衝撃のラストをお見逃しなく………
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「神は六日で天地をお創りになり、同時にありとあらゆる生命を生み出しエデンの地へと住まわせた。最後に自らを象って人をお創りになって曰く、『エデンの果実はなんでも食して良いが奥にある知恵の実だけは食べてはならない』と言われた。これが創世期の序文。ここまでは知ってるかい?」
天地創造。うろ覚えだが確かそんな話。子どもの頃に観たドラえもんの映画にそんな下りがあった筈だ。食べるな、と言われたら食べるのが世の常というモノで結局エヴァは約束を破ってアダムと一緒に知恵の実を食べてしまう……とかそんなオチだ。のび太が悔しがってたのには大変同意する。
「それにしても変な話だよな。食べたらいけないんだったらなんで植えておくんだか…。っていうかだったらもっと厳重に見張っておけよ、て話だし」
「仕方ねぇさ。神様だって万能じゃないんだ、その証拠に自分を象っておきながらこの程度の生命体しか創り出せない」
そう言って自分を指差しながら幹斗が喉を鳴らした。健輔としては笑うよりも、こんな話をしている不自然さが気になるし、カサネに至っては幹斗の言葉の意味すらよく分かっていないのかポカンとしていた。
元を正せば謎の直方体状のクリスタルを前にして幹斗曰く「お前神様って信じるか?」。言われた方としては具体的に何を司る神をだ、と全力でツッコミ倒すかするところだろうが、こちとらそんな高尚なリアクションが出来るような人間ではない。ともすれば延々と話してそうな勢いの幹斗の話を健輔はわざとらしく溜息を吐きながら「そんな事じゃなくて」と遮った。
「さっきから何の話してんだよ!まさかその変なハコが神様です、なんて言うんじゃあねぇよな!?」
無論あくまでジョークのつもりで言った。いくらトイレやワラグツにだって神様が宿ると信じる国の民族と言えども流石にそんな話はついて行けない。だから健輔としてはいつもの偉ぶった態度で幹斗が「まさか。バカも休み休み言えよ」とか鼻で嗤うんだろうと勝手に思っていたのだが…。
幹斗本人は笑いもしなかった。神妙な表情でジッとこちらの様子を窺っている。……まさか…?健輔は思わず戦慄した。
「古来より我ら
「……どういう意味だよ?」
相変わらずの回りくどい言い方に健輔は苛立った。だが同時にいっそまたあの力を解放して腕ずくでも問い質してやろうか、という黒い衝動が沸き出しそうになった事に大いに戸惑う事になった。本来的な小心っぷりを知る身としてはこの所自制が効かなくなっていく己の内面に恐怖を禁じ得ない。
なればこそ…健輔は知らなければならない、と思う。己の身に起きた事の真相を。
「小難しい話じゃあない、そのまんまの意味だよ」幹斗は素っ気なく呟いた。どこか諦観が混ざったようなシニカルな笑みを浮かべて。
「詳しく解析してみて分かったんだよ。コイツの組成は地球上のどこにも存在しない物質だったんだ…。更に言うなら如何なる物理衝撃を与えても壊れねえし、未知の放射線すら発してるって始末だ。
しかもその放射線はありとあらゆる物質に干渉する事が出来る…と来たもんだ。即ち無機物ならその組成構造を組み替え、全く別の物質に変換するし……有機物――即ち生物相手なら強制的に遺伝子に変異を促しちまう…ってね…」
「……つまり…地球に本来あるモンじゃない…?」
健輔は呆然と呟いた。いよいよSFパニック映画の世界だな、と一笑に付してやろうにもここ数日の経験はむしろそうでも言わないと納得できない、と叫んでいる。健輔は相も変わらず妖しい輝きを放つクリスタルを見つめながら、背の辺りがスゥっと寒くなる様な心地がした。
だとしたら酷くイヤな話だな……。西洋では神の姿を象ってはいけない、とも言われてきたし、俺たち日本人にとって神様というモノはそこかしこに宿るモノだと教わってきたが……それの正体とやらがまさかこんな…生命体どころか有機体とすら思えない石コロだとはいっそのこと滑稽だし、そんなモノに俺達や大勢の人間達が振り回されている現状は最早やるせない、という言葉すら生温い。
