仮面ライダー:RE   作:大荒鷲

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遂に魔の13数字……。でもまだ終わらないのである。


CHAPTER-3:『REjectionⅠ』- ⑬

 ノイズ混じりな上にそもそも周辺が正体不明のガスに包まれている事もあってその映像は酷く不鮮明だ。曰くこれでも解像度は上げているらしいが所詮携行性重視の記録用カメラではこれがせいぜいなのだという。だがそんなハッキリしない映像にあってさえもその姿はしっかりと捉えることが出来た。

 

 先程公園内で交戦したあの昆虫のような姿をした怪物に相違ない。

 

 最も細部のフォルムが少し違っているような気もする。額から生えた一対の触角は明らかに短いし、全身の筋肉の発達具合とか肩や肘にあった突起物もどこか頼りなげで未熟なフォルムをしている。恐らくまだ《ヴェルノム》としての身体形成が不十分なのだろうな、と拓務は思った。

 それにしても……。映像内では一人の少年――山城幹斗が《ヴェルノム》に変貌する瞬間がハッキリと収められていた。まだ年端もいかない、華奢な雰囲気の漂う少年の内側から爆発的なエネルギーが生まれるように強烈な熱気が放出され、その姿を一瞬で異形の怪物へと変えた…。その逆回しなら一度見ているとは言え、こうして改めて見せられるとやはり衝撃的な光景だ。彼らは未知なる怪物が人に擬態しているのではなく、異形に変わってしまった人間なのだという事を嫌という程痛感させられる……。

 

 周囲を取り巻く犬型の怪物――《イソギンチャクヴェルノム》が一斉に襲い掛かってきた。数は3…。花弁のような口腔を広げ、触手と唾液を撒き散らしながら怪物達は《バッタヴェルノム》に飛び掛かったが、次の瞬間異形の人型が貫手のような動作で素早く両手を突き出した。未だ不完全ながらその指先には鋭い爪が備わっており、それが人間には到底視認できない程の速度で突き出されたのだ。犬型の怪物は対応出来る筈もなく、あっさりと喉笛と頭部をそれぞれ貫かれ、墨汁のような鮮血を噴き出しながら、がくりと力尽きた。

 しかしそれによって両手が空いた隙を最後の一体は見逃さなかった。普通生物の最優先は生きる事だ、例え戦いの最中でも自分の有利不利を見極め、勝ち目がないと判断したら即撤退するものだが、こいつら《ヴェルノム》にはそれがない。どこまでも生物としてのあり様を逸脱した姿には怖気を覚えるが……。とにかく最後の個体は迷うことなく、《バッタヴェルノム》の胸部に頭部からタックルを仕掛け、その勢いのまま押し倒した。両手が塞がっていた《バッタヴェルノム》は抵抗する間もなく、地面に倒れ込み、振り払おうと手足を振り回したが、それよりも《イソギンチャクヴェルノム》がその胸板に噛みつく方が早かった。無数の触手と牙が一斉に怪物の皮膚を抉り、貫いた。

 

 《バッタヴェルノム》が呻き声を上げた。だがそれは人が絶叫した、というよりも正しく獣の遠吠えのように聞こえ、拓務は何故か心が痛んだ。あの少年の身に何が起こったにせよ、こんな姿になる事を望み、こんな力を得たいと思ったわけではないのではないか。

 それにあの少年は哲也と同じくらいの年だ、アイツの村での生活がどんなものであったのかを聞く機会は終ぞなかったが、もしかしたら互いによく知る間柄だったかも知れない。何よりも、もしアイツがこの場にいたら……同じような運命を辿っていたのかも知れない。

 

 《イソギンチャクヴェルノム》は猶も皮膚に牙を突き立てる。“毒針”を突き立てるのと同時に肉を抉り、血や体液を吸い尽くそうとするかのようだ。

 

 情け容赦のない戦いだ。捕食とか縄張り争いだとか……とにかく生物同士が争い合う範疇を大きく超えている。深町曰く《ヴェルノム》同士――特に理性の薄い個体は本能レベルで人間を襲い、“毒”を植え付ける事を行動原理としているようだが、同族に対しては強い排除の念が働くのだという。この犬のような個体も目の前に襲うべき獲物があるから連帯してるように見えるだけで、それがなくなってしまえば途端に共食いに走るだろうと……。

 何故そんな風になっているのだろう…。それではまるで……意図的に特定の対象を排除するためにデザインされてるようではないか…?

