体調不良で先週はお休みしてました。
エタった訳じゃないので引き続きお付き合いください。
最近の病院の設備というのはなかなか侮れない物だな、と思う。申し訳ないが哲也個人としては病院というモノはおおよそ薬剤や消毒の匂いに満ちていて、ひたすら白一色の辛気臭いイメージがあった。ましてやそこに備え付けてある食堂なんて、如何にも病人用の薄味・栄養価優先の味気ないメニューばかりなんだろうなぁとか失礼極まりない印象を勝手に持っていたのだが…。
この病院はそんな雰囲気ではない。特に1階に設置された食堂は、大きく開放的な窓が中庭に面して作られ、明るい陽光が注ぐ空間だった。椅子やテーブルも蛍光カラーでカラフルに彩られており、温かみがある。食堂というよりは開放的な雰囲気のカフェテリアだよなぁと思ったら、実際中庭にもオープンスタイルの席がいくつかあった。
これならメニューの方も結構期待できるのではないか、と思う哲也であった。最も俺は自腹なのであんまり高い物は選べないけど。
お昼には少し遅い時間なのもあって、あまり混んではいなかった。ひとまず入口近くの席を取り、メニューを…と思ったらシンプルなタブレットが一つ置いてある。どうやらこれで注文するらしい。最近はこういう所でも進んでるもんだなと感心しきりだが、どうやら水やお茶はセルフサービスらしい。席に着く二人を見て、ここは俺が行くのが筋かな、と哲也は空気を察して、ドリンクバーの機械と共に設置されている給水コーナーに向かった。
給水機の隣に設置されているコーヒーメーカーを見るとなんだかよく分からないブレンド名が多々。こういうのも今は随分発展してるんだなぁと本日何度目かの関心をしていると唐突に「おい」と肩を掴まれた。
不意打ちに思わず変な声を上げそうになったが、辛うじて呑み込み、振り返るとその先には髪の殆どを白く染めて、くたびれたスーツを着た初老の男――立木正尚がいた。
「お前…こんなトコで何やってやがる?今度はナニ企んでんだ、え?」
如何にも怪訝そうな顔でいつもの口癖が飛び出す。どうやらこの男にとって俺は永遠にやんちゃ坊主の学生らしい。哲也はそっちこそ、と突っ込みたいのを堪えて「仕事ですよ!」と強弁した。そう言われて立木もようやく納得がいったように首を振った。
「それもそうだ。俺ぁてっきり遂にバカにつける特効薬が開発されて、治療に来たのかと思ったよ」
「誰がバカですか⁉だ れ が ! ?」
さらっと無礼にも程がある事を口にする立木に哲也は猛抗議したが、すぐに周りの視線が咎めるようにこちらを捉えているのを自覚して、それ以上は引っ込めざるを得なかった。
「おやっさんこそ何してるんですか?平日に管轄外ウロウロして…またおサボりですか?」
「抜かせ、俺は今日非番だ。どこでなにしてようが勝手だろうが」
「そんなカッコで非番もクソもあるか!」
非番ならそんなコロンボの出来損ないみたいな恰好じゃなくて、もう少しそれらしい服装もあるだろう、自覚はあるのか立木も「違ぇねぇ」と肩を揺すって苦笑した。
「非番は本当だが、まあ昨日の事件の事でな…ほら、例のアレさ…人探しだよ」
ああ、その事か…。要するに立木が今密かに追いかけているらしい、事件現場に現れる少女の話だ。昨日の件が《スカルマン》によるものだとしたら、確かに出てきても今回も出てきてもおかしくはないと考えるのも道理だが…。
「他にもなんか妙な目撃証言も多いらしくてな…目撃者に話聞けりゃ早いって思ってここまで来たんだが、どうにもガードが硬くてな…病室すら分からん…」
おかしな話だ、生安とは言え立木だって警察の人間だ。少なくともこの病院に来ている同僚の話に聞いてみるなり、そうでなくとも病院の関係者から許可を得る事だって十分可能な筈だ。実際そう伝えてみると、立木は渋い顔をして溜息を吐いた。そう簡単な事ではないらしい。
曰く警察にはセクトというモノがあり、管轄も違えば、課も違う立木の立場では他所の事件にはおいそれとは首を突っ込めないらしい。だから例の少女の捜索も今回の事件の情報集めも誰にも知られずひっそりとやるしかないのだそうだ。そんなモンかね、大人の世界の事はよく分からん、と哲也は嘆息した。
