「真琴さん、俺何がいけなかったんでしょう?」
「情熱と暑苦しいの違いを理解出来ないバカだってことに尽きるわよね」
時刻は20時を16分ばかり回った所、レイニー・ジャーナルオフィスから徒歩10分の焼き肉屋「さとちゃん」の座敷席にて運ばれてきたお通しに手を付ける気力もなくドハーッと深い溜息をつく哲也に構いもせずにホルモン焼きをかき込み、ついでにビールジョッキを煽りながら辛辣な返しをする真琴。やけに強調された「バカ」に心臓を貫かれた哲也になお追い打ちをかけるように
「大体動機が不純なのよアンタは。さっきのだって純粋に『この件を追いたい』というより『あわよくばこれをきっかけに正社員に』とか考えてたんでしょ。不純が悪いとは言わないけどアンタの場合邪念が多すぎ」
更に精神的にハードヒットを叩き込む。もし精神にゲームでいう所のHPバーが存在しそれが可視化出来るとしたら既に哲也のそれはゼロを下回ってマイナスのラインに到達しているだろう。
元々定時なんてあってないような職場環境、朝やら昼間の一件やらで精神的にも肉体的にも疲労困憊まっしぐらな哲也に珍しく「奢ってあげるからとっとと仕事かたしなさい」とキツイ言い方ながらもありがたい申し出を下さった真琴についていけばこうして怒涛の追撃を叩き込まれてる訳だから、つくづく「出来る人」とは呑みに行きたくないものである。
「マコちゃんやめなって~、てっちゃんのライフはもうゼロだよ~」
「そうそうあのタコ編集長は奥さん以外には誰にでもああなんだから」
横合いと正面から伸びて来た手が肩と頭をポンポンと叩く。幼子をあやすような仕草に鬱陶しいと思わないでもなかったが振り払う元気もなかった。相も変わらず辛辣な態度を崩さない真琴は「食べないなら貰うわよ」とか言って哲也の前に盛られた肉までかっ攫おうとするが、それだけは何としてでも阻止する。
「いやぁそれにしても『復讐の骸骨仮面』に『事件現場に現れる謎の美少女』かぁ、相変わらず成澤君は面白いネタを拾ってくるなあ」
「採用されるかどうかは別にしてもね~」
横から肩を叩きながらシステムエンジニアの
貴志田はレイニー・ジャーナル開業当時からあの鬼編集長の下で働いてるらしく、会社でも最古株の37歳、奥さんの陣内早苗があれの右腕とするなら彼は左手と言った所だろう。海軍では「艦長を父親、副長を母親と思え」なんて風潮があるらしいが、滅多に声を荒げる事無く社員達の仕事の環境から日々のメンタルケアまで卒なくこなす様はまさに「オカン」の気質の持ち主だろう。
静梨は哲也より1個年下の23歳で会社で配信しているポッドキャストのキャスターをしている。入社してから1年余りと哲也にとっては初後輩だがかたや万年見習い、かたやしょうもない人気しかなかったポッドキャストの聴取率を大きくアップさせた立役者、扱いの差が歴然としているのはこの際仕方ない…。童顔で子ダヌキのような可愛らしい容姿にアニメのヒロインみたいな独特の声質でむさ苦しい編集部とスマホの前の聴き手に癒しと元気を届けるさまは正に「ゴミ溜めに鶴」だ。
「怒鳴られるのは期待の裏返しだよ、ああ見えてホントは成澤君に期待してるんだよ」
