仮面ライダー:RE   作:大荒鷲

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CHAPTER-1:『REvengerⅠ』‐⑦

 真琴がこの後寄る所があるからとここで解散という事にして、哲也には帰っても良いと命じたのは久々に再会した旧友に対するせめてもの気遣いだけでない事はいくら自分の鈍い頭でも推測は出来る。というか実際哲也としても今は健輔の傍を離れるわけにはいかなかった。

 もし健輔の話通り昨夜《スカルマン》に殺されかけ、間一髪謎の忍者みたいな奴に救われたんだとしたら――仕損じた獲物を討ち取るためにあの髑髏男はまたやってくるのではないか、そう思えるからだ。実際話してみて健輔の話はかなり信憑性が高いように感じられた。

 

 本来なら一刻も早く警察に伝えるべきなのだろうが、健輔の印象では奴らはあからさまに自分を疑ってるような気がする、という事で色よい返事が貰える確証はなさそうだ。警察に話を通すならせめて立木には同行して欲しかったとは思うものの、甘えてばかりいる訳にもいかない。

 旧友を守るためなら多少は大胆な手も使う腹積もりだった。幸いケガは軽いようなので例えば主治医に頼み込んだ上で何とか退院させて貰って、その上で月島のアパートにでも匿うか…。バレたら色々問題になりそうだったが、そこは仕方ない、と腹を括る。

 件の少女の事含め色々気になる事はあまりにも多いが、今はこっちが優先だ。そんな事を言ってそれが単にあかつき村に――自分の過去に触れる事になる可能性があるから、避けようとしているだけではないか。性懲りもなく頭の内奥に湧き上がる亡霊の囁きを哲也は無視して歩を進めた。

 

「おーい、てっちゃあん!」

 

 とまぁ、そんな意気を挫くような呑気な声が病院の廊下に響き、哲也は思わずガクッと膝が折れそうになる錯覚を覚えた。

 声のした方を見ると案の定健輔がこちらに手を振って駆け寄ってくるのが見えた。ただ空元気を張り付けたようなその表情は彼もまた不安を無理に取り繕っている事が十分に窺えた。それが彼なりの気遣いであろう事くらいは流石に察せられ、哲也もまた意識して緊張した心を緩めると鷹揚に片手を振り返した。

 

「真琴さんは帰ったよ、後はよろしくってさ」

 

 その台詞は要するに会話の始動のきかっけみたいなもので特に意味のない事は分かってる。なので哲也も「あいよ」ととだけを返した。とは言えさっきまで考えていた事をどうやって健輔に伝えるものか、と思う。自分が再度狙われる危険性がある事はひょっとしたら健輔だって気付いてるかも知れない。だからと言っておいそれと「《スカルマン》がお前を狙ってる、何とかしてここを逃げよう」とか言えるだろうか。

 気付いてなければ無駄な混乱させるだけに終わる可能性が高く、杞憂で終われば最悪単なる遁走だ。日雇い労働である彼の立場も考えると無理矢理連れ出すと却って立場を悪くするだけかも知れないしな…なんて真剣に考えていると不意に「あのさ、てっちゃん?」と横合いから声を掛けられた。

 自分の隣を歩く友人を見ると何処か問いただすような真剣な視線をこちらに注いでいる。どこか言い淀むように口元をムズムズさせているその表情になんだよ、と問いかけようとしたが、再び健輔が口を開く方が早かった。

 

「…あのさ…、真琴さんっててっちゃんのカノジョかなんか?」

 

 なんだと思えば開口一番放たれた強烈な爆弾に危うくギャグマンガ宜しくずっこける、という感覚を始めて味わった気がした。

 

「…どこをどうなったらそうなんだっ…!」

 

 直前まで真面目に考え事してなかったら、もう少し漫才みたいなノリと動作でツッコミが炸裂してたかも知れない。天下の病院という事もあってそれも自制していると、こっちの心情を知ってか知らずか健輔は急にさも可笑しそうに破顔した。

 