というかそれ以前に例の少女の件はともかく、昨日の事件の事をなんで立木が嗅ぎまわっているんだ、大体そんな頻繁に管轄外に出てていいモノなんだろうか。そう問いただすと「モノのついでだよ」と老刑事は神妙な顔で答えた。
「…何と言うか…あの子の件、うまく言えねえんだが、一刻も早く解決しないと取り返しのつかない事になりそうな気がするんだよ…だからとにかく今は情報が欲しいんだ…」
そう語る立木の顔には珍しく焦りの色が浮かんでいた。自分も大概長い付き合いだと思うが、彼のそうした表情を見るのは初めてだった。どうやら本人なりには結構切迫した状況らしい。俺も出来る事があれば、と言いかけて、ふと――。
「――あ、昨夜の目撃者、今いますけど…?」
そもそもそれに関して詳しい話を聞くために今ここにいるんだったと思い出した。それを聞いた立木は「ナニィッ!」と言わんばかりの表情で目を瞠る。今日は随分と表情豊かだなぁと思いながら、こりゃあアイツの顔見たら更に驚くかもなと哲也は心の片隅でそっと考えた。
「健輔…?お前健輔か…?」
「――え…アンタ生安の立木さん…?」
案の定。
真琴と健輔の待つ席に立木を連れて戻った所、昨夜の事件の目撃者が健輔だと分かった時の立木の反応、及びそれを見た健輔の反応は実に予想通りというか…お互い口をあんぐり開けて、予想外の人物との対面に戸惑っている様子だった。因みに真琴はというと「なに部外者を勝手に呼んでんのよ?」と不機嫌な表情でこちらを睨んでいた。
「…って事は昨夜の目撃者ってのはお前さんかい?」
ようやく平静になったらしい立木がそう尋ねた。その顔には驚嘆とも戸惑いともつかない複雑な表情が浮かんでいるように見えた。
「とにかく!ボーっとしてないで座んなさい、刑事さんもホラ!」
流石にレストランで座りもせずに呆然と男三人が立ち竦んでいるのはかなり奇妙を通り越して滑稽な光景だ。居たたまれなくなった真琴が哲也達を蹴り飛ばすかの如く、追い立てながら着席を促した。そこで立木もようやく正気に返ったらしい、「俺も座って良いんかい?」と目を白黒させながら真琴に問いただしていた。
「それは刑事さんの持ってる情報もトレードって事でどうですか?」
立木を席に促しながら真琴が、こうなったらこの際どうでも良い、という態度で言った。確かに何かと知り合いがいた方が健輔も話しやすかろうが…。なんか微妙に自棄になってませんかね?不安になる哲也であった。
そんなこんなで各々が席に付き、テーブルに備えてつけられていたタブレットに注文内容を打ち込んでいく。因みに哲也はカツ丼、真琴はナポリタンを注文した。せっかくなので立木が皆に奢ってやると言いだしたのは意外だった。いくら勤続歴の長いベテランとは言え、給料日も迎えてないこの中途半端な時期にそんなに余裕あるもんだろうか。まぁ実際そう揶揄ってみたら「てめぇに懐具合心配されるほど落ちぶれちゃいねぇよっ!」と頭にゲンコツを落とされたが。
「変わんないなぁ…てっちゃんは…」
そんな様子を見ながら、健輔がどこか感慨深そうな、或いは寂しそうな微笑みを浮かべていた。まるで自分はとても遠くの世界に行っていたような…そんな我が身と対比しているかのような、そんな笑顔だった。
お前はだいぶ変わったな、対して哲也にはそう返す事は出来なかった。確かに目の前にいる青年は5年以上前、いつも一緒にいた土枝健輔に間違いはないのだが、坊主に刈り上げた髪も扱けた頬もそこに浮かぶ無精髭も――諦観と郷愁の入り混じったその弱弱しい笑みもかつてとは別人のようだった。
哲也の知っている健輔は、いつも似合わない金髪をツンツンに逆立てて、それをヘルメットもかぶらず、バイクの受ける風にただ吹かれるがままにしている、そんな男だった。一昨日は美容師になると言い、昨日はバンドマンを目指すと言い、今日は料理人になると言い――たぶん明日も変わっている――、詰まる所、刹那的にモノを考えてばかりなのに、その癖妙に自信に溢れてて、そうやっていつも皆を笑わせていた。
