仮面ライダー:RE   作:大荒鷲

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CHAPTER-3:『REjectionⅠ』- ⑥

 何が起きたの…?

 

 凶暴に吹き荒れていた嵐が過ぎ去ってしまえば次に浮かんできたのは頭に浮かんでくるのは新たな状況への疑問。即ち館内を好き勝手に荒らし尽くし、暴虐の限りに振る舞っていた闖入者共とそれをあっという間に斃してしまった新たな異形の存在に対する疑問だ。

 少なくとも目前の“ソイツ”に対するあたしの感情は決して好意的なモノではなかった。どう見ても人間ではないのは明らかで、かと言って他のナニカと形容出来る訳でもない。確かに怪物を仕留めてあたし達を助けてくれたのは確かだけど、それは多分結果論。徹底的に獲物を仕留めるような乱暴な戦いぶりにコイツは危険だ、と直感が囁いていた。

 怪物が振り返り、あたしと目が合う。その瞳だけやけに人間らしい色を湛えているような気がしてあたしは肌を粟立たせて、咄嗟にユヅキちゃんを抱き寄せた。何があってもこの子だけは守る…そう決意して。

 

 しかし。さっきの昆虫人間がそうであったように目を合わせたらコイツは真っ先にあたし達を狙ってくる筈だと思っていたのに一向にその時は訪れなかった。それどころか《バッタヴェルノム》はどこか物憂げに佇んでこちらを見ているだけ、むしろ己の異形の姿を恥じるようにゆっくりとあたし達から距離を取り始めた。これではまるで怪物の方があたし達を恐れているようではないか…あたしは訝しんだ。

 ふと…。先程あの姿を見たユヅキちゃんが『兄さん』と呟いた事を思い出した。まさか、と思いたいけれどこういう時のユヅキちゃんの()()は基本外れないし、今朝のあのタコのような怪物だって人間が変異したものだったのだ。

 傍らのユヅキちゃんに視線を転じる。彼女は呆然としつつもどこか確信を持ったような瞳で怪物をジッと見つめていた。少なくともそこに迷いや畏れはない。まさか……?

 

『もしかして……ミキト…なの…?』

 

 掠れそうな声であたしは呟いた。目の前の相手に向けて言ったモノなのか、それが当たっていて欲しかったのか外れていて欲しかったのか…。とにかくどういう心境で放たれた言葉なのか、もう思い出せない。果たしてあたしの声が届いたのかは果たして定かではないが怪物はビクリ、と肩を震わせ、あたし達の視線から逃れようとするかのように顔を背けた。

 ねぇ…?続けて問い掛けようとした所、視界の端が何かが動くのを捉えた。思わず目の前のバッタ人間から視線を外してそちらの方を見やると…先程昆虫人間に突き殺された筈の駐在さんがヨロヨロと起き上がりだしているのが見えた。顔色は見えないがふらつきながらも両手を支えにして何とか床から起き上がろうとしていた。

 

 駐在さん…生きてた…!?

 

 あたしは立ち上がってその痩せた体に駆け寄ろうとした。奇跡的に目覚めたのかも知れないけど重症である事に変わりはないのだ、とにかくまずは止血をしないと…そこまで考えた所で不意に沈黙を保っていた怪物が動き出した。え、なに…?そう思ったのも束の間。《バッタヴェルノム》は起き上がろうとしている駐在さんに駆け寄ると――その鋭い爪先を背中に突き立てた!

 

『――ハッ!』

 

 駐在さんの体がのけ反るような態勢になって撥ねた。素早く《バッタヴェルノム》は肘部のカッターも展開すると彼の首筋に躊躇なくそれを叩きつけた。血が飛び散り、肉が裂ける音が響く。あたしが瞬きするひと刹那の間に駐在さんの首が撥ね飛ばされ、無惨に床に転がった。

 なんて事を…!!あたしが絶句した次の瞬間には怪物は本校舎に通じる通路の前で重なり合うように斃れている人垣――正確には死体の山――にも飛び掛かり、片端からその遺骸を切り裂いていく。

 

『――やめて……もぅ…っやめてぇぇぇぇ……っっ…!!!』

 