「これがどこから、なんで来たのか…そして何故親父の研究所の地下にあったのか…残念ながらそれは分からないが…少なくとも他になんて形容したら良いんだか…俺が教えて欲しいくらいだぜ…」
そう皮肉気に笑う幹斗の横顔には微かにだが困惑があるように見えた。彼自身も自分達の運命を大きく狂わせることになったモノの正体を掴みかねているのだ。それはさぞ居心地の悪い事だろうな、と考えかけた健輔は慌てて頭(かぶり)を振った。
いかんいかん、だんだんコイツに共感みたいな感情が芽生えてノせられけているぞ、と。
コイツの身の上には同情するが、何はどうあれテロリスト。大勢の命を奪う事に対する道義が如何な理由があろうとも解消される筈もないし、そんな感情も所詮は非日常に身を置き過ぎた結果の幻想に過ぎない、と必死に理性で以て叫び続ける。
全くどうして俺はこう単純なのか……と思わず視線を逸らすと、部屋の片隅でポツネンと立っていたカサネと目が合った。少女は何故かそれに気が付くと目尻を下げて優しく微笑んだ。フードで顔の半分は隠れているし、地味な修道服風の出で立ちから地味な印象が強いが、その笑みはなかなかどうしてか可愛らしく、思わずドキリとしかけた……がそうしてあっさりと思考が振り出しに戻りかける己はやはり単細胞だと思い知る。
どこか深刻な空気を纏う幹斗や憂鬱と感傷を忙しなく行き来する健輔の感情にカサネは気付いているのかいないのか……どこか呑気そうな、ともすれば夢見がちな表情でクリスタルに見入っていた。
「…でもまだ完全な状態ではないのです。石はもうひとつあるのですよね?…尊師がかつて仰っていたそうです…。二つの“マハト”――即ち“天”と“地”の二つが合わさる時、完全なる者が生まれるのだと……」
なんの事だ?と健輔は訝しんだ。尊師、というのは八千餐誡の事に違いないのだろうが…その団体の教義が何故このタイミングで出てくる?それも石は「もうひとつある」って?
問い質す視線を幹斗に放った。幹斗は石を見つめながら目を細めた。
「これも親父の資料を漁って分かった事さ。この石はもうひとつ“天の石”と呼ばれる
「奴らって…村を襲ったって連中の他にもいるのかよ?」
健輔としては警察に追われてるだけでも嫌気が差すというのに得体の知れない武装集団が他にも自分達をマークしてる可能性があるだけで気が滅入りそうだ。だというのに目の前のコイツはむしろ楽しんでいる気さえある…気丈なのか呑気なのか、はたまた虚勢なのか……。
「いるよ」軽い調子で幹斗は答えた。
「因みにアイツらは米国の息の掛かった連中――らしい。だが所詮はアイツ等も末端さ、本質はもっと奥、その更に最奥にいるんだよ。それの正体が“神楽”だ」
カグラ……?どこか馴染み深さを感じるのに妙に禍々しい響きが肌を粟立たせる。
思えば幹斗――というか《スカルマン》の目的はいつも不明瞭だった。極右的でも極左的でもなく、敢えて言えば場当たり的で無作為に標的を選んでいた。だから誰もが《スカルマン》の目的を測りかねていたのだ。
だが全てにはちゃんと意味があったのだとしたら。
「奴らは影の如く、どこにも潜んでいる。時には政治と癒着し、時に銀行や流通を取り仕切り、マスメディアにも影響を与えてる。あとナントカいう宗教もな。日本だけじゃあ済まない、時に
そうした影の奴らが作り上げた秩序によって、構築されているのが今の世界のあり様さ。俺は――それを炙り出して、この手で破壊する……!」
コイツ狂ってるのか…?健輔も流石に戦慄を隠せない。幹斗の瞳は煌々と燃え上がっていてもその奥の芯は底冷えする程冷たく、一周回って理性的ですらある……が言ってることが到底正気とは思えない。
いやそれとも俺がおかしいだけなのか。この数日で何度現実をひっくり返されてきた?というより時に現実って奴はフィクションよりも不条理且つ理不尽であり続けた。今更そんなモノを提示されたからと言って否定するような事が自分は出来るだろうか……?
