仮面ライダー:RE   作:大荒鷲

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今回ちょっと短めです。
戦闘シーンってどうしても文字数稼ぎ辛いのよ…
あとちょいグロ注意。


CHAPTER-3:『REjectionⅠ』- ⑤

 館内は完全な恐慌状態になっていた。それは昨日の比ではなく、流血と異臭が広がっていく度にそれは拡大していく。あたしはと言えばどうする事も出来ず、ただ目の前の惨事を呆然と眺めていた。

 

『ボンヤリするな、死ぬぞ…!』

 

 不意に手を掴まれ、凄い力で引き寄せられた。見ると案の定声の通り、慧おじさんがユヅキちゃんを連れて、あたしを引っ張ったのだと分かった。あっちだ、その目は体育館にある用具室の方に向けられていた。あそこに逃げるんだ、そう言っているんだと分かった。

 既に本校舎への出入り口には怪物の餌食となった死体が積み重ねられており、残った数少ない生き残りは最早既に逃げ道がとっくにない事実を突きつけられ、絶望を顔に浮かべていた。防火扉が降ろされ、唯一の逃げ道が塞がれたのだ。

 ヨソモノ共がやりやがった、ふざけるなアイツ等…!憤怒と怨嗟の声を上げる消防団の人達が後続の村人達を庇いながらなんとか扉をこじ開けようとしていたが、それは迫りくる怪物に対してはあまりに悠長だ。飛んで火にいる夏の虫、とばかりに《アナバチヴェルノム》は人垣に躊躇うことなく翅を広げて、襲い掛かった。

 

 だが今度は怪物の思い通りにはいかなかった。ガァンッ!という耳を聾する爆音が響いたと思った次の瞬間、怪物の背中に飛来した金属の塊が突き刺さった。硝煙の臭い、あたしは咄嗟に音のした方を見ると、拳銃を構えた駐在さんの姿が見えた。発砲したのだと分かった。

 

 通常日本の警察において発砲はあまり推奨されず、万が一発砲した場合その使途を報告書に記載したりする必要がある。早い話撃ったら始末書だ。

 

 それだけに、とにかく銃を撃つことはリスクの大きい行為だが、躊躇っている暇はない。今自分がやらなければ目の前の無辜の市民を見殺しにする事になる、それは警察官の矜持として許される事ではなかった。職を拝命して以来訓練以外でまともに発砲した事のない拳銃を、しかし確実に積んだ訓練の手腕を以て駐在さんは目の前の怪物に二発目の銃弾を発射した。

 狙いは外れず、吐き出された弾丸は怪物の左胸に突き刺さった。本来なら心臓がある筈の箇所を射抜かれた怪物は、しかし鬱陶しそうに体を震わせただけで痛みを感じた風でもなく、今度は駐在さんに狙いを変えて跳躍した。

 その驚異的な生命力に駐在さんは驚愕に目を見開いたが、だが瞬時に状況を呑み込むと三発目の銃弾を発砲した。しかし焦りでやや手元が狂ったらしい、銃弾は怪物の頭の右側を掠めただけに留まり、その1秒の間だけでソイツは駐在さんの間合いに接近していた。ギラリ、と鋭い針が凶暴に閃く。

 

 ――やめてぇっ…!あたしの叫びも虚しく、年老いた駐在さんの体は怪物の矛に貫かれた。怪物の顔が獲物を仕留めた嗜虐心でグニャリと歪んだ笑みの形を作った――ように見えた。

 だが次の瞬間、駐在さんの目がカッと見開かれ、自分の胸を刺し貫いた怪物の腕を抑えつけた。その痩せさらばえた体のどこにそんな力があるのか、という程の凄まじい気迫で怪物の動きを封じた駐在さんはその異形の頭部にリボルバーを押し付けた。

 

 乾いた音が更に三回響く。六連装のリボルバー拳銃に残された全ての弾丸を発射したのだ。至近距離で発射された弾は怪物の頭左半分を吹き飛ばし、赤黒い血と脳漿を撒き散らして怪物はゆっくりと崩れ落ちた。だがこの場合胸に刺さった針も一緒に引き抜かれた事で駐在さんの体からも同じく滝のような鮮血が噴き出し、彼もまた全ての力を使い果たしたかのように倒れた。

 

『駐在さん…!』

 

