打ち付けるような激しい轟音と共に黒煙が上がった。先程テレビ局のヘリが落下したのは見えたが確かあの辺りには現着したばかりの特殊部隊の増援がいた筈ではなかったか…?彼らは無事なのだろうか、という淡い期待すら打ち砕くほどその黒煙は毒々しく、また無慈悲だった。完全にやられっぱなしだな…と拓務は苦虫を嚙み潰しながら上手く柱に身を潜めながら売店に通じる扉にするりと身を潜らせた。3畳ほどのスペースの狭い売店内部を見渡すとすぐ横に固唾を呑んで周囲に聞き耳を立てている寺坂の姿が、その背後、彼に守られるように4歳くらいの女の子とその父親が今にも決壊しそうな表情で身を強張らせている。
既にこの状況が始まってから1時間以上、何とか来園者の避難を誘導し始めたのと特殊部隊が二体の怪物相手に攻撃を開始したのはほぼ同時だった。その間いち早く現場に到着していた拓務達は制服組と共に来園者の避難に当たっていたのだが、どう見てもこちらの旗色が悪い事は一目瞭然だ。無線に届いてくる声では小さい方――《バッタヴェルノム》の相手をしていた部隊との通信は既に途絶して久しいらしく、どうやら全滅と判断されたようだ。あれ以降姿を見せていないため、今何しているのかは不明だが少なくともまだこの公園のどこかに身を潜めている事は確からしい。
一方で巨大な怪物――《幼体カエルヴェルノム》の方は先程から周囲を包囲しての銃撃が行われているが、一向に倒れる気配がない。銃弾が効いていないようだ、という事に気付いた拓務は背筋がゾッとし、隣にいた寺坂は「バケモノかよ…」とぼそりと漏らした。
ここにいても埒が明かないな、と拓務は思った。あらかた都民の避難を完了させたと思った矢先、ここにいる少女と父親がいる事に気付き、駆けつけたのは良いもののその時にはもう特殊部隊の攻撃が始まっていた。それ以降なんとかこの親子を避難させるタイミングを見計らってこの売店内に隠れている訳だが、こんな事態になって既に30分以上が経過するがこれ以上は幼い子どもの精神が持たないな…。明らかな恐怖が浮き出た少女の表情にと拓務は危機感を覚えた。
とはいえ既に逃げ道はないに等しい。駐車場方面は先程ヘリが墜落した辺りで正直言って危険だ。その手前の公園管理事務所に避難する手も考えたがそれをするには現在戦場となっているエリアを突っ切るに等しい。自分と寺坂だけなら無問題でも民間人にそのリスクを負わせるわけにはいかない。せめて小舟か何かで海に出た方がまだ安全な気さえする…と半ば自棄になってそんな考えに思考が行きかけた時、ふと頭の中で閃くものがあった。海…?
「おい、マップかなにか出せるか?」
「え…?あ、はい出せますけど…」
突然声を潜めてそんな事を問い質してきた拓務に寺坂は一瞬怪訝な表情を向けたもののすぐに気を取り直したように自分のスマホを取り出して渡してくれた。因みに自分のは混乱の最中で紛失したようだ。スマホ上のマップを表示するとGPSで自分達の現在地が表示される。公園内の売店の上で止まっている青い点が俺達だ、そこから周囲を検索し、お目当ての情報をピックアップした。これはひょっとしたら行けるかも知れないな…と乾いた唇をそっと舐める。
「お父さん、次私が合図したらここから避難します。ついてきてくれますね?」
携帯を寺坂に返しながら拓務は目の前の親子、その父親の方に声を掛けた。父親は驚いたような不安なような、それでいて僅かに安堵したような表情で拓務の言葉に目を見開いた。スマホの画面を見ていた寺坂もどうやらこちらの思惑を察したらしい、神妙な顔で頷いた。こういう時勘のいい奴で助かる。
今の状態では避難経路は一つしかない。文字通り海の上を行く道だ。
勿論本当に海原に乗り出そうと言うのではない、この潮風公園は大雑把に分けて二つのブロック、今拓務達のいる太陽の広場と船の科学館を有する噴水広場に分けられる。本来ならこの二つのエリアは橋で繋がっているのだが、現在は老朽化のため改修中となっている。だがまだ人が通れないだけで仮組用の足場くらいは設置されている可能性があるし、何より首都高湾岸線の東京湾トンネルがちょうど真下を通っているのだ、今は作業員以外は立ち入り禁止になっているが、上手く潜り込めればそのまま噴水広場方面まで抜けられる可能性はある。ちょうど特殊部隊の作戦行動エリアとも被らない位置にあるため、抜けるにはここしかないと思った。
「…わ、分かりました…お願いします…」
やはり正体不明の怪物が暴れ、銃弾が飛び交う外に出るのは尻込みするようだ、父親は不安そうな眼差しを向けたが、自分以上に不安に呑まれそうになっている我が子を見て覚悟を決めたのか、ややぎこちないながらも頷いて見せた。
「よぉし…じゃあ行くよ?大丈夫、俺達が絶対に守るから」
