仮面ライダー:RE   作:大荒鷲

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CHAPTER-3:『REjectionⅠ』- ⑰

・・・・・・・・・

 

「なんだかなぁ……。果たしてこれで良いんだろうか…?」

 

 空腹がひとまず落ち着くと率直な感想として湧き上がってきたのがソレ。我ながら漠然とした言葉であり、案の定自分の右隣に座る梗華が「なんの話?」と怪訝な視線を向けてきた。

 

「いや…この状況がさ…。呑気にメシ食ってる場合じゃない気がしてきて…」

 

 単純に居心地が悪い。理由は色々あるが……。

 

「腹減った~メシまだか~、とか言ってたの貴方じゃないですか」

 

 正面に坐した柚月が冷たくピシャリと言う。

 

 そういう事じゃねぇ&そんな言い方してないわいっ!とか突っ込もうとしたが、当の本人はこちらの心情なんぞ興味もなさそうに左手にタブレットを持ったまま、右手で蕎麦を啜っている。

 

「柚月ちゃん、お行儀悪い!」

 

 そんな様に溜息を吐いた梗華が箸を突きつけながら言った。人の事言えるか、と追加で突っ込みたくなったがヤブヘビになりそうなのでやめておく。むぅ…と口を尖らせた柚月は蕎麦を嚥下してから口を開いた。

 

「サンドイッチというのは元々カードゲームの片手間に食べられるように考案されたものなんです。つまり日本のファーストフードたる寿司・おにぎり・蕎麦の類もながら食べしても許され……」

「屁理屈言わない!」

 

 母親と反抗期の娘かよコイツ等は……と哲也は呆れる。ふと右斜めに視線を転ずるともう一人の男はそんな争いなんぞ訊く必要もないと言わんばかりに黙々と食事をしている。コイツもコイツでなんだかよく分からん……、ただなんだか妙な置いてきぼり感を喰らった気がして、もうこうなりゃ開き直ってやる、と思い哲也も蕎麦を啜る事に専念した。

 柚月に料理させるさせないを巡って謎の攻防が繰り広げられてる最中、やってきたのが斜めに座る謎の少年と楠とか呼ばれてた執事風の壮年。お食事がまだだと思いましたので…と慇懃に頭を下げながら、彼が運ばれて来たのが盛り蕎麦に天ぷら、茶わん蒸しに多数の小鉢がついた結構本格的な蕎麦御膳。これをファーストフードなんぞと呼んだら罰が当たりそうなレベル。正直ここまでは施しが過ぎる、と思わないでもなかったが目前の空腹感には勝てず、そこからなし崩し的に食事会が始まった。予想外だったのがこの少年――辰雄とか呼ばれてたか――も加わった事か。

 相も変わらずタブレットを眺めながら時折何かをブツブツ呟いている柚月とそんな彼女に注意する梗華を眺めながら哲也と辰雄は寡黙に食事に専念していた。とりあえず分かったのはこんな時であったとしてもあのおっさんの作る料理は美味い、という事だ。

 

 

 

「ところでコレ食い終わったらどうすれば良い?」

「下げておけば後で楠さんが回収してくれるって」

「……やっぱりなんか施しが過ぎるんだよなぁ…」

「自分で洗おうとか考えない方が良いよ、その器ウン十万するみたい」

「…謹んでお任せします」

「一同。良いですか?」

 

 食事も済ませて程々にバカな会話もする気になってきた頃合。見計らったように柚月が音頭を取るように口を開いた。相変わらず携えているタブレットをなにやら操作している。その凛とした佇まいは先程までどこか意固地になって料理に挑もうとしたり、無駄な反論をしてた姿と同じようには見えず、哲也は少なからず面食らった。

 

「何見てるんですか?」

 

 こちらの視線に気が付いたのか柚月は剣呑な視線を寄越した。慌てて哲也は居住まいを正して彼女の方に向き直る。何故だか心臓がバクバクと波打ってる気がした。「別に。で、なんなんだよ一体……?」

 

 柚月はどこか釈然としない様子だったが、梗華と辰雄の視線もそれぞれ一瞥するとそれ以上は追及せずに一同に向き合った。「いくつか情報を掴みました」徐に口を開く。

 

