仮面ライダー:RE   作:大荒鷲

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過去一えぐい話になってるので要注意。


CHAPTER-3:『REjectionⅠ』- ⑯

 血の海に沈んだお祖母さんはもう息をしていなかった。胸の辺りにぽっかりと開いた空洞が既にその命が流れ落ちてしまった事を何よりも雄弁に語っているようで僕はただただそれを呆然と見つめていた。

 

 涙は何故か流れてこなかった。あの日――父さんとガロを喪った時――からどこか心が鈍磨しているのか……はたまた僕の心もじわじわと人間の形を失いつつあるのか…それすらも分からなかった。せめて遺体を清めてあげたいと思ったが、流石にやり方は分からないし、僕のような人外が触れれば彼女の遺体を穢してしまうような気がした。せめて彼女の息子と義娘、そして夫の魂が安置してある仏間に運んでやって、それから静かに目を閉じさせた。僕に出来る事はたったそれくらいだ。

 

 石のように硬くなった彼女の遺体の傍らには相も変わらずモコが寄り添っていた。犬は主人の死というモノを理解出来るのだろうか、それは分からなかったけど少なくともモコはもう決定的に何か取り返しがつかない事が起きた事を理解しているらしい。僕が近寄ろうとすると威嚇するように低く唸り声を上げてきた。怒りは感じない、ただやるせなさと哀しさを噛みしめているような気がした……もしくは今の僕の心境を勝手に重ねているだけなのか。

 それからどれくらいの時間が経っただろうか。永遠とも言える程だった気もするし、せいぜい5分くらいだった気もする。あとで冷静に思い返せば1時間かそこらだったようだ。蹲っていた僕は何かがすぐ近くで起き上がるのを聞いた。モコがしきりに吠える。まるで怯えるように。

 

 まさかあの怪物が帰って来たのか……!小さな殺気を捉えて顔を上げた僕は想像以上に異様な光景に絶句した。

 

 畳の上に寝かせてあったお祖母さんが起き上がっていた。確かに息絶えていた筈なのに。石のように硬く冷たくなっていたのを確かに確認した筈なのに……!

 

 だがその動きはまるで下手な操り人形のように覚束なかった、自分の意思というよりもまるで内部に入り込んだモノの手によって無理矢理操られているように。何より――その目はもう僕の知ってるお祖母さんのモノではなかった。黒目ばかりが異様に肥大化した瞳からはまるで涙のように黒く染まった体液を垂れ流しており、喘ぐような呻き声を漏らす口元には異様に肥大化した犬歯があった。

 

 迂闊だった……!僕は歯噛みした。この変異は“感染”するのだと自分で仮説を出した筈ではないか……。志村さんが山中で遭遇したゾンビは恐らく“霧”に長時間触れた事で変異し、それに噛まれた志村さんが怪物になったのなら、あの怪物の“毒針”に突き刺され、絶命した者は暫くした後にゾンビのようになって蘇生する――なんでそんな可能性にすら思い至らなかったのだ…!?

 だが最早お祖母さんではなくなったゾンビはそんな僕の事情など斟酌してはくれない。ゾンビにとって目の前にいる人間は全て感染を広げるためのキャリアーに過ぎないのだ。呆けている僕目掛けてお祖母さんだったモノは唸り声を上げながら襲い掛かってきた。

 

 しかしゾンビの動きは酷くぎこちない。元々お祖母さんは足腰の調子が悪くて、移動には難儀していたから例えゾンビの根源に体を乗っ取られたとしてもそこまではどうしようもないのだろう。

 だがそれは裏を返せば元々不自由な体を無理矢理動かされているようなモノであり、事実動けば動くほどその体は、骨は軋み、悲鳴を上げているのが見て取れた。それでも痛覚が鈍磨しているゾンビにはさしたる影響はなく、ただただ闇雲に襲い掛かってくる事しか出来ないその姿に僕は哀切と厭悪を同時に抱いた。

 

 恐らく僕や志村さんの同類――否、それになりきることも出来ない中途半端な(はざま)の生命体。望んでそのように生まれ付いた訳でもないのに、増殖本能に衝き動かされるしかないという点ではその姿はどこまでも憐れですらあった、がそんな虫けら以下の生命がお祖母さんの皮を被って死という安寧さえも奪い去ろうとしている。その事が溜まらなく許せなかった。

 

