仮面ライダー:RE   作:大荒鷲

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CHAPTER-2:『REvengerⅡ』‐⑨

 ここはまるで野戦病院だな、と拓務は思った。青海地区P区画各所に虎の子の特殊救急車を先代型も含めて3台、都知事肝いりの緊急救命チームまで招集し、防災用の白テントが経ち居並ぶ現在の光景はまさにそれだ。最終的に警察官を中心に死者31名、重軽傷合わせた負傷者64名と大被害を受けた臨海地区の怪物騒ぎの顛末という訳で、早急に対応が必要な者から軽い怪我を負った者まで纏めてここで治療を行い、野外では難しい者についてはドクターヘリで空輸する措置で何とか対応している現状だ。

 2年後のイベントに向けて消防庁が救急対策能力の拡充を図っていたのが功を奏した形になった。幸いにも民間人の死者は出ておらず、重傷を負った警官達も順調に治療が進んでいる事は救いだが、それはそれだ。失われた命が戻ってくる事はないし、依然この騒動を起こした下手人達は逃走中で、1時間前に乗り捨てられたプレジャーボートが都内の運河で見つかったという報告以降は足取りさえも掴めていない。警察としては一昨日の件に引き続き、完敗と言っても良い程で――いや新宿事変からこっちずっとそうか…。

 

 だが何度敗北を重ねてもそれで自分が警察官である事の矜持が折れた訳ではない、治療もそこそこに区画の端に場違いに止めてある移動指揮車に足を運んでいるのは一連の事件の根源を確かめるためだ。

 

「おい、刑事さん」

 

 ふと後方から声を掛けられた。振り向くと左腕を吊った大柄な男が効く方の手を振りながらこちらに駆け寄ってくるのが見えた。見覚えのない顔だな、と思ったのも束の間、特殊部隊用のズボンを履いている事とその声は知っている、と思い至った。先程バッタのバケモノに襲われかけた時にタックルで助けてくれた特殊部隊の男か。そう承知した拓務は頭を下げた。

 

「先程はありがとうございました」

「良いって事よ、それが俺の仕事だからな」

 

 傷は勲章、鷹揚そうに言って自分の肩を叩いた男はふと神妙な顔付きになった。「悪かった、もう一人の方は…」。

 

 寺坂の事を言っているのだろう、その名を考えると拓務の胸は痛んだ。男も彼があの巨大な怪物に潰されるのを目の当たりにしていたのだ、いつだって生き残った者は何故自分ではなく、アイツが…とそう自問し続ける。寺坂はまだまだ未熟で粗削りだったが自分にはない我の強さがあったし、それに機転も効いてここ一番の度胸もある男だった。このまま成長すれば自分よりよほど良い警察官になり得ただろうに…。この1年で何人もの同期や先輩後輩を失くしてきた経験をしてもそうした忸怩たる思いは消えない。横の男も同じなのだろう。

 

「気に病まないで下さい。生き残ったからこそやれる事があります、それは俺達の務めです」

 

 だから拓務はそう言った。そうだ、迷ってる暇はない。例え相応しくなくとも俺は生きてる、生きてるって事は寺坂や死んでいった人たちの分もやれる事をやらなきゃいけないという事だ。男も承知したのか不意に、しかし多分に無理矢理そうしたようにニヤリと笑ってみせた。

 

「これからあのお偉方の所に殴り込みに行くんだろ、俺も行くぜ?」

 

 男が移動指揮車の方を見やる。別に殴り込みにいく訳ではないが、心持ちとしてはそんな所だ、拓務を意気を引き締めた。あの中で照原に深町というこの件の裏で何かコソコソ動いているらしい二人が何かやり取りしているのは知っている。引き揚げたら洗いざらい話してもらう約束だ、これ以上煙に巻かれてはたまらない。

 

「そこまで過激な事はせずとも(ぬえ)共と対決するなら味方は多い方が良いだろう」

 