 

 だがそんな一方的な蹂躙も長くはなかった。《バッタヴェルノム》が一際大きな声を上げたかと思うとアスファルトの地面を粉砕して、その背中から一対の突起が生えてきた。まだ指のような器官は備わっておらず、どちらかというと節足動物の肢のような形をしていたが、それは新たな“腕”と呼んでも差し支えない。副腕は狙い違わず、《イソギンチャクヴェルノム》の脳天を突き刺し、無理矢理その体を引き剥がした。細い見た目に反して恐ろしいまでの膂力だ。

 同時に両手に食い込んでいた二匹の遺骸がまるで風船のように爆裂した。爪先と肘部から新たに鋭く長い棘が形成され、怪物の肉体を内側から食い破ったのだ。両手が完全に開放された《バッタヴェルノム》はもう遠慮はいらないとばかりに獣の喉笛に手を掛けると立ち上がった。そのまま掲げるように両手を持ち上げると力任せにその体を引き裂いた。黒い血と臓物が滝のように《バッタヴェルノム》に降り注ぐ。勝利を寿ぐように怪物は牙を剥きだし、一際高く吠えた。

 

 

・・・・・・・・・

 

 

  以上は深町が持参してきた記録媒体からの映像だった。なんの予備知識もなしに見たら出来の良いモキュメンタリ―映画かなにかと勘違いしたかも知れないが、紛れもない事実だ。分かってはいても流石に呆気に取られるというモノで隣では鳶が顔を青ざめさせながら「マジかよ……」と小さく呟いた。

 

「これでお分かりいただけたかしら?これが貴方方が一年間追い続けてた《スカルマン》の正体……。そしてあの日あかつき村で何が起きたのか、よ」

 

 深町の言葉に成程、と拓務は舌を巻いた。ただのテロリストではないと思ってはいたが…予想以上のシロモノだなこれは……。曰く《スカルマン》の圧倒的な身体能力もこの《ヴェルノム》としての種族特性に起因するようだ。

 

「ふざけんなよ……!」

 

 峻烈な怒気を纏わせて憤然と鳶が叫んだ。その目は超然と腰かけている深町と照原の二人にこそハッキリと向けられていた。本来なら上官に取って良い態度ではなく、諫めるべきなのだろうが拓務は敢えて何も言わなかった。依然として超然とした態度を崩さない深町に拓務もまた抗議の意を込めた視線を送った。

 

「白零會のクソ教義みたいな三文話掲げて挙句起こした事があの事故だってか!でもって今度はその生き残りが怪物になって復讐しに来たから退治してくださいだぁっ…!?全部てめえらの蒔いた種じゃねぇか…!」

 

 柳に風と言わんばかりの深町の態度に更に苛立ちが高まったのか鳶はもう対外的な口調も何もかもかなぐり捨てて口角泡を飛ばした。露骨に顔を顰める深町に代わって照原が「ま、ま、落ち着きなさって……」といらん仲裁に入ったのは却って逆効果だった。元々赤い顔を一層紅潮させ、その大柄が更に膨らんだように見えてきた辺りで頃合か、と拓務はその肩をそっと叩いた。

 

「落ち着け、ここで怒鳴られたんじゃ話も出来ない」

「だけどよぉ…」

 

 不満そうに振り返った鳶だが拓務の顔を見た途端、ギョッとしたように一瞬で顔を青褪めさせた。そんなに俺は凄まじい顔をしてるのかね……。拓務自身も凡そ自分らしくない激情が胸の裡に渦巻いているのは自覚している。その視線を受けて少しだけ冷静さを取り戻しながらも拓務は立ち塞がるように深町に対峙した。深町は不機嫌そうに視線を上げた。

 