 思わずそう叫んだ。なんでこんな事をするの、なんでただ安らかに眠る事すら許してはくれないの、アンタ達は一体何者で何がしたいの…!怒り、恐怖、嘆き、困惑…ありとあらゆる感情の爆発。静かに激しくあたしの声が木霊した。

 そうして不意に。怪物の動きがピタリと止まった。明らかな動揺を湛えた視線がこちらに向けられ、あたしも思わずその瞳に魅入っていた。醜悪な見た目に似合わない酷く澄んだ色…その仕草。似てる…という感触と先程のユヅキちゃんの言葉が鎌首を擡げてきたが、あたしは冗談じゃない、と頭を振ってその考えを追い出した。

 

 アイツは――あたしの知っている彼は断じてこんな事はしない、という確信。それと――もし目の前のこの怪物が“そう”ならもう彼は既に……それだけは絶対に認めたくなかった。

 

 だが怪物――《バッタヴェルノム》はどこか寂しそうなあたしとユヅキちゃんを交互に見つめている。返り血に染まったその佇まいはどうあっても理性のない怪物のそれではない。何か昔こんな映画があったような気がするな…。とかそんな事を思っていると不意に背後からナニカが立ち上がるのが見えた。頭に被った消防団の帽子…先程昆虫人間に刺されて倒れていた筈の人…?そう認識した束の間、その人は突如《バッタヴェルノム》に襲い掛かった。

 

『危ないっ!?』ユヅキちゃんが叫んだ。

 

 消防団の男性は獣のような咆哮を上げながら怪物に掴みかかった。防衛本能が働いて理性を失くしているのか…いやそうではない。アレはどう見てもニンゲンではなくなっている、姿こそそのままだがもっと根源的な所で人ではないモノ――あの怪物達と同質の存在になりかけている。

 まるでホラー映画とかによく出てくるゾンビさながらの姿だ。まさかそれがあの昆虫人間の能力で、あの緑色の怪物はそれを知っているから敢えて倒れている遺体を損壊させたの…!?あたしは絶句した。

 後で知った事だがそれがあの《アナバチヴェルノム》の能力だ。《ヴェルノム》の“毒”には強弱と言った等級があるようにその効果も千差万別。この《アナバチヴェルノム》の持つ“毒”は脳に直接作用する事で対象を仮死状態にさせ、一定期間後にゾンビ状態にさせて蘇生させるという特性を持っている。ゾンビはその本能に従って生きている者に襲い掛かり、噛みつく事で“毒”を再注入する。この“毒”は《ヴェルノム》のそれよりもずっと弱く、噛まれたからと言って発症するとは限らないのだが少なくとも対象を死に至らしめてしまうよりかは感染を広げられる確率が高くなる…なんだって。この時あたし達が見たのはまさにそれによって村の人がゾンビ化して《バッタヴェルノム》に襲い掛かる光景だった。

 

 緑色の怪物は気を抜いていた矢先の不意打ちに流石に虚を突かれ、ゾンビに組み付かれはしたが、生憎な事に人間相手ならまだしも《ヴェルノム》相手に有効な牙も爪も怪力もゾンビ化した程度の人間は持ち合わせてはいなかった。さしたる攻防もなくゾンビ人間はあっさり拘束を振り切られ、そのまま頭部を掴まれた。次の瞬間果実が弾けるように頭部が潰れ、元人間だった体はゆっくりと崩れ落ちた。

 戦いは終わった。最早館内に蠢く異形のモノは《バッタヴェルノム》しかいない。しかしその後ろ姿に勝者の感慨はなく、ただひたすらに戸惑いと寂寥を携えているように……あたしには見えた。でもだからと言って何を掛けて良いのか、それさえも分からずあたしはただ見ているだけだった。

 

 不意に。

 

『――――ア〝ア〝ア〝ア〝ア〝ア〝ッッッ!!!』

 

 《バッタヴェルノム》が掻き毟るように体を抑え込んで絶叫した。皮膚が不気味に蠕動し、まるで内なる何かが湧き上がってくる事に必死で耐えているようだった。それと同時にその巨躯から急速に冷気のようなものが噴き出し始め、まるで空気の抜けた風船のようにその身体が縮小を始める。

