仮面ライダー:RE   作:大荒鷲

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…PREVIOUSLLY ON…

梗華、幹斗それぞれの口から語られる「あかつき村事件」の見えざる真実。霧に閉ざされた世界で少年少女たちは否応なく、何かを失い、子ども時代の終わりを迎える。
一方拓務の方も《ヴェルノム》が何故生まれたのか、CIA深町の口から衝撃の事実を告げられる。それほど遠くない過去に生まれ、人の過ちと共に現代に引き継がれた呪縛の正体を――。

因縁と怨念が交錯し、ここに大いなる力を求めた戦いが始まろうとしていた――。

一方真琴の元には山城柚月に関するある事実が寄せられていて……?
〈あの子の名は…ユヅキ――佐崎ユヅキ。私達の…最後の子どもです〉


CHAPTER-4:『REjectionⅡ』- ①

・・・・・・・・・

 

 あの日の事は不思議と細部の情景までハッキリと思い出せる。

 

 ちょうど河原の桜並木が見事に満開になったからか、数日の雨模様が見事に消え去って洗うような快晴だったからか、はたまたモコが…いや結局具体的な理由なんか無いに等しくて、ただ漠然と何かあると良いな、そう思える日だったんだろう。

 ちょうど休みだった事も浮かれ気分に拍車を掛けた。あたしは朝食も食べ終わるや否やモコを連れて一目散に家を飛び出した。後ろからおばあちゃんが『こらー、草むしりしなさい!』とか叫び、あたしも『午後から増援を呼ぶよぉ!』とかそう返す。

 勿論“増援”ってのはあの二人の事ですネ。

 

 ところが最初の誤算。テツヤは近所の畑仕事の手伝いに駆り出されていた。とはいえ見に行くと全身から『遊ばせ~』という怨念みたいなオーラを発してたモンだから誘い出すのは難しくはない。宿題とか課題とか口実付けて二人して見事に飛び出したのが数分後。後ろからおじさんが『こらー、手伝えぇ!』とか叫んでたけど聞こえないフリして一目散。少しハラハラした。

 

 そして二番目の誤算。三人目の仲間を誘うべく家に行ったもののこの日当人は留守だった。車がないのはいつもの事にしても鍵も掛かってるし、ガロもいない。おかしいな、今日出掛けるなんて聞いてないんだけど…二人で顔を見合わせながら家を後にした。

 そうなったらどうしたものかと。いつもは大抵それぞれの家で本を読むか、ゲームをするか…。はたまた三人で適当に村をうろついて、ミキトとテツヤの二人が何かやっているのを漫然と眺めて…それで時間は過ぎていくものだが…。家には帰れないし、ミキトはいないしで、じゃあ?と散々考えた末に結局河原で適当に石切りしてる。あたしはあんまり体を動かす事が得意じゃないからただ見てるだけだけで、テツヤはそんなあたしを退屈させまいとしてるのか、とにかく変なポーズやら奇声を発して石を投げる、それがとにかくおかしな撥ね方するもんだから見てて飽きない。……石というよりテツヤという男の子の方が。

 

 なんだか変な事を考え始めたな……と咄嗟に思ってしまったあたしは少しだけテツヤから視線を外した。その時だ…“あの子”と最初に出会ったのは。

 

 対岸の河原に誰かがいる事にその時気が付いた。そんなに遠い距離じゃないのに何故かそこだけ空間の質感が違うような……そんな気がしたのはその誰か――まだ小さい子ども――が纏っている並々ならぬ雰囲気のせいかも知れない。

 

 年齢は…パッと見では分からない。汚れてて明らかにオーバーサイズなシャツと半ズボンから覗く四肢は酷く痩せてて、小柄なせいもあって概ね4歳くらいに見えるが佇まいにその年頃の無邪気さが全く感じられないのだ。というか性別すら分からない。背中まで伸びた髪はやけにボサボサで、全く飾り気がない。

 その子は何を思うでもなく、ただただ無感動にそこに佇んでいた。

 

『ねぇ?』

 

 思わずあたしは声を掛けていたし、それに気が付いたテツヤもその子の方に視線を向けた。そこで漸くその子はあたし達に気が付いたかのように目を向けたが……あたしは思わずその表情にドキリとさせられた。気圧された、の方が正確かも知れない。

 伸び放題の髪から覗くその顔立ちは、いっそそう形容するのも不謹慎なくらい整っていた。瞳が大きく、それがより一層性別不詳な印象を強くしている。だがそこから覗く顔も右頬に無造作に貼られたガーゼも服装と同様にくすんでいて…それが酷く痛々しい。

 

 どこの子だろう?咄嗟にあたしは思った。村の子なら皆知っているがこんな子がいた記憶はないし、観光客の子ならこんなに薄汚れた格好でいる事はまずない。なんだか知らないけどタダゴトじゃない、と直感したあたしはその子に向かって叫んだ。

 

『ねぇ!君どこの子?お父さんやお母さんは?』

 

 その子は何も答えなかった。ただ黙ってこちらを見ているだけで――でもその瞳は何も映してはいなかった。まるで討ち捨てられた古井戸みたいな…昏くて底の見えない、寂しさも哀しさも忘れてしまったようなそんな……。

