今から半年くらい前の事だ。
健輔が務める都の杜公園は四方にも同じようにそれなりの面積を誇る公園がいくつかある。緑の少ない都心部に当たって自然の憩いを忘れぬように、という区や都の涙ぐましい努力によるものだ。因みにそのうちの一つはこの病院のすぐ隣にある。
《スカルマン》の標的にされ、直接被害を受けたのは健輔達が働く都の杜公園ではなく、その周辺に位置する公園だ。そこに焼夷爆薬が仕掛けられ、周辺に大火事が発生、都の杜公園にはいつものホログラフィック投影装置が設置されたらしく、大火事に慌てふためく街を悠然とドクロが見下ろしているようだったと言う。
今回は新宿事変の時と同じように最初にドクロが出現し、後に爆破が起きたタイプだ。当然一日の仕事を終え、一服ついていた人夫達や公園の周辺住民達は突然の凶事に慌てふためき、警察の勧告も虚しくパニック状態になった。てっきり公園が爆破される物だとばかり思った飯場の職員達も住民達も都の杜公園から800メートル程離れた学校の校舎に退避した。それ以外の地域でもなるべく広い場所を目指して避難を始めたそうだが、ドクロの出現から3分もしないうちに花火よりも何倍も激しい轟音と火柱が打ちあがった。
火は瞬間的に燃え上がり瞬く間に公園の木々を焼き付くすと周辺の民家にまでその凶暴な
結局延焼や不発弾の可能性もあり、地域住民達は暫く避難先の校舎で過ごす事になった。職場が事件の渦中に晒され、仕事どころではなくなった健輔達も例外ではない――大体職場が閉鎖されてしまえば自分達には居場所がない――が、実際肩身は狭かった。
元々反発の多かった工事である。それに携わっていた人夫達を見る住民の視線は剣呑で、言外に「お前らのせいでこんな事になったんだ」と告げているように感じられた。健輔としては知るかそんな事、と毒づきたい心境だったが、無駄に騒ぎを起こしても仕方がないので、なるべく仕事仲間達で固まってジッとしているより他になかった。
そんな風にどことも距離を取っていたからだだろう、どこか町内の住民と言った風体ではないその少女の事が不思議と目に留まった。体育館で縮こまっている年寄りや校庭で炊き出しをしたり消防団と話している主婦層に目もくれずに一心に何かを探しているよう風な10代後半と思しき少女だ。
男物の薄汚れたブルゾンにスニーカーという風体は洒落っ気の欠片もなく、目深に被ったキャップも相俟って遠目には少年のようにも見えたが、スラリと伸びた脚の線の細さは間違いなく女だった。
だからどうしたという話。別にその少女に心を奪われたとかナンパ目的に話しかけた、とかそういう呑気な事ではない。少女に声を掛けたのは単なる気まぐれだった。年頃の娘らしくない煤けた姿もどこか不安げに周囲を見回している姿が――どことなく昔の自分達に似ていたから、そんな根拠のない直感だった。
「どうした…の…んだ?…しゃ、さっきからずっとウロウロしてるみたい…だけど…?」
が、やはり馴れない事はするもんじゃない、少女に話しかけた自分の声は見事に上ずっていた。案の定怪訝そうな目でこちらを一瞥した少女の視線の強さだったり、薄汚れたその服装には似合わない程に整った顔の造作だったりに急速な場違い感を抱いた健輔はすぐさま「ごめんなさいすみません人違いでしたー!!!!」とか叫んで逃走したい心境に駆られたが、それをやったら余計にただの不審者だ、という結論に至り、何とか再び少女に話しかけたのだった。
「…もしかして…家族を…探してる…のか?…逸れた?他の避難所とかは…」
こんなくたびれた格好の男に話しかけられた普通は不審がるだろうなぁと懸念したら延々と自己嫌悪に圧し潰されそうなので、極力そこは考えないようにしながら努めて穏やかに声を出す。
家族、という言葉に少女の表情がピクリと動いたのを見た健輔は内心に抱いたのは「わぁ~図星だったどうしよう!」という更なる焦りの感情だ。