 映し出されていたのはやはりさっき“療法所”の辺りを調べるのに使っていた地図アプリ。そこに新たに3か所の地点が示されていた。赤いアイコンが一つに、青いのが二つ。赤い奴は都市部からかなり外れた田舎町の一角を指しており、地図上には「真明団地」の文字があった。あとの青点は比較的都心部より、但しひとつは少し前に騒ぎのあった潮風公園より更に東京湾よりの位置する人工島の一部分を、もうひとつは…都内中心部のある一点を指し示していた。

 何の位置だ……?哲也は首を傾げて、少女の方に視線を投げた。見ると辰雄、それに梗華もそれぞれ神妙そうな目つきで少女の方を窺っていた。まさか…?背筋が粟立った気がした。やがて柚月はゆっくりと口を開いた。

 

「様々な情報を統合した結果……村の人(生き残り)達は現在この2か所にいると推察されます」

 

 どくん、と。心臓が暴れ出すのを哲也は知覚した。頭に血が昇って顔が熱くなっていくのをなんとか抑えようとして、「根拠は……?」と声を絞り出した。柚月に怯んだ様子は全くない、こちらの微かな惧れを見透かしたように凛とした瞳をただ注ぐ。

 

「主に3つです」

 

 淀みなく、少女は口を開いた。

 

「ひとつは、まず旧“療法所”の位置。人目を避けるべく山の中にあった廃病院を再利用していましたが、故に脱走の余地が生まれてしまった。元が使ってない建物なだけに見張りや設備を増やすと悪目立ちする恐れがあったのでそこにつけいる隙があったんです。なのでその反省を活かすなら……木を隠すなら森、の理屈、人だけは無駄に多いこの街に構える筈。監視の目が届きやすい、という背景もありますしね。

ふたつ目。都内の最大の問題は74人近い人間を収容しておくスペースがないという事。半分ずつに分けても30人以上、となれば猶更です。更に脱走のリスクが低く、人目につかない場所…となると更に絞れます。ここなら条件に合致する」

 

 柚月はそこまで一気に捲し立てると、どう思う?と言わんばかりの表情をこちらに送る。気になった哲也は身を乗り出して画面に映った青いアイコンの箇所を覗き込んだ。梗華も気になるようで顔を近づけてくるし、辰雄はと言えば既に知っているのか、興味なさそうに座ったままじっと哲也達の方を見ていた。哲也は戸惑いながらその端末内に表示されたデータを覗き込んだ。

 最初の場所は東京湾に浮かぶ人工島。恐竜が向かい合ってるような特徴的な形状の東京ゲートブリッジを超えた先の更に奥の一角だ。航空写真で見ると東京とは思えない程に酷く殺風景で味気のない光景……とうに未来から見放された臨海副都心計画の成れの果ての光景が既に消滅してしまった村と重なってるような気がした。

 

「……ここって確か…埋立処分場だよね…?」

 

 梗華が呟いた。哲也は彼女と顔を見合わせながら頷く。

 

 元々現在の江東区の辺りは江戸時代の辺りに埋立が盛んに行われた地域であり、やがて昭和になると巨大な水陸両用空港建設計画が持ち上がる事になるのだが、戦時下の物資不足等の要因が重なった結果、頓挫する事になった。戦後になると「夢の島」と名付けられた海水浴場やレジャー施設の建造計画が持ち上ったりもしたが結局台風の被害や財政難に祟られ、いずれも頓挫している。扱いに困ったこの一帯は高度経済成長の時代に入ると、大量に排出されるゴミの埋立処分場として選ばれ、その結果として一時期は蠅やネズミの天国になっていた事もあるのだとか。今ではその辺りは夢の島公園として整備されているが、やはり人工島の一角は依然として廃棄物処理施設が集まっている……ここもそのうちのひとつだった筈だ。

 それにしたって本当だとしたらあまりに悪趣味が過ぎると思うが……。

 

「でもさ、廃棄物処理場なんて公共施設でしょ?出入りする業者だって多いだろうし、そんな所に人を閉じ込めておくことなんて出来るわけ……?」

「それが出来るんです。そこがここ」

 

