その夜、聖都は強い大雨だった。
まるでバケツをひっくり返したような勢いで降り続ける雨。
屋根が割れてしまうのでは無いかと思う程だ。
「あんなに天気良かったのに…」
「すごいあめだね」
「聖都周辺って別に天候が変わりやすい訳でも無いんですけど…まぁ、こう言うのもありますかね」
食堂で食事を取った後、紅茶を飲みながらシオリと雑談をしていた。
…聞きたいこともあるからだ。
「シオリが送って行った子…大丈夫だった?」
「あ、はい。着く頃にはもう泣き止んでましたから」
「そっか…一応言うけどハサイには…」
「言いませんよ。何かあったら大変だし…」
回状が出てしまってる以上、ハサイが今回の事を知ればあの子に危害を加えるかも知れない。
ハサイの価値観はかなり危ういから、対策しておくのは悪い事では無いだろう。
最悪、私たちへの償罪と言うことで見逃させよう。
「これだけの雨だと、折角やった溝浚いもパーですね…。頑張った人かわいそう」
「…そう言えばシオリは聖都に住んでるけどやらなくてよかったの?」
「あ、私別に自分の家があるわけじゃ無いので…。宿暮らしオンリーです」
「それ金銭面大丈夫?働いてるとは聞いたけど」
「元冒険者で結構稼いでた時のお金があるので贅沢しなければ今の稼ぎで充分なんですよ。…今思うと私タイミング良かったなぁ」
「高レベル以外の冒険者は厳しいらしいからね」
「仕事は無いし他の仕事やろうにも風評被害でやらせて貰えないですからね…。スレ民の中でもそう言う人達が居ます。まぁチート…特別な能力で何とかなってるみたいですけどね」
「他の国じゃ盗賊に落ちてるなんて話もあるもんね…。ツルパゲとツブローみたいな人達すらなってたから…未遂だけど」
それほどシオリはタイミングが良かった。アクアニスタでの騒ぎが広まる前にうまく別の仕事に転がり込めたのだから。
「もしお金に困ったら教えて。ある程度なら援助するよ」
「え、いやーそれは流石に遠慮させて貰います。一回楽するとダメになりそう…」
「そう?碌に使ってないからいつでも言ってね」
「あ、あははは…(次元が違う…)」
「シオリはなんでぼうけんしゃやめちゃったの?」
「え?ああ、それね」
ハルが尋ねるとシオリは苦笑する。
「…最初は割と順調だったんだ。私が冒険者になった時の同期も居たからさ。その人達とパーティ組んでた。もっぱら盾役だったなぁ。私自分に耐性付けれるから。凄く頼られてたし、難しい依頼もバンバンこなしてた。楽しかったなぁあの時は」
「…じゃあ何でやめたの?」
「…リーダーの人に告白されちゃって、他のメンバーも祝福ムードだったんだけど私にこれっっっっっぽっちもそう言う気持ち無くて…断っちゃったんです。そしたらもうギクシャクしちゃって。逃げるようにやめちゃいました」
「ああ…」
なんだろう。誰も悪く無いのがやるせないと言うか…。
と言うか例え告白が成功しても今まで通り活動出来たかは怪しいけど。
「? シオリはそのひときらいだったの?」
「ううん、嫌いでは無いかな、今でも。でも恋人になりますかと言われたら…無いかなぁ」
「なんで?」
「いやぁそりゃ勿論、私が自分より年下が好きだから─ハッ!」
咄嗟にハルを庇う。なんて事だ。シオリは安心できる人だと思ったのに。
「ち、違うんです!確かに年下が好きですけどそれはほら!好みの問題じゃ無いですか!」
「やたらハルに好意的なのも…遊びたいから2人にして欲しいとか言ってたのも…!」
「違うんです!違うんです!いやホントに!ハルくんに好意的なのはスレ民全員です!遊びたいのは…ほら!友達と遊ぶのに保護者が居ると気まずいからです!」
「本音は?」
「今のが本音ですよ!?」
ホントだろうか。一度怪しむと永遠に怪しく見えてくる。
ハルを取られないようしっかりと抱きしめる。
