仮面ライダー:RE   作:大荒鷲

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CHAPTER-2:『REvengerⅡ』‐④

「…しっかしなんなんスかねあの人?あれもこれも全部秘密秘密秘密って…」

 

 首都高都心環状線を台場方面に向けて進むトヨタ・アリオンの車内で若干不服そうにハンドルを握りながら、新宿署の寺坂克己が疑問を投げ掛けたのに対して拓務はと言えば、素っ気なく「ちゃんと前見て運転しろ」とだけ返した。それだけで寺坂の気が済む訳でもなく、口を尖らせながら万年渋滞の道路を睨みつけている。青いというか…何かと分かりやすい奴だな、と拓務はボンヤリと思った。

 拓務より2つ下だから25歳か。俺もコイツくらいの年齢の時はこんな感じだっただろうか、と思って思いを馳せてみる。それで思い起こせたのはひたすら交番勤務での実地の日々ばかり、あの時はひたすら仕事を覚え、警察官の職務を実践するのに必死であまり細かい事は覚えていない。特にその1年前に父が亡くなってからというもの、元々神経質で余裕がない、と言われた心根は更に張りつめ、早く一人前にならなければ、という気負いばかりが大きくなっていた。勿論そこで学んだ事を忘れたことはないが、今更思い返しても遠い過去の事だ、という感慨の方が先行する。

 

 そう、あまりに遠い。ほんの1年前、あの事件を機に変わってしまった世界を目の当たりにすれば否が応でもそういう気がしてくる。止まっているようで確実に進流れている景色を何とはなしに眺めながら、日々とはこういうものなのだろうなとポツリと思った。

 

「今時過激派もへちまもないでしょ、北の工作員だって方がよっぽどしっくり来る…」

 

 それでもなお憤懣やるたかないといった感じで寺坂はぶつくさ文句を言っている。拓務はそれ以上は口を挟まず、これは吐くだけ吐かせた方が良いな、と思う事にした。年若い寺坂の不満も最もと思うからこそだ。

 特対とかいう怪しげな捜査本部に移動して早速、これまた怪しげな女から仰せつかった怪しげな任務。《スカルマン》絡みの胡散臭げな空気でただでさえ肺が悪くなりかけている刑事部の男達にとっては上からの指示だから、と言ってはいそうですかと拝命出来るものでもなかった。

 

 刑事部というのは常々犯罪者を追うという事は自分の頭で考え、その判断を正しいと信じてするものだ、という自負がある。この点は徹底した秘密主義で、現場の捜査員にすら必要以上に情報が開放されず、上の人間が定めたターゲットを監視する事に明け暮れるだけの公安とは違うという考えに繋がっている。それが正しい認識なのかどうかはさて置いて、刑事とは凡そそういう考えの人間達だ。

 件の男女三名については身長・年齢等のざっくばらんなパーソナルデータ以外には殆ど開示がされていない。最後の目撃情報――たぶんそれも公安で探ったものだろう――と人相だけを頼りにこの1千万都民の中から探し出せ、というのも土台無茶な話だが、詳しい経歴――出身地、学歴、親族・交友関係に至るまでの情報等は不明。ナントカいう過激派の残党であり、《スカルマン》関連の人物として内々にマークしていた、という話が素直に呑める筈もなく、捜査員の間ではハッキリと不満の意見が上がった。そこに照原警視正がよせば良いのに「事は国家の存亡に関わる重要な問題だ」と更に火に油、どころか業火にガソリンをぶちまけるような事を言い出せば、そこで爆発しなかったのが奇跡だと思う。

 

 かくして気が乗らない人探しが特対の仕事第1号となった訳で、遅れてやってきた公安や内閣府の人間達だけが顔を突き合わせて、資料のやり取りをしている様を見せつけられれば、要は俺たちゃアイツらの脚代わりの情報端末くらいの役割しか期待されてないという気分が広がりながらもこうして捜査に赴くのは率先して上意下達の原則を捻じ曲げるような気も起きないからだし、ある種組織なんてそんなモンだろうという半ば諦めの境地かも知れない。