 梗華の最もな疑問にも柚月は淀みない。そう聞かれるのも想定内、とばかりに更にある地点を表示してみせた。島の最も南端、一旦人工の大地から離れ、橋で接続されている少し小さめなサイズの人工島があった。最も島のサイズに比して、という話で実際はそれなりの敷地があるようだが……。「これなんだか分かります?」柚月が哲也に尋ね、哲也はただ首を横に振った。

 

「“アルケミー・サイロ”……今はそう呼ばれてます。数年前に着工した新型のガス有効利用施設です。……とはいえ実験施設の向きが強いみたいで本格的な運用には至ってないみたい出すけど…」

 

 新型のエネルギー実験施設、という訳か。そういう所があの“研究所”――プロメアセンターを想起させて、哲也は何か因縁めいたものを感じた。

 

「さっきも言った通りここはまだ本格稼働はしてません。出入りするのは職員だけですし、見学のルートからも外れてます。何よりここに通じる橋さえ閉じてしまえば外界からも完全にシャットアウト出来るんです。何か隠しておくとしたらここしかない」

 

 柚月は半ば確信を持ってるような言い草だったが梗華はどこか納得いかなそうだ。「でもさ…」不審げに眉を顰めて呟く。

 

「そんな事言うなら他にも隠せそうなところなんて意外とあるんじゃないの?どうしてここだって断言できるのよ?第一――」

「それを示すのが第三の根拠です、これ見て下さい」

 

 梗華の問い掛けを遮って柚月が次の図を端末に表示した。第二地点――都内のある場所の様子だったが哲也はそこを見て絶句した。場所は台東区上野――哲也にとってはなじみ深いどころでは済まない場所だったからだ。

 とはいえ曲がりなりにも地元民だからこそ思う、ここって何かあっただろうか?この周辺は都美や藝大の近くで人通りもかなり多い。殆ど一般人の立ち寄らない埋立地と違ってここに数十人単位の人間を匿っておけるスペースなどない筈だ。

 

「まぁ普通にそうですね……地上なら」

 

 柚月が改めて地図上に詳細なマップを表示し、アイコンの指してある地点を拡大した。道路の脇にポツンと建った妙な建屋が映っていた。

 

「なにこれ?」

 

 そう呟いた梗華はなんか知ってるか?という視線をこちらに向けてきたが哲也も首を横に振るしかなかった。上野山周辺は高校時代に散々学校をサボって歩き回っていた筈だが……そう言えばこんな形状の建物があった気がする、それが何かなんて気にも留めなかったが……。

 

「廃駅の入り口です。建物だけこんな形で保存してあるんだそうです」

 

 曰く昔は上野周辺への最寄り駅として重宝されたらしいが老朽化や利用客の減少などで廃止されたらしい。駅舎やホームは現存しているため、そこを利用しようと思えば出来る筈だ、とは柚月の弁だが……。

 

「いや、いくらなんでも無理だろ?電車が通れば駅の様子なんて丸見えだし、逃げようと思えば線路からだって逃げられる筈だ」

 

 特にこの辺は有数の観光地だ、もし人目に付いた場合のリスクがいくら何でもデカすぎる。だが柚月は確信があるかのように「出来るんですそれが」そう断言した。

 

「ここ現在観光施設化を見越した工事が行われています。地上入り口もホームも外から入れないように封鎖されてる。いつもなら無理ですけど今なら可能なんですよ」

 

 そう言って柚月がいくつかのサイトや画像を開いた。なんでも件の駅は特殊な立地もあって現役時は修繕や改築を行う事が出来なかったがそれなりに歴史がある建造物なのだとかで今後観光資源として再利用出来ないか、という目論見も働いて現在大規模な改修工事中なんだとか。当然地上建屋は塞がれているし、ホームの方も見えないように覆いがされているのだそうだ。確かにそれなら東京の地下に見えない空間を用意する事が出来る、あくまで短期間の仮置きなら十分可能だろうというのはまぁ道理は道理だが…。

 

「でもさ……!」

 

 納得いかない、というように梗華が反駁した。

 

「いくらんなんでもそれは無理だよ、工事中なら猶更業者が出入りする筈でしょ、いくら何でもリスクが大きすぎるよ…」

 

