仮面ライダー:RE   作:大荒鷲

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CHAPTER-2:『REvengerⅡ』‐⑧

 例えこの星から人類が死に絶えたとしてもそれでも地球は変わらず回っているだろうし、更に言うなら地球そのものが無くなったとしても太陽系に特に支障はない。なんだったら銀河系はそれでも動き続ける、虚しい事にそんなモンだ。星という我々からしても巨大に過ぎる単位でさえ宇宙レベルからすればそうなのだ、畢竟人の社会だってそんなモンなのは当たり前なのだろうが…

 

 なんで不意にそんな事を思ったのかというと…。

 

「ネットニュースでもSNSでも良い、直接聞きこんできても構わんからもっと確度のある情報(ネタ)持ってこい!」陣内実篤が怒鳴った。

 

〈どうせ何拾ってきても文句言う癖に…〉原アニクが画面の向こうで大仰そうに溜息を吐いた。

 

「はぁ…全く…怪物とか幽霊とかばっかし…。オカルト雑誌やってるんじゃないっての…」貴志田衛がぼやいた。

 

「って言うか編集長うるさい!ポッドキャスト始まるんですけど!?」櫛浜静梨が怒鳴り返した。

 

「なんだとうるさいとはなんだうるさいとはっ!」陣内が更に怒鳴り返した。

 

 僅か5人しかいないオフィス内で主に陣内実篤が誰にともなく怒鳴り散らし、静梨がそれに抗議の声を上げ、久々に編集業務に駆り出された貴志田はそのやり取りにうんざりした様子で黙々とキーボードを叩いている。陣内と静梨の不毛な舌戦が過熱すれば即座に早苗の御仕置きブザーが鳴り響き、それで黙らされるが暫く経つと結局元の木阿弥。真琴はうんざりだと露骨に大息を吐いたが、それにしたって陣内の怒号や静梨の絶叫に掻き消されて碌に響き渡りもしない。

 レイニージャーナルは目下の所激戦の真っただ中だ。社員の一人が行方不明だというのにそれでも仕事は回ってくるし、自分達はそれを捌いていくしかない。分かっている事でも何かとやるせない、と真琴は思う。

 

 勿論皆誰も彼も心配してない訳じゃない、静梨は哲也が行方不明と聞くや否や真琴の携帯に繋がるまで何回も掛けていた程だったし、貴志田もその間に警察などに掛け合ってくれていたようだ。陣内もこういう時こそ落ち着くんだ、と皆を諭してはいたものの内心ではかなり動揺しているらしく、自分が一番落ち着きが無くなっていたり、無理して仕事に没頭しようとしては心ここにあらずと言った風情になっている。

 それはとにかく中野区での集団行方不明&《スカルマン》出現のニュースに関しては警察の公式発表が「依然調査中」と不明瞭な点が多すぎる上に一部ネット上で「謎の怪物が出現した」という奇妙な目撃証言が相次ぎ、それに対してカウンター気味に「奇妙な言説に注意せよ」という触書がどこからともなく湧き上がればネットを中心に憶測が憶測を呼ぶ事態になるのも必定だ。そして元よりリスナーからの情報をもとに「大手にはないフットワークの軽い取材」をモットーにしているレイニージャーナルに多数の情報が寄せられるのもまた必定だ。

 

 SNSに広まっている情報を「市井の反応」という形で取り上げるのはWEBメディアの常套戦略だったがウチは生憎陣内がそういう手抜き記事を嫌うため、しっかりと取材や情報のファクトチェックを確認するので仕事量は多い。ましてやそんなこんなをやっている内に今朝方潮風公園に突如怪物が二体出現した、という冗談みたいなニュースが飛びこんできたのだった。テレビを見ている内に怪物は一体、また一体と増えた挙句に《スカルマン》を名乗る青年が突如犯行予告染みた動画をネット上に挙げたとあればネットを中心にメディアも市民も騒然となり、必然社内もますます混乱状態に陥って今に至るわけだ。一応警察にも相談してはみたもののやはり現状の事件の事で手一杯なのか、あれから二日間、成澤哲也の行方は杳として知れない。

 

