仮面ライダー:RE   作:大荒鷲

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前編から続く!


CHAPTER-3:『REjectionⅠ』- ⑫

 階段の終わりはやけに唐突だった。元より薄暗い室内にあってどうすれば地上に近づいたのかなんて分かる筈もなく、上階に続く段がそれ以上なくなり、目前にこれまた不愛想なデザインの扉が現れた時、達成感もへったくれもなく、無感動にこれで終わりか…と思っただけだ。安堵も何もなかった、とにかく一刻も早く出て“研究所”に、それか村の方に向かわなければ…と思って扉を開け放った。

 

『ここは…』

 

 煤けたコンクリートの壁に打ちっぱなしの床材の室内のそこかしこに放棄されたと思しき機械設備が静かに埃…じゃなくて錆を被っていた。確信はないけれど“研究所”の西側、旧山道の方に建っていた発電所の跡ではないか、と思う。とっくの昔に放棄されて周辺ごと“研究所”の敷地内に組み込まれている事は知っていたが……見たところ建物の造りに比してエレベーターと階段は比較的新し目であり、明らかに後天的に付け足したものだという事が窺えた。

 

 やけに寒いな…と思って上を見ればそれも当たり前、天井は僅かな鉄筋の骨組みだけを残して殆どが吹き飛んでいた。その向こうには……ある筈の空は見えず、ただひたすらミルクのような濃い白だけが広がっている。

 

『――な…っ…んだ……コレ!?』

 

 呆然と僕は呟いて辺りを見渡した。確か今日は雲一つない空が広がっていた筈だ、だというのに今真上に広がっている光景は曇天なんて言葉で説明がつくものではない。例えるならば白い闇――全てを漂白し、輪郭ごと消し去ってしまいそうな…禍々しい白さだった。

 

 本日何回目か何十回目か分からない「どうなってるんだ」を胸中に絶叫した僕はすぐさまここを出なければ、と思って辺りを見渡した。よく見ると壁も各所に亀裂が走り、そこから白い闇が流れ込んでいるようだった。唯一窓があると思しき場所はベニヤ板で完全に塞がれており、外の様子はハッキリとは分からない。本来の出入り口であろう扉はまるで外側から強烈な力を叩きつけられたかのようにひしゃげていて、僕はそこを蹴破って飛び出した。

 

 視界が開ければ少しは様子も変わるかと思ったが、しかし残念な事に相変わらず飛び込んでくるものは何ひとつなく、まるで夢の中に取り残されたような…そんな幻想的な世界が広がっていた。

 いずれにせよこの濃霧では“研究所”に戻る事も村に行く事も出来ない。ここなら少し歩けばセンターの駐車場に至る道に出るし、そこを辿っていけば国道には辿り着く筈だが……いつもなら30分足らずの距離だがこの視界で辿り着けるだろうか…。僕は逡巡する…そんな事を考えてる場合ではない、こちらの視界が効かないならそれは敵も同じ筈だ、唯一のお前の家族や村の人達の所に迎えるのはお前しかいないんだぞ…!頭の中の激情が必死に叫んでいる、それは分かるのだがどうしても頭の冷静な部分が向かう事を躊躇わせた。そんな自分が心底イヤになる。

 

 こんな時アイツ――テツヤなら躊躇ったりしないんだろうか……。不意にそんな事を思った。

 

 僕とは対照的に、どこまでも真っすぐな親友。彼だったらそんな僕の弱気を叱咤しつつ、何か手立てを考える――いや多分ノープランで始めて、動きながら対策を立てるか細かい所は僕に考えさせるか…多分そんな感じ。

 思えばいつもそう。基本的に積極的に動き出すのはアイツの方で僕はその後ろで冷めたように水を差しては結局置いて行かれるのが嫌で後を追っていく。あっちはそんな風には思ってないだろうが、僕としてはそんな心境だった。アイツに先んじられた事なんてキョウカの例の一件の時くらいで――と…その名が思い浮かんだ直後、僕の胸中に名状し難い不思議な痛みが走った。

 そうだ…。他の誰の事でもない、彼女が…キョウカがあそこにいるんだ。キョウカがいればユヅキも一緒にいる筈だ。今テツヤがいないのなら僕があの二人の所に行ってやれないでどうするんだ…!猶も弱気を喚き出す頭を引っ叩くと僕は立ち上がって、傍らの相棒に囁いた。

 

『行こうガロ、少しで良い。導いてくれ…!』

 