「そうそう編集長はツンデレなんだよ~」
「あんなちょび髭強面のツンデレがいてたまるか!!」
各々勝手極まりない事をほざく二人に流石に哲也も堪忍しきれなくなり断固反論する。が二人とも全く堪えない上に静梨に至っては「わあ~てっちゃんが怒った~」とケラケラ笑っている始末だ。その辺りでこのやり取りに耐えられなくなった真琴がうるさい、と哲也と静梨を怒鳴ってようやく場が収まった。
新宿事変、そして《スカルマン》の登場を経て自分達マスコミの仕事も随分多くなった。レイニー・ジャーナルは元々真琴の他にあと二人ベテランの記者とライター担当がいたのだが、去年の年末辺りに大手に引き抜かれてしまい、以来慢性的な人手不足だ。なんとか分業して対応してはいるが一部は外注や単発のバイトに頼らざるを得ない部分も増えており、そういう意味では陣内が見習いの成長を期待するのも分からなくはないが…どうにも期待されてると言われるとピンと来ない。
「ていうかさ~、てっちゃんってその立木さんって人の口利きでウチに入ったんだよね?」
不意に静梨が尋ねてきた。なんだその話か、と哲也としては他人にあまり触れて欲しくない領分になるのだがこうも真っ向から問いかけられるとどうも適当な事を言ってはぐらかすのも気が引ける。流石は恐れを知らぬ女、と賞賛すべき所なのかよく分からないが言い淀んで黙ってると却って訝しがられるだけだし、さてどう答えたら良い事なのやら…
「そうそう、こう見えて昔は今時珍しいコテコテのヤンキー君だったのよ、髪なんか今時ダサい金色に染めちゃってさ」
「浅草通りを改造二輪でブイブイ言わせてたんだって。『
「人の過去を勝手に掘り起こすのやめてくれますか!あとそんなダサい二つ名じゃありません『
「…余計ダサいわよ…」
悩んでいる間に後輩の前で遠慮会釈なく微妙に誇張された過去を暴露する先輩二人に必死になって抗議する年上の見習い社員の姿が彼女の目にはどう映っているのかは――既にレモンサワー3杯で出来上がっているのか「ウケル~」とか言ってケラケラ笑っている姿を見れば一目瞭然か。
「グレてたのは本当。そん時によく面倒みてくれてたのがあの人なんだよ。で、卒業した後にどっかに就職したんだけど、色々あってさ…路頭に迷ってたらここ紹介してくれたの…」
観念して正直に伝える事にした。どうせ今更カッコつけるような外聞もプライドも持ち合わせてはいないと半ば自棄になって言ったような気分だったが、当の静梨は先程の冗談めかした爆笑を引っ込めて、それ以上嗤うでも引くでもなくどこか安心したような微笑みを浮かべていた。
「そっか~…。てっちゃんも色々あったんだね~」
しみじみと言った風情の口調だった。「てっちゃんも」という言葉が気になりはしたが追及する気分にはならなかった。普段はすき好んで他人に言わない過去も口に出してみると案外晴れやかな気分で受け入れられるようになるのかも知れない。もしかしたら自分から言いやすくなる土壌を作るためにこの先輩二人も敢えてああいう形で暴露したのではないか、それとも流石にそれは考えすぎというものだろうか…?