 いや、その言葉にはもっと切実な響きが籠められているような気がした。これらの情報が真実ならば俺達はあるひとつの答えに辿り着く事になる。それはともすれば事故の真相よりもよほど深刻で悍ましいモノだ……。だからこそ迂闊に呑み込む事が出来ない…梗華は何か言おうとしながらもその度に言い淀む。

 口火を切ったのは哲也だった。柚月が持ってきた情報を一通り確認し終えた事でひとつの結論が見えてきた。こんな事ってな…息を吐きながら哲也は梗華の代わりにそれを口にする。

 

「要するにその業者、ってのが敵とグルって事だろ?改修工事にかこつけて体の良い牢獄代わりってわけだ…違うか?」

 

 張り詰めていた部屋の空気が、その一言で決定的に引き締まる気がした。梗華はぶるり、と肩を震わせて信じられない、というように顔を背けた。柚月――それから辰雄が神妙そうな顔をして頷く。

 

 可能性としてはずっと考えていた事だ。国家が黒幕、は流石に大袈裟すぎるにしてもこれだけの隠蔽をやってのけるような連中だ、ただの法を外れた無法者の範疇を完全に超えている。ともなれば裏で手を引いているのはそれなりの規模や資産を持っている企業体――最低でもそれくらいでなければこんな手は使えない。

 

「そんな……」

 

 梗華が唇を戦慄かせる。――無理もない事だ。何故、誰が、村から自分達を連れ出し、治療と称して前時代的な隔離施設に押し込め、多くの人々の運命を狂わせたのか……その疑問が梗華をずっと苦しめ続けていた。そんな蛮行を働いたのが都市伝説に出てくる悪の秘密結社だとか死の商人とかであってくれたのなら――それだけをただ憎んでいられたのかも知れない。だがそれが本当に、俺や柚月の推測通りそれなりの規模を持つ企業体によって組織的に行われたのだとしたら――一体どれほどの人間がこの事態に関与し、自分達を見捨てたのか……或いはそれはこの国が決めた事なのか……。梗華はそれを突きつけられるのが怖かった。

 

 柚月はそんな彼女をジッと見つめていた。いつもの淡々とした表情だが少し眉根を寄せているのはやはり彼女の心情を気にしているからだろうか。

 梗華は立ち上がると部屋の隅に置かれているベッドの中を覗き込む。ミホは未だに自分の置かれている状況など知る由もなく、スヤスヤと眠っている。少しずれた布団をそっと掛け直しながら梗華は改めて哲也達の方に向き直った。

 

「ごめん。怖がってもいられないよね……わたしも戦わないと…」

 

 どこか強がっているような気配が完全に消えたわけではない、だがこれで置いて行ったりしたら多分怒られるだろうな……曲がりなりにもそう決めたのであろう梗華の表情に哲也はいよいよ戻るわけにはいかなくなった我が身の所在を確認した。柚月はそんな自分達を交互に見つめながら生真面目そうに口元を引き締めた。

 

 「最後の根拠です」淀みない口調で、一つのデータをタブレットに表示した。アルケミー・サイロに上野の地下駅の工事計画書……それら二つの大元となる会社のデータらしい。当然の如く双方異なる会社名だし、正直あまり聞いた事のない、と言えばそれまでの何の変哲もない企業名だ。業務形態から年収、社員の数と何から何まで異なる。

 

 一見すると双方に繋がりを見出す事など難しい。あくまで一見すると、だが……。

 

「言い張るって事は…あるんだな?なにか…」

「そうです。これらの会社……大元が一緒なんです。ほらこうして見ると分かりやすい」

 

 柚月がそう言って明示したのは……大都市圏の鉄道路線みたいに入り組んだ構造図。ひとつのグループにおける企業や組織を纏めたものだコレは……。

 

「知っての通りここは色んな会社との吸収合併を繰りかえして手広くグループを広げてきたんです。だから一見するとそれぞれに繋がりは見えてこない…でもこうして俯瞰するとそれは姿を現す……」

 

 実際複雑に絡み合った複数の企業や組織の網の目を辿っていくとそれはやがて一つの“心臓”に帰還して行く。そこに近づけば近づくほど鮮明さを増していくその正体は最早然程企業というモノに明るくない哲也でも一目瞭然だった。

 

「……トライングループか…!」

 

 その一言を発するのに随分と時間が掛かった気がする。顔を上げると同じように目を瞠っている梗華と視線が絡み合った。依然素知らぬ顔で済ましている辰雄を素通りし、再び柚月に辿り着く。彼女は何も言わずに黙って首肯しただけだった。それこそが何よりも彼女が見出した“真実”の正体を雄弁に語っている。

 トライングループ。それが俺達が追うべき影の正体……だというのか…。

 

 ――だがちょっと待てよ…?