「だよなぁ~、そんな気全然しないもん、夫婦漫才師ならいざ知らず」

「誰が漫才師だっ!ツッコミ役はどっちだ!?」

「…聞く所おかしいだろ…」

 

 周囲から生温い視線が注がれている事に気付かないでもなかったが、そんな馬鹿なやり取りをしているとふと必要以上に張りつめていた心が適度に解れていくような気がした。そう、何も使命感に囚われる必要性はない、俺は一人の親友として何が健輔のためになるのが一番なのか、それを一緒に考えれば良いだけなのだ。

 

「カノジョと言えばさ…てっちゃん、恵麻とは連絡取ってる?」

 

 先程のはこの話題へのジャブだったらしい。また不意打ちで健輔がそんな事を尋ねてくる。

 エマ?それが人の名前だと認識され、更に藤田恵麻(ふじたえま)の名に変換されるのに多少の時間を要した。

 

 そこに至って漸く思い出す。当時の健輔は恵麻と付き合っていた…と思う。世間一般でいう所の交際関係が俺達のグループに当てはまるのかは定かではないが、少なくともグループ内ではなんとなくそう認識されていた。確か健輔が姿を消して以降ちゃんと連絡は取ってなかった筈だ、成程気になるのも道理。

 健輔が言い訳がましくモゴモゴと何かを言っている。曰く昨夜死にそうな目にあって最初に思い出したのが、恵麻とお袋さんだったらしい。今更未練がましい事なんか分かってる、やり直したいとかそんなんじゃない、ただ知りたいだけ、とブツブツ独り言っぽく言っているのを聞いた哲也はいっその事アイツにでも預けるかなぁ…と場違いな思い付きを考えた。 

 

 藤田は今下北沢辺りのバイク屋で働いている。哲也の愛車の手入れをしてくれているのも彼女だ。確か今亡くなった祖父母の家を引き継いで、戸建てに住んでる筈で都合が良いかも知れない。

 勿論いきなり連れて行ったら「ナニ勝手に決めてんだバカ」とか言ってぶん殴られる気がするが、そこは本質的に情に厚く、仲間内には暖かい彼女の事である。訳アリの知り合い、特にかつて愛した男の危機となれば決して悪い顔はしないのでは、と思う。

 

「いっそ会いに行ってみるか?」

 

 だからと言ってそんな事を聞いたのは何もそんな事を本気で実行しようと思ったから、という訳ではない。ここからならバイクでそんなに遠くないし、もし会えたら健輔も嬉しいだろう、とそんな程度の事だった。病院から連れ出したら流石に問題になりそうだが、《スカルマン》が絡んでる状況であれこれ言ってる暇はない。

 

「良いの?いきなり言ったら迷惑じゃない?」

 

 期待するような、でもそれ以上に不安になってるようなそんな表情で健輔が尋ね返す。

 

「会いに行きたいのか、行きたくないのかどっちなんだよ!?」

 

 そう問いただすと健輔は健輔は今にも世界の終わりが来そうな表情で「だって…」とぼやく。

 

「…例えば…カ、カレシとかがいて…?これから会う約束してたりしたら、傍迷惑この上ないよなぁ…と思ってさ…」

 

 カレシ、という言葉の辺りで一瞬言葉を詰まらせ、口に出した途端今にも泣きだしそうになったその表情は実に分かりやすい。コイツ今でもそんなに…とこちらが面映ゆくなるような感情を抱かせる所はやはりどこまで言っても自分の知る土枝健輔の物だ。そう理解した途端に可笑しさがこみ上げてきて、哲也は肩を揺すって含み笑いを溢した。

 

「何で笑うんだよっ!俺は真剣に…」

「ワリィワリィ…」

 

 ひとしきり笑いを吐き出してから顔を上げた。それから赤い表情でこちらを睨んでいる健輔の肩をそっと叩いた。

 

「男はいないよ、相変わらずスピード狂で『アタシより遅い男なんぞいらん』とか言ってるよ…」

 

