仮面ライダー:RE   作:大荒鷲

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CHAPTER-1:『REvengerⅠ』‐⑨

 

 状況は思ったよりも最悪なようだ。柚月が“感知”した波動の出所を追ってこの病院に辿り着き、今まさに目の前に広がる現況について辰雄――《エースゼロ》は思わずバイザー奥の顔を歪めた。

 

 瀟洒な作りになっていたであろうロビーは各所が粉砕され、ガラス片やコンクリート塊、そして何よりも至る所に横たわる人の影が全てが遅きに失した事を何よりも雄弁に物語っていた。

 この惨禍を引き起こしたのは間違いなく目前のウニと大蛇を思わせる二体の《ヴェルノム》だろう。ここに向かう途中柚月が二回目、しかも先程より大型の波動を“感知”した時点で察しはついていたが、片方はやはり()()()()…厄介な相手になりそうだ。

 

 そして《スカルマン》の存在だ。何故奴がここにいるのかは正直分からない。奴がこの惨状を引き起こしたのか、もしくはなにか偶発的な理由でこの場に居合わせた、《ヴェルノム》二体に襲われたのか。状況から見るに恐らく後者だろうが、その理由はこの際どうでも良い。自分のやるべきことは変わらないのだ。

 

 即ち――このバケモノ二体の撃破とあの髑髏男の捕獲だ…。

 

 不意に視界の端に何かが蠢くのを捕えた。見ると《コブラヴェルノム》が血を流しながらユラリと鎌首をもたげて立ち上がった。デカいだけあってタフな奴だ、と独り言ちた《エースゼロ》はマシンのスロットルを引き上げ、急速にマシンを加速させた。デカい奴は確かにパワーが物凄いが半面死角も多い、そこを突くのが定石だ。

 一気に足元に回り込んだ《エースゼロ》を補足しきれず、蛇のバケモノは瞳のない頭部を右往左往させている。恐らく音で情報を得ているタイプなのだろう。何故そんな不合理な変異を遂げたのかは分からないが、とにかく好都合だった。走り回る限りおいそれと相手はこちらを捕らえる事は出来ない。

 十分引き付けたか、そう判断した《エースゼロ》はマシンのコンテナから鉄パイプの先端に円錐形が上下二つ付いたような形をした奇妙な物体を取り出した。傍目には機械的なデザインのフレイルメイスかなにかだろう。だがこれは勿論そんな原始的な武器ではない。しっかりと《コブラヴェルノム》を見据え、トリガーを引き絞った。

 それに応じて先端の円錐形のユニットが相手に向かって射出された。1秒と間を置かずに敵に突き刺さったそれは着弾と同時にその構造通り、すり鉢状に成型された内部火薬を炸裂させた。円錐中心軸に収束する形で放たれた衝撃波は弾頭先端から金属の噴流と共に射出され、《ヴェルノム》の強靭な外皮すらも打ち破った。

 

「キシャアアアアアアアアアアアアッッッ!」

 

 《コブラヴェルノム》が苦悶の声を上げた。いくら痛覚が鈍いのが奴らの常でも体を穿たれ、表皮に風穴を開けられる苦痛は消しようがないらしい。爆炎に包まれ大きく傾いだその頭部に《エースゼロ》は左手首部分に仕込んだチェーンを発射した。先端に鉤爪状のアンカーが備わったそれは擲弾がまともに命中した箇所に突き刺さり、さらにその肉を抉っていく。

 案の定想像を絶する苦痛に襲われたらしい《コブラヴェルノム》がその巨体を身悶えさせ始めた。それだけで人間の体風情などいとも簡単に振り飛ばされそうになるが、ここで負けるわけにはいかない。《エースゼロ》は空いた右手でベルトに備え付けられたスロットルを1回捻った。

 

〈Medium…Activate…〉

 