狂人の戯言。切り捨てるのは簡単だ。だが健輔にはそれはどうしても分からなかった。
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「なんだそりゃ……!イカれてんのかどいつもこいつも!」
ところ変わって場所はガレージ隣の――酷く殺風景な応接室。と言って良いのか…無駄に広い割にソファもテーブルも無機質で、ホワイトキューブの如く冷厳としている。ソファに座るのも癪なので哲也は冷たい床に腰かけながら、同じように座ってなにやらタブレットを弄っている辰雄に向かって声を荒げた。
彼から事のあらましは聞いた。
《ヴェルノム》――東西冷戦時代に始まった“究極の兵士”なんて世迷言。
それも元を正せば神樂部隊なる旧帝国陸軍の秘密部隊によるものだった事。
それを齎したのが地球外からやってきたらしい、二つの“石”であるという事。
“石”のひとつをこっちが持っていて、もう一方は幹斗の側が持っているという事。
幹斗は恐らく――《ラスプーチン》とか呼ばれている組織と結託して、自分達が持っている方の石を手に入れるつもりなのだという事。
何もかも正気の沙汰とは思えない。特に二つの石の下り、正直言ってることが白零會の与太話と大差がない。
幹斗も大バカだが、こんなバカげたことに振り回されてきた世界も大概だ、と八つ当たり気味に思う。
「俺に文句言われても困る。いずれにせよアイツをとっ掴まえれば済む話だ」
有無を言わせない口調の辰雄。自分よりだいぶ年下の癖に遥かに落ち着き払って、無心に何かを調べてるその様は頼りにはなるが、腹が立つという感想の方が先に来る。それが無力な自分を棚に上げての大人げない癇癪と分かるからこそ猶更。
哲也は憤然と息を吐いた。
「で…?さっきから何調べてんだよ?」
さっきから辰雄は楠と協力しながら何かの情報を集めているようだ。詳細は分かり兼ねるが、時折二人して渋い顔をしているのでどうやら難航しているらしい。
因みに柚月と梗華の二人は風呂に行った……というより渋って屁理屈かます柚月を梗華が強制連行していった由。こんな時女子は図太い。
「白零會の拠点です。一応都内23区から隣県の近郊を範囲にしていますが……」
「ダメだな…やっぱ広すぎる。フロント企業も含めると到底手が回らない……」
白零會?哲也は首を傾げた。先程の話でトライングループが怪しい、という結論にはなったが…何故今それが出てくる?そう言えば何故今更その名前が出てくるのだ?というより少し前に確かに辰雄が何か仄めかしていていたのだが…なんというか梗華の前では話しづらかったというのもあるが…。
「兄さんがいるとしたらその関連施設に身を潜めている目算が大きいから、です。ひょっとしたらVIP待遇かも」
突然部屋のドアが開き、柚月が入ってきた。不機嫌そうな表情は相変わらずだが、風呂に入ったからか心なしかうっすらと頬が上気し、肌つやも良くなっている。煤けたブルゾンとジーンズを脱いで、シャツにショートパンツというかなりラフな格好になっているのも相俟ってなんだか直視してはいけない気がした。…がそんな哲也の気も知らずに彼女は斜め向かいにドカッと腰を下ろすとそのままペットボトルの水を煽るようにラッパ飲みしだたもんだから、途端に呆れの感情の方が強くなった。
コイツいつからこんなガサツな子になったんだろ?確かにこれは梗華でなくとも心配になるわ…と哲也は溜息を吐いた。
「梗華は?」
「部屋に戻ってます。ミホはいい加減おねむだし」
じゃあここに戻ってくる事はなさそうだ。とかってに安心した哲也は柚月と辰雄を交互に見ながら「で、なんで幹斗が白零會に?」そう問うた。彼女の前でその名は出したくない。
「確定じゃないんですけど」柚月は少々バツが悪そうに顔を顰めた。
「トライングループ…というよりラスプーチンと白零會は繋がってる、俺達はそう考えてる。巧妙に隠されてるがトライン絡みの企業を追ってくとどこかで白零會とぶつかる」
柚月の台詞を引き継いで辰雄は淀みなく答えた。確定じゃない、と言いつつ殆ど確信を得ているような口調だ。
「いくら何でもソレはなくないか?」
しかし哲也としては正直疑義の方が優る。確かに全盛期の白零會はいくつものフロント企業を持ち、また信者から巻き上げたお布施によって莫大な資産を有していたとか言われており、解散命令後もその金の行方が知れない事からも現代の埋蔵金として時折話題に上がる。