 あたしとおじさんが素早く駆け寄ってその痩せた体を抱き起こす。彼の薄い胸板にはポッカリと大穴が穿たれ、そこから次から次へと血が溢れてくる。恐らく心臓や肺腑をやられている、さほど医療に明るくないあたしでもこれはもう助からない、残酷なまでにそれは確信出来た。

 駐在さんの胸に当てた掌から熱い血が溢れていく。それは命が漏れ出て消えていく感触だ。微かな呻き声が聞こえて、ふと駐在さんの方を見ると彼はあたしとおじさんの顔を交互に見て、咳き込みながら、『すまんな…』そう呟いた。

 

『慧…お前にばかり苦労を背負わせて私は…。頼りない駐在で…本当に……』

『――もう良い、喋らなくて…ッ!』

 

 おじさんが叫んだ。その声に涙が滲んでいる。だが駐在さんはもうその声も聞こえていないように…おじさんの肩を強く掴んで、血走った眼を精一杯見開いて、祈るように声を絞り出した。

 

『…皆を…頼む…。この先も……』

 

 しかし全てを吐き切る事は叶わず、駐在さんはそこで事切れた。全ての生命を使い果たしたように体から力が抜け落ち、物言わぬ肉塊となった駐在さんの体をあたしはそっと抱き締める。

 

 どうして――!どうして――!!悔しくて、哀しくて……でもそう問わずにはいられなくあたしは嗚咽を漏らした。

 

 どうしてこんな風に人が死ななくちゃならないんだろう。ここにいる人達だって少し前まで当たり前のように生きていて、いつもと変わらない生活をこれからも送っていく、そうなんの疑いもなく信じていた筈なのに…。こんな事態になって建物に閉じ込められて、日の光を見る事も叶わず、得体の知れない怪物の餌食となって命を奪われるなんてあまりに惨めじゃない……!なんで皆がこんな目に合わないといけないの――ッ!!

 あたしは運命を呪った。

 

 だが今はそんな感傷に浸る事すら許してはくれない。不意に背後に気配を感じ、あたしはそちらに目を向けた。その先に広がっていた信じられない光景にあたしは愕然とした。

 駐在さんに頭を吹き飛ばされ、斃れた筈の怪物――《アナバチヴェルノム》が幽鬼のように起き上がっていたのだ。依然半壊した頭部から赤黒い血を滴らせながらも一切の痛痒を感じていないように翅を震わせている。

 

『ウソでしょ…』

 

 声が震えた。駐在さんが命を賭してもなおこの怪物を仕留める事は叶わないと言うのか…。あまりの不条理な光景にふとあたしは思い出した。

 

 ああ――、世界は残酷で命は不平等なんだって。

 

 どんなに真面目に、実直に、世の中のために、家族のために生きてきたんだとしても……似非神様(スペリオル)になろうと思い上がった男の胸先三寸でいとも簡単にその人生を壊されてしまう。ある日突然災害や事件に巻き込まれ、愛する人達と引き裂かれてしまう。それがこの世界だ。

 

 誰が、何をした、とかそういう事じゃない。()()()()()()()()()なのだ。

 

 それでも…!だとしても…!

 

 何を…。そんな勝手な事を…!

 

 そう悟った瞬間、諦念でも絶望でもなく、やはり強い怒りの感情が湧き上がってきた。

 

 あの日からあたしは神様を信じていない。お父さんとお母さんがあんな死に方をしなきゃいけなかった事もあたし達が今こうして死に直面している事も…そんな事が全部運命だとか神様の思し召しなんだとしたらこっちから願い下げだ。

 

 何がなんでも――生きてやる……っ!!例え世界中があたし達を見捨てても……!

 

『走って…!』

 

 あたしは立ち上がると呆然としているおじさんの手を掴んで駆け出した。駐在さんの決死の行動だって無駄じゃない、どうやら《アナバチヴェルノム》は片目を潰された衝撃でこちらの様子を捉えあぐねているらしい。逃げるなら今しかない。

 

『皆!あっちに…!』

 

 用具室の方を指差して防火扉の前にいる生き残りの人達に向けて叫んだ。その考えを汲み取ってくれたのか皆も一斉にこっちの方に走り出した。《アナバチヴェルノム》は未だにショック状態から回復しておらず、こちらを見失ったままだ、逃れるなら今しかない…!

 

 しかしその直後――!

