仮面ライダー:RE   作:大荒鷲

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CHAPTER-2:『REvengerⅡ』‐⑤

「…どういう事だ…?」

 

 テレビをつけてみろ。白昼のオフィスに突然現れた奴にそう言われ、その通りにしてみればそこに映っていたのは異形の怪物二匹がぶつかり合う光景だった。明らかに予定にない行動の上にあの大きい方の《ヴェルノム》はなんだ…?3メートル近い体躯に長大な尻尾を生やしたその異形は自分達のリストの中にはなかった筈だ。

 あの小さい方は明らかに山城幹斗だろう。確かに彼は近隣のホテルをセーフハウスとしてそこに匿っていた筈だが、だが何故こんな所で予定外の騒ぎを起こしているのだ。

 確かに今後の実地テストに当たってこれ以上《ヴェルノム》の存在を秘匿しておく意味は薄いとは考えていたが、それにしても段取りというものがある。今このタイミングというのは明らかにおいしくない。

 

「一体何がどうなっているんだ…!アイツは何をやっていて…アレはなんなんだ…!?」

 

 男は手に持ったリモコンを投げ捨てると応接のソファで悠然と脚を組んで寛いでいる不審者――《ナイトレイス》に向かって怒鳴った。言われた当人は意に介した風もなく、知恵の輪なんぞで遊んでいる。男の根城であるオフィスに白昼堂々と現れた事も気に入らなければ、そこで我が家の如く振る舞う様も気に入らない。そんな男の苛立ちなど知悉しているのだろう、「実地テストですよ」と肩を揺すりながら奴はそう言った。

 

「奴は我らが《ラスプーチン》の新たなメンバー足り得るかも知れない。そこら辺の素質も含めて今幹斗直々に入団試験中という訳です。まぁ多少目立ってしまったのは予想外の事でしたが…」

 

 予想外、という言葉がやけに白々しい上になんの説明にもなっていない。完全に人を舐めくさってるな、と直感した男は「ふざけるな!」とソファを占領する怪人物に怒鳴った。

 

「これが多少か!何人に目撃されたと…既に報道までされているんだぞ…!今このタイミングで《ヴェルノム(お前達)》の存在を暴露してなんになる…!?」

 

 男の計画では《ヴェルノム》は見えざる脅威だ。暫くは水面下で行動させ、いずれ《スカルマン》対処のための特殊部隊の十分な強化が為されたタイミングを見計らって本格的に投入、更なる脅威と畏怖を国民に植え付けさせ、否が応でも今以上の不安と恐怖を煽る。何より“オーディエンス”達にもその方が効果的だ。兵器のプレゼンは何よりも効果的なタイミングにこそある、というのが男の持論であり、それを気紛れでかき乱されるのは我慢がならなかった。

 

 そんな男の神経を逆撫でしたいのか何なのか《ナイトレイス》はスッと立ち上がると男の傍まで寄ってきて馴れ馴れしく肩を叩く。「まぁまぁ落ち着きなすって」笑いを嚙み殺すような口調だ。

 

「知り合いの奥方のいう事なんですがね…あんまり怒鳴ると体に毒――」

「うるさい…!」

 

 ここまで行くとこちらを煽って楽しんでいるようにしか見えない。男は強引に《ナイトレイス》を振りほどいた。この怪物も山城幹斗と同じく本質的には復讐という動機を抱えているという点で共通しているだけでその内面は全く異なる。時に爆発的な凶暴性すら見せる《スカルマン》と腹の内が読めず、底知れない雰囲気すら纏わせる《ナイトレイス》――。こうまでして制御の効かない奴らばかりだというのがまた腹立たしい。

 

「まぁまぁ…王様は椅子にでも座って泰然としてなさいな…。私の目算では計画はまだ修正可能な範囲です…変に狼狽えてるとそれこそ差し障る」

 

 人を無理矢理ソファに座らせ、《ナイトレイス》は聞き分けのない子どもに諭すように言った。誰のせいでこんな事に、と反駁しかけた口を指で遮って尚も続ける。

 