 そう言って男は動く方の腕で胸をドンと叩いた。威勢の良い奴だな、と頼もしさを感じると共に深町の怜悧な視線が頭に浮かび上がってきた。聞いたらもう引き返せない、あの瞳は確かにそう告げていた。

 拓務は逡巡する。間違いなくこの先は地獄の1丁目だ、そこに彼を巻き込んで良いのだろうか、寺坂がそうであるように自分の選択如何によって彼をも地獄の一丁目への巻き添えにして巻き込んでしまうだけではないか、という懸念が頭を過った。

 

「辛気臭ぇ顔すんなよっ」

 

 そんなこちらの葛藤を見透かしたのか男は拓務の頭をはたいた。何するんだと抗議の視線を向けると存外冷徹な色を湛えた瞳がこちらを見据えていた。いや違う、これは恐らく極限まで昂った静かな怒気か。

 

「こっちも部下を大勢殺られて気が立ってるんだ。真相とやらを拝んでやらなきゃ手向けにもならねぇ…」

 

 その目にはもう迷いはなかった。ならば自分があれこれ言った所で止まりはしないだろう。自分こそ覚悟が必要だな、と拓務は息を吐いて男に右手を差し出した。

 

「成澤です、成澤拓務。この先もよろしく」

 

「あいよ、(とび)だ、鳶(まさる)。さぁて魔窟に向かうとしますかね」

 

 握手するというより手を打ち付け合ったのも一瞬、拓務と鳶は目前の指揮車に目を向けた。ちょうど声を聞きつけたらしい深町が降車し、こちらを認めると形の良い唇を歪め、やがて小さく嘆息した。

 

 

 

 

 移動指揮車の中、というのは存外手狭なものだな。内装の大半を埋め尽くすのは通信や解析に使用するであろうコンピューター機器の類でそれさえ除けば人が5人も入ればかなり満席、と言っていいくらいのスペースしかない。拓務と鳶、それに深町と照原を合わせれば狭っ苦しいとしか形容しようがない。実際鳶の大柄にはかなり窮屈らしく、こころなしかその巨体をすぼめていた。

 

「これで役者は全員?」

 

 照原は一度鳶の方をじろりと一瞥したが、すぐに気を取り直すと指揮室に備わった回転椅子にどっかりと腰を下ろした。不審げに立ち尽くす拓務と鳶を見るや「ま、立ち話もなんだからさ、座ってよ」等と昼行燈気味な口調で着席を進める様は如何にもいつもの彼だ。その態度がどことなく癪に障ったがここは大人しく従う事にし、拓務も鳶もそれ以上は言わず大人しく席に付く。

 照原はやや疲れたように溜息を吐くと、不意に懐からクシャクシャになった煙草のパッケージとライターを取り出し、拓務達の眼前に突き付けた。吸うかと言ってるらしい、拓務も鳶も無言で首を横に振って固辞の意を示した。

 

「みぃんなそう言うんだもんな…肩身狭いったらありゃしない…」

 

 どこか不満げに自分の分を付けようとした照原だったが、深町の手が電撃的に動いてその手からパッケージをはたき落とし、禁煙、とその口を動かしたように見えた。照原は世にも情けない顔をすると渋々煙草をスーツの内ポケットにしまう。なんだか妙に気安い関係だな、と二人のやり取りを見て拓務はなんだかそう感じた。

 

「さぁて…聞きたい事は山ほどあると思うけど…どこから話す?」

 

 気を取り直すように照原は居住まいを正すと拓務達と深町の方をそれぞれ一瞥する。深町ははぁっ…と溜息を吐くとこちらを見据えた。薄暗い室内でもハッキリと分かる青い瞳を正面から見つめた拓務がまず口火を切った。

 

「深町さん、あなた警視庁(ウチ)の人間じゃあないでしょう。大方“赤坂”辺りの人ですね?」

 

