仮面ライダー:RE   作:大荒鷲

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初めまして、大荒鷲と申します。
初の二次創作ライダー小説「仮面ライダー:RE」をお読み下さり、ありがとうございます。

…と書いたは良いですが、あらすじでなんとなく分かる通り、どっちかと言うと「スカルマン」を題材にした作品で、「仮面ライダーの物語」に到達するまでかなり時間が掛かると思われます。

なるべく楽しんで頂けるよう心掛けるつもりですので気長な方は是非どうぞ。

それではよろしくお願いします。



第一部 SKULLMAN
CHAPTER-0:『REsurgence』‐①


 突如として「ソレ」はこの不夜の街を震撼させるに十分な存在感を放って、漆黒の空に顕現した。数年後に控える祭典の開催が決定した事があるのかないのか、それとも時代が平成と呼ばれるようになってから殊更終わらぬ不景気から――もしくは6年前の「あの日」から――目を反らさんとするかのような刹那的な喧騒なのか、とにかく日本の首都:東京の只中に出現した「ソレ」は当初は単に祭典の準備のためのネオンサインか、はたまた名も知らぬ新興企業のデモンストレーションかと思われた。いずれにせよこの街ではよくある光景だ、と。しかし少しの間を置いて往来を行く人々の中には「ソレ」がそんなおめでたいモノ等ではないのではないかと感じる者も少なからずいた。

 成澤拓務(なるさわひろむ)もその一人だった。

 拓務が「ソレ」を目撃したのは、職業性の為せる技か、道行く人々がその存在に気付くより少しだけ早かった。やがて周囲の視線も新宿駅甲州街道改札方面からの歩道からも前方にそびえ立つ幾多ものビル群を超えて遥か上空に浮かんでいるその存在に吸い寄せられていき、少しずつどよめきが広がっていくのを感じた。

 

 「おい、ありゃあなんだよ…」

 

 隣で先程まで呑みの勧誘に熱心だった木ノ原正臣(きのはらまさおみ)が唖然としたように呟いた。勿論自分に向けられた言葉ではなく、誰に聞かせるでもなく自然とその威容を前にして口をついて出た言葉である。一方で拓務はただ黙ってその光景を見つめていた。

異変に気付いた周囲の道路からけたたましくクラクションが鳴り響き、人々は畏怖半分、或いはそれ以上の興奮を以てスマートフォンを構え始めた。

 

 「え、何アレ?」

 

 「なんかヤバくない?」「ヤバいヤバい」

 

 「映画の撮影とか?」「てゆーか怖いんですけど…」

 

 興奮するようなどこか湿った笑いを含んだ声が口々に発せられる。気が付くと改札口周りは元よりショッピングモールの中からその光景を目撃した者、駅とモールを繋ぐ連絡橋を行き来する人々までもがまるで花火大会の見物でもするかのようにそこに見入っていた。そんな地上の喧騒をただ嘲笑うかのように「ソレ」――ホログラフィで描かれた銀色のドクロ――は街を睥睨していた。   困惑、恐怖、好奇様々な感情が向けられる中で怒っているようにも泣いているようにも笑っているようにも見えるが、やはりただただ無貌でしかないソレはたちまちSNSを通じて日本中、否世界中に晒されていった。

 

 2017年3月12日、金曜の19:00ちょうどという時間帯に新宿の街に出現したドクロの怪異にちょうど不夜の街を行き交う人々は僅かな惧れの後に、それを吞み込まんとするようにこの状況に異様な興奮を感じた。無論中には純粋に恐怖を抱く者もいたがそれ以上に大半の人間たちは鬱屈した日々の最中に突如として降って湧いた非日常な光景を自分とはさほど、もしくは全く縁のないものとしてしか、或いは日々無意味に発信される情報のネタ程度にしか考えが及ばなかった。