「今時いたのね、貴方達みたいなコテコテの熱血刑事(デカ)。それとも日本警察はこんなにお優しいモンなのかしら?」

「この男の非礼はお詫びします、だがいい加減こちらにも納得のいく説明をしてくれませんかね深町さん――いや、本名はなんて言うんです?」

 

 深町は一度こちらをジロリと睨み、拓務の横で険しい顔を浮かべる鳶と更にその隣で白々しいすまし顔の照原にも一瞥をやり、それから思いっきり溜息を吐いた。

 

「ルーデンスよ。マリア・深町・ルーデンス。それで…?まずは何から知りたいかしら?」

 

 敢えて挑発的な物言い。それが癪に障ったのか後ろで鳶が微かに舌打ちしたのが聞こえたが拓務は敢えて双方を無視した。「ひとつは」鳶が代わりに怒ってくれるお陰か…放たれた言葉は存外上ずったりはしなかった。

 

「“プロメアセンター”……ここに書いてある事が本当ならそれを主導したのは誰です?米国か、…それとも我が国の独断ですか?」

 

 資料によれば《ヴェルノム》と呼ばれるあのバケモノを兵器に転用しようとした所から全ては始まったようだ。そうなるとあの犬のような姿をした怪物は文字通りの実験動物、即ち人体で効果を実証するより前の試作品(プロトタイプ)という訳だ。映像内に複数の個体が出てきた事を考えるとある程度の増産は可能な段階に入っていた事も窺える。だがいくら何でも国立とは言え一研究機関の独断でそんな事が出来る筈がない。

 深町は再び溜息を吐いた。「そんな事聞いてどうするってのよ……」その如何にも投げやりな口調に頭にきた鳶が立ち上がろうとしたのと照原が仰々しく咳ばらいをしたのはほぼ同時だった。

 

「ミス・ルーデンス?君の立場も分かるが少しは歩み寄ってはくれないか?でないと文字通り話にもならん」

 

 深町は思いっきり嫌な顔をして照原を睨みつける。当人は柳に風とばかりにわざとらしく視線を外して韜晦(とうかい)していた。

 

「私も全ては知らない。申し訳ないけどこちらも所詮手足だからね。なので推測も少々混じるわよ…?」

 

 もう諦めた、とばかりに深町は目頭の辺りを抑え込みながら訥々と語りだした。お互いに宮仕えの身か、と拓務は失笑する。

 

「茶化さないで。そうね、どこから話したモノかしら…。結論から言うと計画の主導は米国(ウチ)…但しその発端はかなり昔にまで遡る事になるわ」

「なら回り道はいらない、要点だけで結構です」

 

 あらそう、と冷笑するように深町はルージュをひいた唇の端をニッと歪めた。それからデスクの上に置かれたノートパソコンを操作するとひとつの資料が出てきた。顔写真と共に詳細なプロフィールがそこに記載されていた。山城慎吾博士のものだ。

 

「私がまず最初に請け負ったのはドクター山城の身辺調査……。これはかなり上の方から特命として降ったモノであり、我々に何が起きようと当局は一切関知しない、とそういう類の任務。よくあるでしょう、そういう映画」

 

 ジョークなのか皮肉なのか…照原だけが何故か嬉しそうに「あぁ、ミッション――」とか反応しかけたが拓務と鳶の冷たい視線に射殺され、言葉を引っ込めた。

 

「まず理解して欲しいのは米国も一枚岩ではないという事。この計画自体ペンタゴンの総意ではないし、私自身の立場もあくまで実験を止める事。最も既に成果品が出来上がってしまっている以上そうも言ってられないのが実状だけれど……」

「要領を得ねぇな、ならそんな馬鹿な事考えやがったのはどこのどいつだよ?」

 

 鳶が苛立ちも隠さずに唸った。深町は「具体的には知らないわ」と素っ気なく答え、それを挑発と受け取った鳶が今度こそ椅子を蹴倒して立ち上がった。

 

「待ちなさい、言ったでしょう一枚岩じゃあないって。水面下で誰が奸計張り巡らしてるかなんて大統領だって分かりっこないのよ……なのでここから先は…」

 