外に出るの、と怯えたような色を浮かべた少女に寺坂が笑いかけて、その小さな頭をそっと撫でた。それでも少女の顔色は完全には晴れはしなかったが、目の前で彼がぎこちなくサムズアップを決めるとその口元が微かに安堵の形に変わった。こういう時意識して人を安心させる事が出来るのは自分にはない、寺坂克己という男の才能だな、と拓務は思いながらジャケットの内側を探り、その中にあるリボルバーの感触を確かめた。いざとなったらコイツに頼る事になるが…と気を引き締めた。臆するな、俺は警察だ。寺坂のように人懐っこく振る舞うのは苦手でも市民のために戦う事に掛けては躊躇いはない…。
まず拓務が先行して売店のドアをそっと開けた。視線を太陽の広場方面に向けると依然として怪物と特殊部隊の一団が戦いを繰り広げていた。その距離が100メートル程度しか離れていない事に改めて気付き、拓務はヒヤリとしたものが背中に伝うのを感じた。おまけに先程より心なしか怪物の動きが激しくなっている気がする――いや恐らく気のせいではないだろう、事実奴の周囲を取り囲んでいる特殊部隊の数が少し前に確認した時より減っており、周囲に体を投げ出しているのが確かに見えた。あの怪物が明らかに先程より凶暴になっている、確証はないがなんだかそんな気がした。
拓務は特殊部隊の方を見る。彼らは命を賭して正体不明の怪物と闘っているのに自分はこの場から離れる算段をしている…という罪悪感が一瞬脳裏を掠めたが、拓務はすぐにそんなそんな場違いな迷いを振り切った。自分達にも逃げ遅れたあの親子を早く安全な場所に避難させなくてはならない、特殊部隊の隊員達が自分の仕事を全うしているなら俺達が自分の仕事をしなくてどうする、と弱気を蹴り飛ばすと今度こそ売店のドアを再び開け、親子と寺坂に行くぞ、と合図した。父親も覚悟を決めたように頷くと少女を抱えて立ち上がり、寺坂は拓務と同じようにリボルバーを取り出すと殿に付いた。
「成澤さんが先導お願いします、後ろは任せてください」
リボルバーの様子を確かめながら寺坂は不敵に笑ってそう言った。後輩に危ない橋を渡らせるのは忍びなかったが議論の時間が惜しいため、ここは素直に従う事にした。拓務は親子の手を引いて建物の裏手に回った。周りの木々もあって意外と身を隠せる場所は多いし、工事関係者用の入り口までざっと60メートル前後、よし行けると確信し、動き出そうとした――その刹那。
少女が背負っていたリュックサック、その横にぶら下がっていた防犯ブザーの紐が切れたらしい。地面に叩きつけられた拍子にスイッチが入ったらしいそれがけたたましい高音を鳴り響かせた。
拓務は心臓が飛び出すような感覚を覚え、咄嗟に怪物の方を見た。児童の安全のために設計されたブザーはそれなりの距離まで届く。まさか奴に気付かれてはいまいか…!ここから100メートルと離れていない場所に位置する怪物の方に目を向けた時、最悪な事にこちらに気付いたらしい《幼体カエルヴェルノム》と目が合った。
怪物の目はどこか人間のそれを想起させる色をしていたが、同時に爬虫類か何かのように濁った凶悪な色を宿していた。
呆然としている父親の表情をじれったく思い、その手を掴んで意地でも走り出した。敢えて後ろは振り向かないようにしたが先程チラッと見えた背後ではこちらを捉えたらしい怪物が走り出したのが見えた。マズイな、逃げられるか――?焦燥に駆られながらそんな考えが過った直後乾いた轟音が木霊した。風に乗ってきた硝煙の臭いに背後を振り返るとリボルバーを構えた寺坂が怪物と拓務達の間に仁王立ちしているのが見えた。
「行ってください、ここは俺が…!」
覚悟を決めたように寺坂が叫ぶ。拓務がしかし…と躊躇っている間に銃声に反応したらしい怪物が雄叫びと共に走り出した。巨体に似合わぬ俊敏な動きに一瞬絶句したが寺坂は全く怯む事無く二発目のリボルバーを発射した。
その音から数瞬遅れて怪物の動きが止まった。同時にその頭部からパッと赤黒い花が咲いたように何かが飛び散った。それが怪物の血だと悟ったのは奴が右目の辺りを抑えて苦し気な咆哮を上げたからだ。やけに人間臭い声だな、と場違いな感想を抱いたのも一瞬、拓務はこれは好機と捉えて、素早く親子の手を引きながら今度こそ走り出した。工事用入口を蹴り倒して無理矢理中に入る。案の定工事用の資材が積み重ねてはあるが十分通れるだけのスペースがあった。
「行ってください、ここを出れれば湾岸署の方に出れます。そこで保護して貰って、良いですね?」
言い聞かせるように父親にそう言い聞かせた。彼はやや躊躇うような顔をしたが拓務の表情と娘の顔を交互に見渡すと申し訳なさそうに「ありがとうございます…」とそう呟いて踵を返して行った。