 

「確かトラインの本社って少し前に《スカルマン》に襲われてなかったか?」

 

 思い出したのはこの件に関わる羽目になった切っ掛けの事件。現場でたまたま立木と出会い、柚月の話を聞いた事が思えば全ての始まりだった…なんて事を今更考えつつ、考えてみる。すっかり忘れてたがこの時分のテロが起きた事もあって世間は当初《スカルマン》の目的とは2年後に控えてる大規模なイベントの開催を妨害する事にあるのではないか、等と囁かれていた訳だ。当初よりその誘致やら開催に纏わる黒いカネの動きが取り沙汰されていたというのもあって《スカルマン》本人が何も語らないのをこれ幸いと世間は勝手に盛り上がっていたのを思いだす。実際トライングループもそのイベントの筆頭スポンサーだから標的にされるのはむしろ自然だ、くらいに思っていたのだが……柚月の話が本当なら根本から事件の構造が変質する。

 

「そこはまだなんとも……。二、三推測はありますけど確証に至ってないので。ただ一つ言えるのは兄さんの活動にはスポンサーが必要だって事、そんな事出来るのはおいそれとはいない、せいぜいそれくらいですね。後の事はとっ捕まえて聞いてください」

 

 誰を、とは言わない。その一言は辰雄に向けて言ったらしい、当人は言われなきゃ気付かない程微かな仕草で頷いただけだったが柚月にはそれで十分だったらしい。それだけで二人の間にはただならぬ関係がある事が窺えたが、それがなんなのか、今は問い掛けてみる気にはなれなかった。

 

「……ひとつ懸念がある」

「なんですか?」

 

 それまで黙って話を聞いていた辰雄が徐に口を開いた。こうして聞いてみると見た目もそうだがその声色も見た目以上に若い、というよりも幼い。だが見てくれに反して、あのおかしな戦闘服を纏ってバケモノや幹斗相手に怯む事無く挑んでいく程の闘志を持っている。怜悧な色を宿した瞳もこうして座っているだけなのに無駄のない所作も同年代の若者には久しく見られない。当時の俺なんて比べるべくもないよな、と内心で溜息を吐きながら、同時にふと思った。

 柚月と辰雄……そう、互いに近しいのだ。見た目とかじゃなくて纏っている雰囲気が。それだけでこの少年もまた平易ではない道を歩んできた事が分かる。

 

 

()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 多分に棘を含んだ言い方。柚月の方もそれを察したのか「どういう意味ですか?」と低い声で呟いた。視線と視線がぶつかり合い、火花が散る様な錯覚を感じる。哲也と梗華はそこに含まれる意味を察して息を呑んだ。

 

 そう、残された村民の救出のためにも俺達は動かなくてはならない。それが幹斗を止めるためにもあかつき村の一件から始まった一連の流れにケリをつけるためにも必要な事だから……。

 

 だが圧倒的に人手が足りない。それが目下の所、最大の懸念事項だった。当然“敵”もバカじゃないのだから発覚すれば一大スキャンダルになり兼ねないようなリスクを抱える施設を無防備にしておく筈がなく、相応に守りを固めている筈だ。なればそこに侵入して全員を救出して、なんて碌に全体像も把握できないようなお粗末な作戦であったとしても、それが一筋縄ではいかないものである事くらい分かる。

 畢竟人員も時間も圧倒的に限られていて必然的に不利を背負っているこちらに打てる手は限られる。やるとしたらそれこそ相手の意表を突くレベルの電撃的な強襲作戦を実行するより他ないが……言うは易し行うは難し、このやり方には本質的な欠陥がある。

 

 運に頼る要素が強い事もそうだが……諸々の要件が幸運な事に上手くいったとしても、それとは関係なく1回しか行う事が出来ない……何よりそこに尽きる。だのに俺達が救わなければならない対象は二つの場所に分散させられて収容されている。

