仮面ライダー:RE   作:大荒鷲

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今回は回想。主人公の過去に纏わる回です。


CHAPTER-1:『REvengerⅠ』‐②

 思えば哲也が叔父夫婦の家に引き取られたのも「あかつき村事件」が切欠であるから、ちょうど今のこの時期くらいになるのだろう。村の唯一の生き残りである哲也を叔父夫婦は、暖かくとは言わないが精一杯の気遣いと思いやりを以て迎え入れてくれたと思う。

 しかし当時の自分にはそれがどこか腫れ物に触れるようなよそよそしさに思えてしまい、その善意に心を開くことはなかった。当たり前だ、誰だって完璧などではない。急に家族も故郷も丸ごと失ってしまった甥に100%の完璧な心遣いが出来る人間など、よほどの聖人君子でもない限りいやしない。そんな事さえ分からないかったのが、当時の自分だ。

 

 それもあったのだろう、当時16歳の高校2年生に進級したばかりだった哲也は覿面に荒れた。

 進級と言ってもそれまで通っていた高校から離れ、馴染みのない土地の馴染みのない学校に編入した形で、クラスメイトの輪に入る事は出来なかったし、良く言えばおおらか、悪く言えば大雑把な両親と違って都の役人である勉とそれを支えてきた葉子と言う、自他ともに認めるお堅い家風も当時の哲也には気詰まりでしかなかった。

 故郷の事も家族の事情も誰にも話せないまま、群れから外れたはぐれ者が同じように疎外感を感じていたグループと惹かれ合ったのは必然だろう。何より彼らは哲也があかつき村の当事者と知っても一切避けたり、上辺だけの思いやりを見せたりする事はなかった。こっちに来てから半年もしないうちに哲也は碌に家に帰り着くことすらなくなり、仲間達――世間的には「不良」と呼ばれるグループであってる――の家に入り浸り、時には学校すら殆ど通わない状況になっていた。

 

 世間的に見れば十分道を踏み外していると言える甥を放っておく勉ではなく、立木に捕まってこってりとしごかれる度に迎えに来ては「もうあんな連中と付き合うのはやめろ」「将来の事を真剣に考えるんだ」と釘を刺してきたものだった。が当時の哲也には鬱陶しい小言以外の何者でもなく、毎度不毛な応酬を繰り広げてはまた家を飛び出して、という悪循環を延々と繰り返した。

 

 永遠にこんな事してはいられない事くらい分かっていたが、そこから目を逸らし続けたのは単なる逃げだった。その逃避根性が最悪な形で終わりを告げたのはある種報いだったのかも知れない。

 グループにいた女子が暴行を受ける事件が起き、その主犯格のたむろするクラブに殴り込みに行って徹底的に敗北した。相手も半分は病院送りにしてやったし、その後警察が動いてくれたお陰で敵のグループはほぼ壊滅したらしい。大筋で言えば喧嘩に負けて勝負には勝ったかも知れないが、当然哲也達も大怪我を負ったし、事が警察沙汰になった以上、学校側も哲也達に停学を下すなど重い措置を講じた。停学が開けて戻ってみれば、もう以前のように皆で集まって一緒に騒ぐような事はなくなった。折しも就職や進学を考え始める時期だ、誰も好んで無茶をやってまで、将来を棒に振る事はない。一緒にいる間は絶対だと思ってた繋がりも所詮自分の故郷と同じ、吹けば飛ぶような脆弱で細い糸でしかなかったと思い知った高校3年生の夏だった。

 哲也も周りがそうしてきたように自然と就職について漠然と考えざるを得なくなった。ようやく人生をやり直す気になってくれた不肖の甥を叔父夫婦は恐らく精一杯い支えてくれたと思うが、やはりしでかした事がそれで帳消しになる筈もなく、暫くはぎこちない関係が続いた。元より正義感が強く、警察官を志していた従兄に至っては、哲也と関わる事を嫌い、大学に進学するや否や家を出ていった。

 再び寄る辺のなくなった虚しさはどうしようもなく、とにかく一刻も早く家を出たい、寮とがついてれば何でも良いと捨て鉢な気分で場末の警備会社に飛び込んだ。

 