「御覧なさい、特殊部隊のお出ましだ。だが今の奴らの装備じゃあ俺達には勝てない。一昨日に続いて彼らは世紀の大敗を喫するでしょう。その様に国民は失望する、失望した奴らは更に強い力を求めていく…。ほら何も変わってない…慌てなくとも私は《ラスプーチン》に背くような真似はしませんとも…」

 

 今一度テレビの方を見る。確かに近隣の署に待機していた特殊部隊が漸く到着したらしい。既に市民の避難誘導に当たっている一般の警察官に交じって明らかに物々しい出で立ちの男達が二体の怪物を包囲していく。だがその動きにも明らかな動揺が見て取れた。いくら精鋭揃いの特殊部隊でも今の状況ではハルクとゼノモーフが戦ってる光景に割って入れというようなものだ、既存の常識が全く通用しない相手にどうすれば良いのか、決めあぐねているのかも知れない。

 

〈現在現場は特殊部隊による作戦が行われているようです…しかしなかなか市民の避難は完了せず、現場はかなりの混乱状況にあり――あぁ…!アレはなんでしょう…!?〉

 

 現場上空を旋回するヘリから状況を中継していたアナウンサーが突如素っ頓狂な声を上げた。今度はなんだ、と男が画面の方を見やると船の科学館上空を横切って何かが現場に飛来するのが見えた。テレビだとハッキリとそのフォルムを見る事は出来ないが、いくつかのデータを読み込んでいる男にはそれがなんなのか分かった。

 

「――アレは…!」

 

 この上まだ混乱の種を増やすつもりか、と歯噛みしている男とは対照的に隣に腰かける《ナイトレイス》はと言えば、最早愉快さを隠す気もなく、その光景に高笑いを上げていた。

 

「はっはっはっ…!幹斗の奴、遂に《ガロ》まで呼びやがったか…良いねぇ…ギャラリーは多ければ多い程盛り上がる…」

 

 《ガロ》というのは確か《スカルマン》――というか幹斗の命令を聞くように調整された個体に対して彼が特別に付けていた愛称のようなものだった筈だ。確か一定の範囲内なら特殊な高周波を発する事で任意に呼び出せるのだとか…。うち一体は既に斃された筈だから後は確か…。だがいよいよ混迷を増すばかりの事態に溜まらず、男は叫んだ。

 

「呑気に笑っている場合か、どうやって事態の収拾をつけるつもりだ…!」

「千鳥の奴もちゃんと現場で見張ってます。万が一こちらの不利益になるような事があれば文字通り飛んでいきますさ…」

 

 ()()アフターフォローも効かせておいた…と来たか。つくづく抜け目のない奴め…と男は脱力し、ソファに倒れ込んだ。いつもなら迎える客をもてなす以上に弛緩させ、こちらの立場が上と理解させるための舞台装置のようなものだと心得ているその柔らかさがこんな時にありがたい。

 

()()()()()…大目に見る…。その新メンバー候補とやらも利用出来そうならな…これでつまらない成果だったら許さんぞ…」

 

 精一杯の怒気を込めて《ナイトレイス》を睨みつける。流石にコイツもふざけすぎを自覚したのか、大仰な仕草はなしで静かに頭を下げた。「勿論…」瞳を危ない色に輝かせ、低く呟く。

 

「私の目的は常にAS計画の完遂のためにこそ…。それに仇為すような事はしませんよ、そう例えば…」

 

 そこまで言って《ナイトレイス》は言葉を濁す。なんだ、と男が訝しがるのと同時に「ヒッ…!!」という短い悲鳴が上がった。思わず声のした方に目をやると扉の方に今しがた入ってきたと思しき若い女――男の秘書だ――が口元を抑え、瞳に驚愕の色を浮かべていた。その視線はソファの横に立っている《ナイトレイス》に注がれていた。

 驚くのも無理はない、いきなり部屋に入ってくれば自分の上司が妖しい出で立ちの怪人物と話しているのだ。呆然としたのも束の間明らかに危険な空気を感じ取ったのか、瞬時に顔を青ざめさせる。

 

「――バケモノ…!」

 