 

 なんでか誰かに似てるな、ってその時思った。

 でもそれも束の間。不意に子どもは踵を返して走り出した。

 

『あ、待って!』

 

 あたしとテツヤも呼応して走り出した。示し合わせた訳じゃない、互いになんだかあの子を放っておいたらいけないんだと直感したんだ。

 

 でも如何せん、あたし達がいた河原から向こう岸に渡るには一旦遊歩道を上がってからそこから100メートル程行った橋を渡らなくちゃ行けなくて。でもあたしは元々速く走ったり出来ないから、どうしても出遅れて先にテツヤがどんどん行くけど、流石に距離があり過ぎたらしい。あたしがやっとの思いで橋のたもとに辿り着くと向こうからテツヤがとぼとぼ歩いてきた。どうやら見失ったらしい。

 

 どうしたもんかと話し合ってたら、橋の向こうから自転車に乗った駐在さんが手を振りながらこちらに向かってくるのが見えた。やっぱりここは彼に相談するのが良い、と思いあたし達は老巡査に駆け寄った。

 

 ところがなんだけど、その子の大まかな人相を伝えると実は駐在さんもその子を探していたんだ、という事が分かった。なんでもあたし達もよく知ってるある人が引き取る事になった親戚の子だそうで…詳しい話を聞いてあたしは漸く先程感じた既視感の正体に気が付いた。

 

 これがあの子が、山城柚月が村にやってきた最初の日だ。

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 そんな子どもの頃を知ってるからだろうか……。やっぱり時々あの子の今の姿が少し信じられなくなる。いやそんな事言ったら幹斗があんな事になるなんて思わないだろうし、私の今の姿なんてそれこそ高1の頃の自分に言ったって信じられないだろう。

 

 たかが7年、されど7年だ。「あたし達」が重ねた歳月は決して短くも軽くもない。

 

 ようやくミホが眠りについてくれて一息。水を飲もうと思って離れの一部屋を出て小さい廊下を歩いてると一つの部屋の隙間から小さく光が漏れていた。確認するでもなく、柚月ちゃんの部屋だ。この所毎日のように遅くまで起きて何か難しい事を考え込んでいるようだ。

 そっと隙間から覗くと彼女は何かを弄っているようだ。いや、流石にそういうのに疎い梗華でも分かる、アレはピストルだ。確か自衛隊で正式採用されている9㎜拳銃じゃなくて米軍で以前使用されていたベレッタとかいうモデルの奴――これは楠さんが言ってた――。端正な横顔と拳銃の武骨なフォルムが酷く不釣り合いで、梗華は思わず目を逸らしてしまった。

 

 “療法所(サナトリウム)”から脱出した時、柚月があれを持っていた事、躊躇うことなく職員に向かってそれを発砲し、自分とミホを逃がしてくれた事は決して忘れられない。幼い頃から良く知ってる彼女がまるで違うモノに変質してしまったかのような恐怖感、あとそうして貰わなければ子ども一人抱えて何も出来ない小娘の分際でそんな事を思ってしまう己の浅ましさに胸が締め付けられる。

 

 そして今もあの子は戦いに赴こうとしている。そして私は相も変わらずここで待ってるだけだ。

 

『無茶言わないで下さい、梗華が一番狙われてるんですから。ここにいて下さい、あの子のためにも兄さんのためにも……』

 

 一緒に行きたい、なんて言ったところでそう言い返されるのがオチだ……というか実際言われた。だから私は黙って引き下がるしかないのだ……言い訳するようにそっと小さく「無理しないで」とか「無事に帰ってきてね」とかだけ言いながら。梗華は聞こえない程度に息を吐くとなるたけ音を立てないようにして部屋を後にした。

 そのまま自分の部屋に――という気分にもなれず、覗いてみたのは哲也がいる部屋。こっちも僅かに灯りが漏れているのが見えたから、てっきり何かしてるんだろうと思ったが……予想に反して哲也は布団も敷かずに座布団を枕にして白河夜船と来たもんだ。因みに傍らでは琥月辰雄が壁にもたれかかるような態勢で静かに寝息を立てていた。

 

「ん、もうっ…。全くしゃんとしなさいよ……」

 

 梗華は呆れて部屋の片隅に無造作に放り投げてあったタオルケットをそっと二人に掛けた。

 

 しかして呑気そうに眠る哲也の顔を見ていると先程と同種の痛みがせり上がってくるのを感じた。この二人も戦いに行くんだ、という厳然たる事実。戦えない私と皆との距離はどこまでも遠い。

 そっと哲也の頬を撫でた。

 哲也の歳月だって決して短くはない。年も重ねたし、変わった事だっていっぱいある筈だ。でもその寝顔はあたしの知ってるテツヤと変わってない、と思う。願わくば――この先も変わらずにあって欲しい、とも。柚月のためにも。

 

「哲也……。あの子を守って。あの日みたいに」

 

 祈る事がどれほどのエゴかなんて知ってても。

 