 良くも悪くも平和に慣れきったが故の反応だ。ただの愉快犯による悪戯、何かしらの警告、広義なら死の暗示なのか、また某国がなにかしでかしたんじゃないのか、いや悪魔ないしは神の啓示である、「名前を言ってはいけないあの人」の支持者だろう、宇宙人のメッセージではないか…瞬時にインターネット上で大真面目に、ないし下らない議論の対象となって、しばらくはワイドショーやまとめサイトのネタとして消費されながらやがては人々の興味を失い、結局漫然と過ぎていく日々に追い立てられていくように姿を消すだけだろう。刹那的な享楽にはしゃぎながら詰まる所、殆ど誰もがそう考えていた。

 

 その時拓務と木ノ原が考えていたのはこれはひょっとすると自分達の仕事になるかも知れない、という事だった。ようやく抱えていた事件がひと段落つき、木ノ原としては一杯ひっかけたい気分になっていたし、拓務も大きなトラブルもなかった事と共に現場で戦う所轄の署員たちから意外と良くして貰った事に対する安堵から久々に肩の荷が下りたような開放感も感じていた。その矢先に突如発生した怪異としか言いようのない事態に冷静さを保つように心掛けながらもどこか頭の片隅で焦りも感じていた。上空の様子を確認するために恐らく立川の航空警察が動く事はあるかも知れない、地上から動く事も考慮してここは一度署に戻るべきかも知れない…

 不眠の街に生きる人々の間で様々な思いが交錯する中で、それがまだまだ甘い判断であったと気付いたのは、数瞬後の事だった。いやその場に居合わせた何十人かはそう知覚する事すら叶わなかっただろう。既に謎の怪奇現象を一目見ようと黒山の人だかりが出来ていた新宿駅東南口広場、同東口駅前広場、同西口小田急百貨店前で次の花火が上がったのは数瞬後の事だった。次の瞬間、つんざくような轟音と共に小規模な太陽ともいえる熱波が瞬時に顕現し、辺り一帯は窯の底が開いたような炎の煉獄と化した。

 

 爆発、そう自覚するより前に達した鉄の暴風はその場にいた者達の五体を無慈悲に引き裂き、遅れてやってきた地獄の業火によって何の痕跡もなく焼却せしめられた。彼らの大半は苦痛を実感する暇もなく、ひいては己の死すら自覚する事なく、それはほんの僅かでも幸いな事と言えるだろうか。それとも己の痕跡すら殆ど残す事無く、文字通り消滅させられた事はやはりこの上なく不幸であると言えるだろうか…

 拓務たちのいた場所は爆発地点から200メートル程度しか離れておらず、ハッキリと火山が噴火するような不気味な轟音が人工の大地と周囲のビル群を揺さぶり、軋ませるのを知覚した。これは只事ではないと膝をついた瞬間、爆風が体を覆い駆け抜けていく。それと共に舞い上がった噴煙が目に入り、視界を滲ませはしたがそれでも拓務は僅か先に上がった薄気味悪い爆炎を確かに捉えていた。炎の赤と粉砕されたコンクリートや土くれの茶灰色が混じった黒煙はまるで巨大な老木のような複雑な形を織りなし、空へと広がっていった。

 …そしてまるで煌びやかな花火が夏の夜空に吸い込まれて消えていくように…衝撃と轟音が消え去った後に一瞬静寂が訪れ…次の瞬間に街は打って変わって恐慌状態に陥った。立ち込める黒煙と粉塵によって状況も定まらぬ中、少なくとも生きる者の本能的な直感で次また何処かが爆発するのではないかという恐怖が生じ、更なるパニックに飲み込まれていく。拓務と木ノ原は比較的冷静さを保っていた方で、次の瞬間には混乱に右往左往する市民に声をあげ、なんとか宥ませようと努めたが所詮二人では限界があった。むしろ爆発のあった地点にまだ生きて助けを必要としている者がいるかも知れない、瞬時にそう判断し、二人は早速一番近い東南口広場に向かって駆けだしていた。

 普段なら走れば二分も掛からない距離だが、一も二もなく逃げ惑う人々の間を縫って向かうのは困難を極めた。一旦高架線方面に回り込み、爆心と思しき広場に辿り着くと果たしてそこにはこの世の地獄のような光景が広がっていた。

 

