Muv-Luv Condition-Red of human 作:ガン=カタ
俺と彼女の接点は、巖谷中佐と言う上司に直結する。
俺と巖谷中佐は上司と部下の関係。
もうそれなりに続いている関係になる。
そして彼女と巖谷中佐の関係はぎこちない仮初の親子。
それでも、それはかなり円滑な関係だと思う。
しかし俺と彼女の関係は、如何せん円滑には進まなかった。
何よりも性格が違い過ぎた。
空っぽである俺と、堅苦しい物で詰め込まれた彼女。
日本人としての誇りよりも、人々との繋がりを重んじる俺。
人々との繋がりよりも、日本人としての誇りを重んじる彼女。
俺たちは、全く馬が合わない。
それでも、嫌いではない、のだと思う。彼女の事は。
寧ろ、あの誇り高い心を、俺は心から渇望している。
俺にはない何かを持っている彼女だからこそ、俺は彼女のことが心配でたまらないのだ。
その美しき輝きが、やがては潰えてしまわないのか、と。
だが、根本が異なる俺達2人は――まるで、水と油なのではないだろうか?
考えると、それなら道理だと納得できた。
決して混じりあう事は無い2つの"個"。
結局、無い者がある者に焦がれるのは、いつの時代も世の心理だということだろう。
Muv-Luv Condition-Red of human
久しぶりに見た彼女はやはりと言うか、凛々しかった。
キッチリと背筋を伸ばし、ビシッと言う擬音が似合いそうな形式に沿った敬礼。
大和撫子を絵に描いた様な容姿。
それでも、俺はどうしても彼女から一歩距離を置いてしまう。
堅苦しいとか、心の底から拒絶してしまう訳では無い。
ただ――今は亡き人に、彼女を重ねてしまうのが怖かった。
そこにいるのは篁唯依という少女だ。
彼女は違う、"思い出"などでは絶対にない。
「篁唯依中尉です、本日から宜しくお願い致します!」
「藤代千枝中尉です。沢山の苦労もあると思いますので、遠慮なく私に仰って下さい。
微力ですが、力になりますから」
藤代の差し出した手を遠慮がちに握り返し、僅かに微笑む唯依。
昔なら――きっとそんな2人の姿に俺も混ぜて、などと割って入っていくことだろう。
ただ、それは昔の俺だったらと言うのが条件だ。
既に時間は経過しており、過去と今では心情や考え方も万華鏡の様に変化していく。
例え、昔は受け入れていたものでも今は――そんなことも、珍しいことではない。
「――」
「……」
此方を見る視線を感じるが、目は伏せたままだ。
今の俺は感情すら、何よりも表情すら、相手に伝えることを拒絶していた。
このまま居ない事として扱ってくれるのなら、それはそれで結構だ。
出来れば、欠席したいくらいなのに。
適当な理由をつけてでも、彼女の前に出るのは、避けたかった。
――"まだ記憶の整理が出来ていない"
「――あの、」
それでも、彼女は口を開く。
何から何まで、律儀なことだ。
その姿勢が此処まで来ると、感心を通り越して呆れ返る程だった。
「……お……お久しぶり、です……」
「そうだな」
内容は簡潔に、さらに手短に纏め上げる。
一瞬だけ彼女へと視線を這わせ、サッと話を切り上げると目を伏せ、壁に背を預けた。
『兄さん、また遊び呆けて……!』
『兄さんはやっぱり凄いです。流石、私の自慢の兄さんだけはありますね』
『またこんなに汚して……母さんに怒られますよ?』
――兄さん
そう言っていた、俺のたった1人の妹の顔が脳裏に浮かぶ。
よく笑う、良い子だったと俺は自負している。少々兄バカだったことは否めないが。
別段、妹と彼女が似ている訳では無い。
外見から始まり、性格、挙動、才能に至るまで何から何までも共通する事が何も無い。
それでも、何処かで俺自身が彼女をそう"見て"しまうのかも知れない。
心に刻み込んだ大切な家族の笑顔と言う思い出を、その幻影を、俺は彼女に感じている。
そんなものを抜きにして、彼女のことを見つめていたい。
そんなものは取り払って、彼女へと笑みを浮かべたい。
彼女との付き合いだって、巖谷さんとの付き合いには劣るが、それなりに長い。
彼女の任官時代から、何かと世話を焼いてはいたのだから。
でも、それは表面上だけの関係だ。
今の俺では、心の底から篁唯依と言う少女を歓迎し、見守っていくことが出来ない。
やっぱりダメだ。
頭の中は殺伐としているのに、心の中は混沌としていて、今も尚、こんな風に矛盾を抱えている自分が気持ち悪くて、とても不愉快だった。
――俺は、この子が苦手だ。
そう胸中で呟き、組む腕に力を込めた。
「此方が篁中尉の私室です。あっ、PXの場所も案内しますね」
此処ユーコン基地の案内を始めてから早数時間。
藤代中尉はそう言って、先ほどからどれだけの場所を私に案内したのだろう?
