「え?ハルさんを働かせる?」
スレミンの方達が教団本部に来だと思ったら、いきなりそんなことを言われた。
「あの人5歳の魂じゃ無かったでしたっけ」
「魂は5歳でもシャドービーストの時点で年齢なんて誤差でおじゃる」
「うーんまぁ理屈はわかりますけど、取り敢えず理由聞いても?」
そう言うとシオリさんがおずおずと前に出て来た。
「えっと…ハルくんの聖都での評価って悪いじゃないですか」
「来て即あれですからね。私のせいなんですけど」
あ、言ったら自分をぶち殺したくなってきた。
でもまた止められるので我慢する。
「その他の人からの評価を良くしたいというか…」
「それで働くですか?」
「ボランティア…奉仕活動でもすれば少しは良くなるんじゃないかなって」
「あと現状、ハルは自身の体を動かすことに慣れていない。昨日のあれも全力で走ったと言うのもあるがうまく走れずぶつかりまくったと言うのが大きい」
「体幹がうまく取れないんですかね?」
「魂と体が本来あったものではないからのぉ…。若干の齟齬が起きてるのかもしれん」
「だからそれ含めてちゃんと外で動いていけばリハビリにもなるしいいかなって」
「…なるほど。言い分はわかりました」
書類仕事を切り上げて机の引き出しを開けて、中から紙の束を渡す。
「これ聖都中央区内での住民からの要望です。やれ道路が割れているだのやれ用水路が臭いだの」
「この中から選べと?」
「現状渡せるのはそれだけです。その中でダメならちょっと厳しいですね」
「ふむ…分かった。感謝する」
「まぁどの道ハルさんがやるって言ってシルさんが許可出さないとダメですから。本人がやりたいって言うのであれば止める権利は私にはありません」
だいぶ前に入れていた紅茶を飲む。温かいはずのそれは時間を置きすぎたせいで冷めきっていた。
「ハルさんには難しいのが多いと思いますけどねぇ」
「やってみなければわからないですから!」
「それでは早速ハルの元へ行ってくる。失礼した」
書類を持ったままドアからスレミン達が去っていく。
…ハルさんが奉仕活動。
「シルさん絶対嫌がるんだろうなぁ」
紅茶を飲みながらポツリと呟いた。
◇
「………………………ダメ」
「だいぶ悩みましたね」
ハルと一緒に部屋で寛いでたらシオリと…マロだっけ?
2人が来て、ハルに奉仕活動をさせると言い始めた。
「まだ聖都に来たばかりだし…ハルがようやく休める場所なんだ。休ませてあげたいよ」
「そう言われると弱いが…早い方がいいのも間違い無くてな」
「どうしてそこまで急ぐの?イメージ回復ならいつでも…」
「いつでもだったら、そうだったのだがな」
神妙な顔をしてそう言うマロ。
まるで問題があるかのような言い方だ。
「どうやら麻呂達が思っている以上にシャドービーストと言うのは世界の敵のようでな…」
「昨日ハルくんが街の物とか壊しちゃったじゃないですか」
「ワザとではないし…弁償も全部私の方で払うようハサイには言っていたけど…」
「金で解決できる話ではない。こと感情というとのはな。何よりここが聖都と言うのが痛い」
「聖都だと…何かダメなの?」
「ここはこの大陸の中で一番治安が良いとされている。しかも【聖人】の影響で悪人は出禁に近い。入っても殺される。そんな安全な場所で突然シャドービーストが出現した。例え【聖人】が問題ないと言っても恐怖心は抑えられないだろう。そしてそれが蓄積していく。少しずつ、少しずつ、ハルへの嫌悪がな」
「…なら私が…」
「確かにお主なら守れるだろう。だがそれはお主が生きている間だけ。シャドービーストの正確な寿命など分かっておらぬのだぞ?」
人狼の私の寿命は精々120年程。もしシャドービーストの寿命がそれ以上、そもそも無かったら─。
「で、でもその間にはハルの精神も成長してるだろうし…」
「それなのだが…どうもハルの体は成長するようなものではないらしいでな」
「え…?」
「身体と精神というのは密接な関係にある。精神だけ未熟で身体が完成している状態で、精神だけ成長できるかはわからん」
「そんな…」
隣で話が難しくて首を傾げているハルの手を握る。
「? てつなぐの?いいよ」
優しく握り返してくるハル。そんな彼がこのままの精神で、私が死んだ後に溜まりに溜まった憎悪に晒される…?