確かに5年以上の年月は人のあり様すら大きく変えてしまうのかも知れない。しかし健輔のその変質はいっそ痛々しい程だ。
「――なぁ、健輔…お前この6年間、どこにいたんだ?良かったら…聞かせちゃあくれねぇか…?」
勿論嫌なら無理にとは言わねぇけどよ…。躊躇いがちに、だがどこか決然とした表情で立木はそう聞いた。健輔は暫くの間、躊躇いがちに哲也と立木の顔を行ったり来たりしながら、やがて何か決意したように口を開いた。
「…分かった。ちょっと長くなるけど…聞いて貰える…?」
そこから暫くは健輔のこれまでの来歴を聞いた。例の大騒動の後、養父から勘当同然に突き放されて学校を辞めた事、半グレ連中の仕返しが怖かった事と地元に居辛かったので、大阪にまで赴いて所謂「あいりん地区」で日雇い労働者として働き始めた事、以降各地を転々としている事…。
その先で出会った人や事、経験は決して辛いモノばかりではなかったようでそこはひとまず安心した。だが無理して明るい話題を捻りだそうとする所や昔と比べて明らかに憔悴しきっていると分かるその姿からはやはり過酷な5年間だったんだろう事は想像に難くなかった。
以前その日の暮らしにすら事欠き、ネットカフェや簡易宿泊所にしか寄る辺のない現代の難民達の事を取材した事があるが、それがいざ自分のかつての親友に現実として降りかかっていた事実だという事にはやはり衝撃を禁じ得なかった。
「…そうか…。お前さんも色々あったんだな…」
その間ひたすら聞き手に徹していた立木が口を開いた。決して安直に同情するでもなく、かと言って冷淡に受け流す事もしない、彼らしい包容力のある声だ。自分だとこうは行かないし、実際健輔の話を聞き終わって、すぐにどんな反応をすれば良いのか分からなかったのだ。
こういう所はいくつになっても“生安のおやっさん”のままだ、と思う。しかし一方でさっき立木は「お前さんも」と言っていた。もしかしたら立木にも5年間という歳月で彼にも何か変化があったのかも知れない。
「すんません、なんか暗い話しちゃって…」
心底申し訳なさそうに健輔が言った。何も謝る事なんてないのに、本当に悪いと思っているようなその口調に哲也は心を痛めたが、ここで自分が何も言えなくてどうする、と己を奮い立たせると「謝んなって」と言いながら、少々乱暴なくらいの勢いでその痩せた肩を叩いた。
「分かった。お前にはとにかく食う事が必要だ。頼むなら一番高い奴にしろ、な?」
どーせおやっさんの奢りだし、と付け足してタブレット端末の中から一番高いメニューを探し出した。うむ、ステーキの類はないのでやはりそうなると凝った洋食メニューとか辺りだろうか…と吟味しながら最終的に鰻重の肝吸い付き御値段3500円也とか言うのを見つけ出して、強制的に注文リストの中に入れる。
「オイこら待て…!」
「てっちゃんそんな無茶な…!」
突如突飛な事を始めた哲也に立木は思わず絶句し、財布の中身を確認し始めた。健輔もそんな立木の様子を見て、哲也を止めに入ろうとした。
「っるせぇ、四の五の言うなって…!人間飯が旨けりゃ、大抵の事はそれで忘れられる。食って力付けろ、そんで悩みなんざ吹っ飛ばせ!」
半ば強引に注文を確定させ、立木の方には「これは俺が持ちますから!」と無言のアイコンタクトを送った。そんな様子にやがて呆れ果てたのかなんなのか、老刑事は観念したように苦笑する。
「刑事に二言はねぇよ、それ頼め、いくらでも奢っちゃる」
ヤケクソ気味にそう叫べば、健輔も最初こそ恐縮しまくってたモノのやはりウナギの誘惑には抗いがたい物があったのか、観念したように「…ゴチになります…」と小声で呟いた。
「よっ、流石“生安のおやっさん”、懐が深い!」
「…やかましいっっ!」
褒めたのに何故か顔にグーパンを食らわされた。前から思ってたがなんで皆してやたらと俺をぶん殴ったり、ひっぱたいたりすんだ…。