凄まじい広さを持つユーコン基地の内部を案内するのには、必然的にかなりの時間を要する事となってしまった。しかし、それなりに有意義な時間だった。
道中での藤代中尉による話では、国外技術を取り入れた新型機体の整備は順調であり、将来的にはその技術を日本の戦術機に組み込むこともそう難しくは無いらしい。
機動力の向上、反応速度の鋭敏化、関節の稼動範囲拡大、レーダーの強化など挙げればキリがない程の収穫だ。
たった4日間程で既存のデータを元にして型を完成させるとは驚愕である。
帝国随一のメカニックでもあり、巖谷中佐や帝国の整備班達が認める天才少女の肩書きを持つだけのことはある。
「此方がPXです。日本食が少ないですが、そこは慣れていただくしかありませんね」
しばらく歩いているとPXの前まで来ていた。
行き成りのことに驚いて顔を上げるが、藤代中尉は特に気にした様子も無い。
「いえ、食事が摂取出来ると言うだけで十分です」
「流石は帝国軍人の鏡。件のテストパイロットにも爪の垢を飲ませてやりたいですね」
「わ、私はそんな立派な人間では……そ、それに少佐は十二分に立派な――」
「あら?私、”少佐”なんて言いましたか?」
「ッ!」
思わず、口ごもる。
確かに彼女は少佐の話などしていなかったし、そう勝手に解釈したのも私だ。
口に当ててしまっていた手を、自然な様子で離した。
気恥ずかしさもあり、思わず俯いてしまうと、藤代中尉はくすくすと笑っている。
「冗談です、冗談。ユーモアもないと、此処ではやっていけませんから」
「……は、はぁ」
納得出来ない、と言う表情をしていたのだろうか。
藤代中尉は、姉の様に優しく微笑みながら私に話しかけた。
「――ゴメンなさい。貴方と彼のこと見ていると……ちょっと、ね?」
「わ、私は別に、何も……!」
二度目、と小声で呟くと藤代中尉はくすり、と笑いながらPXに入っていく。
まだ拭えぬ多少の気恥ずかしさと共に、私もそれを追って、いそいそとPXへと足を踏み入れた。
篁中尉との会話をサッサと引き上げて、俺はと言うとリルフォートへ買出しに出掛けていた。嗜好品の買出しと、千枝たちにも何か手土産でも買っていこうか、などと考えながら、穏やかな街路を歩く。
しかし――
「此処はカップルしかいねぇな……」
周りを見ても男&女のオンパレード。
無理を言ってでもステラを連れて来るべきだっただろうか、と独り呟き、ウィンドウショッピングなどに勤しむフリをしてみる。
「……憂鬱だねぇ」
煙草を吹かしながら、日常品の入った紙袋を持った日系人が1人で歩いている。
同情を誘うには最高の条件だな。
見ている分には楽しいが、実際に己の身に降りかかるとなると本当に勘弁して欲しい。
凄く、泣きたい。
ショーケースの中に入っている服やら玩具、そしてそれに群がる子供から大人まで。
今の堅苦しい日本に比べれば――幾分も平和な街だった、此処は。
BETA、BETA、BETA、テスト、BETA、BETA、BETA、テストの繰り返し。
それこそ毎朝毎晩毎日気が遠くなりそうな感覚で。
撃って、撃たれて、斬って、斬られて、殺して、殺されて――
そんな日々をついこの間までは当然の様にこなしていた俺だった筈なのに。
今じゃ、こんな平和な街で暢気に買い物まで出来る様になるとは思いもしなかった。
――少し、感慨深い。
呆然とし続ける俺に、ドンッと何かがぶつかった。
胸元までは届かないが腹辺りに当たった"何か"に驚きながらも、それが倒れる前に咄嗟に抱え込む。
咄嗟のことだったので、辺り一面に買い物袋の中身が辺りに散らばった。
「大丈夫か? 怪我は無いか?」
小さな――それこそ、目に入れても痛くは無いと言い張れるほど可憐な少女は、俺の腕の中でビックリした様に目を見開いていた。
いや、まぁその何だ。
ビックリさせて悪かったね、って思うよ。
「悪いな。お兄さん、ちょっと考え事があってね」
「かんがえごと?」
抱えていた少女を離すと、俺は少女に話し掛けながら散らばった荷物を拾う事にした。
それにしても、少女の瞳は……無垢な瞳というやつだろうか。
何色にでも染まる様な純粋さと危うさを兼ね備えたようにさえ見える。
つまりは、この年でこんな目が出来るこの子は"普通"ではないのだろう。
「――1人で居るのが寂しかったのさ」
「??」
特に寂しかった訳でもないが、子供に兵隊の云々を語っても分かる事でもない。
今は、親近感を覚えて貰う為に適当な嘘でも垂れ流しておこう。
しかし、この子は見たところだが親と離れた迷子といった所だろか?