 ざわ、と僅かに動揺した空気を尻目にそれがなんだ、と深町は拓務を睨みつける。初めて会った時から階級を名乗らなかった辺りや言葉の端々からなんとなくそんな予感はしていた。それでも疑念に留まるレベルだったが、先程明らかに日本のモノではない装備や人員を率いてきた点でほぼ確信に変わった。鳶の方は寝耳に水だったのか絶句したように「マジかよ…」と呟いた。

 

 “赤坂”とは中央情報局の隠語、日本においてはCIAという名称の方が通りがいい。即ちアメリカ合衆国の抱える諜報機関で、極東地域における中枢は駐日アメリカ大使館にあるとされているため、専ら「赤坂」の隠語で呼ばれる事が多い。要するに隣にいる照原がそうであるように公的なスパイ機関だ。

 

「マジかよ…どんどん話がデカくなってんじゃねぇか…」

 

 鳶が呟いた。正直すぎるその感想に深町は呆れたように「半分だけ正解」と答えた。

 

「半分?」

「CIAの所属なのは本当よ、でも厳密にはこれは正規の任務ではない。ある事件とそれが齎した結果に関する調査が私の使命よ」

 

 なので使える人員も装備もかなり限られてる。酷く素っ気なく深町は言った。ある事件か…拓務はその言葉の意味を口内で転がした。最早その酷く曖昧模糊な言葉の意味を敢えて疑問に思うまでもない。

 

「“ある事件”とはあかつき村事件、“それが齎した結果”というのがあの怪物どもの事だな」

「それは正解ね。なかなか鋭いじゃない、スパイに向いてるわよ?」

 

 褒めてるんだか貶してるんだかよく分からない軽口を拓務は無視し、代わりに先程救急隊員から貸してもらった携帯電話をずいと突き付けた。そこに表示されたテレビ中継には山城幹斗が動画を通じて発信した映像をバッチリ報道している。

 

「あちゃぁ…こりゃもう報道管制敷いても遅いわなぁ…」

 

 困り果てたぞ、といった感じで照原が頭をぼりぼり搔いている。彼の言葉通り今この映像の真偽が各所で加熱しているのだ。とにかく事実関係の検証をすべきだと叫ぶ一派とテロリストの言葉を真に受けるな、耳を貸すなと声高に叫ぶ一派に大まかに分かれている。普段なら拓務もネット上の議論など一笑に付す所だが、現実に目の前で異形の者たちの所業を見せつけられた後とあっては話は別だ。あの山城幹斗とかいう青年の言う通り全てはそこから始まっている、その確信があった。

 

「答えろ、7年前あの村で何が起きた?」

 

 拓務は照原と深町の二人を睨みつけ、詰問した。あの事件は従弟の――哲也のその後の人生にも大きな影を落とした。それがきっかけとなって自分達の家族にも影響している。決して他人事では済まされない。

 

 拓務の視線を受け止めながら深町は小さく息を吐く。やがて傍らの照原も観念したように口を開いた。

 

「我々も全てを把握している訳ではない、というか今でも信じ難い所があるものでな…」

「でも紛れもなく事実よ、現に私達はその成果をこの目で見ている、《ヴェルノム》という異形の進化へと至った者達をね…」

 

 《ヴェルノム》…?それがあの怪物達の名だろうか…。いや幹斗の発言を鑑みるに恐らくは元は同じ人間達…?やけに禍々しいその響きを拓務は胸中に受け止めた。

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 あかつき村は周囲を三つの急峻な山々に囲まれ、山間の集落にありがちな平家の落人伝説が残る以外には取り立てて特徴のない村であった。実際拓務の世代でも過去の村の様子など殆どイメージが付かず、村の名を聞いても思い出せるのはあの妙な形状をした建物――矢頭山と言う一帯の親山の一角をくり抜いて鎮座する“研究所”の威容だけだ。

 

 実際高度経済成長期の折より、徐々に人口減少が問題になりつつあったこの村を変えたのが“研究所”の誘致だと言っても過言でない。時に1988年、ちょうど昭和の終わり頃の事だ。