 “あたし”はそう願わずにはおれないのだ。

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 前も言ったけどこの村で人が来ることなんて珍しくもない。

 

 よくミステリーやホラーなんかであるだろう、古くから閉ざされた土地柄のせいかおかしな因習に支配され、余所者に対して異常な程排他的になるナントカ村の話。その点で言えばあかつき(ウチの)村は、落人伝説がある閉鎖的な地形ではあっても村人の気質は比較的オープンな方だと思う。

 

 でそんなお土地柄であってもユヅキ――山城柚月は確かにちょっと異質だった。

 あの後川沿いの農道をトボトボ歩いてた所を保護されて無事山城博士の元に連れ戻されたユヅキだったけど……少なくとも彼女は少しも嬉しそうではなかったし、でも怖がってる風でもなかった、と少なくとも俺はそう感じた。あの子を迎えに来た親友――ミキトの方を見やると戸惑いなのかなんなのか…所在不明な感情を顔に浮かべていて、俺の視線には気が付いていないようだった。

 

 山城慎吾博士の遠縁の娘。両親が不慮の事故で亡くなってしまった事もあり、唯一の縁者だった博士が引き取る事になった……というのが大まかに村の大人達に伝えられた経緯。確かにそう言われてみればあの子はミキトとどこか似ている気がする…容姿とかじゃなくて纏っている雰囲気が、とかそういう漠然とした領域で。

 

 とはいえそういうストーリーを果たしてどれくらいの人達が信じただろうか。少なくとも俺の親やキョウカのおばあちゃんはあれこれ嗅ぎまわったりするのを嫌う性分だったから、俺達の関係になんら変化が生じる事はなく。でも確かにそれを差し引いてもユヅキという女の子は接し方に難儀する子だったとは思う。実際保育園でも浮いているらしい、とキョウカから聞かされた。

 

 碌に手入れもされてなかった髪に痩せぎすの体、薄汚れた衣服を着てて全くあの年頃らしくない無感動さ……世界の事なんか殆ど分かってない俺ですら、ユヅキがここに来るまでの人生が尋常ではなかったらしい事は分かる。

 でもそんな子にどう接すれば良いのか、なんてこの村の大人達のマニュアルにはなかった。なによりユヅキは問題を起こすような子ではなかったが、代わり何を考えているんだかサッパリ分からない、何を見せても、聞かせても無感動で、ただただ見透かすように大人達をジッと見据えている、反抗もしないけど凡そ子どもらしい情緒に欠けてて…その癖妙に頭の切れる所がある…そんな子だった。

 結局大人達の間では詰まる所扱いに困る子、とそう認識されるようになっていた。

 

 親戚の子なんて言うけどありゃあ、博士の不義の子だろう…。閉鎖的ではないけど口さがない事を言う大人はどこにでもいるもんで。なまじ博士が村の名士だけに噂はひっそりと、しかし確実な速さで広がったし、これ見よがしに囁く奴らは後を断たなかった。

 

 皆侮っていたんだろう。たかだか4歳の子どもがそんな噂を気に留める事もないだろう、って。でもそういう奴に限って自分が子どもだった時の事を都合よく忘れてて、意外に子どもが大人の目線に聡いんだって思いもしない。――最も俺自身そんな事が言えるようになったのもあの日を迎えて漸くなんだから、とても人の事悪く言える筋合いはない。

 

 あの日――6月を迎えたばかりのあかつき村の空は不気味な程暗かった。なんでも季節外れの爆弾低気圧が近づいてきているだとかで、吹く風の匂いもどこか不穏さを纏っているような…そんな日だったのをよく覚えてる。

 まだ本格的に雨は降ってこないけど風が窓サッシをガタガタと揺らすもんだから俺としてはいまいち落ち着かない。まだ昼間だってのに電気をつけてないと本すら読めないとあっては心まで陰気になりそうだ。そんな折だった、ミキトが飛び込んできたのは。

 こんな天気の日にいきなりやってきた幼馴染は髪やシャツの肩口を僅かに濡らしていたが、それ以上に額に冷や汗をかいて、荒い息を吐いていた。いつになく必死な形相に当然俺も親父もお袋も面食らったが、続けて放たれた一言に更に凍り付いたのだった。

 

『ユヅキがいなくなった……!』ミキトは掠れた声でそう呟いた。

 

 

 

 恥ずかしい話、俺もキョウカもこの1ヶ月半の間にあの少女の事を持て余し気味だった。

 

 単純に人付き合いが悪いってだけならミキトで慣れてるのだが、あいつはどっちかというと対人関係に苦手意識が強いだけであり、本質的に負けず嫌いだから挑発すれば大体ノって来るし、上手く興味を持たせれば大抵の事には付き合ってくれる。まぁ知らないうちは無愛想で頑ななヤツに見えるかも知れないが、本質的には少し変わってるだけで俺達とあんまり変わらないんだと思う。

 