 正直手詰まり感が強いと真琴は力なくデスクの上に上体を投げ出した。静梨が「マコちゃん行儀悪い」とツッコミを飛ばしてくるがあまりの無力感に恥も外聞も知ったこっちゃない、それが今の偽らざる心境だった。

 

〈ビックリするくらい情報が出てこないな、こりゃあケーサツの方でもサイバー対策課かなんかが監視してるかも知れない〉

 

 モニターの向こうにいるアニクが淡々と報告を飛ばす。しかして冷静なようでどことなく切迫した色を帯びているように聞こえるのはやはり哲也の件があるからだろう。もしかしたら昨夜からずっと寝てないのかも知れない、浅黒い肌の目元にうっすらと隈が浮かんでいる様子から真琴は何となくそう察した。

 

 レイニージャーナル第7の社員、原アニクは哲也と同じ24歳、名前や肌の色から分かる通りでインド人とのハーフで現在絶賛引きこもり生活中だ。彼の職場はこの狭っ苦しいオフィスではなく漫画とプラモとゲームという彼の趣味に囲まれた自室、そこに接続されたパソコンで安楽椅子探偵の如く、様々な情報にアクセスし、本社の方に情報を提供するのが彼の仕事、という訳。

 哲也や土枝健輔とは高校の同級生、というか不良グループの仲間だったらしい。卒業後はIT関係の職場に勤めていたのだが、人間関係で揉めたとかで以降ずっと実家で引きこもり生活を送っていた所、その並外れたハッキング能力を知っていた哲也に買われ、「自宅から一歩も出ない」事を条件に採用が認められた、という経緯を持つ。最初は編集長も渋面だったし、真琴も真琴で恥ずかしながら「引きこもりに何が出来る」と高を括っていたものの、それが偏見だったとすぐに思い知らされた。今では立派なウチの社員だ(待遇はあくまでバイトらしいが)。

 

「…ご苦労様…。成澤の件、何か進展あった?」

〈なぁんにも…。足取り終えたのはやっぱり病院まで…。以降は街中の監視カメラ総動員して調べてるけど影も形もヒットしない〉

 

 どこか忌々し気にアニクはぼやいた。哲也が行方不明、という報を聞いて真琴が真っ先に頼んだのは彼に哲也の足取りを追ってもらう事だった。結果見つかったのは病院の駐車場に置きっ放しになっていた彼のバイクだけで本人はおろか土枝健輔の行方すら掴めない現状で、流石に何事においてもマイペースを崩さないアニクも焦燥しているようだ。

 

「危ない橋渡っちゃダメよ?なんかヤバいって思ったら無理せずに引く事、良いわね?」

〈分かってます…。でももう少し粘ってみますよ…負けてたまるかってんだ…〉

 

 そう言ってアニクは通信を切った。真っ暗になったモニターを尻目に真琴はオフィスの中を見渡してみる。静梨はポッドキャストの配信を駆使してリスナーから情報をやり取りしているようだし、貴志田は哲也がいない分まで久々に編集業に取り掛かっているようだ。アニクも今頃危ない橋を渡りながらネットの海を漂っている事だろう。みんなそれぞれが自分に出来る事をやっている、虚しいだのなんだのと腐っている場合じゃないな、と思って立ち上がろうした刹那、オフィスの電話が鳴りだした。

 社会人の反射条件で咄嗟に表示されている番号を確認するとどうやら携帯用のナンバーのようだ、読者の情報提供か取材対象者からの連絡か…なんにせよそんな所だろうと判断し、真琴は受話器を取った。

 

「はい、お電話ありがとうございます。レイニージャーナルですが…」

 

 せめて通話の時くらい、げっそりと疲れ切った声は出すまいと努めて明るい声を出そうとしたが直後〈ハロー♪〉というどこか惚けた声が耳朶を打ち、それ以上の言葉を遮った。軽快な言葉とは裏腹にしわがれた老人のような不気味な声だった。

 なによりその声は――明確な悪意と害意を纏っているように聞こえ、真琴は背筋が凍るような気がした。仕事柄碌でもない奴らに恫喝の言葉を投げつけられる事は慣れているものの、ここまで酷薄な色を纏った声は聞いた事がない…。