 無機質なガイダンスボイスがベルトから発せられると共に熾り火のような熱が全身を駆け抜け、更に《エースゼロ》のパワーが増加する。比例するように焼きゴテを当てられたかの如き痛みが全身の筋肉を襲った。骨が軋み、臓腑が悲鳴をあげる。呼吸を荒げながらそれでも《エースゼロ》は握り込んだ鎖を力の限り引き寄せた。

 

 常人には到底あり得ない膂力で《コブラヴェルノム》の巨体が傾いだ。相も変わらず蛇のバケモノは体を捩って逃れようとしたが、少なくともこれでパワー的には互角だ。更にギアを上昇させれば完全にこのバケモノのパワーを上回れるだろうがこれ以上はこちらの身体が持たない。しばらくの膠着状態に焦れた《エースゼロ》は左腕ユニットに内臓された“切り札”の一つを開放した。

 一瞬《コブラヴェルノム》に突き刺さったままのチェーンが激しく青白い色に明滅した。その直後には電圧150万V、電流3.0Aと過剰な程出力を高めた電撃が《コブラヴェルノム》の頭部から尻尾に掛けてまでを走り抜けた。

 

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアッッッ……!」

 

 その声はどこか人間の面影を遺しているように聞こえた。コイツはどんな人間だったのだろう、どんな人と関りを持ったのだろう…。身を焦がされる激痛に晒される怪物の悲鳴を聞きながら、ふと《エースゼロ》――辰雄はそんな事を思った。だが考えても詮無き事だ、どの道コイツはもう人間に戻る術はない…そう再認識し、止めとばかりに注ぎ込めるだけの電撃を叩き込んだ。

 時間にしてほんの3秒にも満たなかっただろう。左腕ユニットのコンデンサーが空っぽになると共に放電も止まった。途端に鎖にグンと怪物の重みがのしかかってくる。どうやら完全に意識を喪失したようだと判断した《エースゼロ》はマシンの右ハンドルを掴み、まるで刀のように引き抜いた。その形状は完全にバイクのハンドルそのものだが抜刀と同時にその接続部に赤熱化した巨大な鉈のような“刃”が形成された。柄に当たる部分に収納された形状記憶液体金属を応用した《エースゼロ》の“剣”だ。抜刀と同時にアクセルレバーを兼ねるトリガーを握り込み、刀身に更にパワーを送る。

 

〈High…Activate…〉

 

 レベル3開放。刀身を形成する金属分子が振動と赤熱を纏い、更に巨大化する。《エースゼロ》はそのまま左手のチェーンを引き込みながら地面を蹴って《コブラヴェルノム》に躍りかかった。鎖を巻き取る出力もプラスして大きく跳躍し、バケモノの頭上を取る。瞳のない頭部の頂点にはすっかりと精気を吸い取られ、ミイラのように萎んだ人本来の頭が見えた。従来のセオリーならここを潰せば――!《エースゼロ》はそこ目掛けて剣を振り下ろした。

 最大出力でならばセラミックすらバターのように溶断する出力を持った刀身だ。刃はあっさり硬化した外皮を切り裂き、それこそスイカのように《コブラヴェルノム》の“頭”が両断される。果実の中身が噴き出すように脳漿が飛び散り、黒い血が勢いよく噴き出して仮面を濡らした。そのまま落下の勢いに任せて頭頂から鼻先までを切り開き、《エースゼロ》は床に着地した。同時に地響きのような音を立てて、《コブラヴェルノム》も倒れ込んだ。

 《エースゼロ》は蛇のバケモノの頭から剣を引き抜いた。怪物はそれから動くことなく、その皮膚が末端から少しづつ炭化するかのように色合いに変化していく。数秒も経たずに《コブラヴェルノム》の全身は暗灰色に変色したまま、完全に沈黙した。《ヴェルノム》にとっての死の瞬間だ。やがて内部まで完全に炭化すると塵となって崩れ落ちる。

