もしも中原ミズキが某スパイ映画みたいな超有能リコリスだったら 作:那珂テクス
「私とミズキを間違えたぁ!?」
よく晴れた日の昼下がり。
喫茶店で依頼人を待っていた錦木千束は、新しい相棒──井ノ上たきなから衝撃の事実を聞かされていた。
なんでも彼女は、今朝初めて喫茶リコリコを訪れた際、中原ミズキを千束と勘違いしたらしい。
「はい。楠木司令からは優秀なリコリスが1人いる、としか言われなかったので」
「お、おお、なるほど。そりゃ勘違いもするわ」
向かいの席で無表情に解説するたきな。
対する千束は「真っ昼間から酒盛りをするリコリスがどこにいる」という言葉を呑み込み、ひとまず首肯することにした。勘違いを誘発する状況だったことは否めないし、何よりも頭ごなしに人を否定したくないからだ。
しかしそんな彼女を以ってしても、たきなから伝えられた話には笑いを禁じ得なかった。
「ぶっふ! まさか私とミズキをねぇ……くくっ」
堪らず噴き出した千束に、たきなが眉根を寄せる。
「そんなに変ですか?」
「い〜やぜ〜んぜん? これっぽっちもおかしくないよ〜? くくくっ」
と、言う割には笑い過ぎである。いったい何がそんなにおかしいのか。
釈然としないたきなが若干むくれていると、ひとしきり笑った千束が身を乗り出してきた。
「ねぇねぇたきな! 初めてミズキを見た時、どう思った?」
声を弾ませて好奇心いっぱいの笑顔を向けてくる。からかうような様子ではないが、たきなにはその真意が掴めない。
故に、率直な感想を言うことにした。
「どうと言われても……隙だらけだな、としか。あと綺麗な人でした」
「あ、あ〜ね? う〜ん」
ワクワク顔から一転、気まずそうに全力で目を逸らす千束。
表情がコロコロ変わっておもしろい人だな、とたきなは思った。
「あっはは、黙っとけばハイパー美人だからね、あの人……ってそうじゃなくて、隙だらけ?」
「はい。私が入店したことに気づいていませんでしたし、簡単に背後を取れました。情報部は近接戦をそこまで重視しないのでしょうか」
「そりゃ情報部だもん。銃握ってドンパチするのは私たちの専門だよ」
「確かにそうですね」
千束の言い分をあっさりと認めたたきなは、卓上のカップを自身の口元に運んだ。
同じようにほろ苦いコーヒーを嚥下しつつ、千束は残された誤解を解くべきか否か逡巡する。
乃ち、
(ミズキには必要以上に喋るなって言われてるしな〜……でもあの人、ま~た私に黙って単独任務してるっぽいし)
1人で危ないことしないでって言ってるのに! と憤慨する千束。ミズキ本人からは何も聞かされていないが、これでも10年来の付き合いだ。今朝の微かな雰囲気の変化を、彼女は機敏に感じ取っていた。
今この瞬間も、あの人は恐ろしく危険な単独任務を遂行しているのだろう。
すぐにでも助けに行きたいが、彼女のそばにはミカがいる。如何に危険であろうと、万一のことは起こり得ない。そう断言できる。
故にいま千束がやるべきことは、ミズキの素性に関する情報を、新しい相棒に伝えるかどうか決断することだ。
──前提として、錦木千束は中原ミズキの実力を知っている。
各国諜報機関を易々と出し抜き、潜む刺客たちを正確に捕捉し、機械のように淡々と処理していく姿を、彼女は知っている。
そしてそれを知った10年前、初対面のミズキに──当時は千束と同じ赤色の制服を着ていた──自身の存在を秘するよう強く頼まれたのだ。
結果、千束が律儀に約束を守り続けているおかげで、「電波塔事件は錦木千束がたった1人で解決した」というカバーストーリーが今日でも信じられている。目の前の相棒も同じクチに違いない。
話すべきか否かで言えば、否だろう。
少なくとも今ではない。
自身のことならまだしも、これは人の秘密だ。緊急性が高いわけでもなし、当事者であるミズキ本人が口を開くのを待った方がいいだろう。
待った方がいい、のだが……。
(……なんとなくだけど、たきななら変えてくれそうな気がする)
何もかもを背負い込んで、1人で解決しようとする悪癖を。
それに気づいているのに、助けられずに歯噛みしている現状を。
(……とりあえず、実はバカみたいに強いんだぞ~ってことだけ教えとこう)
最終的に、千束は自身の勘を信じることにした。
「たきな、お店に入った時にミズキが何をしてたか、詳しく教えてくれる?」
「? そうですね……玄関から見て正面のカウンターに座ってました。そこでお酒を飲んでいて──」
簡潔に当時の状況を教えてくれるたきな。それを聞く千束は「ふむふむ。なるほどね」と相槌を打ちつつ、腕を組んで脳内でシミュレートしてみる。
そこから導き出された答えは──
「──4回、かな」
ぽつりと口にすると、たきなが首をかしげた。
「4回? 何がです?」
「たきながミズキに制圧されてたかもしれない場面」
「えっ」
思いがけない返答に、たきなは目を丸くする。
たきなが入店してから千束が戻って来るまで、時間にして2分にも満たなかったはずだ。その間も彼女は念のために、ミズキの一挙手一投足をつぶさに見ていた。
それでも尚、彼女は隙だらけだった。
そうにしか見えなかった。
「まず入ってきたことに気づいてなかったって言ってたけど、あれ本当は気づいてるよ。私も似たような状況で何回かちょっかいかけてみたんだけど、全部すぐに組み伏せられちゃったの」
さも当然のように語られる内容に、たきなは今度こそ言葉を失った。
まだ知り合って数時間しか経過していないものの、彼女は目の前に座る少女が、間違いなくファーストリコリスなのだと実感していた。それは制服の色だけでなく、細かな所作や楠木司令の評価にも如実に表れている。
間違いなく、強い。
少なくとも、今の自分よりは。
その千束をしてここまで言わしめる、中原ミズキとはいったい──?
得体の知れない不安感に苛まれるたきなに、千束は穏やかな笑みを浮かべる。
「たきな、覚えといて。この仕事で1番怖いのは、射撃が正確な人でも近接戦が強い人でもない。人を油断させる人なんだよ。ま、あの人は味方だけどね」
そう言って再びコーヒーを飲む千束。ややあってたきなもそれに倣い、つかの間の静寂が訪れる。
なんとなく気まずい空気が流れていたが、千束がパンと手を叩くことでそれは断ち切られた。
「そんな感じで、ミズキの話はこれでおしまい! それよりもほら、『評価を上げたい』だっけ? 私が相談に乗るよ!」
朗らかに話題を変えてくる千束に、たきなは気を取り直して自身の悩みを打ち明けるのだった。
ということで、篠原沙保里さんと合流するまでの一幕でした。
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