 僕らの間にさしたる攻防などなかった。気が付いたら右手の肘辺りから棘状の器官が複数形成されており――それを見てもなんの感慨も湧かなかった――すれ違いざまに僕はそれをゾンビ化したお祖母さんの首元に突き立てていた。黒い血が噴き出て僕の体を濡らしたのがせめてもの最期の抵抗であるかのように彼女は音もなく崩れ去った。

 

 文字通り。灰のように細かい粒子に分解されて。

 

 跡には何も残らなかった。

 

 そうする事で僕の中の最後のナニカが崩れたんだと思う。怒りも悲しみも後悔も、思ったほどは湧いてこなかった。ただ――これ以上放置する事は出来ない、という使命感でも何でもない感慨、それひとつだけ。志村さん――いや、あの怪物を追い掛けなければ…と漸く思い立った僕は重い動作で腰を上げた。モコがしきりに吠えてきたがもうそれも聞こえていないも同然だった。

 

 血に染まってじっとりと湿ったシャツの感触が気持ち悪かったのでそのまま脱ぎ捨てた。台所にまで辿り着いて水を煽ると途端にこの数日巡ってこなかった空腹感が伴ってきて、こんな時でも腹が減ったりするんだな、と僕は心底自分の現金ぶりに嫌気がさした。

 

 台所を見渡すとちょうど準備中だったのか、鍋の中に卵でとじた鶏肉が湯気を立てていた。お祖母さんの作る親子丼は出汁がよく効いた優しい味がして、僕もテツヤもキョウカも好きだった事を思い出す。その途端にもう何もかもがあの日には戻りはしないんだ、それだけのどうしようもない現実が急速に意識させられて、僕の裡の空虚さを更に押し広げていった。溜まらなくなった僕は鍋に直接手を突っ込んで中身を掻き出して、口に運んだ。やがて鍋の中はすっかりなくなって、全て僕の胃の腑に落ちていった。

 

 なんでだろう。腹は確かに満たされた筈なのに、なんの味も実感出来ず、心には何も残されはしなかった。

 

 

 

 代わりの服を探すのも面倒だったのでそのまま何も持たずに玄関を出た。振り返ると家主のいなくなった家は酷く乾いていて、寒々しく見えた。もうここに帰ってくる事もその資格もないんだろうな、と漠然と思った。ここは僕にとってあまりに眩しすぎる世界だ。

 

 ふと視線を感じて、その方に視線を転じると覚束ない足取りで歩いてくるモコが見えた。いつもみたいに駆け寄ってきてはくれない、ただもう吠えるのも疲れた、という風に静かに僕を見つめていた。

 

 思えば僕とキョウカを繋ぐきっかけになってくれたのが、ガロとモコ、二匹の犬だった。ガロがいなければ彼女と会えなかったかも知れないし、モコがいなかったらテツヤとはともかく、僕と彼女の間には共通の話題すらなかったかも知れない。

 

 ありがとう。それとこんな形になっちまってごめん――僕はそう告げるとモコに手を伸ばした。モコももう抵抗しなかった。

 

 連れていく事は出来ない。かといって置いていく事も出来ない。このまま家の中にいればいずれその時が訪れるし、この“霧”に巻かれた世界の外でもどの道生きる術はない。

 

 だからそうするしかなかった。ごめん、ありがとう、その言葉を何度も繰り返しながら僕は掌に収まった暖かい肉の塊にそっと力を籠めた。

 

 せめてお祖母さんの傍に、と搔き集めた灰の傍らにそっと安置してやる。まだ温もりの残る額をそっと撫でた。また小さくごめん、と呟いて僕は今度こそ立ち上がった。

 

 僕は結局何も守れなかった。全部僕の弱さや覚悟の無さが招いた事だ。僕がここに来なければこんな結果にはならなかったかも知れない。だからその責任は取らなきゃならない――。

 

 せめてお前の飼い主だけは絶対に死なせないから……!

 

 それだけ心に誓うと今度こそ僕は藤屋敷を後にした。あの日の事は今でも鮮明に思い出せるのに遠ざかっていく度に次第にその記憶はこの“霧”のような深い霞の中に消えていく気がした。

 

 

 

 そうして歩き続ける事、30分。僕は村に帰ってきた。少し前まであれほど帰りたいと思った事がなんだか酷く遠くに行ってしまった気がする。何故だか“霧”の中でも不思議と周囲を見渡せるのは僕が改めてこの世界に適合した証だ。

 人気がなく、ひっそりと白亜の世界に沈む村もやはり山の中と同じで死の世界のようだった。視線を地面に落とすと路面にはちょうど人ひとり分くらいはありそうな黒い灰と衣服が散らばっている。ここに来るまで何度も見た光景、それが何を意味するのはもう火を見るより明らかだった。