 

〈時間がないから手短に言うぞ…これは警告だ…。今後()()()には深入りするな。分かったね?〉

 

 この件ってどの件よ?せめてそう怒鳴り返してやりたかったが声が上ずって思うように出なかった。電話の主はその無言をどう受け取ったのか言うだけ言って電話は切れた。後に残されたのは空虚なツーツー音だけで一気に体温が下がった気がした真琴は受話器を置いてオフィスを見渡した。

 

「どうした?何かあったのか?」

 

 どうやらかなり顔色が悪くなっていたらしい、陣内がいつもの不機嫌顔を引っ込め、神妙そうな面持ちで真琴を見た。

 

 一体何が起きているのだろうか…。すぐには声に出す気になれず、真琴は乾いた唇を戦慄かせた。

 

・・・・・・・・・

 

「これで良し…と。まぁ気の強そうなお嬢さんだったからあれで引き下がるかは知らんがね…」

 

 むしろそうならない方が面白そうだ、と言わんばかりに目の前の男――《ナイトレイス》は笑うと手にしていた携帯電話を握りつぶした。いくらトバシの携帯とは言え、面白半分で使った挙句にぶっ壊すというのはどうなんだ、と幹斗は思ったが特に口には出さなかった。

 

 薄気味悪い場所だな、と今いる部屋を見渡して思った。見た目は古めの体育館か集会場といった風情だが殆ど半地下構造なので日は差さないし、音も無駄に反響する。その分外部から見えづらいし、声も漏れづらいという意味では日陰者が集まって何かするにはうってつけなのだろうが…こんな所で寄り集まって共同生活を送るだとか修行だかなんだかをして過ごす、というのは正直ゾッとしない。如何にも「後ろ暗い事しています」と言わんばかりじゃないか、よくこんな所で信者とやらを集められたものだ、と思う。最も都内の各地にこんな場所をこっそり残してくれたお陰でこっちもつつがなく潜伏出来る訳だから、文句をいうつもりもさらさらないが…。

 

「こんな時にイタ電とは随分と呑気なんだな《レイス》よぉ?」

 

 壁に寄りかかった千鳥がジロ、とこちらを睨みつける。安い挑発だという事は承知なのか奴自身も「誰のせいでこうなったと思ってる?」と言葉とは裏腹にどこか楽し気に幹斗と部屋の片隅に蹲っている土枝健輔を交互に見やりながら返した。

 

「お前の起こした勝手な騒ぎのせいで火消し役は大変なんだぞ…まぁ今更こんな事しても確かに意味はないよな、だがあの御方にも最低限の礼儀って奴はあるだろう…勤めは果たさないとな…?」

 

 最低限、とかハッキリ言う辺り忠誠心の欠片もないのがまるわかりだったが、そこはお互い様だ、咎める気はない。不意に千鳥が首を巡らしてくすんだ色の壁に掛かったモニターを見やった。「それ聞こえるように言ったらどうなんだ?始まるらしいぞ」そう告げると同時にモニターが発光し、案の定不機嫌さを隠そうともしない男の顔が映し出された。

 

 50を間近に控えたようには見えないすらっとした立ち姿に肌艶、冴えわたる弁舌で情報番組や雑誌のインタビューに応じる姿はビジネスマンのみならず、本業とは関係ない立ち位置にある女性陣まで魅了する事もあるらしい…がそれはパブリックなイメージに過ぎない。日頃の愛想の良さなど捨て去ってひたすら慇懃無礼にモノを見る目をこちらに注いでいる姿をネットにでもアップすれば流石の人気も引くだろう。

 壁に向かったままだった健輔がちらとこちらを一瞥したが、画面の中に映る著名人の顔にも興味がそそられる事はないのか、すぐに目を伏せた。目覚めてからずっとこんな調子だ、人を殺した事実が重くのしかかっているのか最早反抗する気力も意気も削がれたように消沈している。今は放っとくよりしょうがない、と千鳥は言っていた。

 

「よぉ…《ラスプーチン》閣下、ご機嫌麗しゅう…いやあんまりよろしくないようで?」

〈黙れ《レイス》。それにその名は私を示すモノではない、()()が《ラスプーチン》だ。それ以上でも以下でもない〉

 