 これは本当の事だ。下北沢のバイク屋は彼女目当てで足繫く通うバイク乗り達が少なからずいるが、彼らからのお誘いをいつもそうやってすげなく断ってる。最近じゃ彼女の心を射止めるべくゼロヨン(ドラッグレース)を開催しようとか、駐車場を借りてドリフト大会を開こうとか良くない騒動まで起きかけたとか起きないとか。

 それを聞いた健輔の表情が途端にふやけたように緩んだ。敢えて言葉に出さなくても心の底からホッとした、という顔をしている。分かりやすいなぁと呆れるような羨ましいような奇妙な感慨が胸に満ちていくのを感じた。

 

「…でどうする?ここからなら15分で行けるぜ?」

「……行く」

 

 そうなれば今度こそ覚悟を決めたらしい。存外素直に健輔は頷いた。勝手に病室を抜けたらそれはそれで大変な事になる気はするが、その時はその時。いけない事をするというのは本質的にワクワクする行為だ。なんだか久しぶりに高校生の時に戻った気がした。健輔もそれを察したのか、哲也の方をチラリと見やると二人してニヤリと笑った。

 他にも恵麻に当時の仲間の中から誰か頼れる人間がいないか、当たってみようと思った。怪物の記事を書いてたヤマピーこと元山の事も気に掛かる、後で連絡してみよう。それだけ思い、後はどうやってここを出るか、という考えだけが頭中を満たしていった。

 

 その矢先――。

 突如吠えるような鋭い叫び声が静かな廊下に響き渡り、哲也は背後を振り返った。

 見ると先程自分が出てきたトイレの入り口付近に人影が蹲り、一人の小柄な姿がその傍らで何やら呼びかけている光景が見えた。単にむせたとか吐き気を催したとかそういう類ではない、喉の辺りを搔きむしるように抑え、のたうち回るその姿は明らかに病院内にあってもなお、異様な光景だった。しかしその倒れている男に寄り添う人物、その薄汚れた作業着の背中に見覚えがあった。

 

「ゲンさん!」

 

 健輔もそれに気付いたのか、男の方に駆け寄っていく。哲也もそれに追従していくと、果たしてそこにいたのは倒れている方が先程食堂で会った人相の悪い男――確かゴロウさんとか呼ばれていた――と作業着を着た小柄な老人は彼と一緒にいた健輔の同僚で間違いなかった。

 ゴロウさんの顔面は蒼白だった。目は血走り、息苦しそうに額に脂汗を浮かべながら、荒い息を吐いている。

 

「ゴロウさん、どうしたんだよ!」

「大沢君!しっかりするんじゃ!」

 

 健輔とゲンさんが呼びかけているがゴロウさんは答える事はなかった。声が届いているかも定かではない。まるで電流が体を駆け巡っているかのように細かい痙攣を繰り返しながら、男は苦痛に喘いでいた。

 

「アツイッ…アツイィィ…!」

 

 聞き取りづらいがそう言っているように聞こえた。だがその声はまるで獣の唸り声のようで人としての理性のようなものが今にも消え入りそうだった。このままじゃ喉を掻きむしりかねない、と思った哲也は気道を確保するためにも一旦態勢を整えさせようと、男に触れたが――

 

「熱っ…!」

 

 その途端予想もしなかった熱量が指先に走り、哲也は反射的に手を引っ込めていた。衣服越しでさえ熱湯に突っ込んだような異常な体温だった。人体の温度というモノがこんなに上がる事など普通はあり得ない事のように思えた。

 周辺の患者や来院者達も不安そうな表情でこちらを見ている。誰か医者を!そう叫ぼうとした刹那、白衣を着た40代くらいの男が駆け寄ってきた。首元に内科を示すネームプレートがぶら下がっている。

 

「どうされましたか?」

 

 静かな、だがよく響く声で床上でのたうち回るゴロウさんとその傍らで佇む健輔達双方に訊くように医師が言った。

 

「わ、分からん全く…。10分くらい前から体調が悪いゆーて…トイレに籠もったっきり…出てきたら出てきたらで痛いとか熱いとか痒いとか言いよるし…」

 