 そう小さく呟き、女は瞬時に踵を返して部屋から出ていこうとした。その様に男は今日はとことん厄日らしい、と溜息を吐いて傍らに佇む《ナイトレイス》を見やったが既にその姿は男の視界から消えていた。気が付いた時にはその白い姿は女の後方に素早く回り込んでいたのだ。瞬きする瞬間にもう距離を詰めてきた異形に女は体を硬直させ、悲鳴を上げようとしたがその腕が女の口を塞ぐ方が早かった。

 

「バケモノとは心外だねぇお嬢さん…。まぁこんな出で立ちじゃあ無理もないか…」

 

 掌で口を塞いだまま、そのまま女の体を持ち上げる。女はもう恥も外聞もなく、手足をバタつかせ、何か懇願するように息を漏らしていたがやがてその動きが小さくなっていく。恐らく掌から“毒”を注入されたのだろう、やがて急速に風化していくようにその体が炭のように変色し、崩壊を始めた。容姿は悪くないと思っていた秘書だったが、こうなると見る影もないなと感慨しかない、男は思った。やがてその体は衣服と塵を残して完全に消滅した。

 

 時間にして僅か数秒の事、男は戦慄と興奮で身を震わせた。いつ見ても恐ろしく、そして見事としか言いようのない力だ。《ナイトレイス》は掌に残ったらしい女の残滓をはたいて落とすと「申し訳ない、床を汚してしまいました」と如何にも軽く声を掛ける。

 

 所詮事故だ、仕方がないと男は肩を竦めるととりあえず処理担当に連絡する事にした。新しい秘書を探さなくてはならないし、彼女の失踪に関する言い訳などをあれこれ考えなければならないな…とそれだけ考えて《ナイトレイス》に声を投げた。

 

「お前はもう行け…。こんな所をウロウロしてたら余計なゴミが増えるばかりだ…」

「それでは…仰せのままに…」

 

 《ナイトレイス》は大儀そうにお辞儀の仕草をした。それも束の間、瞬きする間にその姿はもう完全に消え去っていた。床に転がる灰と衣服以外、異形のモノがここにいた痕跡など綺麗サッパリ残っていない。相変わらずの神出鬼没だな、と感服すると同時にやはり奴は危険だな、と思った。

 気が付けばどこにでも侵入してくるあの能力は諜報や暗殺には甚だ便利だが一度敵に回すと厄介極まりない。おまけにあの通り本質的に忠誠を誓っているとは言い難く、何かのきっかけで裏切ったりしかねない。それは幹斗にしてもそうだ、こちらが手綱を握っている事をどうも本質的に理解していないらしい。ここはひとつきつく言い聞かせる必要性があるようだ。

 

「飼い主のいう事を聞かないイヌには鞭を…だな…」

 

 男は自分のデスクに設けられた金庫のロックを解除した。中からこのオフィスには似つかわしくないオートマチックピストルを取り出すと、そのマガジン部分に専用の特殊弾を装填した。

 これを使うのはスマートではないが必要に駆られれば躊躇いはない。飴と鞭こそが男のビジネスモデル、そして人材活用論だからだ。従順に育つように言葉巧みに利用し続け、少しでも反抗の意思を見せれば自分の立場を否が応でも認識させる事で逆らう意気を削いでいく。そうして自分の思惑通りに動かす事でここまで会社を大きくしてきたと男は自負していた。

 

「バケモノ共が…。勝手に出来るのも今の内だぞ…」

 

 オートマチックをテレビで依然として暴れている三体の《ヴェルノム》に向けた。そいつらに向かって拳銃をぶっ放す真似をした所で多少は溜飲が下がった気がした。

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 一方で怪物の惨禍に晒されている現場の状況は凄惨の一言だった。

 

 当初の予想より遥かに早い速度で展開した特殊部隊だったが、彼我兵力の差は絶対としか言いようがない。おまけに市民の避難が完了しきらない状況下では迂闊な発砲も出来ず、全力を出し切れない状況だ。市民の避難に当たる制服警官達も併せて次々と戦場を高速で駆け抜ける《バッタヴェルノム》に屠られていく。

 

 最初に上手く、二体の怪物を分断できた事は僥倖だと思った。銃撃で小さい方を追い立てながら、夕日の塔方面に追い込んだと思ったが、それは間違いだった。彼らは追い込んだのではない、誘い込まれたのだ。