 確かに公安(と思しき奴ら)に主導を握られるのは気に入らないが、この1年で犯人と思しき人間に全く辿り着けないのも確かでその間に大勢の仲間を失っている。かく言う拓務自身もそうだし、この寺坂もそうだ。新宿事変が起きた日、拓務は新宿にいた。警視庁の刑事としての所轄に赴いた際の事だ。拓務は先輩の刑事である木ノ原と共に事件の最寄に居合わせ、更に二次災害によって二人とも負傷する羽目になった。拓務は軽度の火傷と裂傷を負ったし、木ノ原に至っては下半身不随になるほどの重傷を負い、警察官を退職する事になった。古参だが気の良い刑事で何かと拓務にも気を使ってくれたし、寺坂も兼ねてより世話になっていたらしい。

 

 木ノ原だけではない、六本木の事件でも相当数の被害が出てる上にこの1年で殉職した警察官の数は都内だけでもうすぐ三桁に届くレベルだ。そういう意味では既に状況は刑事部の意地の問題では済まず、例の3名が事件とどういう繋がりを持っているにせよ僅かな線でも見逃したくはないのは確かだ。特に参考人の中で唯一の男――山城幹斗とかいう人物は捜査員全員の注目を集めた。パーソナルデータによれば年齢20代前半で身長は175センチ前後、この点が《スカルマン》と一致するためだ。

 確かに見た目だけなら該当する人物なんて腐るほどいるし、そんな些細な一致で《スカルマン》の正体を決めつける程早計な警察官などいない。だが1年目にして漸く入った新情報に当たってみたいと思うのは皆一緒という訳で、かくしてどこかきな臭いものを感じながらもこの捜索劇が開始されたという経緯だが――。寺坂としては勝手にしゃしゃり出てきた奴らに手綱を握られるのは甚だ気に喰わないようだ。事はそう単純ではないし、とは言えそんな組織の不実を後輩に説いても詮無き事で実際寺坂の気持ちも分かってしまうのは確かで、我ながら中途半端な立ち位置だ。つくづく遠くに来たものだ、と改めて思う。

 

 拓務は改めて溜息を吐くと硬いシートに心持ち身を預けた。この所碌に寝てない神経がいよいよ張り詰めそうだったが、まだなんとか耐えられる範囲だ。少しだけ気を休めようと思った直後スーツの胸ポケットにしまった携帯電話は振動する感触が伝わった。なんだと思ってディスプレイを確認し、眉を顰めた。着信は母の葉子からだった。

 

 珍しい事もあるな、と思う。「便りがないのは元気の証」が信条の母は殆ど連絡などしてこないし、警察官の激務っぷりを知っているともなれば猶更だ。一瞬職務中に身内からの電話に応答して良いものか悩んだのだが、一瞬の逡巡の末、拓務は通話ボタンを押した。母がわざわざ電話を掛けてくることなんてそれこそ5年前――父が亡くなった夜くらいだ。何か重要な事が起きたのではないか、と思った。

 

〈もしもし…拓務…?ごめんなさい仕事中に…〉

 

 スピーカーの奥から申し訳なさそうに葉子の声が聞こえた。心なしか声に憔悴の色が浮いているように感じ、拓務は次の言葉を待たずに「なにかあった?」と聞き返してたが、当の葉子は少しばかり歯切れ悪く、言い淀むように何か呟いている。

 だがやがて意を決したように<昨日の事なんだけど…>と口火を切った。

 

<一昨日、中野の病院でテロがあったでしょ…。あの事で…>

 

 あれか…拓務は内心で気を引き締めた。葉子の言う通り、一昨日中野の病院で《スカルマン》が絡んだとされる大規模なテロがあった。警察は虎の子の特殊部隊まで投入したが、あろう事かほぼ壊滅の憂き目に遭った上に逃走を許してしまった。警察は夜を徹しての非常線と追跡に追われる羽目になるも結局その足取りは掴めず、日本警察開闢以来の大失態だとマスコミから非難が殺到した。

 確か確認できる限りで少なくない死者が出た筈だが…。もしや母の知り合いに該当者がいたのだろうか…、と考えたところで葉子の口から予想外の名前が飛び出した。

 