 完全に蒸気が消え去った時、そこに立っていたのはもう《バッタヴェルノム》ではなく、明らかに人間の背中だった。何故か上に着るものは纏っておらず、不気味に肥大化した葉脈みたいな…緑色の斑紋が各所に広がっていたけれど。さっきまでの戦いぶりが嘘のように思える程意外と線の細い、と思ったのは一瞬の事、例え後ろだけであったとしてもあたしがその姿を見間違える筈はなかった。

 

『ミキト……!』

 

 間違いなかった。例え直前まで怪物の姿を取っていたとしてもその後ろ姿を見てしまえばもう先程の疑念は全て消え去っていた。

 驚いたように肩を震わせ、彼がこちらを振り返る。まるで高熱に浮かされたような荒い呼吸と激しい息遣い。普段なら絶対に見せないような姿だけど間違いなく、山城幹斗だった。一体何が起きたの、とかあの怪人態はなんなの、といった疑問が急速に頭に浮かび上がったけど、その顔を見た次の瞬間にあたしはもう一も二もなく彼に駆け寄ろうとしていた。

 

 だが――

 

『来るなぁっ!!』

 

 あたしの様子を見咎めたミキトが強い口調で叫んだ。明らかに拒絶の意を纏った声色に脚が竦んだ。

 

『頼む…。見るな…見ないで…僕を…』

 

 あたしの顔に恐怖が浮かんだのを敏感に感じ取ったのだろうか…。ミキトは一転して弱々しい口調で懇願するように声を吐き出した。それを聞いてあたしは確信した、嗚呼、本当に、間違いなくミキトだ…、と…。

 

 先程の荒々しい怪物の面影はもうない。ただひたすらに正体不明の力に怯えて、縮こまっている幼馴染の姿。途端に胸中を抉り取るような鋭い痛みが襲い掛かり、あたしは口を歪めた。それ以上の思考は必要なかった、あたしは一度は竦ませた足を無理矢理にでも振るい立たせて彼に駆け寄り、その背中に覆い被さる形で抱きしめた。

 熱い。剥き出しの地肌に触れて最初に感じ取ったのはまるで内部に炎でも宿したかのようなその熱さだった。恐らくミキトの体に起きている異変と何か関係があるのだろうと類推する事は出来ても今は何かを問う気にはなれず、あたしは肩に回した腕に力を籠めた。

 

『――離して…頼む…僕は…』

 

 やがてミキトが弱々しく、しかし懇願するように口を開いた。あたしはそれを最後まで言わせず『…ヤダ』とピシャリと跳ね除ける。

 

 ミキトはそれ以上は何も言わなかった。無理に振り払う事もしなかった。その代わり重ねた手を握り返してもくれないし、胸の内に抱えた痛みをあたしに明かしてくれもしない。近いようで遠い、微妙な距離。やがてミキトはただ『どうして…?』と絞り出すようにだけ言った。

 

『わざわざ聞かないでよ、仮に君だったらそうする……?』

 

 あの日。パパとママを亡くして以来初めて登校した時。優しかった先生もどこか腫れ物に触るような態度で、親しかった筈のクラスメイトもどこか遠巻きに見ているようで。無理もないと思った、こんな事態になってあたしだって自分がどんな風に接して欲しいのか分からないのに、所詮他人なんかに分かる筈がない。もし迂闊に声なんか掛けられようものなら酷い言葉をぶつけて当たり散らしちゃうかも知れない。そんなあたしがあたしは怖い、急速によそよそしくなってしまった皆も怖い。

 だから誰もあたしを見るな。話しかけるな。いないモノとして扱ってほしい。きっとそれが今の空気なんだから――それで正しいんだって。

 でも君は呆気なくそれを破ってくれた。マイペースに生きてるようでその実意外と場の空気に聡い君が、真っ先に。お陰であたしも本当の気持ちに気が付いたんだよ、本当はいつも通りに接して欲しかったし、また輪の中に入れて欲しかったんだって。

 

 だから見ないでというなら目を逸らさない。来ないでというなら抱き締めて支えたい。君自身に君を貶めさせはしないから――。少なくともあたしも――()()()も……。

 

