とりあえず身辺が落ち着きましたので投稿を再開いたします、今後も予期せぬトラブルに見舞われるかもですがどうか生暖かくお付き合いいただければ幸いです。
無駄に長く挨拶してもあれなのでそれでは本編どうぞ
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一方で志村はただひたすら山道を駆け上がっていた。
あの妙な爆発で吹き飛ばされ、全身をしたたかに打ち付けた老体は既に各所が悲鳴を上げていたが構ってはいられない。担いだ猟銃が肩に食い込み、足を鈍らせるがこればかりは捨てる訳にはいかない。マタギにとって銃は視線を共に潜り抜けた相棒も同然だし――志村は先程から鋭敏に感じ取っているのだ……
原因は間違いなく今も後方から迫ってくるあの“霧”のせいだ。いや、アレは最早そんな自然現象みたいに語れる範疇にあるもんじゃあない…。まるで意志を持っているかのように迫り、拡散もせずに粘度の高い液体みたいに纏まっていて、立ち所に全てを――光すらも――呑み込んでいく、そしてまるで呑んだモノを糧にするかのように更に勢いを増していくのだ。あんなもんは普通の霧の筈がない、ありゃあさしずめ荒神の類だ、と志村は毒づいた。
志村の家は代々からマタギ――即ち狩猟を生業として生きてきた一族だ。いつの代からなんてのはよくは知らない。とにかくこの隠れ里みたいな村に人が住み着くようになってからだ。あのおかしな“研究所”が出来る前、あかつき村の生業は大きく3種類に分かれていた。里に住む者達は土地を拓いたり、丘を段々にしたりして農業を始めた。だが平地が少なく、日照時間も短いこの村でそれ一本で生きていける筈もなく、やがて山の生き物――特に熊やカモシカを狩る自分達マタギが生まれた。熊は特に胆嚢がかなりの高値で取引されたし、毛皮や骨、脂肪なんかも良い金になった。纏まった現金収入の見込めない、こんな山奥の貧乏村にとって狩猟は文字通りの「生きるための業」であったのだ。
やがて近代に入ってからは林業人口も増えたし、鳥獣保護法の影響や若者の成り手不足もあって猟師の仕事も厳しくなった。あの“研究所”が出来てからは観光収入が格段に増えて、村もだいぶ潤ってきたから以前ほど自分達が村の生命線になる事はなくなってきたと言って良い。それでも志村はマタギを続けた。例えマタギという伝統と独自の宗教観に倣った猟法が形骸化し、時に観光資源に駆り出されたり、自然というモノを舐めくさっている都会のモヤシ共から不当な中傷を受けたとしても、だ。どんなに村の生活が変わってもそこに自然があり、そのすぐ隣に人の生活がある限り自分の仕事がなくなる事はない、そう信じているからだ。
あの“研究所”を造るために少なくない面積の森が切り開かれ、木々が薙ぎ倒された。10年以上前と比べても格段に造成が進み、人口も増え、観光地化も進んだ今の村は確実に周囲の山々を浸食しつつある。それ自体は別に良い。先人たちもそうして己の生息域を作り上げ、その結果として今の生活があるという歴史を見ればそれもまた人という種の自然の営みなのだ。
だが切り開かれた森に住まう生き物達は確実に生活の場を狭めざるを得なくなり、そうなれば本来は人と交わる事のなかった熊や猪と人が接触するリスクは格段に高くなる。現代のマタギはそうした里に降りてきてしまった獣を撃ち、双方にとって不幸な事態を生む種を極力摘んでいく事が使命だと思うようになったのは何時頃だったか…。
マタギ達の間で特に熊が特別なのは単に金になるから、というのもあるがそれ以上に山の生態系の頂点に立つ熊は山の神そのものとして神聖視されてきた。だが一度人を襲った個体は超えてはならない境界を侵した“荒神”と呼ばれ、積極的に駆除の対象になるというのがマタギ間の掟だ。そしてマタギの神話の中にはそうして駆除された荒神達の怨念が山のどこかに滞留しており、それが時折祟りとして溢れてくるという逸話がある。それをどこまでも本気にするわけではないし、あの“霧”がそれなのかは分からないが何か碌でもないモノなのは確かだ。さっきの核みたいな爆発と言い、福音と信じてきたあの“研究所”が何か得体の知れない災厄を運んできたのではないか……冗談のような考えがふと頭を過り、志村は戦慄した。