〈さっき、警察の人から哲也が行方不明になってるって聞いたの…。仕事でそこに居たって…連絡がつかないのよ…!〉

「――な…!」

 

 その名を聞いた時、拓務は絶句した。確か昨日の事件では死者の他に遺体すら見つからず行方不明として扱われている当事者も多数いる筈だが…まさかその中で従弟の名を聞くとは思っていなかった。曰く現場で彼が持っていた手帳が発見されたそうで、職場に確認した所、確かにそちらに赴いていた事が確認されたのだそうだ。

 

<…ごめんなさい…貴方には貴方の仕事があるものね…。…でも何か分かったら教えて…>

 

 しかし拓務の沈黙から葉子は何かを察したらしい。心底申し訳なさそうに言い添えて電話を切ってしまった。だが最後に添えた一言にもっと切実な響きが込められていた事はいくら拓務でも分かる。せめて何か言おうとして果たせず、光の落ちたディスプレイを虚しく眺めながら拓務は溜息を吐いた。

 

「どうしたんスか…?なんかの連絡?」

 

 そんな分かりやすい意気消沈っぷりから何か察したのかハンドルを握る寺坂が視線を寄越す。何か重大事か、と勘繰るそれが痛く、拓務は冷静を装って口を引き結んだ。

 

「何でもない…。母からな…従弟が昨日の事件で行方不明だって…」

「マジで?大変じゃないっスか、確認してみた方が良いんじゃ…」

「良いんだ、他の事に気を取られてる場合じゃない…!」

 

 驚きながらも気遣わし気に投げ掛けられたその声をピシャリと遮って拓務はそう言った。横で寺坂が絶句する気配が伝わったが、それは綺麗に無視する事にして窓の外に視線を投げ掛ける。その背中から質問するな、という空気を感じ取ったのか、彼がそれ以上この話題に触れてくる事はなかった。くそ、と内心で舌打ちした。

 

 何故こうもアイツの事になると心を乱されるんだ、と己の勝手を自覚しながらも拓務は毒づいた。3つ年下の従弟に良い思い出は殆どなく、当時大学生だった自分の目からも手の掛かる問題児そのもので度々警察に補導されては帰ってくる頭痛の種だった。親類の行動が警察採用の際の考課に影響するという話はないにせよ、それでも当時既にこの道を志していた拓務にとっては哲也は甚だ鬱陶しい存在だった。それでも家さえ出てしまえばまだ関わらなくて済むと思っていたが、それから3年後に哲也の影響は思わぬ形で家族の元に降りかかってきた。

 

 父の訃報だ。しかも兼ねてより哲也に恨みを抱いていた暴漢から彼を庇って死んだ、そう聞かされた。勿論結果を見れば犯人の言い分は極めて身勝手なもので哲也に絶対的な非があった訳ではない。実際病院の廊下で再会した従弟は見るからに憔悴しており、一回りも二回りも小さくなってしまったようだった。ああ…コイツはこんな子どもだったんだな、と遅まきながらに拓務は実感した。

 唐突に両親どころか育った場所すらを失くした16歳の子どものまま、肩肘を張って、やり場のない感情を世間に向けて発信する事でしか、己の感情を発露する術を知らなかった。ただそれだけの事だったのだ。

 だが理解できたのはそこまでで次の瞬間言いようのない反発心が湧き上がり、従弟に対する憐憫の情が霧散した。それがどうした、世の中親を亡くしたり、辛い事やトラウマを抱えて生きている人間なんて山ほどいる。自分だけが被害者ぶって他人に甘えて、拒絶して、噛みついて、その結果の全てがこれじゃないか。今更後悔する資格なんかお前にはない…!自分でも制御出来ない程の強い感情に衝き動かされて拓務はその細い背中に声を振り落とした。

 

『お前のせいだ。お前が殺した』と――。

 

