2017年、新宿で突如爆破テロが発生、奇怪な事件が相次ぐ中、遂に《スカルマン》と名乗る謎の怪人物が現れ、この国を、警察を、人々を翻弄していくのだった。
1年後、見習い記者の「成澤哲也」は古い知り合いの刑事から奇妙な人探しを依頼される。それは《スカルマン》の事件とも関わり合いがあるらしく、不可解なモノを感じながらも哲也は謎の少女の捜索に乗り出す事になるのだった。
一方その頃、都内の工事現場で働く青年「土枝健輔」はある夜、謎の怪物とそれを操る《スカルマン》に遭遇する。絶体絶命の最中、目の前に現れたのはもう一人の仮面の戦士《エースゼロ》だった…!
“魔女の住む藤屋敷”に最近魔女以外が住み着いたらしい、と言うのは単なる口実だった。
別にきっかけなんてなんでも良かったのだ、川に巨大なゲンゴロウがいるぞとか、幽霊が出るらしいトンネルの噂だとか。大事なのはこの滅多に家どころか自分の部屋からすら出ようとしない本の虫を如何に外に誘い出すかであり、そのための会話の糸口がたまたまそれで、おまけに普段なら梃子でも動かぬ半引きこもりがたまたまそれに興味を示した、という偶然が重なっただけの事だ。
『そもそもなんで魔女なんて呼ばれてるんだ?』
『だってさ、すっげえ家なんだぜ!それに森に一人で暮らしてるんだ、魔女に決まってんだろ!』
『つまり思い込みか、根拠のカケラもない』
相変わらず
藤屋敷に通じる砂利道を俺が先頭、次いで久々の散歩に心躍るのかどこかはしゃいでいるようにも見えるシベリアンハスキーのガロが続き、最後にガロに引っ張られるように、しょうがないという顔のミキトが続く。
ひがな一日家に閉じこもり、遊び相手と言えばガロばかりなミキトを外に連れ出すのが俺の仕事みたいなものだ。今でこそ当たり前のようになってきたが、最初はイヤだった。何考えてるのかいまいち分からないし、口が悪いのも無駄に大人びた口を効くのも最初は気に入らなかった。ミキトのお父さんのお陰で町はすごく大きくなったらしけど、でもいくら同い年で同じ町内会だからって俺があのネクラと仲良くしなきゃいけない理由なんて何もない、ミキトを避けて仲良くやってる友達のグループに自分も混ざりたかったというのが当時の偽らざる心境だ。
それが変わったきっかけは詳しくは覚えてないが、記憶の限りでは確かガロだっただろうか。その日は確か酷く感情的にアイツに怒鳴った気がして、もう二度と来てやるもんか、と決意して家を出ようとした所、庭に佇んでいたガロがすごく哀しそうな顔で俺の顔を見つめていた。
その顔を見ているとなんだか急速に怒りが萎んでいくようで、気が付くと俺はガロの方に歩み寄ると、そっと顎の下を撫でた。クーンと気持ちよさげな声を上げながらガロはその優しい青い目で俺を見つめる。怒らないで、ミキトを嫌いにならないで。なんだかそんな風に言われてる気がした。
だってアイツわけ分かんないだもん、口開けば意地悪な事ばっかり言うし、ベイブレードやポケモンの話を振っても興味ないって言うし、俺だって皆と遊びたいのに…!犬に言っても詮無い愚痴の筈なのに、まるでガロは全てを分かっているかのように俺にされるがままにしている。
不意に背後に視線を感じ、思わず振り返ると呆然とした表情のミキトが立っていた。その手にはさっき俺が思わず投げ捨てて、部屋に置き忘れたままになっていたドラえもんのコミックスが握られていた。
『おどろいた…ガロが僕意外に懐くなんて…』
相変わらずミキトの表情はよく分からない、でもこれは少なくとも拒絶の感情ではなさそうだ、というのは何となく分かった。そんな俺達の様子を見ながらガロが一声「ウォン!」と嬉しそうに吠えた。