とはいえ…“霧”の動きに流動性がある以上、山の上の方に向かっていけば逃れられる筈だ、というのは道理だがこの老体に全力ダッシュでの山登りは骨が折れる、なんてレベルではない。脚を進める度に肋骨を突き破って心臓が飛び出しそうだ…荒い呼吸を漏らしながら志村は背後を振り返る。“霧”が迫っていないか確認するためだったが、目に飛び込んできた光景に更に絶句した。
『村が……!?』志村は呻いた。
研究所から溢れ出した“霧”は猶も治まる気配もなく、噴出し山中を覆い尽くしていた。やがてそれは下の方に流れていき、盆地である居住地に迫らんとしていた。元々さして広くもない村など、猫の額も同然だがあの中に400人以上の人間が住んでいるという事実に変わりはない。それが今得体の知れないモノに呑み込まれようとしているのだ。志村はこのまま進むべきか躊躇った。
志村に既に家族はいない。妻には20年以上前に先立たれているし、間に子はいなかった。しかしながら70余年の生涯で常に苦楽を共にし、全体が家族みたいなものだと言っても良い村だ。得体の知れないモノにそれが呑まれていくのを坐して見つめて、己だけおめおめと生き残る事など出来ようか……。
だが既に村に通じる路は分断され、今更引き返す事も出来ない…というどうしようもない現実が眼前に横たわる。だが次の瞬間、付近の草むらに何か動く気配がした。『誰だ…!』志村は音のした方向に猟銃を向けて叫んだ。
『その声…!?志村さんかっ……?』
果たして茂みの向こうから帰って来たのは自分より二回りくらい年下の男の声。襲撃者ではない、村の人間だ、と判断した志村は銃を降ろした。とりあえず知っている人間に出会って警戒が解けたのか這いつくばるように40代くらいの男が出てきた。顔も服も汚れ放題だが確か登山ガイドの須田……テツヤ捜索のために先行した衆の中にいた筈だ。志村はホッと一息吐くと須田に向かって手を伸ばして立ち上がらせた。当の本人はと言えばまるで真冬の川に落っこちて引き上げられた直後のようにガタガタと震えている。これは思い当たるフシがあるな、と志村は思った。
『大丈夫か…お前も奴らに襲われたのか?他の奴らはどうした?』
謎の襲撃者達に彼らも襲われたのだろう、と思った。とは言えこんな場所にがやっと難を逃れてきた、と言った体で単独行動しているのだ、恐らく彼らも…と志村は胸を痛めた。
『奴ら……?ナニ言ってるんだよ志村さん…』
だが須田当人はまるでキツネにつままれたような顔でポカンとしている。奴ら、という言葉に思い当たるフシがないらしい。志村は戸惑い、思わず『なら何があった!?』と聞き返した。
『いや……。分かんねぇ…全く分かんねぇんだ…オレは何もしてねぇ――してねぇんだよ…!』
須田の発言は要領を得ず、サッパリ分からない。これは想像以上の恐慌状態にあるようだ、と志村は嘆息した。とにかくここまでは例の“霧”が迫ってくる気配もないため、訳の分からない事を喚く須田をなんとか引っ張って志村は手近なマタギ小屋に運んだ。ここは猟が長丁場になった時に備えて数日過ごせるだけの設備を備えている。業腹だが暫くここに身を潜めているしかない。志村はなんとか須田を落ち着かせて話を聞き出した。
どうやら須田たちの衆もあの爆風の洗礼をまともに浴びたようだ。そのまま立ち直る暇もないまま今度は訳の分からない“霧”に呑まれてしまったのだという。お互いの居場所も誰が無事なのかも分からなくなってしまい、分断された須田たちは必死に互いの名前を叫んだそうだが、次第にそれは少しづつ減っていったらしい。不安に思った須田は視界が効かない事も構わず皆を探しに行ったらしい。
だが彼がその先で見たのは仲間たちの遺体だったそうだ。いずれも例外なく喉笛を食い千切られ、力なく地面に横たわっていた。それが向かう先々で例外なく見つかる。終いにはなんとか仲間を助け起こそうとしたからだろうか、自分の服も指先も血に塗れており、実は彼らを自分が殺したのではないか…という強迫観念に捕らわれた須田は一目散にこの薄気味悪い“霧”の世界から逃げ出そうと走り出したのだと語った。
