Muv-Luv Condition-Red of human 作:ガン=カタ
朝。
それは人類に許された至福の時。
「起きて下さい、少佐! 早くしないとテストが……あぁ、5分過ぎました!」
心地良い眠りを与えてくれる枕。
身体を包み込み優しさを振り撒く布団。
寝返りをする度にギシギシと呻くベッドの音も、今では愛おしい。
「おい、剣崎! 昨日の今日で悪いが、お前に大事な話があってだな!」
あぁ素晴らしい。
戦時中だろうがこの至福の時だけは誰にも邪魔させる訳にはいかない。
起床ラッパが鳴ってからの30分。
それが奴等、安眠妨害者共の活動時間でもある。
それさえ乗り切ってしまえば、何と言うことはない。
あとは惰眠を貪り尽くせば――
「おっ、唯依ちゃん」
「あっ、おはようございます、篁中尉」
「グバラァッ!!??!!!」
跳ね起きると言うよりも、ベッドが俺を拒絶した様な錯覚に囚われる。
居るのか!?
この厚い扉1枚向こうに、あの子が居るのか!?
いや、たった1枚しか扉が無いのか!?
取り敢えず新しいパンツを着装。
昨日、綺麗に畳もうと心に決めていたがそんな事はもうどうでも良い。
寝巻きを放り投げ、歯を磨く。
あまりにも焦り過ぎたので、きっと口の中は血だらけだろう。
がしかし、あの子の言葉の弾丸よりは千倍マシだ。
顔を洗う。早い、速度が早い。
今の自分が何処で何をしているのか、自分自身でも理解できていない。
本能だ、今の俺は本能で動いているのだ。
軍服に袖を通し、扉を半ば蹴破る。
因みに、何を言われても良いようにハンカチを手に握り締めていた。
「お、遅れてすまない!中尉、だが俺は――!」
……アレ?
「おはようございます、少佐。いやぁ~ 効果抜群ですね!」
「朝に弱いって……今後が思いやられるぜ、ったく」
中尉が、居ない?え?俺、騙された?
「こ、この鬼!悪魔!利益探求者!夢を返して、少年の夢を返して!!」
「さぁ少佐、シミュレータールームに行きましょうね~」
千枝が笑顔で俺に迫る。
普通に怖かった。顔が笑っていても、目だけは笑っていない様は恐怖を煽る。
その時の俺はきっと、殺されると錯覚したことだろう。
それは避けられない未来のビジョン。
「あぁいや、その前に剣崎少佐に伝達事項がある」
ズイッ、と巖谷さんが俺と千枝の間に割り込んだ。
いつも一歩下がった場所で物事を見守る巖谷さんが自分から前に出て来ると言う事は余程重要な事なのだろう。
それに、俺のことを”剣崎少佐”と呼んだ。
俺も軍人の端くれだ。すぐさま、身体の向きを巌谷さんへと向く。
千枝も俺の後ろへ下がり、巖谷さんへ視線を移していた。
「剣崎少佐及び藤代千枝中尉に特別任務がある。
貴様等には今回の特別任務を実行するために――”アラスカ”へ飛んで貰う」
Muv-Luv Condition-Red of human
巖谷中佐から伝達された任務内容を私なりに要約すればこうなった。
“ソ連とアメリカの国境近くで不知火を改修して来い”。
計画名『XFJ計画』。
つまり、私と少佐は其方に赴いて技術を提供。
その見返りとして日本の94式――不知火を改修して来れば良い、との事だ。
「日本だけでは94式の改修は難しい。
設計図から何やら、全てを白紙にして0から設計しなおしたとしても、出来上がった
機体では到底現場の欲求を適えるに至らない。外国機導入の意見も出ている始末だ」
「でも、それだと反発する人が多そうですね。帝国では外を嫌う人だらけですから」
「中尉は柔軟な思想を持っているようだな。
まぁ確かに、全員が快く思うとは限らん。だからこそ、お前達の出番なのさ」
ソ連とアメリカの国境付近ではプロミネンス計画と言う物が進められていたらしい。
XFJ計画とは即ち、そのプロミネンス計画に便乗する事になるのだろう。
……こう聞くと、少々聞こえが悪い。
それでも背に腹は変えられないのだろう、何せ資金は有限だ。BETAも待ってはくれない。
「お前達が携わっている新型も向こうで改修して貰う。
折角、汗水流してテストして貰って悪いが、より良い機体を作る為に我慢して欲しい」
「いえ、それで苦労するのは私では無く少佐ですから」
「だそうだ。怖い相棒だな、剣崎」
「いつもの事ですよ」
XFJ計画の細かい点などをチェックする私の隣で、彼は戦術機のカタログを捲っていた。
難しい話の時はいつもそうだ。
面倒ごとを全て私に放り投げて、自分は逃避。正直、ずるいと思う。
「お前達、やってくれるか?」
巖谷さんからの最終確認。
上からの命令であれば、断れる筈も無い。
一応、巖谷さんからの優しさなのだろう。
やっぱり帝国の中でもこの人は少佐が懐くだけの事はある、屈指の良い人だなぁ。
「了解!」
「了解。何よりも巖谷さんの頼みですからね」
型に沿った敬礼を返す私と、読んでいたカタログを返して適当に右手を上げる少佐。
私よりも付き合いの長い少佐だからこそ許される、巖谷さんに対しての対応だ。
それに苦笑をしながら、巖谷さんも敬礼を返してくれた。
「そうそう、同伴者がもう1人増えるかも知れん。
今からそっちにも通達するから、お前達はサッサと支度を整えてくれ」
思い出した様に言う巖谷中佐。その顔は何か含みが見え隠れしていた。
隠している、と言うのは明らかだ。
協力者とは?