 警察官としては勿論、身内としても最低の台詞だ。だが一度発した言葉は二度と取り消す事は出来ず、いつまでも心に刻みつけられる。哲也と言葉を交わしたのはそれが最後で以降葬儀が終わるまで一切目を合わせる事もなく、その内アイツは家を出ていった。その後母の口からどこかのジャーナルに就職したらしい事は聞かされても、なんの関心も湧かず、むしろ母はまだアイツを気遣っているのか、と無駄な苛立ちの方が優った。

 この数年間ひたすら考えず、目に入れず、頭に思い浮かべまいとした。そうする事で自分の後悔も嫌悪もいずれ消えていくと思っていたが――。どうやらそれは甘えた考えだったらしい。つい昨日父の墓に詣でた際に顔を合わせた時にはやはり子どもじみた感情で哲也を追い立てただけだった。今だってそうだ、従弟を心配する母に無駄な心痛を与えてまで彼の事を考えるのを拒絶しようとしている自分がいる。それで事態が変わる訳でも死んだ父が戻ってくる訳でもないと分かっている筈なのに無駄な反発心だけが沸き起こる。哲也の事をとやかく言う資格はない、俺こそなにも進歩していない、と拓務は自嘲した。

 

 そんな事を考えている内に車はレインボーブリッジに乗り上げた。この通りも心なしか車の往来が減った気がするな、と思う。どことなく以前より活気を失ったように見える人口の島、それを象徴するフジテレビの特徴的な本社ビルが見え始めた時、それは起こった。

 

 初めは遠くで――それこそ右手の人工島の方で地鳴りのような音がしたと思った次の瞬間には数多の轟音と火の手が一気に噴き上がったのが確かに見えた。

 

「なんだ…!」

「何か起きたのか…」

 

 二人はほぼ同時に右手側の方に目を向けた。ちょうど潮風公園辺りの方で何かが炸裂したらしく、煙が立ち込めている。だが規模はそれ程ではない。新宿事変の時のような悍ましいまでの黒煙ではなく、何かに火がついて燃え上がった、という感じだろうか。だがいずれにせよ穏やかな事態であるとは思えず、周囲の車もクラクションを鳴らして互いに警告を発している。

 

「なんだ…アレ…?」

 

 寺坂が潮風公園の方を注視している。流れる他の車や構造物、更には公園内に植えられた樹木に遮られて状況は窺えないようだ。地鳴りのような音が潮風に乗って微かに聞こえる。音が響くたびに公園辺りを根城にしてる海鳥たちが一斉に飛び立っていき、木々が不気味に鳴動する。ナニかがいる、拓務は不思議とそう思った。

 もしや《スカルマン》絡みか…いやこれはもっと違う…。何か得体の知れない事態が起きていると判断した拓務はひとまず寺坂に気を取られず、運転に集中しろと告げ、社内のラジオのスイッチを入れた。だがいきなりの事だからかどこの局も番組を垂れ流すのみで情報源にはなり得なかった。仕方ないと今度はスマートフォンを引っ張り出すとSNSのアプリを立ち上げる。情報の確度はグッと落ちるがこういう時一番早いのはやはりこういったネットワークだ。

 

 目的の情報はすぐに見つかった。潮風公園の方に居合わせた人々からの情報が即座にアップされたらしい。画面を埋め尽くさんばかりに広がる情報の量もさる事ながら、更に拓務を絶句させたのはその内容だった。

 投稿された多数の動画や写真に写るソレは――公園内を縦横無尽に暴れ回る怪物――他にそうとしか形容しようがない――の姿だった。両生類のようなヌラリとした皮膚を黒く光らせ、長大な尻尾を生やしたそれは周囲の木々と比較しても3メートル近くある。だがその怪物は明らかに人のような四肢を生やし、それを振り回しながらもう一体の怪物と闘っているのだ。そのもう一体の姿は一方より小さい上に動きが素早い事もあってか、よく姿は見えない。だがその動きや遠目に見えるフォルムからは人間ではないという事は何となく分かった。

 

 なんなんだコレは…!?