警察でも軍の関係者でも何でも良いから預けて、この子の親御さんを探してやらないと。
「お嬢ちゃん、お名前は?」
「イーニァ」
「じゃあイーニァ、お父さんとお母さんは?」
「いないよ。でも、クリスカが居るから」
「クリスカ?……あぁ、保護者ね。
それじゃ、保護者のクリスカさんを探さないといけないな」
「??」
頭にクエスチョンを浮かべるイーニァを前に、俺は苦笑を浮かべる。
子供と触れ合うなんて久しぶりだ。
表にこそ出さないが、心の隅でイーニァとのやり取りを楽しいと思っている自分が居た。
「コレでもこの街のことは詳しくてね。それじゃまずは――」
と、ココで突如グーっと小さな虫が鳴いた。
勿論、俺じゃない。
ともすれば、自ずと誰かは察して欲しい。レディに聞くことじゃないだろう。
「食事でも済ませようか、ミス・イーニァ」
帝国では、悪ガキ共の相手をしていたのだ。このくらいの子供の相手は造作もない。
イーニァの手を引きながら、ゆったりと歩き出す。
イーニァ自身も、何ら抵抗の色すら見せずに黙って付いて来た。
なぁ未だ顔すら知らぬクリスカさん。
この子には、危機管理能力を与えるべきだと俺はつくづく思うのだがね。
ごく有り触れた喫茶店。
その店に並ぶテーブル達の中から、出来るだけ人通りが確認出来る窓際の席に座ることにする。
外でイーニァを探す"クリスカさん"が彼女を見つけられるように、配慮したつもりだ。
普通ならば、警察でも軍にでも届けて親御さんの情報を調べて貰うのが手っ取り早い訳だが、如何せん目の前で腹の虫を鳴らされると……ねぇ?
「煙草、煙たくない?」
「うん。へいき」
「そうだと助かる。仕事場だと吸えないから……怖い子が来ちゃったし」
「リュウジ、そのひとのこときらい?」
「大好きだよ」
そんな腹の虫を鳴らしたイーニァは、小さな口でモグモグとスイーツを食べていた。
単調な筈の"食べる"という動作1つ1つが小動物の様にチョコチョコと動いていて、見ていて飽きる事がない。
取り敢えず、食べ終わるまで待つか。
俺もあとちょっとで1本吸い終わるところだし。
――その後、俺はイーニァを近場の警官に任せて、基地へ戻ることになった。
いくら何でも小さな子供をこんな場所へ置いて行くことは、安いプライドが許せなかったが、如何せんあまり此処で時間を食うわけにもいかない。
流石にアラスカへ来たばかりの俺が、礼節を欠いたなどとは、笑えないジョークになることだろう。
再会の約束だけは済ませて、俺はイーニァから離れることとなった。
『イーニァ、君を此処に置いて行くことは辛い。
だけど、また君が会いたいと望んでくれるなら、俺は君を迎えにいくよ』
リュウジはそういって、いってしまった。
かえるときのリュウジのかおはかなしそうで、ないてしまいそうだったから。
わたしも、かなしくなった。
――またあいたいな、リュウジ
"望めば会える"
龍二の言い放ったその言葉通り、2人は再会する事となる。
片や、日本から派遣された技術提供者――そして、孤高の黒い獅子として。
片や、ソ連内でも恐れられる衛士――誇り高き紅の姉妹として。
再び戦場で出会う事になるなど、今の彼等には想像出来ないことだった。
一部文章削除しました