 そんな俺達でも確かにユヅキの相手は難しかった。俺の場合ただでさえキョウカ以外の女の子の相手なんて慣れてないモンだから単純に何を話したら良いのか分からない、ひとまず家にあった漫画やら絵本やら持って行って会話の糸口を掴もうとはするんだけど……読んではくれるけど代わりに何のリアクションも返ってこない。こちらから働きかけてもウンともスンとも言わないしで、文字通り「掴み所がない」。アウトドアに連れ出してみるか…とも思ったけど6歳も年の離れてる女の子をどう扱ったもんかと思えばそれも難しく。俺の方はそれでドン詰まり。

 

 キョウカはもう少し粘ってたみたい。家で作ったお菓子やら小さい頃持ってたぬいぐるみやら果てはモコやらとあの年頃の女の子の好きそうなものはなんでも投入していたけど、悉く不発に終わったようだ。依然として感情そのものが欠落したかのようなユヅキの態度に俺もキョウカも、あとガロも揃って溜息を吐いた。

 

『……あれはもしかしたら専門家に任せた方が良いのかも知れないね…』

『……だな…』

 

 ある日の帰り路の事、キョウカがポツリと呟いた。俺もそれに頷く事しか出来ずに。

 

 俺達ももう5年生だ、いくら世の中の事なんかなんも分からないガキンチョだとしても少しは察する事だってある。世の中には自分達なんか想像したくも無いような経験をした子どもが平気でおり、そうした理由で傷を負った心は迂闊に触れてはいけない……それくらいは分かる。だからこういうのは無責任に関わらずに、専門の人に任せた方が良いのかも知れない、と思ったのだ――そんな人がこの村のどこにいるんだ、という最大の懸念からは敢えて目を逸らして。

 

 更に言うならそんな時であっても博士の生活も相変わらず――研究所に籠りっきりで夜遅くに帰って朝早くに出ていくか、もしくはもう数日碌に家に帰りもしないか――で、彼女の世話は実質ミキトが担っているようなものだった。

 流石にこれはまずい、と誰もが思ったけど元々得体の知れない少女の世話を進んでみたがる大人などいなかったし、お袋やキョウカのお祖母ちゃんみたいな親しい人の助けはミキトが遠慮がちに、だが頑なに固辞した。

 意地っ張りなのはアイツの最大の美点であり欠点だと思うのだが……。そう思いつつも畢竟俺達に何かできる訳でもなく、無力感を噛みしめながら都合よくそこに蓋をした。誰よりも頭のいいミキトなら俺達があれこれ考えあぐねるよりも良い結果に繋がるんじゃないかと…そんな無責任で夢見がちな期待を勝手に抱く。

 

一人の少女の事に掛かりきりになっているミキトと何を考えているんだか分からない少女ユヅキ。歪な関係はいつか破綻する事は目に見えていた。それが偶々今日であった、本当にそれだけの事。

 

 

 

 当然ながら親父は目を剥くとミキトに成澤家(ここ)にいるように硬く命じて家を飛び出していった。その思いっ切りの良さと言ったらお袋に止める暇さえ与えないくらいで、おまけに『そいつらを絶対に家から出すなよ』と厳命する事も忘れない。既に雨の気配がちらつき始めた外を見ながらミキトと俺は部屋で会話をするでもなく、ぽつんと座り込む。漫画の内容も頭に入ってこず、俺は部屋の片隅に腰かけている幼馴染を盗み見るように視線を送った。

 

 なんだか久しぶりに会うような気がした。学校ではいつも顔を合わせていたし、そうすれば絶対に挨拶くらい交わしている筈なのに……。少し伸びた髪に今更気が付いたように、誰よりも身近な筈の親友が何故か急によそよそしくなったような……この感覚にはなんだか既視感があった。

 いや果たして本当にそうだっただろうか。以前なら学校が終わればクラブにも委員にも入ってない俺達はさっさと校舎をオサラバして大抵どこかで時間を潰すのが日常の事だった。どうせミキトは家に帰っても誰もいないし、俺も家にいると親父やお袋にうるさくアレコレ言いつけられるだけだし。

 

 でも実際、このところ俺とミキトが互いの家を行き来する事はほぼなくなっていた。なんとなく互いに避け合うような空気が醸成されて正直俺もどうして良いのか分からず……。

 

 いや…所詮言い訳だな。俺達にはどうする事も出来ないんだと何かしない事の言い訳を作って、都合よく誰かが、なにかの最善の解決策が見つけてくれると勝手に期待する……そんな浅ましい心根を抱えた自分が心底許せないからますます遠ざかる。――そこまで考えた時に俺は先程抱いた既視感の正体に気が付いた。

 

 あの時――キョウカが学校に帰ってきた時の事。周囲のよそよそしい視線とそんな周りに苛立ちながらも結局何を言って良いんだか分からない自分への嫌悪感。ミキトが彼女に声を掛けるまで実際俺は何も出来なくて、そんな自分が心底イヤで……でもこうして現実の俺は問題に立ち向かう事も一緒に背負う事も出来ずに、また勝手に逃げ出して……その結果で今こうしてる。

 そんな実感を得てしまえばもう見て見ぬ振りも出来ず。俺は聞こえないくらいに小さく舌打ちすると再びミキトの方に視線をやった。ミキトは顔も上げずにただただそこにいた。俯いた顔からは表情は読み取れない、だが膝の前で硬く握りしめれた両掌からはやるせなさが伝わってくる気がした。

