仮面ライダー:RE   作:大荒鷲

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CHAPTER-3:『REjectionⅠ』- ⑨

 文字通りの這う這うの体で進む事…何分くらい経っただろうか。記憶が確かなら――業腹な事にそれについては無駄な自信がある――そろそろ制御室の上あたりに来てる筈だけどな、と僕は下に通じてそうな所を探った。

 

 音を立てるといけないな、と思いつつ慎重に手を這わせると微かに下の方から声が聞こえた。人の話し声だ、と咄嗟に理解した僕はすぐさま聴覚に全神経を注いでその声を聞き取ろうとした。

 

『Insa――ty…so―ds li―― som――ng he would th―― of...』

『No need to t―k non――se, Doctor? Co――ng wi―― us.』

『Why don't y―― at l―――t put d――n guns?』

 

 英語な上に所々歯抜けで何を言っているのかよく聞こえない。だが少なくとも穏やかな会話ではなさそうだ。声の主は間違いなく一方は父さん、もう一方は女の声だと知れたが他にももう一人の気配を感じる。圧倒的に分が悪い、それだけは確かだという事は分かるのだが、会話の流れから察するに相手は銃を持っているようだという事、そしてそれが現在父に突き付けられていている事。その二つが僕を無性に焦らせた。

 聞こえてくる父の声は落ち着いてはいたが微かに焦燥が感じられた。それに対して声の主の女はどうやら『一緒に来なければ撃つ』とそう宣言しているようだ。グズグズしている時間はない、そう判断した僕はわざと通気口の床(?)を強めに叩いた。ゴンゴンという鈍い音が反響する。

 当然それは下の階にも響いたようだ。僕には見えなかったが制御室では突如響いた音に女は警戒するように身を硬くして手に持ったハンドガンを父に向けた。その間女の背後に立っていた男が探る様な視線を天井に向ける。

 

『What did you do? I told you not to resist in vain!(何をした?無駄な抵抗を…!)』

『Huh?Maybe a rat or something passed through it?(はて…?ネズミかなんかだろう?)』

 

 女が父に向って詰問し、当の本人はどことなく惚けたような口調でそれを受け流した。その態度に腹を立てた女が『ふざけるな!』と激昂したのが分かった。というか日本語話せたのか…その語気の強さに僕は少し身を竦めた。

 

『There's someone in there. Check the vents.(何かいるわ。通気口よ)』

 

 女が後方に控える男にそう命じた。男が疑わし気な眼差しで父を見ていたが気を取り直したように背を向けるとゆっくりと通気口の方に近づいてきた。マズイな、と僕は焦る。今僕がいるのは点検口のすぐ近く、男が今その蓋を開けたら絶対に鉢合わせする。下がろうにも今更遅いし、下手に動いて音を立てたら確実に怪しまれる。文字通りどん詰まりに陥った自分の愚かしさを呪いたくなってくる。男がなんとか足場を組んで通気口の蓋に手を掛けようとする

 だがその刹那、静寂を破るように太い声が聞こえてきた。犬の声――?急に響き渡った場違いな獣の声に室内にいた一同は一瞬そっちに気が向いた。だが僕にはハッキリと分かる、多分あの勘のいい相棒がくれた援護射撃だ、なればチャンスは今しかない――!直ちにそう判断した僕は一気に通気口の蓋を開け放った。

 

 その瞬間にすぐ下にいた男と目が合う。突然現れた子どもの存在に男は面食らったようで、それを隙にして僕は一気に通気口の中から飛び出した――というか思いっきり頭突き。いきなりの反撃にバランスを崩した男の体が傾ぐのを見逃さずに僕は飛び出した勢いのまま男に全体重を掛けて圧し掛かった。そのまま均衡を完全に失った男は大きく態勢を崩したまま、受け身を取る暇もなく床に叩きつけられ、ぐったりと動かなくなった。生きているのかそれとも…気にならないでもなかったが僕の優先順位はそこじゃあない。僕は男が握っていた拳銃を抜き出すと躊躇うことなくそれを女の方に向けた。