その後、どういう経緯があったかはよく覚えてない。普通そこをこそよく覚えておけよ、と言われそうだが、とにかく以降ミキトの俺への態度は確実に軟化した。あくまでガロを散歩に連れ出す、という口実こそ最初はあった物の次第に「フィールドワークだ」とか訳の分からない事を言い出して、興味を惹かれれば主体的に外出するようにもなったし、それまでカケラも興味を示さなかったポケモンやハイパーヨーヨーだって「知らないんだ~」「ははぁ~、さては勝てないと思って逃げ出したな」とか言って挑発すれば、途端にやる気を出して、ルールから攻略法等に至るまでマスターしようとして、いつの間にか俺より上手くなっていた。
確かに依然として気まぐれだし、口が悪いのは確かだけど…ミキトは案外良い奴だし、凄い奴だ。今は何よりもそう思えるのが俺には不思議な気がしたけど、一方で何よりも自然な事のように思えた。
実際ミキトは色んな事に詳しかった。効率よくカブトムシを集めるにはどうすれば良いとか川を泳ぐ魚を簡単に捕まえる方法だとか、理論にはやたらと精通しており、それを実践するのが俺の役割だ。たまにガロにも手伝って貰ったりしてるけど。そういう意味ではミキトと過ごすのは同年代の他の子どもたちと一緒に遊ぶのは違った意味で刺激的だったし、過度に顔色を窺ったり、空気を読むと言った子どもの世界のルールを気にする必要もないので気が楽だった。
だから俺自身も別に目的はどうでも良かった訳だ、ミキトの気を惹ける話題を掴んできて、見事部屋から連れ出せたら勝ち、そうでなければ負けっていうゲーム。だからこの一件も何か条件が違っていれば俺の子ども時代のありふれたエピソードの一つに収まってたりしたんだろうが、運命と言うのはこういう時に不思議な悪戯をするものだ。
『『うわぁ…』』
山道を進む事、30分ほど、ようやく目的地の魔女が住むという藤屋敷に辿り着いた時、思わず二人同時に声が漏れた。達成感のため息か、それともやはり目の前の光景に圧倒されたのか…。
実際俺もあまり詳しい訳じゃない。たまに外出した時に国道沿いから車で見えたりとかクラスメイトの話の又聞きとかで、こんなに間近で見るのは初めての事だったから。
藤屋敷は赤レンガで組まれた瀟洒な作りの洋館で、生垣から見える壁一面には文字通り藤の花が纏わりつくように植えられていた。決して無秩序に伸ばしっぱなしになってる訳ではないのは窓枠や屋根の塔の形がハッキリと見えるよう綺麗に刈り込まれている事からも明らかだ。よく見るとその手前の庭にもあまりこの辺では見ないような多様な花々が植えられている。
『…確かにこれは魔女でも住んでそうだな…』
『…だな』
珍しく目の前の光景に圧倒されたように息を呑むミキトとあまりの光景に語彙が吹っ飛び、至極単純な感想しか言えない俺。そんな俺達の間でガロが何故か周囲をキョロキョロ眺めている。
そう言えば…ここからどうしよう…?まさか家から30分以上歩いてきて、このままハイさようならじゃあまりにも味気ないし、かといって勝手に他人の家に入る訳にはいかないし…。
下らない事で悩んでいると不意にガロが走り出した。『あっ、こら!』ミキトが慌ててリードを引っ張ろうとするが何しろガロは体も大きいし力も強い。日頃碌に運動をしないインドア派では相手にならず、ガロはリードを振り切ると屋敷の裏の方に走って行った。
『何やってんだあのバカ犬…』
顔を見合せたのも一瞬、俺達はすぐにガロの後を追うように走り出した。いくら犬の癖に歩行音痴で小心なガロだが、妙にらしくないな、と思いながら屋敷の裏手の方に回ると生垣の一部が草のトンネルのような形になっている個所を見つけた。元からあったのかガロが空けたのかはよく分からないが、どうやら屋敷の中に入っていっちまったらしい、と確信した直後、『キャアッ!』と短い悲鳴が上がった。