 開けた地形より木々に囲まれたプロムナード周辺の方が《バッタヴェルノム》にとっては戦いやすい。

 

 指先や肘部分の棘で切り裂かれ、強靭な四肢による打撃で次々と吹き飛ばされる。死にはしないだろうが戦線復帰も難しいレベルの傷だ、そういうレベルにわざと力を抑えているからだ。自力で撤退する事が困難なレベルの手傷を負わせればその手助けに確実に付き添いが必要になり、確実に兵力を下げる事が出来る。同時に彼らが避難させようとする民間人もしっかりと巻き添えにする必要があった。殺される事はないと分かれば奴らは確実にそこに付け入る隙を見出そうとする戦術を編み出してくるだろうが故意に守るべき対象の民間人を狙えば奴らは否が応でもヒットアンドアウェイ等の戦術を使う暇もなく、《バッタヴェルノム》と真正面から戦わざるを得なくなる。おまけに傷を負わされた市民の中には警察に対する不満や不信感を抱く者もいるだろう、まさに兵力と警察の存在意義双方を削ぐ事を目的にしてるという訳だ。

 

 バケモノの癖にやたら姑息な奴だ、と隊員は思った。正直アイツがなんなのかは分からない、だが時に仲間や市民を盾に使ったり、こちらから奪った武器を効果的に使ってくるその様は明らかに人間的な知性がある、それもとびっきり性格の悪い奴だ、と独り言ちた瞬間、目の前に源義経の八艘飛びの如く、並み居る木々を足場にしてその異形が迫ってきた。

 銃を抜いても間に合わない、咄嗟にそう判断した隊員は拳銃ではなく、腰に装備していた特殊警棒を引き抜いていた。そのまま貫手の如く突き出された手の動きを読みながら、手首部分に強烈な一撃を叩き込んだ。テロの鎮圧を考慮に入れたチタン合金の特殊警棒だ、普通なら手の骨くらい容易に叩き折るだけの威力があるが、しかしながら《バッタヴェルノム》には全く効果がなかった。それどころか次の瞬間にはその鋭い爪が特殊警棒すら切り裂いてしまう。あまりに非常識な力に隊員は驚愕に目を見開くと、その隙をついて《バッタヴェルノム》は素早くもう片方の手を伸ばして、隊員の首を締め上げてきた。頸動脈を塞がれ、隊員は息を漏らす。

 だがその時確実に奴に隙が出来た、と察知した別の隊員は自分も特殊警棒を引き抜き、素早くバケモノに殴りかかった。銃を使わなかったのは万一の場合の誤射を防ぐためだったが、この場合その判断は誤りだった。警棒が《バッタヴェルノム》の背中を確実に射程に捉えた次の瞬間、その背中に生えた翼のような形状の一対の突起が急速に隆起した。それはほんの刹那の間にいくつかの“節”を備え、四肢にあるものとよく似た突起物を備えた凶暴な形状へと姿へと変化していた。

 ――虫の肢…?咄嗟に隊員がそう認識した時にはそれは彼の認識より早く伸長し、その凶悪な切っ先が彼の体を貫いた。最後の力を振り絞って隊員は至近で拳銃を発砲しようとしたがその前に突き刺さった肢が体を引き裂いた。視界全体が鮮血に染まると共に前方の同僚が首の骨をへし折られ、絶命し崩れ落ちる光景が男の最期の記憶になった。

 

(バケモノめ――!)

 

 真っ赤に染まった視線に精一杯の呪詛と怨嗟を滾らせながら、吐き捨てたその言葉はしかし血反吐をを噴く音にかき消され、口から出る事はなく、そんな男の最期の思惟を《バッタヴェルノム》はただ平然と見つめていた。

 

 

 ――さてこれで概ね片付いただろうか…。つい今しがた絶命した二名の隊員を眺めながら《バッタヴェルノム》――幹斗は思った。コイツ等の大半は現場に来るまで《ヴェルノム》の基本詳細すら知らされてなかったようだ、彼らひとりひとりは厳しい訓練を勝ち抜いた精鋭中の精鋭なのだろうが、流石に人外の相手までは想定にはいれてはいまい。組織の上がどの程度自分達の事を想定しているのかは知らないが、それすら知らされず戦場に赴かねばならない彼らに幹斗は少しだけ憐憫の情を抱いた――最も殺したのは自分だが。