 その2年前に生じたチェルノブイリ原発事故の影響により、原爆投下由来の核に対する拒絶反応が世論として高まりつつあった時期。そんな折に新たな可能性として提示された核融合発電で、その実用化に向けた本格的な研究を行うと謳った施設の建造が突如持ち上がった。

 ウラン235という物質に中性子を当てる事で原子核は二つに分裂し、その際に膨大な熱エネルギーを発生させる。その反応を利用する原子力発電に対し、重水素とヘリウム3の原子核が融合し、ヘリウム元素に変化する際のエネルギーを利用するのが核融合だ。要するに恒星のメカニズムを人為的に再現しようとする試みであり、未だ課題の多い研究だ。

 

 だがこの年に城南大学に所属する若干26歳の若手研究者である山城慎吾博士を中心とした画期的な新理論の提唱が行われ、その実用性を検証するための研究所がこの小さな村に建造してはどうか、という話が持ち上がった。研究所には広大な敷地が必要で、山林を切り崩せばその面積はすぐ確保できる、というのが事の発端らしい。

 勿論当時は核融合の詳細なメカニズムなど知らない者が多かった事情もあって、選定に当たっては地元住民――特に兼ねてよりここに住み、山からの恩恵に預かってきた人達との間にひと悶着があったとされる。そうでなくとも山城博士の理論そのものもアカデミー内でも不明確な所の多いものなのだという意見があった、慎重になる意見があるのも分からなくはない。だが最終的にはこの辺一帯に支持基盤を持つ議員の熱烈な後押しによって正式に決定されたと言われている。

 

 顛末だけ見ればやや強引な成り行きだったが、結果として研究所の誘致は村にとっては大きな福音となった。先進的なエネルギー事業の先駆けとして辺境の村は日本はおろか世界中から注目されるようになった。それに合わせて公共設備や観光事業の整備も進められ、山林資源と農業くらいしか強みのなかった村は一躍世界中から注目されるようになったのだった。1991年に「プロメアセンター」と正式に命名された研究所が本格的に稼働するようになれば、職員達の移住も始まり、過疎に喘いでいた村は活気を取り戻し始めた。なんだかんだと言っても村民もその恩恵に預かって暫くは順風満帆とも言える年月が流れた。

 

 ちょうど20年目となる2011年に例の事故が起きるまでは…。

 

 

 

 その日に関する記録はあまりハッキリした事は分かっていない。研究所の職員や関係者が全て死に絶えてしまった現状、何が事故の要因となったのか詳細な証言が失われてしまったのだ。確かなのはしきりに報道された突如爆発し、一瞬で火の海の中に消えていった研究所の様相とそこから発生して瞬く間に村全体を包み込んだ謎の“霧”の存在だ。とにかく村の中心部より離れた位置に建造され、山の一部をくり抜いたような形をした研究所が朦々と黒煙を噴き上げているかと思ったら、そこからまるで溢れ出るように対照的な真っ白い“霧”が放出され、麓の村を呑み込んでいく光景は何度もメディア上で報じられた。

 

 村の大半は山林によって形成されており、山間にぽっかりと開いた盆地部に役所や学校、住宅地、道の駅等が集中している地形がこの場合不幸に働いた。“霧”は瞬く間に村を包み込み、まるで意志を持っているかのようにそこに滞留し続けた。不可解な事に村とは通信の一切が途絶し、何が起きたのか、村民は無事なのかと言った情報が一切入ってこないまま、業を煮やした近隣の警察関係者や消防団が依然“霧”に包まれたままの村にわけいって行き、やはり消息を断った。

 

 何が起きたのか全く分からない。だが確実に恐ろしい事が起きたのは確かだ。突如出現した異界の光景を全国民が固唾を呑んで見守った。

 事態が急転したのはそれから二日後だ。村役場のある中心部から国道沿いに20㎞も離れた隣町の河川敷に計7名の男女が川を降って現れたのが地元民により発見された。地元民ではなく、たまたまキャンプに来ていたグループだ。彼らはすぐに地元の病院に搬送されたが、聴衆に応じた彼らの口から語られたのは更に不可解な事実だった。