 結局そこで乱闘騒ぎを起こして、クビになって台東区の叔父宅に戻る羽目になったのが1年後。これでももった方だと思う。喧嘩を起こした理由は至極単純で哲也があかつき村の生き残りだと知った口さがない先輩が事あるごとに「細菌持ち」と揶揄した事だ。子どもっぽい安い挑発だと分かってはいても郷里や家族、親友たちを穢された事に対する怒りは収まらず、徹底的に叩きのめしてやった。幸い警察沙汰は会社の揉み消しで避けられたが、もうそこにいる事は出来なかった。

 結局寮を出て叔父夫婦の家(ふりだし)に出戻り。理由だけ話して、後は捨て鉢な気分になって再び家を飛び出した。結局俺は何も変わっていないんだな、と痛感しただけだったが、あの頃と違ったのは勉が飛び出した哲也を追いかけてきた事だった。

 

『少しだけ話さないか?』

 

 そう提案してくる叔父にお説教はたくさんだ、と吐き捨てて拒絶してもこの日ばかりは勉も強情で、『そういう事を言いたいんじゃない』と言い募り、やがて哲也が根負けして、勉に連れられるまま、馴染みだと言う居酒屋で初めて酒を酌み交わした。

 

『俺、未成年だけど良いの?』

 

 勿論突っ張ていた時期に平然と酒は吞んでいたので今更な気もするのだが、真面目人間である勉がそれを許すとは思えなかった。

 

『今日ぐらい別に良いだろう』

 

 勉は冗談めかしてそう言うとどこか照れたように笑った。曰く『わしもお前くらいの年に兄さん――お前の父さんと一緒によく呑んだりしたよ』と。そこから勉は思い出すように父との事や過去の自分の事をポツポツと語ってくれた。慎重な自分とは対照的に豪放磊落を絵に描いたような人物で、無茶をしたりもしたが、でも自分にないものをいっぱい持っている何よりも父を慕っていた事、そんな父に触発されて時には大胆な事もやった事、葉子叔母との出会いを年甲斐もなく、照れくさそうに話してくれた。

 これまで真面目一辺倒だと思っていた成澤勉というのはこのような人間だったのかを実感すると共に、急に自分はこれまでこの人の事を何も知らなかったのだな、と改めて痛感した。勝手に死んだ親の役割を仮託して、それなのに拒絶して、子どもみたいに駄々をこねて…。哲也は改めて己の不実を恥じた。同時にずっと心の奥底で蠢いていた制御の効かない熱が少しずつ、じんわりと全身に広がっていくような暖かい気持ちになって胸中を満たしていくのを実感した。

 

『…叔父さんごめん…。俺…何も分かってなかった…なのに…一人だって決めつけて…周り皆拒絶して…』

 

 そこから先はもう言葉にならなかった。燻っていった熱を冷ました代償に確かな熱さを得て溢れた涙が頬を濡らした。両親が死んだと、故郷を失ったんだと実感した時でさえ、流れる事はなかったのに――哲也はほぼ3年ぶりに泣いた。

 

『良いんだ、そんな事はどうだって…』 

 

 年甲斐もなく涙を流す甥の肩を勉は優しく叩いた。

 

『わしだってお前に謝らなきゃいけない。お前になんて声を掛けて良いか分からず、厳しくする事も優しくする事も半端にしか出来なかった。それに――』

 

 勉はそこで一度息をつくと、気を引き締めるように水を一杯飲み干して哲也の顔をまっすぐに見据えた。

 

 『わしはお前の仲間の事を何一つ理解してなかったんだ。何かある度にあんな連中と付き合うのは止せとか偉そうな事を言ったな。でもな、彼らは間違いなくお前を理解してたよ、そこに気付かなかったのは間違いなくわしの落ち度だ』

 

 そういって勉は深々と頭を下げた。突然の事に哲也は面食らうしかなかったが、叔父は顔を下に向けたまま、かつての仲間の事を話してくれた。

 

『お前がケガで入院した時の事だよ。わしが見舞いに行った時、病院で突然女の子二人に声を掛けられた。「哲也の叔父さんですよね?」って…。後ろには松葉杖をついた男の子も一人いたよ。顔を見た瞬間、ああ、お前がつるんでた奴らだって分かった…。正直言ってわしは彼らに良い印象を持ってなかった、己の不甲斐なさを棚に上げてお前が道を踏み外したのはこいつ等のせいだって責任転嫁してたんだ…!