 腰バッグにしまっていたリード線を取り出し、首輪に巻く。ガロは了承した、と言わんばかりに威勢よく吠えた。リードを握る掌に力が籠め、僕らは走り出した。

 

 先頭を行くガロが的確に路を見出し、僕はそれに続く。曲がりなりにも(ゴメン)猟犬の血筋だけあってガロはこの視界不良の中でも迷う事などなしに駆け抜ける。僕はそれを頼もしく思うと共に…本質的に自分という人間は誰かの助けなしに生きる事など出来ないのだろうな、と痛感した。

 思えば僕という人間はいつも何かにコンプレックスを抱えて生きているのだ。父に、村の大人達に、親友に、その両親に。いつも何かに満足できなくて。そんな自分が許せなくて。それを埋めようとするかのように何かに没頭して。でも結局どこを向いても冷めた目で全てを俯瞰してるように振る舞うことしか知らない自分に辿り着く。それが僕という人間の本質だ。

 

 話が逸れた、いい加減しつこい。そんな僕の自虐なんかお構いなしにガロはひたすら走る。お陰で僕もつまらない感傷にいつまでも浸ってないで済む。砂利敷きの脇道が気が付いたら終わり、気が付いたら僕らは“研究所”の敷地に至る道に出ていた。このまま上の方に行けば“研究所”の敷地に戻れるし、降っていけば村を横断する国道に辿り着く。

 

 僕らが向かったのは“研究所”の方だ。なんでかというと林を抜けても依然晴れない視界に対する対抗策が必要と思ったからだ。携帯は相変わらず碌に反応しないのでアテにならず、そうなれば些か気が引けるがちょっと敷地内に留めてある車を拝借して行こうと思ったのだ。

 

 ナニ、運転できるのかって?非常事態の緊急避難だ、多少は多めに見て貰うしかないし、実は出来る、慧さんの家の敷地内で手伝いの傍ら勝手に走らせてたから…っていう田舎あるある。まぁそれでも今やろうとしてる事は窃盗&無免許運転だから捕まったらお説教じゃあ済まないのは目に見えてるけど、非常事態だ、ご勘弁いただくしかない、と誰に聞かせてるんだか分からない独り言を言いながら僕は“研究所”の方に向かった、のだが……

 

『――な……んだよコレ…?』

 

 何故かこの一帯は“霧”の濃度が薄い気がした。が、いつまで経っても霧の中にさえあの異様なドーム状の構造物は見えてこない。あんな目立つモノを早々見失う筈はないのだが…と思いながら敷地に踏み込み、周囲を探ってみる事数分…。文字通りそれは跡形もなく消え去っていたのだ。

 見えた範囲で駐車場のアスファルトはまるでめくれ上がり、その上にあった車も殆どが横転するか、原型も残さずまるで暴風の洗礼を受けたかのようにひしゃげていた。そして確かに“研究所”――プロメアセンターがあった辺りはまるで抉り取ったかのように半円状のクレーターを遺すのみで僅かなコンクリートの残骸以外何も見当たらなかった。

 もし視界が効いていればここに来るまでに爆風で薙ぎ倒された木々や敷地外にまで飛び散った建屋の残骸などに気が付けただろうが、生憎な事に視覚の大半が封じられた今の状況下でそれを事前に察知する事は出来なかったし、被害がどの程度の範囲に及んだのかも確かめる術もなかった。

 

 ただ分かるのはこの村――僕の小さな世界の象徴が跡形もなく消し飛び、もうどこにも存在していないという事。制御室に横たわっていた筈の父さんの遺体も含めた何もかも全てが――!

 

 どうしようもない事実に僕は絶叫した。その声はどこにも、誰にも届かず虚しく宙に消えていくんだ。

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 どれほどの時が経っただろうか。ガロが低い唸り声を上げたのと僕自身が妙な気配を嗅ぎ取ったのはほぼ同時だった。姿はハッキリとは見えない、だが飢えたような荒い息遣いに複数の足音、なによりも饐えたような強烈な腐臭に鈍磨していた五感を殴りつけられたような感覚がして僕は顔を上げた。ソレは確実に近づいていた。

 