やはり火事で焼け出されて、逸れた親とかを探しているんだろうか?こういう場合家はどの辺り?とか聞いて良いもんなんだろうか?大体話しかけてどうするつもりなのか、お前が一緒になってこの娘の親探しを手伝えるのか?とか、とめどない自問に悶絶仕掛かる健輔の心を読んだのか、そんなわけはないだろうが「…いえ…」とゆっくり口を開いた。
「…兄です…。兄を探してるんです…」
何度か躊躇うように息を吐きながら少女は呟いた。長い睫毛に縁どられた大きな瞳が苦しそうに伏せられる。どこか言った事を後悔しているようなその表情に健輔は違和感を覚えた。
昨日逸れた兄を探しているとかそんな類の表情ではない、もっと必死で切実な感情を湛えていた。これは放っておいたらいけない奴だ、理屈じゃなくそう思った健輔は数刻前の躊躇いも忘れて「どんな人…?」と少女に問い掛けていた。
少女がハッとしたように顔を上げる。まっすぐに健輔を見据えたかと思うとすぐに己の迂闊さを呪うようにキュッと口元をへの字に結び、顔を逸らせた。恐らく少女は己が誰かと関わり合いになる事を本能的に恐れている、と悟った健輔は、少女が次の言葉を紡ぐのを待たずに声を発していた。
「お兄さんはどんな人?何か写真とか…人相の分かる物は持ってるか?何か俺に出来る事があったら…」
自分でも驚くくらい必死な声だったと思う。普段ならこんな事絶対しない自信があるが、少女の何かを堪えるような瞳に学生時代のような激しい気持ちが熾ったように感じられたのだ。思えば哲也も恵麻も初めて会った時はこんな目をしていた…。
そう言ってもなお、少女は躊躇うように顔を俯けていた。ええいじれったい、と健輔は「大切な人なんだろ!」と畳みかけた。
「…分かるよ…。俺じゃないけど家族をずっと探してる人を知ってるから…!」
哲也の事を思い出していた。彼は実の両親の最期を知らない。いつ、どんな風に、どこで亡くなったのかそれすら…。だからずっとその死を実感できずに、もしかしたら生きているかも知れない可能性に縋って苦しんでいたんだ。少女の兄がそうでないのなら間に合うかも知れない、なら放っておく事は出来ないと思った。
少女がハッと顔を上げる。端正な顔を歪めながらも、その瞳の奥にこれまでの苦悩とは違う光が浮かぶのがハッキリと感ぜられた。未だに揺らめかせながらも今度は正面から健輔を見据えているようだ。
「わたし――」
「――――。」
少女の言葉はしかしそれ以上紡がれる事はなかった。不意に差し込まれた硬い声がその先の言葉を封じたからだ。思わず少女の肩の後ろに視線を向けると、こちらに歩み寄ってくる男の影が見えた。
男…というよりいっそまだ少年の表現が通じる姿があった。吊り気味の太い眉とその下の鋭い眼光、むっつりと結ばれた口元からは頑固そうな性分が漂っている。
一瞬この彼女に兄か?と思ったが、すぐに到底そうは見えないと思った。少年の上背は少女と同じか少し低いくらいで、顔立ちもどう見ても10代半ば、せいぜい高校1年生くらいが関の山だろう。兄どころか弟だ。
「タツオ…」
少女が驚いたように呟いた。タツオと呼ばれた少年はフンと息を鳴らすと健輔の方に一瞥をくれる。言外に「コイツ誰だ?」と少女に問い掛けていた。
量販店モノのどこにでもあるようなパーカーで顔を覆い、ポケットに無造作に両手を突っ込んでる様は如何にもこの年頃のガキ、と言った風情だが、隙を感じさせない脚の配置や佇まいは明らかに荒事になれてる風情だ。学生時代の勘がまだ多少残っているのか、コイツは出来る奴だ、と判断した健輔は咄嗟に身を引き締めた。
視線が交錯する事数刻、やがて少年の方から興味を失くしたように顔を逸らすと、少女に歩み寄り、その肩をポンと叩いた。「もう行くぞ」低いがどこか優し気な声色で少年が告げる。
少女は一度健輔の方を見たのも数瞬、体を翻して少年と共に去って行った。一人取り残された気分で健輔が呆然としていると、少女はこちらを振り返り、小さく頭を下げて今度こそ本当にその場を後にしたのだった。