 

 俺は居ても立っても居られなくなって窓を開けた。どこか生温い気を纏った風を顔中で受け止めながら西の空を見る。黒く厚い雲が垂れ込める空は如何にもな不穏さで思わず怖気づきそうになったが、俺はそれを振り払うように首を振った。まだ大丈夫、たぶんあと1時間はもつ……と敢えて楽観的な事を思いながら俺は部屋の隅にいる幼馴染を振り返った。

 

 ミキトは微かに顔を上げていた。その目にどこか縋る様な色がある事を確かに見て取った俺の中からはもう躊躇いは消えていた。 

 

『ミキト、俺も行く。一緒にあの子見つけよう』

 

 今思えば、じゃなくとも正気じゃあない。たぶん頭の片隅でこりゃあ親父に半殺しにされるだけじゃ済まないな、とは思ってた――それすなわち猶タチが悪い。でも俺は何度考えても結局こう言っただろう。

 

『…………』

 

 ミキトは何も言わなかった。でもその瞳が微かに揺れたように見えたのは間違いないし、その時点でたぶんミキトも正気じゃあなかったのだろう。いつもならこんな日に外に行く事の危険性も二重遭難になる事の愚かしさも理解してる上で俺を止めなかった――それすなわち猶タチが悪い。でも俺はその目を、そしてミキトは俺のその言葉を待っていたんだと思う。

 

 かくして悪ガキ二人は母さんに見つからないよう、シーツを利用して窓からこっそり脱出した。あと1時間はもちそうだって事、本気でヤバくなったら手頃な家に逃げる事、どっちかが万一ケガをしたらすぐに助けを呼ぶ事。その三つを示し合わせて俺達は走り出した。

 言い訳するけど完全な無策で飛び出したわけではない。ミキトは少なくとも30分前には窓の外を呆然と眺めるユヅキを見ている。そこから4歳の子どもの足でそう遠くまで行ける筈はないし、あの子が行きそうな所なんてそうない筈だ。それこそガロの散歩コースとか……ん、待てよ?

 

『ガロに匂いを辿ってもらうとか出来ないか?』

 

 あれでも一応猟犬の血筋だし、バカにならないかも。我ながら良さげな思い付きかと思ったが、残念ながら秒で却下された。

 

『アイツが方向音痴なの忘れたのか?下手すりゃ僕らまで遭難するぞ』

 

 だそうである。憐れなガロ……。

 

 そうなるともう考え込む時間さえ惜しい。空はいよいよ暗雲が垂れ込め始め、風も刻一刻と激しさを増している。焦燥がじりじりと這い上がってくるのを俺は知覚した。

 

『……なぁ、他にもっと思いつかないか、あの子が行きそうなところとか?』

 

 その言葉に微かに苛立ちが混じってしまったのもそれ故だろう。いつもだったらミキトが何かを考えて俺がそれを実行する、そんな役割分担がなんとなくの不文律になっていたのだが…この時のミキトはやけに歯切れが悪かった。

 この時もそう。ミキトは俺の視線から逃げるようにつっと顔を背けた。その目はどこに向いている訳でもなくて……やがて心苦しそうに『……さぁ…』と小さく呟いただけ。どこか空虚さを纏ったその声色に俺は愕然とした。

 

『なんだよその気のない答えはよ!お前の妹の事だろ、例え………』

 

 咄嗟に頭に血が昇った俺は思わずそう言いかけて危うく言葉を呑み込んだ。それは例えどうあれ言ってはいけない事だろうから。

 でも単純な俺の浅ましい考えなんて聡明なこいつには結局筒抜けなわけで……。ミキトの瞳が僅かに嗤ったような気がしたが……すぐに寂寥を帯びたように伏せられた。

 

『……僕にはあの子の事なんてなんにも分からないよ…。兄妹なんて名ばっかりなんだから…』

『……どういう――』

 

 意味だよ、口に出掛けた言葉を俺は途中で引っ込めた。ミキトもまた己の無力さを痛い程に実感していたのだと分かったから。俺達はちゃんと出来る大人に任せた方が良いって言い訳して逃げられたけど、コイツにはそれも出来なかった…今まで意識して封印してた罪悪感が急速にこみ上げてきて、雨粒とは違う水滴が滲んできそうになった、が慌てて俺はそれを振り払う。そんな資格も暇も今はない。

 

『悪かった…』俺は頭を下げた。下げた後でミキとの方に近づくとその両肩を叩いて無理にでも顔を上げさせる。

 

『お前にばっかり背負わせた。俺はどうして良いか分かんなくて逃げた。後でいくらでも殴られるし悪口だって聞くから……。だから気負うな、無力なんて思うな……!あの子を迎えに行ってやれるのは……俺達しかいないんだからっ……』

 

 これは希望的観測だがあの子は少なくとも…俺達やミキトの事を拒絶したりしなかった。他の大人達とは顔も合わせようともしなかったのに少なくともミキトとはずっと一緒にいた。些か前向きに考えすぎな気もしないではないがそうでもしてないとやってられん。