「そ、みんな色々あってウチに来たんだよ」
チラと横に座る貴志田に目を向けると哲也の心情を知ってか知らずか、どこか遠くを見るような瞳に柔和な笑みを加えながら確認するようにそう呟いた。もしかしたらこの人達には自分のもう一つの過去の話、7年前にとっくになくなった自分の故郷の話をしてもこんな風に受け入れてくれるモノだろうか、と哲也は不意に思う。しかし今はそれを確認する度胸も覚悟もまだなかった。
今思えば中学や高校の時のティーンだった自分は何かにつけて苛立ちを抱えていた気がする。馴染めない叔父叔母夫婦もいつの間にか心が離れてしまった従兄も口先だけ偉そうな教員も…とにかくそいつらの象徴である大人のあり様の全てにだ。
自分より弱い他人を殴ったりするような人道に悖るような真似こそせずに済んだのは何かの信念というよりそんな事をしたら余計に苛立ちが増すだけな気がしたからに過ぎない。高校に入り、久しぶりに仲間と呼べる存在、立木という初めて真正面から自分達に向き合ってくれる大人に出会えた事は幸いと呼ぶべきなのだろう。それは今も同じなのかも知れない、恵まれてるな俺は、と思うからこそかつてのようにそれを壊す事はしたくないと思った。
「で、これがその件の女の子ってわけ?」
時刻は既に21:30、ここの呑み放題コースは2時間だから未だ宴もたけなわと言う風情で各々ラストオーダーの注文を済ませた時辺りに不意に貴志田が件の《スカルマン》事件現場に出没する少女の事について言及し始めたのだ。曰く探すのを手伝ってくれと言われたのならイラストか写真くらいあるだろう、と。
「え~、キシさんやらし~、奥さんと娘さんがありながら~?」
「人聞きの悪い言い方はよしてよ静梨ちゃん、これはジャーナリストとしての純粋な興味だよ」
「キシさんエンジニアでしょ~」
既に完全に酔っ払って、絡み酒モードに入っている静梨を無視して哲也は手帳を開いた。例の少女の似顔絵だったら立木から別れ際に貰っており、いつも持参している手帳に挟めておいたのだ。一枚の紙片を差し出すと興味をそそられたのか静梨と真琴もズイと顔を近づけてそれを覗き込んでくる。
「なんて言うか…これがホントなら綺麗な子だね~」
「…なんか癪だけどそうね…」
「確かに。ていうか絵上手いんだね刑事さん」
「昔っからなんか得意なんスよね…」
率直な感想、明後日な方向の感想と色々出たが概ねそこに描かれた少女の容姿に対する感想は一致していた。因みに哲也は立木の似顔絵の正確さは学生時代の経験でよく知っている。下手すれば聞き込みだけでかなり精緻に描きあげてくる事もあるくらいなのでこの絵については恐らく実際の少女に限りなく近いと言って良い筈だと思っている。
立木の証言や周囲の感想通り、その少女はかなりの美人だった。釣りあがった目尻に対照的な大きな瞳は気の強い猫を思わせる。そこから高くはないが形の良い鼻梁を経てへの字に結ばれた唇が生み出す造作は確かに見る者を惹きつける力がある。刃物のようなシャープさとまだ幼さを残す頬と顎のラインの丸みが全体的に何処かアンバランスで年齢不詳な雰囲気が与えているがそれが却って少女特有の面影を作り出している。
「服装はだいぶ汚れてたんだよね、てことは家出娘かなにかなのか?」
「でもこんな子が家もなくウロウロしてたら目立つわよ、それこそ警察がとっくに探してるって」
「いっそもう家に連れ戻されてたりして~?」
確かにそれが一番現実的な落としどころだし、実際哲也もその線を立木に問いただしてみたが、
「で、『記事になるか』はともかくとしてアンタはこの話、どう思ってるの?」
不意に真剣な雰囲気になって真琴が尋ねる。どうやらそれを確かめる事が本心らしい。
「正直よく分からないんスよねぇ…」
真剣に問いただされれば答えないわけにはいかないとは思うのだが、功名心とか下心とかそういう建前を抜きにして考えれば、それは偽らざる心境だった。だいぶ興奮が冷めた、というのもあるけど。
確かに立木の勘は信頼してるのだが、なんかこう…どこか不自然な違和感を感じる。でもそれがなんなのかは哲也にも正直分からなかった。我が事ながら呆れるレベルで漠然としている。強いて言うならアレだ。
「昼間はそうでもなかったんだけど、この絵の子…見てると変に不安になるって言うか…。探すのが不安になるんですよね、どこかで会った気がして…」