 相当焦っているのかゲンさんの説明はかなりたどたどしくて要領を得なかった。医者は軽く頷くとゴロウさんに呼びかけながら、素早く脈や呼吸の状態を確認していく。

 しかしながらその体温の異常性は医者であったとしても面食らうものであったらしい。「なんだこの症状は…?」医者が小さくそう呟くのを哲也はハッキリと聞いた。

 しかし異変は収まらなかった。男の体が一際大きく撥ねたかと思うと次の瞬間、まるで溶岩のような勢いで赤黒い液体が口元から噴出した。ゴロウさんの顔を覗き込んでいた医師はその洗礼をまともに顔面に浴びる羽目になった。

 

 血…?そう認識したのと医師が「出血確認!」と叫んだのが、どちらが先かは判別が付かなかった。突然の吐血に医師も動揺を隠せなかったようだが、傍目には何とか平静を取り戻すと、胸元から小型の無線機のような機械を取り出し、それに向かって叫んだ。

 

「こちら1階ロビー前、急患発生!発熱・吐血・意識混濁有り、大至急スタット――」

 

 しかしながらその医師の言葉は最後まで紡がれる事はなかった。一瞬湯気のような白い煙が視界の端を掠めたと思った刹那、猛烈な熱と共に突き上げた衝撃が放射状に広がり、ゴロウさんの傍らに寄り添っていた男4人を吹き飛ばした。

 それを認識できたのは実際体が木の葉のようにふわりと浮き上がったのを自覚してからで、直後塩化ビニル樹脂の床面に背中から叩きつけられ、五感が一瞬消し飛ぶような感覚と共に息が止まるような感覚を味わった。吹き飛ばされたという事は認識出来ても、すぐに何が起きたかは掴めず、哲也はバカになった耳と目で周囲を探った。

 

 視界が上手く効かないが、先程一瞬見えた薄い蒸気のような靄が元から白い廊下に立ち込める状況ではどの道ハッキリした事は分からない。辛うじて悲鳴と怒号が飛び交うのが感じられたが、方角も音量もハッキリしなかった。ふと傍らを見ると先程の医師が体を横たえながら低く呻いていた。そうだツッチーは無事だろうか、とそう思った直後、ぼやけた両目が靄の向こうに何かが蠢くのを捉えた。

 黒い影がヌラリと幽鬼さながらに立ち上がるのを知覚したと思った途端、急速に明瞭になった網膜にその姿がハッキリと焼き付いた。ゴロウさんと呼ばれていたさっきの男…?咄嗟にそれが判別出来たのは纏っている作業着に覚えがあったからだ。最もその作業着は今は赤黒く変色し、下地の色すら分からない有様だが。

 

 ゴロウさんの全身は凄惨だった。口からの吐血のみならず、目や鼻、体中の孔という孔から血を吹き出し、異常に加熱した体温が即座にそれを蒸発させる。何かを訴えかけようと口を開くも飛び出てくるのはゴボゴボという血が湧き上がる水音だけで、目だけが異様に欄欄と輝いていた。ゆっくりと両手を前に突き出しながらこちらににじり寄ろうとしたが、しかし脚を踏み出した直後、まるで時が止まったかのように静止した。

 なんなんだ一体…?蛇に睨まれたカエルの如く動けぬまま、不気味に沈黙する男に目を向ける。そうしている間にも蒸気は以前朦々と吹き上がり、やがて血に濡れた皮膚が不気味に蠕動を始めた。

 

「ク”ゥゥゥル”ワ”ア”ア”ア”ア”ァァァァッッッ!!」

 

 人とも獣ともつかない不気味な叫びがゴロウさんから発せられた物だと知覚するのに数秒の時間を要した。次の瞬間、再び猛烈な熱と蒸気が男の体から吹き上がるのと共に()()は始まった。

 

 全身の筋肉が風船のように膨張したかと思うとそれに合わせて破けた服を更に引き裂くように無数の“棘”が皮膚下から出現したのが哲也には見えた。やがて蒸気の中から脚を踏み出して現れたソレは果たしてそれはもう先程食堂で図々しく豚丼を頬張っていた男のモノではなくなっていた。