 

 だが感慨に耽ってる暇は元よりなかった。何かの呻き声と動く気配を感じ取った僕は“霧”の向こうに目を凝らした。案の定覚束ない足取りで奴ら――ゾンビ人間達が僕の方に向かってくる。ひとりふたりじゃあない、少なくとも10人かそこら。その中心に佇むのは間違いなく、志村さんが変異した怪物だった。

 変異は更に進行していた。頭部は少なくとも右半分までもが完全に甲虫のような姿に変わり、脱臼していた左手も異様に肥大化し、6本の鉤爪を備えたフォルムに変わっている。恐らく人を襲い、毒を注入するか、食うかするかでより変異を促進させるタイプなのだろう。そして毒を注入した相手はゾンビとして使役する事で自分の毒を更に広範囲に拡散させる、それがコイツの――《アナバチヴェルノム》の特質だ。

 

 他にも各所に同じような禍々しい気配を感じる。恐らく先日“研究所”に出没した犬型の怪物達だろう。特異な嗅覚で僕らの気配を嗅ぎつけたのか何頭かがこっちに向かってくるのが感じられた。

 

 望むところだ、何匹でも来てみろ。まとめて狩ってやる……!僕の――俺の中の凶暴な思惟が目覚めた。

 

 思えば簡単な事だった。ちっぽけな“自己”にしがみつこうとするから変われない。この力を受け入れるという事は今を取り巻く不条理を受け入れるという事だ。

 

 そんな文学があったろう。ある日目を覚ましたら巨大な“毒虫”に変わっていた男はそんな非常識にただもうひと眠りしようかなどと考えては仕事の愚痴を垂れる。家族は最初こそ戸惑いながら何故だか次第にその状況になれてゆく。子ども心には正直意味不明な作品だったが、要はコレと同じことだ。そこに既存の常識は必要ない、起こるがままを受け入れれば良い。本当にそれだけの事なのだ。

 

 そうだな、ならばそれに肖るのも悪くないかも知れない――。

 

 俺はゆっくりと体に力を籠めた。身を焦がす程の熱い衝動が全身を駆け抜ける。目前の不条理達を見据えて俺はゆっくりと呟いた。

 

 

『――変身……!』

 

 

 

・・・・・・・・・

 

 

「そうして俺はこの体を手に入れた……入れちまった、というべきかね…?今のアンタもそれと同じ状態にあるって事さ…」

 

 まるで何年分もの体験を聞いたような、酷く長い時間だったと思ったが東の空を見ると漸く完全に昇りきった太陽が空を白く染めていた。とはいえまだ1時間も経っていないらしい、という事に気が付いた健輔は思わず幹斗の方に視線をやった、が当人と言えば疲れた、と言わんばかりに大欠伸を溢していた。健輔はと言えば漸く己の体に起きた異変の正体に近づいてきたこともあってとても呑気に構えてる気にはなれなかった。

 

「焦んなよ、ちゃんと全部教えてやっから……。で、どこまで理解出来た?」

 

 欠伸を呑み込んだ幹斗がニヤリとこちらに視線を寄越す。なんだか自分の心の内を見透かされてる気がして、癪な気分がした。健輔は口を尖らせて幹斗から目線を外した。

 

 正直あまりに常識という狭っ苦しい枷から乖離しすぎていて完全に理解出来たとは言い難い。少なくとも幹斗の親父さんはあの時爆発したプロメアセンターの所長をしていた人物で――山城慎吾、という名前だった。健輔にしてはよく覚えている――しかもその爆発の背後には謎の襲撃者の存在があり、その後漏出した“霧”の正体は人間を怪物に変質させる正体不明の物質と来た……。

 正直あまりに荒唐無稽すぎる。当時の公式発表は何ひとつとしてハッキリした事が分からない、とそれはそれで批判に晒されたが、こんな事報じていたらそれはそれでとんでもない論争が巻き起こっていたと思う。

 

「信じられない、って顔してるな。まぁ無理もないよ」

 

 こっちの顔色を読み取ったらしい、幹斗がどこか嘲るように含み笑いを溢した。だがそれはどっちかというと他人よりも自分に向けられたモノのような気がして、事実その表情は疑われるのには慣れてるさ、とでも言わんばかりに諦観が混じっていた。健輔は息を吐いた。

 完全とは言い難いが何故幹斗達――《ヴェルノム》が生まれたのかは分かった。詳細なメカニズムとかは完全に理解出来たとは到底言い難いが、たぶんそれ以上は自分がいくら頭を巡らせても理解は出来ない気がする。