 「ひでぇ…」

 

 「なんて事を…」

 

 二人ともそれ以上の声は出なかった。瀟洒なコンクリートタイルが引き剥がされ、街路樹は薙ぎ倒されて引火した炎によりブスブスと燻っていた。周囲のショッピングセンターの窓ガラスは大半が割れて地面に散乱し、よく見ると外壁にも亀裂が入っているのが見える。道路では爆風に吹き飛ばされた車が横倒しになったり、近隣の建物に突っ込んでおり、そして爆発のあった広場では――無数の物言わぬ煉炭と化した、かつて人であったであろう欠片が散らばっていた。中には四肢を消し飛ばされたり、無数のガラス片に貫かれ、落ちて来た瓦礫に潰されながらもまだ息をし、微かな呻き声をあげる者までいた。

 助けなければ…!警察官の本能か瞬時にその必要性に思い至ったものの、しかし拓務は次の瞬間どこから、という弱気に足を竦ませられ、その場から一歩も動くことが出来なくなった。これが本当に日本という国の光景なのか、と頭はどこか現実を受け入れられずに判断力や思考力を次々と奪っていった。

 

 「危ない!」

 

 不意に木ノ原が叫ぶのが聞こえた。背中に硬い衝撃がぶつかり、彼に突き飛ばされたのだと自覚した瞬間、再び轟音と共に爆風が拓務の体を吹き飛ばした。体がふわりと浮き上がり、やけにスローモーに見える視界の中で背後で地面に転がっていた車から漏れたガソリンが引火したのだと分かった時にはもう豪炎の中に呑まれていく木ノ原の姿が見えた。声を上げる事も叶わず、拓務自身も飛散してきた車の破片の礫を浴びながらやがてアスファルトの大地に頭を打ち据え、急速に意識を失っていった。

 爆発から13分後、立川の航空警察隊本部から駆け付けたヘリのパイロットは銀色のドクロに見下ろされながら、立ち上る爆炎とその下で右往左往する市民の姿に思わず戦慄を覚えた。その頃地上でも駆け付けた警察や救急隊、消防隊がなんとか状況の対処に当たろうとしていたがかつてない大規模な事件故の市井の混乱や崩落、火災など無尽蔵に発生する二次災害に暫く混乱は続いた。状況に対応する者、恐慌に陥る者、その様子を黙って見るしかない者、今起きている全てを伝えようとする者、下界で発生している全ての事象を見下ろすようにドクロはただそこに存在し、やがて暗黒の空に溶けていくように消えていった。

 

 [新宿事変]

 

 死者87名、重軽傷者1700名以上という未曽有の被害を出し、後に日本を揺るがす事になる事件の幕開けは後にこう呼称される事となる。

 

 

 ・・・・・・・・・

 

 

 それから二カ月の間…

 新宿の爆破事件のすぐ後にテレビでお馴染みの国民的なアイドル兼女優の惨殺死体が都内の公園で発見された。遺体はバラバラに切り刻まれ――否…喰い千切られたように五体を引き裂かれ、組成のよく分からない糸で出来た袋に詰め込まれていたそうである。史上稀に見る猟奇殺人でかつ国民の注目度も高い事から警視庁は、ただでさえ新宿の事件の影響で食われ気味だった人員を割いてまで、彼女の当日の足取りから交友関係に至るまでを関連付けて徹底的調査を行ったが物証も目撃証言も驚くほど上がらず、捜査は早々に暗礁に乗り上げてた。犯人は依然として捕まっていない。

 

 そこから1週間もしないうちに地元の選挙区へと向かっていた某党の若手議員を乗せた車が突如高速道路上で暴走、多くの車を巻き込んだ挙句に最終的には凄まじいスピードで高架橋の壁高欄を突き破り、遥か下の森へと落ちていった。激しく炎上した車内からは議員と秘書、運転手と思われる3人の遺体が発見されたが損壊が激しく、原因すら特定出来なかった。最終的には運転手に突発的なトラブルが発生し、事故が起きたのではないか、もしくは運転手による無理心中ではないかという点で一応の決着が付いたとされるがどうにも腑に落ちないと感じる人間達が多かったのは言うまでもない。