「あぅ。シル、くすぐったいよ」
「ごめんね。でもシオリにハル取られるの嫌だから我慢して?」
「ぼくシオリにとられちゃうの?」
「取りませんよぉぉぉ!!!」
◇
「いやぁお待たせさせてしまい申し訳ありません。まさか突然大雨が来たせいでバタバタしてました」
「いや、こちらが突然来たのです。待つのは当たり前ですよ。【聖人】殿」
関所の会議室にギルドからの使者を通して30分程待たせてしまった。
…数は5人。どの人も優秀な人材って感じですね。悪人が居ないのもとてもいい。
「さて、それでは本題に入りましょう。夜も遅いですからね。ちょっと連れが早く帰りたいと煩いし」
「そうですか。なら単刀直入に言います」
「【銀狼】に聖都からギルド本部に行ってもらいたい。どうだろうか」
「ダメですね。話は終わりです」
席を立つ。今日の夕飯は何にしようか。多分シルさん達もう食べちゃったよなぁ。
「ちょ、待ってくれ【聖人】!これにはちゃんと訳が─」
「いや流石にそれくらい分かりますよ。理由無しで英雄呼びつける程貴方達馬鹿じゃないでしょ。でもダメです」
「【銀狼】じゃないと対応出来ない事態が起きたのよ!このままじゃいくつかの国が消えるわ!」
「…魔物の進軍ですか?なら私が対応しますよ」
「貴方の力では周辺の土地が吹き飛んでしまう!代償が大きすぎるんだ!」
「【銀狼】ならそこら辺巧いからな。今までの経歴が物語ってるぜ」
魔物の進軍。大量の魔物が徒党を組んで襲ってくる。奴らが通った後は人族の死体の山が出来る。それも大半が食いちぎられた物の。
そんな進軍を1番多く止め、魔物を全滅させてきたのはシルさんだ。
あの人は私のような贅力がある訳ではない。【支配者】のような特殊な力を持ってる訳でもない。
ただ、【速い】。
圧倒的速さ。そしてそれを的確に使う技量。それが彼女の強さだ。
彼女なら一瞬で、しかも私のように環境を巻き込む事なく魔物を全滅させられるだろう。
だが、ダメだ。
「彼女は今、私が自ら聖都に招いた客人です。客を他所の都合で外にほっぽり出しますか?」
「緊急事態だと言っても?」
「シルさんは今漸く休めているんです。体も、心も。12年間走り続けてきたのですから今ぐらい休んで良いはずです。なので私が行きます」
「勘弁してクレメンス!あんたに出られたら周辺の土地どころか気候も変わって農作物が大変なことになるんや!」
「と言っても私力加減できないので…我慢して欲しいです。勿論、食糧不足なんて事になったら援助しますよ?」
「そうだな。貴方は援助してくれるだろう。
「? 当たり前じゃないですか。罪の無い者以外助けてどうするんですか?それ以外のゴミとか要らないでしょう?」
「…それでは、ダメなんだ。せめて【銀狼】にこの話を通してくれ。それだけでも─」
「あの人には今、大切な人が居ると言うのを知ってて言ってます?それ」
「!!!」
軽く殺気を飛ばす。リーダー格の男以外全員気を失った。
やっべ。やり過ぎた。やはり手加減は苦手だ。
「…一旦お開きにしましょう。夕食の時間も過ぎてしまってますし…また明日話し合いましょう。宿に案内しますよ」
「…他の連中が気をやってしまったのだが」
「申し訳ないです。手加減難しくて。私が担ぎますね」
◇
雨が降り続ける。調整はうまく行ったようだ。
仕込みはこの雨がやってくれる。後は私が起動すればよい。
赤い瞳を通して街並みを眺める。
この国に、居るのだろう?
既に他の個体は使い潰してしまった。
せめて繁殖、もしくは複製しとくべきだった。
研究の余り周りが見えなくなるのは悪い癖だ。
にしてもギルドもたまには役に立つ情報をくれるものだ。
これが無ければわざわざ
新たな実験をやる機会にも恵まれるし、私は運がいい。
この世界最後の個体だ。慎重に慎重を重ねなければ。
「なぁ?シャドービーストよ」