まさかガロの奴、家の中に入って家主に襲い掛かったりしてないよな、とイヤな予感がこみ上げ、俺とミキトは居ても立っても居られなくなり、すぐさま草のトンネルの中に飛び込んだ。幸い小学1年生の男子2人くらいは十分に通れる隙間があった。逸る気持ちをなんとか抑えつつ、抜けた先に広がっていた光景は――。
『こら、ちょっとくすぐったいってば…!よしてよあはは…!』
出た先は家の裏側、綺麗に刈り込まれた芝生の中に自作と思しき木製のベンチが置かれており、そこに座っている少女にガロがじゃれついていた。
『へ…?』
『…何がどうなってるんだコレ…?』
生垣から腹ばいのまま、体を半分ほど出しているというかなり間抜けな態勢の俺とミキトが呆然と呟く。ガロが他人に懐くなんて滅多にない事なんだけどな、少なくとも俺とミキト以外には…。
よく見ると少女のネックストラップには細くて短い木製の筒のようなもの――たぶん犬笛だ――が架かっていた。あの音にガロは反応したんだろうか?
そう思っていたら突然『アン!』と小さいが強い犬の声がした。ガロの声ではないな、と思って視線を転じると屋敷のウッドデッキの方から明るい茶の毛色の小さな犬――たぶんポメラニアンだろう――が飛び出してきた。いくら小さくても犬は犬、傍から見ると主人と思しき少女に襲い掛かっている、ように見える大型犬に向かって果敢に立ち向かってきた。
それに思わず驚いたのか、ガロはパッと少女から飛び退くと一目散といった感じでこちらに向かって走ってきた。そのままようやくトンネルから全身を出した俺達の足元に纏わりつくように…というか盾にするように後ろに隠れた。おい、それで良いのか猟犬の血筋。
『…え、誰?』
そこまでしてようやく少女の方も俺達に気付いたらしい、小型犬を抱き上げたまま、不思議そうにこちらを見つめていた。
これが…キョウカ――九條梗華との最初の出会いだった。
・・・・・・・・・
聞くからに無粋な電子音が眠りの幕を突き破り、急速に意識が生身の体に引き戻されていくような感覚を味わった。気が付くと目の前にあるのは見慣れた安アパートの天井とその中で満面床に横たわる24歳の肉体だ。
体を起き上がらせると妙に節々が痛み、後頭部に重い疼痛の感覚がする。浅い眠りに陥った時にありがちな片頭痛だな、と実感した。この時期の朝は油断してるとまだ肌寒いくらいなのに寝巻代わりのシャツは首元が妙に汗でビッショリだった。目覚ましに使っているスマートフォンを除くと時計はちょうど6:20の数字を表示していた。何もかもいつも通りの朝、微妙に痛む後頭部を抑えながらシャワーでも浴びるか、と哲也は思った。
そういや昨夜は風呂にも入らず即寝たんだった…と思い出し、風呂場に向かう。昨夜帰ってくる前になにかあった気がするがいまいち頭に靄がかかってるような感触がしてよく思い出せない。
湯を張ってる時間はないので、適当にシャワーだけ浴びて体を洗い、大体10分前後、髪を拭きながらリビングに戻ると先程人を眠りから叩き起こしたスマホが振動していた。目覚ましは切ってた筈なので、恐らく電話の方だなと、着信を確認するとそこには「編集長」の三文字。途端にシャワーで温めた体温が一気に低下する気分を味わった哲也は、3秒ほどこのまま無視してバックレようかと懊悩したが、そんな事したら電話に出るより恐ろしい目に合う事必至なので、渋々着信ボタンを押した。ついでにスピーカーモードに設定しておく。
「もしも~し、成澤ですけど…」
〈ですけどぉ~、じゃなぁぁぁい、何回電話させる気だ貴様は!さっさと出んかバカモノッ!!〉