 だが大半は未だに闇の中だ。そもそもプロメアセンターを襲撃した奴らは何者なのか、何故襲撃されなければならなかったのか、そもそも地下にあったあの謎の結晶体とやらは一体全体なんなのだ……?考えれば考える程、謎が増え、深みに嵌っていくこの感覚はもう心底ウンザリだ。

 

「いい加減勿体ぶるのはやめろ!一体何がどうしてこんな事に……カグラだの白零會だのなんだの…俺達を振り回してるのはどこのどいつだっ…!」

 

 思えば話をややこしくしてるのは詰まる所、そういう事だ。一昔前に世間を騒がせたカルト教団に都市伝説の中にしか出てこないような謎の組織。正体不明の武装集団と怪しげな研究所…全く関りのない要素が奇妙に絡み合ってるのかないのか…とにかく微妙なラインでせめぎ合って、俺達を振り回してる……ように感じられるのがまた腹立たしい。

 

「地下にあったっていうアレ…“地の石”だかなんだか……それと関係あるのか!?だとしたら…一体、お前らは……!」

 

 そこまで言いかけて幹斗がそこで盛大に笑い出した。嘲ってる感じではない、本当におかしくて笑ってる、とにかくそんな感じだった。健輔はといえばただ呆然とするよりない。

 

「なんだ、昨日のアレ聞いてたのかよ……いやはや俺も迂闊だな…」

 

 言ってる事とは裏腹に心底楽しくて仕方がない、という調子だ。健輔は憮然とする。

 そう、実は昨夜コイツとスポンサーとやらの会話を盗み聞きした際に聞こえてきたワードだ。本当はこっそりと後で探りを入れようと思っていたが興奮に駆られてうっかり口走ってしまった。こういう所が粗忽者の粗忽者たる所以だ、とか思いながらも健輔は大笑いしてる男を睨みつける。やがてひとしきり笑って満足したのか、幹斗が口を開いた。

 

「悪い、笑って悪かった。聞かれてるとは思ってなかったよ、そうだな一度見ておいた方が良いかも知れない……」

 

 来いよ、そう言って幹斗は座っていた給水塔の上からひらりと飛び降りると、こちらを一瞥しながら階段の方に歩き出した。

 

「来いって…おいなんなんだよ一体…!」

 

 健輔の声は聞こえてるのだろうが、気にした素振りもなく幹斗は何も答えなかった。ただ一度チラッとこちらを振り返り、知りたいんだろ?と言わんばかりに意味ありげな笑みを浮かべただけだった。相も変わらず気ままなヤツだ、と内心で毒づきながら健輔は華奢なその後ろ姿を追い掛けた。

 

 

 

 そのまま1階まで降りると10数人ばかりの人々がせわしなく動き回っている光景にぶつかり、健輔は少なからず面食らった。まさかこんな所にこれほどの人がいたとは……驚きながらもついあのカサネとかいう少女の姿を探してしまったのは行き交う人々が皆同じ格好をしている事もあるのだろう。こうして見るとごく一介の宗教団体の宿舎という感じがしないでもない…場所が半ば廃墟と化した公営団地である事を除けば、だが。

 件の少女はすぐに見つかった。テーブルの近くでどうやら食器を並べているようだ。探していたのは隣にいる男も同じだったらしい、「カサネ」幹斗がちょうど良い、という風に彼女の名を呼んだ。

 怯えたようにこちらを振り返ったカサネだったが、健輔達の姿を認めると酷く安堵した表情を浮かべて迷うことなく駆け寄ってきた。そういう所、やたらと居心地が悪い…健輔はつい彼女から目を逸らした。

 

「おはようございます幹斗様、健輔様。なにか御用でしょうか?」

 

 恭しく頭を下げる動作。一瞬ここ現代の日本だよな?と思う。幹斗はもう慣れたと言わんばかりに泰然と振る舞っているが、自分は何年経とうがそうはなれない気がする。そんな自分の感情など知りもせずに幹斗はカサネに告げた。

 

「拝礼堂の鍵を貸してくれるか?例のモノを見せてやって欲しい」

「分かりました。しばしお待ちください」

 

 拝礼堂、というのが何をするところなのかよく分からないが、そんな所に何をしに行くのか、微塵も疑問に思う様子すらなく彼女はそう答えると、身を翻してどこかに駆けていった。その後ろ姿はどこからどう見ても普通の若い女性そのものなのに、どこか異質で何かが欠けているような不安な感触がするのは果たして俺だけなのだろうか……。