 これで一つ。《エースゼロ》は血を掃うように剣を振った。同時に刀身の結合が解け、吸い込まれるように柄内に消えていく。この武器は多大な電力を食う、ハイモードまで開放すればリチャージまで暫くかかるだろうが残りは二体のバケモノを相手して疲弊している《スカルマン》のみ。こちらもミディアムレベルまで開放した後、という事もあって肉体的な疲労は大きいがまだ戦える。

 《エースゼロ》は髑髏のマスクを被った酔狂な男の方に向き直ると、今度は《セクターゼロ》の左ハンドルを左手に、そして右手にはマシンの背部コンテナから取り出したアタッシュケース型の装備を持った。

 

 アクティブ。アーマーを介して《エースゼロ》からの指令を受諾したアタッシュケースは一瞬でサブマシンガンのような形状へと変形した。ハンドルの方は先程よりも短いナイフ状の刃に成型される。銃とナイフ、二つの凶器を両手に持ったまま近づいてくるこちらに《スカルマン》は嘲うかのように口元を歪めた。

 

「おいおい…こっちは手負いなんだぜ…?エモノ使うのは卑怯ってもんじゃあねぇのか?」

 

 ボイスチェンジャーが戦いの衝撃で破損したのか知らないが、昨日よりは明瞭な声だ。だが相変わらずどこか人を食ったような話し方をするのは気に入らない。時間を稼ぎたいのか、こちらを挑発したいのか意図は何でも良い、《スカルマン》の軽口を《エースゼロ》は無視して、右手のサブマシンガンを向けた。無論投降しろ、という呼び掛けだ。

 

「――面白い。イヤだと言ったら?」

 

 それだけでこちらの真意を察したのは流石というべきだろうか。だが如何にもこちらを舐めきっているようなそのニヤケ面が気に入らない《エースゼロ》は今度も何も言わず、銃のセーフティを解除した。ガチャリ、という重たい音が木霊する。

 それでこちらの本気を悟ったらしい。《スカルマン》の口元から笑みが消え去った。

 

「おいおい、お前の仕事は俺を捕まえる事だろう、殺しちまって良いのかよ?」

 

 おどけたような口調だがその目は恐らく油断なく周囲を見渡して反撃の隙を狙っているのだろう。こちらはどうせ自分を殺せないと高を括っていたようだが、捕縛は可能な限りの命令であってその最終的な判断は《エースゼロ》――琥月辰雄という個人に委ねられている。必要とあらばコイツを射殺する事も辰雄は厭わないつもりだった。

 “彼”や柚月の想いに応えたい気持ちは確かにあるが、戦いにおいて変に情けを掛ければこちらが命を落とすだけだ。互いの視線がぶつかり合い、不気味な沈黙が漂う。先に口火を切ったのは《スカルマン》の方だった。

 

「一つ聞かせろ、お前は誰の命令で動いてる?」

 

 なんとか余裕を保とうとしているのか僅かに口元を笑みの形に作り直す。いちいち癇に障る笑い方だ、と心中に苛立ちを抱えながらも《エースゼロ》はそれを呑み込み、「答える義務はない」と返答した。

 

「知りたいなら投降しろ。そうすれば全部教えてや――」

「――()()()…」

 

 そう呼び掛けた所で突如《スカルマン》がその単語を発した。その言葉が無意識的に「神樂」という言葉に変換される気分を味わった《エースゼロ》は思わず息を呑んだ。フルフェイスのヘルメットで覆っている表情が読まれる筈はないが、それでも相手に向けた銃身の先が僅かに揺らいだだけで相手はこちらの動揺を悟るのは十分だったらしい。「やっぱりな」と最早取り繕う必要もない笑みを浮かべながら《スカルマン》はユラリと立ち上がった。

 

「その名はとっくに知ってるんだ、悪いな。知りたいのはその頂点(テッペン)だ…」

 

 こちらの焦りを見透かしているのか、髑髏の男はいっそダンスでも踊るように小刻みに体を震わせる。それが一層神経を逆撫でし、安い挑発だと分かっていながらも《エースゼロ》は警告も兼ねてサブマシンガンの引鉄を引いた。