耳に当ててなくて良かった、予めスピーカーモードにして軽く50センチは離して応対したのにこの声量。本日も陣内実篤はご機嫌ナナメのようだ、と思ったら直後陣内の濁声より遥かにけたたましいブザーの音が電話口に鳴り響き、椅子とか書類とかがドサドサとひっくり返るような音がした。
…朝からオフィスはかなり賑やからしい。
〈…まあ良い、さっさとテレビを付けろ、どこのニュースでも良い〉
沈黙から数刻後、暫く咳き込むような音と共にいくらかクールダウンした陣内の声がそう告げる。何の話だろう、と思って哲也は布団の隅に放り投げられていたテレビのリモコンを拾って、スイッチを操作した。
あまり朝にテレビを見る習慣がない哲也としては、なんか他所にウチが追ってた案件をすっぱ抜かれたのかしらん、とでも思ったのだが。果たして真っ先に映ったニュース番組で映していたのは…。
〈こちらは中野区にあります都の杜公園の様子です。昨夜爆発が発生し、公園の大半を占める森林部分が延焼したようです。地域住民によりますと昨夜未明、公園の上空で爆発があったという事でその後火災が発生したとの事、また焼け跡から男女2名の遺体が合わせて発見されており――〉
その公園なら哲也も知っている。何でも地域住民の反対運動を無視して、公園の改修計画が進められていた、という黒い噂があったとかで、以前ウチの方でも取材をした事がある。確か結局工事は強行されて、その後確か《スカルマン》に襲撃された筈…。
「《スカルマン》の事件ですか?」
それを思い出し、哲也は思わずそう問うていた。だが陣内は素っ気なく〈知らん〉と返しただけだった。
「知らんってなんすか?こんな事する奴が他にどこに…」
<出てないんだよ、例のサインが>
例のサイン?と一瞬考えかけたがすぐにあのドクロマークの事か、と言う結論に至った。
過去の事件でもいずれも《スカルマン》が犯行声明代わりなのかなんなのか、必ず置いていく悪趣味なホログラフィだ。因みに一度科研で分析したらしいのだが、システム自体は高度ではあるが意外とありふれたものらしく、そこから犯人を特定する事は出来なかったらしい。
〈少し前に奴の模倣犯の記事を書いたろう?また模倣犯かも知れんが、ここまで大規模なのは珍しい。目撃者にアポ取れたから一之瀬を向かわせた、お前も助手で行ってこい〉
おお、あの堅物オヤジが自分に仕事振ってくるなんて珍しいと思いつつ、そう言えば昨夜の一件を思い出した。真琴は確か件の少女の件についてなんとか編集長に根回ししておくと言っておいてくれたが…。
「それは良いですけど…真琴さんからなんか聞いてません?俺の仕事の件とか…?」
<ああ、アレだろ立木が言ってた事件現場に出てくる女の子の話だろ、後にしろ、今はこっちのが先だ>
えぇ…そんな直接的に伝えてたんかい真琴の嘘つきめ…と哲也は天を仰ぎたい気持ちになった。たぶんこれ絶対に調査とか許可されませんね…。
「…了解いたしましたぁ…」
自分としては無駄な抵抗はせずに比較的素直に応じたつもりだったが、陣内にはあっさり看過されてしまったらしい、<何やら不服そうだな?>と電話の向こうの声が剣呑になる気配がした。いや、決してそのような事は…と言い訳しようとしたが間を置かずに<言っておくがな!>と再び陣内の怒鳴り声が耳に反響し、それ以上の言葉を続けるのを遮った。
<うちは探偵じゃないんだ、家出娘の捜索がしたきゃ勝手にやれっ!だがその前に目の前の仕事を片付けろ物事には優せ――>
『優先順位ってものがあるんだ』、とでも続けたかったんだろうたぶん。その先のオチは読めてたので哲也は敢えて電源を切らずに携帯を耳から遠ざけた。直後電話の向こうでけたたましいブザーと何かがひっくり返る音が響いたのに僅かながら溜飲が下がる思いがして改めて通話を切った。
とりあえず朝飯は何にしよ?