 

 それから更に2週間後、大手服飾会社の社長が社長室から突如失踪し、捜索の末に本社から60㎞以上も離れた山間部の鉄道線路内で轢死体となって発見された。遺体の切断面からは生活反応が認められず、結果他殺の可能性が高いと診断されたが、現場は周辺に民家のない山中であり、どのように遺体を運搬したのか、更に社長の遺体にはまるで高所から突き落とされたかのように複雑骨折が確認された他、そもそも人の目の多い社長室からどうやって消えたのか等、多数の謎を残したまま時が過ぎていった。

 

 余談となるがいずれの事件でも現場付近で謎の怪物が目撃されたという情報が相次いだ。だがあまりにも非常識すぎる上に夜間の出来事である事や証言の内容がコロコロ変わる事もあって単なる集団ヒステリー程度の認識しかされずにオカルト雑誌を賑わす程度に終わった。

 これらの事件は新宿の爆破テロで不安定になっている世論に実体の不確かな、幻肢痛のような恐怖を与えていった。そしてそこから本当に世間に震撼させ、その恐怖の正体が幻などではなく、実態を持った明確な「力」そのものである事を知らしめたのは、更に一月後、東京都港区は六本木からだった…。

 

 

 ・・・・・・・・・

 

 

 クソ、なんでこんな事に…!繁華街の狭い通りを走り抜けながら蛯野は内心毒づいた。途中路を練り歩くサラリーマン達の肩にぶつかり、一様に怪訝な目を、ある者には露骨に剣呑な視線を向けられても振り返らずに男は走り続けた。街の喧騒が今日はやけに遠い。ネオンサインが凶暴なほど目に痛く、いっそ煩わしいとさえ思ってしまう。

 街は蛯野の庭だった。大学にいる同年代の奴らには分不相応な景色だが、自分にとっては別だ。自分は他の奴らとは違う、金も女も力もあるのだから…!大学で知り合った「イケてる」先輩の紹介で恋愛関係にあると女を思わせて、キャッチバーに誘い込んで借金を負わせた上で風俗業に斡旋する、今の仕事を始めてから2年近くになる。バーバックとスカウトバックで少ない時でも100万円以上は稼げた。奨学金や日々のバイトで頭を悩ませたり、就職難に喘ぐ他の学生達と違い、何よりも自分を高めてきた…その筈なのに…!

 酒の回った頭を必死に巡らせながら、走り続けると次第に息が上がってきたし、吐き気もこみ上げてくる。本来なら自分にこんな泥臭い真似は似合わない、出来れば一旦足を止めて一息付きたい所だが、それは許されない。今この瞬間立ち止まったら確実に殺される―――!

 

 ともすれば今にも絡みついてもつれそうになる足を動かす、その刹那後方から街の喧騒とは異なるざわめきの気配が生まれ、それがつんざくような悲鳴に変わるのに時間は掛からなかった。それはもう「奴」がもう追い付いてきた何よりの証左であり、そうなると既に仲間達…この「職場」で共に学び、競い合い切磋琢磨したきた仲間達やこの天職を与えてくれた先輩達は既に「奴」に殺されてしまったという事に他ならず、蛯野はいよいよこのまま膝をついて絶叫したい衝動に駆られた。もう困惑と疲労で足も萎え、全てを投げ出して地面に倒れこんだ方が…もはや何が最善手かも分からない感情を男が抱いた直後、一筋の乾いた激音が鳴り響いた。

 

 今のは銃声…?「奴」が発砲したのか、そう認識したと同時にそれを切っ掛けにして街のパニックはいよいよ止め処の効かないモノになった。銃が誰かに向けて発砲されたのか、それとも空に向けて発射されたものなのか、それは分からないが少なくともその音が発した強烈な暴力と破壊の空気が繁華街を再び更なる混沌の坩堝に堕とし込んだようだ。

 恐怖と混乱は途端に悪性のウイルスのように瞬く間に周囲に伝播し、人々から秩序を失わせていく。街全体が先程までの自分と同じパニックに包まれていくのを感じた蛯野は、或いは死を猛烈に痛感したからこそなのか、不意に妙に意識が晴れて冷静になっていくのを感じた。

 何故?冗談じゃない、殺されてたまるか、そうだ俺はこんな所で終わったりしない…!