顔を見たら文句の一つでも言ってやるつもりだったかも知れん。だがな…あの子達は言い訳の一つもなく、お前を巻き込んで本当にごめんなさい、と謝ったよ…それどころか後ろの男の子が喧嘩は俺達が始めた事だ、哲也は皆を必死に守ってくれたんだ…自分達は詰られても良い、だからお前の事を叱らないで欲しいって必死に言ってきたよ…

あの子らはお前の出身地の事も知ってた。なのに何の偏見も惧れもなく受け入れてくれてたんだな…わしは猛省したよ、あの子達もお前も確かにあまり褒められた事はしてこなかったろう、でも間違いなく彼らはお前の先輩なんかより遥かに立派だ、「あんな連中」と詰って良い子らではなかったんだ…それなのにわしは…!』

 

 そこまで言って勉はふぅっと悲しそうに息を吐いた。その瞳にある色は後悔かそれとも――。

 

 『わしはあの子らに何も言えなかったよ…「気にするな」でも「甥を庇ってくれてありがとう」でも…そういうべきだったな…。でもわしは呆然として逃げるように、何も言わずに立ち去る事しか出来なかった…あの子らとはあの後あまり会ってなかったな…きっとわしのせいだよ…』

 

 そこが限界だったのか、勉の声にも嗚咽が混ざり始める。うっすらと頬に赤みが指しているのはきっと酒のせいだけではないだろう。哲也もまた――先程叔父がそうしてくれたように――顔を濡らしながらその肩にそっと触れた。思っていたよりもずっと骨ばった、小さい肩だった。

 言葉は要らない、今はそれで十分だった。すれ違いの日々を埋めるように、二人は暫し無言で盃を交わし合った。

 

 それから家路に着いたのは11時も周った頃、哲也と勉は並んで雷門通りのアーケードを歩いていた。途中から自分の酒の弱さを知っている叔父はほどほどに酒量をセーブしていたのに対して、気を効かせて呑み放題のサービスをしてくれた居酒屋のオヤジのご厚意に甘えた哲也は、明らかに呑みすぎ気味で世界が震度2くらいの速度で回っているような気分を味わった。

 限度というモノを知らんのかお前は。呆れたように嘆息した叔父はふと柔らかく微笑んで、ふらつく足取りの哲也をそっと支えた。

 

『なぁ哲也、故郷がどうだったとか、学生の頃がどうだったかとか…その事でお前はこれからもきっと躓くだろう…。でも、忘れるな――お前はまだ何者でもないんだ…!それらがお前と言う人間の全てじゃない…だからどんなに悩んでも苦しんでも…自分を見失うな…!お前がお前である限り…わしらはお前の味方だ…』

 

 …その言葉に哲也はなんて答えただろうか。「よしてよ照れくさい」と茶化しただろうか。それとも若輩なりのその意味を受け止めて強く頷けたのだろうか…。今となってはハッキリと思い出せない。酒の回った頭でその言葉をなんとなく反芻した哲也は不意に前方にドキリとするような冷たい気配を感じた。

 

 最盛時よりは少なくても未だ人通りはいるアーケード街の通り。哲也達の100メートル程前方にその影は佇んでいた。如何にも着の身着のままという薄汚れた風体、頭に巻かれた包帯、手に持っているのは…

 瞬間全身が総毛立つような怖気が全身を刺し貫いた。その手に握られているのは明らかに刃渡り21センチはある牛刀…!そしてそれを握りしめ感情の失せた表情でこちらを睨みつけるその姿には明らかに覚えがあった。

 

 前の職場で哲也を揶揄した職場の先輩だ。確か無様に降参の声を上げる程までに打ちのめされて、今は自宅謹慎中だった筈…!