 

『……お前ってとことん…』

『なんだよ?“とことん”なんなのさ?』

『別に。四の五の考えても仕方ない、とにかく行こう』

 

 ミキトはそれ以上取り合う事もなく歩き始めた。全くもうコイツは……となんだか釈然としない気持ちと漸くコイツらしくなってきたという安堵感とそれはそれとして一刻とリミットは迫っているという焦燥と……とにかくいろいろグチャグチャな気持ちを抱えて俺達は走り出す。

 

『…そうか。あそこかも…』

 

 不意にだ。小学校方面に向かって走ってる途中でミキトが呟いた。あそこって?と聞き返すと…ミキトの口から出たのはだいぶ予想外の場所だった。

 

『あそこだよ、ほら……“隠れ家”の出来損ない!』

 

 

 

 大昔。こんな辺鄙な村にも鉄道を誘致しようという計画があったらしい。まぁ元々林業で食ってた村だから木材を運び出すのになんらかの輸送手段は必要だったし…なにより鉄道がくれば村だって豊かになる筈だ、っていう淡い期待。そんな時代の話。

 

 とはいっても本当に戦前の話。戦局が厳しくなってくるとそれどころではないという理由で無期限延期になり、戦後の混乱で遂には大本の会社が倒産してしまい……遂に日の目を見ることはなかったらしい。

 線路だけは一部分に敷かれたし、トンネルも一箇所が一応着工した。とはいえ簡易的な軽便鉄道だったらしいけど……とにかく僅かな名残が少し村はずれの谷あいに残ってる。

 

 昔はあそこはトンネル工事中に大事故があって多数の作業員が犠牲になった、今でもその時の犠牲者が成仏できずにあの一帯を彷徨っているのだ、だから決して近寄っちゃならん、と俺達子どもは言い含められていた。

 但し結論から言うとこれは子どもが線路の敷地内に勝手に入ったら危ないから、と大人が吐いた嘘だった。当然ミキトはそんな話信じる筈ない上に詳しい経緯を村の図書館の分厚い本から読み取って…年甲斐もなく信じてた俺をからかうのだ。『ユーレイなんかいる筈ないじゃないか』と。

 怒った俺はこうなったらそこに行って、そのトンネルとやらを隠れ家にしてやると息巻いて、悪ノリしたミキトを連れ出した。まぁ結論だけ話すとこの計画はものの見事に座礁した訳で、それ以来あんまり思い出す事もなかったから、今更ミキトがそこを出すのは意外だった。

 

『なんでそこにいるって思うんだよ?』

『この間……おま――なんかの拍子でポロッと話したんだよ。それが印象に残ってた風だったからもしかしたら、ね……』

『……おいちょっと待て。今俺の事言い掛けなかったか?ナニ吹き込んだよおいっ!』

『とにかく他に当てもない。そこに急ごう!』

『……ごまかしたよ…』

 

 なんか釈然としないものを感じないでもなかったがこの際仕方がない。鼻孔を微かに擽った雨の匂いに危機感を感じながら俺達はそこに走り出した。

 

 

 

 件のトンネルまで走って5分。その間に遂に雨脚が本格的なものになりだした。当初の目標では雨が降ってきたら迷わず撤退する、ってルールの筈だったけど妙な確信に駆られた俺達はこの機会を逃す事は出来ないと都合よくそれを無視した。かくして雨がいよいよ本降りの様相を呈し始めた時に俺達は漸くトンネルに辿り着いた。現在はブロックで塞がれてるけどそれでも僅かに隙間は空いてるから無理矢理体を捻じ込ませて侵入する。

 

 果たしてそこにユヅキ――山城柚月はいた。中に持ち込まれたベンチに所在なさげに腰かけていた少女はこちらの姿を認めるや――笑うでも泣くでも、ましてや逃げ出すでもなく、どこか虚ろな表情で俺達を見ているだけだった。

 不思議と腹は立たなかった。担がれた、と思う訳でもなく……俺もミキトもただただ『やっと見つけた』その安堵感か体中に拡がっていくような……そんな感じがした。自分でも意識したわけでないのに、なんだか今更酷く可笑しいような気持ちがこみ上げてきて……俺とミキトはどちらからともなく小さい笑いを溢していた。トンネルの中に暫し俺達の声が反響する。

 

『……どうして…?』

 

 不意に。本当に不意にユヅキが呟いた。虚脱していたように瞳にはありありと困惑の色が浮かんでいる。この子が口を聞く所をそう言えば初めて見たな、と俺はそんな呑気な事を考えていた。

 

『どうしてわらうの?めいわくかけるなって…おこらないの……?めいわくかけるならでていけって……いわないのなんで……?』

 

 猶も呆然と呟き続ける少女の声は…やっぱり酷く虚ろだった。哀しいとか怒ってるとかそんな当たり前の気持ちがどこか欠落してて、乾ききったような……でも俺達の笑い声に喚起されるように少しずつその膜が剥離していくのを俺達は感じていた。

 