 

 筋骨が不自然に隆起した体の左半分を剣山さながら鋭い棘に覆われ、歩くたびに不気味にシャナリシャナリと音を響かせる。右半身は先程全身に纏わりついていた血のように赤黒く変色し、濡れたように光っていた。最終的に一回り程大きくなったその姿は最早到底人とは呼べない、だがその相貌――棘に覆われていない左半分に半ば融解するように、それでも張り付いているように残るソレは確かにゴロウさんの面影を残していた。

 

 人、獣、どれも当て嵌まらない。異形のモノ、だがかつてはまさしく人であったモノ、そして今獣同然の身に堕したモノ。その姿はまさしく――。

 

「バケモノッ――!」

 

 それは自分の口から発せられたものなのか、それとも周りから発せられたものなのか。

 

「キ”イ”ィィィヤ”アァアァァァァッ!!」

 

 だがその言葉に反応するかのようにバケモノはまるで産声の如く咆哮を上げた。

   

 

・・・・・・・・・

 

 

「来た…!」

 

 今は大手運輸会社の配送車両という事になっているバンタイプの運転席で少女――柚月が突如電流が走ったように体をのけぞらせたかと思うと、形の良い眉を苦悶の形に歪めて、そう呻いた。痛むのかこめかみに辺りを押さえながらも、「…《ヴェルノム》」そう呟くのがハッキリと聞こえた。

 単にその存在を“感知”しただけなならこうはならない。この反応は“顕現”の方だな、と理解した琥月辰雄は予想していた事態とは言え、出来れば起きて欲しくなかった事態が起きてしまった事を痛感した。 

 いくら後手に回る事しかない立場とは言え、こうも事を掻きまわさせるのは不愉快極まりなかった。だがそんなこちらの苛立ちを瞬時に感じとったのか、痛みに顔を顰めながらも柚月はチラリとこちらを一瞥する。行って下さい、そう訴えかける目にそう背中を押された気がして、辰雄は吐き出しかけた息を呑み込んだ。

 

「…現場まで頼む、射出したら目的地までの指示を」

「分かりました」

 

 漸く“顕現”の時に発せられるらしい()()()の洗礼から解放されたのか、なんの抑揚もなく淡々とそう告げる横顔はすっかりといつもの山城柚月に戻っていた。自分なりにやるべき事を見出している者だけがなし得る顔だ。そう断じた辰雄は最早何も言わず、運転席との間にあるハッチを開放するとそこに体を滑り込ませた。

 無論その先にあるのは配送トラックにあるような貨物スペースではない。所詮ガワはあくまでもガワという事だ。左右の壁には自分達の“装備”を収めた棚が設置され、中央部にはこれまた特殊な改造を施されたバイク――というより4輪を備えたマルチホイールビークル《セクターゼロ》が鎮座している。まさに格納庫だ。

 

 その格納スペースで待機していた楠と一瞬目を合わせると、辰雄はもう何も言わずに瞬時に上下の衣服を脱ぎ捨てた。

 元から下に着こんでいるインナースーツのみの姿となった辰雄はそのまま両腕を広げ、壁面に設置されたラックに身を預けた。そのまま楠が慣れた手つきで次々と装備帯から取り出した金属製の鎧を辰雄の体に装着していく。脛当てと貫が一体化したようなブーツから始まり、大腿・肩・二の腕を経て、両手には籠手状のグローブユニット。最後に上から着こむようにボディーアーマーを装着すると総量15㎏になる《エースシステム》が辰雄の小柄な体を苛んだが、それも楠が腰の辺りにベルト型の装備帯を巻き付けるまでだった。

 

 鎧の重量に呻く辰雄に構わず、楠はベルトをアクティブ状態にする。その途端微弱な電流が体に流入するような痛みが全身を貫いたが、次の瞬間には体にのしかかっていた鎧の重みが瞬時に消失したように感じられた。まるで最初から自分の身体そのものであるかのようにしっくりと馴染む。頼もしいとは思うが、正直どうもこの感覚は好きになれない。試しに指先や腕を動かしながら辰雄はそんな事を思った。