 クリアになった頭で瞬時に周囲を見回した彼は呑み屋街を抜け、大通りに殺到しようとする黒山の人だかりに目を向けた。一かバチか、人混みに紛れて一気に逃げるしかない。リスクもあるが一旦大通りに出て、大都会の更なる喧騒の中に逃げ込んでしまえば「奴」でももう俺を見つけられはしない。一瞬で思考を巡らせると脱兎の如く駆け出し、人混みの中に身をすり込ませた。パニックになる群衆とは対照的に、妙に冷静になっていく頭で群衆を掻き分けていく。やがてビル街を抜け、視界の先にまだ漆黒の空を見渡せる開けた景色が広がった。まずは大通りに出られた、後は通りを超えて更に向こうの駅に向かうか、手っ取り早く地下街に逃げ込むか…その先を考えようとした所――。

 

 不意に足元に何かゴトリと転がる音がした。

 

 足元を見やるとアルミ缶大の筒状の物体が転がっているのが見えた、というか視界の端で捉えた感じだと確かどこからか投げ込まれたようにも見えたが…缶の開け口を思わせる突起から線香のような薄い煙を吐き出しているこれは…?

 蛯野が冷静に思考できたのはそこまでだった。それの正体について思い至るより前に、物体は閃光と共に炸裂し、やや遅れてやってきた衝撃波と破片が男のみならず、周囲の人々をズタズタに引き裂いた。

 爆弾…?残酷な事に携帯性と投擲性を重視したその爆弾は対象を瞬時に死に至らしめるようなモノではなかった。無数の破片に臓腑を貫かれ、両脚をもぎ取られても蛯野はまだ生きていた。真っ赤に染まった――右側しか効かない視界で周囲を見やると、同じように多数の呻き声を上げ、全身を抉られ、体を焼かれ、四肢を吹き飛ばされた人々の姿が見える。やがてコツコツと…コツコツと、少しずつ自分に近づいてくる存在が見えてくる。「奴」はそこかしこに転がる人体を踏みつけながらゆっくりと、確実に男に近づいて来るのだった。

 

 何でだよ…俺達がお前に何したってんだよ…

 

 どうせ殺されるならせめてもの抗議の声を上げようとしたが出たのはゴヒューゴヒューという血の混じった空気音だけだ。それでもせめて無数の「何故」を込めてやがて自分の前で立ち止まり、ゆっくりとこちらを見下ろしてくる「奴」に目を向ける。周囲の人間達もまた、意識のある者はそこに立つ存在に向かって同じような問いかけを発しているようだった。

 

 「奴」――全身を漆黒のライダースーツに包み、所々に銀色のプロテクターを、そして――顔にドクロを模したような銀色の仮面を身に着けた人間――はそんな男に見下ろしながら、やがてゆっくりと…唯一露出した口元を笑みの形に歪めた。

 

 「俺が何者か…って?そう聞きたいのか、お前?」

 

 やがて銀ドクロが嘲笑うように口を開いた。若い男の声…少なくとも俺とあまり変わらない…薄れゆく意識の中でそう知覚した蛯野に骸骨は右手に持った拳銃を向ける。

 

 「ふっふっふ、良いさ冥途の土産に聞いとけ、俺は死の国から来た骸骨男…そうだな…《スカルマン》とでも呼んでくれ」

 

 《スカルマン》?…その名を反芻する暇はなかった。直後「奴」―――《スカルマン》の拳銃が火を噴き、蛯野という男の意識を根こそぎ奪い取っていった。男の命が確かに失われた事を確認した《スカルマン》の昏い高笑いを彼が聞くことはなかった。

 

 

 ・・・・・・・・・

 