 発射された弾丸は《スカルマン》ではなく、病院の天井に向けて放たれた。本人にぶっ放さなかったのはせめてもの情けと理性の賜物だったが、当人はどこ吹く風、「おお、怖…」と舞台役者のような大仰な仕草で天井を仰いだ。

 

「案外短気だなお前。やたら人に噛みつくもんじゃないって御主人様に躾けられなかったのか、えぇ忠犬ポチ公よぉ?」

 

 御主人様、という言葉を殊更に強調して嫌味っぽく《スカルマン》が畳みかけた。それが誰を示しているのか、そしてそこには多分に侮蔑の意が込められている事を悟らずにはいられなかった。その瞬間かろうじて理性を保っていた最後の線が切れるのを実感した《エースゼロ》は冷厳な戦闘マシンとしてではなく、琥月辰雄という個人として「黙れ!」と声を荒げていた。

 

「知ったような口を聞くな!何も分かっていないんだお前は…!」

 

 こちらの激昂に気を良くしたのか《スカルマン》は一層楽しそうに肩を竦めた。露出した口元が嗜虐心に満ちた色に歪められる。

 

「アイツの事ならなんだって知ってるさ、いっそお前よりな?昔っから自分は安全な所にコソコソ隠れてるだけの救いようのない臆病者――」

 

 そこまでが限界だった。腹の底から湧き上がる溶岩のような激情に衝き動かされ、辰雄はサブマシンガンをニヤケ顔の骸骨に向かって発射していた。装填された拳銃弾が毎秒20発という速度で一斉に開放され、樹脂の床を抉り砕く。しかしそんな弾道など予測済みと言わんばかりに《スカルマン》は横跳びにそれを躱した。

 ただ怒りに任せた、という自覚はあっても意外と冷静さは消えてない。むしろ怒りによって頭の芯が冷え切ったのかその動きはやけにスローモーに見えた。その動きを予測していた辰雄――《エースゼロ》は左手のチェーンを相手に向けて放った。さっき《ヴェルノム》を倒すためにバッテリーを最大まで使用してしまったのでチャージが完了するまでは電撃も溶断も使えないが、捕縛するならこれで十分だ。

 

 チェーンは狙い違わず《スカルマン》の右肩に突き刺さり、レザーのスーツを破ってその下の肉に食い込んだ。本来ならそのまま着地する筈だったであろう《スカルマン》は転んだように膝を付いた。勿論奴も並大抵の身体能力じゃない、ほんの数瞬動きを止めただけですぐに態勢を立て直す。常人なら到底対応できる時間ではないが、如何せん自分達のような異形者の世界ではその隙は致命的だ。《エースゼロ》はあらん限りの力で鎖を引き寄せると同時に右手のサブマシンガンを奴に向けた。

 だが――

 

「遅いよっ…!」

 

 サブマシンガンの銃口が火を噴くより前に《スカルマン》は右手に握った何かを投擲してきた。それは狙い違わず銃本体に突き刺さった。渾身の力ではたかれたような衝撃が腕全体に走り、思わずサブマシンガンが手から零れ落ちた。投げられた物体をよく見るとそこら辺に散らばっていたゴルフボール大のコンクリート片らしい。小石程度の重さしかない脆い物体だったが、常人を遥かに上回る怪力を備えた“自分達”の手に掛かれば、そんな物体でも十分凶器になり得るという事の何よりの証左だ。

 《エースゼロ》は銃を掴みなおそうとすればそれが隙になると判断し、咄嗟に鎖を装甲内に回収する手段を選んだ。機械仕掛けと自身の力で強引に奴を格闘の間合いに引き込むと同時に短剣を右手に持ち替える。膠着はなかった、抵抗する間もなくこちらに引き寄せられた《スカルマン》のガラ空きの胸目掛けて《エースゼロ》はナイフを突き出した。