 

『うわぁあぁぁぁぁぁあぁぁっっっ!!』

『タスケ――イヤァァァァァァッッッッ!!』

 

 外から絶望的な悲鳴が聞こえた。そう言えばさっき外の方に逃げていく人もいた…そう思った次の瞬間、窓やドアを突き破って三匹の怪物が飛び込んできた。《アナバチヴェルノム》のような人型ではない、皮下組織が剥き出しになった犬のような姿をし、各部から無数の触手を生やした…獣――?その悍ましい姿に絶句しているあたし達を嘲うかのように犬型のバケモノ――《イソギンチャクヴェルノム》が一斉に襲い掛かってきた。

 

 奴らの動きはまさに訓練され、統率された猟犬そのものだ。先頭の一体が人の群れに襲い掛かり、逃れた残りを両翼の二匹が挟み込む形で包囲する。その間に《アナバチヴェルノム》もショックから回復し、再びあたし達の方に飛び掛かってきた。

 

『このヤロウ…!』

 

 おじさんが叫びながら今朝方怪物の首を撥ねた消防斧を振りかざすと、目の前の昆虫人間に殴り掛かった。その一撃は狙い違う事無く《アナバチヴェルノム》の首元に命中したが、エメラルド色に変色した皮膚に弾かれ、全く効果を為さなかった。怪物は全く意に介さないようにおじさんの方に向き直ると鉤爪を振るい、おじさんを吹き飛ばした。切り裂かれた肩の辺りから鮮血が飛び散る。

 その間犬のバケモノは執拗に村人に襲い掛かり、各所から生えた異形の触手を突き刺し、花弁のような口を以て彼らに噛みついた。触手が意思を持っているかのように蛇行しながら彼らに絡みつき、貫く。毒に斃れた村人の遺体を犬の怪物は互いに奪い合うように貪り、咀嚼し、引き裂く。辺り一面はあっという間に村人達の死体と鮮血で埋め尽くされ、それも束の間あっという間に黒色の灰へと分解されていった。勝ち誇ったように犬の怪物が雄叫びを上げた。

 

 おじさんを助け起こしながらその光景が目に入り、絶望的な心地がこみ上げてきた。《アナバチヴェルノム》は再びあたしを捉えてにじり寄り、目下の獲物を全て片付けた《イソギンチャクヴェルノム》もこちらを新たなターゲットに捉えて走り寄ってくる。

 嗚呼、流石にもう駄目だな…。理不尽に対する怒りも生きたいという衝動すらも掻き消す程の圧倒的な絶望を前にしてあたしはただ漠然とそう悟った。己の死が避けられないと分かった時、思ったのは死んだらあたしはどこに行くんだろう…?という事だった。

 

 神も悪魔も信じられない、信じたくもないあたしは死後の世界だってあるとは思ってない。このままアイツらに食い散らかされて黒い灰に還られるだけの最期が待っているだけの事だろう、多分。でも…それはなんとなく寂しいな…。自分が生きた事に意味があったのか、それが本当の意味では分からなくて不安だから人は神様に縋ったり、死後の世界に安寧を求めたりするんだろう…こんな時にそんな事に気付いてもなんの意味もないけど。

 

 でも、確かにそうだ。意味を見つけられなければ死んでも死にきれない。あたしはおじさんが持っていた斧を握ると背後にいるユヅキちゃんの方をそっと振り返った。『ユヅキちゃん、合図したら走って逃げて』。

 

 ユヅキちゃんがハッとしたようにこちらを振り返る。何言ってるの…?その目がそう言っているのは知ってたけどあたしは皆まで言わせず、畳みかけるように言った。

 

『ここはあたしが食い止めるから。用具室まで行ったら急いでドアを閉めてありったけの道具で扉を塞ぐの。それくらいの時間は稼から――』

『ダメ…!そんな事出来ないです…ッ!!』

 

 それはつまりあたし達を置いて逃げろ、とそういう事だ。ユヅキちゃんの体格と力では手負いのおじさんを連れて行く事も難しい。まだ奇跡的に怪物の餌食にならずに済んでいる人達は数名いるが時間の問題だ。どう楽観的に見てもユヅキちゃんしか助かる見込みはない、と判断したからこそ反駁する彼女を方を見てあたしは『行きなさい!!』と叫んだ。怪物はもう目前に来ている。

 

『イヤです…!』ユヅキちゃんが叫んだ。

『お願いだからっ!!』あたしも負けじと叫ぶ。こんなやり取りしてる場合じゃないのに…。

 