 

『動くな!』

 

 狭い室内に酷く上ずった声が木霊する。女の表情は色の濃いサングラスに阻まれてハッキリとは分からない。だが突然の事態に明らかに動揺するように顔を青くしていた。僕と女の視線がぶつかり合うように交錯する。

 

 英語を話していたからてっきり外国人かと思ったが目の前の女は東洋人風の容貌だった。年齢は……暗がりでよく分からないが凡そ20代半ばと言った所か。女から少し視線を外して脇で倒れている男を見やるとこちらは30代くらいの白人の巨漢。如何にも軍人と言った風情の服装で二人とも同じ規格の装備品を身に着けている。テロリスト、と言った風じゃあない、ならコイツらは一体何者だ…?額をイヤな汗が伝う。

 

『幹斗……』

 

 女に拳銃を突き付けられても全く動じていなかった父さんがこの時ばかりは心底驚いた、というように呟いた。それを聞きつけた女が納得したように僕の方に向き直る。その間も銃はしっかりと父さんの方に向けられたままだ。

 

『そう…貴方が山城幹斗ね…?』

 

 得心がいった、とでも言いたげにルージュを引いた唇を艶やかに歪める。そんな場合じゃないことくらい分かっている筈なのに思わずドキリとさせられた。

 

『Fools rush in where angels fear to tread……(飛んで火にいる夏の虫…ね)』

 

 女が不敵に微笑む。なんて言ったんだか分からないが確実に良からぬ事を企んでいるのは明らかだ。僕は思わず『余計な事言うと撃つぞ、警告じゃない…!』と叫んでいた。自分でも酷く上ずった声だと思うが…。

 

『You fail at the last minute, didn't you, boy?Should have at least learned how to use a gun.(詰めが甘かったわね、ボウヤ?銃の撃ち方くらい覚えておきなさい)』

 

 酷薄な声で女は言った。言葉の意味はハッキリとは分からないが警告を意味しているという事はよく分かった。この余裕はなんだ…と僕の戸惑いを余所に女は悠然と佇んでいる。

 

 クソ、撃てないと思って舐めてるのか…!カッとした僕は迷ってる場合じゃなさそうだ、と判断して拳銃のトリガーを引き絞ろうとした――がそれはまるで万力を嵌めたようにビクともしない。

 しまった、安全装置を外すのを忘れていたのか…!漸く女の言っていた事の意味が理解でき、つくづく己の中途半端さを僕は呪った。急いでそれを外そうとして思わず女から視線を逸らしてしまったのもいけなかった。気が付いたらいつの間にか懐に飛び込んできた女の手が電撃的に動いて僕の手から銃を叩き落としていた。掌に雷が落ちたような感覚に僕は呻く。その隙に女は僕の背後に回り込み、そのまま片腕を捻り上げると側頭部に硬いもの――拳銃を押し当てた。

 

『Now, what are you going to do, Doctor? Either I leave my son to die, or calmly comes with us...Choose between the two.(どうするかしら博士?このまま息子さんを見殺しにするか大人しく私達と来るか…二つに一つよ?』

 

 僕の動きを封じつつ、女は柔らかな、しかし有無を言わさない口調で父さんにそう告げた。状況的に勝ち誇ってもおかしくはない筈なのに口調は至って冷静だ。 父さんは額に冷や汗を浮かべていたが、なるべく思考を読ませまいとしているのか努めてポーカーフェイスを装っている。

 

『Soon, a detachment unit will be heading to the village as well. With that, our mission will be accomplished. If you don't want to incur unnecessary casualties, don't resist in vain, okay?(間もなく村の方にも仲間が行くわ。それで任務は達成よ、余計な犠牲を出したくなければ無駄な抵抗はしない事ね?)』

 

 その態度を反抗の意と見做したのか女が更に畳みかけるようにそう告げた。その口調に僅かな焦りが混ざるのを僕は聞き逃さなかった。だがそれは父さんも同様でその言葉を聞いた途端に真一文字に結んでいた口元が微かに歪んだのだった。