 おどけた口調で茶々を入れる《ナイトレイス》を睨みつけると男――《ラスプーチン》はさも不快だと言わんばかりに吐き捨てた。大義とやらの前では一つの“国”を率いる王もまた一個人ではなく、総体の一部だという訳か、酔狂なこったよな、と幹斗は含み笑いを溢した。個人名ではなく、組織名でもない、ただ志を共にする者達を束ねるための名前、それが《ラスプーチン》だ…便宜上ではそうでも今現在では彼がその“集まり”の盟主のようなものなのでついそう呼びたくもなるが、どうやら癪に障る応答だったらしい。

 部屋の片隅に寄りかかって他人事のように肩を揺すっているこちらの態度を見咎めたらしい、《ラスプーチン》は視線を幹斗の方に向き直すと〈何が可笑しい?〉と詰問を寄越した。

 

〈私が問いたいのは一つだ、山城幹斗。本日の件、何を勝手な事をした?〉

「勝手な事とは?ホテルぶっ壊してそこで寝てる奴と乱闘おっ始めた事?それとも《ガロ》を呼び出してモンパニ映画状態にした事?それとも顔出しして犯行予告し――」

〈全部だ!〉

 

 皆まで言わせず男は声を荒げて幹斗の声を遮った。成程、紳士的な人格者を演じていても社内では案外横柄で且つワンマン、という噂は本当らしい、少しペースを乱されただけで年甲斐もなく怒鳴り散らす所などまさに砂上の楼閣の主にはピッタリだ。ここであからさまに笑いを顔に出せば更に燃料を投下するだけだと分かっているので敢えて何も言わないでおく。

 

<忘れたとは言わせないぞ、《スカルマン》も含めお前たちはあくまで“兵器”だ。制御が効き、適切な運用が為されなければ何の意味もない。私の指示なしに勝手な行動は――>

「同時に俺達は脅威でもある。だからこのタイミングで世間にその身を晒しても問題はない筈だ、ちょうど世間も良い具合に盛り上がってるみたいだしな、計画に支障はないよ」

 

 このまま喋らせると延々と中身のない話を聞かされそうだと判断し、幹斗は適当な所で《ラスプーチン》の言葉を遮った。あからさまに気分を害したような顔こそしたものの、熱くなりすぎている事は自覚したのかそれ以上は特に追及してこなかった。

 

 とはいえ基本はハッタリだ。公園で暴れ出した事も動画投稿サイトで正体を明かした事も含めて何もかも計画通りだった訳ではない、というか大半はアドリブとその場の緊急対応だ。AS計画だか何だかは自分にとっては然程優先順位として高くない、ただ自分にとって必要な力を与えてくれる事、そして厄介な枷で繋がれている事に端を発する程度の、それだけの縁で結びついている同盟だ。

 もともと契約も忠誠も俺達の間にはない、そんなものがあると思い込んでいるのは自覚の有無を問わず、自分の方が立場が上だと信じて疑わないこの男の厚顔無恥ゆえだ。

 

「計画を次のフェーズに進めるには新たな脅威とその演出が必要だ。それが《スカルマン》の正体とそいつが暴く真偽不明の怪情報、そして正体不明の怪物、って訳だ。しばらくメディアや国民はおろか永田町も大賑わいになるぜ?」

〈…単に無駄な騒ぎが増えただけではないかそれは…〉

 

 男が苦々し気に呟く。事実としてネット界隈では現在幹斗がばらまいた情報の真偽を巡って各所で激論が巻き起こっているようだ。それはあかつき村の真実とやらに関する信憑性であったり、《ヴェルノム》の正体についての考察、そもそもこの動画の主が本当に《スカルマン》なのか、だとしたらどこの誰なのか、というものがメインであり、真相に辿り着けそうなものは殆どないのだが…。

 

〈忘れるな、君達(ヴェルノム)の存在は《スカルマン》という社会に対する仮想敵あってこそ成り立つという事を…。潜在的な脅威こそ兵器ビジネスにとっては最適解であり、プレゼンのタイミングや仕方を誤れば途端に商品価値を失くす、という事を…〉