「すみません。忘れてください」
最後に少女の唇がそう告げた気がした。
日々の肉体労働に忙殺されている身としてはつまらない日常の出来事など殆ど覚えていられない、半年以上前の出来事等と言ったら猶の事で何とか記憶を捻りだして漸く語り終えた時には既に取材(&顔馴染み二人による“取り調べ”)を始めてから40分近く経過していた。
これでも自分にしてはよく覚えていた方だ。なんで覚えていられたのかというと偏に《スカルマン》が絡んだ事件はそれだけ印象深いという事だろうし、そう言えばこの件からそんなにしないうちに出会った山下幹夫の存在と結びついているからかも知れない。
そんな事はさて置き、立木は先程から何か一心不乱に手帳に書き記しているように見える。なんでそんなに気に掛かるんだろう?と不思議に思ったが、何か真剣に考え事をしている風にも見えたので敢えて探りは入れない方が良いと思った。
「…なぁ…」
そんな風に老刑事の方を見つめていると先程から顔を俯けて話を聞いていた哲也がゆっくりと顔を上げ、声を発した。なに、と答えようと彼の方を振り返った健輔は二の句を継ぐより先に絶句した。哲也の顔色が青い。呆然と唇をわななかせ、絞り出すように声を出しているのが分かった。
「アンタ…今日は本当にどうしたのよ…。体調悪いんじゃないの…?」
彼の先輩の一之瀬真琴という女性記者が何度も彼の体調を気遣っているようだが、哲也はまるで痛みを堪えるように、いや敢えて痛みを受け止めようとするかのように平気です、という表情で歯を食い縛る。
なんでそこまでしてこの件が気に掛かるのか。哲也がこういう状態になるのは珍しいのは確かだが健輔は何度かこの事態を見た事がある。こういう風に哲也が柄になく取り乱したり、平静でいられなくなったり、その顔が苦悶に歪んだりするのは――。
あかつき村。彼の故郷とそこで亡くなった大切な人達の事を思い出した時だ。
でもどういう事だろう…。健輔は疑問に思った。件の少女は何かそれに関係しているんだろうか。その事を問いただしたいと思ったが真琴がいるのではそれも出来ない。彼の過去の事を詳しく知っているのは自分達と彼の叔父夫婦、それに立木くらいだ。この先輩にそれを伝えているのかどうか分からない以上、ここであかつき村の名を出す事は躊躇われた。
「…その女の子…なんて呼ばれてた?」
暫し何度も息を吐き、何度も躊躇しながら、やがて哲也が問い掛けた。やはり重要なのはそこらしいが、残念な事に今の健輔では期待に応えられそうにない。
「…そこは…ハッキリ聞こえなかった…。なんだけっか…確か『ハヅキ』だか…『ツバキ』だったか…そんな風に聞こえたような…」
我ながらいい加減だ、と本気で自分の記憶力の無さを呪いたくなるが、それを告げられた哲也本人はまた当てが振り出しに戻ったような失望感とそれ以上にどこか安堵したような表情で「…あっそう…」と溜息を吐いていた。実際哲也の中ではかなり複雑な感情が蠢いていいるのだろう。
真実を知りたい、けど知りたくない。そんな矛盾した相反する感情が。
「…女の子の方はとりあえずは振り出しか…で健輔よぉ…」
さっきまで何かを書き込んでいた立木が話に割り込んでくる。「お前さんが見たって言う小僧はこんな感じかい?」そう言って健輔の前に手帳をそっと突き付けた。
なるほどさっきまで描いてたのはそれか、と納得した健輔に続いて真琴と哲也もその手帳を覗き込む。果たしてそこには意外に繊細な筆致で綴られた人物画――意志の強そうな太い眉にへの字に結ばれた口元、短く刈り込まれたボサボサの黒髪――細部は勿論違うが概ねあの時見た少年で間違いないと思った。
「時々おやっさんの画力って驚かされる事あるよな…」
「ホントに…顔に似合わないって言うか…」
「顔は余計だっ!」