 でも無理もない話だ。ユヅキちゃんだけでも生きて欲しい、なんてのはあたしのエゴだ。この子が、感情表現が下手で人から誤解されがちだけど、誰よりも傷つきやすくてかわいい、妹も同然のこの子があの怪物に貪り食われる未来は見たくない。だからせめて――。

 

 でもあたしの身勝手な願いは届かなかった。遥かに早くこちらの懐に飛び込んだ《イソギンチャクヴェルノム》がその醜い口を広げ、内側に生えた無数の牙を閃かせる。

 

 目前に絶対的な死が迫る。その事を痛感したあたしは愚図るユヅキちゃんをせめて庇うように抱き寄せた。

 

 

 ふと…。目前に迫るソレが最早避けようのないものであると悟った時、背けるように閉じた瞼の裏に二つの顔が思い浮かんだ。

 

 テツヤ…!ミキト…!

 

 これで最期なんだ…そう思ったら無性に二人に会いたくなった。何を話したいとか何を伝えたいとかそんな具体的な事じゃない。ただ会いたい、本当にそれだけ。

 

 バカだなあたしは…。今際のきわにそんな事考えるから…思っちゃうじゃないか…。

 

 死にたくない、って。

 もっと4人で一緒にいたかったって…。

 

 あと少し時間があれば――あたし達の関係にももっとはっきりした答えが見つかったかも知れないのに…。今更こんな事考えるなんてズルいよね。でもあたし欲張りでわがままだから、こんな風にしか君達と向き合えなかった…。

 

『ゴメンね…哲也…幹斗…』

 

 掠れたように慙愧の声が漏れる。背中に回ったユヅキちゃんの手に力が籠る。心の中の二人にそっと詫びて、あたしは静かにその時を待った。

 

 

 転瞬――。

 

 

 空気を切り裂くように。“ソレ”は飛び込んできた。

 

 窓ガラスを突き破ると同時につんざくように声が体育館に木霊する。

 

 

『グアアアアァァァァァアアァァァァァッッッッッッ!!!!』

 

 

 獣の叫び?いや違うこれは“怒り”の声だ。理性無き野獣の咆哮とは違う、明確な意志を宿した人の声…。否、正しく()()()()()()()()()()()の声だ。直感的にそう感じてあたしは顔を上げた。

 

 刹那、こちらに迫っていた《イソギンチャクヴェルノム》の横合いに飛び込んできたソレ――人の形をしていた――が拳を振るい、異形の獣を殴り飛ばした。その衝撃に獣はまるで紙屑のように吹き飛び、壁にめり込むほどの勢いで叩きつけられた。その肉体は弾けた水風船の如くグシャグシャにひしゃげており、受けた一撃がどれほど重たいものであったのかが分かる。

 

 何が起きたの…?あたしは突如飛び込んできた“ソレ”に目をやり、息を呑んだ。

 

 そこにいたのはエメラルド色の昆虫人間とも触手を生やした犬のバケモノとも違う、新たなる“異形”。筋肉を鎧のように纏った黄緑色の表皮、背中から生えた一対の翼のような突起物。手足や指先には鋭く尖ったスパイクを生やし、頭頂部に長い触角を備えた怪人。昔テツヤと神社の境内で捕まえたバッタに似てる、呑気にもあたしはそんな事を考えた。

 

 一瞬は助けが現れた、と期待したがその希望は目前の怪物をハッキリと捉えた事であっさりと打ち砕かれた。何のことはない、単にこちらを脅かす怪物に別の種が加わっただけの事だ、あたしは身を竦めた。

 しかし目前の異形はこちらに一切襲い掛かる様子もなく、黙って目前の同類と対峙していた。対する三匹の怪物も相手の動きを窺うようにジッと固唾を呑んでいるようだ。不気味な沈黙が館内に広がっていく。

 不意に、バッタのような姿をした怪物がチラリとあたしの方を一瞥した。充血して赤く染まっているがどこか憂いを帯びた光…他の怪物とは違うナニかが宿っている気がしてあたしはドキリとした。何か…この色を宿した瞳を()()()()()()()()()……?