一体なんなんだ…?と志村は疑問に思った。確かにあの“霧”の事は何か危険だとは判断したが、それは半ば本能的な直感でしかなく、でアレがナニで具体的にどういうモノなのか……確かな根拠がある訳ではない。しかしながら須田はあの中で何やら得体の知れない経験をしたらしい…。ますます深まっていく異常な事態に志村は固唾を呑んだ。
そこまで話した事で記憶が刺激されたのだろうか…一時は落ち着きを見せたように見えた須田の体がまたブルブルと震え出した。戦慄くようにその口から小さな声が漏れる。『ちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうおれじゃないおれじゃないおれじゃないおれじゃないおれじゃないおれじゃないおれじゃないおれじゃない』幽かな声で譫言のようにそう繰り返す。
『おいしっかりしろ!落ち着くんだ…!』
流石にこれは尋常ではない、と思った志村は須田を抱え起こす。少々強引だが頬の辺りをひっ叩いて正気を取り戻させようとしたが彼の恐慌は収まらない。直後まるで麻薬中毒に陥ったかのように目は焦点を失い、体を激しく痙攣させ始めた。
『jhggzhgsjfGJイオgh外hVVNdvンlVB宇井ANCVLKVB宇sBVBNVlkVNBVNksvぬgNNlBVANvンcbAvbvVnAvVnsbbnbnibhsnvksvnsbvsvnbksvんsvsvんしbヴぃsbんslkvんvvbsvんlんrvvbBV………!』
遂には言葉にすらならない奇声を発して須田は体を激しく震わせた。それはまるで打ち上げられた魚のように激しい抵抗で志村の力でももう抑える事は出来なかった。須田の体から撥ね飛ばされ、小屋の壁に強かに頭を打ち付ける。
クソ…なんなんだ…!と志村は毒づいた。これはひょっとすると幻覚性のキノコかなんかでも誤飲してしまったのではないか、いやもしかするとあの“霧”にそうした成分が含まれているのではないか…グラグラ揺れる頭を抱えながら顔を起こすと……突如目の前に現れた光景に絶句した。
床の上に寝ていた須田がまるで糸に釣られたかのように起き上がった。その様子を見て志村はコイツはヤバい…!と息を呑んだ。獲物を前にしたケダモノのように大きく開かれた口の端から唾液を撒き散らし、目は爛々と狂気の色に輝いている。まるで昔見たゴヤの「サトゥルヌス」だ、と呑気に呆けていられたのは一瞬の事だった。何故か異様に発達した犬歯をギラリと閃かせ、須田は志村の喉笛に食らいつこうとした。
『――ナニをするっ……!?』
これも幻覚症状のひとつか…?と思った志村はとにかく迫ってくる須田を抑えつけようとしたがただの登山ガイドとは思えない程の異常な力だ。なんとか引き剥がそうと必死に足掻くが全く効果はない。遂に力の均衡が崩れ、志村は床に引き倒され、その隙に左手に噛みつかれた。
志村は呻いた。須田の咬力はまるで人間のモノとは思えない程の力でまるで腕を食い千切ろうとするかのようだ。普通人間であれば身の危険が及んだ場合でもない限り人を傷つける行為には忌避本能が働くのだが今の彼にはそれが全く感じられない。『いい加減に…しろっ…!』志村は自由な方の右手で腰に下げた山刀を抜くとそれを須田の頭に叩きつけた。
『グェッ……!』
まるで潰れた蛙のような声を上げながら須田は吹き飛び、そのままピクリとも動かなかった。荒く息を吐きながら志村は立ち上がり、ゆっくりと床上に仰臥したその体に近寄っていく。どうやら息はあるらしいが頭がかち割れ、そこからドクドクと血が流れている。なんて事を…と志村は絶句した。
いくら身を守るためとはいえ、人を傷つけてしまった…。早く措置しないと取り返しがつかない事になる…と考え、志村は倒れている男に近寄った。だが頭部から流れる血を見て、その異様さ――それはタールに朱を垂らしたような赤黒い色で、しかも鼻に衝く独特の異臭を放っていた――に絶句した。一体なんなんだコレは……!?