 俺はミキトの背中をそっと押した。俺の出る幕ではない、行ってやれよと。

 ミキトはそっと頷くとユヅキに歩み寄って行った。そんな様子にユヅキの表層を覆う膜が少し剥がれる。どこか怯えるように後退った。

 でもミキトはもう躊躇わなかった。逃げようとするその小さな肩をそっと掴んで抱き寄せる。

 

『良いんだよ、もう……。良い子になんかならなくて。ただ…いてくれたら。それで良いんだ』

 

 腕の中で呆然としている幼い少女に、そしてなにより自分自身にそうするように語り掛ける。

 

 ユヅキの小さな肩がぶるりと震えた。それが決壊の合図だった。所在なさげに揺れていた両の手が躊躇うようにミキトの背後に回り、本当に微かに、でも確かに聞こえるくらいに嗚咽が漏れてくる。

 

 雨の音が反響する暗い世界の中で、しかしそれは俺にもハッキリと聞き取れた。

 

 

 

 結局タイムリミットはオーバー。漸くユヅキが落ち着いたと思ったら外は既に土砂降りの暴風といった有様であり、俺達は薄暗いトンネル内に取り残されていた。

 でもまぁ後悔はしてない。もしどこかで引き下がってたら俺もミキトも…それにユヅキもきっとすれ違ったまま、やり直す道を選べなかっただろうから。だから今はこれで良い……流石に疲れたのかウトウトと舟を漕ぐユヅキを見ながら俺はそう思った。

 

『……最初はさ。正直どんなつもりだって、そう思ったよ』

 

 徐にミキトがそう話しかけた。何の話かは大体分かるから俺は敢えて何も言わない。

 

『仕事にかまけて自分の息子の事だって碌に見ようとしないくせにさ……。それが急に女の子連れてきて「お前の妹だ」だもんな。正直文句のひとつも言ってやりたいよ、ったく……』

『ホントホント。俺もずっとそう思ってた。でも言えなかった、曲がりなりにもお前の父親なんだし』

 

 これは本当。相も変わらず仕事一辺倒で子どもの事を顧みもしない山城博士に思う所がないわけでは勿論無く。でもそれを俺如きが迂闊に言ってしまうのはなんか違う気がして……誰にも言わなかった。

 

『……でもさ。正直思ったんだよね。引き取る程にこの子の事が大事だってんなら……ちゃんとこの子の事を見てれば僕の事も……ってさ。コレで何度目だろうなぁ……』

 

 それでか。元々意地っ張りなのは知ってたがどうしてそんなにこの子の事を一人で背負おうとするんだろうな、とは思っていたが……。全くミキトのあの人への感情はどうしようもなく複雑で、一概には語れない程に捻じれている。

 

『でもまぁ…そんな不純な気持ちで向き合うべきじゃなかったよ…今回の件でハッキリ分かった……。今はこの子が間違いなく僕の家族だ…なら何が一番最善か……それを考えるよ。もう一人じゃ背負わない』

『おう。ウチの父さんも母さんもいる。キョウカもお祖母さんもな。気負うなよブラザー』

『……やめろ。この子ならともかくお前みたいな兄弟はいらん…』

『――言ったなコノヤロウッ!!』

 

 精一杯気恥ずかしささえ押し殺して良い事言ったつもりだってのにモノの見事に拒否りやがった親友に俺はヘッドロックを掛けようとし、ミキトはウナギみたいにヌルヌル躱しながら負けじと関節技を極めようとした。暫く不毛な取っ組み合いを続けて、それから俺達はひとしきり笑った。

 

 それだけで雨に濡れた体がじんわりと温まっていくような気がしたんだから人体って不思議だよな。

 

 

 

 因みにだけど。台風が完全に過ぎ去るまで完全に身動きが取れないって思っていた俺達は意外と早く救出された。理由は……農家のゴン爺が俺達を見つけてくれたから。

 

 ゴン爺ってのは村のはずれで古くから農業を営む年齢不詳・本名不明の爺さん。背が茹で海老みたいに曲がった、ビックリするくらいの年寄りの割に動きはキビキビしてるし、ボケてる気配もない。

 

 なんで見つかったのかっていうとこの爺さん、トンネルが家の裏手にあるのを良い事に勝手に中に入っては食用キノコの栽培をしているのだ。暗くて湿ってるからちょうど良いんだって。かつてはそんな理由で俺の秘密基地計画を頓挫させられたわけだけど、今回の場合は限りなく吉と出た。ユヅキのみならず俺達まで消えたとなって大騒ぎになった村の様子に胸騒ぎを覚えた爺さんは念のためトンネルの中を見てみる事にしたそうで、俺達と鉢合わせした時は心底呆れたと言わんばかりの顔をしていた。

 

 まぁでも結果オーライで雨が止むまで爺さんの家で世話になった俺達は翌朝皆の所に戻る事が出来た。台風一過そのものな清々しい気分――とは行かなかったけど。

 爺さんの家でひとまず無事の連絡を入れた時と朝になって迎えに来た時の計2回、俺とミキトは親父にこっぴどく叱られて、ビンタされて……そして思いっきり、もう脳みそがシェイクされるんじゃないかってくらい撫でられた。