 しかしやはりというべきか、そう簡単に殺られてはくれない。《スカルマン》は心臓の辺りを庇うように脇を絞めて左上腕でナイフを受け止めた。肉を切らせて骨を断つ戦術だが、出力を切り替える事で熱や高振動を纏い、硬度や長ささえ自由に調節できるこの“剣”「ヴァニシングエッジ」にその戦術は愚策だ。即座にトリガーを引き絞って強化した刃を突き立て、出来るなら左手ごと切り裂いてやるつもりだった…が――。

 

 なんとヴァニシングエッジの刀身は《スカルマン》の腕を貫通するどころか貫きさえしなかった。《エースゼロ》はバイザー奥の目を見開いた。見ると奴の腕が薄い黄緑色に染まった異形の形へと変化していた。その腕には硬く短い棘がさながら飛蝗の後足のように生え、それが絶妙な角度で刃を受け止めたのだと理解した時には奴の右掌が貫手の如くこちらに突き出されていた。

 

 矢のような速度で放たれたそれの指先に鋭い“爪”が生えているのを認めた《エースゼロ》は、そのままだったら確実に喉を切り裂いていたであろうその一撃をなんとか寸での所で身を沈めて躱したが、肩の装甲をアンダースーツごと抉り飛ばされ、切り裂かれた箇所から鮮血が飛んだ。アドレナリンが放出され、痛みを和らげるのを自覚する間もなく、《エースゼロ》は即座に右手のヴァニシングエッジを下から斬り上げて反撃に転じようとしたが、それも胸部に追い打ちの膝蹴りが叩き込まれるまでだった。

 理論上は拳銃弾の直撃にも耐え得る強度を持つ胸甲だが、如何せん至近で鈍器をぶつけられるようなものだ。重たい衝撃が装甲を貫いて、皮膚を透過し、その下の肋骨や臓腑までをも震わせる感触に息を詰まらせる。一瞬僅かに体が傾いだのが《スカルマン》にとっては十分な隙だ。そのまま右膝をつき崩され、地面に叩きつけられた。

 床を穿つ程の衝撃を受け止めた頭部がグワングワンと揺れる感覚を味わったと思ったら、次なる一撃が頭部に襲い掛かった。マウントポジションを取られたまま、拳が二発三発と振り下ろされ、頭部の装甲がひしゃげ、バイザーが砕き割れる。

 

 ああ、また壊した…楠に怒られるな…。意識が跳びそうになる中でぼんやりとそんな事を思うと同時にぼやけた視界の向こうにギラリと奴の爪が光るのがやけにスローモーに見えた。その硬質で殺人的な輝き、突き出されれば確実に《エースゼロ》というユニットごと辰雄の命を奪うであろうその凶暴な輝きに逆に急速に視界が冴えるのを自覚した。

 そうだ、俺は死ぬわけにはいかない――!

 咄嗟に右手が腰のベルトに向かって伸び、そこに備わったスロットルを素早く4回捻った。

 

〈Ultimate…Activate…。VANISHING END…!〉

 

 その瞬間先程までとは比べ物にもならない、体の内部から燃やし尽くされるような強烈な痛みが全身を走った。気絶すら許さないような激痛が神経を、筋肉を苛むがそれにより逆に意識を完全に覚醒するのが分かった。痛みを糧にして奮起した《エースゼロ》の掌底がそのまま覆いかぶさる《スカルマン》を押し上げるように脇腹に突き刺さった。

 

「うおおおおおぉぉぉぉぉっっっ!!」

 

 マウントを取られた状態で拳を突き上げても普通ならさして効果はないが、今の状態の《エースゼロ》なら話は別だ。身体への強烈な負荷の代償に何倍にも跳ね上がった筋力は上に覆いかぶさる《スカルマン》の体をあっさりと吹き飛ばした。予想外の反撃を受けた《スカルマン》だったが、やはり浅かったのか受け身を取りながらなんとか着地した。そこから素早く攻勢に転じようとしたが――。

 

「かはっ…」

 