本当はこのまま先導するのが警察の責任なのだろうが、寺坂を残してはいけないし、怪物をあちらに寄越す訳にはいかない、やはりここは俺達が食い止めるしかないんだ。そう覚悟を決めて拓務はそこら辺にあった資材で素早く出入り口を塞ぐと寺坂のいる方に走り出そうと振り返ったその刹那――ほんの数十メートル先、片目から血を噴き出しながら雄叫びを上げる怪物とその視線の先で尚も拳銃を構える寺坂の姿が映った。迫る《幼体カエルヴェルノム》に対して寺坂は拳銃を撃って応戦するが、先程のように運よく急所を掠めることはなく、その皮膚に虚しく弾かれる。それでも引き下がらない彼に対して怪物は五月蝿い羽虫でも追い払うように――広げた右掌を彼に向けて振り下ろす――。
「逃げろっ、寺坂…!!」
拓務はあらん限りの声で絶叫した。その声で寺坂は自分の存在に気付いたらしい、一瞬こちらを振り返ったその顔は存外晴れやかだった。
「なんで戻って来たんスか…?」
呆れたような表情で彼はそう呟いた――気がする。その後の一連の光景は拓務の目には酷くスローモーに映った。直後怪物の大きな掌が文字通り寺坂の体を叩き潰し、水風船か何かが破裂したかのように辺り一面に真っ赤なモノが撒き散らされた。それはやけに生暖かい温度を以て飛散し、十数メートル先にいた拓務の頬とワイシャツを汚した。
怪物が満足したかのようにゆっくりと手を上げた。掌に掛かった粘度のある液体が滴り、その真下には圧力で圧し潰され、軟体動物の死骸のようになった見慣れた姿が――!
「うおぉおぁあぁあああああぁぁぁぁぁあぁぁぁぁっっっ!!!」
喉が破れ、血が飛び散るかのような凄惨な呻き声が木霊する。それが自分のものだと気付いた時には拓務はもう両手に携えたリボルバーを発射していた。しかし放たれた弾丸は怪物の皮膚を貫通する事無く肩の辺りに当たって跳ね返った。怪物は蚊に刺された程度の表情で拓務の方を一瞥する。先程寺坂の拳銃で穿たれた筈の右目すらも既に血が凝固してさほどのダメージにすらなっていないようだ、その事実がますます拓務の心を逆撫でした。
「この…バケモノがぁぁっ…!」
マグマのような怒りと憎しみに駆られて拓務は引鉄を立て続けに引いた。だが精神力が銃弾の威力を向上させるなんて漫画みたいな出来事がある筈もなく、結果は変わらない。怪物もいい加減鬱陶しくなったのか、右の拳を握り込むと先程そうやって寺坂を叩き潰したように拓務に向けてそれを振り下ろしてきた。
だが怒りで頭に血が上っている拓務にはその動きがやけに鈍く見えた。自分でも驚くほどの勘の良さで即座に飛び退き、怪物から距離を取ろうとした。だがその巨大な拳を避けたと思った次の瞬間台風でも吹き荒れたかのような風圧が拓務に殴りかかってきた。怪物の拳が地面を抉り、その衝撃波が襲い掛かったのだと分かった時には拓務の体は木の葉のように吹き飛び、その先にあった木々に激しく叩きつけられた。
その反動で内臓に傷を負ったらしい、口から赤い鮮血が呼気と共に吐き出された。電波の乱れたテレビのように激しく明滅する視界の先に今度こそ仕損じた獲物に止めを刺そうと怪物がゆっくりと歩を進めて来るのが見えた。
…どうやら俺もここまでらしい。ハッキリしない意識の中でそう思い、実際今にも途切れそうな意識の中でそれでも拓務はここで終わってたまるか、そう峻烈に思った。
目の前の怪物がナニモノなのかは知らない、だがコイツを放置すれば被害を被るのは間違いなく罪もない無辜の市民であり、彼らを守るための警察官達も否応なしに傷ついていくと言う事だ、そんな事は断じて容認は出来ない。
口元や額から血を噴き出しながらも拓務は木を支えにして立ち上がる。目の前の怪物を睨みつけ、再び銃口を向けた。
だがその直後こちらと対峙していた怪物の動きがピクリと止まった。撃ち抜かれていない左の眼が僅かに揺れた。
なんだ一体――?血が抜け茫洋とする意識の中で拓務は思った。まさかこちらの気迫に気圧された、なんて漫画みたいな事態ではないよな、と考えている間に怪物は周囲に目をやった。その視線が潰された寺坂の遺骸を認めてピクリと止まるとその巨体は明らかに動揺したようにワナワナと震えだす。目の前の現実を受け入れられないように頭を振り、やがて自分の右掌に行きつく。そこにべったりと貼りついた赤い血糊を認めると口元から小さく声を漏らした。
「―ゥゥう…」
苦しんでいるようなその声色に拓務は訝しんだ。怪物はその事実を拒絶するように頭を掴む。その行為で頭部の傷が開いたのか再び右目から重油のような黒い血が溢れ、怪物の掌を濡らし、既にこびりついた寺坂の血と混ざっていく。赤と黒のまだらに染まったその手を見つめ、怪物がやがて決壊したように叫んだ。
「――ウ〝ア〝ァ〝ァ〝ァ〝ア〝ァ〝ァァァァ!!!あ〝あぁぁあぁぁぁぁぁっっっ!!!」