 

 下らない感傷を振り払って《バッタヴェルノム》はそのまま太陽の広場の周辺にまで戻った。そこでは依然として特殊部隊と《幼体カエルヴェルノム》が戦いを繰り広げていた。

 

 一方的だった幹斗とは違い、《幼体カエルヴェルノム》――健輔の方はやや劣勢のようだ。その巨体から繰り出される打撃や長大な尻尾の一撃は確かに脅威だが、距離をとって戦う分には問題にはならないし、何より――幹斗と違い、健輔は人を殺すことを躊躇っていた。それは戦い――即ち命のやり取りの場においては圧倒的に不利だ、仮に相手が人間であれば特殊部隊といえど無闇矢鱈と発砲したりなどしないだろう、だが哀しい事に彼らは目の前の巨人が土枝健輔という人間である事を知らない。故に躊躇うことなくその巨体に向かってサブマシンガンの弾を発砲する。幸いな事にデカいなりにあの皮膚は通常弾では容易く傷つける事は出来ないらしいが、流石にノーダメージとはいかない。銃弾が撃ち込まれる度に痛みが走り、《幼体カエルヴェルノム》は苦悶の悲鳴を上げるが、それで銃弾の雨が止むことはない。

 

 立て続けに銃撃を浴び続けるその顔に苦悶の色が浮かぶ、がそれだけではないな、と幹斗は思った。攻撃が激しくなるたびに怪物の黒い瞳が理性と獣性の間で明滅するのがハッキリと感じられた。《ヴェルノム》として覚醒したばかりの頃にありがちな兆候だ、自分がこの姿になったばかりの頃にもあった事だからよく分かる。覚醒してすぐ怪物としての本能に呑まれてしまうフェーズ1と違い、自分達フェーズ2は暫くは人間としての感情や理性を保っていられるが完全に馴染むまでは変身の度に、その力を振るう度に湧き上がってくる闘争本能とのせめぎ合いが発生する。

 今健輔の心にも生物としての防御衝動が湧き上がり、「人を傷つけたくない」という人としての理性との間で相克が起きている筈だ。そのまま力に呑まれるか、もしくは完全に力の制御を身に着けるか…幹斗としては後者であって欲しいとは思うが、どの道このまま警察相手にただやられるようでは所詮その程度の器という事だ、ここは手を出さずに暫く静観と決め込むか、と考えた所でまたしてもサイレンの音が響くのが聞こえてきた。

 

 また増援か…いい加減鬱陶しいなと思い、空を仰ぐと明らかに警察のモノとは違うヘリコプターが現場上空を旋回しているのが目に入った。恐らくこの近くにあるテレビ局の取材ヘリだろう、上空で高みの見物とは暢気な…と半ば呆れていると今度はそれとは別の方向から飛来する影を捉えた。

 漸くこちらの増援も到着か…と幹斗――《バッタヴェルノム》はほくそ笑む。どうせならアイツを使っていっちょ派手な花火を上げるか、そう決断すると額から突き出た触角状の器官に自身の“思惟”を込めて放射した。

 

 上空から迫る増援は――《ガロ》はそれをしっかり受け取ったらしい。彼個人の忠実な獣はその声に従って、吸い寄せられるようにヘリに向かって突進していった。

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 凡そ現実の光景とは思えないな…。眼下に広がる惨状を捉えて梨元はそう思った。

 

 駐車場方面では各所で火の手が上がり、そこから向かって海側、いつもなら観光客や都民が訪れ、散策やバーベキューを楽しんでいる公園内は文字通りの戦場と化していた。

 最も戦争を人同士の争いとするならこれは戦争ですらない、突如現れた正体不明の怪物と特殊部隊同士の戦い――これは果たしてなんと形容すれば良いのか、流石に梨元にも思い浮かばなかった。

 