そんなこんなで10分くらい経ってから、料理が運ばれてきた。健輔は落ち着きなさそうに周りをキョロキョロ眺めながら、ゆっくりとお重の蓋を開ける。途端に立ち上るウナギの脂とタレが織りなす香気に健輔のみならず、哲也も思わず生唾をゴクリと呑み込んだ。 「これホントに食って良いのかなぁ…」といった顔で尚も恐れ慄いていた健輔もやがて覚悟を固めたのか、「…頂きます」とその飴色に照り輝く身に箸を突き立て、ご飯ごと思いっきり口に頬張った。
「…美味い…」
かなり恍惚とした表情。料理漫画だったら1,2ページは使いそうな感動っぷりである。曰くウナギなんてそれこそ10云年ぶりらしい。哲也もその様子に満足して、自分も、とカツ丼を口に運――ぼうとしたが、そう言えば立木の奢りだったな、と思い出す。彼の方を見て軽く頭を下げながら健輔と同じように「頂きます」と一言言い添えた。彼も鷹揚に片手を上げてそれに応えてくれた。
各々が食事を終えて暫く食休みという感じでお茶を啜ってたりする事、15分弱。
「そろそろ昨日の事、聞いて良い?」
真琴がレコーダーとメモ帳を取り出して健輔達にそう尋ねてきた。昼時もだいぶ過ぎて食堂のスペースにも余裕があるので、せっかくだから今座ってる席も暫く間借りさせてもらう事にした。
「悪いけど刑事さんにも聞いて欲しいので、さっきの事もう一度話して貰える?さっきよりももっと細かく、あとどんな些細な事でも良い、気になる事があったらそれも話して?」
真剣な表情と口調に健輔も固唾を呑んでコクリと頷いた。聞き取りはそこから20分ほどかけてさっきよりも細かく行われた。
「じゃあ、《スカルマン》は代議士のドラ息子、って言ったんだよな?」
「それさっきニュース速報で出たわ。被害者の身元判明、向坂悟朗議員の息子だってさ、女性の方は――風俗勤務。交際関係にあったんじゃないかって」
真琴がスマホのニュースアプリを開いて、さっき更新されたばかりの情報を見せてくれた。確か〇〇党の有力議員の一人だった筈だ。それに何より哲也にとっては忘れがたい名前だ。
「…確かあかつき村の出身者だよ…な…。地元に例の研究所を誘致した立役者の一人で…でもあの事件については知らぬ存ぜぬ、を決め込んでたって…。まだ議員続けてやがったのか…」
立木が一瞬哲也の方をチラと見ながら苦々し気に呟いた。そう、コイツは大本を辿ればあの事故――いや事件の間接的な元凶の一人だ。いつの間にか思い出す事もなくなってはいたが、まさかこんな所でその名前を見る事になるとは…!
その時不意に昨日の夜、思い至った一つの可能性が頭に思い浮かんだ。やはり《スカルマン》はあの事件の関係者なのではないか。何らかの理由で生き残った誰かが復讐を果たすためにドクロの面を被って復讐をしようとしているのでは――と。
「――あ、コイツ公園の改修事業にも一枚噛んでんのね、知らなかったわ」
突然湧きあがった疑問に哲也が懊悩していると記事をスクロールさせていた真琴がそう呟いた。隣の健輔も興味深そうに画面の覗き込んでいる。曰く記事によると前々から議員と公園の改修事業を手掛ける大手ゼネコンとの関りが取り沙汰されており、この代議士もその1人らしい。因みに記事にはその他、件のドラ息子は度々その女性との逢瀬のために工事中の設備にこっそり忍び込んで、なんて事を繰り返していたらしい、なんて事も書かれていた。要は今回もそういう事やっている最中に何かしらの事件に巻き込まれたのではないか、と書かれていた。
「で、ツッチーはコイツが怪物に殺される所を目撃した、と…。確か怪物の目撃情報って前からありましたよね?」
気を取り直して健輔から聞き取った情報で最も不可解な所に踏み込む事にした。それに真琴はどこか嫌そうな顔をして頷いた。
「…あった事はあったけど…正直オカルト雑誌とかがバカバカしい見出しで報じてる印象しかなくてちゃんと調べてないのよねぇ…」
あらゆる情報に多岐に渡ってアンテナを張り、偏見に囚われずに真実を追う事を自身の理想とする真琴にも苦手なモノがある。オカルトとか都市伝説とかそういう類の世界だ。科学的に説明を試みる事が出来るなら別らしいが、検証のしようがない分野の事は本当に苦手らしい。因みに断じて怖い話が嫌いな訳ではないとは本人の弁。
「――あ、その手のネタなら俺がいくつか持ってるぞ」