時間が経つにつれて募ってくるのがそういう心境だ。デジャヴュというのか頭の中に靄が掛かってそこから先にある、知ってる筈の記憶の蓋が開かないような気持ちの悪い感覚が襲ってくるのだ。横合いから「ナニソレ、ナンパの決め台詞~?それとも昔振られた子に似てるとか~?」とかてんで的外れな勘繰りを入れてくる酔っぱらいの言い分も分からなくはないが、こんな子に一度会ってたらなかなか忘れないとは思うし、第一そんな呑気な次元の話ではない…と思う。
どこかで会った気がする、という口にしてみると酷く曖昧模糊なその言葉は、しかし何か鋭い棘のように記憶の隅を抉り取っていくのだ。その感覚にそれ以上考える事を封じられる、いや何か本能が考えるな、と警告しているのだろうか…。
「そう思えるのなら…アンタにとってこのネタは調べるに値するって事なんじゃないのかな?」
二の句が継げずにいた哲也に真琴が語りかけてきる。あくまで真剣に、迷える後輩に対して諭すような口調だったが、同時にどこか自分自身にも言い聞かせるような色を帯びていた。
「私もね、取材をする時、いつも確信がある訳じゃない。むしろ確信のある話ほど迷ってるかも。心のどこかでは絶対に間違ってたらどうしよう、その結果誰かを傷つけてしまったらどうしよう、って考えながら動いてる。でもね、自分なりに信じぬいた先には絶対何かの真実があるって思うから動くのよ。それで外したら可能性が一つ減るだけ、次に行けば良いってね」
どこか恥ずかしそうに真琴は告げる。もしかしたら酒の勢いでも借りないと上手く伝えられないのかも知れない。でも酔ってはいるだろうがその口調はハッキリしており、普段の怜悧な立ち姿にはない熱意と闘気が溢れていた。たぶん真琴さんの本来の姿はこっちなんだろうな、と哲也は頭の片隅で思った。
「確かにアンタはバカだし鬱陶しいし、考えがすぐ表に出るしその癖すぐ落ち込むしでまぁ要するに大バカ野郎だけど…」
一息に人に罵詈雑言を放つが、不思議と心を折られるような感触はない、無理矢理にでも人を奮い立たせるような強引さを含ませながらもいつもより声色が優しいからかだろうか…。
「でも思い立ったら暑苦しく進もうとする強引さは私にはない、アンタの強みだって思ってる。だったら自分の信じてみたいものは信じて良いじゃない」
信じてみたいもの、俺は立木さんの持ってきたこの話を信じているんだろうか…?《スカルマン》の目的が復讐だと聞いた時に感じた怖気も、絵の少女に抱いている実態の分からない感情も全てこの二つの話を追っていく事でこの実体の伴わない幽霊のような事件に迫れると感じているからなんだろうか…。正直そこまで確信はなかった、単に他と違う事を言えれば注目されて、仕事を得られる程度の不純な思いではなかったのだろうか…。
「下心は誰にだってあるわよ、そこは恥じる事じゃない。でもねホントに下心しかない奴はこんな話を持ち込んできたりはしない、途中でバカバカしいと放り捨てるわよ。ウチまで話を持ってきたのはアンタが信じてたからよ、そこは自信持ちなさい」
そんな後ろ向きな内心を見透かされたのか、真琴は止めと言わんばかりにまくしたててくる。動揺のあまり周囲を見ると貴志田と静梨も何度も頷き合って、哲也を見つめていた。
「俺の信じる事か…」
自分がこの仕事に向いてないんじゃないかと思う時が多々ある。元々なんとなく文章を書いたりするのが好きだった、程度の理由で立木に紹介されてあれよあれよという間に雑用をこなしながら3年以上ガムシャラに勤めてきたが、未だ見習いだしすぐ考えが読まれるとバカにされ、陣内には怒鳴られる。そんな日々や元々の性格、特に7年前の「あの日」に起因する失う事への恐れは哲也から何よりも自分への信頼と言うものを失わせたのかも知れない、いや失わせたのは結局自分自身か…。
自分がこの件をどう思ってるのか、それは結局の所よく分からないままだ。でもこれまでみたいに分からないからと放置して結局何も得るものがないのではいつまで経っても進めない、分からないならこの件、自分が納得いくまで向き合うしかないのだろう。
「真琴さん、俺…この件調べてみます。立木のおっさんだけじゃ大変だろうし…それに俺個人が結構気になるって思ってるんで」
何週目のかの思考の堂々巡りの末、やっと出たのがそんな答えだった。我ながら曖昧な上に変わり身の激しすぎる滑稽な台詞かも知れないがそれが自分の精一杯だ。それを聞いていた真琴は「素直でよろしい」とニヤリと笑った。