 だが奴らと渡り合うには必要な力だ。そう結論付けた辰雄は余計な事は考えずに《セクターゼロ》に跨った。首元に伝道スピーカーを装着すると共に最後にハンドル部分に引っ掛けてあったフルフェイスヘルメット――というより兜の如き最後の鎧の構成パーツを被った。

 他の装備は楠に任せているが、最後のこれだけは自分の手でやる。謂わば人間を超越した他のモノになるために必要な儀式のようなものだ、と辰雄は思っている。その決意に呼応するかのように頭部ユニットに備わった十字型のバイザーが赤く発光する。

 

「《エースゼロ》レディ…ステディゴー…!」

 

 《セクターゼロ》を起動させ、スロットルレバーを捻る。激しいアイドリング音が狭い格納庫の中に響き渡り、楠が僅かに顔を顰めたのも一瞬の事、彼は黙って別のスイッチを操作した。それと共に後部のハッチが解放され、射出用スロープがせり出す。

 

〈タツオ、気を付けて下さい…〉

「ご武運を」

 

 通信機から柚月の声が聞こえたのと、楠がそう言って頭を下げたのはほぼ同時だった。辰雄は何も言わずにバイクの拘束パーツを開放すると抑えを失くしたマシンはゆっくりと後方に流れていき、スロープを伝って地面に降着した。途端に安定性を欠いたマシンが横転しそうになったが、常人を超越した動体視力でそれを難なく抑え込むと、辰雄は――《エースゼロ》は一気にスロットルを吹かし、バンを追い越した。

 すぐに送られてきた様々なデータが網膜に投影され、行くべき道を示してくれた。

 

 

 ・・・・・・・・・

 

 一体何が起きたんだ…。

 目の前の光景が現実のものとは思えず、健輔は眼前に佇む異形を前にして言葉一つ発せられず、ただその姿を捉え続ける事しか出来なかった。

 バケモノ――それは理解できる。昨夜目撃した奴もあんな姿をしていた。左半身は醜く膨れ上がり、ハリネズミかウニの如く鋭い棘を無数に生やしているのに対して、その半身はグズグズに融け堕ちて異形と混ざり合っていてもまだ人の面影を残している。何よりも――バケモノのその顔、正確にはその半分には半ば融解しかけているとは言え、確かにゴロウさんの相貌が張り付いていた。

 

 それが示すのは間違いなくあの怪物が間違いなくゴロウさんという、先程まで自分達の仲間だった男だと言う事、そしてそれが見る影もないバケモノの姿に変わってしまったという事だ。それを眼前の状況から頭が理解できても、心がそれを受け入れられない。

 そんな筈ない、あんなモノがゴロウさんの筈ない、人があんなモノに変わってしまう筈がない…!

 

 それでも冷静に頭を回せたのはそこまでだった。ようやく蒸気が晴れ、爆発的な轟音に巻き込まれた人々が今この病院のロビーで起きている異常事態に気付き始めた。それが次なる災厄を起こす呼び水となった。

 

「キャアァァァァァァァァァァッッッッ!!」

 

 つんざくようなその悲鳴が切欠か、それとも突如始まった恐慌状態に対して発せられた声なのか、それは分からないが、突如出現したバケモノに対して、周囲の反応は至極当然のものだった。その姿を認めた人々は皆一様にそれに恐怖を、厭悪を、害意を、少なくとも好意的では決してない種々の感情を本能的に抱き、一刻も早くその場から逃げ出そうと一斉に手近な自動ドアへと殺到した。

 最初の咆哮以降黙して動く事のなかったバケモノはそんな人々の方に目を向けると――というより彼らが発する声や靴の音等を捉えると――最早人の形をしていない五本の歯が生えた提灯のような口を開いた。

 

「ギィシャァァァァアァァァァッッッ」

 