 曰く自分達は、突如発生した謎の“霧”から逃れようと走っている内に川に転落し、命からがら川を降ってなんとかここまで辿り着いた。“霧”の正体については全く分からない、だがまるで意志を持っているかのように村に襲い掛かり全てを呑み込んでいった。とにかくとても怖いもの、それだけは確かだ。そう主張したのだ。

 

 しかし翌朝事態は更に急転した。一行の容態が突如急変したのだ。

 元より生じていた微熱が今朝方になって高熱に転じ、発疹や肺水腫、出血といった激烈な症状が現出した。中には理性を失ったかのように凶暴化し、看護師に噛みついた者まで出た事が記録されている。

 医療スタッフは手を尽くたが、決死の治療も虚しく、彼ら全員がその日の日が沈むより前に命を落とした…そしてその小さな灯火が消えたと思った次の瞬間、まるで灼け焦げた煉炭のように少女の皮膚がどす黒く染まり、多くの病院スタッフの前で瓦解したのだ。まるであたかも原初の姿に還るかのように彼らは塵となって消えた。

 

 当然この事態に病院スタッフはパニックに陥った。それも当然だ、古今東西の細菌、ウイルス、自然毒、化合物等を照らし合わせてみてもこのような症状を引き起こすものは存在しないからだ。何かしらの未知の奇病、まさか人工ウイルスによるものではないか――!?一同が恐怖に慄く中、次の事態は容赦なく始まった。

 

 遂に病院スタッフや入院患者にも同様の症状を訴える者が現れたのだ。微熱等の症状が出たと思った数日後には容体が急変して死に至り…そして遺体は灰状になって崩れ去る――件の男女と全く同じだった。ことここに至って漸く人々は事態を把握した。この奇怪な変状は伝染する、即ち未元のウイルスないし細菌によるバイオハザードが発生したのではないか、と…。

 

 これには県全体――否それどころか日本全国がパニックに陥った。島国である事や衛生観念に関する意識の高さもあって海外で起きる感染症騒ぎには対岸の火事でいられたが国内で発生した未知の感染症への対応となるとノウハウが全くなく、暫し混迷の極みを晒す羽目になった。折り悪く漸く事件から5日を経て漸く“霧”が晴れたあかつき村の中心部の惨禍――道路や校庭の各所に人の形をした塵芥と衣服が転がっている様が中継で見せつけられれば否が応でも冷静でいられる者はいなかった。

 非常事態宣言の布告と共に各国からの早期封じ込めの要求をされれば国としても強権的な措置を取るしかなく、《黒禍熱》と暫定的に命名されたこの奇病に罹患したと思しき人間はあかつき村内の病院に隔離入院させる事になった。

 

 無論慎重論・懐疑論も出た。あの“霧”の正体も特定出来ないのにあまりに性急過ぎる、まだ感染症と決まった訳ではない、研究所から漏出した未知の放射性元素による可能性もあるのではないかetc…だが患者は日に日に増えていく現状であり、手を拱いていれば日本中にこの悪夢のような奇病に日本中、いや世界中が呑まれてしまうともなれば悠長な事を言ってられる筈もなく、村中心部に全患者を収容した上であかつき村は完全に封鎖された。

 

 古来より感染症との戦いは差別との戦いでもある。ウイルスのメカニズムがハッキリしていなかった古代、中世は言わずもがなで近代以降になってもハンセン病やHIVなどのキャリアが不当な扱いを受ける事はよくある話だ。確かにその観点で言えば決してベストな選択肢であったとはいえないだろう。だが数年前の新型インフルエンザと違い、症状が激烈で且つ異様な死に様を迎えるその見えない脅威に対して冷静でいろというのは土台無茶な話なのだ。だから人々はこの封鎖を患者達を助けるためにも必要な事なのだと無理矢理納得させた。後は派遣された医療スタッフが上手くやってくれる事を祈るよりしょうがない、と誰もがせめて天に祈り続ける事、1か月後。収容患者全てと治療に当たった医療スタッフの過半数が死亡した事が発表された。