 

『この子らは…村の人達は無関係だ…!何を勘繰っているのか知らんがそちらこそ無意味な事はやめたらどうだ!?』

『We'll decide whether it's irrelevant or not. In any case, there's not much grace, right?(それは私達が判断するわ。いずれにせよあまり猶予はなくってよ?)』

 

 父さんは英語をかなぐり捨てて女に向かって怒鳴った。女も苦虫を噛み潰したように唇を歪めてそう絞り出す。出来ればこんな事はしたくない…とそう言っているように思えた。

 この女は一体何者なんだ…?一方僕はと言えば父さんとのやり取りを聞いて今自分に銃を突きつけるこの襲撃者の正体を掴みかねていた。猶予がない、とか煽る様な事を散々言っておきながら発砲するどころか指の一本でも捻り上げる気配すらない。あくまでそれは最後の手段でまるで父さんに何かを訴えかけるような切実な雰囲気さえある。

 

 研究所を狙うテロリスト?それともどこかの外国企業の産業スパイか何か?どれもしっくり来なかった。それでも一つ会話の流れからなんとなく分かるのはコイツを放置しておくと村が襲われかねない、という事だ。

 

 そんな事はさせない…。あそこにはユヅキやキョウカが…僕の「家族たち」がいるんだ。少なくとも人の研究所で堂々と武器を振りかざし、久世さんを殺したような奴らを村にいれる訳にはいかない…!混乱する頭の中でそれだけはしっかりと判断した僕は意識して体から力を抜いた。急に弛緩した感触に女が戸惑うのを見逃さずに僕は首に下げていたペンダントの先端を口に含んで思いっきり息を吹き込んだ。が、しかし何の音もならない。

 

『なんだ!?何をしたの?』

 

 僕を拘束している女が突然の不審な行動に驚いたように僕の耳元で怒鳴り、締め上げる手に力を籠めた。更に強まった手首の痛みに流石に僕は呻いたがもう遅い。女が僕の行動に気を取られたほんの数瞬。その隙にこちらの意図を察した父さんが制御室の入り口のハッチを開ける操作をしたのを僕は見逃さなかった。

 次の瞬間、人のモノとは異なる気配が部屋に飛び込んできた。それ――ガロは直ちに目の前の状況を理解したらしい、『アタック!』という僕の叫びに呼応するように背後から女の肩に体当たりを仕掛けた。突然の衝撃に女が呻き、一瞬拘束が緩んだ。その隙に僕は遮二無二手を動かして女から拳銃を奪い取る事に成功した。

 

『ナニを…!』

 

 だが女の方も負けじと腰に下げたナイフを抜刀し、突然の襲撃者に応対しようとしたが犬の機動力は並大抵のものではない、それこそ人間の動体視力ではおいそれと捉える事は出来ないだろう。ガロはすり抜けるように女の間合いを掻い潜ると背後に回り込んで再びタックルを仕掛け、それで女の態勢が崩れたと見るやナイフを奪い取るように右手首に犬歯を立てた。

 女が小さく悲鳴を上げてナイフを取り落とす、すかさず僕がそれを部屋の隅に蹴り飛ばした。同時に先程奪い取った拳銃を父さんの方に投げ渡す。見事にキャッチした父さんがすかさず女の方に銃を向ける。

 

『今度こそ形成逆転だ…』

 

 僕の叫びに女が歯噛みしたような表情で睨みつける。当の僕はと言えばまた掴まっても困るのでガロと一緒に女から距離を取って部屋の片隅に陣取っていた。

 暫し睨み合いの硬直。やがて女がその口元をグニャリと歪めた。屈辱と賞賛が混ざり合ったような…なんとも言えない笑みだ。

 

『What you did to me caught me completely off guard... I never thought he'd been so tamed...(完全に油断していたわ…まさかここまで飼い慣らしていたとはね……)』

 