 Personal Service(私的なお話)。唄うように深町はそう呟いた。ノートパソコンに新たな資料が提示される。タイトルは『E.S.プランに纏わる経過報告』――という意味か…?全容は図りかねるがどうやら《ヴェルノム》に関する報告書のようだ……しかし日付がかなり古い。記されているのは1971年――今から47年も前の事だ。

 

「そんな昔からあったのかよ……」

「あぁ、しかも見ろ」

 

 拓務と鳶が目を付けたのは関わっている資料に記載されている人物たちの名前の一覧だ。K()a()r()a()s()a()w()a()K()o()n()o()I()s()h()i()h()a()r()a()――他にも複数の日本人と思われる姓名が記されているのだ。マジかよ……と鳶の口から半笑いのように短い息が漏れた。

 

「本格的に計画が始まったのは60年代から、とは実しやかに囁かれているわね。泥沼に陥った戦況をなんとか打開すべく、米軍はかつて封印された“超人兵士(スーパーソルジャー)”を求めた……《ヴェルノム》はあくまでそれの副産物よ」

 

 その頃というとちょうどベトナム戦争の真っただ中か。

 東西冷戦の代理戦争として意味合いを多分に持たされて勃発したこの戦争は当初アメリカ側が支援を行う南ベトナムの圧勝に終わると誰もが疑わなかった。が北ベトナムは中国・ソビエトの支援とゲリラ組織ベトコンとの抵抗もあり、戦局は完全な膠着状態に陥ってしまった。トンキン湾公海における自作自演劇を口実に米軍が本格的に軍事介入を初めても猶、ベトコンの猛攻と慣れないジャングルの環境に手こずり、身体的にも精神的にも数多の犠牲者を出すに至った。

 

「そこで改めて提唱されたのがE.Sプラン――拡張兵士(Extend Soldier)の構想ね。曰く極限環境下においても長時間の作戦を可能にする強靭な肉体と如何な状況においても決して判断を迷わず、命令を遂行する強靭な精神を併せ持つ究極の兵士……ですって。まぁ失笑モノよね」

 

 ベトナムのジャングル環境に手こずった米軍は枯葉剤や焼夷弾を大量に投下するという暴挙に出た。建前はマラリア蚊や毒蛇を排除するという名目で、実際にはベトコンの隠れ場となる森林の枯死と彼らの生活基盤である農業の破壊を目的としている事は誰の目にも明らかだった。戦後数多の帰還兵が心的トラウマに苦しみ続けた事実を鑑みても確かに机上で戦争を指揮する者達からすれば、どんな極地でも戦え、決して挫けない――そんな兵士は喉から手が出る程欲しかったに違いない。まずは戦争をしないように努力しろ、とは思ってしまうのは平和に慣らされた異民族の発想なのか……。

 

「なにはともあれ……計画は秘密裏に進められたわ。医学、工学、遺伝学…様々な方向からのアプローチが模索されたけれど……まぁ結局は戦争そのものが世論のバッシングにあってそれどころではなくなってしまったみたいね…」

 

 それはそうだろう。当時は公民権運動の渦中であり、それまで人種差別の温床となっていた根拠法の排除に乗り出していた時期だった。建国当初の理念であった自由・平等・博愛を真に実践する国家に変わらなければならない、と。が所詮タテマエはどこまで行ってもタテマエでしかないという事か、ソンミ村の虐殺事件をきっかけにして資本主義同盟による暴虐が明るみに出れば最早そんな大義名分を信じる者などおらず、かなり苛烈な反戦運動と社会運動の嵐が国内を吹き荒れる事になった。そんな状況下でこれ以上の戦線拡大等出来る筈がなく、米軍はおめおめ兵を引き上げざるを得なかった。

 

「その様子だと相当キナ臭い事やってたようですね、そのE.Sプランってヤツは」

「でしょうね。当初は人の遺伝子を解析し、難病や基礎疾病の原因となる要素を排除、その上で人体を遺伝子レベルで強化する、というプランが提唱された……今でいうゲノム編集ね。ただこちらの性能にどうやら上は満足しなかったようだわ。