 

 誰もが悪意があった訳ではないし、このような結末を望んだ訳ではない。だが結果として大いなる落胆と失意と呵責を以て一連の騒動は幕を下ろした…かに見えた。

 

 周りも次々命を落とす中、命からがら生き延びた医師の報告によるとやはり《黒禍熱》の大元は何かしらの切欠で突然変異(ミューテーション)を引き起こした細菌によるものだったらしい。最終的に分かった事は潜伏期間は1日から2日、発熱、痙攣、発疹、意識混濁等を伴う症状の末に罹患者を死亡させる、主に血液等を経由し、数個でも侵入すれば発症する、但し自然界では殆ど生存できず、人にしか感染しないという事。蓋を開けてみれば生命としては驚くほど惰弱な性質が明らかになり、このようなちっぽけな生命体に日本中どころか世界中が振り回され、挙句の果てに多くのものを失った現実に唖然とするより他なかった。

 

 だが裏を返せば生物としては酷く脆弱な存在でも、人工的な何か――即ち「兵器」という側面に限ってみればかなり有用なのではないか。出所は不明瞭ながらネット上にてやおら顔を覗かせたその一考察が新たな疑惑を生んだ。潜伏期間の短さは感染域の広がりを抑制する効果がある、人にしか感染せず、宿主にくっついていなければ生きていられないコイツがどうやって自然界に存在していたのか…。

 

 様々な疑惑が交錯した末に「研究所では本当は新型のウイルス兵器の実験をしていたのではないか」もしくは「研究の副産物、例えば未知の放射能によって既存のウイルスが変異したのではないか」という説が世論を賑わすようになった。勿論両方ともハッキリした根拠があった訳ではなく、所謂陰謀論の類に過ぎなかったがSNSという触媒を得た情報はそれ自体が悪性のウイルスであるかのように瞬く間に拡散した。

 古今東西より細菌やウイルスを兵器として利用する手はある。スペイン人の持ち込んだ天然痘がアステカ文明を滅ぼし、モンゴル民族もペスト患者の遺体を投擲して、意図的に感染を広めたと言われている。かつてアメリカでマスメディアや政治家に炭疽菌の入った容器が贈られた事件があったし、あの白零會もボツリヌス菌やエボラウイルスを生物兵器として研究していたという。現代は国際法によりBC兵器の製造・所持は禁止されているが律儀に守っている国はどの程度いる事か…。

 製造が比較的低予算で済み、感染率、致死率と言った“威力”が高いのもさることながら、誰がウイルスに罹患しているか分からないという疑心暗鬼が社会的混乱を呼び起こす、それがBC兵器の真に恐ろしい所だ。実際今回の事件でもあかつき村のみならず県全体を閉鎖すべきだという過激な論調が本気で叫ばれ、該当する地域のナンバープレートを付けた車が車上荒らしに遭ったり、県内で生産されたものの流通を締め出したりなど深刻な風評被害が各地で発生した。人は何か分からない事が起きた時に必ずそこに原因を求めて安心したがる――それが正しいかどうかは別として。

 

 疑心の末に最終的な全ての矛先は研究所の責任者であった山城慎吾博士へと向かった。彼は既に故人となっていたため、勝手な憶測を立てるには格好の餌食だったのだろう。両親不詳の孤児であった、小学校の教師曰く「優秀だがどこか達観してて不気味な子だった」、中学の同級生曰く「アイツの周りでは不思議と事件が起きるんだ」、大学の同窓に()()佐崎統夫がおり、彼らは親友であった、()()()()()()――。

 

 頭は良いが心に闇を抱えた孤独な男が世間とそこに住む者達を憎み、大規模なバイオハザードを仕掛けた――そんな痛快で分かりやすい筋書きを求めた者達によって連日連夜様々な“疑惑”の名の元に過去の研究から交友関係に至るまで全てのプライバシーが暴かれ、彼はメディアと消費者の玩具とされた。あかつき村は実は村八分の村だ、あの研究所に派遣されたものは生きて還ってはこられない、とか言った噂もついでの如く飛び出たが、さほど関心が惹かれる事はなく、疑惑の大半はやはり彼絡みだったと言える。