 緊急招集。

 警察職を拝命して1年余り、この所頻繁にそれが発せられる事態に村瀬基樹巡査は確かな異常事態を感じるのだった。例の祭典の開催が決まってからこちら、お祭り騒ぎに興じる都民とは裏腹に自分たち警察官はテロへの警戒やらでそれどころではないとぼやきつつ、頭の片隅では無意識に日本でまさか今のような事態になるとは思っていなかったのかもしれない。

 村瀬巡査の勤務する派出所は繁華街にほど近いエリアに位置する事もあって酔っぱらいの喧嘩の仲裁などなら頻繁にある方だろう。違法風俗の摘発からドラッグの売買、ヤクザに変わって台頭し始めた半グレによる特殊詐欺など大きなヤマも経験してきたつもりだ。平和とは言えないがそれでも――ニュースで報じられる銃乱射事件や続発する過激派によるテロのニュースを目にすれば、どこか日本はまだまだ平和だと――何処か他人事のように思わずにはいられないのだった。

 

 それが変わり始めたのは2ヵ月前――あの忌むべき新宿事変からだった。村瀬巡査がまだ幼かった頃、かつてこの国を震撼させた地下鉄テロ事件以来、20年振りに都心をテロリズムの暴力が襲った。以来戒厳令下になったかのような澱んだ空気が東京の街を覆っていった。幸いにしてしばらくは何も起こらず――いやその言い方は適切ではない。新宿事変と前後して、アイドルが何者かに殺害されたり、不可解な轢殺事件や車の暴走事故が相次いだ。…そして時には謎の「怪物」の目撃といったオカルト染みた証言がまことしやかに囁かれるようになったのだった。

 以前であればバカバカしいと一笑に付されるような話ではあったが、新宿事変を境にして目に見えないが確実に存在を主張し始めた不安と閉塞は確実に街を、いや日本を蝕んでいった。得体の知れぬ陰に吞まれそうになる都民を間近で見てきたからこそ、篠村巡査は自分たち警察官こそがこんな時にしっかりしなくてはどうするのかと己を鼓舞する思いであった。だからと言って一交番勤務でしかないいち巡査に出来る事など限られているのだが。

 

 村瀬巡査は高校卒業からすぐ警察官を志望し、警察採用試験に臨んだ。高卒の試験倍率が高いことも昇進試験を受けるにしても大変な道である事は分かっていたが、迷わずその道を選んだのは単純に経済的な事情もあったが、それ以上に早くこの仕事に就きたかったという事の方が大きかった。そうした熱意が認められたのかは定かではないが無事面接も突破し、10ヵ月の警察学校期間を経て、今の管轄に配属となったのが1年前。あの頃は世の中がこんな風になるとは思ってもみなかったな…

 今日も今日とて夜勤の最中に突如発せられた緊急招集のコールに同じく当直に当たっていた先任巡査と共に飛び出し、現在急行を命じられた場所に向けて環状三号にパトカーを走らせていた。その間駅方面に上がっている黒煙が既に街がただならぬ事態に置かれている証左に思えた。

 

 『一○一より各車、六本木三丁目プラウザビル付近にて大規模な爆発発生、テロ事案の可能性あり、負傷者多数の模様、直ちに急行せよ』

 

 「23時05分。以上一○三」

 

 同乗していた先任巡査が無線を受ける。声は明瞭だが僅かに焦りが感じ取れた。やはりテロか――それに三丁目と言えば繁華街の中とは言え、自分たちの所轄の目と鼻の先ではないか。そんな所で堂々と爆発を起こされたと言うのか――慄然とする思いの村瀬巡査の思考を吹き飛ばすように新たな無線が入ってきたのは次の瞬間だった。

 

 『撃4より各車、爆破事件の首謀者と見られる車両が現在412号を渋谷方面に向けて逃走中、車両は改造車と思しき二輪車、首謀者の身なりは――』

 

 それ以降を続ける筈の無線は次の瞬間、突如夜の街を揺るがす爆音によって遮られた。何事だと視線を右側に向けてみようとした所ですぐにパトカーは66プラザ下麻布トンネルに突入し、遮られた。

 