ただの獣の咆哮とは違う、もっと根源的な所で人間臭い、更に言えば目の前の苦しみ、罪の意識に叩きのめされた人間が発する悲痛な叫びだ。以前取り調べの際に深く、自分の行いを悔いていた犯人は全てを洗いざらい吐いた時にこんな声を出していた。その事に拓務は愕然とする、何なんだコイツは…そんな声を出したら
怪物は膝をつき、懊悩するように体を縮こまらせた。両手で頭を抱え、自罰するかのように付近の木に体を打ち付け始める。その衝撃と嘆きの声が空気を震わせた。
そして異変は始まった。怪物が身を縮まらせるようにしたと思ったのと同時に全身から急速に冷気のようなものが発せられ始め、それに呼応するようにその体が収縮していく。黒い皮膚は人に近い肌色に染まり、特徴的だった尻尾はアポトーシスのように体に吸い込まれていく。
冷気が完全に収まったと思った時、果たしてそこに倒れ伏していたのは痩せ型の人間――それも間違いなく男の姿だった。目の前の光景に拓務は本日何度目かの異常事態に目を見開く。怪物だった男は呻くように体を震わせながら、片方が潰れた目で救いを求めるかのように拓務を見ている。頬のこけた坊主頭の青年だった。どこか不健康そうな印象のあるその顔立ちにどこか見覚えがあるな――と思ったのはほんの僅かの事で次の瞬間、青年は糸が切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。
なんなんだ本当に――。すぐに目の前の事態が呑み込めず、呆然とその光景を見ていた拓務だったがすぐに我に返ると痛む体を無理矢理にでも引きずって青年の傍に駆け寄った。その体を起こし、素早く生死の確認を取り、どうやら生きているようだと息を吐いたのも束の間、青年の顔を改めて見やった。見た所20代前半くらいのようだ、ぐったりとして動かないその顔を一瞥し、やはり知っている顔だなと確信を改めて持った。そんな事を思っていると先程まで怪物と交戦していた特殊部隊の隊員達3人が拓務の元に駆け寄ってきた。一人は脚を引きずっており、もう一人は肋骨の辺りを抑えながら隊員の一人を抱えている。どうやら生き残りは彼らだけらしい。
脚を引きずっていた男が拓務の方に来るとその顔を覆うマスクとゴーグルを取り払った。30代半ばと思しきその男も目の前の光景が信じられないらしい、ハッキリと戸惑いの色を浮かべながら拓務と青年の顔を一瞥した。
「な…何がどうなってるんだ…?俺にはあの怪物が縮んで人間になったように見えたんだが相違ないか…?」
確かにそう見えたのだが目の前で見ていた自分自身未だに信じられないのは確かだ。拓務は恐らく、と曖昧に頷いた。とにかくこの青年に話を聞いてみなければならないな、と思い立った拓務はとにかくここを退こう、と示して青年を背負った。脚を引きずってる隊員も手を貸してくれた。
だが目の前の異常事態に気を取られている時こそ、注意が散漫になりやすい。だからこそ木々の間を縫って駆け抜けてきた影に気付きのが遅れた。何かの気配を察知した時には既に《バッタヴェルノム》が飛び出し、肩を支えてくれていた隊員の体を切り裂いていた。
もう一体の怪物か――!目の前の事態に気を取られてその存在を完全に失念していた己の迂闊さを拓務は呪った。素早く拳銃を抜き放ち、《バッタヴェルノム》に向けようとしたが向こうの方が早かった。その鋭い爪がギラリと閃き、銃口ごと切り裂かれた。なんという力だ――戦慄する拓務の反応の隙を突き、怪物は鋭い爪を以てして今度は自分を切り裂こうと腕を振り上げた。
「さぁせるかぁぁぁぁっっっ!!」
しかしその貫手は最後まで果たされる事はなかった。横合いから特殊部隊の隊員が渾身のタックルを《バッタヴェルノム》に浴びせてきたのだ。僅かにその体が傾いだのを見逃さず、もう一人の隊員がその胸板に持っていたサブマシンガンを押し付けた。
「これでも…喰らえぇっ…!」
直後至近距離で放たれた弾丸がその体に残らず、吸い込まれ《バッタヴェルノム》は激しく吹き飛んだ。しかしてそこまでやってもなお致命傷には至らないらしい、胸部から血を滴らせながらも怪物はすぐに空中で態勢を立て直し、地面に着地してみせた。だがその直後その怪物の足元にリンゴ大の大きさをした丸い物体がゴロリと転がった。それがなんなのか認識するより前に「伏せろ!」の怒号と共に隊員が覆いかぶさり、それに一拍遅れて劈くような轟音が耳朶を貫いた。
流石に至近距離でまともにスタングレネードを食らったのは如何な怪物と言えど堪えたらしい。むしろなまじ常人より視覚や聴覚が鋭敏なのかかなり効果があったようだ。好機、と隊員達2人は即座に各々が持っていたサブマシンガンとピストルを構えた。拓務も音響のダメージを振り払って立ち上がると手に持ったリボルバーの銃口を《バッタヴェルノム》に向ける。
今なら奴は無防備だ、一斉射撃でここで仕留める――!