そう問おうと思っていたのだが、既に後ろでは少佐がドアに手を掛けていた。
「――篁中尉、貴様にはアラスカに飛んで貰う」
唯依ちゃんは明らかに動揺を見せたが、それを押し殺して相変わらず堅い敬礼を返す。
こんな一面を持つこの子だからこそ、剣崎はどうにも苦手なのだろう。
「まだ貴様には伝えていなかったが、2名の同伴者が居る。
其方は貴様よりも2日程早くアラスカへ向かって貰うつもりだ。
現地で合流次第、打ち合わせでもしておけ。なに、気の良い奴等だから心配は要らん。
同伴者の資料は部屋にでも送って置こう、部屋でゆっくりと確認してくれ」
1人は帝国技術部が認める天才、もう1人は帝国が誇る古参のエースだ。
例え、向こうで何があろうがあの2人なら解決してくれる事だろう。
それに――剣崎なら、安心して唯依ちゃんを任せられる。
唯依ちゃんに手を出す馬鹿共に対する牽制にもなるし、自身が手を出す事も無いだろう。
ついでに言えば、あのサボリ癖の強いバカ野朗には丁度良い刺激になる筈だ。
資料を見ている中で、私が驚愕するに値する名前が書いてあった。
同伴者の中に、藤代千枝の名があったことも十分に驚いたが、その下の名――
『剣崎龍二/少佐/男』
一瞬、頭の中が真っ白になった。
この名前を見ただけで、出会った頃から今までの事がフラッシュバックする。
だから、私は彼を直視しない。
軍人として生きて来た筈なのに、何か別の物になりそうで怖かったから。
「ッ……!」
でも、コレは任務だ。
任務だからこそ、彼はアラスカへと飛ぶのだ。
その胸中に下心などある筈が無い。
そんな人に対して、この様な気持ちを抱くのは無礼以外の何者でもないだろう。
「シャワーでも、浴びよう……」
私は軍人だ。他の何でも無い、私は国の為に戦う軍人なのだ。
自分にそう言い聞かせなければ、とてもじゃないが――狂いそうだから。
「……」
空気が、伸し掛る様に重い。
輸送機の中で気付いたが、同伴者名簿の一番上にある名前を見ればそうもなる。
『篁唯依/中尉/女』
彼女の到着は俺達から遅れて2日後との事だが、憂鬱だ。
何せ、あの子と一緒に居ると周りの可愛い女の子達も自粛して堅くなる。
顔は可愛いのに、俺の好みなのに、性格があまりにも堅物なのだ。
過去、何度も会話を試みたことがあった。
「中尉、ご飯でもどうです? 何なら貴方の為に特製ディナーでも――」
「いえ、少佐を煩わせる訳には参りませんので」
「中尉、シミュレーターでも一緒にどうですか?」
「私の様な未熟者が、恐れ多くも少佐と共にシミュレーターなど言語道断!
どうか、気にせずにお続け下さい」
全て断られて、一時だが本気で落ち込んだこともあった。
それが彼女の個性だと割り切らなければ、今も割と本気で悩んでいたかも知れない。
俺自身、篁唯依と言う女の子は嫌いでは無い。
性格もキチンとしているし、叔父さん(巖谷さん)思いだし、仕事だって出来る。
「はぁ……」
「どうかしましたか、少佐?」
「いや、まぁ……頑張ろうか」
「? あ、もう直ぐユーコン基地が見えます!」
ただ……怖いのよね、あの子。
俺が女の子と話をしているだけで、目だけで射殺すくらいの勢いでコッチ見るからさ。
それに俺自身、彼女を"あの子"に──ッ
『――此方、ユーコン基地。剣崎少佐及び藤代千枝中尉ですね? お待ちしておりました』
ハッとした様に顔を上げる。あまりの事だったので、少々だが驚いてしまった。
通信画面に映る白人の男性。
此方の顔を見るなり、興奮した様子で喋っている。何か嬉しいことでもあったのか。
「どうも。わざわざ、歓迎感謝します」
『いえ、此方にも少佐の武勇伝は聞き及んでいます!
そんな方と共に1つの戦術機を作り上げることが出来るなど、光栄です!!』
そう言うことか。
別に、たいしたことはして来なかったけど……風評は流れる間に美化されるのか。
「武勇伝と言っても……それはただの言葉だよ。まぁ、よろしく頼む」
『はっ!』
上空から見えるアラスカの大地は、広大だった。
此処が――新しい職場か。
そんな一抹の不安と少しの期待を持って、アラスカへと降り立った。
不知火の改修と新型の完成。
それと、出来るなら篁中尉とのギクシャクした関係も終わらせたかった。
大変だなぁ、と1人愚痴る。
久しぶりに踏み締めた地の感触を確りと感じながら、俺と藤代は迎えのジープへと向う。
俺たちにとっての新たな戦いの地
ようこそ 『アラスカ』へ
以降更新が不定期になると思います
気長にお待ち下さい
更新速度は落ちますが
なるべく一度に5話程度は投稿したいと考えています