 作戦を確実に成功させるためには、どちらかを見捨てなければならない――辰雄は端からそれを前提で考えているのだ。どこまでも合理的……だが非情に。

 

「いや、ちょっと待ってよ!?」

 

 哲也と同じ結論に達したようだが、納得いかないという態度も露わに梗華が叫んだ。振り返った辰雄の表情は依然凪の海面のように必要以上の感情の動きが浮かんでいない。柚月が僅かに肩身狭そうに瞳を伏せた。

 

「なによどっちとか選ぶとか……まるで…片っぽは見捨てるみたいな言い方…!」

 

 言葉に詰まるのは何故そうなるのか分かってしまうからか……痛みを堪えるように梗華が声を絞り出した。辰雄も怯む気配もなくその声と視線と対峙する。柚月が何か声を掛けようとしたが先に辰雄が口火を切る方が早かった。

 

「……そのまんまの意味だ。俺達には圧倒的に時間も人出も足らない。離れた二箇所で騒ぎを起こせるような余力は元々ないんだ。確実に作戦を達するためにはどっちかを見捨てなきゃいけない…」

「――ッ……!!」

 

 その口調は決して冷徹ではない、ただその代わり何の感情も籠っていなかった。ただ事実だから述べているだけ、たったそれだけの事のような……。

 

「ちょっと、いい加減にしてよっ!こっちは真剣なんだから、やる気ないなら出てって!」

「…やる気あるから言ってるんだ。確実に成功させるためにはリスクは削ぎ落さなくてはならない、でないと共倒れだ」

「だからってなんでやる前から決めつけんのよ!」

 

 対照的に立ち上がってヒートアップする梗華。辰雄は相も変わらず無感情に見える程冷静に振る舞ってはいるが、彼女の激しさに釣られるように微かに綻びが生じた…ように見えた。わずかにへの字に曲げられた口元はやはり幼すぎる程で、どこか意固地になって自説に固執しているようにすら見えてしまう。自分がそんな風に相手を観察している事に哲也は少なからず驚いた。自慢にも何にもならないが単純漢である事にかけては一家言持ちの俺が本来なら口論、下手すりゃ掴み合いに発展しそうな気がするのだが……。

 

 思えばこんな風に梗華が誰かに本気で声を荒げたりするような所なんて見た事がないな、と思う。それこそ聡明で理知的な幹斗が《スカルマン》なんぞに身をやつしてしまったように……。歳月の重みがズンと圧し掛かってくるような、そんな錯覚に陥りそうだったが、それはそれでこれは誰かが止めなければ、と思い哲也は声を上げようとしたが……。

 

「いい加減にして下さい!辰雄、あなたは少し口が過ぎますよ。梗華も……気持ちは分かるけれど少し抑えて」

 

 先に声を上げたのは柚月だった。どこか苛立っているような声音だがそれでもなんとか平静を保とうと努めている気配。柚月がこんなにハッキリと自己を主張する珍しさに気圧されたのか、梗華と辰雄はバツが悪そうに互いから顔を背けた。哲也は梗華の肩に手を置いてそっと座らせた。梗華は憮然としていたが素直に従った。そのまま正面に坐す辰雄と目が合った。意志の強そうな大きな瞳が気まずそうに揺らめいたのが見えた。

 辺り一面を漂う微妙な空気。こりゃあいかんな、と思った哲也は「とにかく……!」手を打ち鳴らして声を上げた。別に音頭を取ろうとかそんな大層なこと考えた訳じゃない、せめて俺がしっかりしてなきゃダメだと思ったからだ。

 

「辰雄、とか言ったな。詳しく教えてくれ、今の戦力ってのは具体的にどれくらいだ?」

 

 正直に言うと今一つ何を考えているのか掴みづらいこの少年の事は苦手だ、なのだが――哲也は思い出す。この少年が鋼の鎧を纏って、《スカルマン》――幹斗と戦いを繰り広げていた光景を。

 

 間違いなくこの辰雄と呼ばれている少年は奴らと闘う上での切り札だ。自分よりも年下で体も小さい少年を当てにしなければならない事に罪悪感がないわけではないが、元より俺には、俺達には時間も人手も圧倒的に足らないのだ。当てに出来るモンがあるならなんでもやってやるさ…。