不意に立木が自分のカバンから表紙におどろおどろしい紋様が描かれた雑誌を数冊取り出してみせた。「ARIENAIZER」とかいうタイトルがついたサイケな表紙を不吉で意味ありげな記事タイトルが彩ってる辺り、もしかしなくとも如何にもなオカルト雑誌だ。
「…なんでそんなモン持ってんですか…?」
ドン引きと言った感じの表情で健輔がボソリと呟いた。真琴も哲也も同様に渋い顔をしている事に気付いた立木は途端に恥ずかしそうな顔をして「俺だって好きで持ってんじゃねぇ!」と叫んでその胡散臭い表紙をテーブルの上に叩きつけた。
「…
どこかバツが悪そうに眼を逸らしながら呟く。その名前に哲也はハッとなった。
「「ヤマピーがぁ?」」
健輔も同様だったらしい、二人の声がユニゾンになって立木に突き刺さった。真琴は「誰よそれ?」みたいな顔をしている。
ヤマピーこと元山克之は二人の同級生だ。言うまでもなく当時散々やんちゃしてた時期の付き合いで、立木によくお世話になった仲だ。思えば「真紅の雷電」伝説はこの3人から始まったと言っても過言ではな――いや仕事中だ思い出に浸るのはよそう。
とりあえず気を取り直して受け取った雑誌を開いた。ザッと目録を眺めてみると『激撮!UFOスクープ映像20選!!』『魔法の世界が実在するこれだけの証拠』『戦慄!映画にもなった猫浪村の真実とは!?』みたいな聞くだけで胸焼けしようなタイトルがひしめいている。アイツ転職したとは聞いてたけどよもやこんな所に勤めてたとは…。哲也は頭が痛くなりそうな予感を覚えながら、立木に勧められるまま栞の挟んである記事を開いた。
『《スカルマン》事件の裏で暗躍する謎の“怪物”達。果たしてその正体は?』
タイトルは相変わらずだが、読んでみると内容は意外と至極真面目なものだった。
まず新宿事変のすぐ後に起きた女優殺害事件。
公的にはバラバラ殺人事件と広まっているが、ネット上で広まっている噂は正しく、実際は刃物で切断された、というよりかはまるで食い千切られたと形容した方が正しい程の惨状であった。実際遺体を複数の通行人が目撃しており、記事は彼らからの聞き取りを取り上げていた。あまりの惨たらしさに皆一様に「獣に襲われたのだと思った」と語っている。
この雑誌が本格的に怪物の存在を疑い始めたのは警察に不可解な人とは思えないような存在を見たという証言が複数寄せられたからだそうである。
事件の起きた公園は元々その女優が日課のトレーニングで走り込みを行っていた事で知られており、他にも同じように散歩やウォーキングでこの公園を利用する者は多かったようだ。事件が起きたのは当に夜の帳が落ち切った辺りからとされており、流石に昼間や夕方より利用者は減っているがそれでもゼロではない。
曰く「聞いた事もない獣のような咆哮を聞いた」「犬が茂みの辺りをやけに吠えてた、次の日そこが事件の起きた場所だと知った」「不気味な影が歩いているのが見えた」という証言が数件ほど寄せられたそうだ。
勿論警察は怪物の存在など聞き入れもしなかった、それどころか「忙しいのにふざけるな」と一喝されたそうだ。そりゃあそうだと思う所だが、彼らの多くは嘘なんか言ってないと食い下がるも聞き入れられる事はなく、それなら、とこの雑誌に証言を寄せたという事らしい。
記事は最初に彼らの証言を取り上げた後に獣害、即ち都内に今回のような事件を起こせる巨大な生き物がいるか、はたまたペットで飼われている危険生物が起こした可能性を生物学者への取材から検討した。結果そのような生物がいるとは思えないという結論に至り、やはり人が起こした事を前提に人体を事件のように解体して遺棄するのに掛かる時間と手間をシミュレートした。こちらも道具を使わない、しかも暗がりの屋外という条件では時間的・物理的に絶対に無理だと言う結論で、怪物――少なくともそれに類するものの存在を暗示させた。
以降も若手の議員を乗せた車が暴走の末に転落した事故と大手服飾会社の社長が失踪後に轢死体となって発見された事件を題材に共通点――自殺他殺も含め依然真相が不明な事、仮に自殺とした場合動機がハッキリしない事、他殺とした場合は手口が分からない事、そして――周囲で同じように怪物の目撃証言が相次いだ事を報じていた。