より強力な兵士を求めて次に計画されたのが改造兵士(サイボーグ)の構想。表向きは四肢を欠損した兵士の治療とかいう名目で始めたそうだけれど…」

 

 方法としてはロボット工学の技術を用いて人体を機械に置き換えるというモノだったそうだ。例えばより高い運動能力を獲得させるべく人工筋肉や強化骨格への転換、挙句には呵責やストレスを軽減するためにロボトミー手術を施すなどの案が持ち上がっていった――が当然の如く棄却された。

 

「倫理的にもそうだし、そもそもが人体を機械に置き換えて強化するなんて無理があるのよ。筋肉を強くすれば骨もそれに耐え得るようにしなければならない。身体能力が上がれば酸素消費量も血液供給量も増えるから肺も血管も骨髄も強化する必要が出てきてキリがない。なにより整備性も悪ければ能力をアップデートするにもいちいち再改造をする必要があって…と実用的ではなかった。そこで新たに注目されたのが――」

 

 鳶が不機嫌そうに舌打ちした。拓務も全く以て同感だった。深町の言う通り巨大な組織というものが必ずしも一枚岩であるという事はなく、深町の口振りやこれらの計画が凍結された経緯からみても必ずしも全ての人間がこんな事に賛同していた訳ではない事くらい分かる。がそれにしてもあまりに――まるで人を機械の部品や盤上の駒としてしか見ていないような人間達の考えに心底虫唾が走った。

 しかし――深町の口振りから分かる通り……まだこの地獄には先があるのだ。

 

「サイボーグは生物が本来持つ自己進化――即ち研鑽による能力の拡張を行うことが出来ない…何故かというと機械はあくまで要求された範囲のスペックしか発揮できないから、それに依存したサイボーグでは技術革新にも人間の成長にも付いて行けなくなることは必定……とするならばこの問題を如何にして解決するのか……そして導き出されたのが“AE計画”よ」

「AE……?」

 

 さっきからESとかAEとか微妙に語感がややこしい、某通信サービス業とか広告の公益法人じゃあるまいし……。鳶など露骨なレベルで顔中に「サッパリわからん」と大書してあった。深町が何が可笑しいのか、控えめにほくそ笑む。

 

Absolute Evolutionの頭文字だそうね。最も本部の方じゃ《エース》とか呼んでたそうだけど。“絶対的進化”とは随分と気取った名をつけたモノだわ、ダーウィニズムからすれば失笑モノの理屈だけどね?」

 

 なるほど……。既に指摘されたサイボーグの欠点も踏まえるとどうやら根本的な計画の全容とやらは拓務にも見えてきた。遺伝子操作による能力上昇はあくまで理論上の人間の完成形を創り出すに留まり、ホモ・サピエンスという種の範疇を超えるモノではない。サイボーグは一時的に種の限界を超えた力を引き出せるが生物としての拡張性を大きく損なうモノだった。そうなると――生物としての自己成長性を残しつつ、ヒトそのものを大きく超越する存在を生み出す……そんな矛盾した命題を達成する方法があるとしたら…。

 

「AEだか《エース》だか知らないが……要するに実質的にソレは…人を超える新たなる種を生み出す計画…そういう事ですか?」

「正解よ。より正確には進化……本来なら数万年という単位を掛けて突然変異によって生じるホモ・サピエンスの“次世代”を人為的に創り出そうとした…かしらね。まさに神の領域への侵犯…当時の荒みっぷりがよく分かるわ」

 

 確かに戦争中は得てして突飛な発想や到底正気とは思えないような珍兵器が出てくるものだが……。旧ナチスドイツでは優良種たるアーリア人の血を後世に残すため、「生命の泉協会(レーベンスボルン)」なる狂気じみた計画があったそうだが、今度はナチズムを駆逐した西側諸国が自分達が戦うための新人類を生み出そうとする……つくづくこの世の地獄には果てがない。

 

「じゃ、ここにある日本人の名前はなんなんだよ?」

 