 

 そこに飽きれば今度は政府はどの程度事態を把握、ないし関与していたのかという追及が野党から始まった。が研究所を誘致した件の代議士も含めて誰もが知っているのか、いないのか曖昧な態度を取り続け、結局数名の関係者が責任を取って退いた程度のスキャンダルに終わった。これを機に政界の抜本的改革が行われるだとか、政権交代に発展するだとかそういった一大変革も特になく、結果的にはただの力のない野党が一時的に与党の揚げ足を取って政治という椅子取りゲームの盤面を優位にしようとする程度のカード止まりだった。

 

 結局の所、真相究明や今後の研究の引継ぎと言った重要な事は後回しにされ、暫くは面白半分の三面記事ばかりが誌面を賑わした事で却って核心部はいつの間にか有耶無耶になった。事件から半年もすれば国民の関心は別の方面に移り、その間に中心部を失ったあかつき村が最早自治体として成立する事が出来ず、災害後の人口流出もあって地方自治体としては完全に消滅した辺りを最後に世論も飽きたかのようになんとなく沈静化した。

 

 消滅した一つの村もそこに存在していた筈の人々もあれだけ騒ぎ立てていた筈のマスコミも消費者も…まるで端から存在していなかったかのように。

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 全てが終わってみればあの時自分達は何に振り回されたのだろうか。本当に知るべきだった事柄には目を向けずに何もかもが宙ぶらりんなまま、ただなんとなく過ぎていく日々の生活という名の現状維持に押し流され、いつの間にか忘却されていった惨禍と痛哭から得た物はあったのだろうか。

 拓務は件の事件を思い返しながら自問したが分からなかった。ではどのような道が最善であったのかいくら俺如きが頭を捻っても辿り着ける筈がない、何しろ自分自身その当事者に向き合う事を拒絶して、逃げ出してきた身の一人に過ぎないのだから…。

 

「でも彼らは生きていた。そして今になって帰って来たのよ、《スカルマン》としてね…」

 

 薄暗い指令室の中、深町がそう呟いた。鳶も照原も何も言わずにじっと傾聴している。帳を破るように拓務は「何があったんだ…」そう口を開いた。

 

「彼らが生きていたなら何故政府はそんな嘘を吐いた?一体あの事件の直接の原因はなんなんだ…!?」

「理由は簡単。知られるとまずかったからよ。あの“霧”を引き起こした根源、そもそも研究所の本来の姿をね…」

 

 本来の姿…?あの研究所は単なる新エネルギーの実験機関ではなかったのか…?そう問い掛けるより前に深町がファイルを取り出すとそれを放って寄越した。訝し気にそれを受け取って中身を確認すると中に収められていたのは複数の資料だった。論文と思しき形式の紙束にモノクロで不鮮明な写真がいくつか――いずれもそれなりに古いものらしい。これは一体なんだ…?

 

「“プロメアセンター”とはよく言ったものね…、人間に火という文明と共に争いを授けた神…。人には過ぎた力というのならまさにこれほど適切な表現もないわ」

 

 呆れたようにそう嘆息する深町を尻目に拓務は論文に目を通した。大学で専攻していた事もあり、英語は日常レベルで使える自信はあった。所々難解な専門用語が用いられている箇所もあったがそこは前後の文脈でなんとなく判断する。少しばかり時間を置いて資料を探るとそこに書かれていたのは――。

 

「――バカな…!こんな事が…!」

 ある筈がない。本当にそう言い切れるだろうか。

 

 人類の進化、その結果としての《ヴェルノム》、それを応用した超人兵士、その根源に在る無限の力…。それを齎す福音の究明こそがあの研究所の根幹であり、その末路があの事件…?論文の内容をかみ砕いて言うとそう言う事だ。