 

『うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!』

 

 その声は誰が発したものだったのか。包丁を構え、人の物とは思えない雄叫びをあげて突進してくる男の声か、それともその異様な姿にパニックを起こした群衆のあげた悲鳴か…。ともかく突如騒然となった夜のアーケード街において、哲也が咄嗟に考えたのは相手を倒す事、そして叔父をなんとかして守らなければ、という二点だった。

 

 が、向かってくる相手に対峙しようと足を踏み出した瞬間、世界がぐるりと反転したような感覚に襲われ、猛烈な吐き気がこみあげてくるのを感じた。こんな時に――!いう事を聞かない足を叱咤してなんとか立ち上がろうとした時、既に男の影は哲也の手の届くところまで迫っていた。

 

 あ、これは死んだな。

 

 スローモーションで迫ってくるように見える男の姿を捉えた哲也は不意にそう思った。せっかく分かり合えたと思ったのに、やり直していけると思ったのに、ごめん叔父さん、どうやら俺ここまでらしい――。

 最早どうしようもない死の瞬間を知覚した時、思い浮かんだのは故郷の景色でも懐かしい幼馴染達の姿でもなく、そんな感慨だった。哲也はただ目を閉じてその瞬間を受け入れようとした、がいつまで経ってもそれが訪れる事はなかった。

代わりに飛び込んできたのは咄嗟に自分を守るように覆いかぶさってきた人の影とその熱さ、そして次の瞬間ズブリという鈍い音と共に肉の壁を通して伝わってきた衝撃だった。

 まさか…。嫌な予感に目を見開き、視線を上げた先には自分と男の間に立ちふさがる勉の姿があった。勉は男の方に向き直り、その体を押しとどめようと両手を伸ばす姿勢で立っており――その腹部には男が突き出した牛刀が深々と突き刺さっていた。

 

『…ってっめぇ…!どけジジイッ…!』

 

 思わず邪魔が入った事に苛立ちを隠せない男は身を捩って叔父の拘束から逃れようとしたが、叔父の腕は万力のような強さでその肩を離さない。興奮も相俟って怒りが頂点に達した男は牛刀を勉の腹から抜き取った。途端に傷口から大量の血が溢れ、勉の細い体が大きく傾いだが、今度は男の脚にしがみついてその動きを封じようとする。

 

『くたばり損ないがぁっ…!』

 

 男はしがみつく勉を蹴り上げると、そのまま横薙ぎに脚を払ってその体を吹き飛ばす。その衝撃で完全に力の抜けた勉の体はタイルの地面に倒れ伏したまま、今度こそ完全に動きを止めた。

 その光景を見た瞬間、溶岩のように焼け爛れた感情が頭に湧き上がり、気が付いたら哲也は酔いも吐き気も全て忘れて、地面を蹴って男に躍りかかっていた。呆然としているその顔面に渾身の拳を叩き込み、男がよろめく。その機を逃さず、手刀で牛刀を叩き落とすと、胸倉を掴んだまま勢いで男を地面に投げ落とした。頭を思いっきり打ち付け、しばらくは指一本動かせない状態になっている相手にのしかかかると、マウントポジションのまま男の鼻柱に再度拳を振り下ろした。一発だけでは終わらない、頬骨、瞼、額、口元ありとあらゆる箇所に血が飛び散るのもお構いなしに拳骨を振り下ろし続けた。

 

 何発叩き込んだか分からない、その段になって急に肩を掴まれ、男から引き剥がされた。背後を見ると通行人と思しき複数の男達が哲也を羽交い絞めにしていた。しきりに『落ち着け』『やめないか、それ以上やったら死んじまう』と囁いていた。しかし完全に視野狭窄に陥っていた哲也にその言葉に耳を貸す余裕はなかった。両腕を滅茶苦茶に振り回し、なんとか彼らを引き剥がそうとしたが、次に背後の男が言い放った言葉が哲也を現実に引き戻した。

 

『やめないか!そんな奴より君のお父さんの心配をしろ!』

 

 瞬間冷水を掛けられたように煮えたぎる感情が霧散した。そうだ叔父さんは…!?先程彼が倒れていた場所に視線を転じると数人の通行人に囲まれている勉の姿が見えた。周りの人々は耳元で呼びかけていたり、勉の腹の辺りを手で押さえたりしていた。何かを必死で抑え込むように圧迫している手、その隙間と言う隙間から赤黒い液が漏れているのがやけに鮮明に見えた――。

 

『叔父さんっ!』

 