しかし今では信者も大幅に減った挙句に、後継団体については公安警察が厳重にマークしているのだ。とてもそんな危うい団体と関りを持ちたがる企業などおるまい。トライングループレベルの大企業ともなれば猶更だ。
「ソレはあくまで表の社会の話。解散の後白零會が複数の団体に分裂したのは知ってますよね哲也でさえ?」
「……俺一応ブン屋なんだけど。バカにし過ぎじゃない?」
「あら。そうでしたっけ」
なんか釈然としないものを感じながら哲也は考えた。確か宗教法人としての地位を剥奪された後の白零會は大きく分けて4つの団体に分裂した。要因は主に死刑判決確定後、奇行を繰り返すようになり、見苦しい態度が目立った教祖に対して失望した者達と尚も変わらず教祖を崇拝している者達の間で意見が割れたからだ。いずれの団体も宗教法人としての認可は受けていないが、大体100人前後の規模を持ってはいる。
但し実の所、正確な事は分からない。何しろかつての白零會はそれこそ町のヨガ教室や鍼灸院、大学内の自己啓発セミナーやボランティアサークル、挙句の果てにはヤクザのフロント企業にまで触手を伸ばしていたとされる。
なにより宗教として認可はされずとも個人の内面まで推し量れない。組織として成り立たないレベルの小規模であっても手紙のやり取りやシェアハウスの要領で密かに白零會の後継を名乗っている団体それそのものの総数は未知数だと言われている。
「ここ数カ月で証拠不十分で実刑に至らなかったり、教祖に騙されてた、で通し続けた準幹部達の足取りを追ってみたんです。大抵はム所かホームレスか引き籠りになってましたけど…表社会に復帰した人間達の行方を追ってたら大抵トラインと繋がってましたよ。たぶんまだ縁は切れてないでしょうね」
やはり柚月と辰雄の中ではラスプーチンと白零會の間に繋がりがあるという事はほぼ確定事項…というか限りなく黒に近いグレーと位置づけているようだが……それが哲也には分からない。というかコイツ等やたらと結論から先に話し出すモンだからこっちとしては置いて行かれっぱなしだ。
「だからってなんで幹斗がそいつらの拠点にいるって思うんだよ?知ってるだろ、アイツは…」
白零會なんか大嫌いだ。口にこそ出さないがそのニュースを見る度にアイツが苦々しい顔をしていた事はよく覚えてる。間違っても俺の知ってる幹斗は梗華の人生を狂わせた狂信者達と手を組むなんて絶対にしない――筈だ。
「《ヴェルノム》だから、です」
しかし柚月はにべもなくそう言った。兄の事をバケモノの総称ではっきりそう呼んだ酷薄さに哲也の心臓に締め付けられるような痛みが走った。
「どういう意味だよ……?」
「言ったまんまの意味です。兄さんは数少ない、完全体の《ヴェルノム》だから…。あそこなら表社会から隠れやすいどころかむしろ歓迎すらされるかも…」
「《ヴェルノム》を“スペリオル”の使者だとでも言えば信徒たちは活気づくでしょう。なにせ自分達の教義の正しさを証明してくれるわけですから」
柚月の言葉を引き取って楠が口を挟む。
そう言えば梗華から聞いた話の中で白零會の元信者だった婆さんが幹斗の姿を見てそんな風に言っていたが……。正直バカな話だ、と思う。アレはただの突然変異であって白零會が求めるような進化した人類なんかではない。
あんな事件を引き起こしておきながら未だにそんな妄言に縋ってないといられない奴らもそんな奴らに付け込んで何かしでかす事を企んでる幹斗もどちらも等しく大バカだ……。
「梗華はその事は……?」
「…言える訳ないでしょう…。この件は伝えてません…」
だろうな…そう聞いて洩れた息は安堵なのか失望なのか…哲也自身にも分からなかった。
「なんであれますますアイツをふん縛ってこなきゃなんない理由が出来たな…。下手すりゃ白零會の連中が活性化しかねない…」
最悪の事態まで考慮すれば教祖の逮捕で地に堕ちていた教団が新たなカリスマの到来で再起する恐れだってある。というか下手すれば幹斗が宣言した日に併せて一斉蜂起する計画でも今頃目論んでいるかも知れないし……。
「だからこうして一刻も早く幹斗氏の所在を掴みたいのですが…。苦戦してますね」