 

『――兄さん……?』

 

 ユヅキちゃんがポツリと呟いた。その言葉にあたしは何を言ってるの?と彼女と緑の怪物を交互に見た。

 

 怪物――《バッタヴェルノム》はそれに一切応える事無く、もう一度咆哮を上げると目前の三匹の怪物達に飛び掛かっていった。

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 文字通り降って湧いた闖入者の登場にも三体の《ヴェルノム》は意に介す事はなかった。通常の生物であれば予想外の因子に対しては本能で危険を察知し、警戒し撤退する事もあるだろうが元より《ヴェルノム》にそのような生物的な知性は備わっていない。あるのはその増殖本能のままに“毒針”を対象に打ち込み、同類を増やすという事だけ。そういう意味では彼らは生物というよりはウイルスに近い、その結果対象が死に至ろうがどうでも良く全ては己の生息域を少しでも広げていく事、それが彼らの“全”であり、”(いち)”だ。

 怯んだように見えるのは単に“毒”が通じにくい同族相手に戦う意義を見出せないから、それだけだ。無駄な戦闘に興じるよりも《バッタヴェルノム》の背後で竦んでいる新鮮なエサを狩り取る方を優先したいという単なる食欲。

 

 睨み合いの均衡を破ったのは《バッタヴェルノム》の方だった。これ以上の対峙は時間の無駄だと言わんばかりに地面を蹴って跳躍した怪人が真っ先に狙ったのは先程仕留めた三匹の犬型の怪物の一体だった。この個体は《ヴェルノム》としては珍しく同一個体による連携を行う事がある事と四足歩行故の機動性は厄介だと判断したが故だ。

 狙われた事を察知した《イソギンチャクヴェルノム》は迎撃するように体の側面や頭部から次々と触手を伸ばして迎撃に出たが人間には感知できない程の速度で迫りくる触手も、しかし《バッタヴェルノム》の前では影絵に等しい。第六感の如く研ぎ澄まされた反射神経を以てして全ての迫りくる触腕を紙一重で回避し、逆に肘や指先に備えた突起物――スパインカッターを閃かせて次々と切り伏せていく。

 

 触手では効果がない、と判断した《イソギンチャクヴェルノム》は花弁のような醜魁な口を開いて相手に飛び掛かった。その奥にある無数の牙を研ぎ澄ませ、目前の敵の肉体を食い千切ろうとしたのだろうが、相手に近づいた所でその動きが止まった。《バッタヴェルノム》が貫手のように鋭い指先を伸ばし、その口腔を突き刺したのだ。射出される無数の触手は口腔の奥にその発生源が存在する、そこを正確に狙った《バッタヴェルノム》は次の瞬間、あらん限りの力でそれを引きずり出した。鮮血と共に無数の触手を生やしたブヨブヨの生態器官が外界に晒され、《イソギンチャクヴェルノム》は悲鳴を上げた。最後のあがきとばかりに引きずり出された器官から触手を絡みつかせて《バッタヴェルノム》に次々と毒針を突き立てるが、効果はない。本種(コイツ)の“毒針”の硬度は脆弱だ、人間ならいざ知らず、《バッタヴェルノム》の強靭な外皮に全くと言って良い程無効だった。

 鬱陶しいと言わんばかりに《バッタヴェルノム》は首の辺りを掻くともう一つの腕を更に口部に突き立て、そのまま魚の身をおろす様に顎の辺りからその体を引き裂いた。文字通り真っ二つにされた《イソギンチャクヴェルノム》の体を乱雑に投げ捨てると緑色の怪物は次の同種に狙いを定めた。

 

 しかしその隙にもう一体の昆虫人間――《アナバチヴェルノム》は半壊した頭部を付近に座り込む二人の少女と中年の男性に向けた。特に中年の方――成澤慧の方は自分の攻撃によって肩の辺りに深手を負っている。緑色の怪物が一体に気を取られている今がチャンスだとばかりにそのレイピアのような鋭い針を相手に向けた。《アナバチヴェルノム》の狙いを察知した梗華はまずい、と慧の方に駆け寄り、体を支えて逃げ出そうとしたが大の男を抱えて走れる程の膂力は少女にはない。二体纏めて狩るチャンスと言わんばかりに怪物は翅を震わせて飛翔した。

 

 ――が、しかし《アナバチヴェルノム》にとって死角になっている左方向から突如何かが投げつけられた。《バッタヴェルノム》がそうはさせないと言わんばかりに先程切り裂いた怪物の肉体の片割れを投擲したのだ。《ヴェルノム》の膂力を以て投げられた擲弾は瞬間的に秒速80メートル近くに達し、その運動エネルギーを以てして《アナバチヴェルノム》を吹き飛ばした。

 