 瞬間つんざくような咆哮が再び発せられ、体を覆う無数の剣山が不気味に鳴動を始めた。その棘同士が触れあう事で発せられる乾いた音はまるで赤子のあやす音響玩具のようでさえあった。昨夜の記憶、蜘蛛のようなバケモノが同じような逃げる女にその肉体を溶かす針を発射した光景を思い出した健輔は次の瞬間恐怖を圧し潰す勢いで跳ね上がってきた峻烈な感情に押し流されてあらん限りの声で叫んでいた。

 

「そこにいたら危ない…!皆逃げろぉっ…!!」

 

 だがその時には既に全てが遅かったし、仮に間に合ったとしてもそれを聞いた全ての人が咄嗟に適切な行動に出られる筈もなかった。健輔が叫び終わるか終わらないうちにバケモノから解き放たれるようにその左半身を覆う棘が射出され、逃げ惑う人々に向けて襲い掛かった。ヒュンッと空気を切り裂いて飛ぶそれは弾丸に匹敵する速さで人々の体に食い込み、千々に引き裂け、その体内に留まった。

 群衆の中から短い悲鳴が上がり、先程まで入り口付近に立っていた人々の半分以上が棘が刺さった箇所を押さえながら、痛みに絶叫した。それが更なる恐慌を呼び、人々は解き放たれるように三三五五の方に散らばっていった。時には前を行く者を押し出し、倒れ伏した者を足蹴にしながら少しでもバケモノの脅威から逃れられそうな所へ。

 バケモノはそんな人々にはもう興味がないとでも言わんばかりに見向きもせず、覚束ない足取りで歩き始めた。その先には痛みに呻きながら逃げる事も出来ない犠牲者達の姿があった。健輔の脳裏に昨夜の光景が思い浮かぶ。毒針で倒れた女性、その女性の肉体を容赦なく解体するバケモノ、健輔のすぐ近くに食い千切られた顔の半分が飛散し――。

 

 待て、やめろ、早く逃げろ…!自らが仕留めた獲物ににじり寄る冷徹さで倒れ伏す人々に迫っていくバケモノに、または奴に今まさに食われんとしている人々に向かって健輔は叫ぼうとしたが、恐怖に竦んだ体は何一ついう事を聞かず、乾いた咽喉は声にならない呻き声だけを発するだけだった。心は居ても立っても居られない、あの人達を助けたいと願っている筈なのに、体はまるでいう事を聞かない。いや違う、分かってはいても恐怖が心を蝕んでいるのだ、と気付いた健輔はそんな己の浅ましさを叱咤するように笑いだしそうになる腿を叩いて、脚に力を込めようとした。

 しかしそんな健輔よりも先に立ち上がり駆けだした者がいた。目の端に映ったその小柄な体は間違いなくゲンさんのものだった。

 

「やめろ!大沢くんなんじゃろう!?だったらこんな事はするな…!」

 

 しかしゲンさんは逃げ遅れた人々の方ではなく、あろう事かそれに向けて歩を進めるバケモノの方に向かっていった。棘の生えていない方の肩と腕を掴み、痩せたその体躯のどこにそんな力があったのかという程の必死さでその異形を抑えつけようとした。

 或いはバケモノのどこかにゴロウさんという人間の意思が残っていると信じたかったのか。その必死さを湛えた声はそれを願ってやまないと確かに感じ取れ、その事は飯場に集まった人夫達を家族のように思っていた彼らしい反応だと言えた。

 

「無茶だゲンさん!」

 

 しかしそんな“至極真っ当な”想いはここでは裏目にしか出なかった。健輔が叫ぶより先に鬱陶しいハエを払い落とすようにバケモノが身を捩るとゲンさんの小柄な体は寸分の抵抗も虚しく、跳ね飛ばされる事になった。枯れ枝のように宙を舞い、壁に打ち付けられたゲンさんは意識が朦朧とするのか、「大沢くん…」とそれでも必死に呟きながら、かつてゴロウさんだったモノに手を伸ばす。バケモノが身を震わせ、再び棘を放ったのはそれと同時だった。