 刹那、何か獣の遠吠えのような声が白い世界に木霊した。犬の声――に一瞬聞こえたがそれよりももっと禍々しい気配を纏っている気がした。いよいよ近づいてくる気配に身構えようとした――が次の瞬間、高周波のような不快な波が僕の脳天を貫いた。それはまるで頭皮を剥がされ、頭蓋骨をくり抜かれ、直接脳髄を手でまさぐられるような……気持ち悪い感触だった。痛みと厭悪、耳鳴りと嘔気に襲われ、僕は崩れ落ちた。辛うじて両掌をついて体を庇ったが既に手も脚もガクガクと震えだし、まともな平衡感覚も機能しているのか酷く怪しい。ガロが心配するように駆け寄ってきたが、その間にも“霧”の向こうにいる怪しげな気配は確実にこちらに近づいてきていた。

 

 痛みが酷くなっていく度に視覚にも聴覚にもノイズのようなものが走り、まともな機能を為さなくなっていく。だのに何故か僕は“霧”の向こうの気配を察知出来ていた。いや、通常の感覚が喪失すればするほど、それは鋭敏になっていくのだ。この時の僕は“霧”の向こうから迫ってくるそれをハッキリと凝視出来ていた。

 

 数は全部で5。姿はガロより少し小さいサイズの四足歩行で広義で言えば犬のようなフォルムをしていた。だがその体表には毛は一本もなく、焼け爛れて赤黒く染まったケロイド状の皮下組織が剥き出しになっており、目は理性が吹き飛んだかのように血走っていた。口元から覗く牙も前肢の爪も通常のモノより遥かに太く、鋭くなっており如何にも攻撃的だ。

 

 犬のバケモノ。その姿を見れば誰もがそう思っただろう。

 

 彼らはベースがそうであるように鳴き声によって――《ヴェルノム》としては珍しく――コミュニケーションを取る。その遠吠えは彼らの闘争本能を励起させ、能力を活性化させる。僕がそうであるようにハッキリとこちらを捉えていた五体の《ヴェルノム》はそれを合図に一斉に僕らに向かって走り出した。

 ガロが一層激しく吠えた。僕は依然正体不明の苦しみにえずきながら、のたうつしかなく…。逃げろ…果敢に威嚇する相棒にそう伝えようにも声すら出なかった。やがて口元からだらしなく涎を垂れ流しながら五体の怪物が姿を現した。怪物は僕らの姿を見定めるとグニャリとその口元を歪め――次の瞬間にはその頭部を花弁のような異形の形に変形させた。あまりに悍ましい光景に僕は絶句する。

 

 動けもせずにだらしくなく地面に横たわっている僕を見て狩りやすい獲物と判断したのだろう、異形の頭部を不気味に震わせながらゆっくりとこちらににじり寄ってきた。その醜い姿をハッキリと視覚で捉えた瞬間――僕の中にナニカ激しい熾りのような衝動が生まれるのを感じた。目の前の怪物達にとって僕はエサだ。無抵抗で与しやすい新鮮な肉だ。それを欲望のままに喰らい尽くすという欲望に怪物達は酷く興奮しているのだと分かる。

 

 なんでそんな事が分かるのかって?この時僕が奴らを見て抱いた感情もそれとまるっきり同じだったからだ。

 

 醜く、歪で、爛れた――一般的な感性を持っていれば生理的な嫌悪感を持って当然の相手を正体不明の痛みに浮かされながら僕はそう思っていたのだ。美味そうだ、喰らえ、喰らって満たせ……!僕の中のソイツはそう囁いていた…!

 

 僕はそれに抗っていた。鬱陶しく脳に直接訴えかけてくるその声に僕はうるさい、とか黙れ、とか全力で拒絶の声を上げる。衝動のままにそれを受け入れてしまえばまるでその瞬間に僕は僕でなくなってしまう…という強迫観念があり――なによりそれが自分の内なる部分から発せられている気がして、それだけは絶対に認めたくなかった。

 

 痺れを切らしたかのように怪物達が先に動き出した。傍らで吠えるガロには目も暮れずに僕目掛けて真っすぐに走り出す。頭の中の声はいよいよ頭蓋骨を砕かんばかりにけたたましく叫んでいた。喰らえ、喰らえば死なない、喰らえば楽になれる……!僕は肉食動物から身を守るように腹と頭を抱えてうずくまると、全力でその声を拒絶した。

 死んだほうがマシ、というものがある。その声の身を委ねてしまえばアイツらと同質の異形に身を堕としてしまう…それだけは絶対に御免だった。例えそれが貪り、喰らい尽くされる無惨な最期だったとしてもせめて人間らしく逝きたい……!