 こんなの局勤めの人生で初めてだよ…。仕事とあらば台風で大荒れの埠頭にも雪崩の起きそうな雪山にも赴くと決めているし、それが現地レポートの役目だとこの仕事を拝命した時から自負しているが流石にこんな日が来るとは思わなかった。現場まではかなり距離がある、がそれでもその景色はハッキリと捉えられた。

 

「こちらは潮風公園上空です…。信じられません、全く信じられません…。まるで怪獣映画のような光景です…!」

 

 そう、強いて言うなら怪獣映画だ。子どもの頃映画館やテレビで見たキングコングとかトレマーズとか…。とにかく人智の及ばぬ生命体が突如現れて街は瞬く間にパニックに呑まれていく――そんな映画の中だけだと思っていた景色が今眼下に広がっていたのだ。特に太陽の広場周辺で特殊部隊と闘っているデカブツなどまさにそれだ。局で聞いた話だともう一体プレデターみたいな怪物がいるらしいと聞いたのだがそれはここからだとよく見えない、ただ時折マズルフラッシュが木々の間で煌めく瞬間があるのでもしかしたらそこに居るのかも知れない。

 

「潮風公園に突如現れた怪物が今警察と戦いを繰り広げています…!ご覧ください…これは映画の撮影などではありません…今まさに現実で起きている光景なのです…!」

 

 ヘリのローター音が鬱陶しい事この上なかったが、何とかカメラに向かって梨元は叫んだ。ふと操縦席の方に目をやると二人のパイロットが言葉を交わしている光景が見えた。どうやら「もっと近づけないのか?」「冗談じゃない、巻き添えはごめんだ」とかの言い合いをしているようだと分かり、ふと梨元は歯痒い心境に駆られた。

 

 こういう時自分達マスコミは大抵傍観者だ。大きい災害のあった地域に赴いてもそこで自分達に与えられているのは現地の情報を拾ってくる事であり、どんなに望んでも現地で戦っている警官や自衛隊、市民の手助けをする事は許されない。そんな自分達を非難する世間の声がある事も当然知っているし、そんな自分を情けなく思う時がないと言えば確実に噓になる。だが餅は餅屋というように人には各々に振られた役割がある、自分達素人がその場の衝動に衝き動かされて救助活動に首を突っ込めば二次災害を引き起こす可能性だってあり、そうなっては本末転倒も良い所だ。だから自分達は極力現場の邪魔にならない位置で目の前の出来事を発し続けるしかないのだ…そんな境地に辿り着けて久しくてもやはりそれとこれとは話は別だ。

 自己満足かも知れない、所詮俺に出来る事なんて神頼みくらい不確実なモノなのかも知れないが…後生だから、皆無事であってくれ…!直下の惨劇を目の当たりにして梨元はそう祈らずにはいられなかった。

 

「現在現場は特殊部隊による作戦が行われているようです…しかしなかなか市民の避難は完了せず、現場はかなりの混乱状況にあり――あぁ…!アレはなんでしょう…!?」

 

 柄にもない感慨に囚われそうになった身を自覚しつつ、梨元はレポートを再開しようとしたが直後、自分達の右奥方向、ちょうど船の博物館の辺りから飛来してくる物体が目に留まり、思わず素っ頓狂な声を上げていた。何言ってんだお前?と怪訝な顔を向けたカメラマンを無視して梨元はその物体に改めて目をやった。

 最初は鳥かと思った。潮風公園目掛けて左右の羽根を羽ばたかせてを真っすぐに飛んでくる物体は事実そのように見えた――が次の瞬間そんな生易しいモノではないと梨元は直感した。理由はシンプルだ、鳥にしてはあまりに巨大すぎる――!

 

 この距離でもハッキリと知覚出来るという事は少なくとも2メートルはいかない間でもそのくらいの大きさは十分にあるという事で、日本にあんな鳥がいる筈はない。カメラマンやヘリの操縦士達もそれに気付いたらしく、固唾を呑んで見やっていた。更にその物体が近づいてくるとその異様さはますます際立っていく、特にカメラマンはカメラの機能を駆使してそいつを鮮明に捉えたらしく、顔を引き攣らせて「なんだよアレ…」とぼやいていた。

 鳥なんかではない、翼というよりももっと大きく広がったそれを鳥類よりも遥かにゆっくりはためかせて飛行するその動きはむしろ昆虫――それも蝶とか蛾のそれだ。だがそんな事はもっとあり得ない、あんな巨大な虫なんてそれこそあり得ない…!