半分に切ったパンにそれぞれチーズとマヨネーズをまぶしたシンプルなトーストに簡易カフェオレという如何にも男飯な朝食を食べ終えると、ちょうど真琴からメールが入った。取材対象へのアポは朝の10:00からとの事で、中野区の病院に直接来いと簡潔に書かれてあった。現地直行で出社はしなくて良いとの事でこういう時、比較的自由の利く仕事なのはありがたい。
朝飯も食べてしまうとどことなく手持無沙汰な気がしたが、かといって二度寝と洒落込もうと思う程、図々しくもなれず、朝のニュースをボンヤリと眺めながら、哲也は憂鬱な気分になった。公園の不審火事件が終われば、今朝からは「
あの日、まだ16歳の世の中の事なんか何一つ理解していなかったガキが一時の感情で故郷を飛び出し、さりとて何がしたかったでもなく、散々迷走しまくった末に辿り着いたのが今のこの月島の安アパートと上司と締め切りと事件に追い立てられる日々だ。多くを望まなければ決して悪くはない人生だ、未だに何かになれているような感覚とは到底無縁だが…。
(忘れるな――お前はまだ何者でもないんだ…!)
不意に心の奥に懐かしい声が響いてきた。普段意識的に思い出さないようにしてきた過去の断片が不意に頭をもたげてきたのは、らしくない感傷に浸ったせいか…。
そう言えば去年の盆やお彼岸はおろか一昨年の三回忌にも顔を出していなかった事実に今更ながら罪悪感がこみ上げてきた。散々勝手をやっておいて今更、という感も拭えない、実際避けてたのも、俺が今更顔を出しても、という言い訳を重ねてたのも事実だ。
――久しぶりに会いに行くか…。そう決意したのは今このタイミングでこれを思い出したのもある種運命だから、と思わないでもなかったからだし、今日は月命日でも休日でもないから、万が一にも鉢合わせする可能性が少ないから、という妙な計算を働かせたのもあった。
回り道になるが、今から出れば間に合うだろう、なら善は急げだ、と哲也は慌ただしく朝食の片づけをすると服を着替え始めた。後で取材に行くなら喪服と言う訳にはいかないので、せめて黒い色のジャケットを取り出して羽織った。リビングに戻りテレビに目を向けるとなんとかいう党のなんとかいう大臣の演説に画面が切り替わっていた。
〈こんな時に、と言いますがね。こんな時だからこそ!なんですよ。卑劣なテロに屈して中止など決してあってはならない、あの忌まわしき事件から今日で6年、いや7年か…?とにかく!世界中に我が国があの事件を乗り越え、見事前に進んでいる事を知らしめるためにも今こそ我々は一丸となって――〉
どうやら《スカルマン》の出現以来、ケチがつきっぱなしの例のイベントの開催意義について滔々と語っているらしい。甘いマスクと若さゆえの歯に衣着せぬエネルギッシュな物言いで一定の人気を博している御仁だが、その言葉に今はただ不快な思いしか感じず、哲也はその言葉を打ち消すようにテレビの電源を落とした。
別にあのイベントが嫌いな訳じゃない。無関心でもないしどっちかと言うと楽しみだ。こんな事件さえなければ普通に特集ページでも組もうか、なんて会社皆で盛り上がっていただろうし、恐らくその様子を見ながら陣内辺りが「その裏にある利権を暴いてこい!」とか息巻いていただろう。
しかしその口実に「
ギリリと歯噛みしたのも数瞬、結局味わったのは更なる虚しさだけで哲也はこれ以上考えるのはよそうと思った。奴に悪意がある訳じゃないし、こんなささくれ立った気持ちで故人に参りにいくものじゃない、と理性が優ったからというのもある。