 

 バカげている、三流SF映画の世界じゃあるまいし。こんな話普段の拓務なら一蹴しているレベルだ。だが先程の怪物…《ヴェルノム》と言い、拓務も最早この世の理を超越した領域を目の当たりにしてしまっているのだ。今更かぶりを振って否定する事など出来なかった。

 

「そしてその懸念は正しかった。分不相応に神の領域に手を出そうとしたツケが彼らの姿であり、我々が追うべき亡霊の正体…。後戻り出来ない、と言った理由が分かった?」

 

 拓務はギリリと歯を噛みしめた。悔しいが深町の懸念は正しい、確かに知らないふりを出来たなら少しは平穏の人生を送れたかも知れない。背後で照原が哀しそうに瞳を伏せた。完全に話に付いていけていない鳶だけが不可解そうな表情をこちらに向けている。

 

「こうなった以上貴方も他人事ではないわ…。それに私達ももう形振(なりふ)り構ってはいられない…」

 

 最悪の事態も考慮して対象の抹殺も已む無し。そう告げると深町は拓務の方に向き直り「猶予は三日よ」そう告げた。

 

「何をしでかすつもりか知らないけどそれまでにあの骸骨男を捕まえなくてはならない…。そのための切り札の一つが今朝の資料だわ」

 

 というと山城幹斗の他に渡された二人の少女の事か。確か名前は山城柚月と九條梗華。やはり二人ともあかつき村の関係者なのだろう。だとするなら深町が彼女らの行方を追う理由も自ずと検討がついてくる。拓務は椅子から立ちあがると泰然と腰かけている深町を睨みつけた。

 

「人質にしろって事か…」

 

 恐らく二人は《スカルマン》こと山城幹斗にとって近しい人物なのだ。だからこそ奴に対する“アキレス腱”になり得る可能性がある。卑劣な手だ、年端も行かぬ少女をテロリストの交渉に利用するなど凡そ警察官としてあるまじき事だ。その可能性が有効と思えても到底承服出来ない、その意思を示すように拓務は吐き捨てた。

 

「事態は思ったよりもずっと深刻よ。一個人の感情でどうにかなる範疇は当に超えている…それとも…こっちのがお気に召すかしら?」

 

 冷徹にそう言い放つと深町は懐にしまったもう一つのレポートを拓務に手渡した。受け取る事さえ癪に障る気分だったが、渋々手を伸ばす。だがそこに記されていた情報に今度こそ拓務は心臓を鷲掴みにされたような衝撃を覚えると共に自分の迂闊さを心底呪った。思い返せばきっかけはいくらでもあったというのに何故真っ先にこの可能性に行き当らなかったのか…。

 

 深町曰く九條と山城妹の方は法的には少なくとも死亡扱いになっているため多少強引な手を使う事も不可能ではなかったそうだが、こちらはそうは行かない。故に本当にどうしようもなくなった時にまで温存しておくつもりだったと、深町は説明した。その事も見越した上で拓務は特対に招聘されたのだという事も…。

 

 あかつき村最後の生き残り。

 

 彼はいざとなったら《スカルマン》――山城幹斗に対するカードになり得ると踏まれていたようだ。

 

「とにかく綺麗事言ってる場合ではないのよ。我々は早急にこの三人の身柄を抑える必要があるわ、これ以上の惨劇は御免被るわよ…」

 

 その言葉をどこか遠いモノのように感じながら拓務は渡された資料を床に叩きつけた。資料に写されていた三つ下の従弟――成澤哲也はそんな周囲の思惑など知る事なく、口を引き結んだ仏頂面を浮かべていた。

 




漸くここまで書けた、今そんな気分です。

ある意味ヴェルノムを除けばこれをやって初めて仮面ライダーらしい、現実離れしたロジックのアイテムを出せるようになると思ってましたので、まずはここを書く事が第一関門でした。

ここまで書けばひたすら難産のスカルマン編も折り返し、という所なのでもう少し頑張ります。

それではまた次回。
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