 ユヅキちゃんもミキトの傍に駆け寄り、あたしと反対の方からそっとその体に縋りついた。感情を表現したり、口に出したりするのが苦手な彼女は何か確かな言葉こそ掛けなかったけど、その手が微かに震えていた。控えめに溢れた涙と震えている手は安堵の証だ。何があったのかとかそんな事は関係ない、今はただ再び会えた歓びを分かち合いたかった。

 

 ミキトは何も言わなかった。その代わりあたし達に身を委ねるように体の力を抜いた。やがて必死に堪えるような小さな嗚咽が漏れ始める。それに交じって微かに『良かった…生きてて…』そう呟いたのが聞こえた。あたしもだよ、そう告げてその背中に頬を寄せた。

 今度こそ嵐は去った。縋りつき合ったあたし達を中心に暖かな(フィールド)がゆっくりと広がっていった――

 

 

 ――それで終わってくれればどんなにか良かっただろうに…ね。

 

 

『――らしい…実に素晴らしいわ…!!その神々しい御姿…やはりあの御方は正しかった、のねっ……!』

 

 不意に。本当に不意に。無粋とも言える濁声と乾いた拍手が静寂を打ち破った。心酔と高揚の混ざった得意そうな声色。穏やかに凪いでいた水面に投じられた一石のように場を打ち破る。

 あたしはミキトの肩から顔を上げて振り返った。その不快な声の主は知っている。

 

『まさしく…まさしく“スぺリオル”の祝福そのものだわ…。貴方こそまさしく選ばれし者…あの御方の預言が今ここに実現する時が来たのよ…』

 

 その先にいたのはあの鴨井戸のお婆さんだった。人の死体の下に潜んでいたのかただでさえみすぼらしいその身なりは血糊や怪物の体液に塗れて、最早サイケデリックなまだら色に染まっているが当人はそんな事気にした風もなく、陶酔したようにあたし達の方を仰いでいた。

 

 ――いや違う、その視線は明らかにあたし達の事なんか眼中になく、ただひたすらにミキトだけを見ていたんだ。年甲斐もない、己の醜さを気にも留めないような熱の籠もったその視線に不快な感情が胸中に広がっていく。

 

 なんでこんな人が生きてんのよ…!幾多もの感情と共にあたしは歯噛みした。

 

 だが…あたし達に向けられた視線はそれだけではなかった。よく見ると件の婆さんと同じように辛うじて怪物の被害から逃れた人々がちらほら顔を出し始めた。彼らは一様に目の前の惨状に表情を凍り付かせ……畏怖と恐怖が半分づつ混ざった視線をミキトに向けたのだ。

 

 振り返ると肩の傷を抑えた慧おじさんも呆気に取られたようにこっちを見ていた。でもその瞳でさえ今は信じられない、とばかりに見開かれており、決して好意的なモノとは呼べなかった。

 

 凍てつくような冷たい空気が場に広がっていく中、場違いとも言える老婆の哄笑だけが淡々と響いていた。

 

  

・・・・・・・・・

 

 

 そこまで話してふうっと梗華が息を吐く。それから話し疲れたようにそっと湯呑を取り、中身を口に含んでから顔を顰めた。

 

「――苦っ…」

 

 冷めたお茶程苦いものもない。特に目が冴えるようにと濃く淹れたから余計に。哲也は立ち上がって淹れ直すか?と問うたら梗華は小さく首を横に振った。

 

 あの日、大勢の人が死んだ、俺達にとって顔見知りの人も大勢…。辛い記憶を呼び起こしたからだろう、明らかに顔色が悪い。最も俺も似たようなモンかも…と思いながら哲也はそっと立ち上がるとそのまま梗華の傍らに腰かけた。

 そっと細い肩に手を置いた。抱き寄せるでもなく本当にただ少し互いの体温が感じ取れるくらいのソフトな接触。流石にそれ以上はいくら幼馴染でも踏み込めない領域な気がしたし、それこそ小学生の時とは違う、あの頃みたいにただ無邪気には、もういられない。梗華もそれが分かっているからかそれ以上求めては来なかった。