 値踏みするかのように辰雄の相貌がこちらを捉える。生硬い意志力を宿したそれを哲也はせめて逸らさずに、まっすぐ向き合わなくては、と哲也は思った。どうせこちらは頼らなければならない身の上だ、ならばせめてそれがスジというモノだろう……。

 

 こちらの意思が伝わったのかどうか…それは少なくとも定かではないが少年がすっと立ち上がりながら口を開いた。

 

「《エースドライバー》が予備含めて2基。移動用のマシンが…少なくとも数台。無いよりはマシだが…ハッキリ言って“有って無い”ようなモンだ」

「えーす…なんだって?」

 

 聞き慣れない単語に首を傾げていると辰雄は懐から携帯端末のようなものを取り出して、それに何か話しかけだした。口調から察するにあの楠とかいうおっさんだろう……というかこの館で琥月と楠以外の人間を見てないと思う。二言三言だけ伝えて端末を閉じると辰雄はこちらを振り返った。相も変わらない無表情っぷりだが顔には「仕方ない」という表情が浮かんでいた。

 

「百聞は一見に如かず、だ。見た方が良い」

 

 

 

 それからしばらくして楠が哲也達を迎えに来た。向かったのはつい先ほど琥月と対面した謎の部屋ではなく、屋敷の更に奥まった所に設置されたガレージのような空間だった。伝統ある旅館みたいな和洋折衷邸宅かと思いきや、意外とこんな無機質な――更に言うならあの部屋に劣らずともなSF染みた光景が次々と出てくる事が驚きだ。ついでにもっと言うなら一体この館はどれほどの広さがあるんだよ、と呆れかえるまである。

 ガレージ、で間違いはあるまい。そう形容するには些か広すぎる気がしないでもなかったが、空間の中央に鎮座するバンタイプの車両を見れば自ずとそういう表現が浮かぶ。

 

「……コイツって確か…」

「一度見てますよね、私達の“基地”です。コードネームは《ファントム・メナス》」

 

 それまた随分と大仰な名前だな、と哲也は顔を顰めた。確かここに連れて来られる前に戦場となった病院のロビーに突っ込んできた変な車があった。車種からしてあの時の車輛に相違ないのだろうが…確かあの時は大手宅配会社のラッピングがされていた筈だが、今は無地の鉄塊色に染まっている。

 だが外装もさることながら更に奇異なのは内装の方で、後部の荷台エリアを見てみるとやはり用途不明の機器類がスペースを埋め尽くすように配置され、その中央には改造品と思しき4輪バイクが鎮座している。このマシンも確かあのアーマー――さっき辰雄が“えーすなんとか”とか言ってたアレ――が使用していたもので間違いないし、各所に置かれた機具もよく見ると銃器などの武器類である事がよく分かる。

 ここは格納庫、それも戦うための兵器を置いておくための……。現代の日本で自衛隊でもないのにこんな場所があるという事に哲也は頼もしいんだか空恐ろしいんだか分からない複雑な気持ちになった。そんなこちらの気を知りもせずに辰雄は楠と何か話している。

 

「……アーマーユニットの方は復旧完了しています。しかし分かっているとは思いますがこれ以上の予備パーツに余裕がありません。…それ以前に貴方の――」

「その話はあとで良いです。じゃあもうひとつの方も?」

「あいにく今回の修理のために殆ど使ってしまいましたので。これ以上の補修パーツを用意するとなると一朝一夕では行きません。あるのはコアユニットだけです」

 

 にべもない口調で語る楠に流石に辰雄も渋い顔をしている。哲也は横合いから「コアユニットってなんだ?」と口を挟む。

 

「あ、そうだった。こっちです」

 

 柚月はそう言うと車輛の荷台部分にひらりと飛び乗った。どうやら来い、と言ってるらしい。哲也も彼女に続いて車の中に足を踏み入れる。

 

 やはりというか中は割に狭い。元々この車は宅配用のトラックで屈んだりせずに荷物を出し入れ出来るように設計されているので上側の空間には余裕があるのだが、左右については一般のバンと大差はないのだ。そんな限られたスペースに並べられた機器類&変態コスプレマシンに内部の容量を食われているせいもあってせいぜい人が二人入れば満員になってしまうレベル。一体何目的の装置なんだよ、とか思いながら目を凝らして見ても生憎と分かるほどの学なんてある筈もなく。そんな場所の奥に“それ”はあった。