 

 これが一件だけの動画や写真なら悪戯と一笑に付すことも出来ただろうが、それが一斉に異なる報じられたとなれば最早そんなレベルでは済まされない。そう言えば昨日も《スカルマン》を追う最中で謎の怪物の情報が飛び交い、上の人間が露骨に不機嫌そうに「悪質なデマや下らぬ風聞に惑わされぬように」というお達しを発していた気がするが…。

 

「何か分かったんスか?」

 

 ハンドルを握る寺坂が焦れたようにこちらに目を向けた。拓務はその顔を見ながらも咄嗟に二の句が継げずに口籠った。

 怪物が二体潮風公園で暴れ回っている。映画の世界の出来事のような世界が今起きているらしい。そう告げたらこの後輩はどんな顔をするだろうか。最早自分が正気でいられる自信すらなく、拓務は肌を粟立たせた。付けっ放しにしたラジオが情報を報じたのはそれから数分後の事だった。

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 突如出現した“災害”に辺り一帯は騒然となった。何かが砕け散るような音が聞こえたと思った次の瞬間、空から潮風公園の駐車場に降ってきた()()は落下の勢いのまま、直下にあった複数の車を圧し潰して破壊した。重圧に車体がひしゃげるのが見えたのも束の間、火炎を上げて車群は爆散した。突如降って湧いた事態にたまたま駐車場に居合わせた人々は何が起きたのかと半ば混乱に陥りながらも手にしていた携帯を炎の方に向けた。

 しかし本当の混沌はそこからだった。爆炎を突き破るように異形が二つ出現したのは直後の事だった。片方は尻尾を生やし、常人の倍以上の体躯を誇る巨人、もう片方はスリムなフォルムながらも昆虫のような意匠を備えた姿だった。正体は不明ながらも明らかに人間ではない異形の出現に周辺はパニックになった。ほうぼうに逃げ出す市民の姿を尻目に二つの異形のモノ――《ヴェルノム》同士はぶつかり合った。巨人がその巨大な拳を繰り出し、《バッタヴェルノム》は蹴りを以てそれを受け止める。手足がぶつかり合った瞬間、衝撃波が飛び散り、強烈な余波となって周囲に拡散した。

 

 その衝撃にお互いの体が吹き飛んだ。こうなると体の軽い方が不利だ。巨人の方が後ろに僅かにのけ反っただけなのに対して、《バッタヴェルノム》となった幹斗の体は5メートル以上後方に吹き飛ばされた。なんとか空中で態勢を立て直し、停めてあった車の屋根にふわりと着地できたまでは良かったが、その時にはもう他の車を吹き飛ばしながらかつて健輔だった巨大な《ヴェルノム》が迫ってくるのが見えた。予想以上の俊敏さで間合いまで迫った巨体が尚も拳を振り下ろす。まともに喰らったら流石にただでは済まないな、と判断した《バッタヴェルノム》は今度は持ち前の脚力で跳躍し、その拳を躱した。

 その判断は正しくもあり、間違ってもいた。車ごと地面を抉り砕いた拳は打ち付けられた反動で強烈な衝撃を生み、空振りしてもなおその風圧が《バッタヴェルノム》に襲い掛かった。

 

 なんてパワーだ…。自分達の領域から見ても桁外れの膂力に《バッタヴェルノム》は感心すると共に呆れた。俺達の中でもあれほどのパワーの奴は早々いないぞ…。再び態勢を立て直しながら、今度は着地と共に跳躍を繰り返して相手から距離を取り、今一度その巨体をよく観察する。

 

 3メートル近い巨躯に加えて、全身是筋肉とでも言う程盛り上がった身体、特に四肢の逞しさには目を瞠るものがある。パッと見で際立つのは濡れたように黒く光る体表と腰から伸びた長大な尻尾だ。長めの腕と相まってそれがより一層相手を巨大なものに見せる。よく分からないが…尻尾の姿が魚類に近い意匠を備えている事を考えると、どことなく両生類っぽい。断定は出来ないが恐らくカエル、それもまだ幼体(オタマジャクシ)の段階ではないかと思う。さしずめ《幼体カエルヴェルノム》か――。()()()()()()()()()()()()()()()()ならかなりの拾い物だ。

 