似顔絵は立木の特技の一つだ。なんでも他の部署からその腕前を見込まれる事もあるほどなんだとか。思わず迂闊な事を言った健輔の頭にゲンコツが振り下ろされ、頭に星が飛び散る思いを味わったが「確かにコイツです…」としっかり自信もって答える事は出来た。
「でもなんだってまたコイツの事を…?」
些か不可解だ。いくら立木でも聞き書きだけでここまで精巧な絵を描けるものだろうか。どういう事だろう、彼はこの少年を知ってるのか?と健輔が訝しんでいると、哲也や真琴も同じ感想なのか立木の方をジッと見ている。その反応に納得できるものがあるのか、立木も観念したように息を吐き出し、「まぁ…6年くらい前だったな…」と呟いた。
「当時ウチの部署で変死体が出たんだよ…。被害者は…まぁ近所でも悪評判の
「え…?じゃあその子どもが犯人って事か…?」
絶句したように哲也が呟いた。表向き夫婦の間に子どもはいなかった、だが事実としてそこには子どもがおり、しかも近所の住民も誰一人としてその存在を知らない、それどころか付近の医者や学校ですらだ。全く社会に認知されていなかった子ども、それが意味するところは一つしかない――。
「…無国籍児…!出生届の出されてない子どもって事?」
真琴がギリリと歯噛みする。新聞など凡そ読まない健輔でもそれの意味するところは分かる。在留資格を持たない外国人の間に出来たりだったり、出生の際に夫婦が届け出を怠ったりなどして国籍が取得されないままの人間が往々にしてあるのだ。
「…でもその事と何の関係が…?」
「その事件で保護された子どもが夫婦殺しの犯人で間違いなかったよ、ついでに自分が間違いなくそいつらの子だともハッキリ認めた。でお察しの通りその子には国籍がなかった、どころか名前も知らないし、生まれてこの方まともに外に出た事すらなかった。家の地下室でずっと監禁、だったそうだ…」
胸糞の悪い話だぜ…と吐き捨てる立木。曰くそうした特殊な環境下で育った事と年齢を加味して、流石にその子どもに刑事責任を負わせることは不可能だと判断され、児童養護施設への送致となったようだ。
「…もしかしてその子がこの絵の子だったって言うんですか…?」
恐る恐る尋ねる真琴に神妙な顔で立木が頷く。当時1度だけ会った事があるらしい。調べによれば当時9歳との事だがやせ細ったその姿はどう見ても6~7歳くらいにしか見えなかったそうだ。
タツオ、と呼ばれていた少年はどうやらその子どもの面影を強く残しているらしい。
「…その子は今どうしてるんですか…?」
真琴の声は震えていた。不幸な境遇で育った子どもだからこそ、せめてその後の人生は平穏なモノであって欲しいと願うのは自然な事だが、立木の語り口からはあまり良い状況ではないらしい、それがなんとなく察せられた。
「…分からん。引き取って1ヵ月もしないうちの施設から消えたそうだ、誘拐なのか自発的な失踪なのかそれすらも…。ウチでも捜索に当たったけど結局見つからなかったよ…」
分かってはいたが予想以上に悲惨な末路に誰も言葉が出なかった。しばらくテーブル上に沈鬱な空気が漂っていた。
「…その親は一体なんでそんな事を…」
沈黙を破ってそう呟いたのは哲也だ。まるで理解が及ばない、と言った風な顔をしている。それはそうだろう、いくら複雑な家庭の事情があっても哲也は少なくとも実の親との関係は悪くなかったし、叔父夫婦も色々すれ違いがあっただけで悪い人ではなかったようだ。親が子に無償の愛情を注ぐという事は当前であるべきだが、この世界においては決してそれは普遍な事ではない。親になる事に資格や試験は要らない、中には子を産み育ててはいけない人間というのは確実に存在するのだ。
だがそれにしたって――!
健輔の養父だって親としては確かに碌でもない人間だったかも知れないが、少なくとも自らの血の繋がらない子に学費を払い、歪んだ形ではあっても教育という財産を与えようとする人ではあった。だがこの親はそんなレベルではない。自分の子の出生すら隠して、名前も与えず地下に押し込めておくなど最早餓鬼畜生の所業ではないか…!