そういう割には焦ってる風もなくあくまで淡々としている楠。コイツも大概食えない奴だな…と思う。対照的に辰雄は相変わらず、不機嫌さを隠しもせずにパソコンを操作していた。その動作はどことなくぎこちない。
「絞るだけでも一苦労だ。せめてどこかで不審な動きでもあれば良いんだが…都合良くも行かない」
諦めたようにノートを閉じながら憤然と一息つく。不器用そうなキータッチと言い、あまりパソコンは得意じゃあないのかも知れないなと思う。それでもやるのは…本質的に自分達しか事態に対処できるものがいないからだろうか。
それは厳然たる事実。猶予は二日。その間に装備品の修理を終え、なんとか戦える準備をしなければならない。人質救出作戦では二手に分かれて、敵の陣地に忍び込む必要があるし、その間に幹斗の所在を掴んで速やかにアイツを捕まえる必要もある。叶うならば一緒にいる筈の健輔も助け出したい。
但しどこに敵が潜んでいるか分からないからおいそれと警察に頼るわけにもいかず。むしろ警察の動きが障害になる恐れも多いのでその動向には十分注意しないといけない。
やらなければならない事が多すぎる割に時間も人手も全く足りないのは明らかな問題だ。さっきも二つの施設を同時に襲撃するのは現状では人員がない、という問題で梗華と言い争いになったくらいだし……。
いっそ人を増やせれば楽なのだろうが…非合法な挙句にある種特殊な技能も必要だ。おっつけそんなタイプがすぐに見つかる筈もなく――。
ふと。
そこまで考えた所である可能性に思い至った。そこからはどちらかというと衝動に近く、「あのさ」と柚月に声を掛けた。
思ったんだけど。そう言われて振り返った柚月は相も変わらず口元を不機嫌そうに引き結んで「なんか用か?」というオーラを全身から放射している。なんか言ったら全力で殺されそうだからやっぱ良いやと逃走したくなったが、そしたら今度は何でもないなら話しかけんな、と引き倒されかねない…。
だが今は必要な事だ、覚悟(どんなだ)を決めて哲也は口火を切った。
「人手の問題だけど……もしかしたら解決の糸口が見つかるかも知れない…ぜ?」
刹那の間沈黙。次の瞬間柚月が大きな目をカッと見開いたかと思うと…締め上げるかの勢いで哲也の胸倉を掴んだ。
「ホントですか!?そんな方法あるなら教えなさい今すぐていうかなんで今まで黙ってたんですかこの――」
そんな事言われてもそのままカクテルにでもされかねない程の勢いで揺すられてはリアクションなど取れる筈もなく。見兼ねた辰雄と楠が暴れる柚月を取り押さえ、引き剥がしてくれた事で漸く哲也は解放された。
「あ、すいません…ついコーフンして……」
全力疾走してきた後みたいに荒い息を吐きながら柚月が水を煽る。半ば呆れながら彼女の方を見ているとまた不機嫌さを取り戻した視線とぶつかり合う。
「……で?なんですかその糸口ってのは…?」
気を取り直すように居住まいを正してこちらに向き合う様は一応いつもの怜悧さを取り戻したようだが……気まずいのか心なしか顔が赤いし、視線が気まずそうだ。こりゃますます下手な事は言えなくなったな…と密かに戦慄しつつ。ええい、ままよ…哲也は柚月と辰雄、それに楠の三人を交互に見ながら言った。
「人手不足の最大の原因はおっつけ頼れる人間がいないからだ。かと言って今になって傭兵を雇ったりする時間も伝手もあるわけではない…そうだろ?」
「……だったらなんですか?」
とっとと本題に入れ、とばかりに柚月が凄む。
「まぁ聞けよ…。必要な人員を最低限考えるとさ…
また沈黙。さて今度はどんな類のリアクションか?と恐る恐る顔を上げると…物凄いジト目で何とも形容し難い表情の柚月がいた。微妙に右頬の辺りがヒクヒク動いている。
「えぇっとねぇ…それでその…そう言う事が出来る奴だったら…心当たりがある…。ついでに口の堅さも保証するよ、ってぇ…言ったら?――どう思われます……?」
最後の方はもう恐る恐ると言った感じ。下手すりゃ拳銃抜かれる事も覚悟で身構えていたが…意に反して楠や辰雄は何も口を挟まない。ただ存外真剣な表情で哲也を注視していた。
唯一目の前の柚月だけが…猛烈に冷静さと感情の間で懊悩するように視線を目まぐるしく動かしながら――この間右手が
「……もしかして…それは、貴方の、愉快な、お仲間、の事ですか?」
そうとも言う。哲也は努めて明るい感じで無理して笑ってみせた。