 それを隙と見た最後の《イソギンチャクヴェルノム》はありったけの触手を伸ばして《バッタヴェルノム》の右腕を絡めとった。そのまま動きを封じつつ、一部の触手は防御の効かない目や口腔を狙って体を這いまわる。しかしそんな暇が与えられる筈もなく《バッタヴェルノム》は背部から二つの副椀を展開させると素早く腕に絡みつく触手を断ち切り、鬱陶しい拘束を逃れた。そのまま触手を引っ込める事を許さず、逆にそれを掴み直すと砲丸投げの要領で怪物の体を振り回し始めた。漸くヨロヨロと《アナバチヴェルノム》が立ち上がった事を見逃さず、そこ目掛けてまるでモーニングスターを叩きつけるように何度も怪物の体を打ち据えた。鮮血が飛び散り、肉を打つ鈍い音が体育館中に響いた。漸く音が止んだと思った時にその場にはグシャグシャに潰れて、ただの血塗れの肉塊と化した怪物の骸を引き摺った《バッタヴェルノム》が散々肉の棍棒で打ちのめされ、既に死に体となっている《アナバチヴェルノム》を見下げていた。

 

 《アナバチヴェルノム》は無惨な有様だった。エメラルド色の甲殻は血に塗れ、所々がひび割れていた。既に半壊していた頭部も完全にもう片方の複眼が潰れ、最早目前の状況を捉える事すら敵わないようだ。むしろ普通の生物であればとっくに死滅していてもおかしくない傷を負っても猶死ぬ事が敵わない、というのはいっそ哀れですらあった。脚が折れているのか碌に立ち上がる事も出来ぬまま、まさに這う這うの体といった有様で床上を蠢いている。こんな有様になっても《ヴェルノム》としての本能は獲物を見定め、彷徨っているのだ。《バッタヴェルノム》は容赦せずにその体を踏みつけた。

 一回や二回ではない、何度も何度も追い打ちを掛けるようにその体に脚を振り下ろす。鈍い音が響くたびに怪物の体から赤黒い血が飛び散り、体育館の床を汚していった。

 

 最後に《バッタヴェルノム》はしゃらくさい、とばかりにその体に馬乗りになると腕ひしぎの要領で鋭い針を備えた右腕を掴み、力を籠め始めた。骨と肉が軋むミシミシという音が響き渡り、抵抗も虚しく遂に怪物の腕は限界を迎えた。《バッタヴェルノム》が両腕を振り上げると共に《アナバチヴェルノム》の右腕が肘関節の辺りから引き千切られた。流石にこの衝撃は堪えたのか《アナバチヴェルノム》が悲鳴を上げ、組み敷かれた体をジタバタ揺すって逃れようとする。緑色の怪物は逃がさないとばかりに背中の隠し腕で更に抑えつけると、腕に握ったその針を容赦なく心臓の辺りに突き立てた。

 

『グゥギャアアアアアアァァァァァァァッ!!ア〝ア〝ア〝ア〝ァァァァァァッッッッ―――!!!』

 

 自らの最大の武器である“毒針”を突き刺され、《アナバチヴェルノム》が絶叫を上げた。人間に対しては致命的な効果を持つ《ヴェルノム》の毒は基本自分に対しては有効打にはなり辛いが、それは一突きや一刺しの話。その毒の本質はDNAに干渉する事によって、細胞に異常変異を引き起こす、そして適合しなかった場合は拒絶反応となって今度は肉体そのものを崩壊させるのだ。例えその毒から生まれた《ヴェルノム》と言えど過剰投入されれば劇薬となり得る。それを知っているからこそ《バッタヴェルノム》は執拗にもぎ取った右腕で同類の全身を滅多突きにした。

 何十回と激しい攻撃がやがて止んだ。最早全身という全身を抉られた《アナバチヴェルノム》は小刻みな痙攣を繰り返し、やがて糸の切れた人形のように動きを止めた。完全に息絶えた、と思った次の瞬間にはその硬質な肉体はゆっくりと黒い灰に分解された。

 

 再び静寂が戻った体育館の中で《バッタヴェルノム》が肩で息をするように佇んでいる。その様子を二人の少女は固唾を呑んで見守っていた。

  

 




中途半端ですが…今回はここまで。
それにしても戦闘シーンって書きづらい…ライダー同士の戦いなら違うのかも知れませんが怪物同士且つ一方が理性ぶっ飛び状態だと攻防みたいなのが成立しないのでは…?と思ったり…。

進捗次第で近いうちに投稿します。そこ終われば三分の一くらいかなぁ…
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