいね?」
「後、男性二人の方は教師にスカウトした方達です。教団に来ることは少ないかもしれませんが…良くしてあげてください」
「以上で話は終わりです。仕事に戻って構いませんよ」
その言葉が発せられた瞬間に教団員は全員ハサイに礼をし、仕事に戻っていった。…軍隊でもここまで無いと思う。
その中でも一人だけハサイに近づいてくる人が居た。
「ハサイ様、外に出ると言うことは回状を回すと言うことですね?」
「はい。すぐにお願いします。その間に私は彼らに部屋を案内したいんですけど…空いてる部屋あります?」
「来賓専用の部屋が空いております。そこでよろしいかと」
「あそこですか。たいして使ってないし、暫く使ってても良さそうですね。それでいいですかシルさん」
「別に構わないけど…何だったら普通に宿取るし」
「聖都に来るよう言い始めたのは私ですから。それくらいはさせてください。あ、ツルパゲさんとツブローさんは学校の方に案内するのでちょっと待っててください」
「分かった。待機しとくわ」
「それじゃハルさん。また後で」
「うん。またね」
2人と別れてハサイの後ろをついて行く。
廊下は清掃が行き届いており、埃ひとつない。
「来賓専用の部屋使うの久しぶりなんで、何か足りないものとかあるかもしれません。もしそうだったら遠慮なく言ってくれて構いませんので」
「あまり来ないんだ。来賓とか」
「私がトップになってからは数えるくらいしか。最近はマジで来ないですね。別に来て欲しいわけでも無いんですけど…っと着きましたよ」
長い廊下の一番端。他の扉と違い、控えめながら装飾がしてある。
「一番端なのは何があった時にすぐ外に出られるようにする為ですね。その際は窓ぶっ壊していいんで」
そう言いながらハサイは扉を開く。
内装は落ち着いた雰囲気を出しながらも、所々にある家具が良質な物というのが伝わってくる。
そこらの宿の一等室よりいい部屋だろう。
「おへやひろいね」
「そうだね。いい部屋だよ」
「流石に来賓の為の場所なんで。逆に教団員の部屋は質素ですよ。私も含めて」
部屋に入り荷物を置く。ざっと見回したが…必要なのはベットくらいか。
「うん。早速だけどベット変えて欲しいな。大きいのに」
「え?小さいですか?シングルと言ってもハルさんが寝ても問題ない大きさですよ?シルさんそんなに寝相悪いんですか?」
「? シングルだとハルと寝られないでしょ」
「…ああ、はいはい。そうでしたね、貴方達必ずくっついて寝るんでしたもんね。わかりました。手配しときます」
呆れたような目で見られた。何故?
「それで外なんですが…取り敢えず回状が回るまでは出ない方向でお願いします。本部内なら好きに動いていいので」
「どのくらいで回り切るの?」
「中央だけなら…明日までには。それ以外はもう少しかかるかと。広いですからね」
「分かった。今日は大人しくしとくよ」
「お願いします。じゃあ私はツルパゲさんとツブローさんと学校の方に行くので」
そう言ってハサイは出て行った。部屋に視線を戻すとハルが物珍しそうに部屋を彷徨いている。
「…そっか。ハルはそもそも部屋に入ったことなんて無かったもんね」
「うん!おへやはじめて!」
「…明日からもっと色んな物見れるからね」
「ほんと?たのしみ!」
心の底から楽しそうに言うハル。釣られて私も笑顔になる。
「あ、そうだ!スレ民にもいわないと」
「…スレミン」
まただ。スレミン。ハルに色々教えてくると言う謎の存在。
最初は精霊かと思ったがどうやら違うようだ。
ならば何だ?聖都で会えるとも言っていた。
この聖都で会えると言うことはそれは人族と言うことで─。
ハルに色々教える人族…?
おかしい。それはおかしい。何故ハルにそんな人族と繋がりがある。
ケージバンとやらに書き込むとあちらも書き込む。何故?
ツルパゲとツブローのように実際にハルと出会って、彼の善良さに触れて理解者になるのはわかる。私だって、その1人だ。
でもスレミンは違う。ハルはスレミンは教えてくれるけど、自分はひとりぼっちだと。そう言っていた。
つまり直接的な面識は無いのだ。ならば通信魔法?
あり得ない。通信魔法は一度会った相手じゃなければ使用できない。
もし会ったことのない相手にでも使えたら、手紙なんてものは廃れている。
つまり魔法云々では無いのだ。魔精毒の時もそうだ。どうやってハルの状態に気づいた?精霊ならハル本人に付いているから納得できるがそうでは無いなら、そもそもハルが魔精毒にかかっている云々は私の勘違いで、ただハルに私とキスさせてみただけだとしたら─。
何を考えている。
ハルに指示して何がしたい。
ハルに手を貸して何をさせたい。
もしも…ハルの行動を見て…
ハルに命令して、突拍子も無い事をさせて…
嘲笑っているなら─。
「ハル」
「なあに?」
「私もスレミンに会ってみたいんだけど、いいかな?」
「うん、いいよ。じゃあスレ民におしえなきゃ!」
「ごめん。スレミンには言わないで欲しいな」
「どうして?」
「ちょっとね…。お願いハル」
「うーん…わかった…」
「…ありがとうね、ハル」
スレミン、もしお前がハルに悪影響を与えるのなら。
ハルの笑顔を穢すのなら。
私の何よりも大切なハルを悲しませるのなら。
生かしてはおかない。
普通に考えて大切な相手が会ったこともない奴らの言う事聞いてるのって不審がるよね