奇妙な事に怪物の目撃証言はまるで示し合わせたかのように大体一致していたと言う。一種の集団ヒステリーならば証言者毎に内容が違う事は多々あるが、今回の場合前者ならば「空を飛ぶヒトガタ」、所謂フライングヒューマノイドか蛾人間“モスマン”、後者ならば事件現場付近をたゆたう白く発光する幽霊で大体一致していたという…。
「…意外と真っ当な内容なんですね…なんかもっとこう…」
記事を読み終えたらしい健輔が呟いた。それには哲也も同意だった。
オカルト雑誌と言えばもっと陰謀論と「友達の友達の友達の~」みたいな真偽不明なソースとハッキリしないピンぼけ写真で構成させれているモンだと勝手に思い込んでいたものだが…。但し真琴の方はまだ「そうかしら?」といった疑わし気な表情で記事を睨んでいた。
「まぁまぁ真琴さん、ツッチーの証言もありますし、検証は後程にって事で…」
放っておくと記事に対する突っ込み所の指摘を始めてしまいそうな勢いだったので哲也が慌てて先輩記者を窘めて、話の軌道修正を促す。真琴は些か不服そうだったが、健輔の方をチラリと見ると少しバツの悪そうな顔をして、溜息を吐いた。
「…分かったわ、じゃあ土枝君?貴方が見たと言う怪物の事、詳しく話して?」
とにかく記事の真偽は後回し、ひとまず健輔の目撃情報を信用する前提で聞き書きは再開された。因みに立木はその証言をもとに手帳に何やら絵を描き込んでいた。
「…え~…とりあえずお前さんが見た怪物ってのはこんな奴か?」
昨夜の顛末――怪物がどんな奴で如何にして人を襲い、殺害したのか。その聞き取りが一通り終わったタイミングで立木が手帳をズイと突き出した。そこには精彩な筆致で描かれた異形の生物の姿があった。
「――っ!コイツです、細部はちと違うけど大体こんな感じ…!コイツが急に現れてあの人達を…っ…!」
話してる時は平気だったが、絵という具体的な対象で改めて思い出すのが堪えたらしい。急に健輔が顔を青くして嘔気を堪えるように体を縮こまらせた。真琴もその背中をさすりながらも、その表情は紙上に描かれた“それ”から目を離せないようだった。
そこに描かれていたのは体の体の左半分がドロドロに融解した後に蜘蛛と結合したようなグロテスクな、まさしく“怪物”としか形容しようのない異形だった。コイツが健輔の目撃した怪物の正体なら確かに未発見の新種の生物とかそんな次元じゃない、こんな生き物が自然界に存在する筈がない――!
更に何よりも気になるのが…
「《スカルマン》はコイツを《ガロ》と呼んでいた…。これは確かね?」
真琴が一瞬哲也の方を気遣うようにチラリと見てから健輔に問うた。健輔もその問いかけに頷きならも怪訝そうに哲也を見ている。予想してたとは言え、息が詰まるような感覚を覚えながら、哲也は深く息を吐いてなんとか平静を保った。
まさかこんな所でその名を思い出す事になるとは――。
ガロ。シベリアンハスキーのガロ。最初に聞いた時、センスのない名前だな、と悔し紛れに言ってやった。アイツは読んでた本から顔も上げずに『うるさい』とだけ返した。
また思考が明後日の方向に飛びそうになるのを辛うじて抑えながら、一心不乱にこれまで聞いた内容を手帳に書き記していく。確かに変な名前だ、実際梗華にもそう言われた、でも所詮それだけだ。昔そんなタイトルの映画があったし、漫画雑誌の名前とかフォークユニットにもそんなのがいた筈じゃないか。何も可笑しい事なんかじゃない。
しかし理性でそう納得しつつも哲也の心にはどうしても晴れてくれない物があった。《スカルマン》が活動し始めた今日という日付、村の件に関わってた代議士のドラ息子の殺害、“復興”の名のもとに過去を全て忘却の果てに追いやろうとする国、《ガロ》と呼ばれる怪物――。
果たしてそれらは本当に無関係な1本の点でしかないのだろうか。もし、万が一にでもそうでないとしたら《スカルマン》の本当の目的は――。
(テツヤ…!)