 明らかに揶揄する口調。この期に及んで何言ってるんだコイツ…と僕は身を硬くする。どう見てもこちらに圧倒的に有利な状況下であるにも関わらず、女はまだ次の手を切る事を考えてるようだ。そこにはある種の執念すら感じる。僕はゾクリと肌を粟立たせ、ガロが牽制するかのように低く唸った。

 

『Would have preferred to resolve the matter as amicably as possible. But under the circumstances, we have no choice...(なるべくなら穏便に解決したかったのだけど…この状況ならもう致し方ないわね…)』

 

 女はそう言うとジャケットの懐からナニカ…小さな筒状の物体を取り出した。一見するとボールペンのような、しかし複雑なモールドが施された奇妙な機械。なんだ、と確認する間もなく女はその上部にあるスイッチを押し込んだ。

 瞬間、ズン!という轟音とそれに一拍遅れて突き上げるような衝撃が制御室を襲った。地震みたいだと思ったのも束の間、けたたましいブザーの音が部屋中に鳴り響き、赤い警告灯が激しく明滅した。緊急事態を知らせるアラーム……!?

 

『――ッ…!なにをした……!?』

 

 父さんが銃を向けたまま、女に怒鳴った。女は口元に微苦笑を刻みながら『It's a last resort...(最後の手段よ…)』と呟く。

 

『If you insist on resisting, we don't mind destroying the entire laboratory...we have been given that authority...(貴方が抵抗を続けるのならば、破壊して構わない…私達にはその権限がある…)』

 

 言葉の細部までは正確には分からないものの端々に混ざった物騒な単語の数々からコイツ等がこの“研究所”を爆破しようとしている事が窺えた。それでこの武装集団が“研究所”を占拠するか、それが叶わないなら破壊する事を目的としているのだと分かった。だがそれでも何のために…?という懸念は消えない。何度も言うが原発と違って破壊した所で放射線物質を撒き散らすようなリスクはないのだ、女たちのやる行為にはつまり何の意味もない。

 警報音だけが鳴り響くなか、睨み合う父さんと女。やがて父さんがフッと微笑み、銃を降ろした。

 

『Hmm...I guess that's how determined he is... But I can't let him do what he wants...!(ふむ…それほどまでの覚悟か…。だが…思い通りにはさせない…!)』

 

 父さんがそう叫んだ。手にした銃を背後のコンソール群に向けたと思うと一抹の躊躇いもなく、発砲してみせた。一発では終わらない、二発三発と続けて銃弾が吐き出され、制御室のシステムを司る機器が破壊されていく。

 

『Have you gone crazy...!?(貴方…正気なの…!?)』

 

 突然父さんが取り出した不可解な行動に戸惑ったのは何も僕だけではない。女もまたただでさえ冷や汗を浮かべていた顔色が生気が失くなるほど青褪め、次の瞬間には父さんに飛び掛かっていた。女に圧し掛かられそのまま床に斃れる父さんとそのまま胸倉を掴み上げ、何か怒号を叫ぶ女。もつれ合いながらも必死の形相の女に対して父さんはどこか余裕のある表情を浮かべていた。

 なんなんだこの状況は…?だが流石に戸惑っていられたのはほんの数瞬だ。とにかく加勢しなければ、と判断しガロと共に駆け出そうとした次の刹那。劈くような乾いた音が制御室に静かに、激しく木霊した。硝煙の匂いが鼻孔を擽る。

 

 聴覚と嗅覚にやや遅れて視覚が捉えたのは口から血を吐き出した父さんの姿、そしてそれを驚愕の表情で見ている女の姿だった。『Oh my god......』呆然と女が呟く。

 

『ふふふ…もう…完全に遅いよ…。私の…勝ちだ…』

 

 拍動するように血が噴き出る腹部を抑えながら父さんが静かに呟いた。誰に聞かせるでもなく自分の心の内にそっと吐き出すような声だった。その口元から新たに血が溢れる。

 

『Don't be silly...!(ふざけるな…!)』

 

 女が口角泡を飛ばす勢いで激しく怒鳴った。最早先程の怜悧さもかなぐり捨てて倒れている父さんの体に掴みかかり、力任せに揺さぶる。

 