・・・・・・・・・
社長室には重くどんよりした空気が立ち込めていた。原因はいつにもまして不機嫌な表情をした陣内実篤が無駄にくゆらせている煙草のせいか。それとも平素なら即座に吹っ飛んでくるお叱りブザーが流石に空気を読んで鳴らないせいか。はたまた一同が固唾を呑んで何も言わないせいか……。恐らくは全部よね…真琴は思った。実際陣内はおろか静梨も貴志田も、勿論自分も何一つ言い出せずにどこに向けるでもなく視線を右往左往させている。
やがて重たい沈黙に耐え切れなくなったのか静梨が遠慮がちに口を開いた。
「い~……イタズラ電話って事は~…ないよぉ…ねぇ…?」
少しでも場を作ろうとお得意のスウィートボイス発射――なれど普段なら笑ってくれる貴志田すら何の反応も寄越さない現状に流石に恐れをなしたのかすぐに空元気を引っ込める羽目になった。真琴は一つ溜息を吐くと陣内のデスクに置かれた電話からボイスレコード機能を再生した。途端にしわがれた不気味な声が流れ出した。
〈ハロー♪…時間がないから手短に言うぞ…これは警告だ…。今後この件には深入りするな。分かったね?〉
改めて聞いてもまるで地獄の使者が耳元で囁いてくるような…思わず背筋が粟立つような不気味な声だった。一同も同じだったのか一様に顔を顰めたり、肩を震わせたりしていた。陣内に至ってはなんとかしてキセルに煙草を突っ込もうとして果たせず指先を焦がしかけていた。
「聞いての通り明らかに脅迫です。問題はどこのどいつからで、何の警告かって話です」
下手すれば震えそうになる体を無理矢理にでも律して声を張り上げる。その間陣内はスパスパ煙草を吹かしていたが一息に吸ったら漸く心が落ち着いたのか、煙草を揉み消すと少しでも重たい空気を払拭しようとするかのように窓を開け放った。まだ三月の夜風は肌に刺さる様な鋭さだったが逆にそれが気圧されていた心を震わせてくれた気がする。比較的抑えた声色で静梨が口を開いた。
「あの~これって警察に届けた方とか良いんですかね……?こういうのって詳しくないけど…」
「難しいだろうなぁ……」
最もな問い掛けに貴志田が腕を組みながら唸った。
「ぶっちゃけ言ってる事が『深入りするな』…だけだし。脅迫認定されるかも怪しいし、緊急性も疑わしいモンなぁ…」
「あっちからすりゃあ俺達のトコにイタ電掛かってくる、なんて日常茶飯事くらいに思ってるかも知らんしな」
貴志田の言葉を引き取って陣内が仕方ない、と言わんばかりに椅子に身を投げ出した。やっぱりそんなモンか……と真琴は嘆息する。
事態は数時間ばかり前。突如レイニージャーナルに掛かってきた一本の電話であった。それは詳しい要件を何一つ告げる事無く、不気味な“警告”だけを告げて切れてしまったのである。
明らかな脅迫だったがなにせ何に深入りするな、というのか…具体的な言い分は何ひとつなく――いや、この状況下で考えると凡そ《スカルマン》絡みの出来事である可能性が非常に高い。午前中に臨海副都心の方で起きた怪物騒動の最後に《スカルマン》を名乗る青年がネット上にて犯行声明とも取れる宣言を発してからはや10時間近く。自分達のみならず十中八九他の同業者達も警察も政府も当該人物の身元の特定と奴が宣言した「3日後」に何を起こすのか……その特定に躍起になっている。
……となるとこれはそうした自分達への牽制と警告と取るべきなのだろうが…如何せん付き合いのある同業者達にもそれとなく問い合わせてみた所、件の脅迫電話が掛かってきたのはウチだけらしい。それが猶更分からない。
所属している身としては正直言いたくはないが、レイニージャーナルは別に《スカルマン》絡みの情報で他社をリードしてる、なんて事はない。むしろ読者からの情報を精査して追跡するスタイルだけにガセネタや取るに足らない話を掴まされる事のが遥かに多いくらいだ。
警察に届けようにも…例えば爆破予告だとか明らかな害意のある送付物があったとかならまだしも、何の具体性もない脅迫声明のみ。深入りしたらどうなる、的な文言もなく脅迫としても実はかなり微妙だったりする。職業柄恨みを買う事も珍しくない、と考えればやはりイタズラ電話かなんかなのだろうか…と一同は首を捻ったが、真琴にはどうもそれに収まる気はしなかった。