 鳶がモニターに表示されたリストを改めて見ながら訊ねた。こうして関わった研究者と思しき名前を調べて見ると国籍に関係なく様々な人間が関わっていたらしい事は分かるが、それにしても不自然に日本人の名が多い。いくら本質的には同盟国とは言え……拓務は嫌な予感がした。

 

「貴方達、“神楽部隊”って言葉知ってる?」

 

 緊張する拓務達の気を逸らしたのかなんなのか、不意に深町はそんな事を言った。鳶が「はぁ?」と呆けたような声を出した。

 

「カグラ舞台だって?あいにく神社の事にゃ詳しくねぇんだよ」

 

stage(舞台)じゃないわよ、squad(部隊)の方。神楽部隊、と呼ばれる旧日本軍の秘匿部隊の事を知ってるかって話?」

 

 だからそれが何の話だ、と拓務は首を傾げた。大体、秘匿部隊なんてそんな映画みたいな話があるのだとしたらそんな事、一介の警察官でしかない自分が知ってる筈がなかろう、というものだ。そう言い返してやろうと思ったら何やらスマホを弄り始めた鳶が「んあ?」とまたも変な声を上げて拓務は出鼻を挫かれる気分を味わった。

 

「なんだよ一体?」

「調べてみたらなんか変なモンがヒットした。都市伝説系の話だぜ、コイツ」

 

 そう言いながらズイ、とスマホを突きつけてくる鳶。なんだよと思ってざっくばらんに眺めて見ると確かに怪しげな見出しのサイトとか動画のURLが表示されていた。言う通り専らオカルトやら都市伝説の部類が大半を占めるらしい。

 

「神楽部隊、神樂……頭が痛くなるような話ばっかだなこりゃ…」

 

 鳶が試しにひとつの動画を再生し始めた。妙に間延びした調子の合成ボイスが漏れ出す。どうやらこの手の都市伝説を解説する事をメインとしたチャンネルらしい。拓務本人はと言えば都市伝説とかオカルト話の類は全く知らないし、正直興味もないというのが本音なのだが……。それによるとどうやらこの二つの“かぐら”は共に、所謂公権力のタブーに纏わる話らしい。

 

 部隊が付かない方は闇の資金だとか政府の影の御用番だとか……要するに陰謀論お馴染みの「秘密結社」系のヨモヤマ話。一方「神楽部隊」というのはそちらとは少々毛色が異なるようで――とはいえ本質的には五十歩百歩レベルだが――先の大戦において存在した謎多き部隊、だそうだ。なんでもそこは未知の化学物質を応用した特別な研究を行っていたそうであり、その研究成果とは死者を特殊な化学薬品によって蘇生させたゾンビ兵士であったのだと……まぁ一部の好事家の間では囁かれているらしい。

 普段なら鼻で嗤うどころか無言でチャンネルを変えた挙句にこんなモン二度と見るかと決断すいるくらいの与太話だが、どこか腑に落ちないように感じてしまうのはESだかAEだとかいうほぼ同列の狂気に触れたせいか。

 

 どちらも戦争のために、「最強の兵士」を生み出す事。ディテールに微妙な違いはあれど大まかなにはそういう点で結びついている。そしてESプランとやらの関係者には何故か一定数日本人らしき人物の名が残されている。

 

 だとするならば……。

 

「神楽部隊、というのは都市伝説の存在ではなく、実際に大戦下の日本に存在した…。戦後それを知ったアメリカはその研究を引き継ぎ、ESプランを始めた…?つまり彼らは部隊の生き残りと…そういう事ですか?」

 

 自分で口に出して見ると中々に荒唐無稽で如何にも胡散臭い話だ。だがここまで目の前に情報が出揃うとそうとしか思えなくなってくる。隣の鳶も何か言おうとして果たせず、資料に目を通しながら瞠目していた。

 

「一応……まことしやかにそう伝えられているわね」深町が息を吐きながら言った。ハッキリしない答えだな、と思う。

 