結局俺が一番前に進めてないだけなんだよな、と哲也は独り言ちながらリュックサックを背負うと今度こそ玄関を開けて安アパートを後にした。
――「あかつき村事件」から時期に7年が経つ…。
電車の時刻を調べようとしたらいくつかの路線が運休だった。
なんでも爆破予告が各所であったらしく、安全を考慮して運行をストップしているらしい。こういう事をするのは大抵《スカルマン》に影響を受けて、この1年ばかりで急速に増えた便乗犯共の類だ。脅迫は勿論いたずら電話も立派な犯罪だと度々メディアを通じて呼呼びかけられているのに、未だ理解しない奴らが多い。
迷惑な事この上なかったが、お陰で久しぶりに我が愛車に跨がれるのだから、そこは良しとしよう――って訳にはいかないが…。ともかくアパート裏の駐輪場に幌を掛けたまま放置していたCRF250Lに1カ月ぶりに火を灯し、月島のアパートを後にしたのはそこから10分後の事だった。久々の愛車の振動と排気音、それらを身に感じながら風のように駆け抜けていくのが心地いい…とはちと表現がクサいか。八重洲通りを抜けて、365号線にぶつかれば後はひたすら道なり進んでいけば、そこより先は最早勝手知ったる風景だ。上野駅方面は流石に混んでるので主要通りからは外れて時折バイクを降りてでも裏道を進むと言う回り道を繰り返していると目的の場所についたのはちょうど8時を少し回った所だった。
昔は毎日のように乗り回していたと言うのに、最近は数える程しか乗れてない。愛車の整備をしてくれている藤田に怒鳴られそうだな、と独り言ちる。
最初は手近な駐輪場に停めて直接向かうつもりだったが、よく考えたら供花の一つも買っていなかった事に気付いた。どうしたモノかと考えた末、手近な所を探そうと一番目的地から近いコンビニに寄った所、そこにいくらか売られていたのは実に僥倖だった。墓所の近くにはこんなサービスも必要なんだなと現代日本のコンビニサービスのありがたみを実感し、ついでにバイクも暫くそこに置かせてもらう事にした。
本日の東京の空は少しづつ冬に春の匂いが混ざった空気が漂い、雲一つない快晴だった。墓参りに日和があるのかはよく知らないが、とりあえず何するにしても良い日なのは間違いないかも知れない。しんみりした気分にならないならそれに越した事はなかった。
いざ着いてみると相変わらずだだっ広い敷地内にズラリと墓所が立ち居並ぶ様は圧倒されると言うか…何しろほぼ5年ぶりに訪れた事もあってようやく目的の場所に辿り着くのにたっぷり10分近くを要する事となった。
その墓は元々設定されていた古い墓石の他、横に明らかに新設したと分かる小さい墓石が添え物のように置かれていた。どちらも几帳面に整えられているのは流石にマメな葉子叔母さんらしいと思いつつ、哲也は花と線香を備えて静かに手を合わせた。墓誌に刻まれている俗名の方をチラリと見やる。古い方にはそこだけ新しく「
この新しい墓は元々ここにあったものではない。勉叔父さんと葉子叔母さんがせめてもの供養にと建ててくれたものだ。それは突如肉親を失った甥に対する最大限の配慮だったかとは今では痛い程分かるが、当時の哲也にはそれを慮れるだけの精神的余裕はなかった。実際今こうして手を合わせても両親がここに眠っていると実感できる事などない。実際両親がこの場所にいない事だけは絶対に確かで、なんだったら墓誌に刻まれた「2011年3月13日」の日付も本当の事は誰にも分からない。両親がいつどのような形で亡くなったのか自分は何も知らないのだから――。