 健輔の絶叫も虚しく、十数本の棘がゲンさんの体に吸い込まれていく。棘が撃ち込まれる度にその痩せさらばえた身が痙攣するように跳ね、やがて伸ばした手が力尽きたように堕ちた。

 

「う”あ”ぁぁぁあ”あ”あ”ぁぁぁぁっっっっ!」

 

 喉が破れるのではという勢いで鼓膜に飛び込んできたその声が自分のものだと認識したのは、とっくに体が床を蹴り、走り出していた時だった。

 畜生畜生畜生――!もつれそうになる脚を必死に動かしながら健輔は胸中に絶叫していた。まただ、昨日と同じだ、目の前で人が食われて命を奪われて――!俺はそれをただ眺めてるだけだ、怖がって恐れて何もしない言い訳ばかり上手くなった今の自分そのものだ。もうそんなのはごめんだ、これ以上目の前で奪われてたまるか――!

 

 激情に駆られながら健輔は遮二無二脚を動かしながら、バケモノに向かって走り、その体にタックルを食らわせた。それなりに全力を込めたつもりだったが、その巨躯は重石の如く微動だにせず、逆に健輔に向かって拳を薙ぎ払った。

 咄嗟に腕を挙げて防御したつもりだったが鋼のような硬さを帯びた拳から放たれる打撃を防げるものではなかった。薙ぎ払いのその衝撃だけで健輔もまた大きく跳ね飛ばされ、意識が跳ぶ感覚を味わったと思った直後にはもう床に叩きつけられていた。拳を受け止め、その直後に体重をまともに受け止めた右腕に鈍い痛みが走ったと思ったのも一瞬、その感覚が急に失せていくのが感じられた。折れたな…、そう認識したのも束の間、目の前にバケモノが迫っているのを認めた健輔は今度こそ息を呑んだ。

 

 ヤバい…!下手すれば飛びそうになる意識の中でそれだけは認識出来た健輔は折れた右腕を庇うように身を捩ってでも迫るバケモノから逃れようとした。だが既にバケモノは健輔の目前まで迫っており、最早脚を一歩踏み出せば健輔に辿り着く距離だ。いくらバケモノの脚が速くなくてもこれはもう逃げられない、眼前に迫る圧倒的な“死”を齎す異形に戦慄した刹那――。

 

 これまでのものとは異なる閃光と轟音が病院の廊下を圧した。一拍遅れて殺到した衝撃にバケモノは出鼻を挫かれたように動きを止めた。飛び散る鮮血、鼻の辺りに纏わりつく硝煙の匂い。まさか銃撃――?いきなりの事態に動転した健輔はボヤけた視界で探るように先程の轟音がした方向に視線を転じた。

 

 それは周囲に残された人々も同様だったらしい。突如バケモノを銃撃した主を探すべく、視線を交錯させ、やがて全てがある一点で止まった。未だ混乱の最中にある病院内を悠然と歩いてくるその影を見定めたからだ。その影は確かに小型の拳銃を腰溜めに構えながら、仮面で覆われた表情の見えない相貌をバケモノに注いだ。

 瞬間一旦は冷静になりかけたように見えた群衆に再びパニックが巻き起こる。それは当然だろう。今この場にいる者ならば誰の目にもそれは救いの手等ではなく、むしろ新たな騒乱と虐殺を引き起こすだけの災厄そのものだとしか思えなかった筈だ。

 

「…全くもう滅茶苦茶だな…、こんなお披露目は予定になかったぞ…」

 

 その忌々しそうな声色は健輔の耳にハッキリと聞こえた。

 

 痛みによる防衛本能からか撃手の方に向き直ったバケモノが再び空気を震わせるような低い咆哮を発した。それを柳に風、というように受け止め、いなしながら《スカルマン》はしゃれこうべのそれを思わせる虚ろな黒い瞳で目前の異形を睥睨していた。

 

 




という訳で一挙投稿でした。
久々に怪人の登場です。ここから色々急展開に転じますのでお見逃しのないように。
それではまた次回。
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