だが異常事態はそこでは終わらなかった。次の瞬間須田の体は着ていた衣服を残してまるで泥人形のように細かい灰に分解され消滅してしまった。旧約聖書によれば人は神が土を捏ねる事で生まれたという、その様はまるで原初の姿へと還元されるかのような光景だった。
『一体何がどうなっているんだ……?』
その疑問に答える者は一人もいなかった。あまりに非現実的な光景に志村は一瞬これは夢か何かなのではないか…とさえ思ったが、熱く拍動するかのように痛む左腕の噛み傷が確かにこれが現実である事を静かに物語っていた。
・・・・・・・・・
耳元で誰かが叫んでいるのが聞こえる。あぁまたか…と僕は思った。毎度毎度お馴染みのアレだ。年がら年中引きこもってないでたまには外に出ろ日光を浴びろとうるさい奴。ついこの間までは腐れ縁の
その途端見慣れた部屋の景色も追っていた筈の文章も消え去って真っ暗闇の世界が目前に現れた。ただ耳元で吠え付く相棒の声だけが変わらずそこにあった。『ガロ…?』なんでここに…?と呟いた直後、急速に見た光景がフラッシュバックし僕は起き上がった。
謎の襲撃者、占拠された“研究所”、女と言い合いをしていた父さん、押し問答の果てに撃たれ、その末に僕にナニカを託して息絶えた。そして導かれるまま地下の方に行くと謎のクリスタルに辿り着き、それに触れて……そこからどうなったんだっけ…?そこに思いを巡らそうとするとこめかみに辺りがズキンと痛みだして、それ以降の光景に靄が掛かってしまう。
何か釈然としないものを抱えながら僕は周囲を見渡した。やがて薄闇に目が慣れてくるとこの空間の輪郭がボンヤリと浮き上がってきた。冷たい金属色をした壁ばかりが目立つドーム状の部屋…となれば普通に考えてクリスタルが安置してあった所に相違はない筈なのだが……。妙な違和感の根源を考えると、そう言えば暗いな、という事に気が付いた。あのクリスタルはそれ自体が発光していたからそれに照らされて部屋全体も淡い色に包まれていたのだが…今は妙に暗い。とにかく何か灯りを、と思った僕はポケットから携帯を取り出した。ライトを点灯させるついでに電波状態もついでに確かめる。相変わらずのアンテナゼロ。妨害電波でも効いてるんじゃあないのか…と思いつつ僕はついでに今の時間も確認する。現時刻13時ちょっとすぎ。まだ日は高い筈だ。とりあえず外の様子を見なければ、と思った僕は部屋の周囲を見渡した。だが残念な事に携帯で照らした少し先の様子しか分からないと来たもんだ。出口を探さなければ……と意気込んで歩き出したは良いものの次の瞬間、変に硬くて重いものに爪先をガンとぶつけ、その拍子にバランスを崩して僕は硬い床に盛大にズッコケる羽目になった。脚の指も向う脛も痛けりゃ、なににぶつかったんだ!と変に八つ当たりしたい気分になってくる。恨めし気にそっちの方にライトを向けると果たしてそこにあったのはこの部屋の中心に据え付けられていた直方体状のクリスタルだった。だが先程までは淡い燐光を放っていたそれは今はまるで中のエネルギーを使い果たしてしまったかのように中心部分だけがボンヤリと灯っているのみだった。
コイツはなんなんだろうか……?とにかくこんな奥深くにまるで隠すように仕舞われていた辺り、“研究所”にとって重要なモノなのだろうか…とだけ考えた僕はひとまずコイツも持って行こうと思った。特に何か確信があった訳ではない、ただ父さんが僕にナニカを託す、と言ってそれに従って降っていくとコイツに辿り着いた。という事はこれはあの人にとって大事なモノなのではないか、と思ったからだ。
幸いクリスタルが安置されていた台座を探ると金属製のキャリアケースが出てきた。ちょうど中にコイツを格納できそうな型枠が誂えられている辺り、専用のケースと見て間違いなさそうだ。然程大きくない割に妙に重たいソイツをなんとか格納すると僕は立ち上がった。ガロが駆け寄ってくる。
『行こう。ここを出ないと』
僕は相棒にそう告げると携帯をかざして周囲を照らした。しかし映るのは妙に金属質なつるりとした壁面だけであり、扉のひとつも見えやしない。僕は戸惑いながら傍らの相棒に話しかけた。
『ガロ、お前は何か見えるか?』
犬は人間より夜目が効く。僕には輪郭を得ない風景であってもガロならば或いは…と思っての事だった。ガロはこちらの意図を察してくれて頷くと壁に向かって走り出した。暫く壁に鼻を這わせて探り出す。1分も経たないうちに文字通り何かを嗅ぎ取ったガロが僕の方に吠えた。壁の方に駆け寄ると壁の一角にナニカが埋め込まれているのが分かる。詳しく調べて見るとどうやら認証機の類のようで恐らくここに指とか虹彩をかざすと、果たしてそれが登録されている者ならばロックが解除される、という類のアレだ。