「…何故ここにいる?今更何しに来た?」
不意に氷のように凍てついた声が哲也の意識を瞬時に現実に引き戻した。声のした方に目を向けると案の定、声の主――
「兄さんこそどうしてここに――」
今日という日なら鉢合わせする可能性は低いだろうと思ったのに。そんな自分の浅はかな計算を読んだ訳ではあるまい、それを誤魔化そうとつい口をついて出た言葉に拓務の目尻がより一層険しくなった。
「気安く兄さん、なんて呼ぶな…。うちに弟などいない、特にお前のような碌でなしはなっ…!」
唾棄するように痛罵に哲也は何も言い返せなかった。実際事実なのだから仕方がない、3つ年上の従兄にここまで敵意を向けられるほどの過ちを犯してしまったのは自分なのだから――。
つかつかと歩み寄ってきた拓務は既に備えられている花と線香にちらと一瞥をくれると小さく舌打ちして、黙って手を合わせた。本当は自分の備えたモノなど、叩き出したいのだろうがそこまでは理性で堪えてるようだ。ただ寡黙に、そして頑なに目を閉じて一心に祈りを捧げてるようにも見える拓務の横顔を見ているのは辛く、哲也はその横顔から視線を外した。
ふと視線を従兄の首辺りに向けるとそこから、顔の右頬にかけて皮膚の色が明らかに張り合わせたように変色しているのが見えた。よく見ると耳や合わせた右手にも同じように痣状の傷が見える。
「…兄さん、その傷――」
思わず口をついて言うべきでない言葉が出てしまったのに気付いても一度でた言葉は二度と取り消せない。己の迂闊さ加減を呪っていると、拓務も「ああ、これか…」と苛立ったようにコートの襟で首筋を隠した。
「…去年の新宿で負った。爆発に巻き込まれてな」
新宿事変か――それがちょうど去年の今日この日だ。まさか身内が巻き込まれていたとは――改めて全く関りを持たないようにしていた己の不実を実感すると共に、考えてみれば当たり前の話だと納得した。拓務は警視庁の刑事なのだ。この若さで本庁勤務なのだから、かなり優秀なのは間違いない。
「今日はあの日から1年だからな。決意表明みたいなものだったが…。まさかお前に出くわすとはな…」
苛立ちを隠さない従兄のその姿に哲也はもう帰ろうと痛感した。従兄にとって叔父の墓に参る事は何よりも重要な事だろう、自分がいてはそれの邪魔になるだけだ…。一方で従兄を気遣うフリして自分は結局また逃げ出そうとしてるだけではないか、という思いが頭をよぎりもしたが、今は従兄の背中にかけるべき言葉は何一つとして思いつかなった。
「…じゃあ、俺はもう行くよ…」
従兄にも叔父にも背を向けて、哲也は引き返す道を辿る。直後不意に「おい」という鋭い声が投げかけられ、思わず身を竦ませた。
「もう金輪際ここには来るな…!忘れるな、父さんを殺したのはお前だ…!」
逃げ出す事も許さない、という訳か…。ここまで徹底的に拒絶されるともう悲しみも怒りも何も感じず、乾いた真綿のような虚しい気持ちに支配されていくような気がした。言い返す事も首肯する事も出来ず、哲也は黙って立ち去る事しか出来なかった。
お久しぶりです。
本日より新章となります。何度も書きましたがまだ「仮面ライダー」ではなく「スカルマン」です、まだだいぶ仮面ライダーらしくありません。それでも今後序章よりはマシになっていく筈ですけど…
「あかつき村事件」、そして哲也の身内。彼を構成するものがいくつか出てきました。今後のオリジンに関わるので、どうかお見逃しのないよう…