 

 ――本当にそうか?生きると欲する事は生命として自然な欲求だ。

 

 ――そもそも「人間らしい」とはなんだ?他を喰らい、自らの血肉とするのが生物のあり様ではないか。

 

 ――躊躇う事があるか?喰らえ、それこそが強者のあり様…。

 

 猶も僕の中でもう一人の僕が囁く。最早どこからどこまでもが自分の心なのかも分からず、僕はただただ身を縮こまらせるだけだった。

 

 ごめん。僕はここまでだ…。愛する者達に詫びながら僕は目を閉じ、その時を待った。

 

 だが…世の中というのはままならないモノで。

 僕が勝手に僕の命を諦めかけたその時にそれを良しとしなかったのが傍らにいた相棒だった。ひたすら吠えて相手を威嚇していたガロが遂に堪忍袋の緒が切れたかのように走り出し、先頭を走る異形の獣の首筋に喰らいついた。そのまま体格で勝るガロは相手が怯んだ隙を見逃さず、強靭な前肢で相手を踏みつけるとそのまま一気に頸動脈のある辺りを食い千切った。赤黒い血が噴き出し、ガロの美しい灰色の毛並みを無粋に染めるが、ガロ自身は気に留める素振りも見せずに、鋭い犬歯を剥き出して周囲を威圧した。

 

 普通の生物ならここで怯むなり、状況を窺うなりする所だろうが、この怪物どもはまるで気にする素振りを見せなかった。それどころかせせら笑うかのように荒い息を吐き、更に興奮を掻き立てられたかのようでさえある。それに呼応するようにその異形の口腔から無数の触手が湧き出てきた。それらはまるでひとつひとつが意志を持っているかのように不気味に蠢き、果敢な猟犬を睥睨していた…がガロは怯まない。むしろ覚悟を一層固めたかのように地面を踏みしめると、次の瞬間猛然と残り4匹の群れの中に突撃していった。

 

 走り去るその刹那、少しだけこちらを振り返ったその瞳が微かに揺れた気がした。サヨナラ。そう告げてどこか寂しそうに笑ったように……僕には見えたのだ。いや…そう思いたかっただけかな…

 

 待てとか。行くなとか。…とにかく叫ぼうとしたのかも知れないが口をついて立たのは荒い呼吸音だけで明瞭な言葉は一切出なかった。辛うじて伸ばした手はしかし届くことはなく、虚しく宙を切った。

 

 4匹の《イソギンチャクヴェルノム》が一斉に触手をガロに向かって突き立てた。ガロは機敏な動きでなんとかそれらを掻い潜ると一番直近の一体に先程と同じように牙を突き立てようとしたが、そう何度も同じ手を食らわせてはくれない。当たらないと判断すれば即座に触手を引っ込め、花弁状に変形した頭部、そこに並んだおろし金のような異形の歯牙を剥き出しにし、襲い掛かる。

 かくして1匹と4体の怪物による格闘戦が始まったが、事態は明らかにガロの方が劣勢だった。圧倒的な数の不利が付く上に元々狼などのイヌ科の生き物は瞬間的な速力やパワーよりも持久力とコンビネーションで獲物を狩るスタイルだから、単独での戦いは得意ではないのだ。さっきは不意を付けたから上手く仕留められたが、警戒している相手に同じ手は通らない。一体に喰らいつこうとすれば別の一体が飛び掛かってきてそれ以上の追撃を阻止する、距離を離して撹乱しようとすれば口部から伸びた触手がひたすら追い立ててくる。

 

 決して訓練されたような統率のある動きではなく、個々の動きもバラバラだったが、執拗な上に残忍な獣たちだった。ガロも必死でそれらを躱そうとするが何せもう若くはないのだ、戦いが長引けば長引くほどジワジワと疲労が蓄積し、その動きは鈍っていく。遂にその後肢に怪物の触手が絡みついた。その触手はただの肢のような器官ではなく、先端に鋭く尖った刺胞を備えている。そのまま締め付けながら動きを封じると容赦なくその先端をガロの大腿から臀部の辺りに突き立てた。

 ガロが苦痛に呻き、それにより蓄積した疲労が一気に襲い掛かったのか前肢が崩れるように折れ、倒れ込んでしまう。その隙を逃さず4体の怪物は一斉にガロに向かって触手を放った。首、胸郭、腰に更に刺胞が突き刺さる。しかも一突きや二突きではない、無数に備わった触手を容赦なく、次々と、だ。刺される度にガロの体は細かく震え、灰色の毛並みに赤の面積が広がっていく。

 

 やめろっ……!やめて……!!