 梨元の耳に填まったインカムから局からの声が届いてくる。「何が見えますか?梨元さん?」スタジオにいるアナウンサーの声がやけに遠くに感じられた。眼下の怪物と言い、何かが起きている、俺達の常識では測れないようなもっと悍ましくて底が知れない何かが…。間が持たないと分かっているのに何一つ声を発する事が出来ない梨元の意識は、しかし唐突に発せられた操縦士の悲鳴で引き戻された。

 

「アイツ…こっちに来るぞ…!」

 

 その言葉が全てだった。突如その飛行物体は鋭角に身体の向きを変えるとこっちに向かって来たのだった。虫みたいな動きの癖に信じられない速さだ、そう思った時にはその異形が取材ヘリの側面、ちょうど梨元のいる位置に張り付いてきた。

 

「うわあぁぁあぁぁぁっっっ!」

 

 その声は自分のものなのか、それともカメラマンか操縦士のものか、それすらも咄嗟に分からない程梨元の意識は混濁に呑み込まれた。蛾?蝶?違う、目の前の物体はそんなモノでは断じてない…!

 

 ヘリの側面に取りついたそれは昆虫のような6つの肢を備えていたが節足動物のそれよりかは人間の手足に近い構造だった。事実ガラスに張り付く手には人間のものに近い指まで確認でき、またそれが生えている体の構造も確かに人間のそれに近いのだ。

 だが皮下組織を剥かれたような赤黒い体表に短い毛をまばらに生やしたそれは明らかに人間のものではない。特にその顔――大きさに比して異様に肥大化し、赤い色に染まった複眼を備えている――は最早バケモノとしか形容しようがないモノだった。黄ばんだ歯牙を剥き出しにしながら蛾人間――《ドクガヴェルノム》が威嚇するように吠えた。

 

「う…うあぁぁぁぁあぁぁぁ…!」

「振り切れ、早く…!」

 

 あまりに常識からかけ離れたバケモノが突如現れた事にヘリ内部は完全な恐慌状態に陥ったが、操縦士は咄嗟に冷静さを取り戻し、乱暴に機体を傾かせて取りつく怪物を振り落とそうとした。当然機内は大きく揺れに揺れ、咄嗟に何かに掴まり損ねた梨元とカメラマンは狭いヘリ内部のドアや天井に散々体を打ち付けられる羽目になった。その衝撃でインカムが外れ、床に落ちる。同じく騒然としている局の様子が届かなくなったと思った矢先、しつこく機体に取りついていたバケモノがユラリと飛び立った。

 なんだ助かったのか…!あちこち痛む体をさすりながら梨元は窓の外に目をやった。《ドクガヴェルノム》はゆっくりと翅をはためかせながら依然こちらを見ていた。遠目にはその姿は確かに蛾と人間が融合した姿のようで、怖気を禁じ得なかった。

 

 次の瞬間、《ドクガヴェルノム》はヘリに向けてその巨大な翅を羽ばたかせた。それと同時に何かキラキラ光る粒子のようなものが放出されたような、と思ったがそれは気のせいではなく、たちまち微細な輝きを放ちながらヘリ全体を包み込んでいった。

 

 なんなんだ一体…!その醜悪な姿に似つかわしくない幻想的な光景に戸惑っていると不意にヘリが大きく傾いだ。今度はなんだ、と操縦席の方に目をやると二人の操縦士が共に喉の辺りを掻き毟って悶え苦しんでいた。操縦する事すら覚束ないらしい、このままじゃ墜落するぞと咄嗟に梨元はせめてなんとかしようと操縦席に駆け寄ろうとしたがその瞬間、梨元も肺に激しい痛みを感じて咄嗟に胸を抑えた。まるで肺を中心に内部から全身を焼き尽くされるような強烈な痛みだった。よく見るとカメラマンも同様らしい、カメラを手放してシートに体を倒しながらのたうち回っているのが見えた。