「神楽部隊という部隊がいた、というのは事実だそうよ。でも具体的にどこで何をしていたのかは日本にもアメリカにも公的な記録はない。ここに記された者達も表向きには死んだ事になっていたり、その後の足取りも杳として知れなかったりして全容を掴むのは難しいのよ。なのでこれからする話はあくまで私の推測も多分に混ざっているわ」

 

 深町は溜息を吐きながらそう言い、リストに記された人物達の名を一通り上げた。

 

「この人達だけど、一応旧日本軍の記録には残っていたけど、所属先もバラバラで当然神楽部隊なんて所には所属はしてないそうよ……。但し、詳細に調べて見ると彼らの経歴には明らかに意図的に改竄された箇所があったわ」

「つまり終戦のドサクサに紛れて何者かが書き換えた。そして書類上は少なくとも神楽部隊なるものの記録は存在しなくなった、という事……」

「とは言っても証拠は何もないのだけどね…?まぁ最も……」深町はその先は濁した。

 

 言わんとする事は拓務にも分かる。仮にも諜報機関に所属する深町がここまで調べてもハッキリとした証拠を見つける事は叶わなかった、そこまで周到な証拠隠滅をする余裕が当時の日本にあったかと考えると疑わしい所だろう。仮にそれが出来たのだとしたら今度は米軍がその部隊に所属していたと思しき者の名をリストアップし、自らの計画に招いている事の説明がつかない。

 

「証拠を抹消したのは米軍の方……。恐らく無罪放免の条件としてES計画に参加するように仕向けたんでしょうね。因みに計画終了後の足取りはこれまた抹消済み、The Endよ」

 

 なるほど、ありがちな話だ。戦後多くの軍関係者が戦犯として裁かれる事になったが、その是非はこの際置いておくにしても、米軍も米軍で戦争によって人手不足である事は事実だった。そのため例え枢軸国に所属していた者であっても恩赦と引き換えに引き抜きを掛ける事はあった、とは聞いていたのだが……。

 しかしそうまでして進めた計画も結局は厭戦気分の高まりや東西連戦の終結により、意義を見失い日の目を見る事はなかった。これだけならただの妄想に憑りつかれた人間達の虚しい末路に過ぎない。なんだか知らないが特殊な兵士を生み出そうとした旧日本軍も米軍も途方もない徒労に明け暮れて…それでおしまい。ただそれだけの話になる筈だったのだが…。

 

「それが現代になって何故か…東洋の島国で突如蘇った…と。それで貴女はあの日あかつき村に派遣された…とそういう事ですね?」

 

 深町が微かに頷いた。ここまでの話からあの事件があった日に向かっていくと自ずとそういう答えに辿り着く。最も深町が本当の事を言っているなら、の話だが。しかしもし何らかの理由でプロメアセンターでES計画が再始動してたと言うなら……深町が武力制圧染みた強引なやり方を取ったのも説明が付く。

 ただそうなると最後に残る疑問は……。

 

「……アレ?ってことは?そのナントカ博士が研究を引き継いでた、って事で良いのか?んでもって今はその息子が?えとなんだっけ…()()()()()だかなんだかになって、それが《スカルマン》の正体……つーことで良いんだよ――ですよね?」

 

 しどろもどろになりながらも口火を切ったのは鳶だった。拓務としても結局最後の疑問はそこに辿り着く。即ち何故かつてアメリカで凍結された筈の極秘計画が日本の一地方村で突如復活したのか。それは果たしていつからの事なのか。更に言うならそれを主導したのは誰か。深町の主観で語るならどうやら山城慎吾博士は知っててこの計画を進めていたように思えるだが……?