 そんな俺達の様子を柚月が怪訝そうな目で見ている。なんだかそれが妙に気まずくて哲也は梗華の肩から手を離す。暫し気まずい沈黙。

 

「鴨井戸の婆さんか……話は聞いてたけど…ただのタチの悪い噂だと思ってた…」

 

 確か少しだけ聞いた事がある。役場の職員で消防団にも属している鴨井戸のオッサン。父さんと同じ他所からのIターン組の人で仕事ぶりは至って真面目、古くからの住民と軋轢を起こす事も観光客と揉める事もなく、誠実かつ実直な人。まぁ消防団の人はそう言って大体彼を誉めてくれてた気がする。高齢化著しい消防団にとってはどうあれ若い(と言っても40代だけど)人の参入は嬉しいって事情もあるらしいが。

 ただ一点。彼には()()()()()()()()()()()()()。それは一部の人にとっての暗黙の了解だったらしい。それが彼の母親の事。団員と役場の人でもごく一部しか知らないらしい、とにかく一種の禁忌(タブー)だと。なので詳しい事は哲也自身も知らない。

 

 鴨井戸のオッサンは一人でこっちに来た訳じゃない。奥さんも子どももいないけど母親と同居している、という話。ところがこの母親というのは良くない病気を患っているだとか何とかで基本家の外に出てこない、住民とも接触しない。というか対外的にはいない事になってる、とかなんとかで話題に出してもならん、みたいな。大昔の村八分伝説にでも在りそうなおかしな噂。

 

 地元の悪ガキの間では彼の家の近辺に出没するみすぼらしい身なりの妖怪みたいな老婆が目撃されたら、そいつの事だなんて言われてもいたようだが、「近づいたらあかんといったろうがっ!」、と大人にドヤされるのがオチなので次第に誰も話題にしなくなったとか。嘘なんだか本当なんだかよく分からない変な話だ。

 恐らく鴨井戸のオッサンが「母さん」と呼んでいた事から察するにその老婆が恐らく件の母親なのだろう。彼女は普段は家の中に隠れていて公に――まぁ対外的には――村民がその存在を知る事はなかったが、避難に当たってはそうもいかず、彼女は初めて公共の場に出てきた、そういう事なのだろう。

 

 という事は恐らく――

 

「多分その婆さんは()()()()()()()()()んだろうな。で、教団が解散した後息子に引き取られて逃げるようにこっちに引っ越してきた…そんな所か…」

 

 白零會の件を取材しているとイヤという程似たような話をよく聞く。梗華がうん、と頷いた。

 

 梗華も後でオッサン本人から直接聞いたらしい。都会の大手商社で働いていた鴨井戸のオッサンには離れて暮らす母親がいたそうだが、その人がいつの間にか白零會の信者になっていた、という話はまさに晴天の霹靂だったらしい。長年連れ添った夫を亡くした隙間につけいるように教団は接近し、あっという間に老婆からお布施という名目で財産を巻き上げていたそうで、オッサンが気が付いた時には彼女はすっかり預金を使い潰し、教団の教義に洗脳されていたそうだ。終いには彼の奥さんやその親戚にまでお布施や入団を勧めだしたものだから、オッサンは家族と別れざるを得なかったらしい。

 

 彼女の信仰は教団の悪事が明るみに出ても変わらなかった。いやそれどころか世間が鬼の仇のように白零會を糾弾すればするほど、その信心はより一層頑迷になったそうだ。いくら違法行為に加担していなかったとしてもこんな状態の母親にまともに社会生活など送れる筈などなく、さりとて見捨てる選択肢も持てなかった鴨井戸のオッサンは職も家族も生まれ育った土地も全て(なげう)ってあかつき村に移住する事にしたらしい。親戚も知り合いも誰もいないこの村に。

 

「で、逃げ延びたその土地でまさに尊師とやらの預言の通りのような出来事に巻き込まれた、と…。皮肉な話ですね」

 