 「ちょっと待て、412号って…」

 

 今自分達が走っている道と合流する所ではないか?恐らく先任巡査はそう続けようとしたのだろう。となると自分たちの車両とちょうど合流する可能性があるのか、もしくは既に通り過ぎているのか、そこまで考えた所でパトカーはトンネルを抜け、県道に合流する交差点へと辿り着いた。

 元より不夜の街だが、もはや街はそれすらも静寂に思えてしまうほど、混乱に満ちていた。先程火の手の上がった右側に目を向けてみるとやはり駅方面には朦々とした黒煙が上がり、更には首都高の橋脚にパトカーが一台、頭から突っ込んでいる光景が見えた。

 

 村瀬巡査は慄然とした。

 

 だってそれはまるで映画の中で見るような戦争の光景そのものでここが21世紀の日本である事を忘れてしまいそうになるほどだった。あのパトカーの乗員は、他の同僚達は、なによりも市民たちは無事だろうか…そこまで考えた直後、静寂に呑まれた大通りを何かが駆け抜けて来た。大型の二輪車か、と思ったのも一瞬、豪炎に照らされて姿を現したそいつの異常な姿に村瀬巡査は今度こそ心臓が止まるような戦慄を感じた。

 

 まず目についたのはそいつが跨るバイク。見た目はクルーザータイプの大型バイクだが全身が闇のような漆黒に塗装されたボディにまるで骨のようなパイプ状のラインが纏わりつき、やがてそれは後輪部に異様な形状のマフラーとして収束していた。本来ならヘッドライトが配置されているフロントカウル部分にはこれ見よがしに人の頭蓋骨が象られ、眼窩を爛々と輝かせるように光を放っていた。まさに死神か何かを想起させる悪趣味な改造バイクだ。

 そしてそれを駆るのもまた――漆黒のライダースーツに人骨のような意匠の銀色の鎧、そしてそれらと同色のドクロのような仮面を被った更に異常な風体の人物だった。

 

 なんなんだコイツは――。

 

 しかしそれ以上その人物の風体を確かめる暇はなかった。ドクロ人間はこちらを見咎めもせずに、環状3号線、即ち今さっき自分たちが来た通りの反対車線に車体を乗り入れ、そのまま走り抜けようとした。

 

 「先輩、アイツを…!」

 

 「分かってる!」

 

 村瀬巡査は思わず声を上げようとし、先輩も皆まで言わずともその先を察したようだ。

 先程の無線で聞こえた『改造車と思しき二輪車』という言葉、どう見ても平和的とは言えない異様な容姿、何よりも一瞬確認したアイツは背部にショットガンのような銃器を背負っているのが確認できたのだ。どう考えたってマトモではない。恐らくアイツが無線で聞いた事件の首謀者だろう。現場に急行する事は出来ないかも知れないがここで逃がす訳にはいかない。

 ハンドルを握る先輩は即座に切り返しを行い、反対車線に進入した。ドクロ人間のバイクは66プラザ下を走り抜け、そのまま環状3号に至る車線に向かおうとしていた。パトカーが改造バイクの後部を捉えたのと同時に村瀬巡査も即座に無線を取った。

 

 何者か知らないが新宿事変以降日本全体を覆っていた不穏な事件の正体はコイツだったのではないかと確証はないがその時不思議とそう思った。もしそうなら…今のこの国を包む闇の正体が少なくとも得体の知れない超自然的なモノではなくあくまで目の前にいる不気味なドクロ人間――そう、少なくとも同じ人間によるモノである事が分かる。幽霊やモノノケが相手なら自分達警察にはどうする事も出来ないが、少なくとも目の前に実体を以て存在する以上は警察の管轄だ。そうと分かれば臆する必要など何もない。絶対に逃がしてなるものか…!