全員が同じことを考え、一斉にトリガーを引き絞った。
だが次の瞬間――!
そうして放たれた弾丸だったが、怪物に命中する直前になって上空から急降下してきた物体に命中し、全て遮られる事になった。本日三度目となる闖入者の姿に拓務と隊員達は絶句した。その姿は――またも人間ではない、新たな怪物だ。
一見すると翼を袈裟懸けに纏ったような意匠が目に付く――さしずめ鳥人間と言った所か…。まだこんなのもいたのかよ…と一同は歯噛みした。まるで怪獣映画のように次から次へと異形の怪物たちが現れるこの状況は一体何が起きているんだと思わずにはいられない。
鳥人間――《モズヴェルノム》はゆっくりと拓務達の方に左手を掲げた。何か来る…と身構えた直後、だらりと持ち上げたその手が開かれた。まるで止そう、とそう言っているように見えた。明らかに人間らしい挙動に一同が戸惑っていると鳥人間は《バッタヴェルノム》の方に向き直った。
「退け。これ以上の事はこちらとしても許可出来ない…だそうだ。」
喋った――。その事実に拓務達は愕然とした。目の前で巨大な怪物が突然人間の姿になった事も驚きなら、それとは別の怪物は今度は流暢に日本語を操ってみせたのも驚きだ。まさかコイツ等の正体は人間だとでも言いたいのか…その可能性に一同は戦慄する。
「おいおい…そう急くなよ…せめてここにいる奴らだけでも全員始末しとかないと…だろう?」
やはりというか《バッタヴェルノム》もそう口を開いた。怪物の声は分かりにくいのだがなんとなく鳥の方が年配なのに対してコイツは若い男の気がする、とそう感じた。
「ふん…お前の勝手のせいで既に全国ニュースだ、今更機密もヘチマもない。第一…もう何の意味もない…」
憤然と呆れたように《モズヴェルノム》は息を吐いて明後日の方向をチラリと見やった。その意味ありげな仕草に拓務達と《バッタヴェルノム》もその先に視線を向けた。轟音と共にそれが飛び込んできたのは次の瞬間だ。
船の科学館方面、先程親子を逃がした辺りの入り口から工事現場の壁を粉砕してそれは飛び込んできた。先鋒を務めたそれは漆黒に塗装された大型車両、そして後方から続く形でそれよりは僅かに小さい装甲車両が二台。それらが怪物たちを包囲するように陣形を組んで停止すると共に新たな特殊部隊隊員達が一斉に降車し、サブマシンガンを構えた。一瞬警察の対テロ特殊車両とその部隊かと思ったが、立ち振る舞いも威圧感も明らかに日本警察のものではない。
「お前たちは完全に包囲されている。言っとくが逃げ場はないぞ…」
警察車両の外部用無線機のスイッチが入ったらしい、戦場に男の声が響いた。この声は照原警視正か…と拓務は思った。よく見ると特殊部隊の先陣に立っているのは深町マリアとか名乗っていたあの女だ。
「流石にこの数を相手にする暇はない。分かったらさっさと退くぞ」
「ちぇっ…仕方ないか…」
肩を竦めながら《バッタヴェルノム》が腕白小僧のようなリアクションを取る。それと同時に上空からもう一つの影が飛来する。先程テレビ局のヘリを叩き落としたバケモノ――《ドクガヴェルノム》だ。そいつは二人の怪物の間に着地すると威嚇するように周囲を睨みつける。これでこの場に集った怪物は計3体、意識を失っているあの青年も含めれば4体か…。凡そ現実とは思えない、映画のような光景に拓務達は固唾を呑んだ。
「
「…アイツまで動いてるのか…仕事熱心なこった…」
会話から察するに逃げる算段らしい、しかもどうやらこの包囲網を逃げおおせる気でいるようだ。随分舐めた態度だ、と彼らを包囲する特殊部隊の中に微かな苛立ちの気配が立ち込める。「そんな事が出来ると思って?」深町が鋭い声を投げ掛けた。
「言っとくけどこれで全力だなんて思わない事ね。貴方達は殺しすぎた…ここから先はお目こぼしは効かないわよ?」
その声に呼応するように彼女の盾になるように隊列を組んでいた隊員達が一斉に銃を構えた。それは明らかに警察が所有するレベルのものを超えている、軍用のアサルトライフル…明らかにこの国においては「攻撃的」に過ぎる代物だ。それを構える彼らの動作にも一切の躊躇と迷いがない、命令があれば捕縛だの確保だのそんな小難しい事は一切考えず標的を殲滅する事を厭わないだろう。
「なるほどな…面白い…!」
《バッタヴェルノム》のその異形の相貌を崩すようにほくそ笑んだ――気がした。その次の瞬間、その体から冷気のようなものが放たれ、急速に気が抜けるように萎んでいくように見えた。先程の巨大な怪物の時と同じだ、まさか――拓務がそう思った時には《バッタヴェルノム》の姿は消え去り、怪物達の中心には一人の青年が佇んでいた。特殊部隊はおろか深町や怪物達でさえ一瞬何が起きたのかを認識出来ずに呆気にとられたような視線を目前の人物に注いだ。