 そんな状態で見るとさしずめ遺跡の奥に安置された神像の如く。先日病院で見た鋼鉄の戦士の姿がそこにあった。この間見たときは各部のアーマーに少なからずダメージが入っていたが今は見た所それは完全に修復されているようで、黒い装甲は鈍い光沢を放っていた。

 

「これが……“えーすなんとか”だっけ?」

「Absolute.Evolution.System零号機……《エースゼロ》です。適当な呼び方はやめて下さい」

 

 余計わかんねぇよっ!と突っ込もうとして諦め、哲也は改めて鋼鉄の鎧をまじまじと眺めた。なんか海外の映画にこんな感じのメカがあった気がしないでもないが……まぁ要するにそれだけ酔狂なシロモノだという事だ。この車と言い、どう考えてもマトモじゃあない。

 

「コイツがあればあの怪物達や幹斗にも対抗出来るって事か?」

「コイツだけじゃ無理です。こっちはあくまでサポートユニットみたいなものですから。本体は――」

 

 そう言いながら柚月は棚に置かれたアタッシュケースを持ち出すと、中から大仰そうになにかを取り出した。

 

 ベルト。それは一言で形容するならそうとしか言いようのない形状をしていた。周りを取り巻く蛇腹状の金属帯と武骨で複雑な形状をした中央部のユニットで構成されたそれは見覚えがあった。確か《エースゼロ》の腰部分に装着されていた機器だ。

 

「強制因子活性化機構…《エースドライバー》です。これも含めて……と言うよりこれが《エースゼロ》の本当の意味での本体みたいなものです」

「どういう事だよ?」

 

 哲也は首を傾げる。こんな本体と比べても明らかに小ぶりな機器がこの鎧の本体、という点はいまいちピンと来ない。柚月が口を開こうとしたちょうどそのタイミングで「そのまんまだよ」と辰雄の声が二人の間に割り込んできた。

 

「このアーマーそのものは単にお蔵入りした自衛隊の試作品をレストアしただけのシロモンだ。この“コアユニット”が文字通り全ての要…。…アンタ《ヴェルノム》化のメカニズムは聞いてるよな?」

 

 不意にそんな事を聞いてくる辰雄。哲也は面食らいながらも小さく頷いた。確か例の“霧”に長時間触れるか、《ヴェルノム》が持つ毒針に刺される事で人間の体に変異が誘発され、怪物化に至る――改めて言ってみても漫画みたいな話で俄かには信じがたい…この目で見てるから真実もへったくれもないのだが…。

 戸惑う哲也の方を見やりながら――辰雄は皮肉っぽく口元を歪めた。

 

「これも同じ理屈さ」

「…はぁっ!?」

 

 どういう事だ、と哲也は詰問するような視線を二人の少年と少女に放った。最も当の本人は気にした風もなく、《エースドライバー》と呼ばれた機械に視線を送っている。辰雄の瞳には静かな闘志が確かに宿っており、対照的に柚月の目にはどこか憎々し気な色が浮かんでいた。

 

「例の“霧”にバケモノの毒……いずれもただのキャリアー……さしずめウイルスを媒介する蚊みたいなモンだな。大元――ウイルスに当たるのがコイツだ…」

「それを人為的に制御する術があれば……人はより高次の存在(スペリオル)へと至る事が出来る……そんな妄想から生まれたのが…AE計画であり、《ヴェルノム》であり、コレ(エースゼロ)です…。全ては繋がってる」

 

 なんだよソレ……。なにか呟こうとして果たせず、代わりに漏れたのは咳き込むような小さな呼吸音だけだった。何も言えない哲也の全てを見透かすように注がれた二人の瞳は驚くほどよく似ていた。

 




前回まで散々怪人祭りだったので今回はさしずめ「メカ編」って所ですかね。今のところは既に登場済みのモノばかりですが、新しい装備もいずれ登場予定です。でも活躍についてはもう少しお待ちを。

次回でこの章も終わりです。かなり衝撃の事実が判明するのでぜひご確認ください。
それでは。
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