 

 「一○三より各車、不審な車両を追跡中、車両は黒の大型二輪車、現在環状3号を鳥居坂下方面に向け、逃走中、至急応援を…」

 

 しかし村瀬巡査のその言葉はそれ以上発せられる事はなかった。

 

 続く言葉は直後下から突き上げてきた鉄の暴風にかき消され、虚無へと消えていった。トンネルに入った直後黒づくめのバイクは後部のコンテナ状のユニットから何かを投下した。後続のパトカーはその微細な物体に絶妙な暗さのトンネル内部の状況も相まって気付く事は出来なかったのだ。

 その物体の正体は弁当箱程度の大きさの小型地雷だ。警察車両の動きを読むように投下され、瞬時にアスファルト上に敷設されたそれは圧力以外にも磁気や振動にも反応する機能を備えており、間を置かずにその上を通過したパトカーの影を検知すると同時に炸裂した。村瀬巡査に自分の死を認識する間はなかった。地雷に内包された700個余りの鉄球はマイゼン・シュレーディン効果により上方にのみ向けて一斉に解き放たれ、音速を超える速度を得た自己鍛造弾が即座に構造の脆弱な車体底部を貫き、その上にいた村瀬巡査と先任巡査の肉体を千々に引き裂いた。

 

 併せてタイヤが爆裂した事により、完全にコントロールを失ったパトカーは車道を外れ、そのまま左側のガードレールに激突し、支柱を歪ませるとその勢いのまま、前転するように大きく横転し停止した。やがて破壊された燃料タンクから漏出したオイルがそのままどこからか生じた火花に引火し、二度目の爆炎を上げてトンネル内部を荒れ狂った。

 

 

 ・・・・・・・・・

 

 

 その光景をバックミラー越しに眺めていたバイクを駆る男――《スカルマン》はニヤリと口元を歪める。

 

 予想以上の戦果だった。

 

 警察への挑発も兼ねての行動だったため、一戦交える事は承知済みだったが、装備が思っていたよりも絶大な効果を発揮してくれた。街の破壊に使用した多数の爆弾や白兵戦用の武器、なによりこのバイクは思っていたよりも自分の期待に応えてくれるようだ。これならこの国を相手取って戦うことも、そしてゆくゆくは未だ正体を現さない「何者か」を仕留める事も決して無謀ではない筈だ。

 せいぜい首を洗って待っていろよ、と《スカルマン》は密かにその時を夢想し、体が興奮に打ち震えているのを感じた。

 とは言えこれだけの騒ぎを起こせば当然警察も自分を逃がすまいと全力で追いかけて来る筈。来ても返り討ちにする自信はあるが必要以上に時間を掛けるのは避けたい所だ。やはりもういくつか花火を上げておこうか…

 《スカルマン》はバイクの操縦桿部分にあるコンソールを操作する。その瞬間予めこの六本木周辺各所に配置しておいた小型爆弾が一斉に起爆した。爆弾の効果は様々だ。市販花火を束ねた程度のこけおどし爆弾から手榴弾クラス、またはプラスチック爆弾を使用した大規模なモノまで、その他発煙弾や焼夷弾など複数の特殊効果爆弾も各所で花開き、街は更なる混乱の渦に呑み込まれていった。

 そうした混沌の闇に消えていくように《スカルマン》はやがて各地の警戒の目を搔い潜って姿を消した。それに呼応するように猛火に包まれた六本木の空に再びドクロが出現したのはそれから数分後の事であった。

 

 新宿事変から2ヵ月、死者12名、負傷者1200名以上という夥しい犠牲を出したこの事件を以てインターネット上に拡散された犯行映像からこの国に生きる者達は否が応でもその男――とある若者を殺害した際に名乗っている動画が拡散され、以降その自称に倣って《スカルマン》と警察やマスコミ各所でもそう呼称されるようになった――の存在を脳裏に刻み付けられていく事になるのであった。

 

 




という訳でプロローグでした。スカルマンは登場します。

ホントはもっと続きますけど、長すぎるので少し小分けにして投稿いたします。
次回以降はいつになるかやや未定ですが、なるべく早く投稿するようしますので、上記の通り、気長な方は是非お付き合いください。

初二次創作という事もあって色々至らぬ点、拙い点等あると思います。ご意見・ご感想・ご指摘・ご指導等いただけたら励みになります。

ではまた次回。
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