 1分も経たずに彼女は戻ってきた。こちらです、と主に健輔の方を見ながら歩き出す。何故だかドキリとさせられたような気がしたが、考えない事にして後に続く。今度は並ぶように歩いている幹斗が「もっと堂々としてろよ?」と可笑しそうに囁いた。

 

「アイツらにとっちゃあ俺達は高貴な存在らしいんだから。望むように振る舞ってやれよ」

「……心の底から黙れ」

 

 後から思い出したのだが確か白零會の教義は「信仰を深める事で人はより高位の存在に至る事が出来る」というモノだったで、その高位存在、とやらがスペリオルだとかそんな名前だったような……気がする。

 

 それがどんなものなのかなんて考えた事もないが、彼女らにとって俺達はそれに近しい存在らしい…分かってはいても自分にとっては忌まわしいもの以上の認識はなく、どこか不快な感触が胸の内に広がる気がした。勿論そんな力を笠に着て彼らの望むように振る舞える筈もなく、隣にいるコイツも先頭を行く少女も含めてなにもかもがどうかしてるよ…そんな苦い胸中を噛みしめる。

 

 カサネに案内されて辿り着いたのは中庭にある建物だった。先程までいた居住エリアと違い、トタンの屋根と壁で造られた如何にもバラックっぽいソレは周りの廃墟と比しても明らかに浮いており、ここに住んでいる人達が後付けで造ったモノだという事が窺えた。だが扉の辺りに取り付けられた南京錠が見た目とは裏腹に物々しい雰囲気を出しており、まるで恐ろしいものが封印されているような…変な想像をしてしまう。

 カサネ本人はそんなこちらの事情など知る由もなく、平然と鍵を解錠した。「どうぞ」扉を開けてそう言われればこちらとしてももう今更躊躇う気もなかった。健輔は溜息を吐きながら薄暗いバラックに足を踏み入れた。

 

 多少の黴臭さはあったが、ランタンの光が灯ってみれば意外な程、余計なものは置かれていないシンプルな空間が広がっていた。意外と普通だな、とそう思ったのはほんの数瞬の事だった。視線を巡らせると目についたのは壁に飾られた――髭と髪を伸び放題に伸ばした容貌魁偉な男の肖像画。八千餐誡――白零會の教祖であり、稀代の犯罪者……否が応でもここがどこだか痛感させられて健輔は思わず身震いした。

 だがそんなモノさえ霞んでしまいそうな程、一際異質なモノ――綺麗な直方体を形作る水晶体――はその肖像画の前に鎮座していた。クッションと縄で申し訳程度の装飾が施された木の台の上に坐すソレは天井に据え付けられたランタンの灯りとは異なる翡翠色の輝きを放ち、心臓が脈打つように規則的に明滅している。

 

 目にするのは初めてだが直感的に理解した、これが幹斗に“力”を与えた源であり、一連の事件の根源なのだと……。

 

「“地の石”だそうだ……少なくとも俺の知る限りの記録にはそう書かれてるよ…」

 

 幹斗がぼそりと呟いた。だがどことなく忌々し気な感情を含んでいるように思えた。それに気付いていないのか何なのか…カサネは感銘を受けたように小さく首肯した。健輔はといえば何も言えずにただ黙ってそれを見つめているだけだった。吸い込まれそうな妖しい輝きが視界を通じて全身に沁み込んでいくような心地さえした。

 

「最初の記録では“кристалл земли(アースクリスタル)”…って呼ばれてたらしい。あるいは“賢者の石”とか“霊石(アマダム)”とかいう()()もある…らしい。まぁつまりなんとでも変わるもんだって事さ…重要なのは……」

 

 そこで言葉を切って幹斗は健輔の方に振り返った。皮肉気な笑みを作っている口元とは裏腹にその瞳はどこか困惑しているようにも、何かに縋っているようにも思えた。

 

「お前さ……神様って信じるか?」

 

 は……?健輔は言葉に詰まった。幹斗も答えは求めなかった。漸くこの場に漂う剣呑な気配に気が付いたらしいカサネが戸惑ったような表情で二人を交互に見つめた。

 

 




そろそろこの章も終わりかなと思います。
正直この章はしんどい事ばっかり続くので書く方も気が滅入って仕方ないのです。次章はもう少しアクション多めでスカッとする話にしたいと思ってるんだけど…果たしてうまく行くかしら……

たぶんあと2回くらいです。それではまた次回。
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