怪物の姿からは想像もつかない、どちらかと言うと線が細く若い男だった。やや眦の下がった瞳にいっそ中性的でさえある整った造作は口元に柔和な笑みを浮かべている。その姿に拓務は息を呑んだ。少し前に深町が捜索を依頼してきた人物――写真に写っていた姿よりやや年月を経ているような気がするが――山城幹斗に相違なかった。
「…なんのつもり?人の姿になれば私達が撃たないとでも?」
「まさか…。アンタにそんな殊勝な心掛けは期待してないよ…アンタの子飼い共はどうだか知らないけどな…」
目の前に佇む、いっそまだ少年とさえ形容できそうな男の挑発的な姿勢に深町は一瞬たじろぐような表情こそ見せたが、強硬な姿勢は揺らがないようだ。だが彼女の周囲に立つ特殊部隊の方は別だ、異形の怪物が明らかな人の姿に変わった事に動揺を隠しきれないようだ。深町はグッと唇を嚙みしめた。
「…それに…陸地にばっか気を取られすぎじゃないか?周りがお留守なのは良くねぇな…」
嘲弄的な笑みを浮かべながら幹斗は指を海の方に向けた。なんだ、と釣られるようにその指先に目を向けた拓務と深町は思わず息を呑んだ。中型クラスのプレジャーボートがここから600メートル程の距離にてこちらに側面を向けて停泊していた。個人所有と思しきフィッシング船だろうが後部のスターンデッキに乗り込んでこちらを見ている一団が迷い込んだ民間人な訳がなく、大方意図的にボートを拝借して様子を窺おうとしているマスコミとか配信者の類だろう。あの距離ならこちらの様子はばっちり捉えた事が出来た筈で恐らく人間としての姿を晒した山下幹斗の事もばっちり見ていた筈だ。恐らく上空に封鎖令が出たか何かで現場を見れなくなったから、それなら海から…とでも考えたのだろうがそれにしたって迂闊にも程がある…!
「全く…この国の連中はああいう奴らに甘すぎよ…」
唾棄するように深町が紅い唇を歪めた。対照的に幹斗の方はさも可笑しそうに微笑み、「良いじゃないか、これで俺達は楽できる」と呟いた。
次の瞬間、それが合図だと言わんばかりに《モズヴェルノム》が動いた。その体が一回り程大きくなったと思うと両腕を巨大な翼に変形させ、同じく鳥そのものになった肢で倒れている青年――土枝健輔の体を掴み、飛び上がった。凄まじい風圧が拓務達に襲い掛かり、それと共に幹斗に脚を掴まれた《ドクガヴェルノム》も飛び立っていた。
「逃がすか…撃てっ…!」
ふわりと飛び上がった異形達を睨みつけながら深町が叫び、当然それに応えて特殊部隊達は携えたアサルトライフルを発射した。迷うことなく生身の山城幹斗の方に放たれた鉛弾は本来なら一瞬でその華奢な体をズタズタに引き裂く筈だったが、残念ながらそれらは彼に到達する前に素早く前方に割り込んできた《モズヴェルノム》によって全て防がれた。脚に抱えた健輔をしっかり守りつつ、その巨大な両翼で弾丸を全て受け止める。その強靭さに一同が戸惑いを覚えた隙をついて《モズヴェルノム》は翼をはためかせ、自身の弾丸――鉄の如き強度を持つ羽を地上に向けて発射した。
強烈な旋風と共に放たれた羽弾は音速の速さを以て隊員達に襲い掛かった。深町も含めた何名かは咄嗟にジェルラミンシールドに体を沈めて、その驟雨から身を守ったが対応しきれなかった者達は無慈悲にボディアーマーごと体を貫かれた。なんとか身を守った隊員達が即座に攻勢に転じようとした時には二つの空飛ぶ異形は東京湾の方に飛び去り、件のプレジャーボートへと襲い掛かっていた。
・・・・・・・・・
呑気にこちらを凝視していたプレジャーボートまでの距離は凡そ600メートル程、《ガロ》の飛行能力を持ってすればほんの僅かな隔たりでしかない。その細い肢に掴まったまま一気に海上を駆け抜けた幹斗は十分な位置に近づいたと思った瞬間一気に体を跳躍させて、プレジャーボートの後部甲板に降り立った。船に乗員は操舵主も含めて3人、元々人が数名乗れば満員レベルの狭い甲板に人が着地すれば動転は必死で元々乗り合わせていた男達――持ってるカメラがマスコミのものにしては些かちゃちなものなので恐らく配信者の類か――はいきなりの闖入者の登場に面食らったのか、揺れる船体に掴まりながらもこちらを凝視していた。それはそうだろう、向こうの様子はこちらからばっちり捉えていた筈で、つまり彼らの目線ではバケモノが突如人間になり、それが別のバケモノに掴まって自分達のボートに飛び乗ってきたという事になる。あまりの事態に声も出せず御池の鯉よろしく口をパクパクさせている男の胸倉を掴んで、無理矢理引き起こすと彼の持つカメラを覗き込んだ。