 本当に何が起きたんだ――!最早機体がどっちを向いてどこに落下しているのかも分からず、痛みにえずく事しか出来ない梨元が最後に見たのは再び機体に取りついてきた《ドクガヴェルノム》の異形だった。

 数秒後機体が激しく叩きつけられた衝撃と共に爆発的に燃え広がった炎が梨元の体を引き裂き、圧し潰し、無情な程の勢いで焼き尽くした。

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 《ドクガヴェルノム》の“毒針”は翅に埋め込まれた微細な鱗粉だ。直径0.01㎜に満たないその毒鱗粉は空気ダクトやエアコン等どんな細かい隙間にでも潜り込み、それが体に取り込まれると全ての《ヴェルノム》の毒がそうであるように人間の体に変異を促すように作用する。極稀に克服して変異に至る人間がいるが大抵は体が耐え切れず死亡する。

 以前どこかの党の若手議員が暴走事故で死亡した事件に関与した際にもそうだが、このように乗り物に乗っている等密閉状態にある場所でも確実に対象を攻撃できるという点でこの《ヴェルノム》の能力は実に便利だ。

 

 操縦士を失い、完全に制御権を失ったヘリは旋回しながら落ちていった。そんな機体に《ドクガヴェルノム》が再び取りつき、その巨大な翅を以てして落下先を制御する。それで落下は止められはしないだろうがある程度落下先をコントロールする事が出来る。勿論フェーズ1であるコイツにそこまでの知性はないのでコントロール主である《バッタヴェルノム》――幹斗がある程度誘導してやる必要があるのだが。元々上手くいったら万々歳のレベルだ、成果は特に気にしていない。

 

 だがその思惑とは裏腹にヘリの落下ルートは予想以上に上手く制御出来たようだ。《ドクガヴェルノム》に運ばれる形で落下したヘリはそのまま482号線を封鎖して現着したばかりの特殊部隊の輸送車、指揮車に直撃した。圧し潰されたヘリと車両が激しく炎上し、ヘリの乗員と隊員の多くは己の死を知覚する暇すらなかった。

 だが悪夢はまだ終わらない、後続車両に乗り合わせた隊員達やほうほうの体で生き残った隊員達の前に突如姿を現した《ドクガヴェルノム》が襲い掛かったのだ。突然降って湧いた脅威に隊員達は咄嗟に応戦したが、放出された毒鱗粉の前に悉く力尽きていった。

 

 どうやら戦果は予想以上のようだ、予想外の攻撃に総崩れとなった警察隊の様子を確認しながら《バッタヴェルノム》は身を震わせた。一方で依然として警察隊相手に防戦状態の健輔の様子を確かめる。いくら《ヴェルノム》と言えども不死身ではない、警察の装備程度で死にはしないだろうがこのまま追い詰められてダメージが蓄積すれば変身解除、なんて笑えない事態にもなり兼ねない。幸いな事に増援の方は《ガロ》の方が足止めしてくれているようだし、ここはひとまず加勢してやるべきなのかと思った所で、先程よりその動きが激しくなっている事に気付いた。

 

 もっと言うなら動きが荒っぽくなり、見境がなくなりつつある。これはそろそろ暴走の潮時か…ならこのまま暴走させるだけさせてみよう、と思った。悪く思うなよ、俺達(ヴェルノム)は所詮そうやって生きていくしかないんだ、言い訳染みた内心を弄びながら《バッタヴェルノム》は暫し目前の状況に視線を注ぐことにした。

 

 




怪人総進撃Ⅱ

もはや仮面ライダーもスカルマンも吹っ飛ばしてモンパニ映画の様相ですが、そういう作風ですので…。
何気にヴェルノムというものに関する詳細を初めてまともに書いた気がしますが。既にお察しの方もいる通り、一部のヴェルノムは「毒針」と呼ばれる攻撃手段を持っており、これで人間を殺傷し、毒に適合すればヴェルノム化します。ここら辺のより詳細な設定はいずれ本編で書くか、図鑑等で説明します。

それではまた次回も怪人総進撃にお付き合いください(違
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