 

 相変わらず鉛のように重くなった体を必死に捩りながら僕は叫ぼうとしたが、哀しい事に声すら出なかった。僕はただただ幼い頃から一緒に駆け回ってきた、どんな時も傍にいてくれた相棒が貪られていく様をただ呆然と眺める事しか出来なかった。

 やがて血に塗れ完全に動かなくなったガロの体を怪物達は触手で巻き取るとそのままゴミでも捨てるかのように明後日の方向に投げ捨てた。普通生き物なら仕留めた獲物を喰い、己の糧とする筈だが目の前のバケモノ達にそんな本能はない。遊んでいるのだ…弄ぶために傷を負わせ、甚振るために貪る。生物としての最低限の矜持も持たない、ただ害を為すためだけに存在する醜悪なバケモノ……それがコイツ等の――《ヴェルノム》の本質だ。

 

 ――父親の時と同じだな。

 

 誰か…いや違う…()()()()()が囁いた。

 

 ――お前は見ているだけだ。卑怯で意気地なしで弱くてその癖生き汚い。お前の本質だ。

 

 そうだ…僕はその程度の男だ……。

 

 ――いつだって父親の陰でコソコソしていた。少し前は幼馴染の陰に隠れ、今は犬の陰に隠れる気か?

 

 それが僕という人間の処世術だ。偉ぶっても所詮その程度の矮小でちっぽけな……

 

 ――いつまでそうやっているつもりだ。自分らしく?そんなもので誰を守れる?本当のお前など誰が愛してくれる?

 

 本当にその通りだ。誰かに愛されたくて自分を誤魔化した。結果すぐそばの相棒すら守れない……

 

 ――目を覚ます時だ。全てを喰らえ。それこそがお前の出来るただひとつのこと。

 

 僕の出来る事……?そんな事が本当に出来るのか…?お前は一体なんなんだ…?

 

 

 そう問い掛けると――それまで輪郭のハッキリしなかったその声の源が明瞭な形を成した。

 それは僕の姿だった。

 

 

 ――恐れる必要はない。お前は僕、そして僕はお前だ。

 

 お前は僕…?お前の望みは僕の望み……

 

 もう何も答えなかった。ただそれが聞こえなくなったのと同時に鉛のような体からスッと重みが消え、意識中を責め苛んでいた痛みや厭悪が嘘のようになくなった。代わりに湧き上がってきたのはえも言われぬ高揚感と全能感。怪物達がこちらの様子を察知したかのように一斉に飛び掛かってきたが、正直もう何も感じなかった。一体僕はコイツ等のナニを恐れていたのだろう……と首を傾げそうにさえなった。

 

 ただ分かるのは目の前のこの醜いケダモノ共が僕から大切な相棒を奪ったという事実のみ。この邪魔な奴らを狩り取ればさぞスッキリするだろうな…と僕はボンヤリと思った。そんな事を考えながら呆けたように突っ立っている僕はさぞかし格好の獲物と映ったのだろう、怪物どもは最大の武器であろう触手を展開させる事すらなく、口部をバカみたいに開きながら僕の方に吶喊してきた。

 

 臭いなぁ…と…。醜悪な怪物は見た目だけじゃなくてハラワタの中身まで腐ってるのか……。近づいてくるとツン、と饐えたような臭いが鼻を刺激し、僕は顔を顰めた。素直に鬱陶しい、と思った僕は右脚を思いっきり振り抜くと怪物の側頭部に叩きつけた。肉を打つ鈍い音が響いたと思ったら怪物はそのまま『ゲギャッ!!』と間抜けな声を上げて一気に数メートルも吹き飛んでそのまま動かなくなった。怪物の吐いた血反吐が脚について正直気持ち悪いな…と僕は吐き捨てた。

 残った怪物どもはそれを見ても怯む事は全くなく、むしろ充満した血の匂いに一層欲情を昂らせられたのか、舌なめずりするかのように触手を剥き出しにした。つくづく下品な奴らだな…と僕としては辟易しているのだ、正直この汚らわしいバケモノにこれ以上触れるのは御免だった。

 

 するとその苛立ちに呼応するかのように身体の深奥からナニカが湧き上がってくるのを僕は感じ取った。偉く漠然とした表現だけど他に形容しようがない、性的興奮にも似た多幸感と、でもそれを完全に理性の制御下に置いたような征服感…矛盾する性質をなんと呼んだら良いのだろう。この時は分からなかったが暫く経ってからそれを形容する術を見つけた。