「さぁなぁ…当の本人たちがおっ死んじまってるんで真相は藪の中だよ…。さっきも言った通り近所でも評判の悪い奴らだったそうだぜ、近所に変な勧誘はする、バカみたいに高額な品物を押し売りに来る、夜中に複数の人間を集めて奇妙な儀式をやりだす、と。後で分かった事だがその親、
白零會…。
学のない健輔でもそれくらい分かるし、それどころかこの国では知らない者の方が少ないだろう。確かに16年前の地下鉄爆破事件によって、主要だった教祖と幹部の大半が逮捕された上に信者への過剰献金やリンチ殺人などが明るみに出た事で教団そのものは解散となったものの、その後継団体は今でも活動を続けていると言う…。
「《スカルマン》、謎の怪物、でその事件現場に出没する謎の少女と少年、おまけにその背後には白零會の疑惑って訳…?なんか話がどんどん大事になって来たわね…」
おまけにそれらにどんな関係性があるのか、そもそも本当に関係性があるのかすら今の段階では全く不明と来たモンだ。真琴ですら頭を抱えたくなる情報量とくれば健輔の処理能力をとっくに超えてる。
全員同じような感想らしい。席全体にどことなく重たい空気が沈殿するような雰囲気が漂う。土台《スカルマン》の真相など1年以上前から自分より頭の良い人間達が人海戦術で動いても未だに辿り着けない領域なのだ、自分の証言如きで劇的な真実が判明して、なんて漫画みたいな展開が起こるとは思ってない。だがそれにしても怪物の事も何一つ分からないまま、矢継ぎ早に色々な疑惑が湧き上がってくるのは気持ち良いものではない。
そんな陰鬱な空気が破れたのは突然だった。
「おーいケンボー!ここにいたのかぁっ!」
いくら食堂とは言え、極力静かでいるのが常識の病院にあって突如聞いた事のあるしゃがれ声が響き渡って、健輔は思わずビクリと肩を震わせた。振り返ると案の定こちらを目ざとく見つけては大袈裟に手を振る二人の男の姿があった。殆ど禿頭の小柄な姿はだいぶ以前に熱中症で倒れたゲンさん、隣にいるのは皆に「ゴロウさん」と呼ばれている筋者っぽい風体の男だ。
話してみれば陽気で話好きと決して悪い人ではないのだが、健輔はこの男の事がやや苦手だった。昔誰々を半殺しにしてやったとか女に散々貢がせた挙句風俗に売り飛ばしてやっただとかそんな眉を顰めるような話を自慢げにする所や実は両刀であるとか自ら吹聴しているところなんかがそうだ。
まぁ言ってしまえばあまり人に知られたくない仲間ではある。殊に哲也や真琴など「普通」の側にいる人達には。
「ここにいたのか、病室にいるっつのーにいねぇモンだからよっ!」
遠慮会釈なく寄ってきたゴロウさんは近隣の席から手近な椅子を引っ張り出すとどっかりと腰を下ろした。「会社が珍しく入院費出したんだってな、VIP待遇じゃねぇか、全くとんでもねぇ奴だよお前」と品なくゲラゲラ笑った。周囲の人達の視線がこちらに注目しているようで居たたまれなかった。
何の用なんださっさと帰ってくれ、と内心思いながら横目でゴロウさんをジロリと睨むが、意に介した様子すらなく、それどころかこちらの視線に気付いているのかすら疑わしい。その後ろで佇むゲンさんと目が合うと、彼は申し訳なさそうに健輔に目配せをくれた。
「それよかオメェ何なやってんだ?こんなトコで座ってこの美人さんに接待されてんのか?良い御身分だねぇ、いっそ俺も入れてくれよ」
不躾に真琴の方を見て、舌なめずりせんばかりにジロジロ眺めている。その無遠慮な視線に真琴がムッとしたように眉をひそめたが、ゴロウさんは気付きもしない。仕方なく健輔は真琴達はとあるWEB雑誌の記者で、昨夜の事件の事で取材をしているんだという事を説明した。
「へぇ~、記者さんだったのかい。そりゃあご立派な事で…」
侮ってるようにも感心してるようにもどちらとも取れるで口調で受け取った名刺をゴロウさんはヒラヒラと眺めている。不意にその視線を健輔の方に向けると底意地悪く、口元がグニャリと曲がった。
「その記者さんがケンボーに何の用なんで?見ての通りコイツは学もなぁんもねぇしがない日雇いだぜ?どんなにひっくり返したってなんも出やしねぇよっ!」