「じゃあ、個人的に調べてみなさいよ、編集長には私の手伝いで外回りしてるって言っとく。…まあもしかしたら何か察してくれるかも知れないし、ね?」
「なんかやけに優しいですね…」
「私はいつも優しいわよ!」
怒鳴りながらもどこか照れたような口調の真琴。まあ色々厳しいけどやっぱり信用できる人なんだろうな、と思う。
そんな自分を笑いもせずに見守ってくれる貴志田と静梨もそうなのだろう。なら…俺は俺を信じてくれる人達を信じてやれる事をやろうと思う。信じぬいてその先に何もなかったらその時はその時、記者はネットと違って自身の名と社名を背負う訳だから、ミスを認めた上で次に進めば良い。見習い風情とは言え自分に足りなかったのはそういう覚悟だったのだろう。
とにかく先輩の協力は得られた、後は明日から動くだけだ、と思いつつひょっとしたら呑みすぎで二日酔いになりゃあせんかと少しだけいつもの弱気が首をもたげてくるのに内心苦笑した。
どうやら本当に呑みすぎたらしい。
後輩の決意に気を良くした真琴がとにかく進めてくるもんだから、哲也もそれに合わせてたらいつの間にかこのざまである。呑みに出た4人の中で一番酒に強いのが真琴、ついで静梨と来てそこからグッと下がって哲也だ。貴志田はいつも潰れるより遥か手前でやめるのでよく分からない。人は大学時代や成人式の同窓会での飲み会などで潰れる経験を通じて己の限界値を学ぶと言うらしいがどちらも経験してない哲也はいまいちよく分からない。というか調子に乗って呑みすぎる癖がどうしても抜けない、呑み放題とかになると余計に。
つくづく自分の学習能力の無さを呪いながら自宅の近い貴志田に少し休んでいったらどうだ、と気遣われたもののその申し出を謹んで固辞し、自宅のアパートに帰る道を辿っている。
タクシーを使う金なんかないので職場の最寄である亀戸から総武線、大江戸線と乗り継いでシートの座り心地の悪さと車両ごと胃袋を揺さぶられるような感覚に辟易しながらなんとか自宅に一番近い月島駅に辿り着いたのが22時41分。周囲に高層住宅のひしめく一帯はこの所、気味が悪いほど静かだ。以前はもっとこの時間でも人の行き来があったし、周辺の呑み屋もこの時間までは煌々と灯りを輝かせていた。やはり《スカルマン》の出現以降、確実に深夜の往来は減ったし、それに合わせて深夜からが本番とでも言うべき居酒屋や風俗店も営業を自粛するようになった。幸い「さとちゃん」は変わらずに営業を続けていてくれているが、思えば職場の周りも月島駅周辺も随分と「休業中」や「一身上の都合により閉店いたします」の張り紙が増えた。見慣れた景色がこのような形で変遷していくのは何とも言えず寒々しいものだ、と思いながら哲也はひとまずコンビニかなんかに寄ろうと思った。
6番出口から出ると最初に目に映るのは月島を象徴する高層タワーマンションの威容。星の殆ど見えない暗黒の空に佇むその姿はさしずめ鉄の巨城だが、まあここでは見慣れた光景だ。タワーの1階に居を構えるコンビニは深夜営業や24時間営業の方針が見直されつつある昨今でも変わらず営業中で、変わらず仕事帰りの哲也を労ってくれる。
麦茶を購入し、自宅まで待たずに店の前にて速攻で半分ほど飲み下すとようやく人心地ついた気分になった。空になったペットボトルを処分するのも面倒くさいのでこのままここで全部飲むか、とも思ったが僅かにアルコールの抜けた体に夜風がやけに冷たい。この所だいぶ暖かくなってきたとは言っても3月初旬夜の寒さは流石に身に染みる、おとなしく部屋に帰ろうと思った所で唐突に今日が3月12日だという事を思い出した。
《スカルマン》が現れてから今日でちょうど1年になるという事で、そう言えば新宿の東京都庁が半旗を掲げていたのをニュースで見た気がする。しかしそれ以上に、という事は明日でちょうど「
――思えば何故今までそこに気付かなかったのだろう。《スカルマン》の起こす事件の目的が復讐なのだとしたら、もしかしてこの日付にこそ大きな意味があるのではないか…。
怖気のように瞬時に辿り着いた考えはしかし、数秒後にはバカバカしいと自ら一蹴するに至った、というより無理矢理にでも結びつけまいとしたという方が正しいか。仮に復讐だとしたらそれこそ誰に対する復讐だ、国や半グレやカルト団体を狙う理由がますますなくなるではないか、第一「
(テツヤ…!)