 

 僕は――人間を超越したのだと……。

 

 それは幸福なのか不幸なのか…それともいずれとも形容しがたい不条理なのか…そこはもう確かめようもなかったが…その瞬間、僕の体は変わりだした。傍から見れば次第に僕という薄皮を突き破って、徐々に形を変えていく様が見えただろう。筋肉は隆起し、肌は硬化して緑色に変色していく。その皮膚を突き破って肩や腕、ふくらはぎの辺りから短くも鋭い棘が形成され、爪も獣のように伸びていく。特に変化が著しいのは頭で額の皮膚を突き破って出てきたのは一対の触角。虫のそれのように見えるその間には赤く染まった眼球のような器官が出現し、口腔は大きく裂けたかと思うと、肉食動物や深海魚のような無数の牙が形成された。

 

 時間にしてほんの1秒にも満たない間の出来事だった。全体のシルエットが一回り程大きくなったと思った時には、そこに立っていたのは――。

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 《イソギンチャクヴェルノム》が目の前の光景を理解出来たのかは定かではないが、とにかく彼らが首を捻っている間に最早山城幹斗の姿は消えていた。先刻まで少年が立っていた場所に佇むそれは明らかに人間ではなく、既存の生物の枠組みを超越した異形の存在。だが醜悪さの中に雄々しさのようなものを備えた佇まいは正しく超越者のあり様だった。

 

 峻烈な怒りを湛えて爛々と輝きながらも冷徹なまでの意志力によって制御された瞳が怪物達を睨みつける。

 

 その異形同士の対峙を目撃した者がいた。墜落したヘリの残骸から這々の体で脱出し、暫く山中を彷徨っていたマリア・ルーデンスだ。僅かにも視界が効かないこの白い闇の中で辛うじてここまで辿り着けたのは彼女の職業柄備わった空間認識能力の賜物だろうか。とにかく漸くあの忌々しい“霧”が薄くなってきたと思ったタイミングで飛び込んできたその光景に彼女はマスク越しの目を瞠った。ハッキリと見えた訳ではないが、山城幹斗とかいうあの少年――体格等でそう判断した――が異形の姿に変化したのは確実に分かった。理論上は聞いてはいたが…いざ目の前に広がった光景は到底現実とは思えず、彼女は背筋を粟立たせた。

 

『アレが《ヴェルノム》…()()()はこれを恐れていたの……?』

 

 この世の理の埒外に在るモノ…。それが今こうして種蒔かれ、遂に芽吹き開花した。考え得る限り最悪の形で事態は推移してしまった……今更覆しようのない事実にマリアは歯噛みした。

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 薄い靄に包まれていた視界が次第にクリアになっていく。いや視覚だけではない、聴覚も触角も全ての感覚が信じられない程に澄み渡り、世界が鮮明になっていく。最早この得体の知れない“霧”に阻まれる事もない――いやむしろこの白亜の世界こそ僕のテリトリーなのだと…さえ思える。

 

 自分の腕をそっと見た。複雑に筋肉が盛り上がり、独特の光沢を放つ皮膚…それは16年間慣れ親しんだ山城幹斗の細腕ではなく、雄々しくも禍々しい怪物の腕だった。

 

 戸惑ったのはほんの数刻、すぐに激しい感情が浮上し、それを掻き消した。

 

 この手なら大切なものを取りこぼさない…いや、それどころか奪おうとする全てのモノを引き裂いてやる事だって出来る……!

 

 その瞬間…僕は消え、俺が生まれた。文字通り山城幹斗という殻を破って内側から生まれた、紛れもない自分自身の本心。それが俺だ。

 

 目の前の異形への怒り、無力な自分への後悔、圧倒的な力への高揚、もうかつての自分ではないという哀絶、それらを猶押し流して余りある愉悦……!複雑に交差し、明滅する感情が脳を、心臓を、筋肉を、血管を震わせる。

 

 

 それらに衝き動かされるように俺は――《バッタヴェルノム》は吠えた。

 

 

 

 




という訳で…幹斗がバッタヴェルノムへと至るビギンズナイトでした。

ここから幹斗が如何にしてスカルマンへと堕ちていくのか…それがこの先の見所になるでしょう。キツイ展開ですが個人的には漸く「仮面ライダーらしくなってきた」と思ってワクワクもしてます。もう少しだけお付き合いください。

さあ次回も、皆で見よう!
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