 

『――全く面倒ばっか掛けやがってからに…このワルガキ共が!』

 

 柄にもないぐらい顔をクシャクシャにした親父がなんだか可笑しくて俺達は笑った。どっちかと言えばその後に起きた事の方がよっぽど堪えたと思う。

 

 迎えに来たのは親父だけじゃない、キョウカも一緒だった。一睡もしてないゾ、と言いたげな程に眼を腫らした彼女はこちらの姿を認めるや否や昨夜のユヅキもかくやという程に大粒の涙を溢しながら俺達に抱きつき――まぁ良かったのはそこまで――猛烈な往復ビンタを喰らわせた。

 

『バカバカバカ!ガキ!アンポンタン!本っっっ当に……心配したんだからっ!!』

 

 いっそ絞殺されんじゃないかって勢いの抱擁に俺達は何も言えずにあたふたしてるだけで……そんななっさけない男二人の様子を眺めていたユヅキの口元がフッと柔らかくほころんだ。

 

 キョウカもそれに気付いたらしい。少し意外そうに俺達の顔を交互に見回しながら…どこか納得したように漸く笑顔を見せてくれた。

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 あの日を境にミキトとユヅキの関係性は少し変わったと思う。

 

 何が、と訊かれると具体的には難しいのだけどひたすら外界をシャットアウトする少女とそんな彼女に自らも引き摺られて行くような、そんな歪な関係性が消え失せ、二人は俺達の日常の中に戻ってきた。その姿は以前よりもずっとぎこちなさが消えて、こういう言い方も変だけど本当の兄妹になったようだった。

 

 結局あの日なんでユヅキは家出なんてしたのか。そもそもあの子に何があったのか…俺は未だに詳しくは知らない。いつかは知る事になるかもしれないけど、少なくともそれは今でなくても良いと思った。

 互いの全てを知らなくても俺達は分かりあっていけるのだと…あの夜にそう確信出来たから。この先に待ち受ける未来をまだ知らないからこそそんな風に――

 

「起きて下さい」

 

 唐突にそんな声と強い衝撃が合わさってセピア色の回想世界が崩壊。“俺”は現実に引き戻された。

 

 まず最初に像を結ぶのは未だ見慣れぬ木目の天井。トラディショナルな意匠の天井灯が朝日の指し込まないこの部屋では貴重な光源だ。そこから更に視線を右にやれば、案の定相も変わらぬ不機嫌を顔に貼り付けた山城柚月。腕を組んだ姿勢でこちらを睥睨している様はなんだかとっても扇情的で少しだけMな気持ちが分かる気がした……言ったら絶対殺されるから言わないけど。

 

「えと……グッモーニン…?」

 

 なんて惚けて言ってみたら間髪入れずに顔を踏みつけられた。先程の衝撃の正体はこれか納得。流石にこれ以上喰らうのはゴメンなので哲也は鼻を摩りながら起き上がった。

 

「……全く朝から強硬なヤツ…夢の中では可愛かったってのに……」

 

 半分寝惚けていたのがいけなかった。ついそんな事を小声とは言えポロッと漏らしてしまう。なんか猛烈に誤解を招きかねないような言い方で。

 

 

「…………は?」

 

 

 直後。真冬のオイミャコンよりも凍てついた声が背後から発せられるのを聞き、そこで哲也は己の過ちに気付いた。恐る恐る振り返ると能面のような……無表情な割になんだか壮絶な気配を纏った柚月が。柚月イヤーは地獄耳……。

 

「――なんですか夢の中って!アナタ夢とかいう妄想の世界にかこつけて一体、わたしに、ナニを、させたんですかっっ!!」

 

 逃げ出そうとしたのも束の間、灼熱のルート砂漠をも上回る激情を噴出させた柚月にすぐさまに胸倉をふん掴まれて壁にガンガンと叩きつけられる。

 

「おいコラやめっろって!そんなにシェイクされたら記憶が飛ぶだろ!」

「どーせバカなんだから大して変わらないでしょうっ!」

「バカ言うな!大体なんか勘違いしてるみたいだけど夢で見てたのはあくまで子どもの頃の話であって、変な事なんかカケラたりとも――」

「なんですかソレはあぁぁ――――――――――っっっっ!!!」

 

 漸く胸倉を放してくれたと思ったら直後、猛烈なスイングと共に放たれた裏拳が哲也の右頬にクリーンヒットした。右の視界にはハバネロみたいに真っ赤になった柚月、左には先程見た夢の光景がちらつく――あ、これ走馬灯ってヤツか……。妙な納得感と共に哲也は本日二度目の眠りに落ちていった。

 




という訳で新章の1幕目でした。神妙な話やったと思ったら久し振りに見事にオチがついた形。前章がやたらと暗い話ばっかりやってた反動か、今回は新しいキャラクターも登場しますし、新たな出物も登場するので少しばかり明るくなると思います。今回のオチはその布石ですかね。

相変わらず無駄に長くなりそうですが、引き続きお付き合いください。

それではまた次回。
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