 

「生憎だけど全て闇の中よ。調べようにも詳細なデータや証拠は全てあの忌々しい研究所と一緒に吹っ飛んでお終い。その後の足取りを追おうにも痕跡は掴めないわ、その後の政権の派閥争いに巻き込まれて大っぴらに動けなくなるわでこっちも長い間手詰まりだった。《スカルマン》が出てきた事で漸く動けるようになった、って方が正確な所なのよ……」

 

 お陰で貴方達にいらない面倒を掛ける羽目になった……。最後に照原の方を一瞥すると彼女は付け足すようにそう言った。彼女らしくないしおらしい態度に拓務は僅かに面食らった。詳しく訊くと長くなりそうだが、彼女は彼女で長らくこの件を追跡出来なかった事情があり、そのせいで事態が最悪な方向に推移した今になって漸く介入する形になってしまった事に責任を感じてるようだ。鉄の女にも色々あるんだな、と拓務は心の中でだけ小さく呟いた。

 

 深町曰く山城慎吾博士が《ヴェルノム》の生成に携わっていたのかについてはほぼ確定、と見ている。だが博士と言えど所詮一研究者に過ぎず、単独でそんな大それた行為を行えるほどの権限がある訳ではない。確実に言えるのは“霧”が晴れた後、深町達に手を引かせた挙句に100人余りの人間の死をでっち上げ、数年も隠しておける――それだけの権限を持ち合わせた誰かが事態の裏に確実にいる……。

 

「で…数少ない手がかりが山城幹斗、という訳ですか。それとも生きた《ヴェルノム》のサンプルが欲しい、というのが実際の所の本音ですか?」

 

 少し声に険が籠るのが分かった。深町達のおおよその事情は理解したが、やはり彼女の大元がかつて行った計画の残滓が今のこの状況を作り出しているのだと思うと――彼女も所詮現状においては端役に過ぎない、と分かっていても猶――名状し難い感情が腹の底で渦巻く。彼女自身が山城幹斗を確保するために従弟を人質にとる事すら厭わない、という姿勢なのもそれに拍車を掛けた。

 

 なんだかんだと言っても山城幹斗は唯一の成果品と言える存在だ。彼女の組織の大元としては喉から手が出るほど欲しい、という事に偽りはないだろう。だとするなら拓務としては猶更納得し難い。いくら《スカルマン》の正体と言えど人間だ、なれば自らの手で錠を掛け、司法の手に引き渡すべき……それが警察官としての拓務の矜持だ。協力と引き換えに諜報や得体の知れない研究機関なんぞにむざむざ引き渡すこと等、決して認める気にはなれない。

 そんなこちらの心情などどう思っているのか不明だが、少なくとも深町は不愉快そうに眉を顰めただけだった。

 

「……申し訳ないのだけれど、貴方が考えている以上に事態はややこしい事になっているのよ。最初に言ったでしょう……」

 

 我々が求めているのは3人。そう言いながら深町は改めて懐から取り出した写真を机上に叩きつけた。前に見た奴だ、山城幹斗の他、二人の少女が映っている。

 

「確かに《ヴェルノム》の唯一の成功検体である山城幹斗の存在は貴重だわ。だけどコトはもうES計画なんかに括れる範疇ではない……」

 

 どういう事だ?と拓務は問い掛ける。確かに幹斗の他にこの少女達の捜索も依頼されてはいたが、《スカルマン》である山城幹斗こそが本命でこの二人については彼に対する牽制以上の意味合いはないと思っていたのだが……。

 

「覆水は盆に返らず、開かれたパンドラの箱は決して閉じる事はない…。既に上はES計画の成果などどうでも良いのよ…もっと厄介なものが産まれてしまった以上ね…?」

 

 《ヴェルノム》以上に厄介なモノ……?それは一体なんだというのだ…。拓務も鳶も照原も固唾を呑んでその言葉を受け止めた。深町だけが微かに畏怖の籠もった青い目を僅かに彷徨わせていた。

 

 




あれ、おかしいな戦闘シーンをメインで書きたかったのに会話劇ばかり書いちまったゾ…と戸惑うのですがまあいつもの事です……。なかなか思った通りに行かない…。
因みに今回の話ですが、仮面ライダーのとある作品と石ノ森章太郎先生のある作品とリンクする設定が盛り込まれてます。特に後者の存在はゆくゆくは大きく取り上げる事に――なれたら良いねぇ……(遠い目)

更にどうでも良い話ですが新作のプロット作りもしてるのでやや更新ペースがまちまちです。こっちもそれなりに順調なのでそのうち週一ペースに戻りたいですが……まぁ少し気長にお待ちください。

それでは次回も、皆で読もう。
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