最早忌まわしい思い出とも化している記憶を振り切ろうとした刹那、哲也の頭に耳介を通して、というより脳内に直接語りかけてくるように凛とした鈴のような声が響いた。まるで幽霊か超能力者にでも話しかけられたような、体感したことのない現象に今度こそ哲也はパニック寸前の状態に陥った。コンビニの前でホラー映画の主人公の如く情けない悲鳴を上げずに済んだのは思わず手から離したペットボトルが爪先に当たり、その痛みと麦茶の冷たさが咄嗟に正気の淵に意識をとどめてくれたからだろう。
もう先程の声は聞こえない、やはり気のせいか、もしくは酒の酔いが見せた幻聴か、うんきっとそうだ…。これまでも呑みすぎた事はあったが、まさかありもしない声まで聞こえる程、酔っ払うとは。明日も仕事なんだしさっさと帰って休もう、となんとか己を宥めながら引き返そうと顔を上げた時、不意に懐かしい気配が頭によぎった。
何故懐かしいと感じるのか、それは分からないが確かに懐かしいとしか形容しようのない気配だった。それがどこから「漂ってくる」のか哲也は不思議とそれが分かるような気がした。何か内なる声に導かれるように佃仲通りを抜け、そこに連結する新富晴海線の横断歩道前に辿り着く。新月陸橋の高架下、月島駅のエレベーター口を経てその先、距離にして30メートルばかりのそこにその気配の大本――彼女が立っていた。
遠目にも華奢な、しかし姿勢の良い立ち姿、男物のジャンパーを羽織っているせいでやや上半身が大きく見える。肩に届かない程度に切り揃えられたショートヘアーの下の顔はしかし暗がりでよく見えない。だが哲也には何故か分かった、あれは立木が追っている例の少女だ。
歩行者用信号機は依然と赤のままでそれが互いを隔てる壁になっていた。殆ど車通りもないし、いっそこのまま突っ切ってあの少女の元まで行くか、そうすればこのよく分からない感触もハッキリするかも知れない、とまで考えた所で少女側の道路を一台のトラックが走り抜けていった。時間にしてみればほんの一秒に満たなかった筈なのに、トラックが過ぎ去ったあと少女の姿はどこにもなかった。
まさか、本当に幽霊なんじゃ…、そう思い至った時、
正直芯から体が冷えているのを実感したが風呂に入る気力もなく、そのまま服を脱ぎ散らかすとすぐさまベッドに入り込んだ。部屋に帰り着けば流石に緊張も解れるのか、はたまたいい具合に酔いが効いてくれたのか、気付くと哲也は気絶するように眠りに落ちていった。
少し短めですが、ここまで。
何気にサラッと不穏な情報を開示してますが、まあ明らかになるのはもう少し先かな?という感じですね。
件の少女についても本格的に出てくるのはもう少し先になるかもですが、まあ気長にお待ちください。
感想・評価その他諸々いただけると励みになります。それではまた次回。
――次回久々にスカルマンが動きます。