「コイツは録画か?それとも生配信?」
「な…なんなんだよお前は一体…」
事態が上手く呑み込めないのか男は四の五の言っていたが幹斗が指をぱちりと鳴らすとそれを合図に《ドクガヴェルノム》が操縦席の屋根に着地し、威嚇するように唸り声を上げた。答えないとコイツをけしかける、と言外に告げた意図を察してくれたようで男は「…ライブだ」と低く呟いた。幹斗はその返答にニヤリとする。つまりこの状況は今頃全国に筒抜けという訳だ、話題のためなら危険も辞さない今の動画配信者達には心から感謝しよう。
「ちょうど良いな、今から俺が言う事流せ。一字一句漏らすなよ?」
カメラを構えていた男とパソコンを弄っていた男、それに操舵主の3人は一様に困惑した顔になった。配信にいきなり割り込んできた怪物人間の要求を聞くべきかなんなのか考えあぐねてるようだ。やがてノートパソコンを動かしていた男が恐々と「アンタ何者だよ…」とぼやいた。
「山城幹斗。またの名を《スカルマン》」
カメラを持っている男の顔が凍てついたように固まった。恐怖、混乱、困惑、興味…様々な感情が去来しているであろう事が窺える。日本を騒がす稀代のテロリストになにか協力したら警察から睨まれるのではないか、そもそもコイツが本当に《スカルマン》なのか、コイツは本当に人間なのか、いやそれでも脅されたという事にして応じれば良いのではないか、上手くいけば配信が相当盛り上がる筈だ…とか今頃恐怖と理性と下心で皮算用してんだろうが…。
「何する気だよ…」
やがて諸々観念したのか男がおずおずとマイクを差し出して、カメラをこちらに向けてくる。話が早くて助かるよ、と幹斗はニヤリと嗤うとカメラを覗き込んだ。視聴者の反応がリアルタイムで伝わってくるらしい、横でパソコンを視聴していた男が興奮したように息を吐いた。ならもっと興奮させてやるよ、と幹斗は意気込んでマスクに向かって声を張り上げた。
「俺の名は《スカルマン》。せっかくだから宣戦布告といこうじゃないか、仮初の平和に浸る退廃の街よ…。あかつき村の一件は終わってない、俺達は帰って来たぞ、《ヴェルノム》としてな!」
あかつき村、というその単語に男達も意表を突かれたように身を竦ませた。まるで幽霊でも見るかのようなその視線に少しばかり溜飲が下がった気がした。幹斗は猶も続ける。
「あの件は決して不幸な事故なんかではない。全ての事は意図的に引き起こされ、俺達村の住民はそれを隠匿するために死亡扱いとなった…。俺達は生きてる、それが真実だ。そして今のこの世界は嘘で塗り固められた秩序の上に立つ紛い物だ!」
恐らくこの動画を見た所で大半は本気になどしないだろう。神樂の奴らは一斉に噂を揉み消しにかかるだろうし、怪物の存在は別としてもこんな非現実的な話をすぐに鵜呑みにするほど、世間というものも甘くはない。だが今はそれで良い、投げ掛けられた波紋は確実に広がり、やがて全体に広がっていく。
「宣告してやる。《スカルマン》最後の大舞台だ、3日後始まりの地でもう一度花火を上げる。止められるものなら――止めてみな…!以上、配信終わりっ!」
言うが早いが幹斗は即座に自分を映していたカメラを掴むと海に放り投げた。それで配信は途絶したらしい、画面を見ていた男が「あぁっっ…!」と情けない悲鳴を上げた。これで良し、後は野となれ山となれだと心に整理を付けると船に乗る三人の男達の方をぐるりと見渡す。彼らは一様に顔を青くし、怯えの色を浮かべていた。頼む殺さないで…戦慄いた口元からそんな声が漏れたように聞こえた。次の瞬間男達は幹斗に瞬く間に胸倉を掴まれ、悉く機材ごと海の上に放り出されていた。
「ケーサツに拾ってもらいな、それじゃどうもありがとう!」
海中から顔を上げてなにやら抗議の声を上げている男達に軽くウインクすると幹斗は船を始動させた。船が走り出したのと同時に飛行形態を解除した《モズヴェルノム》が健輔を抱えたまま、後部甲板に着地してきた、と思った次の瞬間にはその姿は千鳥のものに戻っていた。鋭い眼光を歪ませ、呆れたと言わんばかりに呟く。
「今度同じことやったら頭の形が変わる程殴ってやる。分かったな?」