『Stop this stupid behavior now...! Otherwise...or else...! !(今すぐこんなバカな事止めなさい…!さもないと…さもないと…!』

 

 今にも決壊しそうな程必死の形相。だが父さんはそんな女の声など意にも介さぬように…いやもしかしたらもう聞こえてすらいないのかも知れない…。

 

『これで良い…。種は蒔かれた…後は芽吹きの日を待つだけだよ…蘭奈…?』

 

 ただでさえ血が溜まった口腔から吐き出されるせいでその言葉はどこまでも不明瞭だし、それ自体どこか譫言のような響きさえあった。だが最後に言った言葉はハッキリと聞こえた。蘭奈――こんな時になんで()()()()を出すんだよ…と僕は戸惑った。だが唯一間違いがないのは父さんの命がもう風前の灯だという事、その一点。その事実にどうしようもなく寄って立つモノが全て抜け落ちていくような感覚に捕らわれた僕は最早女の事すら目に入らなくなり、父さんに駆け寄っていた。

 

『父さんっ…!!』

 

 僕は女を突き飛ばして父さんに縋りつく。女も女で完全に僕の存在を失念していたらしい、暫し呆然自失と僕らの様子を見守っていた。腹部の傷口を手で抑えながら僕は何度も父さんを呼んだ。僅かに息はある、だが最早声すら届いていないようでその目が開く事も無造作に投げ出された掌が動く事もなかった。命が消えかけている…残酷な程ソレは明らかだった。

 

 皺がれた絶叫が響き渡る。それが僕のものだと気が付いたのはそれから数刻遅れての事だった。ガロも喉を鳴らすように小さく啼いた。その間も依然何かしらの警告音が響き渡っていたがもう僕の耳には届かなかった。

 

 ――君にもいろんな事情があるのは知ってる。だから別に無理にとは言わないよ。

 ――でもさ…話せるうちに家族とは話した方が良いよ。不満でもなんでも吐き出しちゃいなよ。良い子でいる必要なんてない。

 ――人は死んだらどこにも行かないんだよ。消えていなくなっちゃうだけ。

 ――あ、別に変な意味じゃないよ?縁起でもなかったらゴメン。でもいつまでもあると思ったら駄目。あたしから言いたいのはそれだけだよ。

 

 …あの誕生日。突然研究所に行こうとお節介な二人(キョウカとテツヤ)が言い出した時。ひたすら渋りまくる僕にキョウカが珍しく神妙な顔になってそう告げた。別にそういう日が今にも来るとか言いたい訳ではなくて、要は話せるうちに親父と少し話せ。ぶちまけられるモノはなんでもかんでもぶつけてみろ――と。彼女はそう告げた。

 

 帰り路。ドヤ顔浮かべて『ほら。あたしの言った通りだったでしょ?』とか得意げに突っかかってきたキョウカを軽く小突きながら、でも僕はちっともそんな風には考えていなかった。僕にとってはとっくに失せたと思っていた父親――肉親への情を再確認出来た事だけが全てで彼女の忠告を深く受け止めていた訳ではなかった。

 

 僕はまだ無邪気に信じていたんだ。ここから始まるんだって。終わりなんて来ないって、どこかで、なんの根拠もなく。ましてやそれが今日来るなんて想像も及ばなかった。

 

『――おい!なんでだよ…起きろよ親父っ!!お、…ゃ――父さん……!』

 

 起きてよ…。そこから先はもう言葉にならずに喉から吐き出される事もなかった。不思議と涙は溢れなかった。ただ乾ききったような、ささくれ立った感情だけが僕の全身を呑み込んでいくのが感じられた。

 

 だが不意に僕の意識はそこで現実に引き戻された。襟の辺りを急に掴まれ、座り込んでいた身体を無理矢理引き起こされる。気道が詰まる感触にウッと唸りながら、背後を振り返ると険しい表情を浮かべた女が立っていた。顔中に怒気を浮かべながらもなんとかそれを堪えるように歯を食い縛らせ、『立て!ボヤボヤするな!』そう怒鳴った。