 

 兵器、プレゼン、商品価値…。人は所詮替えの効く部品、とそう言って恥じない男の思想を体現するかのように、そう言い放った張本人はこちらの心情すら斟酌する気はないようだ。傍らで聞いていた千鳥がピクリと眉を顰め、《ナイトレイス》は失笑するように息を吐いた。コイツのように経営者というのはある種の共感性の低さこそが重要な素質なのかも知れない。

 

 2年前、どうせ廃棄処分を待つだけの幹斗達に男が持ち掛けてきた取引は極めてシンプルだ。どうせ復讐をするなら、その命を存分に活かせ、そのためにはこの国を震撼させるテロリストとなれと。そうして互いの利害を一致させ、山城幹斗は人間でなくなった身にスーツとマスクを被って《スカルマン》となった。

 AS計画の事をどこで嗅ぎつけたのか、幹斗達の前に姿を現した《ラスプーチン》は「私は君達が本当に憎むべき相手を知っている」そう伝えてきた。それは我々にとっても邪魔な存在なのだと…。

 

 この国を裏から牛耳っている《神樂》と呼ばれる存在――言葉にしてみれば実に荒唐無稽で嘘のような話だが、そもそも村の隆盛も滅亡も“彼ら”に依るところが大きい。奴らは自分達を閉じ込めた上で今は用済みとして抹殺しようしている。証拠となる資料を提示しながら男はそう話した。そうして幹斗は父親を殺害し、自分達の運命を捻じ曲げた相手を見定め、引き換えに男の望む役割を担う事となった。

 

 《スカルマン》となって《神樂》に少しでも関りのある人間達や企業、そして《ラスプーチン》が定めた相手を狙ってテロ事件を起こす日々はそうして始まった。無作為にこの国を襲うテロリストを演じる事で内部に対しては未知なる存在への恐怖心を植え付けて、男達(ラスプーチン)の望む方向に社会変革を促し、一方目の前の男が“オーディエンス”と呼ぶ諸外国の死の商人やこの国のある特定の分野の人間にはその様を中継する事で《ヴェルノム》という新開発の生物兵器として売り出す――それがこの1年で男との間に取り交わした契約の実態だ。要するに仇を手伝う代わりに男の子飼いの生物兵器となれと――そういう取り決めだ。

 

 そうしてこの1年多くの人間を血祭りにあげてきた。あげてきてしまった。村に“研究所”を誘致した代議士のバカ息子、《神樂》の影響下にある政党の議員や企業の社長、そいつに囲われている女優…そして村の全てを忘れて安穏と生きるこの国の人間達と彼らがバカ騒ぎしてまで求めている祭典etc…。

 

 当時柚月も梗華も反対したが、幹斗はそれを全て理解した上で了承した。少なくともここで坐して死を待っても自由は訪れない。どうせ法律上は死んだ身で最早人間ですらないのならせめて自分達の運命を捻じ曲げた相手を道ずれにしてやる――内なる獣の声に従い、幹斗は今の道を選んだ。

 だからもう止まれない。バカな事だと承知してそれだけの命を奪った俺にもう止まる資格はない。幹斗はモニターを睨みつけると強がって凶悪な笑みを浮かべてみせた。

 

「忘れてはいないさ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()よりかは上手くやってやるからもう少し様子を見てろ」

 

 白零會、というその言葉に男は不快そうに眉を歪め、〈あれは失敗だった〉と吐き捨てた。

 

<所詮は個人崇拝に依存した、教祖がなければ何も出来ん烏合の衆共だったよ、君は彼ら以上の働きが出来ると期待して良いのだね…?>

 

 今は俺達を潜在的な脅威として利用しているようにかつて《ラスプーチン》が幹部と結託して育て上げたのが白零會だった。人の心に付け入り、経済を握ると共に将来的には国家の転覆さえも企図するかも知れない…冷戦が終結した秩序において、新興宗教に新たな恐怖の象徴として目を付けた先見性は確かに慧眼と言ってやらなくもないが、そうして件の奴らを野放しにした結果があの地下テロ事件という訳だ。男に言わせればアレは教団の独断と暴走が招いた結果だと言い張るのだろうが…。