あくまで勘だが…電話の向こうの声にはハッキリとした悪意があった、気がした。何か直接害を為してやろうとかそういう類のモノではなく…畏怖と威圧によって心を揺さぶり、弄んでやろうとするかのような、そんな嗜虐心に近い脅し文句。
「もしかして……成澤君の事と何か関係があるのかな…?」
貴志田がポツリと呟いた。それを聞いた静梨が目を瞠らせて一同に視線を窺わせたが、陣内も心境としては同じなのか神妙そうに頷いた。真琴としてもその可能性はあるのではないか…という懸念は常にあった。
《スカルマン》絡みでウチが何か特別に脅されるような心当たりがない、とすれば次に可能性として浮上するのは2日前から行方不明になっている成澤哲也の件。直前に彼がいた病院には謎の怪物と《スカルマン》が出現しており、その戦いに巻き込まれる形で多数の死者、負傷者、行方不明者が出た。その中には哲也の他、彼の同級生で直前に《スカルマン》と接触していた土枝健輔という青年もおり、両名とも現状行方不明だ。
つまりやはり土枝が《スカルマン》を目撃した際に奴にとって何か重要な情報を掴んだ、哲也もそれを知ってしまい、そこから辿って彼の所属先であるレイニージャーナルにこうして脅し文句が飛んできた――些か強引だし、仮定要素が多すぎるがあり得なくもない…と思う。
「アイツは最期の最期に何か掴んだのか……?いずれにせよ今となっては神のみぞ知る…になっちまったが…」
「いやまだ死んだなんて決まってませんよ縁起でもない!!」
神妙な顔つきで唸る陣内に静梨が抗議した。真琴はもう勝手な言い争いをする静梨と陣内は無視して会議テーブルの真ん中に置かれたモニターを覗き込んだ。
「アニク、この着歴辿れそう?」
いくら考えても分からないとなればデジタル世界の出番だ。こういう時アニクの情報収集能力に賭けるしかないのだが……。
〈やっては見ますけど期待しないで下さいよ?〉
当の本人からの返答はにべもない。曰くこういう時使われる携帯というのは大抵「トバシ」という使い捨てなのだそうで、たぶんとっくに使えなくなってるだろうとの事。《スカルマン》絡みと成澤の行方…どちらかにでも繋がってくれれば御の字だと思うのだが…ここに来て打つ手なしか…と真琴は溜息を吐いた。
〈ん…?なにこのメッセージ…〉
不意に画面の向こうでアニクが何か小さくボヤいたのが聞こえた。顔を上げるとアニクは他に何台か持ってる携帯のひとつを弄っていた。所謂「フォロワー」からの情報源かしら?と真琴はその時は思った。
アニクの情報源は何も電子の海から探し出すモノばかりではない。こう見えてもネット上では結構親しくしてる相手も何人かいるようで、時折そうした人達――アニクは彼らを「フォロワー」と呼ぶ――から情報を貰う事もあるようだ。
しかしそれにしては様子がおかしい。いつもはのらりくらりとしててあまり動じない彼がなんでか額に冷や汗を流して、明らかに動揺している。〈なにどういう事……?〉とか凄く小さな小声で言ってるのも悪いがバッチリ聞き取れるのだ、今時の高性能収音マイク万歳。
「なによ?どうした、なにかあったの?」
その態度がどこか心配になった真琴はアニクに声を掛けた――が当人はそう言われて漸く自分が聞き耳を立てている事に気が付いたらしい。〈えひゃんっ!〉とか素っ頓狂な悲鳴を上げたかと思うと、明らかに何か隠しているのがバレバレな程に怪しい仕草で持ってた携帯を慌てて閉じた。
〈いやすみません、本っ当になんでもないんです……。あ、そうだ少し大事な用を思い出したのでちょっと僕はこれにて失礼します――〉
「あ、待ちなさい!」
しどろもどろに言い訳したかと思うとアニクは早急に通信を切ってしまった。後に残されたのはブラックアウトした画面の前で呆然と口を開けた自分の間抜けな面だけ。
なによもう…と憤然としながら真琴はアニクの携帯に電話を掛けようとした……が直前でどうしたもんか…と思い留まった。アニクは自分の事で詮索されるのを何よりも嫌うのだ。彼がマトモに心を打ち明けるのは哲也くらいだろう。
結局何かあればまた掛けてくる筈だ、と結論付けて携帯を再びしまおうとした刹那――今度はそれがいきなり振動を始めたもんだから、思わず真琴は愛用のスマホを放り投げそうになる所だった。
「なによ次から次へと…!」