 厄介な事に暴走状態にはないらしい、先程までの立ち回りを思い出し、《バッタヴェルノム》は独り言ちた。従来《ヴェルノム》は自分や千鳥のように完全に人間としての自意識を保っているタイプと、《ガロ》達やこの間の二体のように完全に獣に身を堕としているタイプとに大別される。それを体系化して奴らは後者を「フェーズ1」、そこを乗り越えた幹斗達を「フェーズ2」と称した。見た所、目の前の巨人の動きにはまだ人間としての知性や強い感情のようなものが感じられる。だとしたらかなり厄介だ。理性のない奴を相手にする分には動物を相手にするのと対して変わりはない、身体的なアドバンテージがほぼ同等なら幹斗達の方が圧倒的に有利だが、こうも身体面で差を付けられた上に獣性に支配されてないとなるとほぼこちらの有利は存在しない。

 

 まぁ、そうなると後は経験の差と…怪物としての年季の違いくらいか、《バッタヴェルノム》はそう心の中で呟くと指先から爪を展開した。警察特殊部隊のジェルラミンシールドすら貫いてなお相手を殺傷できる切れ味を誇る武器だ、《スカルマン》やってる時と違って実質武器はコイツしかないのだが、心許ないという事もない。騒ぎを起こすのは得策ではない事くらい百も承知だが、どの道ここでぶつからなければこちらに引き込めるかどうかも判断できない。

 

「――ぐぁあぁあああぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!」

 

 漸くこちらの姿を認めた《幼体カエルヴェルノム》が咆哮した。それだけで空気がビリビリと伝導し、衝撃となって襲い掛かった。それに怯む事無く《バッタヴェルノム》は相手に向かって跳躍し、対する方もそれに応えるように走り出した。

 身体が小さい分、機動力は《バッタヴェルノム》の方が上だ。《幼体カエルヴェルノム》が拳の射程内に相手を捉えたと思った時、こちらはもう更に密着の間合いに入り込んでいた。この距離ならその長大な腕では届くまい――《幼体カエルヴェルノム》の驚愕に異形の相貌を歪めると、次の瞬間には貫手の如く爪を突き立てた。

 だがその爪先は相手の体を貫く事はなかった。正確には先端だけ少し掠めた気がするが、その皮膚に突き刺さるより前に《幼体カエルヴェルノム》は紙一重で後方に飛び退いていた。デカい癖に意外とやるな、それに順応も早い、もうこの体をモノにしている。意外な動きの良さに感心した《バッタヴェルノム》は怯む事無く、次の攻撃に移ろうとしたが、その瞬間横合いから巨大な質量が叩きつけられた。

 

「…が…っ…!」

 

 《ヴェルノム》の耐久力を以てしても息が止まる程の衝撃だった。受け身を取る暇もなくマトモに特大の力の洗礼を受けた《バッタヴェルノム》はそのまま吹き飛ばされ、駐車場前に植えられた防波林をも薙ぎ倒して20メートル程先の公園広場の地面に叩きつけられて漸く止まった。

 駐車場から逃れてひとまずこの辺りに逃げてきた一般人がまだ少しばかりいたらしい。木々を突き破って現れた異形の人型を目撃するや否や再び恐慌状態に陥り、大半は蜘蛛の子を散らすように逃げていったが、よく見ると売店周りの柱に隠れて携帯を構えている図太い奴らもいるようだ。いくらここからだいぶ距離があると言ってもこの状況下で実況だか配信だかなんだか知らないがそんなモンに勤しんでられるとはある意味驚嘆に値する。それだけ平和に慣らされた期間が長いという事だろう、特にこの1年間散々《スカルマン》という名の恐怖を味わわされたというにも関わらず…。

 

「うぉおおぉぉぉぉぉおぉぉぉっっっっ…!」

 

 しかし流石に《幼体カエルヴェルノム》が地響きのような咆哮を上げればヤバいという事は判断できたのか、即座に勝手な方向に逃げ出していく。そこも見越してやっているのだとしたら結構な判断力だ。既に《ヴェルノム》としての力を存分に振るってる辺り、なかなかの素質の持ち主のようだ。