 

<まぁ良い…。君が私の期待を裏切るような事があれば…君を信じ、慕う者達の命脈を断つ事になる…。改めて君にはその事を自覚して欲しかっただけだ…。では三日後とやらを楽しみにしているよ、山城幹斗君…>

 

 男は懐から拳銃を取り出すとこちらに見せつけるようにそれ専用の特殊弾を装填し、こちらに向かって掲げてみせた。意味する所は明白だ、お前たちの命は私の掌の中…つまりそういう事だろう。おどけたように<バーン…♪>と口ずさむと男は通信を切った。用済みとなり何も映さなくなったディスプレイに千鳥がグラスを投げつけたのはそれと同時だった。

 

「クソでも喰らえ…」

 

 同時にコンクリートの床に唾を吐き捨てる。幹斗は何も言う気になれず、はぁっ…と息を吐くと冷たい床に腰を下ろした。本当に俺は何をやってるんだろうな、と自嘲する。

 

 唾棄する程のクソヤロウと手を結ぶしかない身の上とそうまでして成し遂げたい事…。結果仲間の命を危険に晒し、人としての扱いすら保証してやれない。全てを天秤に掛けて俺は本当にこんな事がしたかったのか…そう何度も自問した。柚月がいなくなった日、ミホが生まれた日、梗華がいなくなった日、――哲也と再会した一昨日。その度に何度も己に自問した、その度にこれしかない、と己を鼓舞してここまで来た。今更引き返すという選択肢はない。

 

「…山城」

 

 不意に低い声が木霊し、耳朶を打った。顔を上げるといつの間にかこちらを向いていた土枝健輔が立っていた。治りの良くない片目はまだアイパッチを嵌めているものの、何も映さず虚ろだった瞳には僅かな光が宿っていた。

 

「今の話…どういう事だ…?命脈を断つ、とか…アイツ何言って…」

 

 どこか縋るような声だ。よりにもよってその話かよ…と幹斗は大きくかぶりを振って立ち上がった。千鳥の方を見ると、好きにしろとばかりに憤然と息を吐く。巻き込んだのはお前だ、ならお前の責任の範疇でやれ、そういう事だ。

 

「そのまんまの意味だよ…他の村の生き残りが人質にとられてる。逆らったらズドン…そういう事になってるんだよ」

 

 流石に絶句したようだった、無事な方の片目を広げて口を戦慄かせている健輔を見て、これが本来なら普通の反応だよな…と幹斗は独り言ちた。ひたすら血なまぐさい環境にいすぎたせいでまるでさもなんでもない事のように語る癖が常態化してしまっている。

 

「…なんだよソレ…」

 

 やがて絞り出すように健輔は声を漏らした。困惑、疑心、怖気…そして少しばかりの怒気の籠もった声だった。「なんなんだよ本当に…」誰に言い聞かせるでもなく、そう呟いた。

 

「なんなんだよ一体…!あかつき村だの白零會だの《ヴェルノム》だのラスナントカだの…!一体何が起きてるんだ、何がそんなに皆を狂わせて、お前を駆り立てるんだ…いい加減に答えろよ…!」

 

 冷たく湿った部屋に健輔の声が反響する。それをどこか虚しいと感じてしまうのは己の心が乾ききった故からだろうか…。もう本格的に引き返す道はない、地獄への道連れが延々と増え続けるだけだ…。

 済まないな…。その言葉は誰に向けられたものなのか自分でも分からなかった。健輔を方を見据えながら幹斗は息を吐いた。

 

「…全てはあかつき村事件から始まったんだ…。あれは単なる研究所の暴走とそれによるバイオハザードなんかじゃない…あの日、村は新しい世界への扉に触れちまったんだ…」

 




どうも週間ぶりです。この辺りはこれまで張って来た伏線の回収期に当たるのでなかなか難物でした。
今回遂にスカルマンと白零會の事件が繋がった訳ですが、次回辺りで更にいくつかの謎が明らかになります。

中途半端なので、この次は水曜くらいに投稿したいと思っております。それではまた次回をお楽しみに。
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