またイタ電だったら呪い返してやるぞ、という決意を込めて発信者の方を見ると……そこに表示されていたのは羽住圭のものだった。こんな時に何の用だろう?真琴は首を傾げながらも通話ボタンを押した。
〈一之瀬さんですね?すみません、立て込んでるとはお思いですが、大至急貴女と話したい人がおられるそうでして……〉
羽住の声には常ならぬ焦りが混じっていた。そうでなくばあの冷静な男が急に電話など掛けては来ないだろう。
「私と?誰なんですかその人?」
〈それは…直接ご本人から聞いてください〉
歯切れ悪そうに彼がそう言うと同時のその声が少し遠くなった。どうやら傍らにいる誰かに電話を取り次いでいるらしい。
その間真琴はと言えば密かに戦慄していた。ただでさえ、立て続けに変化する情勢の中でいろいろキャパオーバーになりかけている中で、この上更に悪い報せを告げられたら確実に発狂する気がする。だが同時に――職業病と言われても良い――今は何でも良いから情報が欲しい、と思う気持ちも確かにあるのだ。どの道あの羽住なら無益な事は言ったりしない筈だ、と自分を納得させ、真琴は電話口の向こうに話しかけた。
「こちらレイニージャーナルの一之瀬です。どういうご用件でしょうか?」
電話の向こうに確かに気配――って言って良いのか知らないが――は感じる。だが向こうは真琴の問い掛けに何の反応も示さなかった。まるで試すか値踏みするかのように…。もしくは警戒されているのか…真琴は少しばかり声音を柔らかくしてもう一度もしもし、と囁いてみた。
〈………すみません。私…〉
果たして向こうの方から返ってきたその声は若い女性のものと知れた。少しばかり頑なさが滲んでいるのは向こうが自分と話す事にどこか躊躇いを持っているからだろうか。敢えて真琴も急かそうとしたりせず、彼女の自発的に次の言葉を発してくれるのを待った。
やがて意を決したように女性は言葉を切り出した。
〈その…私、かぶ――いえ本名は佐崎千月…と言います。お察しかと思いますが…佐崎統夫の三女に当たります〉
流石に絶句した。まさかこのタイミングであの教祖の娘が何故接触してくるのか…その事実に頭が追い付かず…しばしショート状態になりかけた真琴は咄嗟にここじゃマズイ、と思ってオフィスを飛び出すとそのまま1階ではなく、屋上の方に上がった。そこで改めて声を掛け直す。
「…すみません。それで…一体どうしてこちらの方に?」
〈教えて下さい…ユヅキちゃんの事を知ってるんですか?あの子は今何をやっているんです?〉
ユヅキ…?聞き慣れない人命が急に飛び出した事に真琴は戸惑った。それは向こうにも伝わったようだ、千月と名乗った女性も己の瑕疵に気が付いたのか恐縮するように小さく詫びる。
〈……すみませんつい我を忘れて…。一之瀬さんが羽住さんの所に持ってきたっていう、あの人相書きなんですけど…〉
確か哲也の知り合いの刑事が描いたというアレか。確かに確認したい事があると言って羽住がコピーを取っていた筈だが…。あの少女の名はユヅキというのか、しかしなら何故それを八千の子が気にするのか……。こちらの疑問を他所に千月は続けていった。
〈あの子の名は…ユヅキ――
先月の事でした。私の前にあの子が現れたんです。すぐに分かりました…あの子母にそっくりでしたから…。それで言ったんです…〉
『じきに東京でまた白零會が動き出します。そうなったら貴方達は真っ先に利用されるだけだから……急いで逃げて下さい』
それだけ言って少女は何も言わずに走り去ったのだそうだ。千月は慌てて呼び止めようとしたが彼女の姿はまるで霞のように夜の闇に消えてしまったそうだ。
〈教えてください…ユヅキちゃんは今どこに?あの子はまだ教団と……
真琴は何も答えられなかった。代わりに携帯から漏れ出た声が耳朶を通して周辺に広がり、深い闇を形成していくような錯覚を覚え――。
――もしかしたら成澤のやつ…とんでもない地雷原に足を踏み入れたのかも知れない…!
そのあまりの果ての無さに真琴は全身の肌が粟立つのを感じた。
ユヅキ。山城柚月。そして……!?
全ては「あの日」から始まった。その出会いは運命かそれとも――。
そして猶も続く悲劇の果て……力が目覚める。
仮面ライダー:RE
CHAPTER-4:『REjectionⅡ』
少しばかり執筆環境が不安定になるので次章は9月15日になります。
それではまた次回。