 クリーンヒットはしなくても先程の衝撃が内蔵に伝わったのか、奴の口元から血反吐が噴き出る。すかさず《エースゼロ》は最早グシャグシャに潰れ、ただの金属の塊になったヘッドユニットを剥ぎ取ると《スカルマン》目掛けて力任せに投擲した。あまりに強引な反撃に奴はギョッとしたような反応をしたが咄嗟に右手の爪を薙ぐように振りぬいて、それを払い落とした。しかし次の瞬間、ヘッドユニットに紛れる形になっていた二撃目――投擲されたヴァニシングエッジが隙をついて《スカルマン》の右肩に深々と突き刺さった。

 

「ぐああああああああっっっ…!」

 

 《スカルマン》が苦悶に呻いた。先程の擲弾は完全な囮だ。そこに隠す形で放たれた二撃目こそが本命――。しかもこれで終わりではない、攻撃はまだ続いている。《エースゼロ》は両の掌でマイクロチェーンを握り込んだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「はああああああああああ!!!」

 

〈Ultimate…Activate…。VANISHING END…!〉

 

 本日二度目となる最大出力を起動した。本来なら立て続けに使用するモノではないのだが、構ってはいられない。中途半端に己が身を案じていてはコイツには到底勝てない。再度全身に襲い掛かった激痛が骨を軋ませ、筋肉を焼き、全身の血液を沸騰させる感覚に耐えながら《エースゼロ》は遠心力に任せて体を高速回転させた。

 《スカルマン》は何とか体に食い込んだ刃を引き抜こうとしたがもう遅い。こちらの目論見に気付いた時にはその体は完全に宙に浮いていた。

 回転に視界が滲む。強烈なGがのしかかり、体を圧し潰そうとする。がそれは向こうも同じ、いやそれ以上だ。ここで容赦する手はないと更に右腕部のコンデンサーも開放する。遠心力の反動と電撃が《スカルマン》に襲い掛かり、奴が絶叫するのが聞こえた。電撃も最大出力も持ってせいぜい数秒、その間に全てを終わらせる――!

 《エースゼロ》は更に無茶苦茶に力任せに鎖を振り回した。砲丸投げの如く繋がれた《スカルマン》の体が壁に床に天井に見境なく叩きつけられる。最早戦術もクソもない脳筋攻撃だ。やがて最大出力が限界時間を超えて強制停止したのと度重なる負荷に耐えかねて鎖が切れたのはほぼ同時だった。繋がりを断たれた《スカルマン》の体が勢いのまま放り出され、壁に激突する。コンクリートの壁にめり込むと同時に天井がこれまでの衝撃により崩落し、その体を呑み込んでいった。

 

「はぁ…はぁ…はぁ…」

 

 勝った…のかは分からないが、少なくともこれが自分の出せる全力だ。そう思った矢先に体に纏った鎧が急に重みを増し、《エースゼロ》――辰雄はその場に崩れ落ちた。高熱を出して寝込んだ時のように体の節々が鈍く痛み、心臓が早鐘のように拍動し、肋骨を突き破って飛び出してきそうだ。こみ上げてくる吐き気をなんとか堪えながら辰雄はふらつく体を立ち上がらせた。そうだこれで終わりではない、奴を即座に縛り上げて柚月達と合流しなければならないし、じきに警察が到着する。モタモタしてる時間はないんだ――。

 

 鉛のようになった手足になんとか力を込めて立ち上がる。風邪に浮かされたように頭はまだボンヤリとするが回らない事もない。柚月達との合流ポイントの決定、そこに至るまでの最良のルート選択、後は奴を担いでなるべく目立たないようにしなければならない。酷使し続けた肉体には悪いがここでもうひと踏ん張りして貰わなければ、と己を奮い立たせた矢先、やけに物々しい喧騒がこちらに近づいてくるのを感じ取った。それがサイレンの音や複数の足音であると分かったのは紺色のベストとヘルメットに身を固めた集団が突入してきてからだった。

 

「動くな!両手をゆっくりと挙げて頭の後ろに回せ!」

 