 黙って話を聞いていた柚月が吐き捨てるように言った。多分に棘のある口調だ、件の老婆について随分と恨み辛みがあるらしい。この後何があったのか聞きたくもあったが、明らかに疲弊している二人の様子を見ているとそれ以上の催促も憚られ、哲也は溜息を吐いた。不意に、気を緩めた拍子なのかなんなのか腹がきゅるる、と鳴った。思わず部屋に備えつけられた時計に目をやると現時刻19:48分。いつの間にかとっくに夕飯時すら過ぎている事に哲也は思わず面食らった。腹の虫を目敏く――いや耳敏く聞きつけたらしい、柚月が生温い視線を哲也に注いでいた。

 

「こんな時に随分と呑気なんですね?」

 

 思いっきり嫌味の籠もった口調に哲也は僅かに頬が熱くなるのを感じながらも「仕方ないだろ!」と返した。

 

「よくよく考えたら二日間点滴漬けで何も食ってないんだぞ俺!むしろ今の今までよく我慢したモンだわ」

 

 ついでに言うなら目覚めてからこっちお茶とお菓子を少し口にいれただけだ。いい加減体が食事を求めだしても可笑しくはない、いや腹が減ってはナントヤラ、という位だから来るべき戦に備えて体がエネルギー補給を要求しているのではないか…!とかなんとか訳の分からない理屈を捲し立てる。柚月が鬱陶しそうに顔を顰める。

 

「はいはい分かりましたよ、なんか食べますか……ってレーションパックしかないや…」

 

 柚月はおもむろに腰に下げていたバッグを開けると中から数点、パッケージを取り出し始めた。登山の時に持っていくようなアルファ米とかフリーズドライ食品の類。なんでそんなモン持ってんだよ、というツッコミを華麗にスルーして柚月は立ち上がった。「梗華も。なんか食べて下さいね?」そう一声かけると部屋の外に出ていく。多分お湯でも沸かしに行ったのだろう。

 

「あぁ…うん…?ありがと…」

 

 話し疲れたのか少し放心したようになっていた梗華がその言葉に反応してぎこちなく頷いた。やがてやかんに火を掛ける音が聞こえ始めたと思った時。梗華がハッと我に返った顔をして哲也の方を見て、それからまさか、というように部屋の外に目をやる。明らかに驚嘆の表情を浮かべていた。

 

 なんだ、まさか何かあったのか!?突然の事態に動揺しつつもそう問い掛けようとした刹那。弾かれたように梗華が立ち上がり、部屋を飛び出した。なんですか一体?疑問に思っているとなんだか水場の方で言い争う声が聞こえ始めた。

 

「良いから!私がやるから柚月ちゃんは座っててっ!!」

「なんでそんな必死になって止めるんですか!?レーションなんて温めさえすれば誰にだって出来ます!!」

「ソレは世間一般の常識なの!お願いだから柚月ちゃんは食料に触れないでぇぇぇぇっっっ!!」

「どういう意味ですかソレはあぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!」

 

 なんだと思って廊下に顔を出すと流しの前で二人の少女がもつれ合っていた。よく見ると柚月が持っているフリーズドライ食品のパッケージを梗華が必死の形相でひったくろうとしているのだった。…なんだか知らないが柚月に調理をさせまいとしているようだ。

 

「あ、哲也!命が惜しかったら今すぐこの子止めてぇっ!!」

「失礼なっ!確かにこの間は散々でしたけど今の私はこの前とは違いますっっ!!!」

 

 ……()()()とやらに一体何があったんだよ…と哲也が密かに戦慄していると不意に後ろの引き戸が開く気配がした。掴み合ってやいのやいの騒ぐ少女たちから視線を外して振り返ると今しがた入ってきたらしい初老の男――確か楠とか呼ばれていた筈――と少しばかり小柄な少年が呆れたような表情でこちらを見ていた。

 

 哲也は息を呑んだ。この少年は知っている。確かあのパワードスーツ――《エースゼロ》を纏って怪物や《スカルマン》と闘っていた――。

 

「ナニ遊んでんだよ…」

 

 やけに湿った口調で少年――琥月辰雄が溜息を吐いた。

 




キリが良いので今回はここまで。ひとまず梗華の視点からの話はこれでしばらくの間、終いです。次回は久々にアイツが登場します、また違った視点で新しい物語が描かれると思うのでお楽しみに、です。

それではまた次回!
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