刹那哲也の脳内に昨夜の光景が、聞こえたと思った鈴のような声がフラッシュバックした。そうだ、今朝はどうせ酔っぱらいの幻覚だと決めつけてスルーしようとしたが、俺はこの声に、あの姿に確かに覚えがあった筈なんだ…!
「――ちょっと成澤!しっかりしなさいよ…!」
自分は突如頭を押さえて苦悶の表情を浮かべているのだろうか、自身の傍らに回り込んできて、肩を揺すりながら心配そうな表情の真琴が見える。その顔に不思議と混乱が過ぎ去り、自分でも不思議な程頭が冷えていくのを実感した哲也は「…大丈夫です」と一言だけ告げて、そっと真琴の手を引き剥がした。
「…なぁてっちゃん?俺、なんか嫌な事思い出すような事言ったか?なんか様子変だぜ…?」
健輔も同じように気遣うような、それ以上に下手すれば自分よりも不安に苛まれている色を顔に浮かべていた。そう言えばコイツとおやっさんはあかつき村の件を知ってるんだった…。こんな時に気味悪がったりもしないし、余計な事一つ言わないのは彼らの良い所だと改めて実感した。
「…心配かけました…。とりあえず大丈夫です、それよか真琴さん…?」
ちょっと話の腰折っちゃうけど、良いですか?努めて冷静さを心掛けながら真琴に問い掛ける。彼女は一瞬怪訝そうにしながら、ひとまず無言で頷いた。その心遣いに感謝しつつ、哲也は手帳の中に挟んで置いた一枚の紙片を健輔に見せた。
少し個人的な動機も含まれるかも知れない。でも今ならこの件には何か《スカルマン》に繋がっていくのではないか、という確信が不思議と持てた。何より俺自身も言い訳を並べ立ててる場合じゃない。
「おい、それって…?」
「それが何か関係あるの?」
立木と真琴が驚きと共に口を挟んだ。それは昨日彼から渡された例の少女の人相書きだ。
「ツッチー、どんな些細な事でも良い、この女の子に見覚えないか?」
当の健輔は紙片を手に取りながらかなりの困惑顔だ。そりゃあそうだろう、突然見も知らぬ少女の似顔絵を渡されて、コイツ見た事ないか?なんて聞かれたら普通戸惑うのもむべなるかなだ。哲也は手短にこの少女が《スカルマン》の事件現場に度々出没するらしい事、立木が訳あってこの少女を探しているらしい事を伝え、その上でもう一度同じことを聞いた。
確か健輔の働いている公園は前にも《スカルマン》による爆破事件が起きている筈だ。その一縷の望みに掛けてみたのだが、何分だいぶ前の事だしあまり期待はしない方が良いのは分かってる。絵を持ちながら懸命に頭を捻っている彼を見ながら哲也は内心そう思った。
「…あれ…これもしかしてアレかな…?」
果たして似顔絵を見続ける事1分、健輔が首を傾げながら絞り出すようにそんな事を言った。
ナニ、もしかして脈アリか…!?まさかの収穫に哲也は同じく呆然とした表情の立木と顔を見合わせると健輔に詰め寄った。
「アレってなんだ!ひょっとして見たのか?」立木が叫ぶ。
「何か話したか?どんなシチュエーション?」と哲也が詰め寄る。
あまりの険相に驚いた健輔はタジタジになりながら交互に二人の顔を見て呟いた。
「…これ何の取り調べ…?」
会話ばっかりで長いので今週はここまで。
徐々に怪物の存在がクローズアップされてきます。
果たして怪物の正体は一体何なのか、既に《ヴェルノム》という呼称と《ガロ》という名前を出してますが、それが意味するものも追々描ければな、と思います。
それではまた来週。