 タクティカルベストと呼ばれる各種携行装備を収納しておくための専用ベストを着こみ、サブマシンガンとライオットシールドを構えた20人ばかりの一郡はまごう事なき警察の特殊部隊だ。今になって漸く到着かよ、と詮無い愚痴を言いながら辰雄は、さてこの状況はどうしたものか、と迷いを感じた。

 この惨状には流石に特殊部隊でも絶句したようだ。ヘルメットに覆われた顔からは表情は窺えないが、各所が崩落した内部の様子やそこに横たわる無辜の市民、そして一際目立つのが真っ黒に染まったままピクリとも動かない巨大な蛇のような怪物、と来たもんだ。それでも彼らは気を取り直したように動揺を悟られないように辰雄に短機関銃を向けている。それはそうだろう、《スカルマン》かバケモノが病院で暴れている、という報告を受けてきたのだろうが来てみればそこにいるのは派手にやり合ったと思しき《スカルマン》と大差ないコスプレ鎧男だ。剣呑な態度も致し方ない。最悪ここで警察に捕まっても自分の身柄くらいは何とかして貰えるだろうが、確実に今後の行動に支障が出るし、何より“彼”にいらぬ苦労を負わせる事になる。出来ればそれは避けたかった。

 手を上げながら特殊部隊の方に顔を向けるとまた彼らが僅かに動揺する気配が伝わった。自分が子どもなのは理解しているし、それは時に相手の油断や動揺を引き出す事に繋がる。どうにも陰険臭いがこの時は自分の容姿に少し感謝したい気分になった。特殊部隊から視線を外さないようにし、彼らにゆっくりと近づくふりをしながら《セクターゼロ》の方に注意を向ける。あの中にスタングレネードが入っていた筈だ。あれを利用して彼らの目を眩まし、その隙に《スカルマン》を捕まえてマシンと一緒に脱出する――。正直上手くいくのか未知数だし、如何にも脳筋で作戦と呼べないような作戦だが、彼らと一線を交えずここを引くにはそれしかなさそうだ、と判断した辰雄は隙をついて素早く《セクターゼロ》に飛びつこうとした。

 

 ――その矢先。

 

 特殊部隊と自分の間、先程奴を生き埋めにしたコンクリート片が爆発するように吹き飛び、中から《スカルマン》が飛び出してきた。まさか不死身かよ、と辰雄は絶句した。こちらは碌に戦う余力も残ってないと言うのに…!特殊部隊も巷を騒がす悪名高きテロリストの突然の出現には流石に面食らったようだが、すぐにその存在を後方に待機している筈の本部に報告したようだ、「貴様も大人しく投降しろ、もう逃げ場はないぞ!」と警鐘を発した。

 

 こっちも既に満身創痍だが《スカルマン》の姿を見れば向こうも大概のようだ。レザー製のスーツはあちこちが裂けて下から血を滲ませており、プロテクターも各所が欠けたり、ひびが入っていたりと無惨な有様だ。特にその名を象徴する髑髏のマスクは右目の辺りから側頭部にかけてが砕け、顔の半分が露出している。口元から血を流しながら、こちらと警察隊を交互に眺め、不敵な笑みを浮かべるその顔立ちはいっそ線が細いといっても過言ではない。その目元は何となく辰雄の知る人に似ている気がした。

 なんとかコンクリート片を弾き飛ばしたは良いものの、各部に負った傷には深いものも多いらしい。あれほどの衝撃を受けたのだ、肋骨が折れて肺に突き刺さっていてもおかしくはないし、左脚を引き摺っているあたり骨折した可能性もある。

 

「あ~あ、全く今日はとんだ厄日だ…。運が悪すぎて虫唾が走る…」

 

 この四面楚歌な状況をどこか楽しむように《スカルマン》は喉をクツクツと震わせた。それでいてどこかに苛立ちを抱えているようにも聞こえるその声色に辰雄は慄然とした。まさか奴はこの状況から脱する手立てでも持っていると言うのか…。

 