弱ったな…、これだと恐らく登録されている人間以外では使う事が出来ないだろう。いくら研究所の所長の子でも無関係な高校生の認証なんか通る筈もないだろうし、いっその事落ちてきたスロープを駆け上がってでも戻るべきかとも思ったが……流石にあの斜路を登って上がれるとは思えない。八方塞がり、このままじゃ部屋の空気が抜けて早晩窒息しかねない…と焦った僕はこうなりゃあ自棄だ、と吐き捨てると認証機に親指を強く押し付けてみた。
【Access authorization…】
結果としてあっさりと扉は開いた。まるで初めからこうなる事が定められているかのように、だ。マジかよ…と僕は拍子抜けしながらもひとまずの幸運に感謝して部屋を後にしたのだった。
とは言え、部屋の外に出た瞬間またも僕は絶句した。自動ドアをくぐったと思ったら目の前に広がっているのは天然の岩盤をくり抜いた洞窟のような空間だったからだ。天井までは2m程度しかなく一応上部に落盤防止用の補強はしてあったが、後は各所に申し訳程度にライトが等間隔で取り付けられているのみ。明らかに部屋の方とギャップのありすぎる光景はさしずめ岩屋の奥にひっそりと佇む神殿の類だ、と呑気な事を思いもしたがまずはここから出なければ、と気を取り直して僕は歩き出した。
とはいえライトも然程明るくない上に所々消えている事もあったし、何より足場は滴った水分で湿っていて酷く歩きづらい。足元を慎重に照らしていきながらそろそろと歩く僕を先導するようにガロが走る。やけに入り組んだ道だな、と思うがよく考えればあのおかしなスロープに乗って随分な高さを降っていった気がするから歩きで行くとこのくらいの距離になるのも致し方ない…とは思う…思うのだが……。
そもそもなんだって“研究所”の地下にこんなモンがあるんだ、と僕は憤然とした。中央制御室から繋がっていた、という事は少なくとも父さんはここの存在を認知していた事になり、必然今持っているこの謎のクリスタルについても知悉していた、という事だ。ここは核融合発電の実用性を検証するための施設の筈の筈だろうが…!まさか村人に黙ってこんな大穴掘って、訳の分からない研究してたんじゃないだろうな…。地上に上がれたら思いっきり問い詰めてやる…とつい考えてしまった僕は今更そんな事叶う筈ないじゃないか、という嫌悪感に襲われ、唇を歪めた。
ひたすら岩道を進む事、多分10分強。漸く人工的な質感が見えたと思ったら青い色の照明に照らされた二畳程度の小部屋に行きついた。僕と向き合うようにこれまた不愛想な造りの金属の扉が二つ配置されており、深く考えなくともそれがエレベーターと階段室である事は容易に想像できた。エレベーターの方は昇降ボタンがなく、代わりにさっきの部屋の中にあった認証機と同質のパネルが付いているのみだった。試しにそこに指を押し当ててみたものの今度はウンともスンとも言わない…というかそもそも反応する気配さえなかった。止まっているらしい、と判断した僕は隣の扉を開けて見る事にした。案の定薄暗い部屋内に遥か上まで続いている螺旋階段があり、ここを行くしかないのか……と僕は嘆息した。
でもまぁ自分の脚で行ける分、
しかしながら階段室はさっきの岩室以上に光源に乏しく、非常用っぽい赤色灯が所々照らされているのみでハッキリ言えばかなり不気味だ。どこまでも続く気がしてくる階段をひたすら登り続ける中で僕はふと…自分の体に違和感を覚えた。なんだろう、どこも体はおかしい気はしないのになんだか変な感じがする…そう思った僕は脚を止めてふと自分の体を探ってみた。どこも変な箇所はない、ではこの感触は一体なんだ、と考えた時。そう言えばなんだか…
自分で言うと偉く情けないけれど僕は運動はあまり得意じゃあない――というかいっそ苦手だ。勿論散々テツヤに連れまわされたお陰で全く外に出るの大っ嫌いなモヤシっ子という訳でもないのだろうけど、それでもアイツには到底及ばないし、泳げもしないから単純な運動センスならキョウカ以下だと胸張って言える(これまたキョウカに『威張って言うな』と怒鳴られそうだ)。
今日だってアイツを捜索するために入った山の中で早々にへたばって志村さんに殿を頼む羽目になったんだから本当にもう筋金入り(別に良いんだそれで。人間が猿や魚の真似するなんてバカバカしい!)。
当然こんな階段上がれば結構息が上がるし、片手にケースも持っていれば猶更だ。それ以前にここに来るまでに結構な長距離を歩いてきている筈なのに、それを加味しても僕としては異常なくらい疲労度が蓄積していない。気のせいじゃあないのか、或いは極度の緊張状態で体の疲れなんて感じてる暇がないだけだろう…と冷静な部分が訴えかけている。確かに冷静に判断すればそうなのかも知れず、言葉にしてみれば気に留める価値もないような感覚だ。
僕もそれ以上無駄な事を考えるのをやめてひたすらこの無駄に続く階段を昇る事に専念した…筈なのにその違和感はまるで染みのように頭の片隅にこびりついて離れなかった。
長いので後編に続く!!