なぁんもねぇ、の所を思いっきり強調しながらガハハと下品な笑いを上げるその姿に哲也がカチンと来たようだった。席から立ちあがりそうになった気配を察して立木がブルゾンの袖を引っ張って宥めていた。哲也は不服そうに口元を歪めながらも、なんとか平静になったらしい。手元の手帳を広げるとそれをゲンさんとゴロウさんの二人に突き付けた。
「人を探してるんです。この絵に描かれた二人の子どもの内、どっちかを見ませんでしたか?」
一応二人に聞いてる体だが、視線は完全にゴロウさんを無視してゲンさんにだけ向いている。最も聞かれた当人は当惑したように「誰じゃコイツは?」と顔中で語っていたが。
「おいちと待てよ…」
突然ひったくるようにゴロウさんが哲也の手から手帳をひったくった。まじまじと何か思い出すようにその絵を眺めていたが、やがて「アッ!」と大きく叫んで椅子から立ち上がった。引き出された椅子が思いっきりゲンさんの向う脛に当たり、老人は露骨に嫌な顔をしてみせた。
「なんじゃあ騒々しい!」
「コイツに知ってる俺!この小僧は知らんけどこっちの娘っ子は――ってかジジイ、おめえも会ってるだろうがっ!」
ツッコミを入れるようにゲンさんの腹辺りを何度も叩くゴロウさんに対して、ゲンさんは「はて?知らんのう…」とチンプンカンプンな表情で首を傾げていた。
「え…ホントに…?因みにそれはいつ頃の話で…?」
そんな二人の反応を見ながら哲也がどこか不審げに尋ねた。正直半信半疑、いや
だが幸いな事にそんな丸見えの表情を気にするゴロウさんではないようで、機嫌を良くしたように哲也の前に座り込んだ。「確か1ヵ月くらい前だよ…」そう得意げに話そうとした矢先…、一瞬その目が意味ありげに健輔の方を見据えた。
「…どうしました?」
不意に黙りこくってしまったゴロウさんに怪訝そうに哲也が問い掛けた。やがてゴロウさんが大仰な――如何にもわざとらしい嘆きの声を上げだした。
「だぁめだっ、前の事過ぎてなんも思い出せねぇや!ていうか腹が減りすぎてなんも昨日の事すら碌に覚えてねぇっ…!」
大根役者、というのはこういう時に言う言葉なんだろうなと思う。如何にも不本意だ、という顔をして意味もないのに天を仰ぐ姿はまさにそれだ。勿論この男はそれが本気で通じるなんて思っちゃいないのだろう。単に自分の立場を利用して、軽い得をしたいだけなのだ。図々しいともみみっちいとも取れるその態度に健輔は溜息を吐いた。
「やめんか見苦しい」
呆れ果てたような嘆かわしいような、そんな声を上げてゲンさんがゴロウさんの頭をはたいた。
「そもそもわし等は土枝君の見舞いに来たんじゃろうが。それだと言うのにこんなトコで人様に集りおってからに…。山下君は途中でいなくなるし、一体お前らは何を考えとるんじゃ…!」
後半は殆どボヤくような口調で「全くあのワカモンの考えるこたサッパリ分からん…」とかブツブツ言っており、実際哲也も真琴もはたかれたゴロウさん本人も全く聞いていなかった。だが健輔は妙にその内容が気になった。
「山下…?アイツも今日来てたんですか?」
何しろアイツの事を考えてたら眠れなくなって、外に飛び出したらそれっぽい人影を目撃して、そしたらこの妙な事件に巻き込まれて、という顛末を辿ってるのだ。それが何の関係があるんだ、と内心思っていても、やはり妙に彼の動向は気になるのだった。
「…んん…?ああ、君の見舞いに行くと言ったら付いて来たんじゃよ…。ただここに着く前に『なんか用事が出来た』とか言って帰って行ったがね…」
それがどうした、という顔でゲンさんが言った。なんか流石に今の態度は不審だったかな、と思い、健輔が言い淀んでいると不意に焦れたような声で
「だぁからっ!腹が減ってなんも思い出せねぇつってんだろうが…!」
とゴロウさんが無様に怒鳴るのが聞こえた。あまりにミエミエなその態度に呆れ果てたように哲也が溜息を吐きながら言った。
「なんか食べますか?ぶぶ漬けとか」
中途半端ですが、字数が流石に多いので今日はここまで。
次週は2話掲載します。ちょっとした衝撃展開があると思いますので気長にお待ちください。
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それではまた次回。