 

『ここはもうヤバいわ、貴方も死にたくなっかたら私達と来なさい!』

 

 意外に流暢な日本語。一息に捲し立てながら無理矢理にでもそのまま僕の手を引いて走り出そうとする。だが――()()()()()()()()()()()()()()――その言葉に堪えようがない程に峻烈な怒気がこみ上げるを感じた僕はピシャリと女の手を振り払った。怯んだのを見逃さずに僕は父さんの傍らに落ちていた拳銃を拾い上げ、躊躇うことなく女に向かって発砲した。直後手に雷が落ちたような衝撃に襲われ、僕は耐え切れずに床を転がる羽目になったが、放たれた銃弾は一応女の肩に刺さった。

 

『――ナニを……!?』

 

 幸いなのかなんなのか、防弾仕様らしいジャケットを貫通する事は叶わず、弾は僅かに女に食い込んだだけだった。それでも脱臼くらいはしたのか、肩を抑えながら痛みに呻く女が信じられない者を見るような目で僕を睨みつけた。何とか態勢を立て直しながら僕は『出てけっ!!』そう怒鳴っていた。

 

『話を聞きなさい!ここはもう堕ちるわ…そうなる前に私達と――』

『話す事なんかないっ!今すぐここから出ていけぇっ!!』

 

 バカなガキだって嗤うかい?自己弁護じゃあないけれどあの時はそれくらい冷静な判断力なんてなくて、とにかく親父を殺したコイツ等に縋って、おめおめと生き残るくらいなら――とそんな感情的な思考が大半を占めていた。

 そういう訳で冷静な判断力を欠いた僕は再度銃弾を発射した。一発じゃない、二発三発と続けて、だ。生憎な事に弾は前段外れて床や天井に刺さりまくり、女には掠めもしなかったけれど、女を怯ませるには十分だった。あの女はそこでもう説得は無理と判断したのか…直前に受けた通信でもう時間がない事を察知したのか…『ええいっ!』と吐き捨てて踵を返して、制御室から飛び出していった。最後に名残惜しむかのようにこちらを振り返ったのはよく覚えてる。

 

 女が飛び出していったあと、今になって掌に強烈な痛みが襲い掛かってきて僕は呻きながら膝をついた。最早何をしようという気力もなく、ただただ――途方に暮れていた。ガロが駆け寄ってきたのは辛うじて分かったけど、それに対してなんて返したら良いかも分からず。

 

 それでもガロはしきりに僕の頬や掌を舐めたり、耳元で吠えたりして何かを訴えかけているようだったけれど、僕はそれに反応する気力もなかった。ただ僕もまたここで死ぬんだろうな…と、女の言葉を思い出してふと思った。なんでこんな事態になってしまったのか、それは分からないままだったが今となってはどうでも良い事だった。まるでナニか心を司る重要な部品が抜け落ちてしまったかのように…。

 弛緩して碌に感覚の分からない手を動かしながらガロの顎――ガロがそうされるのを好きな所だ――をそっと撫でた。行けよ…って、そう小さく声が漏れた。僕はここに残るから、お前はどこでも好きな所に行って良いよ、と伝えたつもりだったけどガロは梃子でも動かない。終いにはしっかりしろ、と言わんばかりに僕の手首の辺りに歯を立てたのだった。

 

『イテッ…!』

 

 荒療治だったけれどそれが覿面に効いた。弛緩しきった身体に走った痛みが神経を覚醒させ、僅かに流れた血の熱さがまだ生きてるんだって事を思い出させてくれた。我ながら単純だけど、何とかまだ痺れの残った肢を震わせて僕は立ち上がった。

 

 周囲の状況を確認する。何かしらの警報音が室内中に鳴り響いているのは分かったがそれが何を警告しているのかは分からなかった。この警告音は父さんがいくつかのコンソールを破壊したのと同時に始まり、女――必要となれば破壊も辞さないと言っていた――は明らかにその事態に戸惑っていたようだった。なんだか分からないが女の台詞も勘案するとこれを止めないとこの“研究所”が「堕ちる」可能性があるらしい、という事。なんとかして止めないと……と必死に頭を巡らせながら僕はコンソールに駆け寄って無我夢中でまだ生きているシステムを探った。だが結局のところ、大半の機器は既に無惨に破壊されており、何をどういじくろうとも反応すらしなかった。『クソッ!』と僕は毒づいて割れたモニターをぶん殴った。