「…っ」
嫌悪感と怒りと焦りで気持ち悪くなる。
額から冷や汗が流れ、床に落ちる。
「故に必要なのでおじゃる。ハルへの嫌悪を和らげ、人々に受け入れさせる事が」
「…それが奉仕活動?」
「うむ。その先も考えているが…取り敢えずはな。こちらから害意が無いことをアピールせねば。上からの圧力などでは無く、本人からなのが大事でおじゃる」
軽く深呼吸をする。落ち着け。あまり重く考えるな。
実際ハルは体を動かすのに不慣れだ。
日常生活に支障は無いが走るのが苦手なのは緊急時には致命傷になりかねない。
なら、奉仕活動で体を動かして慣れておくのは決して悪いことでは無い。
確かにハルには敵が多い。でもハルを守ろうとしてくれる人は私だけじゃ無い。
私がすべきことは、他者にも頼ってでも目的を達成するという考えだ。
「…わかった。でもハルが嫌がる仕事はさせられない」
「それでよい。【聖人】からリストを貰ってきた。この中から良さげなのを選ぶとしよう」
書類を机の上に置き、開く。
…ざっと見た所殆ど雑用だ。
「草むしり、道の掃除、壁の修繕…水汲みって、それくらい自分でやらないのかな…」
「老人にはちと厳しいものがな…あと怪我人とかも居るからのぉ…」
「うーん、あまり難しいものは避けたいですよね。最初だし」
「ぼくおしごとするの?」
3人で話しているとハルが声をかけてきた。
仕事が何なのかは分かるから入ってこれたのだろう。
「うん。嫌?」
「うーん…ぼくおしごとわかんないよ?」
「大丈夫じゃ。お主でも出来る簡単なものにするでな」
「お仕事出来たらハルくんの好きなお菓子買ってあげるね!」
「おかし!うん!ぼくおしごとする!」
私は少し眉を顰めてシオリを睨む。
「シオリ…あまり物でハルを釣らないで欲しい」
「あ!ご、ごめんなさい。つい前世の癖で…」
「前世?」
「弟が居たんです。その時もお手伝いとかやってくれた時にお菓子買ってあげてたので…」
アハハと苦笑するシオリ。…まぁハルが喜ぶなら、いいだろう。
「ハルは何がやりたいのとかある?」
「やりたいの?」
「この紙に書いてる奴から選べるぞ。平仮名でルビも振ってるからハルでも読めるはずじゃ」
「うーんと…」
まじまじと書類を読むハル。
暫く目を泳がせていたがピタリと止まる。
「ぼくこれやりたい!」
「お、どれどれ?ハルくんがやりたい仕事!」
ハルが指をさしている場所を見る。そこには─。
「物資配達?」
◇
「うーん…参ったな…」
「これは厳しいっすね兄貴」
学校の準備に取り掛かってる俺たち2人は喫茶店で相談をしていた。
早速壁にぶち当たってしまったが…。
「まさか教材がこんなに高いとは…」
「黒板も新調しないとダメっすからねぇ」
予算が普通にしんどかった。
他国から買おうと思っていた教材、まぁそこそこするだろうなとか思ってたらその倍はした。
それが積み重なって積み重なって結果現在の予算では全部を揃えるのは不可能だった。
「予算増やしてもらいません?初期投資って事で…」
「…でも教団別に金持ってる訳じゃねぇんだよな…」
そう。ハサイの教団は別に金を稼いで無い。何せ殆どが慈善活動だからだ。国を運営する以上税金はあるが他国に比べてとんでもなく安い。
国のトップが安物のベッドで寝てるくらい筋金入りの清貧っぷりである。
そんな所が出してきた以上これより多くの予算は出せんという事なのだろう。
「なんせ通ってる子供すらいないから学費もクソも無いからなぁ…」
「ほんとどうすればいいんすかね」
八方塞がりというやつだろうか。
どうしたものだろうか。
「あ、あの…すいません」
「「ん?」」
か細い声に振り向くと俯きながら話しかけてくる少女がいた。
「ハサイ…【聖人】さんってどこにいます…か…」
言葉を言い切る前に顔を上げてそのまま固まる。
…俺らの顔をガン見しながら。
「は」
「「は?」」
「ハゲとツーブロックはこわすぎぃぃぃぃ!!!」
「待て!色々言いたいが俺はハゲじゃねぇ!スキンヘッドだ!!!」
「ツーブロックそんなにダメっすか!?お嬢ちゃん!?」
全速力で逃げていってしまった。どんどん遠くなる少女。
何だったんだ…あ、こけた。