()()()を使うのはまだ早すぎる気がするんだが…。まあこうなっちまったら仕方ないよなぁ…」

 

 コイツ。なんて事のない言葉がやけに禍々しい響きに聞こえた。まずい、何をする気か知らないが止めねば――!酷く怠い体を無理矢理にでも奮い立たせて辰雄が走り出したのと《スカルマン》が両手を広げ、天を仰ぎ、咆哮したのはほぼ同時だった。

 

「うおあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」

 

 まるで内に眠る獣が解き放なたれたようなそんな声だった。それと同時に強烈な熱が奴を中心にして放出されていく。辰雄はスロットルを捻って強引にブーストを掛けると地面を蹴って奴に殴り掛かった。その拳が奴の頭に届きそうになった、その刹那――。

 

 

「――変身…!」

 

 

 まるで何かの決意表明のように。

 

 奴はそう呟いた。

 

 直後辰雄の体は暴力的な熱風の洗礼を浴び、辰雄の体は後方に大きく吹き飛ばされた。彼らより100メートル程後方の位置に待機していた特殊部隊達もまともにその衝撃波を浴び、ある者は咄嗟に吹き飛ばされまいと身を硬くし、ある者は飛んできたコンクリート片がまともに胴体に直撃する事になった。まさか自爆か…?そう判断し、ライオットシールドを立て、防御の陣を敷いた事までが現実的な判断で対処出来た所だった。

 

 吹き飛ばされた衝撃で何度もバウンドしようやく《エースゼロ》は止まった。ただしその衝撃で完全にバックルの機能が停止してしまったらしい。一切の支えを失くした鎧が辰雄の体に重くのしかかる。シールドを構え、何とか飛散物から身を守った特殊部隊の隊員達は視察窓の向こうに、先程の爆発の中心となった存在を捉えた。辰雄は薄れゆく意識の中で何とかその姿を瞼に焼き付けた。そこにいたのはもう先程の《スカルマン》ではない。

 

 複雑に筋肉が隆起した皮膚は黄緑色に染まっており、背中には小さな翼を髣髴とさせる正体不明の器官が備わっている。四肢には短い棘のような突起物が備わり、そのフォルムをより凶暴なものに見せていた。何よりも変化が著しいのはその頭で、まるで昆虫のようなフォルムに変化した口元は凶悪に牙を剝き出しつつも、虫の複眼とは明らかに異なるその瞳がもともとかろうじて人間の面影を残していた。額の中央からは頂に向かって伸びるように二本の触角が備わっており、そこに引っかかっていた髑髏の鉄仮面を鬱陶しそうに剥ぎ取る。

 

 そこに佇むのはもう《スカルマン》ではない。これまでの法則に倣うならさしずめ()()()()()()()()()》といった所か…。薄れゆく意識の中で辰雄はそう思った。

 

「う、撃てぇ!」

 

 その姿にいつになく動揺したのは特殊部隊の方だった。仕事柄凶悪犯の相手など訓練の想定内だし、必要とあらば猛獣の相手もしなくてはならないのが警察の職務だ。だが目の前に佇むコイツは明らかに獣ではないし、ましてや絶対に人ではない。想定を超えた相手の出現に特殊部隊隊員達に出来たのはコイツは危険だ、というプリミティブな判断だけだった。

 

 ライオットシールドを構え、防御の陣形を崩さぬまま、サブマシンガンの銃撃が一斉に《バッタヴェルノム》に向けて放たれる。《バッタヴェルノム》はそれに全く臆する事なく、両腕の爪を展開すると弾丸の驟雨を潜り抜け、特殊部隊に襲い掛かった。

 




という訳で前回に引き続き、新たな怪人が登場でした。

「変身」とは言いましたが、まだ仮面ライダーって訳ではありません、他作品で言うとまだ黒殿様飛蝗怪人くらいの立ち位置です。

当分怒涛の展開が続く事になると思うのでお見逃しのないように。次は平常通り日曜に投稿すると思います。それではまた次回。
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