俺は本気だぞ、と顔中で語るその様が実に可笑しくて幹斗は思わず声を出して笑った。駆け抜ける潮風の如く、実に清々しい気分だった。恐らくあの御方(バカ)も今頃パニックに陥っているだろうし、《ナイトレイス》の反応も実に気になる所だった。この先も様々な面倒が待っているだろうが今はこれで良い、俺を縛り付けようとする《ラスプーチン》からも俺を殺そうとする“神樂”からも今は自由だ、それが何よりも心地良い。
「賽は投げられた…。さぁ俺を止めに来いよ、柚月…哲也…!」
離れていく東京の街並みに目を向ける。きっとあのどこかにいるであろう二人に向かって幹斗は叫んだ。
・・・・・・・・・
「逃がすな、海上警察に協力を要請するんだ!」
プレジャーボートに乗り込んだ山城幹斗が何かやっていたのかは分かったが、そこから1分もかからずに船は元々乗り込んでいた乗員を放り出すと脱兎の如く発進し出した。途中で鳥の怪物も合流し、瞬く間にその機影は遠くなっていく。逃がしてなるものか、と照原警視正が声を張り上げているが、果たしてそう上手くいくだろうか…と拓務はうっすらと思った。
検問を敷くなどすれば陸路の封鎖は容易いが相手は船だ。このままバカ正直に東京湾の外に遠洋航海に赴く筈などなくなく絶対にどこかで水路や河川に逃げ込むと考えられるし、生憎と東京はそのための運河や河川が死ぬほどある。おまけにアイツらは飛べるのだ、適当な所で煙に巻いたらそのまま空におさらば、なんて事にもなり兼ねず、そうなったら航空警察でも導入しなければ探索は難しい。ある意味やられたな、と歯噛みする。
「ええいっ!」
不意に苛立たし気な声が静寂を破った。見ると忌々しそうに深町マリアがヘッドセットを放り捨て拳を震わせている。というより単に癇癪を起して八つ当たりしているようにしか見えないその姿に不意に拓務はむらりと反感がこみ上げてくるのを実感した。
思えばこいつらは終始何かを知っているような感じだった。歯抜けにした参考人とやらを探せという怪しい任務を仰せつかったと思ったらその内の一人が怪物となって現れ、この惨事を引き起こした。ひょっとするとコイツ等は何か知っているのかも知れない、《スカルマン》も怪物も、とにかくこの1から10まで何もかもが訳の分からない事態の裏にある得体の知れない物の正体を。
理性が根拠のない類推で、仮にも上の人間に噛みつくのは寄せと目一杯叫んでいたが構うことはない、元よりこちらは同僚を殺されて苛立ってるんだ、と激情に身を滾らせながら、拓務は深町の方に歩み寄るとその細い両肩を掴んでいた。ハッと振り返ったその相貌に「何がどうなっている!?」と叫び散らしていた。
「お前らは何を隠しているんだ!?あの山城とかいう男が怪物に変身する事も知ってる風だったな、奴は《スカルマン》となんの関係が――」
「奴が――山城幹斗が《スカルマン》よ、それは間違いなく…!」
鬱陶し気に拓務の手を振り払って深町もまた吠えた。苛立たし気に髪を掻き毟るその姿になんでか拓務は激情がしおれていくような心地がした。別にコイツの気持ちが分かったとかそういうのではなく、単に綻びを見せた表情に、コイツも同じ組織人なんだな…と実感を得たから、それだけの事だ。
「おい、そこまで伝えてしまっては…」
こちらの様子を心配そうに窺っていた照原が気遣わし気に声を投げ掛けたが深町は「良いのよもう…」と諦めたように溜息を吐き、目元を隠していたサングラスを外した。
「今更機密もへったくれもないわ…。これ以上の秘匿は無意味だしね…」
最早覆い隠す事など無意味、そういう意思表示のようだった。深町はサングラスの下に隠された青い瞳を拓務に向けた。怜悧な視線は「聞いたら後戻りは出来ないわよ?」という最後の意思確認を求めていた。嫌も応もなく、それが必要な事なら…と拓務は頷いた。
「バカね…貴方は…」
仕方ない、とばかりに肩を竦ませた深町は拓務の傍らに目をやった。その視線に追従すると先程拓務と共に戦った特殊部隊の隊員達がどうにか体を立たせながらこちらを見ていた。
「ここでは話せないわ…ひとまずここを後にするのが先決よ」
上空から航空警察のものと思しきヘリのローター音が聞こえてきた。ひとまず今の戦災は終結した、いや終わりではないか、むしろここから長い一日になりそうだと思った拓務はそう言えば携帯を紛失したままだった事に気付いた。暫く母にも連絡できそうにないし、あの従弟の事にも気を回してる余裕はなさそうだ、と漠然と思い、溜息を吐いた。
とりあえず今回はここまでです。一旦怪人総進撃もひと段落という事で次回は久しぶりに(一応)主人公が登場します。
とりあえず次回以降はこれまで示してきた謎の類が一気に明らかになると思います。お見逃しのなきよう。
それではまた次回。