 哲也は瞬時に拘束を振りほどくと倒れ伏している叔父の傍らに駆け寄った。横で勉の腹を抑えている男性が『くそ、血が止まらない…!』『救急車はまだか!』等と叫んでいるのがやけに遠くに聞こえた。

 

『叔父さん…叔父さんっ!起きろよ…目ぇ開けろって…なんで…なんでこんな事…!』

 

 勉の顔を両手で押さえて哲也は絶叫する。腹のみならず、口元からも血がせり上がってきて、刻一刻と大切なものが溢れ出ていくようだった。

 やがてひゅうひゅうという呼吸の音と共に咳き込むように更なる血が吐き出され、勉がうっすらと目を開けるのが見えた。叔父さん、と語り掛けようとした刹那、二の腕を物凄い力で締め上げるように掴まれた。赤く血走った目で、濡れた口元を動かしながら腕を握りしめ、勉は呟いた。

 

『忘れるな――お前はまだ何者でもないんだ…!』

 

 意識の混濁による譫言などではない、微かな、だがしっかりとした意思を持った言葉だった。それを最後にふっと腕を掴む握力が緩み、叔父の全身から力が抜けていくのが分かった。血は既に取り返しのつかない程に広がり、その失われた物がもう二度と取り戻せない物である事が分かった。

 

『叔父さぁぁぁぁぁぁぁん!』

 

 まだ温もりを残した肩にしがみついて哲也は絶叫した。とめどなく溢れる涙と共に無数の「なんで」が頭の中を跳ね回る。

 

 なんで俺なんか庇ったんだ。

 

 なんで最期までそんな風に俺に道を示そうとするんだ。

 

 なんで…ならなんで置いていったりするんだ…!

 

 叔父さんがいなくなったら叔母さんは、拓務はどうするんだ。なにより俺達だってまだこれからじゃないか、ようやく家族になれたと思った。まだ酒を酌み交わしたり、話したりする機会がいくらでもあったじゃないか…!

 

 乾いた漆黒の空に一人きりの慟哭がいつまでも木霊し続けていた。

 

 

 その後駆け付けた警察によって男は逮捕された。

 昔から腕っぷしで鳴らしてきた自負を持つ人物で哲也に徹底的に負けた事で激しい恨みを抱いたと言うあまりにも子ども染みた動機に取り調べに当たった警官も呆れ果てたのだとか。

 しかしそれが分かったからと言って哲也の心が晴れる事はなかった。むしろ自分の短慮がきっかけで取り返しのつかない事態を招いてしまったという後悔だけが重くのしかかった。

 

『お前のせいだ。お前が殺した』

 

 事情を聞いて駆け付けた拓務は哲也の顔を見るなり、感情の消えた表情でそう告げた。悲しみに暮れる叔母と彼女に寄り添う拓務を尻目に哲也は今度こそこの家に居場所がなくなった事を確信して黙って家を出た。

 

(忘れるな――お前はまだ何者でもないんだ…!)

 

 叔父の言葉を思い出す。何をすれば良いのかそれは分からなかったが、ただ変わらなければいけない、それだけは確信出来た。しばらくは友達の家を転々としながらも、一人で職を探し、最終的には立木の口利きで今のレイニージャーナルに就職する事になった。元々文章を読むのも、写真を撮る事は好きな方だったし、住居が定まるまで暫くオフィスに住み込んで良いという条件を提示してくれたのは大きかった。

 陣内が認めるまでは見習いだと言う厳しい採用要件と薄給に合わないハードワーク、ケチで頑固でいつも苛立っている上司の下でしごかれ続ける日々には流石に閉口したが、何もせずに苛立ちを抱えてる日々よりかは遥かに充実していた。

 あれから3年以上経つが、ローマは一日にして成らず、未だに見習いのままだ。叔父さん、俺は何者かになれているだろうか…?自分の過去から、ひたすら荒れていたあの時期から、そしてあの日の抱えきれない程の後悔から…脱皮して変わって行けてるだろうか…?

 

 当然その問いに答える者はいない。結局全ては自分で見つけるしかないんだ…!

 

 その決意だけを(よすが)にして哲也は再び歩き出した。

 

 

 

 




少し短いですが、今回はここまで。
どんな作品でも主人公のオリジンって大事なのでそこはしっかり描きたい所です。

それではまた次回。

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