 そもそも親父はなんだってこんな事をしでかしたんだ…?という疑問が頭を掠めた。いや厳密には親父が何をしたのかなんて良く知らない、ただこのコンソールを破壊したら 警報音が鳴り響いて女が取り乱した、ただそれだけだ。女が“研究所”各所に爆弾を取り付けてここを爆破しようとしたまでは分かるのだが、それに輪を掛けて親父の行動はワケが分からない。なんなんだよ一体……と何度目か分からない舌打ちを漏らすと…ふと背後で何かが灯るのを感じた。

 

 僕は振り返って目を見開いた。

 

『父さん……!』

 

 そう、誰あろう父さんだった。但しそれは生きている父さんではない。依然として彼の肉体は冷たい床の血溜まりの中に静かに存在していたからだ。“それ”は警告灯の光で赤く明滅する室内の中に悠然と佇んで、半透明の体をこちらに向けていた。

 

 なんだこれは…父さんの幽霊……?そんな非現実的な考えが頭を過ったのも束の間、“それ”が徐に口を開き、僕に語り掛けてきた。いや正確にはその声は目の前の父さんのようなモノからではなく、未だ機能しているコンピューターのスピーカーから発せられたものだ。

 

【幹斗。お前がこれを見ているという事は私にもしもの事があったという事だろう】

 

 つまり目の前のコイツはホログラムで僕が今聞いてるのは父さんが遺しておいたボイスメッセージという事か…?まるでベタなSF映画のようなシチュエーションに僕はシンプルに困惑した。

 

【きっと混乱している事だろう、だがお前ならきっと分かってくれると信じてここにメッセージを遺す事にする。ハッキリと言おう、今現在私は命を狙われている…】

 

 こんなにも口数多く、明瞭に話す父を見るのは初めての事だった。僕の知っている父親ってのはとにかく何を考えているのかよく分からなくて、いつも書類に目を落として小難しい理屈に頭を捻ってる人って印象だったから。そんな風に話しかけられただけでも衝撃なのに、唐突に更に突拍子もない話を突き付けられて僕はますます息を呑んだ。

 

【その者らの名は――いやここで言っても詮無い事だ――私の進めている研究は世界のルールを大きく変え得るものだ、それが気に食わない者達もこの世界には確かに存在している。最早時間がない、彼らはすぐにでも牙を剝くだろう…。だからその前に…お前に全てを託す…!】

 

 全てを…?何を言っているのか全く分からなかった。ただその声には聞いた事もない程切実な色が籠められている事に気が付かない訳にはいかなかった。

 

【きっとお前は戸惑うだろう…。だがあまり猶予はない…今はどうかこの道を選んで欲しい…。そのための正しい決断をお前が下し、我々の世界を守ってくれると…私は信じている……】

 

 それを最後に父さんのホログラムは消滅した。それっきり、もう何も映さない。またもどうしようもない喪失と焦燥に駆られて僕は部屋の周囲を見渡した。しかし警告灯の赤色と警報音のうるささのせいで碌に集中出来ない。なんなんだよ、と僕は吐き捨てた。

 父さんが何を告げたのか正直全てを理解出来たわけではない。だが託された事、それだけは理解出来た。ならば僕はそれに応えなくてはならない…だが現状父さんの遺したというモノがなんなのかソレが分からなかった。部屋中を漁りながら、もどかしさに歯噛みしていると――不意に部屋の隅の一角が鈍い音と共に開いた。

 