 ――ますます殺すには惜しいな。幹斗はそう思った。それなら出し惜しみはしない、どうせスポンサーからも思う存分プレゼンを行うよう指示されているのだ。後で《ナイトレイス》か千鳥には苦言を呈されるかも知れないが、それならこちらもやれるだけやらせてもらう…。

 

 そう決意すると同時に《バッタヴェルノム》の眉間から生えた長い触角のような器官が震えた。それは常人には近く出来ない振動波だったが、確かにある信号を以て周囲に響いた。特に海に面し、遮蔽物の少ないこの場ではかなりの効果を発揮する筈だ。

 

 《幼体カエルヴェルノム》となっていた健輔の耳にもその音は確かに響いた。頭蓋に反響するような高音に頭が僅かに痛んだが、それでもその音が何かの信号を発しているのは分かった。そう、まるで何かを呼んでいるかのように――。

 

「――来い、《ガロ》…!」

 

 まるで何かに宣言するように《バッタヴェルノム》は叫んだ。

 

 

・・・・・・・・・

 

 

「迂闊に動くなってどういう事だ!一体何が起きてる…?」

 

 天井部に取り付けたパトランプを光らせ、寺坂が運転するトヨタ・アリオンが台場青海線をダイバーシティ方面を疾走する。運転は彼に任せて拓務はと言えばランプを降りた辺りに掛かってきた電話の主に向かって叫んでいた。ラジオは情報を先程より拾うようになり、潮風公園で何やら正体不明の怪物が戦っている、とだけ告げていた。

 

〈言葉通りの意味よ、相手は人間じゃない。貴方方の手に負える相手じゃないわ…!〉

 

 電話口に怒鳴り返した拓務に負けじと向こうの相手――マリアも同じように叫び返した。相変わらず慇懃な口調だが、どこか焦りを感じているようにも思えた。拓務も負けじと「人間じゃないってなんだ!」と聞き返す。

 

 昨日の中野区の事件は実はテロなんかではなく、怪物によるものだ、という噂が実しやかに広まっており、ネット上にはそれを裏付ける動画も存在している。実際人智を超えた怪物の存在でもなければあれほどの惨事は起こせない、とする見方はあるのだが、まだ調査中だ、というのが警察の見解だ。それどころか奇妙な言説に注意しろ、という勧告まで各所に発した程でともすれば神経質な程、この話題に触れる事を拒んでいるようだ。

 拓務も別に怪物など信じていない。ネス湖のネッシーや屈斜路湖のクッシーくらいならまだ笑い話で済むがそれの実在するかどうかとなると別の話だ。だから件の動画の件にしても基本は半疑で悪質な悪戯程度に考えていたのだが…今ニュースでは二体の怪物が戦っている様を報じ、電話の向こうでマリアはまるでそれについて知悉しているかのような口振りだ。

 

 コイツ等はなにか知っている。その確信が拓務と寺坂を意固地にさせた。それに現場にはまだ逃げ遅れた市民がいる可能性もあるし、先程拾った無線からも既に近隣の警察署に署員の出動要請が出ている。ならば俺達が手を出さない理由などどこにもない。怪物の存在を知っているマリアたちがその存在を知られたくないというならそいつをこの目で確かめてやろうじゃないか…。半ば意地になった二人はそういう結論に今現場に向かって車を走らせている。

 

<それは…後で必ず伝えます…。間もなく特殊部隊も着くから今は…>

 

 皆まで言わせず拓務は通話を切った。その様子を見てた寺坂が「奴さんなんですって?」と聞いて来たのに対して、拓務はそれに応えず不敵な笑みをただ浮かべた。このまま突っ込め、言外に込めた真意を寺坂は汲み取ってくれたようだ。同じような形の笑みを返すとアリオンのアクセルを一気に踏み込んだ。

 

 

 




ちょっと短いですが今回はここまで。
戦闘がある回は書いてて楽しいですが、文字数の調整が大変ですね。
しばらくストックを確保する必要性があるので更新が不定期になるかも、です。連休中にどれだけ進められるかが肝だなぁ…

それではまた次回。
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