 隠し通路…?壁が開いて出現したそいつは陳腐な表現だが他に形容しようがなかった。なんだっけ、サンダーバードとかでありそうなヤツ。壁に掛かった肖像画がどんでん返しみたいに開いてそこからマシンの発進ゲートに繋がってる、みたいなアレだ。なんでこんなモン部屋に仕込んでるんだよ…と僕は一瞬親父の正気を疑い掛けたが、四の五の迷ってる暇はない、とばかりに僕はその隠し通路に飛び込んだ。ガロがそれに続く。

 そんでもって――僕は文字通り“転落”する羽目になった。

 

『~~~~~~~~~~~~ッッッッッッ!!!』

 

 声にならない悲鳴。ついでにガロの吠え声が対して広くもない通路内――というかなんというか――に反響した。サンダーバード2号に乗り込む時って肖像画の向こうが滑り台になっててそこからコックピットに通じてるだろ。理屈はよく分からないけどカッコいいのは絶対に確かなアレと同じで隠し扉の向こうは滑り台になっていた…それもモーレツに急峻なヤツに。脚を踏み入れたと思ったらいきなりそんなモンの洗礼を受ける羽目になった僕らはとにかく場違いな絶叫を上げながら遥か下まで滑り落ちていったのだった。出たと分かったのは漸くスロープから吐き出されて金属の床にしこたま背中を打ち付ける羽目になったからだった。

 

『なんなんだよ一体……』

 

 こんな所に問答無用で連れ込みやがって…と僕は親父に軽く呪詛を吐くと周囲を見渡した。

 

『何処だよここは……』

 

 あまりに奇妙な場所。当惑の声が漏れた。滑り台で散々振り回されて地下に落ちていったのは確かなのだがそれにしたって妙な場所だ。少なくとも秘密兵器のコックピットとかではなさそうだ。

 

 この“研究所”の最地下は核融合の実験を行うコアユニットの筈なのだが、ここはそれにしてはあまりに狭すぎる。広さは大体学校の教室程度しかなく、周囲の壁は無機質な金属が光沢を放っている。光沢…即ち光だ。碌に光源もないこの部屋は何故だか奇妙に明るい。その答えは部屋の中央にあった。

 緑色の淡い光を放つクリスタル状の立方体。まるで誇示するかのように部屋中央の仰々しい台座の上に置かれたそれが部屋全体を照らす輝きの根源だった。その輝きはLEDやアナログ電球のような人工的な光とはまた違う、まるで以前テレビで見たオーロラのような不規則に揺らめく幻想的な光だった。場違いにも綺麗だな…と思った僕はゆっくりとそれに向かって歩を進めていた。

 まるで誘蛾灯に誘われる夜光虫のように僕は気が付いたらそれに向かって手を伸ばしていた。勿論その間、理性を司る左脳が全力で警戒を呼び掛けていたいた気はする。でもこの時の僕はそれを気に留めもしなかったんだ。なんだか…その光の向こうから懐かしい声が聞こえてきたような気がするから――。

 

 そして僕の指先が僅かにその立方体に触れた瞬間。

 

 まるでその微細な刺激に反応するかのように。もしくは水面に投じられた一石の如く。元々淡い輝きを放っていたクリスタルが一際激しく発光した。ちょうど太陽が顔を出した直後のような、光量と熱量が襲い掛かり、僕の体を呑み込んでいった。

 

 

 そうして僕は……“世界”に触れた。

 

 

 

 ・・・・・・・・・

 

 

 

 その瞬間。彼は目を見開いた。察知したのだ、久しく感じていなかったあの感覚…世界と繋がる、あの強烈で甘美な感覚を。

 これで良い。種子は芽を出す準備に入った。あとは時に風に乗り、時に「虫達」が媒介する事によって我々の種はこの広大な世界に広がっていくだろう。私の、私達の勝ちだ。

 

「私の望みは叶ったよ……蘭奈…」

 

 そう呟いた瞬間、湧き上がってきた猛烈な力が彼の全身を呑み込んでいった。

 

 

 




今回はここまでです。次回は……結構驚く事になるかもですね……
それにしてもこの章長い…未だに全然終わる気配さえない…と書いててじれったくなる今日この頃です。

それではまた次回!
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